なるるさんへ

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Angel of Sefirah 第1節「享楽」

 

 悲しき運命に抗い争う少女達を描いた讃歌……flicker’s anthem。
 そのポストリュードは、少女の願った幸せな夢によって幕を閉じた。

 しかし、少女から生まれた夢は一つではなかった。
 これは、無数に枝分かれした夢の中の一つ。
 異なる世界の可能性。

 少女の願った幸せと引き換えに繰り広げられる新たな運命のセフィラ……。

 ………………………。

 麗らかな春の昼下がり。
 都心から外れたとある郊外の商店街脇にある大きな公園。
 そこにはマントを羽織ったキザったらしい青年が大袈裟なパフォーマンスで注目を集めていた。

「レディースエーンドジェントルメーン!我がフリックスジャグリングの世界へようこそ!私の名前はフリックス大道芸人テイト!今から君達を華麗なるテイトワールドへご案内しよう!!」

 彼は大道芸人のようだ。
 公園の入り口付近でシートを広げてパフォーマンスようの器具を設置。
 手にはフリックスを持って様々な技を披露している。

「フリックスとは、魅了の世界!常人には辿り着けないファンタジーへの片道切符!まずは手始めにこちらから!」
 バッ!
 テイトは、右手で真上に向かってフリックスをシュート。そのフリックスが落下する前にもう一つのフリックスをすかさずシュート……した直後に落下した最初のフリックスを左手で撃ち返し、そしてまた落下したフリックスを右手で……と言った感じで見事にお手玉をしてみせた。

「おおー!」
「すげー!」
「やるじゃーん!」
 周りで眺めている数十人の子供達が感嘆の声を上げると、気をよくしたテイトはさらにシュートする機体を増やした。

「今回は特別サービス!更なる幻想曲をお見せしよう!……よっ、ほっ!」
 機体が増えてさすがに難易度が上がったのか、テイトは少し苦戦しながらもどうにかジャグリングを続ける。

「うわぁぁ!!」
「まだ出来るのか!」
「ひゅー!!」
 更に湧き上がる歓声。

「ふっ、このプレイが凄いと思ったらお勘定も忘れずにねぇ!!」
 テイトがチラッと足元にある空き缶に視線を移す。
 どうやらここにお金を入れるようだ。

 しかしその時。
 ガッ!!
 足元の勘定入れに気を取られたテイトの頭上に機体が直撃!
「ぐはっ!」
 そのままぶっ倒れてしまった。

「うわ、かっこわるぅ……」
「ダメだこりゃ」
「あっ、そろそろ白鋼プロのフリックスショーの時間だ!」
「あそこの電気屋で観てこうぜ!」
 無様なテイトの失敗に見切りをつけた子供達はゾロゾロとその場を去っていった。

「いててて……いやぁ、失敗失敗!でも、テイトワールドはまだここから……って!」
 テイトが立ち上がった時には既に子供達は去っており、公園外にある電気屋の入り口で屯していた。
「……ちぇっ、またアレに客取られた」
 テイトはブツクサ言いながら商売道具を仕舞い、トボトボと電気屋入り口にあるテレビの前まで歩み寄り、子供達と一緒に画面へ齧り付くように目を向けた。
「……あの野郎、相変わらずまだあんなもん使わせてんだな」
 テイトはテレビに映るフリッカー達の使う機体を観て苦々しい顔で呟いた。

 テレビでは煌びやかな演出と豪華絢爛な舞台が映し出されており、デカデカと番組タイトルのテロップが出現した。

『白鋼プロダクションプレゼンツ!フリックスエンタメショー!!』

 大袈裟さな司会の言葉と共に、ステージ上では派手な衣装を着た美男美女がフリックスをシュートしながら様々なパフォーマンスを披露していた。

 この番組は生収録らしい。
 ちょうど同じ頃、まさに都内のスタジオで画面に映っているフリッカー達がパフォーマンスの撮影をしている。

『さぁ、今回も始まりました!白鋼プロ所属フリッカー達の繰り広げるフリックスアレイ最大のエンタメショー!
生放送一発撮りの緊張感に負けず、どのフリッカー達も素晴らしいパフォーマンスの連続だぁぁ!!!』

