弾突バトル!フリックス・アレイ 超X 第15話「サインスターズ」

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第15話「サインスターズ」

 

 拳を使ったシュート……一般にナックルシュートやパンチシュートなどと呼ばれている。
 指よりも強い拳を使っているため強力なシュート方法に思われがちだが、その本質は『力の無い弱者がその弱さを補い、強者へ一矢報いるための補助具』のようなものである。

 何故なら、フリックスに於けるフリッカーのパワーとは『小さな物質である機体を少ないモーションで効率良く速度を乗せて動かす力』であり、本人の体格や筋力がダイレクトにプラスされるわけではないからだ。
 それ故に、人体の中で最も少ないモーションで高い速度を出せる『指』を使ったシュートこそがフリックスにとってもっとも効率良くパワーが出せる手段となる。

 しかし、それが難しい。
 身体の部位のみを速く動かす能力と重く抵抗のある物を動かす能力は似てるようで違う。
 幾ら指を速く動かす事が出来たとしても、筋力がなければ物質の抵抗に負けて速度は出せない。モーターで言えば、レブとトルクの関係だ。
 無抵抗でならレブの高さがダイレクトに速度となるが、抵抗が強い状態ではトルクによってその抵抗に打ち勝たなければ速度は大きく減衰する。

 腕の中で最も細く筋肉が付きづらい指のみを使い、それなりの重さと摩擦抵抗のある物質を速く動かすと言う事は、それだけ本人の基礎的な筋力の土台が必要となる。腕力と言う土台があってこそ指先にまでパワーが備えられるのだ。

 事実、体格の劣る低学年のフリッカーが上級者と戦う時は、己の筋力不足を補うために重量級高グリップ機体を拳シュートで強引に動かして力負けしないようにする……と言う場面をよく見かける。
 もちろん最大パワーでは真っ当なパワーフリッカーには劣るものの、それでも絶望的な力の差は埋まり、あとは立ち回りとテクニックで十分勝ちに繋げられる。

 しかし、筋肉があればいいと言うものでもない。
 身体の全神経、筋力を指先に集中し、それを自機へ効率良く伝え正確に弾き飛ばすと言う行為は並大抵の技術ではない。
 ただ力を出すだけでも難しいのだ。そこへコントロールまで求められるとなると、もはや専門技術と言っても差し支えがないだろう。
 一朝一夕ではとても身に付かない。
 それ故に、基礎体力に優れているがフリッカーとしては未熟なものも拳シュートに頼りがちだ。
 その結果、体格が真逆にも関わらず、同じ拳シュートを繰り出すと言う一見不可思議な光景もよく散見される。

 恐らく、順藤先輩は典型的な後者だ。フリッカーとしての未熟さを格闘家としての膂力で補うためにナックルシュートを好んでいるのだろう……。

 ガイは、古巣である格闘ジム内に設置されたフリックスフィールドを挟んで対峙している順藤タカトラを睨め付けながらそんな風に思考を巡らせていた。

「何を考えている?」
「……集中しているだけですよ」

 タカトラの質問に対してぶっきらぼうに返事をし、ガイは構えを取った。
 その構えはタカトラと同じだった。
「ほぅ」
 それを見てタカトラは感心するように息を漏らし、そして握った拳に力を込めた。

(フリッカーにとって拳は所詮弱者の補助具……だが、それも極めれば達人の技となり得る!今の俺ならば……!)

「いくぞ!」
 タカトラの掛け声とともに二人はアクティブシュートの合図を叫ぶ。

「「3.2.1.アクティブシュート!!」」

「トータス!ナックルシュート!!」
「解禁だ!ニュートロンプレッシャー!!」

 ガッ、バシュウウウウウ!!!!!
 お互いに拳を機体にぶつけての強力なシュート。
 しかし、トータスがやや機体の向きが傾きながら進んでいるのに対して、ゼニスは芯をとらえたようにまっすぐに突き進む。

 バゴォォーーーン!!!!
 純粋なパワーだけならタカトラが僅かに優っていただろう。しかし、拳打ちでありながらまるで普通の指弾に勝るとも劣らない正確さで打ち込んだガイのシュートによってロスなく力を伝えられたゼニスのフロントが、バランスを崩して横っ腹を晒したアイアントータスを捉えて弾き飛ばした。

