第3話 「グロウアップ!超Xへのスタートライン」
翔也の開いたミニ大会から帰宅した達斗は、自室に戻ってRPインフェリア・スタッブを眺めながら先程のバトルを思い返し高揚感に浸っていた。
「……楽しかったな」
ポショリと呟く。
シュートの感覚、バリケードの衝撃、そしてフリップアウトの快感……今までに味わったことの無いものばかりだった。
コンコン、ガチャ。
ノックを聞いてから返事をするまでもなく最速で扉が開かれた。
「みね、ねぇ……!」
なんとなく、達斗は咄嗟に機体を自分の体で隠した。
いきなり入ってきた美寧に文句の一つでも言うべきと思ったが、むしろ美寧の方が文句言いたげだったので黙っていた。
「たっくん、ご飯出来たってさっきから呼んでるでしょ」
「あ、うん。すぐ降りる」
美寧に促されるように達斗は部屋を出た。
その時、美寧はチラリと横目で机の上に置かれている機体を寂しそうに一瞥したのだった。
食卓には千葉県名物のさんが焼きとはかりめ丼が置かれていた。
丼ものは達斗の大好物なのだ。
「いただきまーす!」
カッカッカッ!!
バトルしてお腹が空いていたので、達斗はがっついた。
それを美寧が微笑ましそうに眺める。これがいつもの食事風景だ。
リビングではバラエティ番組がBGMとして垂れ流しになっている。
『VS台風(タイフーン)〜!』
と、イケメンな青年達のタイトルコールが響く。
『この番組はイケメンアイドルの台風がさまざまなゲストをお呼びして、ゲームで対決していくと言う番組です!』
プツンッ!
『見てください!このブリッブリな蟹!!』
VS台風の番組説明を聞いた瞬間チャンネルが旅番組に変えられてしまった。
美寧の手にはリモコンが握られている。
「美寧姉ぇ……台風(アイドルの)の番組は好きなのに、あの番組だけは観ないよね」
達斗はなんとなく気になっていた事を聞いてみた。
「……お姉ちゃん、対戦とか対決とか、苦手だから。だって、遊びなのにどっちかが負けて傷つくことになるでしょ。そう言うの私……嫌いだな」
「……」
”嫌いだな”
温厚な美寧にしては珍しい強い言葉による拒絶に、達斗はこれ以上何も言えなかった。
…。
……。
翌日、姉ヶ崎小学校。
登校した達斗は教室に入るなりクラスメイト達に取り囲まれてしまった。
「なぁなぁ、神田もフリックス始めたんだって!?」
「それどころか、昨日の翔也杯で優勝したってマジかよ!!」
「どんなフリックス使ったんだ!?」
「シュートは!?」
「え、えと……!」
その勢いに押しやられて、達斗はたじろいでしまう。そこへ翔也が助け舟を出してくれた。
「おいおい、そんないっぺんに聞いたらタツも答えらんねぇだろ」
「あ、そっか」
翔也に言われてクラスメイト達は達斗から離れて、達斗はとりあえず自分の席に鞄を置いた。
「タツ、昨日の約束覚えてるよな?俺とのバトルの決着はGFCウインターで着けようぜ」
翔也が言うと、クラスは再び湧き立つ。
「え、神田お前いきなり大会出る気かよ!」
「しかも翔也君と決着を約束するほどの関係だったの!?」
「い、いや、たまたま昨日時間なくて決着つかなかっただけで……!機体だって、店のオマケの奴だし……」
達斗が机の上にRPインフェリアスタッブを出すと今度は『えぇーー!!』と驚嘆の声が上がった。
「これってドノーマルじゃん!」
「こんなんで翔也と宿命のライバルになったのか!?」
「だから別にそういうんじゃないって」
「はははは、でもタツが凄かったのはほんとだぜ!特にモブ太をオーバーフリップアウトさせたシュートは圧巻だったなぁ」
翔也がそう言うと、今度はモブ太にも注目が集まる。
「え、モブ太が負けたんだ」
「初心者に……」
「う、う、うるさいなもぉ!ちょっとバリケード構える位置間違えただけだよ!」
「でもいくら神田がすごくても、翔也と戦うにはそのフリックスじゃ役不足じゃね?」
正確には『力不足』である。
「さすがに市販品の素組じゃなぁ」
「や、やっぱりそうだよね……ははは」
勝手に称賛したり、勝手に力不足扱いしたりするクラスメイトに、達斗は愛想笑いするしかなかった。
「「「心配ご無用!!!」」」