 フリックス火の輪くぐり、フリックス綱渡、フリックス玉乗り……とまるでサーカスのような軽業の連続。
 超能力者をも思わせるほどの神技だ。

『注目株はなんと言ってもこのフリッカー!天から舞い降りた奇跡の美少女!榎田アニィ!!』

「舞い踊れ!ハニエル!!」

 サラリとした流れる黒髪と切れ味の鋭そうなクービューティな目線が特徴的な少女は、ハニエルと呼んだフリックスを放ち、共に舞う。
 その華麗な動きに観客達は沸き立った。

『そのアニィに食らいついているのは、先週ジュニアから所属へと這い上がった超新星!綾川まゆみちゃん!!』

「頑張ろう、ラファエル!」
 ラファエルと呼ぶフリックスと共に、少し背の小さな少女が拙いながらもステップを踏む。
 アニィと比べたら見劣りするが、『小さい女の子が頑張っている補正』によってまゆみも人気を博しているようだ。

「ふふ、良いステップね、まゆみ。見違えたわ」
「ありがとうございます!私、ずっとこの世界を夢見てて……ううん、夢の中でこの現実に憧れてたっていうか……あれ、私何言ってるんだろう?」
 テンパっているのか、支離滅裂な事を口にするまゆみに対してアニィは先輩としての余裕の笑みを浮かべて頷く。
「そう……でも、ここからが本番よ。集中なさい」
 アニィは優しげな表情から真剣な目つきに切り替わり、それを察したまゆみも気を引き締める。
「はい!」
 そして、二人はペースを上げてより華麗で激しいパフォーマンスを披露していった。

 その様子を舞台袖の主催席から一人の男爵を思わせるような格好をした40代半ばくらいの男が顎鬚を撫でながら満足げに頷いていた。

「ん〜〜ビューティフォー!今日も僕の天使ちゃん達は輝いているねぇ〜!」
 彼こそがこの白鋼プロダクションの社長、白鋼ダアト。
 かつてはサーカス団として世界を旅していたのだが、工作格闘ホビーであるフリックス・アレイのパフォーマンス性に目を付けてフリッカー達を競技者ではなくパフォーマーとしてプロデュースするプロダクションを設立。
 大型劇場でのフリックスプレイをショーとして提供している。

「社長、そろそろ次の予定の時間です」
 ショーを堪能しているダアトへフォーマルなスーツを着こなしている秘書と思われる20代前半くらいの女性が後ろから静かに話しかけてきた。
「おっと、ありがとう。確か、一般公募の新人発掘オーディションの最終審査だったね」
「えぇ。既に車は手配しています。交通経路を考えて、今から出発すれば定刻通り辿り着けるかと」
「ふーむ、生収録と最終審査、梯子するのは無茶かと思っていたが、さすがメレナ君!完璧なスケジューリングだ」
 大袈裟に褒め称えたのち、ダアトは声のトーンを落として秘書メレナの耳元へ甘く囁く。
「……今晩、ご褒美をあげよう。空けておきたまえ」
「……はい」
 メレナが頬を染めながら妖艶に頷いたのを確認するとダアトは口元を緩めつつ立ち上がり、会場を後にした。

 ……。
 …。
 白鋼プロダクション一般公募オーディション最終審査会場は、日本の首都である千葉の千葉のとあるビルで行われるようだ。
 そのビルの前では既に何人ものオーディション参加者が集まりゾロゾロと中へ入っていく。

「あ〜〜もう、キンチョーしてきたぁぁぁ!!!」
 そんな中で、一人の可愛らしいが落ち着きのなさそうな少女が頭を抱えて大袈裟に叫んでいた。
「姉ちゃん、恥ずかしいだろ!少しは静かにしろよ!」
 付き添いの弟と思われる少年に怒られる。
「うぅ、夏樹は良いよね、ただの付き添いだし。これからオーディションを受ける女の子の緊張なんか分かんないよ……」
「あぁ?姉ちゃんが緊張で家から一歩も動けないって言うからわざわざ付き添ってやったんだろ!そんな事言うなら帰るからな」
 機嫌を損ねて踵を返す夏樹へ少女は抱きついて引き留める。
「ごめんごめぇん〜!いかないで〜〜!」
「は〜な〜せ〜!!!」
 姉弟の激しい攻防。
 しかし、そんな事をこんな人でごった返すビル街でやってしまうと……!

