【小説】上書き保存

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過去に某所で掲載していた小説をアップします

エロ小説、ホラー小説、とアップして来たので今回は純愛な物語です!

一途な女性の一途な愛を描いてみました!!!







 『上書き保存』
 
 
 男は、想い出を『名前をつけて保存』し
 女は、想い出を『上書き保存』するものと言われている。
 
 一見すると、女は過去をどんどん上書きして、忘れていくもの覚えの悪い生き物のように……じゃなくてっ!
 
 男は、過去の想い出も今の想い出も大事にし
 女は、過去に囚われずに新しい想いを大切に出来るという事だ。
 
 しかし、彼女の行った上書きは……。
 
 
 とある企業の事務室では、デスクに置かれたパソコンに向かって数名の男女がしきりにキーボードを叩いてた。何してるかは知らん。多分趣味なんだろう。
 その中の一人、メガネをかけた短髪の男の机に、一人の女子社員が湯気を上げているマグカップを静かに置いた。
「そろそろ休憩にしませんか?」
 穏かな女子社員の言葉に、男が顔を上げる。
「あぁ、すまない。ありがとう」
 男は礼を言うとキーボードから手を離し、一息ついた。
 女子社員は静かに微笑むと別の社員の所へと歩いていく。
 その後姿の、形の良いヒップをなんともなしに眺めながら、男は机に置かれた物に手を伸ばした。それは、マグカップには向かっていなかった。
 
 マグカップの中に注ぎ込まれた黒い液体に、粘性の高い白い液体を垂らした所で、天野山リョウセイはふと気付いた。
(……また、入れちまった)
 リョウセイは昔から甘いものが苦手で、コーヒーもブラックで飲んでいた。しかし今、リョウセイの手にはミルクが入っていた入れ物があった。カップの周りにはスティック砂糖の空が散らばっている。
 中身は、目の前にあるコーヒーの中に入っているのだろう。
 好きで入れたんじゃない。条件反射でつい入れてしまったのだ。
 最近、こういう事がよくある。無意識のうちに、自分の好みとは違う行動をしてしまう事が。
 コーヒーから漂ってくる渋い香りの中に混じった、砂糖とミルクの甘い香りが鼻に付き、顔を顰めた。
 捨ててしまおうかとも思ったのだが、せっかく注いでもらったものを自分のミスで無下に扱うのもアレなので、リョウセイは息を止めて一気にコーヒーを飲み干した。
 
(結構、美味いじゃないか)
 思っていたよりもその味は苦ではなかった。いや、それどころか好みの味のようにも感じる。
 リョウセイは、甘いものが嫌いだ。それは食わず嫌いじゃない。昔、砂糖を舐めて吐いた事もある。
 しかし、今飲んだ甘いコーヒーは本来自分が持っている味覚とは違った感想をもたらした。
(好みが、変わってきたかな?)
 リョウセイはそう考えた。
 人間は変わる生き物だ。考え方や好みが歳を取るに連れて変わっても何も不思議じゃない。
 しかし、なんだか最近、それが急に顕著になっている気がする。
(生活が変わると、人間いろいろ変わるものなんだなぁ)
 そう、数ヶ月前結婚してからだ。好みが変わってきたのは……。
 
 昼休み。
 多くの社員が食堂や外食をするために事務室を出て行くが、リョウセイはカバンの中から立方体の箱を取り出し、机の上に広げた。
 
「おっ!愛妻弁当ですか!毎日羨ましいですなぁ~!」
 小太りな同僚が茶化して来る。
「ははは、これで料理が美味かったら文句ないんですがねぇ」
 毎日の事なので、受け流すのにはなれている。
「そんな事言ったら奥さんがかわいそうですよ。うちなんか弁当どころか、朝飯もロクに作ってくれないんだからなぁ」
「あはは、まぁ感謝して食べますよ」
 適当に返事をすると、それ以上話すこともなくなり、同僚はさっさと出て行った。
 リョウセイは再び今しがた広げた弁当の中身を見た。
「はぁ……」
 思わず、ため息が漏れた。
 別に、白ご飯に紅ショウガでハートマークを模っているような恥ずかしい弁当と言うわけではない。
 ちゃんと節度のある普通の弁当だ。
 野菜炒め、キンピラ牛蒡、トンカツ、白ご飯、とごく普通のラインナップだ。
 どれもこれも、特別上手いわけではないが、何か問題があるようにも見えない。
「今日はシメジにゴボウか」
 リョウセイは、シメジとゴボウが嫌いだった。
 妻の作る料理はリョウセイの嫌いなものが入っている。そして、好きなものは一切作ってくれない。
 好き嫌いの多い自分が悪いと言えばそれまでだし、それを克服させようとする妻の愛情と取れなくも無い。
 しかし、ここまで好みを外された料理を毎日食べさせられるのもなんだか微妙な気分だ。
 だけど、ある理由からリョウセイは文句をいえない。
 恐妻家と言うわけではない。他の事なら意見を通せる。だけど、こればかりは何もいえない。
 それが、リョウセイにとって唯一できる手向けだと思っているから。
 