謙遜する達斗の前に自信満々に三人組が現れた。
「お前らは」
「ズコウケイ三人組!!!」
そう、シチベエ、ガクシャ、ムォ〜ちゃんだ。
「フリックスの改造なら俺らに任せろ!」
「基本をしっかり抑えれば強いフリックスにできるからね」
「翔也君に勝てるように一緒に頑張ろう!」
そんな三人を見て、スナ夫、うすと、ミハルも声を上げた。
「フッ、微力ながら資金提供は任せてくれたまえ、ベイベー」
「へぇー、いいじゃん!あたしも応援するからさ、神田が翔也に勝てるようにみんなで協力しよう!」
「うひひ……僕も陰ながら協力するよ」
「え、え、!?」
戸惑う達斗。
翔也はその様子を見て、満足げに頷いた。
「へへ、面白くなってきたな。おっしゃ、じゃあ大会まで俺は皆と別行動だ。皆が育て上げたタツと戦えるの楽しみにしてるぜ」
そう言って、翔也は自分の席に戻っていった。
「しょ、翔也……!」
この中で唯一親しい友達である翔也が離れてしまい心細くなる達斗だが、そんな暇は与えまいとクラスメイト達は達斗を構おうとする。
が、すぐにチャイムが鳴ったので子供達は蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていった。
そして、昼休み。
給食を食べ終わった達斗は早速ズコウケイ三人組達クラスメイトに囲まれていた。
「それじゃあまずは基本的な事からやっていこう!神田君、機体を貸してくれるかな?」
「う、うん」
達斗はメガネをクイっと上げてカッコつけるガクシャへRPインフェリア・スタッブを渡した。
「うん、素組のままだけどちゃんと手入れはしてるみたいだね」
「バトルの後ちょっと拭いただけだけど」
「あ、よく見ると中に汚れ溜まってるな……分解とかはまだした事ないのかな?」
「分解って?」
そもそもフリックスに触れる事自体初めてなのだ。分解が出来ることすら知らない。
「なるほど、それじゃあ」
ガクシャは徐に機体のシャーシを外した。
「ぁ、」
壊れたんじゃないかと思って達斗は一瞬ビクッとした。ガクシャはそれを察して説明する。
「フリックスは皆、こうやってボディとシャーシを分解出来るんだ」
「そうそう!シャーシを変えたり、中にウェイトを入れたりしてセッティングが出来るんだぜ!本物のロボとかメカみたいに!」
ガクシャに続いてシチベエも得意気に補足した。
「へぇ〜」
「ってかお前マジで素組だったのかよ……ウェイトも無しであんなシュートしたのか!?」
シチベエは昨日の事を思い出して素っ頓狂な声を上げた。
「ウェイトって、錘の事だよね?そんなに大事なの?」
「そりゃ格闘技なんだから、軽いより重い方がいいに決まってんだろ。喧嘩でも相撲でもなんでも重さは強さだぜ!」
「ま、ちゃんとボクシングみたいに重量制限はあるけどね。フリックスは72gまでしか重く出来ないんだ」
「それに、重くしたら重くしたで機動力が下がるって言うデメリットもあるしね」
「ふ〜ん……」
正直、完全に理解したわけではないが、なんとなくの感覚で達斗は頷いた。
「そうだ、僕のウェイトあげるよ。さすがにそのままじゃ軽過ぎるし」
ムォ〜ちゃんは、鈍い灰色をした物体を取り出して達斗へ渡した。ズシリとした重量感がある。
「あ、ありがとう。これって……?」
「釣りに使う錘を溶かして固めたものなんだ」
「ムォ〜ちゃんの親父、漁師で釣りプロだからそういうのいっぱい持ってんだよな。遠慮なくもらっとけよ!」
言いながらシチベエはムォ〜ちゃんから貰ったであろうウェイトをたくさん見せびらかした。
「シチベエ君は少し遠慮すべきだと思うけどね……まぁいいや、重さも大事だけどそれよりもボディの方が大事だよ」
「やっぱ改造だよな!」
「改造かぁ、難しそうだなぁ……」
今までロクに工作した事の無い達斗は改造と言う言葉の響きに尻込みする。
「いきなり改造はハードル高いけど、このインフェリアスタッブはリプレイスシステム使ってるからフロントウェポンの組み替えでカスタマイズしよう」
「リプレイスシステム?」
「ちょっと失礼」
パカッ……。
ガクシャはインフェリアスタッブのフロントパーツを外した。
「うわっ、フリックスってそこも取れるの!?」
