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爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション第5話

爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション
 
 
第5話「真実の涙!トゥルー・ティアーズ・カミング」
 
 
 
 
 夕食後。あいつが沸かしてくれた湯に漬かりながら、僕はふと疑問を抱いた。
「そういや、なんであいつはいきなりこの家に戻ってきたんだろう?」
 今まで、あいつに対する憎しみの感情が強くてそこまで考える余裕がなかったが
 あいつが来てから数日。少しは気持ちも落ち着いてきたところで、ふと抱いて当たり前の疑問がようやく浮かんできたのだ。
 確かに、『オヤジに様子を見るように頼まれた』みたいな事言ってた気もするが、何故今更?
「ん~、まっいいか」
 いくら考えても答えなんて出るはずがない。あとであいつに聞いてみればいいやと開き直り、今は風呂を楽しむ事にした。
 僕は手足を伸ばしながら、フゥとため息をつく。
 とても良い湯だ。心の底からポカポカと温まる。
「あいつが来てから、精神的に疲れたけど。やっぱ風呂は落ち着くじぇ」
 ちょっと行儀が悪いかなと思いつつも、誰もいないからいいじゃないかと、僕は顔の半分を湯の中に埋めて、ぶくぶくと息を吐いた。
 目の前にいくつもの気泡が生まれては消えていく。
 まるで、カニさんになった気分だ。
 なんだか楽しくなったので、そのまま歌を歌った。
 
「カーニー♪カーニー♪たらば~がに~♪たらばじゃなくなったら~ズワイ~ガニ~♪だけど~ぼくは~どっちも好きさ~♪」
 
 題名「はさみ・オブ・シザース」
 作詞・極村原河ユウジ
 作曲・極村原河ユウジ
 歌・極村原河ユウジ
 
 目指せ!オリオン1985位!!
 
「カーニー♪カーニー♪ぼく~らの~か~~~に~~~~~♪」
 
 丁度128番まで唄い終えた時、湯煙越しに人影が映った。
「ゆうくん、お湯加減どう?」
 扉の向こう側から、あいつのくぐもった声が聞こえる。
 
「おぉ、丁度いいぞ~」
 僕は少しのぼせていて、のほほんとした口調で答えた。
 
「そっか、よかった……」
 それから、声が聞こえなくなった。
 扉の向こうのシルエットがごそごそと動き出す。
 耳を澄ますと、布擦れの音が聞こえてきた。
 
 まさか、まさか……!
 
「ちょ……!」
 危険を察知した頃にはもう遅かった。
 扉が厳かに開かれ、バスタオル一枚だけで前を隠したあいつがにこやかに入ってきた。
「お邪魔しまー……」
「バカーーーーーーーー!!!!!」
 僕の悲鳴(?)が風呂場でこだまする。
 
「もう、いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」
 あいつは両手で耳を塞ぐ。そのせいでタオルが落ちる。
 僕は慌ててそっぽを向いた。
「ウホッ……じゃなくて、アホッ!はよ拾え!!隠せ!!」
「湯船にタオルは必要ないでしょ」
 言って、ザバァと湯の中に何かが入る音がした。
 水かさが増える。
 見ると、湯船に浮かぶあいつの生首があった。
 や、体が湯の中にあってよく見えないから生首のように見えるだけで、ちゃんと首は体と繋がってるんだけど。
 いろんな意味でこのビジュアルはホラーだ。
 
「何やってんだよ!!」
「ゆうくん、一緒にお風呂入ろっ♪」
「もう入ってんじゃねぇか!」
「これが、俗に言う『最高にハイ』って奴だね!」
 分からない。
 こいつが何を言ってるのか分からない。
 
「…………」
「良いお湯だね~♪」
 能天気に鼻歌を歌う目の前の裸女に、僕は額を押えた。
「……今まで散々お前の凶行に目を瞑ってきたが、今回ばかりはマズイだろ!いろんな意味で!!」
「どうして?昔はよく一緒に入ってたじゃない」
 
 そうだったか?
 ……そうだった、ような気もするが
 
「ゆうくん、よく言ってたよね。『お姉ちゃんとじゃなきゃお風呂入りたくない!』って」
「!?」
 
 って、驚くほどのものじゃないか。
 僕は昔こいつの事が好きで、ベッタリだったからな。
 風呂ぐらい一緒に入りたいと思うのが人の情であろう。
 だが……!
 
「過去の事思っちゃダメだよ。『どうしてあんな事したんだろう?』って怒りに変わってくるから」
 とりあえず僕はこいつを説得してみる事にした。
「別に私は怒りに変わらないよ?楽しかったよね、あの頃♪」
「……」
 こいつを説き伏せるのは無理なようだ。
 
 僕は半ば諦めた様子で、視界をぼやけさせる事に努めた。
 なぜなら、こいつの裸体をよく見ないようにするためだ。
 幸い、風呂場には湯気が立ち込めていて、周りがよく見えない。
 わざわざこんな事をするのには理由がある。
 理由は簡単だ。
 こいつの裸体を見て欲情しないようにするためだ。浴場だけに
 こんな奴に欲情するなんて、男として……いや、一人の極村原河ユウジとして恥だ!浴場だけに
  
「ゆうくん、目が虚だよ?大丈夫?のぼせてない?」
 のぼせる……?
 
 そうか!!
 
 ピロリロリーン♪
 
 僕の頭の中で、サイレンが鳴り響いた。
 そう、僕は思いついたのだ。今この状態を打開する方法を!
 
「あぁ、確かにちょっとのぼせたかもしれない。これは早く……」
 上がらないと……と、言おうとした直後。
 
「それじゃ、お姉ちゃんタオルでお背中流してあげるね♪」
「なんでじゃああああああああ!!!!!」
 みゃ、脈絡が無さ過ぎる……!!
 
 僕は、もう、考えるのを諦めた……
 
 
 そして、翌日。
 
「ふぁ~あ……」
 僕はあくびまじりに教室に入室した。
「ほんと、いつにも増して眠そうだな」
 後から続いて教室に入った権兵衛が言う。
「今日のバトルも、半分居眠り運転状態だったし。マジで大丈夫かよ?」
「あ、あぁ……別に、大した事無い……」
 と、言いつつも、僕の足取りはふらついている。
「おいおいおい。例の姉(仮)さん絡みか?」
「まぁな……最近、ちょっとスキンシップが過剰になりすぎててな。まぁ、でもなんとかなる」
 
 あと少し……オヤジと連絡がつきさえすれば、あいつを追い出せるんだ……耐えるんだ、僕……!
 でも、眠い……。まぁ、授業が始まれば居眠りできるから、別に変わらないんだけどさ。
 そんな僕の様子をしばらく眺めていた権兵衛は、ボソッと一言呟いた。
 
「お盛んなんだな」
「黙れっ!!」
 一瞬だけ目が覚めた。
 
 と、バカやってるうちに鐘がなる。
 そろそろホームルームが始まる。
 
「おらーみんなせきにつけー」
 
 髪ボサボサで白衣を着た男が教卓の前に立って、生徒達に呼びかける。
 先ほどまで騒がしかった生徒達は、我先にと席につく。
 ユウジもそれに習った。
 
「え~、本日は~……」
 担任教師の眠そうな声が響く。
 あぁ、せっかく覚めた眠気がまた襲ってきた。
 
 別にいいや。どうせ今日の一時間目は国語だし。
 国語は普段寝ててもテストでそこそこの点を取れるものだ。
 だから、国語の時間は僕にとって睡眠学習の時間になっている。
 
 ……睡眠学習じゃない授業ってあったっけ?
 
 そんな事を考えてるうちに、ホームルームは終了し、一時間目の授業が始まる。
 
「じゃ、一時間目の授業を始める。え~、教科書の364ページを開いて~」
 
 じゃ、遠慮せずに寝るとするか。
「おやすみぃ……」
 僕は、教科書を盾にして睡眠の体勢をとった。
「こぉらっ」
 ふと、耳元で囁かれたと思うと、ポカンと優しく頭をぶたれた。
「ん……?」
 反射的に顔を上げて、囁きかれた方角へと首を回す。
 
 僕の隣は欠番で誰もいないはずなのだが……。
 
「げぇぇぇっっっ!!!」
 誰もいないはずの席に目を向けた瞬間、僕は驚愕の悲鳴を上げた。
 
「ん?どうした、極村原河?ウンコか?」
 教師が、奇声を上げた僕を目敏く指摘する。
「あ、いえ……ウンコは出ないです……」
「じゃ、静かにしてろ。小さい方なら我慢できるだろ」
「はい……すみません」
 僕はスゴスゴと首をすくめ、そして何故か隣にいるはずのない人物に小声で声をかけた。
 
「何やってんだお前は!」
「ダメだよ。授業はちゃんと聞かなきゃ」
「そうじゃねぇ!お前三年のはずだろ!なんで一年の教室に来てんだよ!!」
 そう、僕の隣の席に、何故かあの女がいたのだ。
 確かに、こいつは昨日この学校に転校してきやがったのだが、学年が違うから休み時間以外はこいつから離れられるはずだった。
 だと言うのに、何故……?
 
「抜け出して、こっそり忍び込んだの」
 相変わらずのいけしゃあしゃあっぷりだ。
 
「そのまんまんすぎて、突っ込む気も失せるな……」
 突っ込む気は失せたので、とりあえず机に突っ伏した。
「だから寝ないの。まったくもう、お姉ちゃんが来てあげて正解だったわ」
「ぐぐ……」
 
 あぁもううぜぇ!
 だが、待てよ。今回ばかりは完全にこいつに非があるんじゃね?
 だって、明らかにこれルール違反でしょ。
 正々堂々とそこを突いていけばこいつを追い出せるってもんか。
 
「先生!!」
 僕は、先生にこいつを追い出してもらうために抗議する事にした。
「おっ、極村原河。お前が真っ先に手を上げるなんて珍しいな」
「へっ?」
 いきなり声を上げたというのに、先生はなんか別に事に驚いている。
「それじゃ、12ページの43行目。紳士が何故プレーンオムレツを拒否したのか?と言う問いに答えてみろ」
「は???」
 言われるままに、12ページを開いたが、先生の言ってる意味が分からない。
 黙っていると、先生が怪訝そうな顔をした。
「どうした?手を上げたくせに答えられんのか?」
 見ると、他の皆も僕に注目している。
 
「頑張れ、ゆうくん!」
 この女は小声で応援なんかしてやがる
 
 そうか。これでようやく状況が分かった。
 先生は、何か問題を出題していて、手を上げた生徒にそれを解かせようとしていたのだ。
 しかし、こういうの大体誰も手を上げないものだ。
 そして、痺れを切らしたところに僕が手を上げたものだから。あっさりと僕に白刃の矢が立ったというわけだ。
 
 ちくしょう、これじゃあの女を追い出すどころじゃないじゃんか!
 
