第4話「返す刀は起死回生」
圧倒的劣勢を強いられたラックアップバトル、そのオーラスでシデの心の弱さを突き
形勢を逆転させて延長戦へと持ち込んだ指定暴力団・風月組の長兄、風月ホタル。
しかし、それでもようやくイーブン、立直のできないホタルにとって優勢ではない。
サトルのデストラクションを取り返すためには、そしてカープを死守するためには
この地獄の谷へとかかる吊り橋を、最後まで渡りきらねばならないのだ。
希望の光は目前、この吊り橋を渡るための一歩をホタルは踏み出せるだろうか。
「おれが、このおれがおまえに恐怖したやと……?」
ホタルに続き、シデもRS-Fをフィールドにセット。
ホタルがサイコロを振り、賽の目は1……ドラはビートヒットである。
延長戦、5局目のアクティブシュートのカウントが始まる。
「「3……」」
(ありえへん)
「「2……」」
(そんなん認めへん)
「「1……」」
「おれは恐怖などせん」
「「アクティブシュート!」」
「それをこのバトルで証明したるッ!」
復讐に燃え、怒涛の勢いで放たれるRS-F。
ホタルはわずかながら反応に遅れ、カープが出遅れる。
「ホタル、危ないッ――」
「――ちぃっ」
逆境のシデ、その圧に押されたことでホタルのシュートにブレが生じる。
カープは思い描くラインからややズレた軌道を描き、フィールド間をつなぐ
障害物に接触、そのままスピンしながらフリップホールへと吸い込まれた。
一方のRS-Fは、激しい勢いでマインやフェンスに
ぶつかって跳ね返り、フィールドの中央やや奥に着地する。
「か、カープ、自滅……4-6や」
「く、やってもたか」
「恐怖しとるんは、おれやのうておまえや」
立直ができないとはいえ、カープスクレイパーは攻撃タイプ。
先のオーラスのように速攻で決着となることがもっとも恐ろしい。
一方で機動タイプで立直のできるRS-Fにとって
さっさと先手を取って和了ってしまうことは、カープに比べるとまだ容易いのだ。
シデはそれを見越して初手から勝負を決めに掛かってきた。
「神風特攻隊にでもなったつもりか」
「そのつもりや」
続くアクティブシュート、これは危なげなくシデが先取。
それもマインヒットの容易い軌道上でのスタート。
当然ながら、確実にマインヒットを決めてHPは1-6。
早くも絶体絶命のピンチに陥るホタルであった。
「あ、あかん……ほんまにヤバい」
「返しのターン、できることはビートぐらいか。
ここは下手に動かんほうがええやろな」
「平静を装うな、おまえはもう死神に足捕まれとるんや」
ホタルはつぶやいたとおり、下手に攻めずチョン押しでターンを送る。
しかし、ホタルのHPは残り1。すでにビートヒットの即死圏内である。
「攻めも逃げもせんのか、もはや鎌が首に食い込んどるっちゅーんに。
ほな容赦はせえへんぞ……今、その首狩り取ったるッ――立直ッ!」
シデが、RS-Fが仕留めにくる。
「ああッホタルッ」
「死ねえええぇぇぇッ――」
RS-Fが走り出す。だがその刹那、神がかりは起こる。
「カープッ――」
「――はッ!」
そのステップは、カープの背びれを殴ったバリケードは
彼方へ吹き飛ばされながらも迫りくる死神の鎌を退けたのだ。
「な、なにィッ!?」
攻撃を外したRS-Fはフィールド端の段差に引っ掛かって停止。
バリケードをひとつ失うも、すんでのところで命を拾うホタルであった。
「すげえ、ホタルッ……!」
「――恐怖を乗り越えんと、先に進めん境地がある」
「く……」
「そのことを、おまえ自身が教えてくれたッ――」
カープはアクティブシュートで見たシデのものとおなじ勢いを持って
フィールド端で踏ん張るRS-Fに猛突進する。
シデは必死のバリケードでブレイクされつつもこれをねじ伏せるが
カープがすでにマインと接触していたことで3ポイントのダメージ。
さらに立直宣言後に和了れなかったシデはペナルティとしてスタンを選択。
弾き飛ばされフィールド中央側に寄っていたRS-Fにそのまま突進。
仕留めきるには至らなかったが、かろうじてビートヒットを与えた。
ホタルはこの快進撃でHPは1-2まで追い上げてきた。
