段田バン視点第6話「努力の証 成果の格差」
ヴァーテックス600やエイペックス600のテストプレイをしてから数週間後。
段田バンは達斗と翔也を引き連れて琴井コンツェルンの保有している製造工場へ見学に来ていた。
ヴァーテックス600やエイペックス600の生産状況を見るのが目的だ。
様々な機械がひしめく場内を三人は社長である琴井トオルに連れられる形で見学する。
「うわぁ、市販型フリックスってこうやって作られてるんだ!」
「動画とかで見た事はあるけど、実際に生で見ると違うなぁ」
射出成形の一連の流れに達斗と翔也は目を輝かせる。メカの好きな男の子ならワクワクしないわけがない。
「ふふん、そうだろうそうだろう!何せこの工場は我がコンツェルンが保有する中でも1番大きいからね!生産力も精度も抜群なのさ!」
昔から自慢しいな所があるトオルは、子供相手にも大人気なく得意げに答えた。
「このペースなら先行販売イベントには間に合いそうですね」
次々と生産されていく量産機を確認しながらバンは言った。
「えぇ、5月上旬には出荷完了しますよ」
「そう言えば先行販売イベントって、いつやるんでしたっけ?」
翔也がバンに尋ねる。
「GW明けの土日だな。幕張のショッピングモールでやる予定だ。お前らも来てくれるだろ?」
「もちろん!な、タツ!」
「うん!……あれ?いや、ちょっと待って、GW明けって確か……」
バンと翔也に対して快く頷きかけた達斗だが、何かを思い出してスマホを取り出した。
「ぁ、ダメだよ翔也。僕らは行けない」
「なんだ?なんか、用事でもあるのかタツ?」
「僕だけじゃないよ。GW明けたら中間テストがあるんだから、さすがにテスト期間中は勉強しなきゃ」
小学生のテストと違って、中学生からのテストは一大イベントだ。
「そういや、お前らもう中学生だもんな。仕方ねぇか」
バンも達斗の言葉に納得するが、翔也はあっけらかんと答えた。
「なんだそんな事か。別に良いじゃん、フリックスの方が大事だって!」
「良くないよ……絶対美寧姉ぇに怒られる」
「別に勉強しなくたって、テストでいい点取ればいいだけじゃん」
「翔也はそれでいいかもしれないけどさぁ」
地頭のいい翔也は授業を聞いてようがいまいが、テスト期間中に真面目に勉強してようがいまいがテストの点には影響しないらしい。
「まぁ何にしても、テスト期間中の学生連れ回したら俺がお前らの親御さんに顔向け出来ねぇからな。今回は我慢してくれ」
「うっ……バンさんにそう言われたら、仕方ないか」
バンの良識ある大人な意見には逆らえず、翔也も渋々頷いた。
「ははは!学生時代は学業が最優先だからね!しっかり勉強して会社の社長くらい偉くなって、仕事でフリックスを堂々と出来るようになればいいのさ!」
実際社長になってフリックスを会社の事業にしているトオルの言葉は説得力がある。
「さ、さすがに社長になるのは無理かなぁ……」
達斗が尻込みすると、バンは苦笑して言った。
「まぁ、そんなに偉くなるこたぁねぇ、丁度いいくらいってのがあるさ。
ダントツをな、ダントツでもいつでも目指せるくらいになるんだ。それがフリッカーにとって偉すぎも貧乏すぎもしない丁度いいってところだからな」
「確かに、そうですね」
いつでも堂々とフリックスに没頭できるくらいの大人になる。それこそがフリッカーにとっての丁度いい大人なのかもしれない。バンの言葉を噛み締めるように達斗は頷いた。
「あ、それはそうと。俺達、琴井さんに聞きたい事があるんです」
翔也がふと思い出したようにトオルへ問いかけた。
「ん、なんだい?」
「多分もう知ってると思いますけど、この間のメイたんのライブ」
翔也が言っているのは本編第15話での事件だ。
バトル券を持ってメイのライブに乱入してきた2人の女性フリッカー。メイと因縁があるようだったが……。
