フリックス・アレイ ラジアル第1話

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第1話「非日常からの挑戦者」

 

『決まったあああああ!!!!
土壇場で新たなる技を編み出し、ライジングドラグナーを撃沈!!!
トリニティカップ優勝は南雲ソウ君だああああああ!!!!!』

湧き上がる歓声、興奮し乱れる実況、そして立ち尽くす勝者。
工作格闘おはじき競技『フリックス・アレイ』の歴史が動いた瞬間をリアルタイムに
目の当たりにしたその少年は、思わずソファから立ち上がり拳を握りしめる。

「かぁーっ!小竜隊負けてもうたやんけ!
ゲンジもええとこまで行っとったんに……。
最後の最後で新しい技出してくるとか反則級やろ」

そう言い放つと、ため息をつくやいなや、勢いよくソファに腰かけた。
落胆からか宙に舞うほこりを、なんとなく目で追ってしまう程度の無気力。
そして背もたれに髪をこすりつけるように首を回し、机のある方向を流し眼で見る。

この男、【風月ホタル(ふうげつ ほたる)】。
いかにも不良やチンピラといったような風袋に立ち振る舞い。
あまり関わりあいたいとは思えないキャラクターだが
それもそのはず、ホタルは指定暴力団・風月組の組長
【風月元治(ふうげつ げんじ)】の長兄なのだ。

「はぁー、ひとりだけでもあそこまで戦えるとはな……
せやけど、おれはやっぱチームで団結する絆のバトルがやりたいわ」

目のピントが対象にぴったりと合うと
さっきまでの脱力が消え、ふと立ち上がり、歩み寄った。

ソファからの目線の先にあったのは、机の上に置かれていたホタルの愛機。
手を伸ばすと無造作に置かれていた置時計を倒してしまったが
かまうことなくつかみ取り、腰のホルスターに入れて部屋をあとにした。

(腐っとる場合やない、こーしとるあいだにも
ライバルたちは練習重ねて、もっと強なっていくんや)

檜と生け花のにおいがする長い廊下から玄関へ小走りで向かう。
すると、その足音に気づいたのか途中の障子がパタンと開き、男が出てきた。

「若! どこ行かれるんです?」
「4時から石田組の代打ちと、うちのハイドがやるんでっせ!」

ホタルの面倒を見ているやくざのおっちゃんたちである。

「麻雀やろ? おれン関係ないやん。
そんなもんより、ほかにやることあるんや」

呼び止めに応じることなく、そのまま走り去っていく
ホタルをよそに部屋のやくざたちは、みな顔を合わせてぼそりとつぶやく。

「あかん、若があれやと先ィ思いやられるで」
「いくらまだ小学生やゆーても自覚持ってもらわな……」
「それに引き換えハイドは同い年で組長の代打ちやっとんねんで?」
「うちの跡取りはもうハイドやろ……あの重水さんの子ォなんやから」

部下の陰口のようなハナシを聞いてか聞かずか
そのタイミングでホタルの父、組長の元治が部屋に入ってきた。

「うおあっ、組長っっ! 押忍っ!」
「「「押忍っっ!」」」
「おう」
「い、石田組との博打の件なんですケド、最初の半荘は
こっちで用意したガン牌混ぜた雀卓で始めて、バレそうなったら
しれっとすり替えて、頃合い見てハイドのオヒキにロン牌振り込ませるように――」
「まぁたしょーもないこと考えとるんか」

まるで程度の低いイカサマに呆れた元治はたばこに火を点け
息子、ホタルの出て行った玄関の方向を眺めながら思いにふけった。

(あいつは、本物の男になる。
そんときはわしの跡取りにふさわしい)

家の門を出たホタルの背中がちいさくなっていく――

「おっす、待たしたな」

おおきな建物の下の広場で、こどもたちが遊んでいる。
なかにはフリックス・アレイに興じている少年の姿も多いようだ。
ここ『サンフェリオ尼崎』は多目的スペースのほか
プールや体育館、相撲の土俵まである、おおきな生涯学習センター。
兵庫県は尼崎市に位置するこの施設は、ことフリックス・アレイのイベントにも
力を注いでいるため、関西のフリッカーにとっては有名なスポットでもある。