「全部がそうじゃないんだけど、リプレイスシステムのフリックスはフロントウェポンに互換性があるんだ。僕もリプレイスの機体はいっぱい持ってるから神田君に合いそうな物を組んでみよう」
そう言いながら、ガクシャはズラッとリプレイスシステムのフロントパーツを机に並べた。
「こ、こんなにたくさん……!」
「タダであげるのもアレだし、そのインフェリアスタッブのパーツと交換って事で良いかな」
「相変わらずケチくさいな、ガクシャは」
「遠慮を知らないシチベエ君に言われたくないね」
「遠慮してちゃ質屋の息子は出来ねぇんだよ!」
売り言葉に買い言葉で言い合いになりそうな二人に、達斗は慌てて礼を言った。
「い、いや、でも嬉しいよ!ありがとう」
こうして、いろいろとパーツを付け替えてみて、軽くテストシュートしてみる。
「うーん、これが1番合うかなぁ」
と、達斗が選んだのは左右に盾を付けた長い剣のようなウェポンだった。
「おっ、ビークブレードか!」
「スタッブと特性は似てるし、良いかもね」
皆からも賛同を得られたので早速取り付けてみた。
「RPインフェリア・ビークブレードってとこか」
「凄い、ちょっとパーツを変えただけなのに全然違う!」
「これが組み替えカスタムって奴さ!」
「ウェイトも積んだし、フロントウェポンも決まったから、あとはボディかな」
「だったら次は俺の出番だな!放課後ウチ来いよ!」
と、シチベエが提案したところでちょうど昼休みが終わった。
……。
…。
放課後、シチベエに誘われて達斗とズコウケイ三人組の四人は商店街にある小さな店『リサイクルショップ七谷』の前にやってきた。
「俺んち、質屋やってんだ。ちょっと前に祖父ちゃんが引退してからは親父がリサイクルショップみたいな事も始めてさ。そんでホビーの中古も結構売りに来る人いるんだよ。だから、フリックスの改造に使えるパーツも多いんだぜ」
「へぇ〜」
「とにかく入れよ。案内してやる」
「うん」
シチベエに促されて達斗らは店に入った。
「ここがホビーコーナーだ。どうだ、すげぇだろ?」
「うわぁ……」
狭い通路を抜けて辿り着いたのは、棚にズラリと玩具が並んでいる空間だった。
下にも大量に玩具の入ったプラケースがいくつも置いている。
「結構レアモノも多いんだぜ。ほら、これなんか俺らが生まれる前に展開終了したホビーで、普通じゃ手に入らないぜ!」
「へぇ、凄い……!」
「でもシチベエ君、今はレアモノよりもフリックスに使える材料を安く見繕う方がいいんじゃないかな?」
「わぁってるよ」
シチベエはゴソゴソとプラケースを漁っていくつかプラモを取り出す。
「おっ、こいつなんかいいんじゃね?ロボプラの武器パーツとか結構いい感じに使えるんだよなぁ」
「でも、これってフリックスのパーツってわけじゃないんだよね?使っていいの?」
当然だが、この店に置いてある商品は明らかにフリックスとは関係なさそうな玩具ばかりだ。普通は他社製品は使えないモノだが……。
「シャーシは公式から販売してるものをベースにしてないとダメだけど、それ以外はレギュレーションクリアしてれば自由なんだよ」
「危険なものや汚すものとかはダメだけどね」
「そうそう!ほら、俺のフリックスだって中古玩具のパーツをミキシングビルドして作ったんだぜ!」
シチベエは自分のフリックスを二つ取り出して見せる。
「その名も、ワンクリエイトジャンカーに強襲用機動特攻車だ!」
確かにどちらもプラモデルのパーツを切り貼りして取り付けているが、ちゃんとフリックスとしてかっこいいものになっている。
「凄いなぁ……ところで、ミキシングビルドって?」
「自分で形を作るんじゃなくて、元々形のある既製品を貼り付けて作る方法さ」
「これだったら工作初心者でも出来るはずだからな」
そう言われて、達斗はなんとなく工作へのハードルが下がったような気がした。
「へぇ、そうやって作ってもいいんだ……じゃあ僕はコレと、コレ使ってみようかな」
達斗は少し控えめに良さげなロボプラモのパーツを手に取る。
「うん、良いパーツだね!」
「達斗君の機体と合いそう」
「センスあるぜお前」
「そ、そうかな?」