「……」
 いつまでも眺めていても始まらない。
 リョウセイは、キンピラゴボウに箸を伸ばし、一口食べた。
 口の中に広がる、キンピラゴボウの酸味と塩味。何度食べても好きになれないその嫌悪な味。しかし……。
 慣れとは恐ろしいもので、最初の頃は口に入れた途端吐き気がしたものだが、今では普通に食べることが出来る。
 とは言え、マズイ事に変わりはないのだが。
 口直しのためにトンカツに箸を伸ばす。別に好きなわけじゃないが、他の料理よりマシだ。
 
「美味い……!」
 思わず、そう呟いた。
 特別にトンカツが好きなわけじゃない。妻の料理が上手いわけじゃない。
 しかし、何故か妻の作る肉料理は格別に美味かった。
 料理が美味いんじゃない。肉、そのものが美味いのだ。
 どこで買ったものかは知らない。そういえば、豚なのか牛なのかすら分からない。
 でも、美味い。
 これだけが、妻の作る料理の中での唯一の救いだった。
 
 
 夕方。5時56分くらい。リョウセイは夕日に照らされた住宅地の道を歩いていた。
 今日は運よく定時で帰れたから夕食は一緒に食べられそうだ。
 リョウセイは浮き足立って家路を急いだ。
 
「ただいま~!」
 返事も待たずに玄関を上がる。
 台所に行くと、エプロン姿の妻、アイナがいた。ちょうど夕食の支度をしていたようだ。
「あ、おかえりリョウセイ。早かったね」
 リョウセイの存在に気づいたアイナが振り返る。
 リョウセイは、その笑顔に顔をほころばせながらアイナに近づいた。
「おう。……おっ、今日は肉じゃがか!」
 キッチンで煮立っている鍋を覗き込んで歓声を上げる……フリをした。
 別に肉じゃがは好きじゃない。オムライスとかハンバーグの方が好きなのだ。
 でも、リョウセイは文句を言わない。言えない。
「ほら、もうすぐ出来るから少し待ってて」
「へーい。んじゃ、ちょっとあいつに挨拶してくる」
「……うん」
 言って、リョウセイは台所から出て書斎に入った。
 書斎の机の上にある写真に視線を向ける。
 その写真には、遊園地の観覧車を背景に三人の、大学生くらいの男女が写っていた。
 一人は、リョウセイ。一人は、アイナ。そして、もう一人は……。
 
「タカシ……アイナの事は、任せろ」
 
 三人は、大学のサークルで知り合ってからいつも一緒につるんでいた。
 そのうち、タカシとリョウセイはアイナの事が好きになり、アイナはタカシを選び恋人同士になった。
 それでも、三人の関係は変わらなかった。
 タカシは、いい奴だったし。リョウセイもタカシならアイナを取られても構わないと思っていたから。
 だから、タカシに全てを託し、心から二人の仲を応援した。
 
 一年前、タカシが交通事故にあうまでは……。
 
 その後、リョウセイはアイナを慰める形で恋人同士となり、そのまま結婚した。
 しかし、アイナは未だにタカシの事を振り切ってはいない。
 それは、アイナの作る料理を見れば分かる。
 そう、アイナの作るものは、全てタカシの好みに合わせたものなのだ。
 だから、リョウセイはその事に文句を言えない。
 
 『女は想い出を上書き保存するもの』そんな言葉をよく聞くが。
 死別ともなるとまた違うのだろう。
 アイナは、タカシを引きずっている。
 傍にいるのはリョウセイだが、心は常にタカシに寄り添っている。
 
 それを、悔しいと思ったことは無数にあった。
 でも、それでもタカシは、いい奴だったから。それも仕方が無いことなんだ。
 出来ることなら、タカシになりたい。
 タカシのように愛されたい……。
 
 しばらくして、リョウセイは食卓についた。
 おいしそうな肉じゃがが目の前にはある。肉じゃがの中には、肉がある。当然だが
(しかし、妙だ)
 タカシは、ジャガイモは好きだが、肉はそんなに好きではなかったはずだ。
 なのに、アイナの作る料理には必ず肉が入っている。それもどんな肉かも分からないのにメチャクチャ美味い肉が。
 そして、アイナの食べる分には肉が入っていない。
 当人は『ダイエット中だから』と言っているのだが……。
 