「あぁ、あの件か……あの後、いろいろと大変でね……事後処理やメイの安全確保のために今後のスケジュールを大幅に調整しないといけなくなったりして」
トオルの顔が曇る。さすがにあの件は社長として思う所があるようだ。
「お、おい、なんだよライブの件って?まさか、前に言ってたガントレットの奴か?」
ライブの事情を知らないバンは不穏な表情で尋ねる。
「えぇ。メイたんのライブにガントレットをつけた2人の女性が現れて……しかもその2人、メイたんの元チームメイト?みたいな感じで」
「あの後、メイたんとも会えなかったし、なかなか事情を聞く機会がなくて……それで琴井さんなら何か知ってるかなって思ったんです。話せる事だけで構わないので」
「それは構わないけど、どうして君達がそこまで?あの妙なガンレットと関係があるのかい?」
「はい、僕達以前にもあのガントレットをつけた別のフリッカーに襲われた事があるんです」
「なので、今回の件と繋がりがあるんじゃないかと」
「そうか……分かった、ここじゃなんだし、場所を変えよう」
トオルに促され、3人は空き会議室へと案内された。
「さて、何から話そうか……と言っても僕もそこまで事情通というわけではないんだけど」
トオルは自嘲ぎみにはにかんだ。
「そうですね……琴井さんはライブに乱入してきた2人の事は知ってるんですか?確か、サインスターズっていうグループの元メンバーだって会場で耳にしたんですが……」
「……サインスターズって言うのは、メイがウチに所属する前の事務所で活動していたジュニアグループなんだ。まぁ、僕がメイをスカウトしたのはメイがサインスターズを脱退した後だから内部事情とかはあまり詳しくないんだけどさ」
琴井の言葉に、バンが懐かしむように頷いた。
「あぁ、どっかで見た事あると思ったらあの子サインスターズの元メンバーだったのか!確か、何年か前に結構人気だったよなぁ。メンバーがそれぞれ12星座をモチーフにしたキャラ作りしてて」
「バンさん、ファンだったんですか?」
「俺じゃなくて父ちゃんがさ。良い歳してテレビの前に齧り付いてさ、めっちゃ語って来るんだよ」
バンは昔を思い出しながらうんざりした顔で苦笑いした。
「サインスターズって今メイたんがやってるみたいにフリックスでパフォーマンスしてたんですか?」
「いや、別にそんな事はなかったぜ?あと特徴と言ったら、そうだな……メンバーの個性が強過ぎるから、ファン同士が衝突しないよう徹底的に『平等』を意識してたな」
「平等?」
「あぁ、メンバー全員がセンター扱いっていうかさ。とにかく不平等が出ないようにしてたんだ。歌とかでも、担当するパートの歌詞の文字数までキッチリ平等に振り分けてたらしい」
「へぇ……」
「なんだか、僕より段田さんの方が詳しそうですね」
トオルに言われ、バンは気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「たはは……まぁ、俺もちょっとは楽しんで見てたんで」
「でも、サインスターズはもう解散したんですよね?年齢的には全然現役だと思いますけど」
「なんだったかなぁ……確か、なんかの企画でメンバー同士のフリックス大会やったんだよな。お遊びみたいなノリだったけど思いの外真剣になって、そっからグループの雰囲気がガラッと変わって父ちゃんも見なくなったんだ」
バンの記憶が曖昧になったのを察したトオルが補足するように口を開いた。
「もっと言うとその前から人気は少しずつ低迷はしてて、そのテコ入れを目的としたみたいだけど……それがウケた影響でグループの方針が変わって総選挙とかもやるようになったは良いものの、思ったよりも新規ファンの増加には繋がらず古参も離れて……って感じかな」