「偉そうに、お題目垂れくさって……おのれンこと見えとらんのか。
どっちにせよ、おまえはもう首の皮一枚で繋がっとるだけなんやぞ」
さっきとはちがい、ステップで逃げ切られる距離はない。
もはや今度こそ、次はないとだれもがそう思ったとき。
シュート準備でシデがRS-Fに手を触れたそのときだった。
「『カウンターブロー』!」
「チッ」
ホタル、この土壇場でカウンターブローを宣言。
バリケードをひとつ消費し、互いにアクティブシュートへ仕切り直しへ。
しかし、カウンターブロー宣言者はアクティブの結果がどうあれ後攻が確約となる。
流れを乱されたシデは、不機嫌そうにたばこに火を点け悪態をつく。
「悪あがきや」
「悪あがきでも勝ったもんが正義じゃ、背伸びしてカッコつけとらんで構えェや」
ホタルの煽りにキッとにらみを利かせながらも、アクティブの構えに入った。
(アホや、このカウンターブローでどうあってもおれが先手を取る。
アクティブで先手を取った以上、おれのRS-Fは確実に勝利をつかむ)
(やるべきことは、ただひとつ)
「「3・2・1・アクティブシュート!」」
やはり動かぬRS-F、そしてマインを押しながら
フィールド中央へと駆けるカープ。
「アホが、みすみす仕留められにきたんかっ!
マインまで手土産に持ってくるとはマヌケもええとこやぞ」
「ほなくれたるわ、その“手土産”を――」
カープはフィールドをつなぐ障害物にフロントウエポンを突き刺して停止。
そのまま弾き飛ばされたマインがRS-Fに向かってまっすぐ飛んでいく。
「なにぃッ、そんなふざけたことがぁッ――」
剛速球で打ち飛ばされたマインは
シュートポイントで待ち構えていたRS-Fに直撃。
軽量ボディのRS-Fにとっては、マインの直撃でもおおきな衝撃である。
なすすべなく、すぐ後ろ場外へと真っ逆さまに落ちていった。
カウンターブローを受けたシデが
動かないと読んだ、ホタルの会心のシュートであった。
「あ、RS……F、アクティブ、アウト……!
や……やった……やったぞホタル……!
最後の1枚のバリケードで、最初のカウンターブローでのアクティブアウト!
――き、『起死回生』……役満やッ」
「起死回生……やとッ」
起死回生(きしかいせい)とは、サトルの言うとおり
自分のバリケードを1枚失い、そして1枚だけ残した状態で
かつその局で初めて行うカウンターブローのアクティブアウトで和了ることで付く
役満……ラックアップバトルにおいて最高得点を得られる10点の役のひとつである。
この役はカウンターブローに失敗するとバリケードをすべて失い
あとがなくなる状況で、さらに相手にも起死回生ねらいを読まれて
対策されやすいことから、非常にむずかしい和了であり役満と定められている。
なお、役満の役はほかの通常の役とは複合しない。
「ちがうで……サトル。これは起死回生やない」
「え……」
歓喜するサトルと、絶望するシデをよそにココワシガレットをくわえるホタル。
それまでとは打って変わって静かな様相で、一呼吸置いて口を開いた。
「冷静に考えてみ。RS-Fはカープやなくて、マインに落とされたんや」
「――!」
「アクティブアウトは機体同士の接触をともなったうえで、全場外させなあかんのや。
せやからマインで相手をフリップアウトさせる役の『駄目押』とかも付かへん。
さっきの場外はあくまでシデの自滅扱い……HP2からやから、ただのチョンボや」
「そ、そうやったッ……!」
落胆するサトルだったが、シデの表情が晴れることはない。
「どっちゃにせェ点で負けとんのじゃ、くそがッ」
点数管理のトークンとして使用している
麻雀用の点棒をホタルに向かって投げつけるシデ。
このチョンボによって、局の途中でリザルトは11-9となった。
しかし、シデを仕留めきれなかったことに
ちがいはなく、依然として窮地を脱したワケではない。
バリケードをすべて失ったホタルに対し
シデは次のアクティブで先手さえ取れれば立直を宣言して
ビートヒットで和了るだけでも立直とドラで2点、逆転の目があるのだ。
(せや、おれは次で立直宣言してビートキメるだけで勝てるんや……!