「うひひ……でもこっちのパーツも魂が篭っててオススメだよ……」
不意に背後から声をかけられた。
「うわぁ!!……か、影野くん、いつの間に……!」
「あ、相変わらず影の薄い奴だな」
神出鬼没な影野うすとの存在に驚く四人。そんな四人を見てうすとは不気味に笑う。
「いやぁ、それほどでも……。それにしても中古屋さんって良いよね……古いものには付喪神が宿るって言うし……うひひ」
薄気味悪いうすとに対して、達斗は苦笑いするしかなかった。
「あ、ははは……」
とにもかくにも、こうして達斗の機体はズコウケイ三人組の協力によってどんどんカスタマイズされていき。
それから毎日、昼休みや放課後は他のクラスメイト達に練習を付き合ってもらい大会までの準備は万端に整った。
そして、大会当日の朝の神田家。
達斗はドタバタと荷物を持って玄関へ向かっている。
「たっくん、朝ごはんは?」
キッチンで料理している美寧が声をかけるが、達斗の足は止まらない。
「ごめん、外で食べる!」
慌ただしくそれだけ応えて達斗は出ていった。
「……」
その様子を、美寧はなんとも複雑そうな表情で見送った。
GFCウインター大会の会場は葛西臨海公園を貸し切って行うらしい。
葛西臨海公園駅にはデカデカと『GFCウインター大会関東地区予選』と看板が立てられている。
「い、いよいよかぁ……」
クラスメイトたちと駅に到着し、達斗は緊張感で声が震える。
「神田君、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「出来る事はしっかりやったしね、自信を持って!」
「僕も練習じゃ全然神田君に敵わなくなっちゃったからなぁ。凄い上達だよ」
「俺の店のパーツ使ってんだから大丈夫だぜ!」
「うひひ きっと付喪神のご加護があるはずだよ……」
「ま、あたしらもしっかり応援してるからリラックスリラックス♪」
「もちろん、声援が届きやすいようにベストな席を用意したからね、ベイベー!」
「皆……ありがとう!僕、頑張るよ!!」
クラスメイトたちの暖かな言葉にジーンとなり、達斗は礼を言って受付へと駆け出した。
受付には多くのフリッカー達が屯している。皆強そうだ。
そんな中で達斗は翔也を見つけた。
「翔也!」
声を掛けられた翔也は振り返り、達斗の姿を確認すると嬉しそうに手を挙げた。
「よぉ、ついにこの時が来たなタツ!機体の準備は万全か?」
「うん!皆に協力してもらったんだ!」
達斗は翔也へ新しくなったインフェリアスタッブを見せる。
「これが僕のニューインフェリア・ビークブレードだよ」
「おぉ、随分改造したなぁ!こりゃ楽しみだ!!」
達斗の改造フリックスは思ってた以上にいい出来だったようで、翔也の声が弾んだ。
「良い改造ですね」
と、その時。見知らぬ少年から声を掛けられた。
メガネをかけた背の低い礼儀正しそうな少年だ。年下だろうか?
「あ、うん、ありがとう……」
「僕、高島タダシって言います。よろしくお願いします」
そう言いながらタダシも機体を見せる。タダシの機体はグランドパンツァーを改造したものだった。
「あ、僕は神田達斗、よろしく」
「へぇ、お前のフリックスはグランドパンツァーか!良いチューンしてんなぁ」
「ありがとうございます。確かあなたは天崎翔也君ですよね?去年準優勝した」
「おっ、知ってんだ!嬉しいなぁ!」
「今日は戦えるのを楽しみにしてました。翔也君に達斗君、お互いがんばりましょう!」
「うん!」「ああ!」
会場での新たな出会いもありながら、受付を終えてバトルフリッカーコウによるアナウンスが始まる。
『みんなー、GFCウインター大会関東地区予選へようこそ!』
歓声が湧き上がる。
『早速大会ルールの説明だ!バトル形式はお馴染みのフリッカーアルティメットグラウンドバトル!(略してFUGB)
アクチュアルシステムを使って広大なフィールドを駆け巡り、ターゲットの撃破や他プレイヤーへの攻撃によってポイントを競うぞ!
今回は先に300ポイント獲得したものが勝者だ!また、HPが0になってもリザレクトジュエルで復帰出来るが、ポイントがマイナスになったらリタイアになるから気を付けてくれよ!