「総選挙なんてどのグループでもやってると思うけど、コンセプトが変わったらファンは離れるよなぁ」
「そりゃね、プロデュースするなら個性は一貫しなきゃ」
「じゃあ、メイたんはそれで琴井さんの事務所に?」
「いや、メイがうちに来たのはサインスターズ解散よりも少し前で……実はあの大会で優勝したのがメイでね。それがきっかけでグループを脱退してフリックスを交えたパフォーマンスをするソロアイドル活動をするようになったんだ。で、才能を見出した僕がスカウトしたと言うわけ」
「なるほど。うーん、大体は分かったけど、今回の件と繋がりがあるようなないような……」
「さすがに、あのガントレットとサイスターズとの繋がりまでは分からないかな……」
「偶然じゃないか?お前らが襲われたフリッカーも、別にサインスターズのメンバーってわけじゃないんだろ」
「えぇ、まぁ」
「そもそも男だったしなぁ……」
「いろいろきな臭いのは確かだが、誰に何かされたって堂々とバトルして勝ちゃいいんだ!」
バンのこう言うノリは子供の頃から変わらない。
「それはそうですね」
「うん、ヴァーテックスは絶対負けない!」
「さ、さすがにメイはそう言うわけにはいかないんで、暫くリアルイベントは自粛ですけどね。今度の先行販売イベントも、MCとして使えればよかったんですが」
「まっ、そこは俺がバッチリ盛り上げて成功させますよ!」
達斗も翔也もメイもいないが、ブランド力なら今のバンはチート級だ。イベントを盛り上げるには十分過ぎるだろう。
……。
…。
そして日時は過ぎて、600シリーズの先行販売イベントの日となった。
会場であるショッピングモールは人でごった返しており、販売ブースは長蛇の列を作っていた。
販売ブースの横には製作ブースが用意されており、買った機体をその場で改造する事ができるのだ。
ショッピングモール内にはホームセンターもあり、改造用の素材調達には事欠かない。
『皆!今日は600シリーズ先行販売イベントに来てくれてありがとな!買ってくれた機体はその場ですぐ改造できるから自分の機体に仕上げてくれ!完成したらフリーバトルコーナーでバトルだぜ!!』
ステージ上でバンが今回のイベントの説明をする。
その説明を聞いてるのか聞いてないのか集まったフリッカー達は各々自由にフリックスに興じている。
購入したヴァーロクやエイロクを手に早速バトルしたり、チューンナップに夢中になったり……。
掴みは上々と言った感じだ。
(さて、皆どう仕上げてくるかな……?)
バンはステージから降りてそれぞれのコーナーを見回った。
「いけぇ!ヴァーロク!」
「飛べ!エイロク!」
フリーバトルコーナーではいくつもフィールドが設置しており、買ったばかりの機体を初心者達が拙いながらも頑張って使いこなそうとしている。
「素の重さはそんなでもないから何かウェイト詰めようかな」
「むしろこの軽さを活かすか」
「俺はシャーシをちょっと変えてみようかな」
製作コーナーではバトルコーナーで一通りプレイした子がそのデータを元に改造に励む。
購入と練習と改造、これらをたっぷりと自由に出来るイベントは参加者の成長に大きくつながって大盛り上がりだ。
「やった!フィールドの端から端まで真っ直ぐシュートできるようになったぞ!」
「俺なんか、エイペックスですげぇスピン出来るもんね!」
「二つとも試したけど、僕にはヴァーロクの方があってるな」
「私はエイロクで華麗にマインヒットするのが楽しい!」
イベントも中盤になると、最初はまともにシュート出来なかった初心者達もぐんぐん成長していき、自分のスタイルを見つけつつあった。
(へへ、良いぞ。皆実力をつける事で自分のやり方を見つけてきてる。狙い通りだぜ)
そんな参加者の様子を見ながら、バンは満足げに顔を綻ばせた。
しかし、その時だった。
バキィィ!!!