「答えは……」
 僕は、観念して口を開いた。
「答えは?」
「ないな……」
「???」
 小声で答えたので、聞こえなかったらしい。
 僕は、もう一度ハッキリと答えた。
 
「分からないって言ってるんだああああああ!!!!」
 
「!?」
 先生の顔が大きく歪む。
 クラス中の奴らが、『やっちまったなこいつ』的な顔をする。
 だが、僕に後悔の色はない。
 さぁ、僕の明日はどっちだ?!
 
「正解だ!」
「っ!?」
 まさかの正解!
 教室中がざわめく。
「そう、どんな状況であってもプレーンオムレツを拒否すると言う事はありえない。
つまり、この問題そのものがナンセンス。と言う事だ」
 
「……」
 
「答え無しもまた、答えなり!!」
 
 その日、僕らは少しだけ大人になったような気になったんだ。
 
 そして、あいつを追い出す事も出来ず、授業は厳かに終了した。
 
「お前なぁ……!」
 僕は、とりあえずあいつを元の教室に戻すために抗議しようとしたが……。
「ねむ……」
 授業中眠れなかったので、睡魔に負けてそのまま机に突っ伏してしまった。
「ふふ、ゆっくりお休みなさい。でも二時間目が始まったら起きるんだよ」
 微かに、そんな声が聞こえたような気がしたが、意識はもう闇の中に吸い込まれていった。
 
 ……。
 ………。
 
「zzz」
「ほら、起きて。授業始まったよ」
 闇の中で、誰かの声が聞こえた。
 しかし、僕の体は重く、その声に反応してやる事が出来ない。
「起きない……もう、しょうがないなぁ」
 ……?
 声が止んだ。
 そして、耳元に生暖かい空気が吹きかけられた。
 
「はむっ」
「gばそがsbg;あs!?」
 右耳に感じた妙な感触に、僕は声にならない悲鳴を上げながら飛び起きた。
 
「はぁ、はぁ……」
 右耳に手を添えると、微かに濡れていた。
「あ、やっと起きた」
 
「き、きsgさん、貴様、何やった……!」
 
「あまがみ♪」
「うぇぇぇぇ」
 眠気と吐き気で、気が狂いそうだった。
 
 仕方が無いのでこの授業も真面目に受ける事にする。
 二時間目は数学の時間だ。
 先生が黒板に数式を書き並べている。
 
「うぅ、わかんねえ~!」
 何もしないわけにもいかないので、数式を書き写し、練習問題を解いていくのだが、全く分からない。
「えっとね、ここは、xとcでかければいいんだよ」
「え、そうなの?」
 言われたとおり、xとcでかけてみた。
 すると、なんと驚くべき事に、あっさりと問題が解けてしまった。
「あ、すげぇ」
「ね、ねね?すごい?お姉ちゃんすごい??」
 こいつが、なんか褒めて欲したげな顔をしてくる。そうはいくか。
「ってか、お前三年生なんだから一年の問題くらい解けて当たり前だろ」
「むぅぅぅ」
 ふくれっ面しやがった。
 ガキかこいつは。
 
「ってか、くっ付きすぎなんだよ」
「近くに寄らないと教科書見れないんだもん」
「あ~、くそ~」
 
 その後も、こんな調子で授業が続いた。
 
 三時間目。体育の時間。
 男子はサッカー。女子は幅跳びだ。
 
 僕らはボールに向かって駆けずり回った。
「極村原河!」
 僕の元にパスが来る。
「おっしゃ任せろ!」
 意気揚々とそれを受け取る。
 
「いくぜえええええええ!!!!」
 気合いを入れて足を振り上げる。
 その時だった!
 
「ゆうくぅ~~~ん!!!がんばれえええ~!!!」
 グランドの外から、ブルマ姿のあいつの声援が飛んだ。
 
「うっ!」
 やべぇ!あれはやべぇ!!
 アレに目が釘付けになってしまった僕は、見事空振りして勢いあまって転んでしまった。
 
 
 四時間目。音楽の時間。
 今日は、リコーダーでもみの木の演奏をするのだ。
 
「ぷっぷ~!……あれ?音が出ない」
 僕の使っていたリコーダーの調子がおかしい。
 やはり、この間の休み時間に野球のバット代わりに使ってブンブン振り回したのがまずかったのか。
「それ、壊れてるの?」
「あぁ」
「じゃ、これ使いなよ」
 言って、あいつがピカピカのリコーダーを僕に手渡す。
 僕はそれを受け取ると、試しに吹いてみた。
 
「ピロリロリロ~♪」
 澄んだ音色が響き渡る。
「おっ、こいつはいいや……って、もしかしてこれお前のか?」
「うん!」
 
「これじゃ、好きな女子のリコーダーを舐める変態男子じゃねぇか!!!」
 
「す、好きな女子……?」
「うるせぇ!そこを拾うな!!」
 
 
 紆余曲折を乗り越え、ようやく昼休みになった。
 
「や、やっと昼休みだ……」
 僕はぐったりと机に傾れ込んだ。
「お疲れ様、ゆうくん」
 誰のせいで疲れたと思ってんだ。
「それじゃ、お弁当食べよっか♪」
 あぁ、そうだ。もう僕は唯一の楽しみであるもずくパンには会えないんだ……。
 もう、涙がチョチョ切れそうだよ。
 
「ちょっと、失礼します」
 と、僕とこいつの間に割って入ったのは郷田山だった。
「郷田山……」
 郷田山は厳しい目つきで僕らを……いや、あの女を見ていた。
「何?」
 その視線に気付いたこいつは首をかしげた。
「あなた、三年の極村原河先輩……でしたよね?三年生が一年生の授業を受けて良いと思ってるんですか?」
 
 おぉ、郷田山!お前だけだよ!ちゃんと常識があるのは!!
 
「えぇ、でもゆうくんが……」
「その極村原河君が迷惑してるんです!」
 そうだ!そうだ!もっと言ってやれ!!
「そ、そんな事ないよ!ね、ゆうくん?」
 僕に助けを求められても、基本的に僕はお前の敵だ。
 僕は、郷田山に加勢するためにハッキリ言ってやる事にした。
「いや、非常にめいわk……」
「極村原河君は黙ってて!!」
 えぇ!?
 僕、お前に加勢しようと思ってたのになんで拒否られんの?!
 
「とにかく、いくら極村原河君のためでもルールはルールです。午後からはちゃんとご自分の教室に戻ってください!」
 ピシャリと言われると、あいつはシュンと項垂れた。
「分かったよ……」
 そのまま、トボトボと沈んだ足取りで教室を出て行った。
 
「た、助かった……」
 僕は郷田山に礼を言うために立ち上がったが、その瞬間、立ちくらみがしたかと思うと、意識が朦朧とし、そのまま深い眠りの世界へと誘われてしまった。
 
 
 そして、次の日。
 
「それじゃ、朝のホームルームを始めるぞ~」
 担任の眠そうな声が響く。
 今日の僕は珍しく目が冴えていた。
 それもそのはず。
 昨日の事がショックだったのか、その後あいつは僕に対して異常なスキンシップは取らず、なんともシニカルな態度だったからだ。
 まぁ、飯の美味さは相変わらずだったから、まさに一石二鳥って感じだったんだけどね。
 
「今日は、皆に転入生の紹介をするぞ」
 
 おぉ、この時期に転入って珍しいな。
 まぁ、この間あいつがこの学校に転入してきたばっかなわけだが。
 
「それじゃ、入ってきていいぞ」
 担任の合図とともに女生徒が教室の中に入る。
 
「げっっ!」
 
「ほにゃらか中学校三年A組からほにゃらか中学校一年B組に転入してきた極村原河アイ君だ。
みんな、仲良くしてやるようにな」
「極村原河アイです。宜しくお願いします」
 先生に促される形で頭を下げたアイツは、顔を上げた瞬間僕に対してウインクしやがった。
 
「……」
 見ると、郷田山も呆然とした顔をしている。
 
 僕は悟った。
 アイツには敵わないと。
 
 
 
 
  次回
 
「夏だ!海だ!MTB!!
キヨツグの別荘に遊びに来た俺たちは、さっそくMTBバトルをする事にした!
だが、着いてみてびっくり!なんと僕らのMTBが根こそぎ奪われてしまったんだ!
一体、誰がこんな事を……?
 