クククッ、惜しかったなァ……風月ホタル)
「やっぱりな、その表情……考えることはひとつしかないやろからな」
「せやけど気ィつけろよホタル……もう次はないねんから」
「あぁ」
そう言うとホタルはカープスクレイパーのボディを外し
シャーシ内部の鉛板のウエイトを折り曲げて戻し、ボディを装着した。
この土壇場で即席のセッティングである。
「「3・2・1・アクティブシュート!」」
最後のアクティブシュートが放たれる。
シデのRS-Fは最大限の壁反射を利用して
対面のシュートポイントに停止、見事に先手を取って見せた。
一方でホタルのカープスクレイパーは180度回転しつつ
フリップホールの手前ギリギリをねらって停止した。
「ほ、ホタル……なんでそんなとこに……ハッ」
「チッ、こざかしい真似をッ」
カープの停止位置はフリップホールを背に1ミリとないギリギリという絶妙。
これでは下手にビートヒットをねらっても穴に落としてしまう。
立直をして和了っても、一部場外ではドラは乗らず
裏ドラの賽の目で5を出さなければさらに延長戦、6局目へもつれ込むことになる。
「これならステップでけんくても関係ないやろ」
(くそッ……しょーもない悪あがきしやがってッ
こっから乗せられる役は……役、せや……!)
シデの眼が不気味に光る。
「あいつ、まさか……」
「あぁ、たぶんやってくるやろ」
「気ィついてもステップでけんならどうにもならんでェ――立直ッ!」
よくねらいを定め、そして絶妙な力加減をこさえたRS-Fが放たれる。
向かい合ったふたつのフリックスが接触し、RS-Fが乗り上げる。
そしてカープスクレイパーは押されフリップホールに被さった。
「ま、まさかこいつ……穴場外に登頂を……ッ」
「ククク」
「――まだや」
RS-Fを乗せたカープスクレイパーはぐらつき、ゆっくりと回転する。
「――な、なにィッ!?」
そのままRS-Fを道連れにして両者場外、接触をともなう自滅で決着がついた。
「ほ、ほなこれは……5局目の墓穴で5点……。」
「あぁ、おれの勝ちや」
「な、なんやと……ッ、なんでこんなことがッ」
地団駄を踏むシデを横目に、ホタルはココワシガレットを噛み砕いた。
「シデが壁反射で先手を取ってくること。
それに穴ギリギリで止まってビートヒット対策しても
登頂を乗せつつ穴フリップアウトをキメてくることも読んどった」
「ほ、ほななんでホタルのカープは急に回転したんや……?」
ホタルはカープスクレイパーを手に取って話を続ける。
「とっさの思いつきやった。
カープスクレイパーのボディベースとシャーシは
薄いうえに通常の樹脂よりしなやかなPP樹脂で作られとる。
せやから中のウエイトが分厚くなると、ボディとシャーシが膨らむんや」
「それでシャーシの接地面を点に近づけて回転させたんか……」
「剛性も安定性も落ちるし、普段はデメリットしかないから
頭抱える現象やってんケド、まさかそれに救われるとはな」
「――そんなしょーもない手にハメられたんかッ、このおれがッ」
たばこを地面へ叩きつけ、その火を踏んで揉み消すと
シデはデストラクションをサトルへと投げつけた。
サトルはとっさの反応でなんとかキャッチする。
「ラッキーやったのォ、腕の立つボディーガードがおって」
捨て台詞を吐いたシデは、ギャラリーを威圧しながら去っていく。
サンフェリオ尼崎の広場に、ふたたび日常の空気感が戻ってきたのだった。
「ホタル、ひとつ気になることあるんや。
シデにチョンボさせた、あのアクティブ……。
なんであそこでカープやなくてマインをぶつけたんや?