 ドンッ!
 案の定通行人にぶつかってしまった。
「きゃっ!」
「なんだっ!?」
 ぶつかったのは、ド派手なゴスロリ衣装を着た少女だった。彼女もオーディション参加者だろうか?
「ご、ごめんなさい!」
「ちっ、あぶねぇだろ!気を付けろ!」
 格好に似合わず、乱暴な悪態をついたゴスロリ少女は舌打ちをしてビルの方へ歩いて行った。
「あの子もオーディションに出るんだ……見た目の割に乱暴な子だね」
「悪いのは姉ちゃんだろ。それよりとっとと会場行けよ」
「うっ、は〜い」
 他人に迷惑をかけたとあっては、これ以上わがままも言えない。夏樹の言う事を素直に聞いて会場へ向かう事にした。

 こうして、オーディションはつつがなく始まる事となった。
 殺風景なダンスルームにパイプ椅子が並べられ、そこに見た目の良い少年少女達が座っている。
 そして、そんな彼らオーディション参加者の前にあの白鋼社長が飄々とした足取りで現れた。
 さすがは最終オーディション。まさか社長直々に審査の場に現れるとは……と室内は少し落ち着かない雰囲気になる。

「えー、本日は我が白鋼プロダクション一般公募オーディション最終審査へようこそ。私は社長の白鋼ダアトだ。あぁ、楽にしてくれたまえ」
 ダアトは柔らかく気さくな笑みを浮かべると少し間を置いて続けた。
「皆さんのこれまでのオーディションは私もしっかりと見させてもらった。みなフリッカーとしての腕、パフォーマーとしての魅力、共に申し分ない。全員漏れなく合格、といきたいところだが……」
 ダアトが値踏みするようにねっとりと全員の顔を見渡す。
「残念ながらそう言うわけにもいかない。我が白鋼プロに必要な人材は、腕や魅力だけでは足りない。専用フリックスとの感応こそが最も重要なファクターとなる」
 ダアトは銀色に光る全身金属のフリックスを取り出し、二人のオーディション生を指した。
「5番、加賀美アリス。18番、流川千春。残りたまえ」

 ダアトが選んだのは、あのゴスロリ少女と先程ビルの前で弟とイチャイチャしていた少女だった。

「ゔぇ!私!?」
「やりぃ」
 千春は素っ頓狂な声を上げ、アリスは男勝りにガッツポーズをした。

 オーディションとは残酷なもので、不合格者には慈悲も用もない。
 千春とアリスを残して、他の参加者は全て帰らされた。
 そして、レッスンルームの中央にフリックスフィールドが用意された。

「では、これが最後の審査だ。このフェルノカマエルを使って私とアクティブシュートしたまえ。その成果によって二人のうちどちらを合格にするか決める」
 ダアトは、フェルノカマエルと呼ばれた金属のフリックスをフィールドに置いた。
 バンキッシュドライバーを彷彿とさせるバネギミックが特徴的だ。

「うぅ、やっぱり合格者は一人かぁ」
「へっ、恨みっこなしだぜ!」

「まずは、加賀美アリス。君から来たまえ」
「いいねぇ!先手必勝で合格決めちまうか!」
 アリスは意気揚々とフィールドに着いてフェルノカマエルを手に取った。
「こいつぁ、すげぇフリックスだぜ……!」
「では始める。構えたまえ」
「おうよ!」
 ダアトとアリスはフィールド対角で機体を構えた。

「「3.2.1.アクティブシュート!!」」

「ブチかませ!フェルノカマエル!!」
 アリスの放ったフェルノカマエルが空気を切り裂きながらストレートにぶっ飛んでいく。
「ひゃぁ、すげぇパワーだ!一撃で決めてやれ!!」
 この勢いなら並のフリックスならばひとたまりも無いだろう。
 しかし……。