「ぐっ!」
 目にも止まらぬ速さで場外へ弾かれたトータスは、タカトラの腹部へ直撃。
 タカトラは瞬時に腹筋に力を入れてこれに耐えるが、ダイレクトヒットによって敗北した。
「……」
「まさか、フリッカーとして真っ当に経験を積んだお前が拳を使うとはな」
「拳は技術不足を補うだけではない。どんなものも極めれば武器となり技となる」
「なるほど。本来は正確さを犠牲にしてしまう拳のシュートに、正確さを身に付ける事で技として昇華したか……どうやら魂ある力を見つけたようだ」
 タカトラは、こうなる事を予測していたかのように不敵に笑った。
「見つけただけだ、身に付けてはいない。ダントツの重さは、こんなものではない」
 タカトラの態度にほんの僅かながら対抗心が生まれたのか、ガイは素直には頷かなかった。
 その言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのようだった。
「そうか……しかし、力の道に迷っていたお前には合うだろうと思っていたが、まさかここまでハマるとはな」
「出した力を直接相手へぶつけるのではなく、力を自機へと伝え、同じように力が伝わっている相手機体へとぶつける……間接的であるが故に、その純度と重さは計り知れない」
 ガイはゼニスを握りしめながら噛み締めるように言った。
「……それで、これからどうする?見つけたその力を古巣で身に付けるか?それとも、このまま極めてみるか?」
 タカトラの質問には答えず、ガイはゼニスを見つめる視線で語った。
「……聞くまでもないか」
 それを察したタカトラはそれ以上は言わず、懐から一枚のチケットを取り出してガイへ渡した。
「こいつは餞別だ、取っておけ」
「これは……」
「前にうちのジムが参戦した大会に、ラウンドガールとしてアイドルがゲストに来てな。その時に配られたものだが、俺はこう言うチャラチャラしたものは好かん」
 つまり、ゴミを押し付けられただけかと呆れながらそのチケットを見るガイだが、内容を見て固まった。
「お前もそう言うのは趣味じゃないか?」
「……いや、せっかくの先輩の餞別、無碍にはしませんよ」
 ガイはチケットを乱暴にポケットに突っ込み、その場を去ろうと踵を返した。
「不動、次来た時はこいつで付き合え」
 歩きだそうとするガイへ、タカトラはフリックスではなく拳を見せ付けてそう呼びかけた。
「是非とも」
 ガイも同じように拳を見せ、そしてジムを出ていった。

 ……。
 …。
 姉ヶ崎中学校入学式から数日後の土曜日。
 達斗は自室の机で黙々と作業に勤しんでいた。

「よし、ヴァーテックスのメンテ完了!」
 作業していた手を止めて、達斗は一息つく。
「まだここ、汚れてるよ」
 そんな達斗の後ろから美寧がヌッと顔を出して目ざとく指摘してきた。
 確かに美寧の指差す部位は多少の塗装ハゲや汚れがあった。
「いいよこのくらい」
 性能に影響があるようなものでもないし、このくらいの汚れはバトルしていたらいくらでもつく。気にしていたらキリがないのだが。
「ダメ。ちゃんとしなきゃ可哀想でしょ、貸して」
 そう言って美寧は達斗を退かして椅子に座り代わりに作業を始める。
 手際良く汚れを落とし、禿げている部分をキレイに塗り直す。殆ど違和感がない仕上がりになった。
「これでヨシ」
「……上手いなぁ」
「こう言うのはお姉ちゃんに任せなさい」
 美寧は得意げにふふんと胸を張る。
「美寧姉ぇにこんな才能があったとは」
 意外……でもないか。毎日家事をして、応急手当ての心得もある美寧だ。機体のメンテくらいわけないのだろう。
(まぁ、シュートは僕の方が上手いけど)
 少し悔しくなったのか、達斗は心の中でそんな負け惜しみを呟いた。

 ピロン♪
 そんな時、達斗のスマホが通知音を出した。
 見てみると、翔也からメッセが届いていた。

『タツー、着いたぞー!』

「あ、翔也もう着たのか」
「え、もうそんな時間!?早く着替えなきゃ……」
「別に良いじゃん、そのままで」
「良いわけないでしょ〜!せっかくのメイちゃんのライブなんだから」
 ラフな部屋着のまま出掛けられるわけがない。
 美寧は急いで達斗の部屋を出た。
「……美寧姉ぇがライブに出るわけじゃないのに」
 ボソッと呟く。達斗はそう言うところ無頓着だ。

