第14話「謎のガントレットフリッカー出没!」
4月初頭……。
大荷物を背負った不動ガイが山道を歩いていた。
その荷物の量は、旅行というよりも引越しを思わせる。
「……光陰矢の如し、だな」
そう呟いたガイは過去に想いを馳せながら足を進めた。
……。
…。
数ヶ月前、とある格闘技ジム。
ガイはそこのジュニア選手として所属していた。
ガッ!ドゴォォ!!
ヘッドギアとグローブをつけたガイの拳が、対戦相手の少年の顎を捉えてぶっ飛ばしてロープへ叩きつける。
その少年はぐったりと動かなくなった。
「お、おい、大丈夫か!?」
トレーナーが慌てた様子で倒れた少年を介抱する。
倒されたとは言え、その少年の体格もバカに出来るものではない。しかし、ガイと比べるとどうしても見劣りする。それだけ力の差は圧倒的だった。
ガイは無言でリングから降りてギアとグローブを外す。
その間、周りからヒソヒソと囁き声が聞こえてきた。
「すっげぇ、あれが不動ガイか」
「入所してからたった半年で、ジュニアクラスの選手全員一撃KO」
「あいつとまともに戦える奴なんてジュニアにいないんじゃねぇの?」
そんな囁きを聞き流しながら、ガイは更衣室へ向かう。
「……軽いな」
その呟きには虚しさと不満が込められていた。
更衣室で着替えを終えると、ガイよりも体格の良い青年が声をかけてきた。
「不動ガイ」
「……順藤先輩」
彼は順藤タカトラ、このジムが開設された当初から所属している古株選手だ。
強面で口数少なく、何を考えているか分からない所がある。
「着替え終わったら、少し付き合え」
「……うす」
体育会系の上下関係は厳しい。ましてや相手は古株で実績のある先輩だ。いかにガイと言えども素直に従う以外に選択肢はない。
着替え終えたガイはタカトラにジムの裏へと連れて行かれた。
そこには、古ぼけたサンドバッグが一本吊るされており、なぜかその前にテーブルが配置されていた。
「……なにか?」
「不満があるようだな」
ガイの疑問に、タカトラは簡潔に答えた。
「……」
身に覚えのある回答だったのか、ガイは沈黙でそれを肯定した。タカトラは続ける。
「お前は確かに強い。だが、その拳に魂が籠っていない。それが不満の正体だ」
「……大した事ではない。魂は強きものに宿る。今はなくとも、いずれ」
「その通りだ。だが、今のままでは一生かかっても無理だ」
「何……?」
「アテのない力は暴力と同じ。そんなものに魂など宿りはしない」
「……!」
タカトラは徐にサンドバッグ前のテーブルに一機のフリックスをセットした。
「それは?」
「撃ってみろ」
「あぁ?」
怪訝な顔をするガイへ、タカトラは急かした。
「早くしろ」
「……」
上下関係は絶対だ。ましてや、実力も上となれば逆らいようがない。
ガイはくだらないという顔をしながら機体を殴り飛ばす。
「ふんっ!」
バゴォォォ!
しかし、当然ながらたかだか70g程度の玩具ではサンドバッグを揺らすことなど出来るはずもない。
それどころか、ガイのシュートの衝撃とサンドバッグの重量差に負けて機体は分解してしまった。
「そんなものか」
タカトラのバカにするような言い方に、ガイはカチンと来た。
「……くだらない。後輩と戯れたいだけなら他の奴を」
「待て。まぁ見ていろ」
気分を損ねて立ち去ろうとするガイを宥め、タカトラは機体を組み直してフィールドにセットした。
そして、シュートの構えを取る。
「ハァァァ……タイタントータス!!」
ガッ!!!
ガイの時とは比べ物にならない勢いで機体が突進し、サンドバッグへ向かっていく。
バゴォォォォン!!!