とても、素人同士のバトルでは起こらないような激しい衝突音が響き渡った。
「うわぁぁ!」
「なんだこいつ!?」
それを聞きつけ、バンは急いでフィールドに向かった。
「どうした!?」
そこでは、ぐるぐるメガネをかけた痩せ型の少年が他のフリッカー達を圧倒していた。
「あいつは……!」
しかも、その少年の右腕にはガントレットが装着されている。
「んんww手応えがなさすぎですぞww」
スコアを見ると、15-0でこの少年が完全勝利を収めている。
そんな少年の前にバンが近づいた。
「お前か、近頃界隈を騒がしてるガントレットフリッカーってのは」
「んんwwチャンピオンの段田バン氏に認知されてるとは光栄ですぞwww小生の名前は、『後藤エンキ』以後お見知り置きをww」
人を小馬鹿にしてるのか、少年は嘲笑ともとれる笑みを見せた。
「……なにが目的だ?」
「フリッカー達がアセンションへ至るための啓示をしていただけですぞwwそう、神聖なるセレスティアの教祖、プロフェッサーFの名の下にwww」
「啓示だと?」
バンが怪訝な顔をすると、エンキは得意げに語り出した。
「600シリーズ……タイプの異なる2種のフリックスで初心者フリッカーの実力向上を補助し、フリックス界隈をより発展させるための量産機……なかなかご立派なコンセプトですなwwしかし、実態はこの程度www」
エンキは自分の倒したフリッカー達を見回す。
「どれだけ成長を促そうと弱者は弱者wwいや、それどころか中途半端な成長はより残酷な格差を生み出すのですぞ」
今度は別のフィールドを目配せする。そこでは別のフリッカーがバトルしていた。
「おっしゃあ!俺の5連勝!!」
「そんなぁ、なんで全然勝てないんだろう……」
「才能の差だな!才能の!」
「ちぇ、面白くない!」
同じ条件でフリックスをはじめ、そして同じように練習したのに、片や才能を開花させ、片や実力が身に付かずにイジけてしまっている。
「……!」
「努力と個性はより一層実力の差を生み出し、人を傷つけるのですぞwwそんなものは聞き心地のいい悪魔の囁きのようなもの、即刻手放すべきですぞww」
エンキは手に持っていたヴァーテックス600を地面へ放り捨てた。
ただならぬ様子に周りもざわつき出した。
「確かに、そうかもしれねぇ……!戦えばどっちかが負けるし、比べたらどっちかが劣る」
エンキに痛いところを突かれ、バンは悔しげに歯噛みする。しかし、すぐにこぶしをにぎりしめて拳を握りしめて啖呵を切った。
「でもな!誰だって努力すりゃ強くなれる!少なくとも、前の自分には勝てるようになる!その手助けのためにこいつを開発したんだ!!」
「詭弁ですな」
「詭弁じゃねぇ!それを今から証明してやる!勝負だ!!」
実に主人公らしく指を突き付けて勝負を挑むバンだが……。
「んんwwバン氏が小生と戦っても何も証明にならない気がww」
確かに、今のバンの立場ではただ戦って勝ってもあまり意味がない。予定調和だ。
しかしそんな事はバンの承知の上だったのか、首を横に振った。
「いや、お前と戦うのは……」
そして、ゆっくりとその場を離れて別のフィールドへ向かう。それは、先程エンキが目配せしたフィールドだった。
バンはそこにいる連敗していた少年の肩に手を置いた。
「この子だ!」
「え、ええええええ!!!!」
いきなりの任命に、少年は絶叫した。
「んん〜wwこれは予想外ww」
「30分待ってろ。この子と組んでお前を倒す!」
「まぁ、いいですぞww」
エンキはニタリと笑って一旦その場を去った。
「あ、あの、バンさん……」
任命された少年は戸惑いながらバンを見上げている。そんな少年へバンは微笑みかけた。
「いきなり悪かったな。頼む、俺に力を貸してくれ!」
少年は勢いよく何度も頷いた。
「そ、それは、もちろん、僕なんかで良ければ……!」
「サンキュー」
すると、フィールドの反対側にいたもう1人の少年が羨ましそうに口を尖せた。
「あ、いいなぁユタカ……」
「君にも協力してほしい。手伝ってくれ!」
「へ?」
バンにそう声を掛けられてもう1人の少年は目を丸くした。
3人は一旦集まって自己紹介をする。連敗していた方はユタカ、連勝していた方はコウジという名前らしい。2人は同じクラスの小学4年生で、数週間前にフリックスを始めたばかりの初心者だ。
「早速聞きたいんだが、2人は普段からバトルしてるのか?」
「あぁ、放課後はいつも俺んちに集まってやってるよな」
「うん」
「そっか。で、いつもはどっちが勝つんだ?」
バンの問いに2人は困ったように顔を見合わせた。
「どっちって言われても……俺が勝つ時もあるし」
「僕が勝つ時だってあるよ」
そりゃそうだ。経験値がほぼ同じならいきなり極端な実力差は出ない。
(となると、このイベントがきっかけで一時的に成長率に差が出ちまったか……?)
そう考えたバンは2人にこんな提案をした。
「じゃあちょっと2人でバトルしてみてくれ」
バンに言われるまま、2人はバトルを始める。
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
バシュッ!