上位3名が一週間後にお台場で行われる決勝大会に駒を進められる!入賞目指して頑張ってくれ!!』
「そういやタツ、FUGBは初めてだよな?大丈夫か?」
翔也がコソッと達斗に話しかける
「うん、ガクシャ君にいろいろ教えてもらったから。アクチュアルバトルも市川のゲームセンターでやってみたし」
「そうか、なら良かった」
『今回のプラチナターゲットはこの公園から橋で繋がっている離島、西なぎさの何処かに隠されている!
スタート位置は全部で10ヶ所、バトルスタートまでに好きな場所を選んでくれ!
なお、他に分からない事は各フリッカーの端末にインストールしてもらったバーチャルナビゲーター[フリー素材キャラクターのつくよみちゃん(© Rei Yumesaki)]を起動すれば教えてくれるぞ!』
ステージモニターに白い着物を着た白髪おさげの女の子のバーチャル映像が現れる。

イラスト:えみゃコーラ様
『こんにちは、バーチャルナビゲーター[フリー素材キャラクターのつくよみちゃん]です。なんでも聞いてくださいね』
会場のフリッカー達のスマホ画面にもつくよみちゃんが映し出された。
「おお、すっげー!さっそく聞いてみよ」
会場のモブっぽい少年がつくよみちゃんの画面に聞きたいワードを打ち込む。
[おまえをけすほうほう]
『そんなことおっしゃらないでください』
画面内のつくよみちゃんはニコニコしながら事務的に答えた。
そんなアホな事をする輩もいるが、達斗と翔也はまじめにつくよみちゃんを利用している。
「とりあえず、スタート位置決めるためにも今回のマップを出してくれ」
『分かりました、ちょっと待ってくださいね』
スマホに葛西臨海公園のマップが出てくる。
「西なぎさに近いのは6番ゲートかな?」
「直線距離だけならな。けど遮蔽物とかを考えると4番の方が良さそうだが、そう言うのに限って面倒な障害があったり道中のターゲットが少なかったりするからなぁ」
「結局、どこを選んでもあまり変わらないって事?」
「総合的にはそうなってんだろうけど、まぁ何が得意かによるな。俺はスピンで複数のターゲットを狙いながらゴールを目指すのが得意だから、なるべくターゲットが多く設置してあって、乱戦になりやすそうな場所からスタートする」
「僕は、どうしようかな……」
「タツは直進型だから、なるべく遮蔽物が少ない場所で戦った方がいいんじゃないか?」
「そっか、じゃあそうしよう」
その結果、達斗と翔也は全く別々のスタート位置になった。
「これじゃ直接対決は難しいかな」
「まぁ、プラチナターゲット目指してりゃそこでぶつかるだろ!どっちが先にゲットするか勝負だぜ、タツ!」
「うん!」
……。
…。
そして、達斗はスタート位置となるゲートにたどり着く。
そこでは6人ほどのフリッカー達がおり、その中には高島タダシもいた。
「あっ達斗君もここからスタートするんですね」
「うん。ここからだと東なぎさまで道が広いから行きやすいだろうなって思って」
「なるほど、プラチナターゲット狙いなんですね」
「君は違うの?」
「はい、僕はなるべく見通しの良い場所を陣取ってポイントを稼ごうと思ってます」
「へぇ……いろんな戦術があるんだなぁ」
そして、しばらくしてバトルフリッカーの声が響く。
『それでは、準備はOKかな?そろそろバトルをおっ始めるぜ!レディ、ゴー!!』
バトルフリッカーの合図でゲートが開き、フリッカーたちが一斉に駆け出していく。
まずはフリックスを出さずに少しでも走ってプラチナターゲットを目指すフリッカーが多いようだ。
『さぁいよいよ今年のシーズン大会スタートだ!まずは殆どのフリッカー達がフリックスを出さずに自分の足で駆け出した!ターゲットが現れるまでは少しでもプラチナターゲットに近づく作戦か!?
おおっと!4番ゲートからは神田達斗君が一抜けで前に出ている!!』
(やった、前に出られた!あとは迷わないように西なぎさを目指さなきゃ……!)
達斗は店の手伝いで配達もよくやってるので脚には自信があるのだ。
「こんなチマチマやってられないネ!」
達斗の背後では、古川ピースが急に立ち止まった。
「なんだあいつ、もうバテたのか?」
そして、後ろにいる他のフリッカーが抜いていく。
「馬鹿な奴らネ!GO!ヒンメルギア!!」
抜いていった他のフリッカーをスケールアップしたヒンメルギアで狙い撃った。
「あっ!」
バーン!!