サンドバッグは大きく揺れ、タイタントータスは反動でテーブルの上に着地した。
「……なんだ、これは……!」
目の前で起こった光景に、怪奇現象にでも遭遇したかのようにガイは目を見開いた。
タカトラの方が強いとは言え、ガイのパワーも決して見劣りするものではなかったはず。
だと言うのに、パワー差以上に現れたシュートの違い……これはいったい。
「フリックス・アレイ。魂を込めた力で機体をシュートする、マシン格闘技だ」
「フリックス・アレイ……!」
「魂なき力では、フリックスはシュート出来ない」
タカトラはタイタントータスを手に取ってガイへ見せる。
ガイ以上のシュートでより大きな衝撃を受けたにも関わらずタイタントータスはガイの時とは違い一切分解せず無傷だ。
「……まぁ、暇つぶしにはなるか」
ガイは不敵に笑い、踵を返し歩き出した。
タカトラはそんなガイの背中を眺め、ほくそ笑みながら呟いた。
「まるで昔のお前を見てるようだな、ホウセン」
それ以降、ガイはジムへ顔を出さなくなった。
……。
…。
回想シーンが終わり、ガイはその格闘ジムの前までたどり着いた。
「……こうも早く、古巣に顔を出す時が来るとはな」
ガイはその重い扉をゆっくりと開いた。
……。
…。
春休みが終わった4月上旬。いよいよ達斗と翔也も中学校へ入学する日がやってきた!
神田家でも美寧と達斗が制服姿になり登校の準備をしていた。
「あ、ほらちゃんとボタン閉めなきゃ」
「えぇー、苦しいから良いよ」
「ダメ、ちゃんとしなさい」
美寧が達斗の第一ボタンを閉めて、完成とばかりにポンと軽く肩を叩いた。
「うん、これでよし!制服姿のたっくん可愛い〜❤️」
辛抱たまらんとばかりに抱きつこうとする美寧を達斗は両手を伸ばして制した。
さながら、飼い主からのキスを前脚で拒絶する猫のようだ。
「シワになるからっ!ちゃんとしろって言ったの美寧姉ぇの方だろ」
「うぅ〜、しばらく我慢するかぁ」
「ずっと我慢しててよ……」
そんなやり取りをしながら二人は家を出た。
「そう言えばお母さんは?」
「お店の仕込みが忙しいから、後で車で学校行くって」
「そっか」
入学式の日は言えば親と一緒に学校に行くものだが、両親が自営業してるとなると事情が変わる。
「なに?さみしいの??」
「そんなわけないじゃん!」
「そうだよねぇ、お姉ちゃんがいるもんねぇ〜」
「ってか、美寧姉ぇ……そろそろ手離してよ……」
家を出てからずっと美寧は達斗の手を握りながら歩いていた。
道行く人の視線が痛い。
「ダメ。初めての通学でたっくんが迷子になったら大変でしょ」
「行った事くらいあるし、大丈夫だよ」
「それに、紗代さんからも仰せつかってるんだよ。一緒に通学できない分お姉ちゃんがお母さん代わりなんだからね」
「えぇー……大体、中学にもなって親と手を繋いで歩かないでしょ」
「そんな事ないって。ほら」
美寧に促されて周りを見ると、二人と同じ制服を着た新入生が親と一緒に連れ添って歩いている。
特に女子は母親と仲良さげにピッタリとくっついて歩いている子もいる。今時の友達親子という奴だろう。
さすがに男子で親にベッタリするようなのはいないが……。
「ってかもう学校も近いし、そろそろ……」
「今手を離されたら抱きついちゃうよ」
「どんな脅し!?」
「手を繋ぐ事で溢れ出る姉力を我慢出来てるんだから」
「僕の手は封印のお札か何かなの……?」
「これから毎日手を繋いで学校行こうね!」
「毎日はやだよ!?」
