第2話「風月ホタル、仁義の弾突」
指定暴力団・風月組の長兄、風月ホタルは友人の小林サトルと来たる
サンフェリオトーナメントに向け、いつものようにフリックスの練習をしていた。
しかし、そこへ荒くれたフリッカー・火蓬シデが現れ、サトルに勝負を挑んでくる。
おたがいのフリックスを賭けた真剣勝負、機体の相性的にはサトルが有利に思えた。
が否、回転方向が制限されるピンチングシュートの死角を突いた戦略の前に
サトルは敗北を喫し、シデに愛機・デストラクションを奪われてしまう。
友人の危機を前に、ホタルは自身の愛機・カープスクレイパーを賭けて
サトルのデストラクション奪回の勝負を挑むのであった。
「ええやろ、ダブルアップといこか」
「ホタル……そいつヤバいぞ……!
ぼくなんかのためにカープを失うこたない……」
「失うかい! サトル、ここはおれにまかしとけや」
完全に戦意を失ったサトルは、ホタルを止めようとした。
だが、今のホタルには目の前の外道を倒し
デストラクションを奪回することしか頭になかった。
「勝負は受けたるわ、せやけどな……
さっきとおんなじ条件でやってもおもんない」
「こっちはもとよりおもんないんじゃ、さっさと構えろや」
シデはホタルがすでにセットしたカープスクレイパーを一目見ると
ふたたび先のバトルで見せた不敵な笑みを浮かべた。
「『ラックアップバトル』で、どや。
おまえもヤクザのせがれやったら、知らんことァないやろ」
「ラックアップバトル、やと……?」
「なんやてっ……!」
サトルの顔が青ざめる。
しかしホタルはかまうことなく続けた。
「なんでもええわい、さっさと構えろや」
「ほな成立やな」
「あかん、ホタルちょっと待てっ」
サトルが半ば強引にホタルをひっぱってフィールドから遠ざけた。
「なんやなんや、これからってときに」
「ホタルおまえ、ラックアップバトル知らんワケやないやろ!?
なんでそんな不利になる条件受けるんや……!」
「関係ないからや、それにルールぐらい知っとる」
ラックアップバトルとは、通常のアクティブバトルとは異なり
単純な勝敗ではなく、勝ったときの芸術点を競う趣旨のバトルである。
たとえば、対戦相手のHPを削って倒したとしても
なんの役も付かなければ点数も得られず、勝利にはならないのだ。
しかし、サトルの懸念はほかにあった。
「ホタルのカープスクレイパーはミラージュフォーマットやろ?
ふつうのアクティブバトルやったら、蜃気楼を使わなあかん関係で
最大重量とスペルに制限がつくケド、ホタルにとってたいした問題やない。
……せやけど、ラックアップバトルやとハナシがちがう」
「なんや、おまえも知っとるんか……ラックアップバトルを」
サトルがラックアップバトルを知っていることに
意外そうなリアクションを見せるシデ。
「ぼくもそれなりにはやんちゃさせてもろとるつもりや。
“松谷公園の暴走族”の肩書でデストラクション駆っとったんやからな」
「その肩書も、今やむかし話やなァ」
サトルはシデの煽りを無視して話を続ける。
「ラックアップバトルではフリップスペルは使われへんケド
レギュレーションでサイズや重量を超過したフリックスでも
バトルに出れるように『蜃気楼』と『ダイエットサプリ』の
どっちかひとつのスペルだけは特例で使える取り決めになっとるんや。
せやけど……このルールでそのスペルを使うとなると、ペナルティがつく」
「知っとるよ、蜃気楼を使うんやったら『立直』でけんくなるんやろ。
やからこそおれは、このカープスクレイパーを使っとるんや。
チンピラ御用達の汚いラックアップバトルなんかやるつもりなかったからな」
立直(リーチ)、それはただバトルに勝つだけでは
点数が付かず、試合そのものの勝利につながらないこのルールにおいて
宣言した直後にトドメを刺せられれば、もれなく1点が付くという便利な概念である。
蜃気楼を使わなければバトルができないカープスクレイパーは、ペナルティによって
この立直を宣言することができないので、非常に厳しい戦いを強いられることとなる。
「あいつは……シデはそれをわかっとって
ホタルが不利になるラックアップバトルを条件にしてきたんや」
「……ご名答やな」
しかし、ホタルは意に介すことなく言った。
「それも承知のうえ……そもそも、このバトルはおれから挑んだんや。