 次回!爆闘アタッカーショウ!!2nd『サルとの戦い!モンキー・コング・チンパンジー!』
 
熱き闘志を、ダッシュ・セット!!」
 
 
 

  
 

 




爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション第4話

爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション
 
 
 
「お姉ちゃんクーイズ!
ここに、崖っぷちのお姉ちゃんと崖っぷちのストームランサーがあるとします。
どちらか一つしか助けられないとしたら、ゆうくんならどっちを助ける?」
 
 
「ストームランサー」
 
 
「そ、即答!?酷いよ、ゆうくん……」
「当たり前だろ。僕はお前を認めてないんだから」
 
「むぅ。それなら、崖っぷちの極村原河アイと崖っぷちのストームランサーがあるとしたら
どっちを助ける?」
「お前に決まってんだろ。MTBと人の命は天秤にかけられねぇよ。全く、常識のない奴だ」
 
 
「……お姉ちゃん、基準がよく分からないよぉ」
 
 
「ってか、その一人称ヤメロ!
せめて、『私』か『あたし』か『おいどん』にしろ!!」
 
「おいどんは……やだなぁ」
 
 
 
 
第4話「勝負の行方!ビクトリー・オア・ルーズ」
 
 
 
 昼の弁当騒動をなんとかくぐり抜け、僕は無事帰宅した。
 
「おい、お前!!」
 そして、僕は帰ってくるなりあの女を呼びつける。
「なぁに~?」
 キッチンから、エプロン姿のあいつが現れる。どうやら水仕事をしていたらしく濡れた手をエプロンで拭き拭きしている。
「これ!!」
 僕は、カバンから立方体の箱を取り出して、突き出す。
 あいつは、きょとんとした顔でそれを受け取り、パカッと蓋を開けると、顔を綻ばせた。
「あ、キレイに食べてくれたんだね~。どう?美味しかった」
「うん!特に甘く焼いた焼きビーフンの塩加減が最高……ってそうじゃねえええええ!!!!」
 あぶねぇあぶねぇ!危うく奴の話術に引っかかって本題を忘れるところだった。
 恐ろしい奴だ。
「なにっ考えてんだよ!わざわざ学校に乗り込んでくるなんて!!」
「だって、お弁当忘れてるから……」
 
 まぁ、忘れ物を届けに来るのは正当な理由ではあるが
 
「作るなら作るで予め言ってくれよ」
 そう、こればっかりはあいつに非があるだろう。
 僕は元々購買派の人間なのだ。
 だから、弁当を持っていかなきゃならないと言うノウハウはない。
 忘れるな。と言う方がドダイ無理な話なのである。
 
「ゴメンなさい。ちゃんと言わなかったお姉ちゃんが悪かったね」
 ちゃんと理解してくれたようで、素直に謝ってくれた。
 そういうところは憎めないんだよな。
 
「じゃ、明日からも作るから、ちゃんと忘れないで持っていくんだよ」
 そうそう、そうやって告知してくれれば僕だって。
 
 あ、だけど……。
 
「あ~、でも早速で悪いんだが、僕は弁当を持っていけない事情があるんだ」
「???」
「ほら、登校中さ。MTBバトルするから、弁当なんか持ってった日には、悲惨な目に……」
 
 僕だって最初は自分で弁当を作っていた。所謂弁当男子って奴だったさ。
 だけど、登校中に激しいバトルなんかしてるから、カバンの中にある弁当が、寄り弁どころの騒ぎじゃなくなるんだよな。
 一回それやって、もう二度と弁当なんか持って行くか!って思ったものだ。
 
「そっか。じゃやっぱり私が持って……」
「だからダメなんだって。基本的に部外者は立ち入り禁止だし。
お前みたいな美人さんが私服着て学校内なんかに入ったら目立って目立ってしょうがないだろ」
 僕の言葉に、何故かこいつは頬を染めて、クネクネとくねくねみたいな動きをした。
「そ、そんな美人さんだなんて、もうゆうくんってば、そんな風に私の事を……」
 やべっ!失言だったか!
 僕は両手を振って慌てて否定した。
「あぁあぁ!一般論だ一般論!!クラスの奴らがそう言ってたから!僕は別に……」
 
「でも、やっぱり購買パンだけだと栄養が偏っちゃうと思うな」
「大丈夫だって。今流行りのもずくパンはMTBライダーにとって栄養バランスが良いって自称してんだぜ」
「そっかぁ……じゃぁ大丈夫なのかなぁ?」
 こいつは、首を捻りながら、納得してんだかしてないんだかよく分からない仕草をする。
 
 
「……う~ん、でもやっぱりパンだけだとなぁ……。かと言ってゆうくんは持っていけない。部外者の私も学校に入れない……う~ん……」
 
 一人ブツブツ呟いている。
 変な事企んでなけりゃいいんだけどな。
 
 一抹の不安を抱きつつも、特に何も問題は起きずに翌日は訪れた。
 いつものようにMTBバトルしたのちに学校に辿り着く。
 何か企んでるかとも思ったが、特に何も無かったので人安心だ。
 MTBバトルにも集中できて、今回は権兵衛に勝てた。
 
「負けたああああ!!!」
「やったぜ!!」
 頭を抱える権兵衛と、ガッツポーズを決める僕との対比が激しい。
「チクショウ……でもまっ、ようやくいつものユウジに戻ったって感じだな」
「あぁ、心配かけたな」
 
「気にすんな。あれだろ、昨日学校に来てたお姉さんの事について悩んでたんだろ?」
「あ、姉とは認めてない!」
 ……っと、こんな意地張ってたらまた昨日の二の舞だぞ。
「はぁ、じゃ、姉(仮)って事で」
 気を利かせた権兵衛が、(仮)をつけてくれた。
「お、おう。それならいいや」
 まだ嫌悪感はあるものの、耐えられるレベルだ。
「で、結局なんなんだ?お前、一人暮らしだったんじゃなかったっけ?」
 
 ……こいつになら、事情を話してもいいかもしれない。
 何より、僕はこいつに迷惑を掛けた。
 本気でバトルをしなかった。と言う迷惑を。
 その責任は果たさなければならないだろう。
 
「実は、かくかくしかじかで」
 
 僕は、権兵衛に洗いざらい全て話した。
 家の事情。僕の気持ち。そして、今の状況……。
 
「そっかぁ」
 それら全てを聞き、権兵衛は何度もうなずいて唸った。
「ま、頑張れや」
 それだけ言うと、校門へと足を進める。
「そ、それだけ?」
 全ての事情を話したってのに、反応があっさり過ぎて拍子抜けしてしまう。
「なんだ?他に何か必要か?別に、何か答えを求めてたわけじゃねぇんだろ」
「そりゃ、そうだが……」
「お前の中で気持ちがハッキリしてる以上、俺からは何も言えねぇよ」
 そして、権兵衛は今度こそ口を閉じ、足を速めた。
「……そう、なのかな?」
 僕も、首をかしげながらその後に続いた。
 
 
 
 そして、待ちに待った昼休みがやってきた。
「う~ん!よく寝た!!」
 僕は大きく伸びをする。
 
 午前中の4時間ってなんか眠くなるよね。
 まぁ、午後の2時間はもっと眠くなるんだけどね。
 
「ユウジ!購買行こうぜ!!」
 いつものように権兵衛が誘ってくる。
「おう」
 僕も、いつものように立ち上がる。
 
 が、そのいつも通りの行動に対して疑問を抱く奴が現れた。
 
「あれ、あんた購買行くの?」
 郷田山が、購買に行く僕を目敏く見つけて声をかけてきた。
「あ、あぁ?」
 めんどくさいので適当に返事する。
「ふ~ん……」
 何故か、含みのある『ふ~ん』だった。
 気になった僕は足を止めて郷田山に向き直る。
「なんだよ、いつもの事じゃんか。言いたい事があるなら、ハッキリ言えよ」
 聞き返す僕に対し、郷田山は何故か顔を赤らめ、歯切れが悪くなる。
「ん、あの、い、一緒に住んでるって言う、あの女の人にお弁当、作ってもらったんじゃ……?」
「あぁ」
 別にこいつが気にする事じゃないと思うのだが……まぁ、クラスメイトの一員として気になるのだろう。学級委員長だしな。
 
 僕は、簡単に事情を説明した。
 
「……と、言うわけで僕はこれからも購買生活と言うわけだ」
「そっかぁ……」
 ちゃんと説明してやったにも関わらず、郷田山は天を仰ぎ、何か考え事をしているっぽい。
「そういうわけだから、僕は購買行くわ」
 一人ブツブツ呟いている郷田山を置いて、僕は購買へと急いだ。
 
 あれ?似たような光景をどこかで見たような……。
 まぁいいか。もずくパン美味しいし。
 
  
 ……。
 …………。
 
 
 今日も一日、楽しい学校生活だった。
 そして、午後の授業も無事睡眠学習を終え、僕は家に帰った。
 
 
「ただいま~」
 
 ほんの数日前までは、返事を期待しない『ただいま』だった。
 ただ、惰性で発するだけの『ただいま』だった。
 だけど今は、返事がある。
 だから、同じ言葉を発してるのに、最近はなんだか気恥ずかしさを感じるようになった。
 
「……?」
 
 のだが、今日はその返事がない。
 疑問に思っていると、奥の方からドドドと足音が聞こえてくる。
  
「ゆうく~んっ!お~か~え~り~!!!」
 
 しまっ!時間差攻撃か!!
 油断した!と思っているもつかの間、あの女が両手を広げ、全身からハートマークを発しながら迫ってきた。
 
「うおっと!」
 
 間一髪で、その抱擁をかわす。
 
 うん?かわす……かわす。
 
 避けたんだよ!
 
 ゴンッ!
 と、勢いあまってそいつは玄関に顔をぶつけた。
 まぁ、自業自得だ。
 
「うぅ、ゆうくん酷い~」
 赤くなった鼻の頭を摩りながら涙目になっている。
「アホな事してるからだろ」
 僕はため息をついて、そのまま玄関を上がった。
 
「あ~、喉渇いた~」
 僕は、牛乳を飲むために、冷蔵庫を設置しているキッチンへと向かう。
「あ、待って!」
 ガシッ!と、後ろから抱きつかれた。
 背中に柔らかい感触が当たり、何かが起き上がる気配を感じた。
「離せよ」
 前屈みになりたくなる衝動に耐えながら、僕は言った。
「あ、あのね!喉乾いたらね、お姉ちゃんが、美味しい飲み物ついであげるからね!だからソファで待っててね!」
 
 なんか、日本語が不自由な人みたいになってるぞ。
 それに、お茶とかコーヒーじゃないんだから、誰が用意した所で味は変わらないんだが……、
 何か隠してるか?
 