あのアクティブであいつが動かんのが読めたんやったら、それもできたはずやんか」
「シデの判断力と反射神経は、おれの想像を超えてくる鋭さやった。
直接おれのカープでRS-Fを落とすようなシュートをしようもんなら
あいつは力を込める指の動き、機体の向きでそれを察知して避けられたやろ。
せやから、あいつの反射神経の及ばんタイミング……
シュートしたあとから落としにかからなあかんかったんや」
「そ、そんなシビアやったんか……」
シデの反射神経と、そしてそれを超えたホタルの洞察力に
サトルは驚愕し、言葉を失うしかなかった。
「すまん、無粋なことゆーて。ありがとうなホタル……」
「かまわんよ、デストラクション戻ってきてよかったわ。
おれはラックアップバトルなんか、やるつもりないからな。
別にこだわりもないし、勝てたんやったらそれでええんや」
「「ホタルさん、ホンマすごいっすわ!」」
「「尊敬するっす、根性見せてくれましたねェ!」」
「おお……せ、せやろ!?
おまえらもバトルするんやったら、仁義と根性見せなあかんでッ」
「「おおーッ」」
「はは……なんやかんや、うれしいんやないかい」
持ち上げるギャラリーに、まんざらでもないホタル。
フィールド中央にドンと構えるカープもまた誇らしげであった。
「……さて、きょうはもう日ィ暮れるし帰るで。
サンフェリオトーナメントも近いし、疲れ貯めるワケにはいかんからな」
「そういえば、サンフェリオトーナメントには3年連続で優勝飾っとる
凄腕のチャンピオンがおるらしいな」
「ああ、おれはそいつと戦って勝ちたいんや」
「たしか……ブラストジンクスってフリックス使っとる
火蓬ジンっちゅーやつが、ここのチャンピオンってハナシや」
「『火蓬』ジン……下の名前は聞いとったケド、まさかな」
――石田組傘下の雀荘――
「ロン。裏ドラは……二索。
清一色河底ドラ2……16000」
「ぐわっ」
「こ、こいつ……河底まで清一色で粘っとったんかッ」
局のギリギリまでデカい役を潜ませていた
その少年の手に、石田組のやくざ一同は驚愕する。
「これがうちの代打ち【重水ハイド(しげみ はいど)】の実力や。
いやー儲からせてもろとりますで」
風月組のやくざがハイドの和了に威張ってみせる。
ハイドが天才とはいえ、小学生相手に勝てない
おとなのやくざたちは苦渋の表情を浮かべ、落胆。
――続く南4局。
「ツモ。裏ドラは乗らないが……
立直一発メンタンピン三色ドラ1……4000オール」
「うわあっ」
「な、なんやこいつっ」
またしても神がかりな和了りに、もはや匙を投げかねない石川組の代打ち。
そのようすを見ていた風月組組長・元治は、涼しい顔で側近の耳打ちに答える。
(ハイドのやつ、ヒラで打ってこれほどまでやるとは……)
(当たり前じゃ、せやからいつも余計な小細工はいらんゆーとるんや)
「しかし、ホタルのやつも素質はあるんやから
あんなおもちゃで遊んどらんと、麻雀でも打てばええのに」
「逆や、こどもはあれぐらいがちょうどええ、本来の姿や。
わしはむしろ、ハイドにもああやって遊んでほしいと思うとる。
こんなおとなの遊びなんかやるより、よっぽど健康的でええわい」
「必要ない、兄貴のやるフリックス・アレイなど
おれの求める“本当の勝負”の土台とするには生ぬるい」
半荘を終え、席を立ったハイドが
義理の父である元治につぶやきながら去っていった。
「ほんま、あいつは二郎のやつによう似たのォ」
「重水さんは組長と真逆で、冷たいお人やったさかいねェ」
(きょうの半荘も愉悦を味わうには至らなかった。
おれの求める“本当の勝負”はこんなものでは足りない)
寺と工場のひしめく尼崎の街に、日が沈んでいく。
この日、風月組のふたりの少年が、とき同じくして勝ちをつかんだのであった。
つづく