相手の要求のひとつも呑まれんかったら挑んだ手前、メンツが立たん。
それになサトル――」
ホタルはサトルのほうを向き、小声でつぶやく。
「――これはチャンスなんや。相手にとって有利な条件。
さっき、おまえがシデとバトルしたときと、まったくの逆。
……これが肝要なんや」
ホタルは静かにフィールドへ向かい、そしてふたたびカープをセットした。
「さあ、やるで……火蓬シデ」
「今度は、ちゃんと覚悟してきたか?」
続けてシデもRS-Fをシュートポイントにセットする。
ホタルが彼に目線を送り、シデはサイコロを手に取り振った。
ラックアップバトルでは局のはじめにサイコロを振り
和了った際の決め手に1点のボーナスが付く『ドラ』を決めるのだ。
サイコロが止まり賽の目は4、この局の決め手ドラはアクティブアウトである。
さらに立直して和了った場合にかぎり、もういちどサイコロを振って
『裏ドラ』を決める権利が与えられ、表ドラが外れだったとしても
裏ドラが決め手であれば1点が、表裏のドラがダブった場合は2点が付く。
立直のできないホタルにとってはこの点も不利な要素のひとつである。
「「3・2・1・アクティブシュート!」」
ふたつの機体がまったく同時に飛び出した。
フィールド中央、すこしホタル側寄りで正面衝突し
カープスクレイパーがRS-Fをブルドーザーのように押し返す。
RS-Fはそのまま後退する形となり、そのまま両機とも密着したまま止まった。
(1局目、最初のアクティブシュートはホタルの先攻で決まったか)
ラックアップバトルは、1試合4局(バトル)で行われ
配給原点が各10点、それを奪い切り20点に達するか
4局目終了に至った時点で点数の多い者が勝者となる。
なお、その時点で点数が引き分けだった場合は
5局目以降に突入し、決着がつくまで延長戦をすることになる。
最大HPは通常アクティブの倍の6ポイント。
フリップアウトやマインヒットなどのダメージもちがい
こちらは上級アクティブから引用されたルールを採用している。
(ラックアップバトルは、ぼくらのようなアマチュアは
あんまり手ェ出さん上級アクティブに近いルールになっとる。
せやから、一部のプロ級のフリッカーが気晴らしにやるか……
あるいは汚い金や利権の動く、闇の世界のギャンブルぐらいでしか
執り行われてるところを見る機会はないっちゅー、マイナーな種目や……。
そんなこのルールを条件に、ヤの家系のホタル相手に
バトルさせるなんて、この火蓬シデ……かなり怪しいやつやな)
先手を取ったカープスクレイパーは、方向転換をすることもなく
軽いジャブでRS-Fをすぐ後ろにあるフリップホールへと叩き込んだ。
「へ、まずは穴フリップアウトで5ポイント、残りHP1やな」
「ええぞホタル! 初手から追い詰めたな……!」
「ふふ……」
幸先のいい展開に、早くも歓喜するサトルだったが
あとがないにもかかわらず、シデはその不敵な笑みを崩してはいなかった。
「そのニヤケ面、すぐに吠え面にしたるからな」
「どーやろな」
2回目のアクティブシュート、今度はフェンスを利用した
反射シュートでカープの攻撃をかわしたRS-Fが先手を取った。
「さすがに、おんなじ手は食わんか」
「最初のアクティブでおまえの機体の性能はだいたい把握できたからな」
「くそっ、これでは『完封』はキツいかっ」
完封(かんぷう)とは、自機のHP6を維持したまま、すなわち
ダメージをいちども受けることなく3回以上通常行動を行ったうえで
1局に勝利――和了った(あがった)際につく2点の役である。
立直の宣言ができないホタルにとっては、完封で得られるこの2点は重い。
このままRS-Fからダメージを受けてしまうと、完封は成立しなくなるため
点を得ながら和了るためには、新たに策を講じなくてはならなくなる。
「ラックアップバトルが簡単やないってことを教えたる」
シデのシュートで、RS-Fがカープをかすめていった。
「『ビートヒット』……これで『完封』はなしやな」
「やからなんやねん、たいしたことやないわ」
上級アクティブと同様にビートヒットを採用しているため
通常シュートで機体同士の接触が発生すると
停止時に密着していないかぎり、1ポイントのダメージが入る。
これによって、ホタルとシデのHPは5-1となり
ダメージを受けず和了ることで成立する完封は封じられた。