 まぁ、キッチンで何か隠すって、どうせ夕飯を手の込んだものにして、びっくりさせようとかそういう魂胆だろう。
 
 ぶっちゃけ、大歓迎だ!
 
 そんなわけで、ネタバレして楽しみがなくならないよう僕はこいつの言うとおりにする事にした。
「じゃ、牛乳。お願い」
「……」
 僕の注文を聞くと、そいつはいそいそと服をまさぐり始めた。
「何してる?」
 その行為が完了しないうちに僕は素早く突っ込んだ。
「ミルクの準備を」
「僕が欲しいのは、高脂肪の牛の乳だあああああああ!!!!」
 言い切る前に僕は力の限り怒鳴った。
 ほんとに、油断も隙もないやっちゃ。
  
 ってか、出ねぇだろ!出るわけねぇだろ!!
 
 あいつは、口を尖らせながら冷蔵庫へと向かった。
「もう、冗談なのに」
 
 目がマジだったぞ。
 
 
 そして、夕食の時間になった。
 献立は、シーフードカレーだった。
 海の具がふんだんに使われており、ルーにも米にも海の旨味が染み渡ってとても上手かった。
 だけど、期待していたほどのサプライズは特に無かった。
 
 
「じゃ、結局何隠してたんだ?」
 
 結局その日は、何も分からないまま過ぎていった。
 
 
 
 そして翌日の昼休み。
 
 
「さて、今日ももずくパンが楽しみだな~っと!」
 僕はいつものようにもずくパンを買うために購買に向かおうとする。
「ま、待ちなさいよ!」
 教室を出ようとすると、後ろから郷田山が声をかけてきた。
「あんだよ。早くしないと人気のもずくパンが残り一個になっちまうんだよ!」
「その……」
 郷田山はごそごそとポケットをまさぐると、そこから立方体の箱を取り出した。
「これ……」
 それが何で、どういう意図で取り出したのかを頭の中で理解した直後、僕の耳に黄色い声が突き刺さった。
 
「ゆうく~んっ!」
 
 悪寒を感じ、声のした方へと視線を向けると、僕は言い知れぬ恐怖を感じた。
「んなっ!」
 あいつが、この学校の制服を着たあいつが、にこやかに立っていた。
 突然の出来事に、頭が真っ白になる。
「ゆうくんっ!一緒にお弁当食べよう!」
 呆然としている隙に、こいつに捕まり、そのまま連行されてしまった。
 
 やってきたのは屋上だった。
 なるほど、ここなら誰もいないからゆっくり出来ると言う訳だ。
 考えたな。
 
「ってか、なんでいるんだよ……!」
「今日転校してきたから。これならお弁当持ってこれるでしょ?」
「……」
 頭痛くなってきた……。
 なんで学校に来てまでこいつの相手せにゃならんのだ……。
 これから先、昼休みになる度にこうなるのかと思うと、もう骨が折れそう。
 
 まぁでも、弁当はうまかったからいいんだけどさ。
 
 そして、放課後。
 僕は、ちょっとした気まぐれで焼却炉前を通って家に帰る事にした。
「ん?」
 と、その焼却炉前によく知った顔がいる事に気付いた。
 そいつは、目に涙を浮かべていて、なんだか話しかけるのを躊躇ってしまう。
 僕が躊躇していると、そいつはおもむろにポケットから立方体の箱を取り出し、中身を焼却炉の中に……。
 
「ちょっと待ったぁぁああああああぁぁあああ!!」
 そいつが何をしているのかを悟ると、僕は大声でそれを制した。
「きゃっ!……ご、極村原河」
 そう、そいつは郷田山だった。そして、今捨てようとしてたのは……。
 
「はぁ……はぁ……」
「な、何よ?」
「い、いや、腹、減ったなって思ってさ。それでちょっと大声出してみたら余計腹減ったんだ」
 どういう理屈だ。
「バカじゃないの?ってか、お姉さんと一緒にお弁当食べたんじゃないの?」
「いやぁ、アイツの弁当美味過ぎてさ。逆に腹減るんだよ。はははは」
 腹が減るというより、食欲が収まらなくなる。といった方が正しいかもしれない。
「ふ~ん」
 郷田山は興味なさそう風を装いながらも、どこかソワソワしている。
「あ~、腹減ったなぁ~。どっかに、まだ手付かずだけどどうせ食べないから捨てようとしてた弁当とか無いかなぁ?」
 僕はワザとらしく視線を彷徨わせる。
 すると、郷田山は無言で手に持っていた箱を僕に差し出す。
「お?」
「か、勘違いしないでよね!あんた、汗臭いから。それでよ!」
 全く、素直じゃない奴だ。
 僕は苦笑しつつ、それを受け取る。
「あぁ、サンキュ」
「残したりしたら、承知しないからね」
「任せろ。僕の胃袋は宇宙だ」
 
 あぁ、フードファイト続編出ないかなぁ?
 満の妹が気になる!!
 
 
 次回
 
「彼女が見せた涙。いつも笑っている、彼女が見せた。
いつも?僕は、本当に笑っている姿しか見た事無かったか?
その、涙を、僕は……拭ってあげたいと思った。
 
次回!爆闘アタッカーショウ2nd!『真実の涙!トゥルー・ティアーズ・カミング』
 
熱き闘志をダッシュ・セット!」
 

 
  
 

 




爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション第3話

爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション
 

 ケエエエエタイショオセエエエツ!!
 それは、熱きケータイ小説ライター達の戦い!!

 
 ケエエエエタイショオセエエエツ!!
 それは、人生の縮図!漢のロマンである!!

 
「いけぇ、俺のラブ&スカーイ!!」

第3話「俺達の土地!プレイス・プライベート・オプチカル」

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爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション 第2話

爆闘アタッカーショウ!!2ndエディケイション
 
第2話「ライバル登場!マキシマム・ポリフェノール」
 
 
 
 
 第61回MTBバトルフェスティバルカップ会場は、参加者と出場者の熱気でむせ返っていた。
 
「いよいよだな……」
 その会場を見上げながら、一人の少年が仁王立ちしていた。
「この大会、俺が勝つ!!いくぞ、俺の愛機、フレイムブリンガー!」
 少年は、自分の愛機に跨って会場内へと漕いでいった。
 
 
 
 ちょうどその頃。極村原河家。
 
「僕は……お前を認めない!!!」
 僕は、はるばるやってきた目の前の少女に向かって痛烈な言葉を投げつけた。
「っ……!」
 
 外道だと思うかもしれない。
 非情だと思うかもしれない。
 でも、これでいいんだ……。
 さぁ、大人しく帰ってくれ。
 
「……」
「……」
 
 二人の間に沈黙が流れる。
 しかし、すぐに少女の方から沈黙を破ってきた。
 
「もう~ゆうくんってば少し見ない間に天邪鬼さんだねぇ~」
「はっ?」
 何を思ったのか、少女は僕の痛烈な言葉に笑顔で返してきやがった。
 そして、不意をつかれた僕をギューっとハグしてくる。
「そっかぁ、男の子はもうそういうお年頃だもんねぇ。ふふ、可愛い可愛い」
 どうやら、僕の言葉を思春期特有の反抗と解釈したらしい。
 でも、違うんだ。これはそういうんじゃなくて……!
 ってか、本当に反抗期だとしたらその行動は教育的に逆効果じゃないの?!
 いや、反抗期に対する教育の仕方とか知らないけどさ。
 って、そんなこたぁどうでもいいんだよ!!!
 
 なんだってんだよ!あんだけキツイ事言ったのに、なんでこいつはこんな平然と笑って、僕の事抱きしめられるんだよ!
 頭沸いてんじゃねぇのか!?
 
 僕がいろいろと混乱しているうちに、少女は僕を放してくれた。
 
「さてっ、ゆうくんが一人でちゃんと生活出来てたか、恒例のお姉ちゃんチェーック♪」
 弾む声でそういうと、少女は軽い足取りで家の中に入ってしまった。
 
「……」
 超展開に頭がついていかず、呆然と立ち尽くす僕だったが、事の重大さに気付き慌てて家の中に飛び込んだ。
 中に入ると、少女が居間やリビングを物色していた。
 
「うんうん、少し散らかってるけど、まぁ許容範囲かな。男の子の一人暮らしにしてはなかなかキレイにしてるみたいね」
 
「なんっだよ!勝手に入ってくんなよ!住居不法侵入で訴えるぞ!!」
「ゆうくん、それは間違ってるよ」
「なにぃ……!」
「ここは他の誰でもない、ゆうくんが住んでる家なんだよ」
 何を、当たり前の事を……。
「そして私はゆうくんのお姉ちゃん。ほらね?」
 何が、ほらね?なんだ……。
「お姉ちゃんが弟の住んでる家に来るのは合法でしょ」
「ぐ……!」
 確かにそうだ。
 でも、法律だかなんだかって言うのは、命が保障されてる時にのみ通用する事であり。
 命くらいは保障されてるであろう今は、恐らく通用するのだろうな。
「うるせぇ!法なんか関係ねぇ!!ここは僕の家だ!僕の城だ!ルールは僕が決める!僕が法だ!!」
 なんか、我ながらメチャクチャな事言ってるな。
「でも、正確にはお父さんの家だよね」
「ぐぐっ!」
 今までで最も正論な事を言われ、僕は口を閉じざるを得なかった。
 そうさ。この家はオヤジの金で買い、そしてオヤジに住まわせてもらってるに過ぎない。くそっ、すっかり忘れてたぜ。
 
「そ、それでも!それでも……!」
 形勢は完全に不利なのだが、僕は諦めずに反論の糸口を探ろうとする。
「それにお姉ちゃん。ここを追い出されたら、もう行く所がなくなっちゃうよ……」
「へっ?」
「お父さんにゆうくんの様子を見に行くよう言われて、イタリアからはるばる来たのに……。最初から家に留まるつもりだったから、余計なお金も持たされてないし、もう時間も遅いし……」
 チクショウ……なんて無計画な父親だ。
 いや、ある意味計画的なのか……?
 