「待っとったど、ホタル!
きょうこそはおまえに勝つからな!」
「まあまあ、きょうは来たるサンフェリオトーナメントに向けての
練習がメインやん! ま、それぐらいの気迫ないと練習にもならんか」

ホタルに物怖じせず話しかけるこの少年は【小林サトル(こばやし さとる)】。
クラスメイトで彼らの通う尼崎市立松谷小学校ではホタルの次に強いらしい。
フォーミュラマシン型のスピン機【デストラクション】を駆り
強烈なスピンアタックやマインヒットを食らわせる、ホタルの練習相手だ。

「そこのフィールド空いた、ほなやるで!」
「ふっ、相変わらずのやる気やな……受けて立つでぇ」

きょうもいつもと変わらない、平凡な一日。
結局ホタルとサトルは15戦ぶっ続けでバトルを繰り返したが
結果は11勝4敗、ホタルの圧倒的勝利に終わった。

だがこのあと起こることが、この“平凡な一日”を
引き裂くことになろうとは、今のふたりには想像の余地もないだろう。

「なんでやっ、なんでぼくのピンチングシュートが通用せんのや」
「重心や。ノーマルフォーマットの高い打撃点では
おれのフリックス【カープスクレイパー】に攻撃は通じん」
「たしかに、デストラクションは重心が高い。
それに圧倒的低重心からアッパー攻撃を繰り出す
カープの猛攻にはどうすることもできんかったな……」

そう言うと、サトルはデストラクションを手に、フィールドの
中央に鎮座するカープスクレイパーを恨めしそうに見つめるのだった。

「フリップスペル『蜃気楼』を前提とした『ミラージュフォーマット』は
スペル使うんを犠牲にフォーマットサイズのレギュレーションを緩和できるんや」
「それでホタルのカープスクレイパーは
既存のどのフォーマットよりワイド&ローのベースを
もとに作れるから高い安定性能と攻撃力の両立を実現しとるんやな」
「まあ、重さの限界も12グラム引き下げられるデメリットもあるけどな」

互いにフリックスの談義で盛り上がっているところ
妙に殺気立った少年がサトルに向かってなにかを言ったように聞こえた。
サトルは自分に言っているのではないと思い、とくに反応しなかったが
その少年がサトルの肩を軽く叩いて振り向かせたことで
自分に向けての発言であったことを確信し、すこし身がすくむ。

「おい」
「な、なんやねんいきなり」

不愛想な態度でサトルに話しかけるヤンキーのような少年に
ホタルはせっかくのフリックス談義に水を差されたような気分になった。

「おまえが小林サトルか、それにそっちは風月ホタル」
「なんや、おまえ。それが初対面の人間への口の利き方なんか」

ホタルは無性に腹が立ったので、突き返すように言葉を返した。

「今回、用あるんはサトルのほうやねん。
おまえ……松谷小学校におる、おれの舎弟に勝ったそうやんけ」
「……あぁ、あいつか。ぼくにでも勝てるようなやつやったで」

おっかなびっくり返したサトルの言葉にしては、挑発的でもあった。

「おれの舎弟が負けたままやとメンツが立たへんからな。
兄貴分のこのおれが、おまえを潰しにきたっちゅーワケや」
「か、敵討ちでもするつもりなんか」

凍り付いたような空気のなかで、会話は淡々と進んでいく。

「そうや、ただ……そうやな。
舎弟がやられたときのようなバトルやと、おれは満足でけへん」

すこしの沈黙ののち、その少年は
サトルのデストラクションを指さして言い放った。

「この勝負、おれが勝ったら……そのフリックスをいただく」
「はぁ?」
「そのかわり、おまえが勝ったら、おれのフリックスくれたるわ」

突然なにを言うのかというようなリアクションだったが
意外にもサトルはこの条件を呑んだ。サトルには自信があったのだ。

「……ええやろ、覚悟してかかってきぃや」
「おい、なに考えとるんや」

思わぬ返事にホタルはサトルを制す。
だがサトルは逆に言い聞かせてきたのだった。

「ホタル、こいつの舎弟のフリックスはインフェリアやってん。
それも軽量にカスタマイズされて速さで攻撃してくるタイプやった。
せやけど、そういうフリックスはデストラクションのようなスピン機に
あっさり吹っ飛ばされてまう……相性がええんや。
それに見てみ、あいつのフリックス……【RS-F】やで?」
「……!」