(しかし、なんちゅう機動力や……ビートヒットしながらも
あれだけの距離を稼いで安地まで避難しよるなんて)
「ここからやと、なんもできひんな……」
カープスクレイパーも特別、機動力の低い機体というワケではないが
極端なすくい上げ形状による踏破性能の低さを踏まえると
フィールド中央の繋ぎ目を乗り越えた先にいるRS-Fには
とてもではないがビートヒットを仕掛けられる盤面ではなかった。
ましてや、RS-Fはステップとは非常に相性の良い機体である。
結局、ホタルは次の手でビートヒットを決めるために
マインに警戒しつつもRS-Fに近寄る。
「次で決めたる」
「ンふふ……」
気味の悪いぐらい、落ち着いていて、それでいてニタニタとした表情。
ホタルは内心、気色悪くてしばきまわしたいと思っていた。
(いける、この手からはマインヒットはない。
それにRS-Fのパワーでは穴までカープを押すこともできん。
せいぜいビートヒットが関の山……さっきみたいにビートしながら
かすめて距離を稼ぐにしても、カープがフィールド中央を
陣取っとるからには、フィールド全長の半分までや)
サトルはこの局でホタルが和了ることを確信していた。
一方でホタルは、この盤面に対し妙な不信感を抱いていた。
(たしかに、ビートヒット以外は考えられん。
“ふつう”やったらや、問題は……それは“ふつう”やったら――)
――そう、火蓬シデもまた“ふつう”ではなかったのだ。
「フィールド上にな、マインが存在しとる時点で」
そう言うとシデはRS-Fをカープへ向け、腕に力を込める。
「……!」
「マインヒットの可能性はゼロやないんや」
シュート準備で見せた大仰なフェイントモーション。
それはホタルの手を狂わせる、シデの罠だった。
「しまっ――」
「――もう遅いッ」
強力なシュートがくると瞬間、察知したホタルは
思わずステップでカープをフィールド間をつなぐ障害物の背後に弾いた。
が、その瞬間をシデはねらっていたのだ。
シデのシュートしたRS-Fは、障害物を飛び越えて
ステップで回避したカープを踏みつけ、そのままマインに接触した。
「なんやとっ!」
「あ、あんなことがッ」
とっさの回避行動を逆手に取った一手だった。
相手が障害物の背後へとステップすることを優先し
マインとの位置関係を見誤ることまで見切ったマインヒット。
まさにRS-Fの機動力とシデの盤面把握能力がなしえる技である。
これにはサトルはおろか、ホタルさえも呆気にとられるほかはなかった。
「さて、これで2-1や。このままおれが和了れば『大逆転』は確実。
さらに次でフリップアウトをキメたら『小三元』にも手が届く……」
(もし立直大逆転小三元で和了られたら……7点、7点も付く……!
そうなってしもたらもう、巻き返すんは絶望的や……!)
「見とれや、そうはさせん」
途端にうろたえるサトルだったが、ホタルは依然として強気でいた。
シデがなにを考え、そしてなにをねらってくるのか。
その思考をめぐらせているのだろう。
(デカ役で和了れそうな聴牌みたいな状況で追い詰めてきとるケド
シデのやつも残りHP1……こっちも聴牌や、ビビることはない。
問題はこの1を削るのが容易やないっちゅーことやな)
ふつう、ビートヒットのある上級ルールや
ラックアップバトルで残りHPが1ともなれば、いよいよ背水の陣。
そうなったフリッカーの行動は慎重かつ防御的になり
ビートヒットを受けないように最善を尽くす。
無論、シデもまんざら油断しているワケでもなかった。
ホタルのシュートパワーと、カープの機動力でぶつかってこようものならば
並みのステップの反応速度ではかわし切れないことは理解しているはずである。
ホタルはカープをつかみ、ゆっくりと照準を定める。
(やっぱり、紙一重をねらってステップで攻撃をかわすつもりやな。
RS-Fみたいな軽いフリックスなら、ステップの初速は抜群のはずや)
「そうそう、よーォねらうんやで」
「くっ……」
ホタルはシュートに思い切りが付かず、いちど距離をとる方向へシュートした。
「あれぇ、おかしいな。てっきりビートしてくる思ったんに」
「お、おい……なにやっとるんや、ホタル!」
RS-Fから逃げたカープが止まった場所は、穴の手前だった。
「おー、おーおーおー。返しのターンでビートされても1回は耐えれる思て