機体を出していない一人のフリッカーの背中をヒンメルギアがすり抜けるとそのフリッカーのHPが一気に0になった。
『おおっと!早くも撃沈!!機体を出していない状態で攻撃を直接受けるとダイレクトヒットで一撃KOされてしまうぞ!!これでピース君は一気に40ポイント獲得!序盤からいきなりトップに躍り出たぁ!反対に太郎君はマイナス25ポイントで速攻リタイアだ!!』
「そんなぁ、いきなりぃ!?」
「こんな序盤から機体も出さずに背中を見せるからネ!」
フリックスは一度シュートするとウェイトタイムが経過しないともう一度撃つ事はできないし、ウェイトフェイズでも動けるステップはそこまで移動速度がない(早歩き程度)上にバリケードのエネルギーを消耗してしまう。
長距離なら機体を出さずに走った方が総合的な移動速度は速いのだが、フリッカーが集まってる状態で機体を出さずに前に出るのは危険なのだ。
「あいつやべぇ!」
「俺達も機体出さなきゃ!」
ピースの合理的な行動に、他フリッカー達は警戒して機体を出した。
その中で、タダシは多少大回りになりながらも他フリッカー達から離れて走り続けた。
背後の様子を実況などで把握する達斗。
(そっか、ただ前に出るだけだと狙われちゃうんだ)
達斗も周りを警戒しながら自機をスケールアップさせた。
(移動速度は落ちるけど、背中から狙われるよりは良いかな)
仮に抜かれたとしてもその時は攻撃すれば良い。
そう思いながら、達斗はステップで機体を動かしていく。
そうこうしているうちにターゲットを発見。
「いけっ!」
丁度アクティブフェイズになった瞬間だったので移動がてらターゲットを撃破。
ポイントを得ながらゴールへと近づくと言うかなり効率の良い方法だ。
こんな要領で、達斗は移動と撃破を両立させながら先へ進んでいく。
「あっ!」
今度は移動するターゲットが大量に出現した。得点は高そうだが、進行方向とは逆に移動する。
狙うべきか迷ったが、そこへ追い付いてきたタダシがターゲットを撃破していく。
「いけっ!グランドパンツァー!!」
バゴォォン!!
一回のシュートで上手いこと複数の移動ターゲットを撃破できた。
「タダシ君……!」
「悪いですけど、ここは僕の狩場にさせてもらいます!まだターゲットはいっぱいいますしね」
見ると、次々と移動型ターゲットが現れ、さらにブロンズターゲットもちらほら見えている。
(どうしよう、ここで少しでも稼いだ方がいいかな?)
プラチナターゲットは一つしかない。ゲット出来れば大きいが、そのために道中のポイントを無視してゲット出来なかった場合は大損だ。保険として稼げる時は稼いだ方がいいかもしれない。
『現在のトップは天崎翔也君!既にポイントは80を超えている!!素晴らしいシュートでターゲットや敵機へ次々にアタック!!華麗なプレイにオーディエンスから贈られるマニーも貯まっているぞ!!』
(翔也……!僕も……!)
一瞬迷った達斗だが、目の前のターゲット達を無視してゴール目指して機体を直進させるようにシュートした。
「いくよ、グランドパンツァー!!」
達斗がいなくなった事でタダシは遠慮なく周りのターゲットを蹴散らしてポイントを稼いでいく。
『さぁ、各フリッカーがそれぞれのやり方でポイントを稼いでいく!バトルは大乱戦の様相を呈してきたぞ!!一方、序盤で大量得点した古川ピース君は一気にペースダウン!他フリッカーからのヘイトを買ってポイントが減っているぞ!!』
「ノー!序盤で目立ったのは悪手だったネ!!」
ピースの行動は他フリッカーの警戒心を高める結果となり、もう不意打ちダイレクトヒットが通じなくなったばかりか、他フリッカーからの攻撃を受けてポイントがマイナスされていくようになってしまったようだ。
一方の達斗。
(とにかく、プラチナターゲットを目指すんだ!)
達斗は真っ直ぐに西なぎさを目指し、芝生エリアを抜けてついに島へと繋がる橋が見える位置へたどり着いた。
「見えた、海だ!!」
人間は海が見えると『海だ!』と叫びたくなるのである。
『さぁ!現在1番プラチナターゲットへ近づいているのは今大会初出場の神田達斗君だ!ポイントは低いが、プラチナターゲットを撃破すれば一気に挽回可能だ!』
その実況を聞いた翔也。
(あいつ、プラチナターゲット一本に賭けてきたか!おもしれぇ、俺もすぐに追い付いてやるぜ!)