「……」
 
 考え込んでいると、アイナが不安そうな顔をしてくる。
「どうしたの?おいしくなかった?」
「あぁ、いや」
 慌ててかぶりを振った。
 タカシに誓ったのだ。アイナを幸せにしてみせると。だから、アイナを不安にさせてはいけない。
「凄く、美味しいよ」
 リョウセイはニコリと笑った。
 
 喉のとおりが悪いジャガイモや肉ばかり食べていたので、喉が渇いた。
 確か冷蔵庫にビールがあったはずだと思い、リョウセイは立ち上がる。
 しかし……。
「待って!!」
 アイナが慌てて立ち上がり、リョウセイを止める。
「え?」
「勝手に、冷蔵庫開けないで。何か、欲しいものがあるなら私が取るから」
 ……そうだった。
 アイナは、リョウセイが勝手に冷蔵庫を開けようとすると何故か止める。
 何かを取り出すにしても、入れるにしても全てアイナの許可がいる。
 不審に思ったが、なんでも古くから使ってる冷蔵庫らしく、扉が特殊で閉めるのにコツがいるそうだ。
 開けっ放しにすると電気代が勿体無い。かといって新しいものを買う金も無い。
 なので、特に冷蔵庫を使わないリョウセイは了承した。
 まぁ、冷蔵庫の管理は主婦の役目だ。男が首を突っ込むことじゃないだろう。
 
 リョウセイは、アイナからビールを受け取ると、一気に飲み干した。
  
 
 深夜2時。リョウセイとアイナは寝室で二人並んで眠っていた。
 畳の和室に二つの布団が並べてある。
 リョウセイがもぞもぞと動き出す。
 不意に、尿意を催したのだ。リョウセイはアイナを起こさないよう注意しながらソッと寝室を出た。
 
 用を足すと、今度は喉が渇く。
 リョウセイは台所へ赴き、眠気眼で冷蔵庫の前にたった。
「あ」
 ここで、アイナとの約束事を思い出した。
 冷蔵庫を勝手に開けない。
 しかし、こんな遅い時間にアイナを起こすのも気が惹けた。
「まぁ、一回くらいなんとかなるだろう」
 そう楽観的に考えてリョウセイは扉を開けて中から缶ビールを取り出した。
 
 さて、ここからが問題だ。
 アイナ曰く、扉を閉めるのにコツがいるそうだが……。
 とりあえず、まずは普通にしめようとした。
 
 ……簡単に閉まった。
 
「あれ?」
 拍子抜けだった。
 何度も開け閉めしてみたが、全く問題は無い。普通の冷蔵庫と同じだ。
「なんだよ。アイナの奴、大袈裟なこと言ってたくせに……」
 何故か、急に胸がすくような不安を覚えた。
 
 扉を閉めるのにコツがいるというのが、もし嘘だとしたら?
 
 アイナは、冷蔵庫に何かを隠している?
 
 夜だからだろうか、そんな妙な考えが浮かんでくる。
「まさかな」
 自分で自分の考えを笑い飛ばしながらも、不安は消えてくれない。
 
 リョウセイは、再び冷蔵庫の扉を手をかけた。
 中身を見る。きれいに整理されていて、別段なんの異変も無い。
「何も無いよなあ、そりゃ」
 少しでも不安を覚えた自分がバカらしくなり、顔を上げた時、頭の中を電撃が走った。
「……」
 
 まだ、見てないところがあるじゃないか。
 それは、今、自分の目の前にある。
 
 冷凍庫。
 
 冷蔵庫の上にある、冷蔵庫もう一つの機能。
 主に、冷凍食品や食肉を入れている場所だ。
 アイナは基本冷凍食品を買わない。だから、ここには肉が入っているはず……。
 
 肉が……。
 
 あの、正体不明の、だけどとても美味しい、肉が……。
 
「……」
 リョウセイは震える手で扉を、開いた。
 冷気が顔にかかる。
「うっ!」
 その中を見て、リョウセイは口を押さえた。
 
 中には、赤黒い肉の塊が、びっしりと詰まっていた。
 それは、スーパーで買ってくるようなものじゃなくて、まるで狩りをして手に入れた動物の肉を保存しているような。
 
「なんだ、これは……!」
 その、肉塊の中に、細長いウィンナーのようなものが、5本……。
 いや、これは、指、か?
「あ、あ、あ……」
 さらに見つけた。
 白と黒の、球体。これは、目玉?
 