距離置くつもりやったんやろうケド、おまえ……とんだうっかりやんなァそれ」
「こ、これやとみすみす小三元キメろゆーとるようなもんや……!」
絶望的な展開に頭を抱えるサトル。しかし当のホタル、一切動じず。
次の手で立直を宣言され、小突いて穴に落とされれば、もはや勝機はない。
そんな状況下においても、まだなにかを考えている。
「……なるほど、あくまでステップで逃げ切れると考えとるんやな。
おれが立直かけたら避けるか、ビートで済ませてスタンになったところを」
「そうやとしたら、どうするねや」
「やれるもんならやってみぃや――立直!」
立直には宣言した直後のシュートで局の決着を付けられなければ
その宣言者は次巡にスタンを受けるか、即座に1点を支払うか
そのどちらかのペナルティを選択し受けるという取り決めがある。
だがシデは、ホタルのその考えを読んだうえで、あえてその立直を宣言した。
もとよりフリップアウトに失敗すればスタンになろうがなるまいが
窮地に陥ることにちがいはないということもあるが、役を1点でも高くして
より深い絶望を与えたいことや、ホタルの思惑を退けたいという思いが強かったのだ。
立直を宣言したシデはRS-Fをカープへ向け、照準を合わせる。
それに応じ、ホタルはカープの背びれの部分ギリギリにバリケードを添えた。
「バリケードブレーキか、笑わせる。
いくらおれのRS-Fが軽量機やゆーてもな。
それぐらいの制動力、穴までのギリギリの距離なら関係ないんじゃ!」
「ホタル、なにしとる横へ逃げろっ」
「『破壊』ももらったで、風月ホタルッ!
これで8点、跳満や! 死ねえええぇぇぇッ――」
しかしシデに電流走る――!
シュートする右手にのしかかる8点の重みが、その勢いを受けたRS-Fが
今まさに指先から放たれるその刹那のことだった。
「いくで、カープ――」
「――あかんッ!」
RS-Fが動いた瞬間、ホタルはカープに添えていたバリケードを離したのだ。
シデはとっさに力を抑えるが、8点の重みを乗せた右腕はそう簡単には止まらない。
「いいや、自滅するほどのパワーは出しとらんッ!
穴は無理やとしても、このままマウントスタンすればッ」
「もう遅いッ」
シデのシュートを側面で受け止めたカープは
そのままRS-Fを乗せたまま、フリップホールの上を滑って通過。
しかしその先には離されたはずのバリケードが、ステップの形で突き付けられていた。
「なにィッ!?」
「……落とせ、ぬるりと……」
カープの背びれは勢いよくホタルのバリケードにぶつかった。
その衝撃でバリケードはひとつブレイクされたが、乗っていたRS-Fも
背びれ側面のブレードをなぞり、さながら鯉の粘膜で滑るように落ちて離れた。
「こ、こんなことがっ……!」
「やられたッ!」
ビートヒットを受けて迎える1-1のホタルのターン。
シデは立直を宣言し、カープを仕留めることができなかったため
次巡のスタンか、1点支払いのどちらかを選択しなければならない。
当然シデはスタンを選択するのだろうが、もはや関係はなかった。
「立直でけんのが残念やわ」
そのまま通り過ぎたフリップホールにRS-Fを押し込んで、1局目終了。
一撃必殺級の紙一重を制したバトルだったが、付いた役は一部場外による
フリップアウトのみで和了ることによって付く2点の『二脱(にだつ)』だけだった。
ボーナスのドラも決め手がアクティブアウトではないため乗らず。
「あっぶないとこやったわ、なんとか1局、まずは2点……」
「ホタルー! ヒヤヒヤさせやがってー!」
「おいおい、これでも結構がんばったほうやで?」
「たのむでー、ぼくおまえがカープ失うとこ見とうないんや」
張り詰めた空気がいったん緩み、隠れていた日常がすこしばかり顔を出す。
「……やるやないの」
しかし、シデはまたしても不気味な笑みを浮かべていた。
その歪んだ表情は、すぐさまホタルたちに非日常を思い出させる。
「一瞬やケド、吠え面になったんとちゃうか」
「見れたんやったら、よう覚えとけや。もう二度と見れへんからなァ」
ホタルの勝利に終わった1局目、これでリザルトは12-8。
かろうじてつかみ取った一勝だが、圧倒的リードというワケでもない。
本気になったか雰囲気が変わり、今までとはちがうシデの表情は
2局目以降がいばらの道であることを予感させるのであった。
つづく