翔也は周りのターゲットを狙いながらスピンシュートした。
「いっくぜ!ブライテンオービット!!」
ガッ、ガッ、ガッ!!
エイペックスはターゲットや障害物にぶつかり反射しながら高速で前に進んでいく。
一方の達斗。
「あとは、あの橋を一気に抜ければ……!」
橋へ向けてステップで機体の位置を調整しながらウェイトカウントが経過するのを待つ。
その間に一体の円形機体がステップしながら迫ってきた。

リベリオンジエンド
「いけぇ!リベリオン!!」
『のおっと!最後の橋を目指す達斗君へ、寺宝タカシ君のリベリオン・ジエンドがステップで追い付いた!!
年少ハンデによるバリケード強化をフルに活用して高速ステップで移動して来たようだ!!』
小学生以下は年齢が低ければ低いほどバリケードのエネルギーが強化される。
つまり、それだけ高速ステップの負荷に耐えられるのだ。
タカシはそれを利用して達斗に追いついたらしい。
「っ!インフェリア!」
焦る達斗。丁度アクティブフェイズになったので逃げるようにシュートの構えを取った。
「ブロックだ!リベリオン・ジエンド!!」
しかし、タカシの方が一瞬早くシュートして達斗を抜いて橋の入り口をブロックするように陣取った。
「っ!でも、それだけ速いって事は軽いはず……弾き飛ばせば……!」
リベリオンを海へ叩き落とせば戦況はかなり有利だ。
達斗はリベリオンのボディに光の点を見つけ出し、それ目がけてシュートを放った。
「いけぇ!!」
ガッ!
しかし、ニューインフェリア・ビークブレードは途中のギャップに躓き体勢が少し崩れる。
「っ!でも、この勢いなら急所じゃなくても……!」
多少狙いが逸れたところで皆で改造したフリックスの攻撃力なら軽い機体を飛ばすくらいは出来るはずだ。
ガッ!
良い当たりだ。
リベリオンは狙い通りに吹っ飛んで行く。
「よし、いいぞ!」
しかし、ニューインフェリア・ビークブレードもリベリオン・ジエンドの掬い上げボディによって掬い上げられてしまいフロントが浮き上がったままバランスを崩して海へドボン。
それだけじゃない。弾き飛ばされたリベリオン・ジエンドは飛ばされた勢いを利用して橋を渡っていく。
「あぁ!!」
『おおっと!タカシ君、達斗君の攻撃を逆に利用して加速!!一気に橋を渡り切ったぁ!!一方の達斗君は海へ落ちてしまいかなりのタイムロスだ!!』
「そ、そんな……!」
達斗は慌てて機体を回収する。回収する機体の距離が離れていたり、海や砂などに埋もれている場合は回収までに時間がかかるし、一度回収すると次にスケールアップするまでタイムラグがある。
このミスは大きい。
「どうしたタツ!?」
「……!」
シュン!
回収を待つ達斗の横を翔也が通り過ぎていく。
そして……!
『ここで、時宝タカシ君がプラチナターゲットを撃破し100ポイント獲得し、合計300ポイント突破!これで一位通過!翔也君も周りのゴールドターゲットを大量撃破し二位で予選通過だ!!』
モニターにタカシの顔と翔也の顔が映し出される。
そして、その直後にタダシの顔も映った。
『おおっと!コツコツとターゲットを狩っていたタダシ君も300ポイントに到達!これでトップスリーが確定したぞ!!!』
ビーーーー!