RS-F、それはフリックスレースのために生み出された
超軽量・超高機動タイプのフリックスで、機動力に非常に優れるが
攻撃力や防御力など、バトルにおいての性能は度外視されているものだ。

「な、お笑い種やろ。あれでぼくに敵討ちやって」
「たしかに、なに考えとるかわからんやつや」

しかし、勝利を確信するサトルに反してホタルには引っ掛かるものがあった。
あんな通常ルールのアクティブバトルに不向きな機体で挑んでくるものだろうか。

「なんや、いまさら逃げ出そうって相談か」
「勝ったらその機体をどないしょーかな、っちゅー相談や」

こそこそと話すふたりにしびれを切らしたその少年が口を開いたが
サトルも口が達者で、もはや売り言葉に買い言葉の様相である。
そのようすを眺めていたホタルは妙な面持ちで考えていた。

「あんなヤンキーみたいなやつ、悪ぶっとるぐらいやったら
風月組のことや、その長男のおれのことも知っとるやろうに。
……なんやイキっとるだけにしては変に度胸あるな」

この少年の名は【火蓬シデ(かどま しで)】。
尼崎のフリッカー界隈ではそこそこ名の知れたフリッカーだが
その素行の悪さや勝つためには手段を選ばない性質で人望は薄い。

ホタルの思ったとおり、このRS-F、ふつうのそれではなかった。
たしかに圧倒的軽量ボディ、そしてどんな悪路さえものともしない乗り上げ形状。
通常であればぶつかりあいにおいてはなんのメリットもない特性であるし
マインヒットをねらっていくにしても、あまりにも防御力が低すぎるのだ。
しかしこのシデのRS-Fにおいては例外であった。
その軽さこそ健在ではあろうものの、フロントウエポンが
通常とは裏表逆に取付されていることが、ホタルの違和感のきっかけだった。

「さぁ、始めるで」

シデがRS-Fをシュートポイントにセットした。
続いてサトルもデストラクションをセットするが、シデは不敵な笑みを浮かべる。

「「3・2・1・アクティブシュート!」」

豪快なスピンシュートでフィールドセンターをねらうデストラクション。
それに一瞬遅れてRS-Fが飛び出した。

「出遅れか? 機動型が泣くで」
「へっ」

コンマ数秒というその刹那に、シデは見切っていた。
サトルが指に力を込めたその瞬間――指の筋肉の収縮の加減。
そして押さえつけられる機体の傾き、回転方向や軌道を見切っていたのだ。

「なにぃっ!」

左回転でフィールド中央へ向かってくるデストラクションのわずか右。
RS-Fの進行方向とスピードが回転と一致し、弾かれることなくすり抜けた。
そして、かすめられたことで軌道が変化したデストラクションは
吸い込まれるようにフリップホールへと一直線に進んでいった。

「待てっ、止まるなっ!」

その叫びもむなしく、デストラクションの回転はそこで止まってしまった。

「残念やな、自滅や」
「ちぇっ、出鼻くじかれてしもた」

シデの不敵な笑み、余裕の表情はバトルが始まって以来、ずっと変わっていない。
ホタルは腕を組み、ココワシガレットをくわえながら、静かにシデをにらんでいた。

「なるほど、こいつは生粋のテクニシャンやな……。
力やなく、技術……それに相手の手を見切る判断力。
デカい口叩くだけあって、その実力は偽モンやないらしい」

サトルの自滅によりHPは2-3。
仕切り直しのアクティブシュートが行われ、サトルが先手を取った。
シデはサトルのアタックを読み、やはりわずかに右に避けるようなシュート。
勢い余ったデストラクションはフィールド対角のギリギリで停止していた。

「焦りすぎやろ」
「けど先手はぼくや」

シデはあわやオーバーランするところだったサトルを煽る。
気を取り直したサトルはすぐ横にいるRS-Fへピンチングシュートをぶつけた。

「至近距離や、ただでは済まさんぞ」
「わかっとらんなぁ」

デストラクションのアタックは強烈に炸裂したかように見えた。
だが、RS-Fはフィールドの中央に向かって吹っ飛び、きれいに着地した。
マインヒットも発生せず、ダメージはなし。