「おっしゃ、俺の先攻!」
「また後攻かぁ」
(2人とも使用機体はヴァーテックス600……どっちもシュートフォームは悪くねぇし、パワーも同じくらいだ)
バトルは一進一退の攻防と言った感じだが、先手を取ったコウジが優位を保ったまま勝利した。
勝率だけで考えれば大きな差がある2人だが、バトル内容を見る限りだと実力差はそこまであるように思えない。
「俺の勝ち!」
「あぁ、また負けたぁ……」
「そんなんで大丈夫かよ!俺が代わってやろうか?」
「うー……!」
2人の会話を聞きながら、バンはあることに気づいた。
「コウジ、ちょっと機体見せてくれ」
「え、はい」
コウジから機体を受け取り、ジックリとチェックする。
(重さはほぼ素組のまま……となると)
バンは機体の裏側を見た。
「このシャーシ、リアグリップにセロテープ貼ってたのか」
「滑りが悪かったから……」
(なるほどな)
バンは納得したように頷き、コウジへ問いかけた。
「このシャーシ借りてもいいか?」
「まぁ、良いですけど」
バンはコウジの機体からシャーシを外し、それをユタカへ渡した。
「こいつをユタカの機体に組むんだ」
「え?」
「俺のシャーシを?」
ユタカは言われるままシャーシを取り替えた。
「よし、これでシュートしてみろ」
「はい!」
ユタカは機体をセットしてシュートした。
シャアアアアア!!
シュートした機体はスムーズにかっ飛んでいく。
「凄い!さっきよりもシュートがスムーズになった!」
「や、やるなぁ……!」
(直進性をサポートするためにリアグリップを標準にしたけど、初心者には抵抗がデカかったか……でも、コウジはそれに真っ先に気付いて改良した。バトルの実力は互角でも発想力が結果に影響を与えてたってわけか)
「よ、よし、もう一回!」
シュートが楽しくなったユタカは再び機体をセットしてシュートする。
しかし、今度はかっ飛び過ぎて場外してしまった。
「あっ、やり過ぎちゃった……!」
「すげぇな、俺まだあんなに遠くまで飛ばせねぇよ」
「あぁ、いいシュートだ」
「でも自滅だからなぁ」
「まぁ、新しいセッティングにまだ慣れてないなら仕方ねぇよ。とは言え慣らす時間はもうないし、そろそろ具体的な作戦を練った方が良いな」
「は、はい」
「と言っても、格上にワンチャン勝つ戦術なんて限られてるけど……フリップスペルって知ってるよな?」
「はい、でも難しくてまだやった事はないです」
「そうか、なら手短に話すな」
こうして、バンはユタカへ作戦を伝え……。
いよいよ30分経過した。
フィールドを挟んでユタカとエンキが対峙し、バンとコウジが見守る。周りにギャラリーも集まってきた。
「んんwwでは見せてもらいますぞwwイクヲリティーセットww」
「ユタカ、大丈夫だ!落ち着いていけ!」
「は、はい……!」
マインと機体をセットし、試合が始まる。
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
「頑張れ!ヴァーテックス600!!」
「行きますぞwトラバースゴートww」
エンキのフリックスはフロントにタイヤがついた山羊の頭を模したようなフリックスだ。
ガッ!
トラバースゴートがヴァーテックス600を乗り上げてフィールドの奥に行く。
「んんww先手取る以外ありえないww」
まずはエンキが先手を取り、難なくマインヒットを決めた。ユタカ残り12。
「機動力が半端ねぇ……!」
ユタカのターン。
「え、えーい!」
ぎこちないユタカのシュートは明後日の方向へ飛び、機体は中途半端に横滑りしてエンキのマインの側で停止した。
「あぁ……」
「ユタカ、気にすんな!リラックスしていけ!」
「んんwwまた決めますぞww」
エンキのターン。
バシュッ!
あっさりとマインヒットを決めつつ、距離を取る。ユタカ残り9。
ユタカのターン。
「こ、今度こそ……!」
「ユタカ、まだ肩に力が入ってるぞ!一回深呼吸しろ!」
「は、はい!」
バンに言われた、ユタカは深呼吸して構えた。
「いっけぇ!!」
バシュッ!!