 今日は翔也に誘われて、達斗、美寧、翔也の3人でメイのライブに行く事になっている。
 支度を終えた達斗と美寧は玄関で待つ翔也と合流して早速ライブ会場へ向かった。

 外房線に乗って千葉駅に着き、そこからモノレールで千葉公園駅へ向かう。
 今回は千葉公園に設立された屋外ステージで行われるらしい。
 公園は既に人がごった返しており、春先だと言うのにまるで初夏のような熱気に包まれていた。

「うわぁ、凄い人だねぇ」
 外行き用のワンピースに身を包んだ美寧が感嘆の声を上げると、翔也がそれに答えた。
「そりゃぁメイたんのライブですからねぇ!しかも今回は桜祭りも兼ねてるからめちゃくちゃ盛り上がりますよ!」
「私アイドルのライブ観るの初めてだから楽しみだなぁ。翔也君、今日は私まで誘ってくれてありがとうね」
「いえいえ、推しを布教するのがファンの務めですから!」
「……」
 達斗はなんとなく会話に入るタイミングを逃して2人を見ながらボーッと黙っていると、翔也が揶揄うように話しかけて来た。
「タツ、桜を背景にした美寧さんに見惚れるのも分かるけど、ライブになったらちゃんとメイたんにも見惚れろよ?」
「なっ!」
 不意に話を振られて達斗は素っ頓狂な声を上げる。
「えへへ、だから着替えて正解だったでしょ?」
 美寧は嬉しそうに頬を染め、スカートを少し広げて服を見せびらかした。
「そ、そんなんじゃないって!あ、そうだ、今回はバトル券はないの?」
 達斗は顔を赤くしながら慌てて話題を変える。
 メイのライブと言えば歌の後にやる特別バトルだ。達斗は硬派ぶっているので可愛い女の子になぞ興味はないフリをしているが、一応フリックスバトルに関係のあるイベントでもあるからここに来ているのだ。
「わりぃ、バトル券付きチケットは競争率高くてさ。さすがのスナ夫も確保出来なかったみたいだ」
「そっか」
「まっ、フリックスバトルは観るのも勉強だからな!どんな奴がメイたんとバトルするか楽しみにしてようぜ」
「そうだね。大会と違って変わった戦い方も見られそうだし!」
「今時のアイドルってファンとの交流でバトルするんだねぇ。私が聞いた事あるのは握手会とかだけど……」
「いや、まぁ普通は握手会とかなんですけどね。そこがメイたんの他のアイドルとは一線を画すとこなんですよ!」
「へぇー、面白いね!たっくんはメイちゃんとバトルした事あるんだっけ?」
「うん。その時は一応勝ったけど負けたようなものだったから、リベンジしたかったなぁ」
「ふーん、たっくんに勝っちゃうなんてメイちゃんって強いんだね」
「悔しいけど、強いと言うか強かと言うか……ちょっと不思議な感じなんだよね」
「そうだな。でも、相当な実力がなきゃあんなプレイは出来ないってのは間違いないな」
「確かに。それによく考えたら、美寧姉ぇをフリッカーに引き込んだのも凄いよね」
「うん。メイちゃんがいなかったら私、フリッカーにはなれなかったと思う。だから見てみたいな、メイちゃんのバトル」

 そんな事を話しながら、3人は受付を済ませてステージ前の観戦エリアへ入った。

 暫くすると音楽が変わり、裏からマイクをつけたメイがステージに上がる。

『みんなー!おったませー!!今日はメイっぱい楽しんでってねーー!!!』

 桜模様の衣装に身を包んだメイが元気に飛び跳ねながら客席へ声を上げると、いつものように野太い歓声が上がった。

「メイたーーん!フッフーーーーー!!!」
 翔也もその歓声に負けないくらいの大声を出す。
「しょ、翔也くん、ほんとに好きなんだね……」
「ははは……」
 いつもと違う翔也の様子に、美寧と達斗は乾いた笑いを漏らした。