「ゆうくんは、か弱いお姉ちゃんを一人路頭に迷わせて、平気なの?」
 僕よりも少し背の低い少女は、上目遣いになり涙を浮かべながら僕になにかを訴えるなまざし攻撃を仕掛けてきた。
「……」
 まなざし攻撃はともかく、確かに女の子一人を放り出すのはマズイ。
 オヤジの手中にハマってる感もあるが、ここは僕が折れるしか無いだろう。
「仕方ねぇ」
 僕は、力なく呟いた。
「ゆうくん……!」
 少女の顔がパァッと明るくなる。
 そしてまた僕に抱きついてきた。
「ふふっ、やっぱりゆうくんは優しいね~♪」
 僕は、少女の発する柑橘系の香りに鼻をくすぐられながら、口を開く。
「但し、一日だけだぞ!オヤジから金送ってもらって、オヤジのとこに帰る用意が出来たらすぐ出てってもらうからな!」
「え~」
 あからさまな不満の声が聞こえたが、無視した。
 とにかく、すぐにオヤジに連絡して帰してやる。
 
 
 ちなみにこいつは極村原河家の長女で、極村原河アイ。年齢は僕より二つ上だから現在は14か15歳くらいか?
 血は繋がってないが、戸籍上は僕の姉と言う事になっている。
 小さい頃から一緒に遊んでくれて、甘やかしてくれた彼女によって、あの頃の僕は立派なお姉ちゃん子になっていた。そう、あの頃は
 
 こいつのせいで、僕は中途半端な幸せを見せられ、その挙句にオヤジと一緒に僕を置き去りにした。
 だから、今更戻ってきてどういうつもりなんだよ……!
 
 とりあえず、僕はオヤジの携帯に電話してみる事にした。
「ちっ、繋がらねぇ……!」
 受話器からはツー、ツー、と言った無機質な電子音しか聞こえてこない。
「お父さん、今ジャングルの秘境でオフロード大会に出てる頃だから、多分出られないんじゃないかなぁ?」
「なんだとぉ……!」
「しかも三日三晩続けてのサバイバルレースって言ってたから、連絡取れるのは早くても一週間後くらいじゃないと」
「それを早く言えよ!」
 僕は乱暴に受話器を置いた。
 くそっ!オヤジはいつもMTBMTBって!そんなにMTBが大事なのかよ!僕も好きだけどさ!!
 けど困ったなぁ。さすがにオヤジの仕送りだけじゃこいつを帰すには足りないし……。なんとかオヤジにお金を工面してもらわないことには
 
「まぁいいや、とにかく飯だな。腹が減ってはイクサは着れずって言うし」
「イクサって何?」
「対ファンガイア用の強化スーツだ。昔は凄かったらしいぞ」
「ふ~ん。詳しいね」
「まぁ、あんたには一生縁の無い事柄だからな、別段知る必要もないと」
「あ~、すぐそうやってツンケンした事言う~!それに、私の事は『お姉ちゃん』って呼びなさい!」
「認めてないっつっただろ」
 そう吐き捨てて台所へと向かう。
 確か、材料はまだ買い置きがあったはずだ。米もある。
 二人分くらいの飯は楽勝で作れるだろう。
 
「何々?ゆうくんお料理できるの??」
 ねえ……げふんっ!あいつが、興味津々と言った風に身を乗り出してくる。
「当たり前だろ。何年一人暮らししてると思ってんだよ」
「へぇ~、楽しみ~♪ゆうくんの手料理♪ゆうくんの手料理~♪」
 何が楽しいのか、謎鼻歌を歌いだす。
 手料理って言っても、簡単なものしか作れないんだが……。
 
 とりあえず、簡単に作れる炊き込みご飯と、天ぷらでも作るか。
 僕は無洗米を2合と野菜を適当に炊飯器に入れ、醤油をかけてセットする。
 その間に、衣を作り、野菜に付けて、油で揚げる。
 うん、完璧だ。
 
 40分ほどでご飯も炊き上がり、食卓に並べた。
 うん、我ながら良い出来だ。
 
「うわ~、おいしそう~♪」
 見た目は、お世辞にも良いとはいえないが、こいつの目には『僕の手料理』と言う補正がかかってるのだろうな。
 まぁ、料理なんて見た目や味が多少悪くても腹さえ膨れればよいのだ。
「いただきます」
「いただきます♪」
 ガリッ!
 うん、天ぷら少し生焼けだったか。まぁ、食えん事は無い。野菜は生で食ってなんぼじゃい。衣もあまりついてなくて天ぷらと言うより素揚げみたいだけど、揚げる時にどうしても剥がれちゃうんだからしょうがないじゃない。まぁ、多分そういう仕様なんだろうと諦めて欲しい。
 炊き込みご飯も、なんか醤油臭いなぁ。
 昔お母さんに作ってもらった炊き込みご飯は、もっといろんな味がして美味しかったんだけど。でも作り方的に間違ってるとは思えないし……。
 ま、いいだろ別に。食えれば問題なし
 
「……う……」
 見ると、さっきまで笑顔だったあいつの顔が歪んでいた。しかも、口元を手で押さえている。悪阻か?
「どうしたん?」
「ゆうくん、何これ?」
「炊き込みご飯と天ぷら」
 
「……ゆうくん、炊き込みご飯作る時、ダシ入れた?」
「ダシ?醤油の事?ならたっぷり入れたぞ!」
「…………そう。じゃぁ、この天ぷら。衣まだ残ってる?」
「うん」
 僕は立ち上がり、キッチンにある衣の入ったボールを手に取る。
「何コレ……!」
 すると、背後から悲鳴のような声が聞こえた。
 振り返ると、そこにはあいつが立っていた。
「サラサラじゃない……!」
「あぁ、粉勿体無いから薄めにしたの」
 そう答えると、あいつは額に手をあてて、唸った。
「??」
 その行動の意味を理解できず、僕は首をかしげた。
「ゆうくん、どきなさい」
 その声は、今までの甘ったるいものではなく淡々とした事務的ボイスだった。
「え?」
「後はお姉ちゃんがやります」
「……」
 静かな圧力に押され、僕はスゴスゴとキッチンを去った。
 
 そして、数十分後。
 僕の目の前には、先ほどと同じように炊き込みご飯と天ぷらが並べられていた。
 ……ただし、見た目も香りもさっきとは段違いだったが。
「す、すげぇ……!」
 僕は思わず唸った。そんな、同じ材料、同じ料理なのに、作り手が違うだけでこんなにも変わるなんて!
「い、いただきます!」
 僕は早速、ジャガイモの天ぷらを口に運んだ。
「う、うまい……!」
 衣はサクサク。中はホクホク。そしてかみ締めるたびに甘みが口いっぱいに広がっていく……!
「な、なんだこれ。ほんとに天ぷらなのか!?」
 天ぷらってもっとガリガリしてるものだと思ったのに。
 そして次に炊き込みご飯に手をつける。
「うっ!」
 甘すぎず、辛過ぎず、それでいて口の中に広がる旨味成分。
 醤油臭かっただけのあの炊き込みご飯とは比べるのもおこがましい……!
 
「う、う、うーまーいーぞーーーーー!!!!!!」
 
 あまりの美味しさに、僕は口から薄桃色のエクトプラズムを放出せざるを得なかったのだった……。
 
 そして、あっという間に平らげてしまった。
 
「は~、美味しかったぁ~。ごっそうさん!」
「はい、お粗末さまでした」
 
「いやぁ、まさか天ぷらと炊き込みご飯がこんなに美味いものだとは思わなかった」
「ふふふ、これからは毎日作ってあげるね♪」
「いや、それは悪いよ。不本意とは言え、数日は一緒に暮らすんだ。こういうのはちゃんと当番を決めて……」
「わ・た・し・が!作ってあげるからね♪」
 何故か、僕の意見は却下されてしまった。
 
「男子厨房に立たずって言うでしょ」
「僕、一応厨房なんだけど」
 意味が違う。
 
「とにかく、帰ってきて正解だったわ。まさか毎日あんなもの食べてたなんて……。やっぱりゆうくんには私がついてないと、うん!」
 気合いを入れるあいつに対し、悔しい事に僕は何の反論も出来ないのだった。
 
 
 
 次回
 
「いつもの四人でいつもの空き地に練習に行く俺たち。
だけど、そこには俺達の知らないMTBライダー達がたむろっていた!
あいつらは不良MTB暴走族のトゥルーティアー団じゃないか!!
また悪い事考えてるな!俺たち四人でお前らをやっつけてやる!!
かくして、領土を賭けた戦いが始まる!