「ちくしょう、運のええやつ」
「やっぱりわかっとらんみたいや、もう見切られとるんに」
「ワケのわからんことをっ」

RS-Fの照準はデストラクション……ではなく、マインへと向けられる。

「こっちの番や」
「どこねらって……」
「そうか! サトル、マズい!」

RS-Fはマインにぶつかって、その軽さからマインに弾かれた。
そしてそのまま軽くスピンしながらデストラクションに接触。
回転していたRS-Fは程よい距離を保ったまま停止した。

「ま、マインヒット……!」
「さあさ、あとがないでぇ」

HPは1-3となり、いよいよサトルは追い詰められる。
ホタルはくわえていたココワシガレットを噛み砕きながら考えていた。

(あのRS-Fの逆さのフロント形状は、乗り上げ性能を犠牲にして
壁反射性能を高めるための改造か……それに直進性の高いスレイシャーシを
オミットして、防御力もあるスパイクラバーシャーシに換装しとるところをみると
なまじ“バトル向きにカスタムされた”程度のマシンやなさそうや)

そう、シデのRS-Fは生まれながらにして戦うために作られていた。
シルバーの塗装に鮮血のような真っ赤なラインが光るボディは
まるでたくさんのフリックスを葬ってきたことの証のようでもあった。

次のサトルのシュートはRS-Fに接触すれどもダメージには至らず。
そして、なにを思ったかシデはわざとフリップホールに向かってシュート。
RS-Fはぴったりとその真上に静止した。

「な、わ……わざと自滅やと!?」
「あいつ、舐めてやがる」

驚くサトルとホタルのふたりを横目に、RS-Fを手に取るシデ。

「次のアクティブでおれがおまえを見切ったことを証明したる」
「ち、調子に乗るなやっ」

意味ありげな発言をしたシデは、ニヤつきながらマインを再セットした。
サトルにはその行動の真意が見抜けなかったが、ホタルは戦慄した。

「サトル、マインや! そのマインに気ィつけぇ!」
「マインやてェ? そんなん吹っ飛ばしたらええんやッ……!」
「「3・2・1・アクティブシュート!」」

サトルはシデのマインを吹き飛ばした。
しかしRS-Fはすでにデストラクションの背後を取っていた。

「し、しまったっ……先手をッ」
「マインに気ィ取られすぎたみたいやな」

マインを吹き飛ばすことばかり考えていたサトルは
デストラクションを穴の直前で停止させてしまったのだ。
そしてRS-Fはデストラクションを
簡単にフリップホールへ落とせる位置に停止。
距離は遠いとはいえ、持ち前の機動力でステップをさせるスキは与えない。

「チェックメイト、や」
「あかんっ――」

RS-Fの電光石火のようなストレートシュートが、
デストラクションをフリップホールへ叩き込み、勝負が決した。

「なんでや、なんでそこまで読めるんや……!」

シデは、むしり取るように
デストラクションを奪い取り、軽く高笑いしてから言った。

「あんな、おまえ……長いことスピン機使っとって気ィつかんかったんか?
右利きやと左回転でしかシュートできひんピンチングシュートの弱点や。
おまえの攻撃には、その法則性から必ず死角が生まれる。
要はおまえがなにかを弾くときは、左前方にしか飛ばんのや」
「そんな……ッ」
「わざと自滅して油断させてからの最後のアクティブ、これも応用。
マインを吹き飛ばしにくること考えたら、吹き飛ばした結果
回転の反作用で穴に落ちるような位置に置くんが鉄則になるんや。
まぁ、仮におまえがマイン飛ばしにこんかったとしても
RS-Fの機動力でマインの後ろ側までシュートして先手を取れば
マインヒットでもおまえにトドメを刺すことはできてんけどな」

シデの圧倒的盤面把握能力に、サトルは言葉を失いひざまづいた。
その姿を見たシデは、デストラクションをバッグに詰め込み踵を返す。

「ほなな、ごちそーさん」
「待てや」

ホタルの呼び止めに、シデは足を止めた。

「おまえの奪ったデストラクションを賭けて勝負や」
「ほーん……覚悟、できとるんやろな」

ホタルはカープスクレイパーを突き出して言い放った。

「おれはこいつを賭ける。
かかってこいや、火蓬シデ」

ホタルの鋭い眼光が、シデをにらみつける。
今、ここに伝説が始まろうとしていた――

 

      つづく

 

 

 

 

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