 そして、ライブは恙無く進行した。
 春や桜をテーマにしたセトリ、舞い散る桜の花びらも想定した演出は大成功でいつも以上の盛り上がりを見せていた。

『それじゃあいよいよお待ちかね!メイたんとのバトル会のコーナーでーす!』
 ある程度の曲をこなし、そろそろいつものメインイベントであるバトル会となった。

「おっ、いよいよだな!」
「どんなフリッカーと戦うんだろう……!」
 翔也と達斗も身を乗り出してステージに注目する。

『それでは、バトル券をお持ちの方は……へ?』

 バチンッ!!
 突如、ステージの照明やBGMが消え、一瞬静寂になる。

『きゃっ!なに、なに!?』
 突然の事にメイも観客も戸惑う。

「な、なんだ?」
「演出……って感じじゃなさそうだな」

 昼間なので暗くなると言うことは無いがいきなりの静寂は恐怖だ。メイは必死で取り繕って観客を落ち着かせようとする。
『ご、ごめんなさ〜い!ちょっと機材トラブルがあったみたいですぅ!機材が回復するまで特別にメイちゃんのぶっちゃけトークコーナーしちゃいま〜す!ファンの皆さんが気になってる事を何でも赤裸々に語っちゃいますよ〜!!』
 音楽がない中、メイはどうにか場を繋ごうとする。しかし、そんなメイの健気な努力を嘲笑うように急に今までとは全く違う毛色のBGMが流れ出し、照明演出もメイを無視して全く違う場所へライトを当てた。

『うふふ、その必要はないわよメイちゃん』
『オーホッホッホ!このワタクシがステージに華を添えて差し上げましてよ!』

 ライトがステージ端を照らすと、そこには2人の女性が立っていた。
 1人はグラマラスな肉体を紫色のドレスで強調したお色気たっぷりなお姉さん。
 もう1人はロングの金髪を靡かせ、宝石を散りばめた煌びやかなドレスに身を包んだゴージャスで高飛車そうなお嬢様だ。

『っ、あなた達……!』
 そんな2人の女性を見て、メイの顔が強張った。
 メイを無視して2人はステージ中央へ軽やかに向かい、観客へ向かって指を差しウインクした。

『『ミュージック、スタート!』』

 2人が声を揃えるとこれまでのメイのイメージとは程遠い大人びた音楽が流れ、2人はそれに合わせて歌とダンスを披露する。

「え、何がどうなってるの?」
 ステージを見ながら達斗達の頭の中は疑問符で埋め尽くされている。
「こんな曲、聴いたこと無いぞ……!」

 メイはライトから外されて2人の歌とダンスをただ眺めるしか出来ない。

『……!』
『どうかしまして?自分のステージなのに棒立ちなんてアイドル失格ですわよ!』
『うふふ、やっぱり迷える子羊メイちゃんは健在なのかしら?』
 曲の合間に2人がメイを挑発する。

『……その二つ名はもう捨てました!今のメイちゃんは無敵のソロアイドルです!!』
 挑発に乗るようにメイは2人に合わせるように身体を動かし歌声を発した。
『へぇ、やるじゃない』
『さすが、現役は伊達じゃないですわ』

 3人の息のあった歌と踊りに会場はざわつく。
「あれ?この曲って……!」
「おい、あれもしかして尾針サリアに粟倉クレアじゃないか!?」
「本当だ!俺、久々に見た……!」
「もう引退したと思ったのに」
「すっげぇサプライズじゃん!」
「ってか、共演NGって噂なかったっけ?」
「噂は噂だろ!あの3人だけでもまたメンバーがステージで一緒に踊ってるなんてエモいっしょ!」
「あぁ!サインスターズ、プチ復活じゃん!!」

 そんな騒めきの言葉は翔也達の耳にも入る。
「サインスターズ?」
 翔也は聞き慣れない単語を復唱した。
「翔也、知ってるの?」
「いや、聞いた事ないな……」
「前に所属してたグループのメンバーとか?」
「メイたんは、ずっとソロのイメージだったけどなぁ……」
 何やら腑に落ちないやら嫌な予感がするやら不思議な気持ちを抱えながら、翔也達はステージを見守ることにした。