今度は鋭いシュートが決まり、自分のマインを場外へ弾き飛ばした。
しかし、何故かトラバースゴートとは反対方向だ。
「ぷっ、またもミスシュートですぞww」
「やっったぁ!」
「よし、良いシュートだ!!」
「やるじゃねぇかユタカ!!」
「???」
バカにするエンキに対して、ユタカは喜びバンとコウジはユタカを褒めた。エンキはその意味を分かりかねて首を傾げた。
ユタカは自分のマインを場外させたのでマイン再セットする。
ヴァーテックス600とトラバースゴートの間には約5mmほどの段差の板が障害物になっている。
ユタカはマインをその板上の自分側に迫り出すように置いた。これなら、敵機は段差に突っかかってマインには触れられず、自分はマインを弾き飛ばしてマインヒットできる。
「んんw甘いですぞww小生のトラバースゴートは山羊の如き走破性が自慢!この程度の段差は無いも同然!しかも……」
ヴァーテックス600とトラバースゴートの距離はかなり離れている。
「これならあれが使える……ん?」
エンキはガントレットのモニターが見慣れない表示をしていることに気づいた。
[WARNING]
(警戒……?AIもバグる事があるんですな、この状況で何を警戒する必要があるのか。必殺技以外ありえないww)
エンキは表示を無視して宣言する。
「フリップスペル『ロングスナイプ』発動ですぞw」
ロングスナイプ……50cm以上離れた位置からシュートして敵機に当たれば3ダメージ追加。他のダメージと重複する。
バシュッ!
シュートされたゴートは、段差どころかマインすらも乗り越えてヴァーテックス600にヒットした。
「んんwこれはもう勝ち確ですぞww」
ロングスナイプ+マインヒットで6ダメージ。ユタカ残り3だ。
絶体絶命のはずだが、バンは今がチャンスとばかりに叫んだ。
「よし、今だユタカ!!」
「はい!」
ユタカのターン。
「フリップスペル発動!バリケードを2枚消費して『インジャリーバイト』」
インジャリーバイト……HPが1/3の時に発動可能。シュートした自機が敵機に当たれば成功。敵機のHPを半分にするか、もしくは自機の重量が55g以下でバリケードを2枚消費すれば自機と同じHPになるまで敵機のHPを減らせる。
「んな、まずい!」
これが決まったらここまでのアドバンテージを全て吐き出してしまう。
ジャッ!
ユタカがシュート準備を始めた瞬間に、エンキはステップで距離を取った。
「早い!」
「機動型はステップも得意ですぞwwさぁ、ここから当てられますかな?ww」
ただ敵機に自機を当てるだけ……本来なら簡単だが、初心者のユタカにとっては難しい距離だ。
「うぅ……!」
尻込みするユタカへコウジが激励する。
「大丈夫だユタカ!お前シュート上手いんだから!練習通りにやればいけるって!」
「コウジ……うん!」
ユタカは意を決して機体を構えた。
「んんw練習といってもそんなに時間はなかったはず、付け焼き刃ですぞww」
たかだか30分の時間で初心者が上達するはずがない。どうせシュート失敗して、返のターンで自分の勝ち……エンキはそうタカを括っていた。
「いっけえええええ!!」
バシュッ!!
ユタカ渾身のシュート。ブレのない動きで目の前のマインを蹴散らしながらゴートへと向かっていき、先端が見事ヒットする。
「んなっ!」
インジャリーバイト成功。これでエンキのHPは3だ。
「で、出来た……!」
「おっしゃあ!」
「これで追いついた!!」
歓声を上げるバン達にエンキは震える声で問う。
「な、なんで、なんであんな下手くそが急に……はっ、まさかチートを!!」
「なわきゃねぇだろ!練習の成果だっつってんじゃねぇか!」
「そんな時間……!」
「何言ってんだ?散々目の前でやったじゃねぇか」
バンの言葉に、エンキはハッとする。
「まさかっ!……インジャリーバイトを使えるまでの間を、練習時間に……!」
「そう言う事。慣らしってのは、本番の環境の方が効果的だからな!」
「し、しかし、詰めが甘いですぞ!次のターンでマインヒットを決めれば……」
「出来るかな?盤面をよく見てみな!」
「うっ、マインが……!」
先ほどのシュートでマインを蹴散らしたため、シュート出来る軌道上にマインがない。
「なら、上に乗ってスタンすればいいだけですぞ!!」
乗り越え性能の高いゴートなら、上に乗ってのスタンも狙いやすい。そこからマインヒットをすれば良い……そう考えてエンキはシュートを構えた。
その瞬間。
「フリップスペル発動!スパークリフレクト!!」
ユタカが高らかにスペルを宣言する。
スパークリフレクト……誰もシュートしていない時に発動可能。自機本体にシュートしてきた敵機が当たると2ダメージ以下の攻撃を無効化しつつ、敵機へ3ダメージ与える。
3ダメージ以上喰らうと効果無効。
「しまっ!」
このスペルを使った相手に対してシュートしてはいけない。
エンキは慌ててシュートキャンセルしようとするも、指が滑ってしまいチョン押ししてしまう。
普通のフリックスなら相手に届くまでに停止してしまうような弱い力だが、機動型のゴートはそのまま進んでしまい……。
「いくなっ!ゴート!!」
エンキの叫びも虚しく、ゴートはチョロチョロと進んでいき、鼻先がチョンとヴァーテックス600にヒットした。
バチバチバチバチ!!!!