「受け止めろ!ディサイシブメタトロン!!」
 ジャラララッッ!!!
 ダアトの放ったディサイシブメタトロンは、本体から伸びた紐に結いつけられたウェイトによって衝撃を吸収してカマエルを受け止め、そしてそのまま押し込んでしまった。
「なにぃ!?」
 ズザァァァ!!!!
 勢いは止まらず、スタート位置まで押し戻されてしまうカマエル。力の差は圧倒的だ。
「結果は出たね」
「ぐ、ぐぬぬ……なんてパワーだ。さすが社長……!」
「いやいや、なかなかにエクセレント!荒削りではあるが、見所はあるようだね」
「そりゃどうも」
 見え透いたお世辞にアリスは不機嫌そうに頷いた。
「では……」
 アリスの試験が終わり、次は千春の番だ。
 しかし、先ほどのシュートを見て千春はすっかり怖気付いている。
(つ、つつ、次は私の番!?でも自信ないよぉ!あんな凄そうな機体使いこなして社長に勝つなんて絶対無理だってぇ!!)

「次は流川千春、来たまえ」
(呼ばれちゃったぁぁ!!どぉしよぅ〜〜!!)
 千春はカチンコチンなりながらフィールドに着いてカマエルを手に取る。
(うぅ、何か良い手は……)
 必死に考えを巡らせて知恵を絞る千春。
 そして、一つ閃いた。
(フェルノ、カマエル……カマエル……鎌……!?鎌は突くものじゃなくて、刈り取るもの……この機体、一見ストレート重視に見えるけど、もしかしたら……!)
 光明が見えた事で千春の表情が精悍になる。

「あいつ……!」
「ほぅ、いい目だ」
 その千春の様子にアリスもダアトも気付き感心した。
「では、準備が出来たようなら始めようか?」
「は、はい!」
 千春は緊張気味に返事をして機体を構えた。

「「3.2.1.アクティブシュート!!」」

「いっけぇぇ!フェルノカマエル!!」

 バシュウウウウウ!!
「なに!?」
「まさか……!」
 千春のシュートを見て二人は驚いた。
 なんと千春は、どう見てもバネギミック搭載でストレート重視でしかないフェルノカマエルをスピンシュートで放ったのだ!

「あいつ、何考えてんだ!?」
「ほぅ……!」

「どう見てもストレート重視なフェルノカマエルだけど、それはあくまで見た目だけ!」
 シュパパパパ!!!!
 カマエルは回転しながらうねりを上げる。
「フロントのバネギミックの重さで遠心力が増して、スピン速度が上がってやがる!!」
 その様子を見た千春は全てを悟り自信を持って叫んだ。
「このオーディションは、見せかけに惑わされずに本質を見極めるためのものだったんだよ!!」
「面白い発想だ」
「な、なんて奴だ、流川千春……!」

 シュパパパパ……パコーン!
 しかし、フェルノカマエルはあっさりとディサイシブメタトロンに弾き飛ばされてアクティブアウトしてしまった。

「あ、あれ……?」
 所詮スピンはスピン。カマエルに合っているシュートはあくまでストレートだったようだ。

「はっはっは!実にエキサイティングなアイディアだ!個人的には嫌いではないが……今求めているのはそこではない」
「……」
 思いもよらない結果に千春はポカーンと口を開けている。

「加賀美アリス。おめでとう、君が合格者だ」
「……なんか腑に落ちねぇけど、受かったんならいいか!わりぃな、流川!」
 アリスはあっさりと合格を受け入れた。
「あれー……?」
 千春は現実を受け入れられずに首を傾げた。