 曲が一区切り付くと再びBGMが戻り、3人は動きを止めて対峙した。

『ふふ、久しぶりに楽しかったわよ、メイちゃん』
『あの頃を思い出しますわね』
 サリアとクレアは余裕の表情で不適な笑みを浮かべている。
『サリアちゃんに、クレアちゃん……!』
 反対にメイは緊張した面持ちで2人を交互に見た。
『なぁに?そんな怖い顔して』
『感動の再会をもっと喜んで欲しいですわ』
 好意的ではないメイの様子に、2人はわざとらしく残念がった。そんな2人に構わず、メイは疑問を口にする。
『どうして、ここに……!』
『どうしてって、ご挨拶ね』
『ワタクシ達はちゃんとゲストとして来てますのよ』
『ゲスト……?でもそんな予定』
 メイが怪訝な顔をすると、それに答えるように2人はチケットを取り出してヒラヒラさせた。

『バトル券……!』
『そう言う事ですわ』
 ゲストとは言葉通り『一般のお客様』と言う意味だったようだ。ちゃんとチケットを取って来ている以上無碍には出来ない。
『まぁ、昔馴染みのよしみでちょっと楽しませてもらったけど、このくらいいいわよね?ファンのみんなも喜んでるみたいだし』
 サリアはチラッと観戦エリアを目配せした。なんやなんや美少女3人がステージに並ぶ姿は眼福なようでファンたちは目を輝かせている。
『……アイドルの基本はファンファースト。今回は大目に見ます。でも、バトルはこういきません!メイの魅力で2人を圧倒します!!』
 メイは可愛さを維持しながら精一杯啖呵を切った。
『そう来なくっちゃ。じゃあルールは3人同時のバトルロイヤルで行きましょう』
『バトルロイヤル……?』
『1人1人でやるよりもこっちの方が盛り上がるでしょう?』
『……分かりました。受けて立ちます!』
 嫌な予感はしつつも、ここで断るとファンの印象が悪くなると思いメイはそれを了承した。
『さすが、ファンファーストなメイちゃん』
『ソロでどこまで出来るか拝見させてもらいますわ』

 そして、バトルの準備を始める。
 ステージにフィールドを設置し、各々機体を用意。

『イクヲリティー、セット』
 と、サリアとクレアは徐に小さなモニターやら機械の付いたガントレットのようなものを右腕に取り付けボタンを押した。

「お、おいタツ!あれ」
 それを観戦エリアにいた翔也は見逃さなかった。
「あれって、テルとトウキが付けてた……?」
「なんであの2人が」
 不吉な予感を覚えつつも、成り行きを見守るしかない。

 そうこうしているうちにバトルの準備が終わった。
 3人が機体をフィールドのスタート位置にセットする。

『いきますよ……!』

 モニターにスタート合図が表示される。
[3.2.1.アクティブシュート!]

『煌めけ!トゥインクルコメット⭐︎』

『おいきなさい!トリックアクラブ!!』

『いきますわよ、クローズカルキノス!!』

 トゥインクルコメットはいつものように相手を避けて華麗な軌道で先手を取ろうとするが、蠍型のトリックアクラブと蟹型のクローズカルキノスがフロントのアームを広げて並列する事で進路を塞ぐ。

 バチーーーーン!
 コメットは二機に押し込まれてしまい距離を稼げなかった。
 1番クレア、2番サリア、3番はメイの順だ。

『っ!』
『残念でした』
『まずはワタクシから行きますわよ!』

 クレアはカルキノスのフロントアームを広げて目の前にいるトゥインクルコメットへ狙いを定めた。
『ビンタシザーシュート!』
 そして、フロントアームと連動しているシュートポイントをビンタのようなシュートで勢いよく閉じる事でハサミのようにアームが閉じ、目の前のコメットを挟み込んでひっくり返してしまった。
 ビートヒットでメイ残りHP14。

『かの英雄ヘラクレスをも挟んだとされる蟹座のハサミのお味はいかがかしら?』
『っ!』
 自ターンまでに転倒から戻らなければスタン確定だ。
『次はあたしね』
 今度はサリアのターンだ。トリックアクラブのアームを広げて転倒しているコメットへ向かってシュートし、拘束する。
『スタンした上に拘束……!』
 スタンしているのでメイは動けず、クレアのターンになる。
『ワタクシはマイン再セットですわ』
 クレアはアクラブの側に自分のマインを置いた。
『ふふふ、蠍座の毒針を喰らいなさい』
 サリアはアクラブの尻尾に付いているグリップパーツを外し、転倒しているコメットの側面に挟んだ。
 所謂[毒針]と言う奴だ。
 シュート準備時の向き変えは敵機の位置を変えないようにしないといけないが、このように敵機のパーツが自機に取り付けられた状態では敵機パーツを動かさないように自機を向き変えする事は非常に困難だ。
 もちろん、転倒状態から元に戻す事もできない。
『これで準備万端ね』
 サリアはシュート準備を終えて、クレアのセットしたマインに向かってシュートし安全にマインヒットを決める。
 メイHP11。