次回、爆闘アタッカーショウ!!2nd『俺達の土地!プレイス・プライベート・オプチカル』

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【ホラー小説】水滴

『水滴』
 
 
 
「お客さ~ん、冷蔵庫はこっちでいいですか~ぃ?」
 若い引越し屋さんの威勢の良い声が、聞こえてきた。
「あ~、はい!そこでお願いします!」
 俺は、小物類の入ったダンボールを抱えながら返事した。
「ふぃ~……」
 ダンボールを部屋の隅において、俺は一息ついた。
 部屋を見回す。最初に見たときは殺風景だったものが、今はダンボールの山に埋もれている。
 元々一人暮らしで荷物は少ない方なのだが、六畳一間を埋めるには十分な量があった。
 
 引越し作業はものの一時間程度で終わった。
 全ての荷物を運び終えた引越し屋さんは、俺からサインを受け取ると早々に帰っていった。
 さっきまで慌しかった部屋が途端に寂しくなる。
 
「ふぅ」
 俺は、備え付けたばかりのベッドの上に横たわり、天井を眺めた。
 まだ片付けていないダンボールは多々あるが、まぁとりあえず生活する分には困らない。
 続きはまた今度と言うことで、今日はのんびり過ごそう。
「それにしても、今更ながら良い部屋を見つけたよなぁ」
 俺の名前は極村原河ヨウタ。よく、珍しい苗字だと言われるが、地元では結構一般だったりする。
 年齢は18歳。来月の四月に東京の大学に入学する好青年だ。
 実家は沖縄なのだが、東京にあこがれた俺は、高校卒業と同時に実家を出て、東京の大学に入ると決めていた。
 貯金も無いし家も裕福でない俺にとっての一番の難関は住居を探すことだった。
 のだが、意外とあっさり良い部屋が見つかった。
 大学から歩いて二十分の距離に位置し、敷金礼金なしで家賃は月々二万円。しかも六畳一間でユニットバス付きと言う、常識では考えられないものだった。
 そこまで条件が良いと、いわく付きの物件だと疑ってしまいそうだが、大家さん曰く。
 
 『大学が近くにあるので、その学生をターゲットにして安くしている』
 との事だったので納得できた。
 まぁ、本物のいわく付き物件だったらもっと安いはずだしな。
 
「ん?」
 ちょっくら昼寝しようと大きく伸びをしたところで、何か物音が聞こえた。
 ゴトンッと、何か上のほうから、そこそこの重量物がソッと置かれたみたいな鈍い音が。
「なんだ?」
 なんとなく気になったので、自分の聴覚を頼りに音がした場所へと足を運んだ。
 その場所は……。
「風呂場……」
 音がした場所は、ごく普通のユニットバスだった。
 しかし、音がした形跡がなかった。水漏れもないし、特に物を置いてるわけでもないし。
 誰かがいたという痕跡もない。いや、そんな痕跡あったら逆に怖いが。
「う……」
 何か、臭う。
 さっきまでは特に何も感じなかったんだが……なんか、臭いぞ。
 まぁ、トイレが臭いのは当たり前の事だが……なんとなくそれとは違うような気もするし。
 とりあえず、予め買っておいた消臭剤をセットしよう。
「うおっ」
 何か踏んだ。
 見ると、ボディソープの容器が落ちていた。
 流しの上と言う不安定な場所に置いていたから、何の拍子で落ちたのだろう。さっきの音も、これが原因か。
「でも」
 冷静に考えてみると、何かおかしい。
 たかだかこんな容器が落ちたくらいであんな鈍い音がするだろうか?
 それに、何かの拍子って何だ?
「……」
 俺は容器を拾い、しばらくの間眺めていたが、すぐに元の場所に戻した。
「ま、いっか」
 そして、浴場を出てベッドにダイブ・インした。
 こういうのは深追いした所で何も得はないからな。
 
 特にする事もなく時間はなんなく過ぎていった。
 大学が始まるのはまだ先だし。バイトは大学が始まってから決めようと思っている。
 だから今は、残されたお小遣いでなるべく節約しながら生きる事だけを考えていればいいのだ。
 
 夕飯のため炊飯器をセットし、炊けるまで風呂に入ることにした。
 俺は熱い風呂が好きだ。
 濛々と白い湯気を上げる湯船の中に、俺は豪快にイントゥーザダイブした。
「はぁ~~~~!」
 親父臭いとか言わないで欲しい。
 沖縄人としては風呂だけが唯一の楽しみなのだ。
「ん~~~~」
 お世辞にも広い風呂とは言えないが、それでも伸ばせるだけ四肢を伸ばす。
「えぇ湯じゃのぉ」
 これで、ギャルが三人くらい入ってくれば言う事ないんだが……。
「ギャルが三人……」
 いや、ちょっと待て!
 冷静になってよく考えてみろよ。
 この狭い風呂の中にプチプチギャルが三人も入ったとする。
 そんな事したら、せっかく溜めたお湯がザバァって、ザバァって、溢れちゃうじゃないか!
 そしたら、唯一の楽しみである熱い風呂を楽しめなくなるぞ!そんなの、絶対嫌だ!!
 
 神様お願いします!どうか、ギャルが三人入ってきませんように!!
  
「ん?」
 そのときだった。
 頭の上に、ひんやりとした感触が走った。
「水滴でも落ちたか」
 不意打ちで驚いたが、風呂場で水滴が落ちるなんて当たり前の事だ。
 雨と同じ原理だ。濛々と上がった湯気が天井にたまり、それが冷えて雫となって落ちると言う事なのだ。
 何もおかしなことはない。
 
 ピチョンッ。
 
 おっ、また落ちてきた。
 今度は鼻先に……ん?
 
「黒い……」
 水滴は、黒く濁っていた。これは……?
 俺は、天井を見上げてみた。
 そこには、少し黄ばんだ白い天井の一部に、黒ずんだ染みがあった。カビだろうか?
「……ムーディかな?」
 黒かびといったらムーディだな。左に受け流すとしよう。
 と、そんな事を考えているうちに、炊飯器の電子音が聞こえた。
「そろそろ上がるか」
 俺は風呂を上がり、いそいそと夕飯の支度をする事にした。
 
 
 そして、次の日。
 俺は、特にすることがなかったので朝起きて、すぐさま朝風呂に入る事にした。
「はぁ~、気持ちいいぜ」
 お前はしずかちゃんか!
 とか言う突っ込みは無しでお願い。沖縄人なんだからしょうがないでしょ。
「ふぅ……」
 あ~、なんか目の前がぼやけて来た……。
 二度寝フラグかな?
 って、いかんいかん!
 いくら熱い風呂と言っても、このまま寝たら風邪引くぞ。
「ふぁ~あ」
 ……とはいえ、もう意識が朦朧としてきた。
 朝から風呂なんて入るもんじゃないね。絶妙に気持ちいいからもう、だめだわ……。
 
 俺は、意識を閉ざした。
 
 ……。
 ………。
 
 しばらくして、鼻先に落ちる冷たい感触に脳が覚醒した。
 あぁ、またあの水滴か。
 うぅ、でもまだ目は開けられない。脳は覚醒したが、体はまだダルイ。
 もう少し、もう少しだけこのまま……。
 
 ミシ……。
 何か、上のほうで軋んだ音が聞こえた。
 と、思った刹那!
 
 バシャーンッ!!
 天井が抜け、何かが振ってきた。
 それは、ちょうど俺に覆いかぶさるような形で、一緒に湯船に浸かっている。
「な、んだ?!」
 さすがに驚いて目を開ける。
「っ」
 息を呑んだ。
 俺の目の前には、腐乱した女の顔が、鼻先がつきそうなほどの近さにあったから。
 女の、焦点の定まらない。それでいて、どす黒い憎悪と殺意の篭った瞳が目に付く。
 長い髪が、頬に絡みつく。
 そして、吐き気を催す異臭が、俺の鼻を刺激した瞬間、俺は声を上げた。
 
「あ……うわあああああああああああああああ!!」
 
 
 その瞬間、光景が変わった。
 目の前には、濛々と上がる湯気しか見えない。
 あの、腐乱した女の顔は……跡形もなく消えていた。
「はぁ……はぁ……」
 息を整える。
 なんだったんだ、あれは……?
「夢……?」
 おそらくはそうなのだろうが、それにしては嫌に生々しい感触だった。
 俺は、目を覚まそうと顔を洗うために、両手で湯をすくった。
「うっ……!」
 その両手には、黒々とした髪の毛がいくつもこびりついていた。
 俺のじゃない。俺は、そんなに抜け毛体質じゃない……!
「うわああ!!」
 俺は両手についた髪の毛を振り払った。
 そして、その勢いのまま、見上げてしまった。
 
 天井を。
 
 今度は、声も出なかった。
 
「あ……あ……!」
 
 天井には、染みがあった。
 昨日見つけたのと同じ場所に。
 だけど、その形は……
 
 夢の中に出てきた腐乱した女の顔のように変化していた。
 
 ピチョン……!
 その染みから、一滴の雫が滴り落ち、開いたままの俺の口の中に入った。
 
 苦かった。
 
 
 
 俺は大学入学を取りやめ、アパートを出た。
 そして、地元の工場に就職する事にした。
 親には迷惑をかけたが、それでも、あそこにいるよりはずっとマシだ。
 
 
 
      完
 
  

 

 




【小説】パティシエと呪いのビデオ


     「パティシエと呪いのビデオ」
 
 
 夕刊を取り込むために、妻夫木洋司はジャージ姿のままサンダルをつっかけ、ボサボサの髪をかきながら玄関を出た。
 赤く、西に沈んでいく夕日の眩しさに鬱蒼としながらも、門の左側に位置する少し錆びた銀色のポストへと歩む。
 手を突っ込むと、新聞の他に一枚のハガキ、そして長方形の固形物の感触があった。
 左手に新聞と固形物を抱え、ハガキを右手に持ち直し、なんともなしにその内容を眺めた。
 
 なんて事は無い。ちょっと前まで働いていた洋菓子工場からの解雇通知だった。
 予想していた事だったからか、不思議とショックはなかった。
 いや、むしろ予定調和と言ってもいい。
 一週間も無断欠勤したのだ、クビになっても文句は言えない。
 
 まぁ、クビにならなくても、もう職場に戻る気などなかったのだが……。
 
 かつては、世界一のパティシエを目指して、仕事に情熱を燃やしていた。
 いや、かつて、なんて昔の話じゃない。
 ほんの一週間前までは、だ。
 最愛の妻、愛理を失うまでは……。
 
「愛理ぃ……!」
 知らず、涙が零れていた。
 ハガキを持つ手が震え、その上に雫が落ちる。
 全ての感情を失っていたはずなのに、ふとしたキッカケで悲しみの感情は蘇り、蘇った悲しみはとめどなくあふれ出る。
 洋司は、喉を絞めて嗚咽を漏らさないように涙を搾り出して、発作がおさまるのを待った。
 
 愛理は、仕事の上でも人生の上でも最高のパートナーだった。
 いつも笑顔に溢れ、家庭的で、愛理がいるだけで家の中が当社比20%ほど明るかった。
 その明るさは、夜でも照明器具を必要としないほどにテカッていた。そう、彼女がいるだけで電気代が大幅に節約できたのだ。
 