 ……。
 …。
 千春がトボトボと会場を出ると、夏樹が迎えに来ていた。
「な、な、なづぎーーーー!!」
 夏樹の姿を確認すると、千春は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらその胸目掛けて飛び込んだ。
「うわ、きたねぇっ!」
 夏樹はあからさまに嫌そうな顔でそれを回避。
 ズベシャッ!
 千春は勢い余ってすっ転んだ。
「大丈夫か?」
「なんで避けるの!?」
 千春は恨めしげな視線を向けながらゆっくり立ち上がった。
「いや避けるだろフツー。それよりオーディションはどうだったんだよ?……って、聞くまでもないか」
 上手くいってたのなら汚い顔して飛び込んではこないだろう。野暮な事を聞いてしまったなと夏樹は後頭部をかいた。
「ふん、いいもーんだ。私にはルナルチがいるし、3万人の登録者達が待ってるんだから!」
「まぁ、姉ちゃんはプロのパフォーマーになるより底辺Vtuberで配信してた方が性に合ってるのかもな」
「底辺じゃないし!登録者数3万人いるし!もぉあったまきた!夏樹、今からヤケフリックスするからね!ルナ=ルチリアであんたのステラ=ルチリアをボッコボコにしてやるんだから!!」
「いいのか?返り討ちに合うだけだと思うぜ」
 姉弟はお互いにフリックスを出し、やいのやいの騒ぎながら大きい公園へ足を運んで行った。

 ……。
 …。
 所変わって、ここは千葉みなとにあるフリックス研究所。
 白鋼プロの保有しているこの研究所では、所属フリッカーが使用する特殊な機体の研究開発が行われている。

 その研究室では、様々な機械がひしめく中白衣を着た研究員達が忙しなく働いている。
 その中の一人、まだ10代後半くらいに見える金髪の若手女性研究員が培養液で満たされた容器の中にある手のひらくらいの大きさの長方体のデータを取っていた。
 彼女の胸元についているネームプレートには『近藤椎奈』と書かれている。

「近藤さん、サイエリクサーのパラメータはどう?」
 そんな椎奈へ、20代前半くらいの女性が話しかけてきた。年齢的に先輩だろうか、落ち着いた知的な雰囲気を漂わせている。ネームプレートには『黒土ヒロミ』と書かれていた。
 椎奈はデータを取る手を休めずに答えた。
「異常ありません、黒土先輩。先日取り込んだ綾川まゆみとアマルガラファエルの登録時に発生するサイメタル感応エネルギーも問題なく順応しました。あと一体取り込めば、物質として安定するでしょう」
「そう、なら良かったわ。確か今日のオーディションで残り一体のサイメタル機のフリッカー登録が完了するのよね」
「合格者がいれば、と言う話ですが……」
「あの社長自らが審査するんだから、きっと大丈夫よ。……っと、噂をすれば」
 黒土が部屋の入り口へ目線を向ける。
 初老の白髪の目立つ男性が椎奈達のところへ歩み寄ってきていた。

「主任、どうでしたか?」
「あぁ、今社長から例のものが届いた。フェルノカマエルのサイメタル感応エネルギーは無事取り出せたようだ」
 そう言いながら、主任はデータディスクを取り出して近くの機械の前に座っているメガネをかけた男性研究員へこれを渡した。
「青木君、頼むな」
「はい」
 青木は無表情でこれを受け取るとディスクを機械の中に取り込んだ。
 すると、培養液の中にあるサイエリクサーと呼ばれた物質がうねり始めた。
「いよいよ、ね」
「……」

 一同固唾を飲んで見守る中サイエリクサーのうねりは数分続き、多少歪ながらも何やら機体のような形状になってその動きを止めた。

「成功だな。近藤君、数値はどうかね?」
「形状生成と同時に安定しました。異常ありません」
「……なるほど。ならば、サイエリクサーの物質化は成功と見ていいだろう」
 主任がほくそ笑むと、周りの研究員たちの顔も綻んだ。
「ついに、我が白鋼プロの悲願が達成されるのですね……!」
「まだ覚醒までには程遠いがな。だが、この一歩は非常に大きい」
「では、早速取り出してみましょう」
「くれぐれも慎重にな」
「えぇ。近藤さん、お願い」
「はい」
 黒土に指示された椎奈は小さく頷くと手袋をしてからゆっくりと容器を開け、培養液の中にあるサイエリクサーを取り出し、ガーゼの上に置いた。

「こ、これが、物質化したサイエリクサー……サイメタルを超える素材……!」
「覚醒すれば全てのサイメタルが感応し、これまで以上のパフォーマンスが可能となる」
「そうなれば、白鋼プロが世界を……そしていずれは全千葉をも魅了する存在になるのも夢ではないのですね」
「もちろん。そのために我々は研究している。あとは、このサイエリクサーの覚醒方法を調べねば……」
「……」
 研究室は、サイエリクサーとやらの物質化成功に色めきだっている。
 そんな中、椎奈は神妙な顔つきでこの物質を睨みつけていた。