『これじゃ、動けない……!』
 敵機との接触でシャーシを接地させられない時はシャーシを浮かせたまま撃っても良いが、このままではまたスタンを取られてしまう。
 となれば、とっとと自滅して仕切り直すのが吉だが……!
『いけっ!』
 バシュッ!
 メイは自滅するために場外へ向かってシュートするが……!

『させませんわ!』
 ガッ!
 クレアがバリケードを使ってコメットの場外を阻止。更に……!

『フリップスペル発動!シールドバッシュ、ですわ!』

 シールドバッシュ……シュートした敵機が自分のバリケードに触れるかバリケードブレイクした場合、その敵機に3ダメージ与える。

 自滅を防がれた上にスペルダメージまで受けてしまい、メイの残りHPは8。
 もはや一方的な試合だ。

 観戦している達斗と翔也も拳を握って悲痛な表情を浮かべる。
「な、なんだよこの試合……!」
「ひ、酷い……!」
「バトルロイヤルとか言っといて、実際は2人がかりじゃんか!」
「タツ、これ以上見てられない!いくぞ!」
「うん!」
「ちょ、2人とも……!」
 あまりに酷い試合に我慢できなくなった翔也と達斗は美寧の制止も聞かずに駆け出した。

 いつもは華麗なバトルで魅了するメイが、何も出来ずに一方的に嬲られている。
 そんな展開に観客も戸惑いを隠せず、どう反応すればいいのか分からないと言う感じだ。
『……!』
 バトルには負けても構わない。でも自分のプレイでファンを魅了する事を第一に考えているメイにとって、この状況は劣勢な事以上に屈辱的だった。
『うふふ、そんなに歯を食いしばったら可愛いお顔が台無しよ?アイドルはいつも笑顔、でしょ?』
 そう言いながら、サリアはクレアの再セットしたマインに自機を当ててマインヒットを決める。本体同士の接触はしてないのでスタンは発生しないが、もはやその必要はないだろう。
 メイ残りHP5。
『……』
 メイのターンだが、もはやなす術がない。
『どうしたの?勝敗よりも魅了する事が大切なんでしょう?』
『無理もないですわ。バトルの勝敗以前に、何も出来ないんですもの』
『結局、ソロで出来る事なんてこの程度って事なのよ』
『そ、そんな事……ない!メイは、メイは……!』
 震える声で反論しようとするも言葉が出てこない。
『あらあら、泣かないでくださいまし』
『そうよ、迷子の子羊ちゃん。あたし達はあなたを虐めるために来たんじゃないんだから。むしろその逆』
『え?』
 絶望的な状況からの優しく甘い一言にメイは不意を突かれる。
『ワタクシも本当はこんな事したくありませんの。でも、現実の見えていないあなたのためを思って敢えて厳しくしたのですわ』
『そう、1人で意地を張っていてもいずれ限界が来る。このバトルのようにね。でも、だからこそあたし達はこの残酷な現実からあなたを救いに来たの』
『メイを、救いに……』
『もう一度、やり直しましょう?あたし達、またグループとして』
『他のメンバーも集まっていますわ。きっと今度こそうまくやれますわよ』
『でも、メイは……メイの夢はあそこには……!』
『夢は皆で叶え、皆で分かち合うものよ。平等に、ね?』
『平等に……?ちが……メイは、誰よりも可愛くなって、ファンに喜んでもらいたくて……』
『その結果がこれよ。独りよがりな可愛さで、誰かが喜んでいるのかしら?』
『……!』
 メイは助けを求めるように観客を見渡す。
 盛り上がりに欠けるバトルに、皆戸惑い微妙な反応だ。

 その時だった。
「離せーーー!!!」
「メイたん!負けるな!今俺たちが行くからなー!!!」
「こら!ここからは立ち入り禁止!戻ってください!!」
 ステージに上がろうとする達斗と翔也が警備員に取り押さえられているのが見えた。