トップスリーが確定した事で大会は終了し、サイレンが鳴り響く。
結局達斗はあれから挽回しようと奮闘するもどうにもならず、36位と言う微妙な結末になってしまった。
……。
…。
大会が終わり、翔也が表彰式に出ているのを横目で見ながら、達斗はフリーエリアで待機しているクラスメイト達と合流した。
「ごめん、皆。せっかく協力してくれたのに」
開口一番達斗が謝るとクラスメイト達は口々に達斗を励ます。
「いや、神田はすげぇって!」
「うん、初めての大会であそこまで戦えたんだもん!」
「僕らと作った機体の性能もしっかり活かしてたしね」
「僕なんか去年初めてGFC出た時リタイアだったし」
「うひひ、僕もさ」
口々に与えられる賛美の言葉を達斗は素直に受け取れない。
「でも、翔也ともまともに戦えなかったし……」
「しょうがないって、相手は翔也だもん。神田だって次頑張れば良いでしょ」
「今回のバトルを見て僕は君に投資する価値を感じたよ、ベイベー」
「うん……そう、だね。次頑張るよ!」
達斗は笑顔を作り、力を振り絞って明るく答えた。
「そんじゃ!今からパーっと打ち上げに行きますか!」
「神田の大会初出場で大健闘祝いだな!」
……。
…。
その夜。
家に帰った、達斗はベッドに横になり天井を眺めていた。
思い出されるのは大会での事、そしてクラスメイト達の励ましと賞賛。
“神田はすげぇって!”
“うん、初めての大会であそこまで戦えたんだもん”
“僕らと作った機体の性能もしっかり活かしてたしね”
“僕なんか去年初めてGFC出た時リタイアだったし”
“しょうがないって、相手は翔也だもん。神田だって次頑張れば良いでしょ”
“今回のバトルを見て僕は君に投資する価値を感じたよ、ベイベー”
違う、あれは……。
賞賛でも励ましでもない……。
慰めだ。
「う、うぅ……」
達斗の瞳から涙が溢れる。
強引にそれを拭うが、拭っても拭っても滴がこぼれ落ちてしまう。
どうして、こんなに涙が出るんだろう?
自分はまだ初心者で、負けたって言い訳はいくらでも出来る。
こんなに悔しがる理由なんてないはずだ。
いや、そうじゃない。
悔しいのは負けた事なんかじゃなく……。
あれだけ協力してもらっておいて負けたのに、クラスメイト達は誰一人責めたり悔しがったりしないどころか、気を遣って慰めてくれた。
負けてもそれが当然の事として気を遣われて慰められてしまうと言う自分が情けなくて惨めで悔しいのだ。
「うぅ、あぁ、ああああ!!!!」
嗚咽を抑えきれず、泣き声が溢れ出てしまう。
「たっくん……」
その声を聞きつけたのか、美寧が静かに部屋に入ってきた。
「美寧姉……」
涙でぼやける視界の中、達斗は美寧の姿を見据える。
美寧は穏やかに笑いながら手を広げた。
「おいで」
達斗はふらふらと歩み寄って美寧の胸の中に抱き止められた。
「うぅ、ううう……!」
美寧に包まれながら、達斗は泣き続けた。
そんな達斗の頭を美寧は慈しむように撫でる。
「たっくん、大丈夫だよ。たっくんにはずっとお姉ちゃんがいるんだから、たっくんの居場所はここにあるんだよ……」
「おね……ちゃん……!」
柔らかくて暖かくていい匂いに包まれながら、達斗は陽だまりのような安堵感に身を委ねていた。
しかし……その安堵感の中に、何か違和感を覚えてしまった。
(ちがう)
何が違うのか、分からない。
分からないけど、何かが違う。
この温もりを、安堵感を、受け入れてはいけない。
漠然とだが、達斗はそう感じた。
「……」
達斗はゆっくりと美寧から離れ、強引に涙を拭った。
目元は腫れて赤くなりひどい顔だったが、もう達斗の目から雫は溢れなかった。
「たっくん……?」
「ありがと、もう、大丈夫だから」
それだけ言うと、静かに拒絶するように達斗は踵を返し、机に着いた。
「……そっか」
そんな達斗の行動に何かを察した美寧は悲しそうに俯くと扉へ向かった。
「おやすみ、たっくん」
「うん」
静かにそう言うと、美寧は部屋を出た。
美寧が部屋を出た後、達斗は机の上に機体を出し、黙々とメンテを続けていた。
……。
…。
そして翌日。
達斗は少し寝坊し、遅刻ギリギリで登校した。
クラスは既に喧騒に包まれている。その話題は先日の大会についてだ。もちろん中心には翔也がいる。
既に達斗の事など頭にないのだろう。
達斗は翔也に群がるクラスメイトを掻き分けて翔也の前に立った。
「お、おぅ、タツ!おはよ!昨日の大会面白かったな!!」
急に現れて睨みつけてきた達斗に少し驚きながらも翔也はいつもの調子で話しかけて来た。
「翔也……今度こそ、僕と勝負だ!!!」
達斗は機体を突き付けて翔也へ挑戦を宣言した。
つづく