「どうしたの、近藤さん?」
 椎奈の様子に気づいた黒土が尋ねると、椎奈はゆっくりと首を振った。
「いえ」
「?」
 黒土は怪訝な顔をしながらも、次の仕事に移ろうと椎奈から離れる。
 その時だった。
「やっとこの時が来た」
 椎奈はどこかホッとしたように口元を緩めると、機体を取り出してサイエリクサーへ向けて構えた。
「あなた、何やって」
 黒土が椎奈の様子に気付くももう遅い。
 椎奈はサイエリクサーへ機体をシュートしていた。

 バシュッ、バチンッ!!!
 しかし、椎奈の機体はサイエリクサーの放つ謎エネルギーに弾かれてしまう。
「っ!やっぱり無理か……!」
「ちょっ、どういうつもり!?」
「何をやってるんだ近藤君!!」
 椎奈の蛮行に室内は騒然となる。
「とにかく、彼女を取り押さえるんだ!」
 主任の指示で研究員達が椎奈へ飛びかかろうとする。
「なら……!」
 椎奈は消火器目掛けて機体をシュート。
 バーーーーン!!!!
 消火器が破裂し、中から白い粉が大量に飛び散り視界を奪う。

「きゃぁぁぁ!!」
「うわ、なんだ!?」

 突然の出来事に研究員達はパニックになり、椎奈はこの隙にサイエリクサーを特殊な布で包んで持ち出し、研究所から出て行った。

「サイエリクサーはどこだ!?追えー!!近藤椎奈は敵のスパイだ!!奴を逃すな!!!」
 混乱しながらも主任はサイレンを鳴らし、所員へ椎奈の捕獲を指示した。

 ……。
 …。
 黄昏時、すっかり人通りの少なくなった商店街をテイトはしょぼくれた感じでトボトボ歩いていた。

「はぁ、結局今日の稼ぎはこれっぽっちか……」
 手のひらにある複数枚の小銭を見ながらテイトはため息をついた。
「飯にありつけるだけマシか。力付けて明日から頑張ろう」
 とりあえず、牛丼のチェーン店に入ろうかなと思った時だった。

 ガキンッ!!!
 近くの路地裏で何やら大きな音が聞こえた。
「なんだ?」
 只事では無さそうと感じ、テイトは音の鳴った方へと駆け出した。

 路地裏の袋小路では、ボロボロになった椎奈が壁を背にして黒土と青木に追い詰められていた。

「もう逃げ場はない」
「観念なさい」
「っ!」
 椎奈の顔が悔しげに歪む。
「可愛い後輩だと思っていたのだけれどね、まさかサイエリクサーを狙うスパイだったなんて、残念だわ」
「……別にスパイってわけではないんですけどね」
 負け惜しみなのか、椎奈は息を整えながら反論した。
「どちらでも我々にとっては同じ事。研究の邪魔になる者は排除し、サイエリクサーを取り戻すのみ」
 チャキ……!
 青木と黒土が機体を構え椎奈へ向ける。
「……ここまでか」
 椎奈は自嘲気味に笑うと、ボロボロになった自機を構えて最後の抵抗をする覚悟を決めた。

 バシュッ!!!
 三人が機体を放つ。
 その時だった。後ろから別の機体が飛んできて黒土と青木の機体の軌道を逸らした。
「後ろから弾き飛ばした……?」
「っ、誰!?」
 黒土と青木が振り向くと、そこにはテイトがシュート後と思われる構えをしながら立っていた。

「おいおい、穏やかじゃないねぇ。女の子一人に二人がかりなんて」
「あなたには関係ない。部外者は引っ込んでいて」

「そうはいかない。フリックスは楽しむためのもの!この俺が真のエンターテイメントって奴を見せてやる。
さぁ、テイトワールドへご招待だ!!」

 テイトは両手を広げて大見栄を切ってみせた。

  つづく

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