『達斗くんに、翔也様……』

「メイたーーーん!メイたんの可愛さはこんなもんじゃないぞー!!俺達にもっと見せてくれぇーーー!!!」
「僕とのバトルで見せてくれたシュートなら絶対勝てるよ!!頑張れぇーーー!!!」

 取り押さえられながら大声を張り上げる達斗と翔也を見て、サリアとクレアは呆れるように言った。
『あらあら、厄介なファンですこと』
『あなたがソロ活動で得たものの程度が知れるわね』
 それを聞き、メイの目に精彩が戻る。その瞳には静かな怒りが灯っていた。

『メイのファンを……バカにしないで……!』
『あら、ごめんなさいね。失言だったわ』
『今、ハッキリ分かりました。メイはやっぱりソロを貫きます!だって、そのおかげで本当にメイの事を見てくれるファンが……友達が出来たから!!』
 メイは力強く言って盤面を見据える。
(HPは残り5……仕切り直すためにはこれがラストチャンス……でも、仕切り直せた所で、もう勝ち目はない……!)
 絶望的状況。しかし、もうメイの瞳は揺るがなかった。
(勝ち負けじゃない!皆に私のシュートを楽しんでもらうんだ!だったらむしろこれは絶好のチャンス!)

『みんなー!今からさいっこうに可愛いシュートするからしっかり見てってね!!』
 メイは観客へ向かってVサインをした。

『いっくよぉー!』
 転倒した上に向き変えも出来ないトゥインクルコメット。
 しかもシュートの先にはしっかりとバリケードが構えられており、コメットの火力ではとても突破は不可能……。
『煌めけ!トゥインクルコメット⭐︎』
 メイは転倒した事によって浮き上がっているシュートポイントを跳ね上げる様にしてシュートした。
 それによってコメットはリアが浮き上がり、側転するようにゴロゴロと縦回転でバリケードへ向かっていく。

『すり抜けるつもりね』
『見え見えですわ!』
 クレアは並んだ二つのバリケードを接触させて隙間を完全に無くした。これで自滅への退路は絶たれたはずだが……。

『いっけえええ!!』
 ガッ!!!
 コメットの角がバリケードとバリケードの境目に挟まる。すると、二つのバリケードの圧力で凄まじいグリップ力が発生し、回転力を駆使してバリケードを駆け上がって垂直に飛び上がった。
『なっ!』
『えっ!』

『バーティカルドライブ!』

「「「おおおお!!!!」」」
 舞い散る桜の花びらを突き抜けながら飛翔するコメットの動きに会場が湧く。

「これなら仕切り直せるかも!」
「いいぞ!メイたーーーん!!」

 上昇していたコメットの勢いが止まり、今度は重力の力で落下していく。
 おおよその落下地点はフィールドの端になりそうだ。場内か場外かはまだ読めない。

「どっちだ……!」

『お願い……!』

 会場の皆が固唾を飲んで見守る中、ついにコメットが着地する。
 カッ、コロン……!
 しかし、コメットはボディ半分を外側へはみ出しながらも場内で着地してしまった。

『そんなっ……』
「くっ、惜しい……!」
『残念でした』
 絶体絶命。コメットは再び泥沼に中に沈んでいく……!
 その時だった。

「グラビトンプレッシャー!!!」

 ドォォーーーーーン!!!!
 突如、黒いフリックスが飛んできてフィールド付近の地面を叩いた。
 その衝撃でフィールドが揺れ、振動でコメットが場外した。

『だ、誰!?』
 フリックスが飛んできた方を見ると、1人の筋骨隆々な男が達斗たちとは逆のステージ端からゆっくりと歩み寄って来た。

「不動、ガイ……!」
「なんであいつが」

「シュートしてからまだ3秒以内だ。シュート途中の場外なら自滅扱いのはずだな?」
 ガイはルールの裁定を口にする。
『なんなんですの!急に割り込んで来るなんて非常識ですわ!』
「俺にもこのチケットがある。バトルに備えてこの場でシュート練習するのは正規の権利だ」
 ガイはバトル券のチケットを見せながら言った。
『そんな屁理屈』
「詭弁は貴様達の方だろう。バトルロイヤルとは名ばかりの2VS1……フリッカーとして恥を知れ!!」
『っ!』
 ガイの迫力ある一喝にサリアとクレアは怯んだ。