 愛理は、洋司の『世界一のパティシエになる』と言う夢に肯定的で協力を惜しまなかった。
 家事の事はもちろん、洋司が作るオリジナル洋菓子の味見もよく買って出ていた。
 愛理の舌は確かなセンスを持っていた。
 彼女のアドバイスは的確で、それを元に作ったオリジナル洋菓子はことごとく成功していった。
 
 だから、洋司はいくつも洋菓子を作っては、愛理に食べさせていた
 その結果が……
 
 “重度の、糖尿病ですね。血液が完全にイチゴ味になっています。もってあと数日かと……”
 
 医者に言われた言葉が蘇る。
 散々洋司の洋菓子を食べてきた愛理は、糖尿病に冒されてしまったのだ。
 
 洋司は、後悔した。今まで愛理の体調に気付かず、洋菓子を食べさせ続けたことを。
 もっと早く気付いていれば、こんな事にはならなかったのに。
 自分の夢が、洋菓子が、愛理の体を蝕んだ。
 そう、愛理は、自分が殺したも同然なのだ。
 愛理が亡くなってから一週間。洋司は自分を責め続けた。
 家に塞ぎこみ、何をするでもなく、ただボーっと過ごす日々が続いた。
 世界一のパティシエになると言う夢は、あっけなく消え去ってしまった。
 
 
 居間に戻り、ソファに腰を下ろし、郵便物をテーブルの上に無造作に置く。
 もし、愛理がいたなら、大雑把な洋司の行動を嗜めもしただろうが、今はそれもない。
 ちょっとしたことですぐに愛理を思い出してしまう。
 洋司は、テーブルの中央に置かれた箱に視線を送った。
 箱を開けるとそこには、白いクリームと赤いイチゴが乗ったケーキがあった。
 それは、洋司が最後に作り上げたケーキだった。
 愛理のアドバイスを元に作った、最高傑作になる予定だったのだ。
 
 しかし、結局、それは誰の口にも入ることは無かった。
 愛理の味見を受けて、それは初めて完成するはずだった。
 だが、医者の通達を受けた後に作り上げたそれを、洋司は味見させるわけにはいかなかった。
 愛理は、どうせ死ぬ運命だからと味見したがっていたが、結局、手をつけさせる事なく、愛理は逝ってしまった。
 
 もし、愛理の望みを聞いていたら、運命は変わったのだろうか?
 時々、そんな風に考える。
 いや、そんな事は無い。すぐに洋司は思い直す。
 そんな事をしても、愛理の寿命を縮めるだけだ。
 手遅れだったとは言え、少しでも愛理を長く生かす方が大事だった。
 だから……だから……。
 
 だから、何だと言うのだ?
 今更自己弁護するのはよせよ。
 
 洋司はかぶりを振った。ちょっとしたことですぐ愛理の事を思い出してしまう自分が厭になる。
 気持ちを切り替え、再度郵便物を確認した。
 夕刊とハガキのほかにもう一つ、予想しなかったものがあったからだ。
「これは……」
 洋司は、長方形の固形物を手に取る。
「ビデオテープ?」
 プラスチックケースに入ったVHSのビデオテープだった。
 包装もされず、何も貼り付けられてない事から、郵便ではなく、直接手でポストに入れられたものらしい。
「誰かのイタズラか?」
 普通なら番組名を入れるであろうラベルにも何も書かれていなかった。
 何かの間違いと言うわけでもないだろう。
 悪意の有る無しに関わらず、意図的な行為と見て間違いない。
 そして、自分にとって利益のある行為とも思えなかった。
 こんなもの、早く捨てるべきだ。
 
 普段の洋司ならばそう考えたであろう。
 しかし、精神が不安定になった洋司には、どうしても内容が気になった。
 愛を失い、夢を失った洋司は、心の中に空いた穴を埋めたいと言う強い欲求が働いていたのだ。
 そして、その欲求は『好奇心』と言う形に変貌していた。
 
 洋司は、ビデオテープを手に取ったまま立ち上がり、デッキまで歩いた。
 その時、テーブルの柱に足をぶつけ、持っていたテープを、ケーキの上に落としてしまった。
 ぐしゃりと、クリームとスポンジが歪に歪む。
 プラスチックケースがクリームまみれになったが、幸い中身は無事だ。
 洋司はクリームまみれになったケースからテープを取り出し、ケースはそのままケーキの隣に置いた。
 
 埃の被ったのデッキにビデオを入れ、再生する。
 ブラウン管に、ザーッと砂嵐が流れたかと思うと、画面が急に黒く染まった。
 
 真っ暗、と言うわけではない、所々に、赤みがかった染みが点々とあった。
 ふと、画面に光が溢れた。
 かと思うと、そこから白い物体が画面中に広がる。その白い物体には、銀色の光が突き刺さっていた。
 その白い物体は、画面の中でグチャグチャにされていく。
 画面の下方には、赤黒い物体がウネウネと蛇のようにうねっていた。
 
「なんだ、これは……」
 洋司は、嫌悪感露にし、顔を顰めた。
 まるでわけが分からない。
 
 画面が黒く染まり、いきなり光が広がり、そこから鮮やかな色の物体が挿入され、グチャグチャにされていく。
 そして、また黒く染まり……その繰り返しだった。
 
 何かの番組というわけでもなければ、自主制作映像とも思えない。
 面白くも無ければ悲しくも無い。怖くも無ければ美しくも無い。
 意味不明な映像の連続。
 洋司は、気持ち悪くなり、早くビデオを取り出そうと思った。
 しかし、意志に反して洋司の体は動かず、視線は画面に釘付けになっていた。
 
 やがて、もう何度目かの黒に染まった画面になった所で、しばらく映像が停止したように動かなくなった。
 もう終わりなのか?と思っていると、そこから白い線が染みのように湧き出てきた。
 白い線は、複雑に絡み合い、やがて、それは文字になり、その文字は羅列として並び、一つの文章になった。
 
『これを見たものは、ダビングして他人に見せよ。さもなくば、3日後にお前の命をいただく』
 
 その文章の意味を理解したと同時に、画面が砂嵐に変わった。
 どうやら、ここでテープは終わりのようだ。
 
 テープを取り出し、洋司は呆然とその文章を頭の中で繰り返していた。
「命を……」
 なんともチープな脅迫めいた文章だった。
 少し前に流行った、不幸の手紙とかの類だろう。
 
 恐らく、これを見た奴は本気で呪いを信じ、それを回避するために言われたとおりにダビングした。
 しかし、自分の知り合いを巻き込むのは良心が許さなかったのだろう。
 そこで、自分とは見ず知らずの人間の家に放り込んだ、と言うわけだ。
 
「バカバカしい」
 洋司は、自分に呪いをかけようとした見知らぬ誰かに対して、特に何の感情も抱かなかった。
 呪いを信じなかったのだ。信じるほうがどうかしているだろう。
「……」
 それに、もし仮に、本当だったとしても。
 それは、洋司にとって、都合が良い事のように思えた。
 
 呪いと言うわけの分からない力で、楽に愛理の所に行けるのなら、それはそれで悪くない……。
 
 だから洋司は、この三日間、焦る事も嘆く事も足掻く事もせず、いつものように無機質な時間を過ごした。
 
 そして、三日後。
 
 大して面白くも無いお天気お姉さんの番組をボーっと眺めていると、突如画面が切り替わった。
「?」
 さすがにビックリしたが、すぐに平静を取り戻し、切り替わった画面に集中する。
 
 画面はやけに灰色がかっていて、まるで昔の白黒テレビの映像のようだった。
 映像はシンプルで、中央に古井戸がポツンと存在しているだけで、他には何も無い。
 しばらく変化がなく、静止画か何かかと思っていたら、その井戸のフチに白い手がかけられた。
 そこから、ゆっくりと黒い髪の毛のようなものが上がってくる。
 
「……」
 目が、離せなかった。
 
 井戸から這い上がったのは、髪の長い、白い服を着た幼女だった。
 幼女は長い前髪を頭に垂らしたまま、揺ら揺らと画面に近づいてくる。
 揺ら揺らと、ゆっくりと、確実に……。
 
 そして、画面全体が幼女の長い前髪で覆われた時、ニュッとその頭が立体化した。
 
「っ!!」
 息を呑んだ。
 テレビ画面から、したたかに濡れた幼女の頭が、手が、ゆっくりと出てきたのだ。
 
(これは、まさか、あの呪いの……!)
 
 洋司は、三日前に見た呪いのビデオの内容を思い出していた。
 あの呪いは本物だったのだ。
 洋司は目を瞑った。恐怖は無い。ただ、あるがままを受け入れよう。ある意味では、これは本望だ。
 
 しかし、いつまで経っても死の感覚は訪れなかった。
 もしや、何も感じないままに自分はもう死んでしまったのではないか。
 そう思って目を開けた。
「……」
 目の前に手をかざす。生きている時と、別段何も変化は無い。
 頬に触れてみる。暖かい。心臓も動いている。
「まだ、生きてるのか……」
 なんとじれったい。殺すのなら殺せば良いのに。と、洋司は再びテレビに視線を移した。
 
 画面では、幼女の頭と手が、さっきと同じように外に出ていた。
 それから、まったく動こうとしない。
 
「??」
 首をかしげていると、テレビの方から、くぐもった幼女の声が聞こえる。
「ちょっとぉ~、手ぇ貸してよ~!!」
「は……?」
 呪いの主にしてはあまりにも気の抜けたセリフに、面食らった。
「つっかえて出れないの~!!早く、引っ張って~!!」
「……」
 仕方ないなと洋司は、けだるい体を動かし、幼女の手を掴んだ。
 その手は、氷のように冷たく、湿っていた。
 
「いくぞ、せーのっ!」
 想いっきり引っ張ってやると、にゅるっとした妙な感触とともに、幼女の体がようやくテレビの外に出た。
 が、そのまま勢い余って洋司の上に覆いかぶさる形で倒れてしまった。
 