スペルの効果による電撃がゴートに走り、ダメージを受けてしまう。
これでエンキのHPは0になり撃沈だ。
「トラバースゴート撃沈!ユタカの勝利だ!!」
「か、勝っちゃった……!」
信じられないと言う顔をするユタカへコウジが駆け寄る。
「やったなユタカ!!!すげぇぜ!!!」
「コウジの貸してくれたシャーシのおかげだよ!」
「ユタカのシュートがすごかったんだよ!俺もいっぱい練習して上手くなりてぇ!!」
「僕も、ヴァーテックス600を自分の力で強く育てたい!」
お互いに褒め合い、称え合う。気恥ずかしくも美しい友情だ。
「あぁ、お前らならもっと強くなれるぜ!俺が保証する!」
「バンさん……ありがとうございました!」
ユタカとコウジはバンへ深々と頭を下げた。
「よーし、まだちょっと時間あるし、早速バトルしようぜ!」
「あ、僕改造してみたいなぁ。良いアイディア思い付きそうなんだ」
「えー、じゃあそのあとすぐバトルだぜ!」
ユタカとコウジはやいのやいの言いながらその場を去って行った。
その様子を見送ったあと、バンは呆然としながらブツブツ言っているエンキに向き直った。
「んん……ありえない……」
「どうだ!これがフリックスだぜ!」
「きょ、今日の所は退散する以外ありえませんな……」
エンキは項垂れながら踵を返して歩いて行った。
(段田バン氏、やはりセレスティアにとって1番の障害になる事は間違いありませんな……プロフェッサーFに報告せねば)
歩きながらエンキはそんな事を考えていた。
……。
…。
そしてイベントも終わり、バンとリサはタクシーに乗って帰路に着いていた。
「バン、お疲れ様」
「リサも、ずっと受付してもらって悪かったな。人手が足りなくてさ……」
「ううん。それより遠くからでよく見えなかったけど、大変だったみたいだね」
「まぁな……」
「でも、無事で良かった。バンと一緒に戦ったあの子達も楽しんでもらったみたいだし、イベントは大成功だね」
「……あぁ」
バンの返事は覇気がなかった。
「バン?」
「結局、あいつの言う通りだ。俺がやった事は詭弁でしかない……俺が手を出さなきゃ、あの子達はフリックスの楽しさに気付いてなかったかもしれない。でも、それじゃダメなんだよな」
「……」
静かに、悔しげに語るバンの言葉をリサは黙って聞いた。
「俺もまだまだだな。心のどこかで、600シリーズが発売すりゃどうにかなるって思ってた。でも、こっからが本当の勝負なんだ」
「うん、そうだね」
リサの相槌を聞いて頷いたバンは窓を眺めた。夕暮れの街並みが次々に視界を横切っていく。
それを眺めるバンの頭の中では、エンキに言われた言葉がリフレインしていた。
“努力と個性はより一層実力の差を生み出し、人を傷つけるのですぞ”
(賛同は出来ねぇが、鋭い着眼点だ。セレスティアのプロフェッサーF、か……奴等が組織ぐるみで動いてるのは間違いなさそうだな。厄介な事にならなきゃ良いが)
つづく