「保科メイ、貴様との決着はまたいずれ着ける。今は貴様のバトルを奴らに見せてやれ」
『ガイくん……』
 ガイはそれだけ言うとステージから降りていった。
 メイは自滅し、サリアもコメットに付けていた毒針が場外したので2人とも機体をスタート位置へ戻す。
 そこはクレアやサリアの攻撃範囲外の位置だ。
 クレアのターン、攻め手がないのでマインを再セット。サリアもスタート位置に戻った影響でコメットまで距離があるので攻撃が届かずフィールド中央へ向かってシュートするしかなかった。

 そしてメイのターン。
 HPは残り2しかないが、毒針も転倒もない自分の力をフルに発揮できる状態だ。ならば、思いっきり攻めるしかない!

『フリップスペル発動!ブレイズバレット!!』
 マインヒット時に干渉したマインの数分ダメージが増えるお馴染みのスペルだ。
 しかもバトルロイヤルルールのおかげでマインの数が普段より多い上に、スタート位置にいるおかげでフィールドの全方位を狙える。
 使うなら今だ!!

 バシュッ!!
 メイは狙いを定めてシュートし、トゥインクルコメットは得意の機動力とバウンドによってフィールドの全てのマイン、そしてアクラブとカルキノスの2機と接触したのちに遠くへ離れた。

 マイン3つ+ビートヒット=10ダメージを2人へ与えた!
 これで2人とも残りHP5だ。

「おおおお!すっげええええ!!!」
「この状態から巻き返したぞおおお!!!」

 一撃で不利な状況から立て直したメイへ賞賛の歓声が上がる。

『みんなありがとー!まだまだ行くからもっと応援よろしくねーー!!』
 メイが満面の笑みで手を振る。

『なんですの!ちょっと大きなダメージ与えたくらいで……!』
 クレアのターン。コメット目掛けてマインヒット狙いでシュートするが……。
『遅いですよぉ〜⭐︎』
 メイはその攻撃を華麗なステップで躱す。そしてカルキノスの弾き飛ばしたマインがアクラブにヒット。
 サリア残りHP2。
『ちょっと、何するのよ!』
『わ、わざとじゃないですわ……!』
『えー、バトルロイヤルなんだから、誰にダメージが入っても不思議じゃないですよね?』
『このっ……!』
 サリアの攻撃。勝ち急いだシュートでメイを狙うが、再びステップで躱される。そしてその先にいるカルキノスへ攻撃がヒット。
 バチンッ!!!
 攻撃を受けたカルキノスは何故かアクラブのシュート速度に見合わない勢いで弾き飛ばされてフリップアウトしてしまった。クレアは撃沈だ。

『な、なんなんですの……!』
『よりによってアレが発動するなんて……!』

 そして、メイのターンが来る。
 コメットとアクラブを結ぶ線上にはしっかりとマインがある。
『さぁ、これで決めますよぉー⭐︎』
『っ!イクヲリティー!こう言う時はどうすれば!』
 サリアは縋るようにガントレットのモニターを見るが、画面には[error]と出た。
『んもぅ、肝心な時に!』

「「「いけぇー!メイたーーん!!」」」
『いっくよー、トゥインクルコメットー⭐︎』

 バシュッ!
 メイの素早いシュートでマインヒットが決まり、サリアは撃沈してしまった。
 これでメイの勝利だ。

「「「やったー!メイたんの勝ちだーー!!」」」

 会場に最高潮の歓声が湧き上がる。

『どうですか!これがソロ活動して来たメイたんの力です!』
『……っ!悔しいけど今回は』
『ワタクシ達の負けのようですわ』
『ここは素直に認めるわ。良いバトルをありがとう、メイちゃん』
 さすがはアイドル。自身の印象を悪くしないように引き際は心得ているようだ。
 素直に負けを認めて握手を求める事で敗北のダメージを最小限に抑えた。
 メイもそんな2人へ追い打ちをかける事はせず、自身の魅力を最大限伝えるために決めポーズをしてこの場を収めた。

『えへへ、これがダントツよりも可愛いメイたんのバトルです⭐︎』

 

   つづく

 

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