「い、ててて……」
「うぅ~、もっと優しく引っ張り出しなさいよね……って!」
 幼女は、前髪を掻き揚げて今の状況を把握すると、顔を真っ赤にして飛び起きた。
「きゃぁ!なにすんのよ!!このロリ!変態!!」
 両手で胸を押さえ、洋司から後ずさる。
「いや、覆い被さったのてめぇだろ!!」
 洋司の的確なツッコミを受け、幼女は我に返った。
「あぁ、そうだっけ?まぁいいや。じゃ、気を取り直して」
 そして、右手と左足を上げ、まるで少女マンガの主人公がするようなポーズで、こう叫んだ。
 
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!呪いの怨霊、ギョボ子ちゃん参上!!」
 
「いや、誰も呼んでねぇし!飛び出してもねぇだろ!!」
 むしろ這い出てきたよな……。
 
「可愛く、『ギョボ』って呼んでね☆」
 洋司のツッコミを無視して、ウィンクを一つ。
「いや、どこをどうすれば可愛くなるのかが分からない(汗)」
「もぉ~、いいから呼んで!」
 仕方ないな。
「……ギョボ」
「その言い方じゃ、可愛くない」
「だから、言い方の問題じゃ……」
 ギョボ子と言ったその幼女が頬を膨らませる。
 何が何でも可愛く呼ばれたいらしい。
「ぎょ……ギョォボ?」
 少し伸ばしてみた。
 すると、ギョボ子は頬を緩ませ、ニヤついた。
「うふふ、やっぱり私って可愛い☆」
  
「……基準が分からない」
 
「それより、あんたの名前は?ヒトの名前を聞くときはまず自分からって言うでしょ!」
「てめぇが勝手に名乗ったんだろうが……」
 いや、こいつにまともな突っ込みは通用しない。
 ほんの数分の会話でそこまで悟った洋司は、素直に名乗った。
「洋司。妻夫木洋司」
「プッ、変な名前~。爪楊枝みたい」
 鼻で笑いやがった。
「てめぇにだけは言われたくねぇぇぇえええええ!!!」
 つ、疲れる……。
 
「っつかよ、てめぇなんなんだよ!なんでテレビから出てきてんだよ!」
 ギョボ子は、軽蔑したような眼差しを向けてくる。
「あんた私の話聞いてたの?私は、呪いのビデオの怨霊で、あんたを呪い殺しに来たの」
「あ~、さいですか……。だったらさっさとやってくれ」
「むっ、信じてないわね!」
「いや、信じるとか信じないとかの問題ではなく……」
 展開についていけないだけなんだが。
 
「ほんとなんだから!私がチョンと合図すれば、あんたの左冠動脈が閉塞して心筋梗塞するんだから!!」
「呪いの割には随分と専門的な殺し方するんだな……」
 もっと、原因不明死とかのがらしくて良いと思うんだが。
「そういうもんなの!今の医学じゃ、どんな方法で殺したって検死で死因が分かっちゃうんだから。だからこっちも分かりやすくした方がいいでしょ」
「左冠動脈の閉塞は、あまり分かりやすい殺し方じゃないと思うが……」
「もぉ、イチイチ煩いのよあんたは!今回の相手は、ほんとやりにくいわ……今までの奴らは私の顔見た途端、恐怖に慄いてのた打ち回ったのに」
 まぁ、それが普通の反応なのだろうが。あいにくと、今の洋司は死を恐れていない。
 
「いいから、さっさとやれよ。心筋梗塞だろうがなんだろうが」
 洋司は、両手を広げてまいったのポーズを取った。
 殺すんなら一思いにやってくれ。
「……」
 その様子を見て、ギョボ子は更に不機嫌そうになる。
「やっぱ、なんか気に入らないわ、あんた」
「何がだよ?」
「あんた、このビデオを見てから、全然助かろうとしなかったでしょ。今だってそう。
最初は、私の事を信じてないからと思ってたけど、そうじゃない」
「あぁ、信じてるさ。一応、不思議な事が起こったからな。呪いがあってももう不思議じゃない」
「だったら、なんでそんなに落ち着いてるのよ!諦めるの早くない!?だってあんた死ぬのよ!!」
 何をやってるんだろうか、この娘は。
 呪い殺す側の存在が、まるで殺される事を望まれるのを嫌がっているような。
「俺は、死にたいんだ」
 洋司は、ハッキリと要望を口に出した。
「呪われたのは想定外だったが、いずれは自殺するかもしれなかった。だから今お前が俺を呪い殺した所で、何も変わらない」
 洋司の言葉に、ギョボ子は全身を奮わせる。
「気に入らない!気に入らないわ!!あんたみたいな人間、生きてる価値なんかない!信者絵バインダー!!」
 
「だから、さっさとやれって」
「分かってるわよ!!」
 ギョボ子は、右手を上げて、勢い良く振り下ろす。
「血管よ、縮まれ!!!」
 それが、呪いの言葉なんだろう。
 洋司は、これから来るであろう甘美な死の香りを待った。
 しかし、いくら待ってもそれはやってこない。
 
「どうした?早くやれよ」
「あ、あれ?」
 ギョボ子の顔に焦りが生まれる。なにやら想定外の出来事が起きているらしい。
「お、おかしいな。なんで?なんで殺せないのよ!!」
 ギョボ子は、何度も呪いの言葉を唱えるが、全く効果が無い。
「おかしい!こんなのおかしいよぉ!!なんで殺せないの!?」
「知らねぇよ」
「あ、あんたもしかして強烈な霊能力者だったりする!?」
「そう、見えるか?」
「全然」
「だろ?」
 
「じゃ、どうして……まさか、プログラムが書き換わった?!」
「プログラム?」
「そう、この呪いは、ビデオテープに呪いのプログラムを念写する事で完成するの。でも、その念写が書き換わってるとしたら……」
 幼女は、おもむろに、ビデオデッキに手を伸ばす。
「ちょっと、呪いのビデオどこやった!?」
「デッキの中に入ったままだ」
「じゃ、再生するわよ!」
 ……。
 ………。
「再生ボタンどこ!?」
「……俺がやるからどけ」
 仕方なく、洋司は再生ボタンを押してやった。
 再び三日前に見た映像が目の前に広がる。
 洋司としては既に見慣れた映像だったが、ギョボ子はまるで初めて見るような顔をしていた。
 
「な、なによ、これ……映像が違うじゃない!?」
「はっ?」
「内容よ!内容!!呪いのビデオの内容が、最後の文章以外全然違う映像になってるの!!」
「……」
 ようするに、洋司が持っている呪いのビデオは、実は呪いのビデオではないって事だろうか。
 しかし、だったら何故呪いのビデオの怨霊が洋司の前に現れるのかが分からない。
 
「誰かが、呪いのビデオに上書きしたとかか?」
 それなら、元は呪いのビデオなわけだから、怨霊が現れても不思議ではないし、完全な呪いのビデオでなくなってもおかしくない。
「それは、ありえないわ。だって念写された映像は、普通の光映像なんかじゃ上書きされない。もし、上書きされるとしたら……」
 そこまで言って、ギョボ子はハッと顔を上げた。
「あんた!このビデオを、何か強い念の篭った物に近づけたりしなかった!?」
「念の篭ったものに?」
 洋司は記憶をめぐらせた。
 そういえば、ビデオを再生する前に、ケーキの上にビデオを落としたんだ。
「ケーキ」
「は?」
「ケーキの上に、ビデオを落とした」
 さすがに、それは無いだろうと思ったが、ギョボ子は血相を変えた。
「そのケーキ、残ってる!?」
「あ、あぁ……」
 その気迫に押されて、洋司は冷蔵庫に入れていた潰れたケーキを取り出した。
 そのケーキをマジマジと見つめて、ギョボ子はため息をついた。
「はぁ、凄い念を感じるわ……。これは上書きされて当然かも」
「??」
「あんた、凄い想いを込めてこれを作ったのね。ううん、ここにはあんただけじゃなく、もう一つ別の念も入ってる」
「あ……!」
 ギョボ子の言葉を聞いて、洋司もようやく理解できた。
 そうか、このケーキには洋司や愛理の念が篭っていたのだ。
 その念が、ビデオと触れたときにテープに念写して、テープの映像を書き換えてしまった。
 
 と、すれば、あの映像は……。
「愛理の、口の中……って事か」
 愛理は、あのケーキを食べたかったのだ。それだけが心残りで、ケーキを食べると言う念をテープに念写してしまった。
 それが結果的に呪いのビデオの呪いをゆがめてしまった……。
 
「はぁ、こうなった以上仕方ないわね」
 ギョボ子が心底ガッカリしたようにため息をつく。
「どうするんだ?」
「どうするもこうするも、何もせずに帰るしかないでしょ。呪いのプログラムが書き換えられた以上、私には何もできないわ」
「俺は、殺されないのか?」
「死ぬも生きるも、あんたの自由よ。でも……」
 ギョボ子は、テレビ画面の中に帰ろうとして、ふと足を止めた。
「あんた、才能あると思うわよ。私の呪いを上書きする程の念を込めてケーキを作れるんだもの」
 それだけ言うと、画面の中に帰っていった。
  
 
「……」
 一人残された洋司は、呆然と、床に膝をついた。
「俺は、生かされた、のか……?」
 ずっと、愛理の所に行きたいと思っていた。
 それだけが、償いだと思っていた。
 だが、それは愛理自身の手によって阻まれた。
 洋司は、愛理によって、生かされたのだ。
 
「そうだよな……」
 愛理は、死の運命を突きつけられても、洋司を恨まなかったじゃないか。
 それどころか、なおも洋司のケーキを食べたいと譲らなかった……。
 
 だとしたら、これから洋司が真にするべきことは、一つしかない。
 
 洋司は、目の前にある潰れたケーキを指ですくい、舐めた。
 最高傑作のそのケーキは、ようやく人の口に辿り着くことが出来たのだ。
「……美味いよ、愛理」
 
 洋司は立ち上がり、キッチンへ向かった。
 
 そして、菜箸と脂ぎった両手鍋を手に、ガスコンロに火をつける
 新たなるオリジナル洋菓子を作るために……!
 
 
 
 
     完
 
 
 

 

 

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