「タ、カシ……」
 無意識のうちに呟いたその言葉。
 その肉が何なのか、見ただけでは分からないはずなのに、何故か確信が持てた。
 
 そう、これはタカシだ。タカシの死体が、食肉として保存してある。
 
 食肉として?
 
 誰が食べるんだ?
 
 ……他に誰がいる?
 
 じゃあ、じゃあ、今まで食べてきた美味しい肉ってのは……。
 
 あぁ、そういえば聞いた事がある。
 内臓移植した人間は、ドナーの人間と好みや性格が似てくるって……。
 
 最近、変わってきたリョウセイの好み。
 アイナの作るタカシの好みに合わせた料理。
 リョウセイも、その料理を段々美味しいと感じるようになってきた。
 
 それは、それは……!
 
 リョウセイは、扉を開けっ放しにしたまま後ずさった。
「あ~あ、開けっ放しにしたら電気代勿体無いでしょ。だから冷蔵庫は私が開けるっていつも言ってるのに」
 背後で、声がした。
 リョウセイは、ゆっくりと首を回した。
 
 ガラス製の灰皿を持ったアイナが笑顔で立っていた。
 
(あぁ、アイナの笑顔は可愛いな)
 振り下ろされる灰皿を前に、リョウセイはそんな呑気な事を考えていた。
 
 
 
 目が覚めたとき、そこは病院のベッドだった。
 クリーム色の天井を背景に、アイナの顔が映る。
「よかった。目覚めたんだね」
「……アイナ」
 呆然とした頭のまま起き上がろうとする。
「っ!」
 額に激痛が走った。
 手を添えると、包帯が巻かれている。
「あ、無理しないで!まだ完治してないんだから」
「……俺は?」
 記憶が曖昧だ。
 どうして、病院にいるのか分からない。
「覚えてないの?昨日の夜、転んで頭ぶつけたんだよ」
「……そうだっけ?」
 何か、違和感がある。
 でも、記憶が曖昧な以上それを信じるしかない。
「もう、気をつけてよね。タカシ」
「……」
 リョウセイは一瞬耳を疑った。
(アイナは、何を言っている?)
 単にいい間違えただけなのか、それとも自分が聴き間違えただけなのか。
 あぁ、頭がガンガンする。
「ちょっと、顔を洗いたいな」
「え」
 アイナの目が見開いた。
 どうして、そんな顔をするのか、リョウセイには理解出来ない。
「大丈夫?」
「あぁ、大分落ち着いたから」
 アイナの心配をよそに、リョウセイは病室を出てトイレに向かった。
 
 トイレの流しで、豪快に顔を洗う。
 冷たい水が目を覚ましてくれる。
「ふぅ」
 スッキリした面持ちでリョウセイは顔を上げた。
 そして、備え付けてある鏡を見て、驚愕した。
 
「タカシ……!」
 そこに、タカシがいたのだ。
 幽霊でもなんでもない。生きているタカシが。
「お前、生きていたのか?!」
 そんなはずはない。そんなはずはない。だけど、だけど、そこにタカシがいる……!
 リョウセイは驚いて何度もタカシの名を呼んだ。
 同じように、鏡の中のタカシもタカシの名を呼ぶ。
 妙だ。
 どうしてタカシ自身がタカシ自身を呼ぶ?
 いや、違う。
 本当に妙なのは、そんな事じゃない。
 鏡の中に、リョウセイの姿が無い。
 鏡の中にいるのは、タカシだけ。
 でも、鏡の外にいるのはリョウセイしかいない。
 
「……」
 徐々に、気を失うまでの記憶が蘇ってきた。
 フラフラした足取りでトイレを出ると、そこには……。
「最近の整形技術って凄いよね」
 アイナがいた。
「アイナ……」
 アイナは愛しそうな顔でリョウセイに寄り添う。
「ずっと、待ってた」
「……」
 リョウセイは、何もいえない。ただ、それを受け入れた。
「おかえりなさい、タカシ……」
 
 
 女は、想い出を上書きするもの。
 しかし、アイナが上書きしたものは、過去の想い出ではなく……。
 
(俺は、上書きされたのか……)
 
 でも、それも良いかもしれない。
 アイナがタカシと付き合い始めたとき、正直タカシに嫉妬した。
 タカシになりたいとさえ思った。
 タカシのように愛されたいと。
 だから、これはある意味願いが叶ったのだ。
 これで、俺も、タカシのように愛される……。
 アイナの愛を受けられるのならば、名前なんて、自分が何者かなんてどうでもいいじゃないか。
 
 リョウセイは、タカシは、そっとアイナの背中に手を回した。
 
「ただいま、アイナ」
 
 
 
  
 
     完
 
  
 

 

 




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