「じゃあ腕組みする?」
「選択肢がおかしい!!」
ギャーギャーイチャイチャと歩いていると、後ろから活発そうなセーラー服姿の女子が話しかけてきた。
「おはー、美寧、弟君」
「あ、おはよう湊」
「おはよう、ございます」
「美寧、また弟君にちょっかいかけてんの?」
「だって2年ぶりにたっくんとまた通学出来るようになったんだよ!ちょっかいの一つや二つかけなきゃバチが当たっちゃうよ!」
「当たらないよ?」
「まぁ浮かれる気持ちは分かるけどね〜。弟君も、なんだかんだ嬉しそうだし」
湊はからかいの表情で達斗の顔を覗き込んだ。
「……まぁ、それは嬉しいですけど」
達斗は目を逸らし少し顔を赤らめながら小声で答えた。
「やば、可愛い……美寧の気持ち少し分かるわ〜」
湊が少し高揚したように言うと、美寧がジト目で睨みつけた。
「あげないよ?」
「取らない取らない」
美寧のただならぬ雰囲気を感じて湊は慌てて取り繕った。
(人の事なんだと思ってるんだ……)
「たっくんも、湊に見惚れすぎじゃない?やっぱりセーラー服の方が好きなのかな?」
「別にそんな」
「へー、弟君セーラー服フェチなんだ?意外と通だねぇ」
「いや、違いますよ!」
「……湊」
美寧の声が冷たい。
「ひっ!……じょ、冗談だって!そうだ、今度制服交換したげるから!」
「ほんと?うわぁ、楽しみ!さっすが私の親友!」
一瞬でコロッと笑顔になる美寧に、湊は乾いた笑いを浮かべた。
「ははは……美寧も今年から受験生なんだから、あんまり弟君にかまけ過ぎないようにね」
「受験の心配しないといけないのは湊の方でしょ?いっつも赤点ギリギリなんだから」
「うっ、墓穴掘った……!」
軽口のつもりだったが、どうやら成績は湊の方が悪いらしい。分が悪くなった湊は慌てて話題を変える。
「って、もう学校着いたじゃん。さ、弟君との楽しいお散歩は終わり!上級生は上級生のクラスに行くよ!」
「あぁん、たっくん〜!」
達斗から引き離された美寧は、湊に引き摺られるように3年の下駄箱へ向かった。
千葉の中学校は入学式よりも数日早く在校生の始業式が行われる事が多く、美寧や湊は既に新しいクラスが決まっているようだ。
……。
…。
そして、入学式や保護者説明会や新しい担任からの説明も滞りなく終わり、達斗は新しい学校の新しい教室で新しいクラスメイト達と屯っていた。
「いやぁ、それにしても……ほとんどメンバー引き継ぎって感じだな」
集まったメンバーを眺めながら翔也は苦笑する。
そう、何の偶然か達斗のクラスは小学校の頃から仲良くしているフリッカー達が見事に勢揃いしていた。
「こんな偶然ってあるんだね」
モブ太が呟く。
「運命の絆って奴だな、うんうん!」
「腐れ縁の間違いでしょ」
燥ぐシチベエをミハルが突っ込む。
「まぁ、クラス編成には一定の法則があるって言うし、ある程度同じ顔ぶれが揃うのは当然なのかもしれないね」
ガクシャが理路整然とした分析をする。
「どんな理由でもまた皆と一緒なのは嬉しいなぁ〜」
ムォ〜ちゃんはのんびりと素直に喜んだ。
「そうだね。僕もちょっと不安だったから、これで安心したよ」
達斗はムォ〜ちゃんに共感した。
「フッ、これでまた面白い投資をさせてもらえそうだねぇ、ベイベー」
「僕もいるよ、うひひ……」
スナ夫やうすとも嬉しそうだ。
「でも、せっかく中学になったのに殆ど変わり映えしないのもなぁ。なぁ、他にフリックスやってる奴いねぇか?」
翔也が他のクラスメイト達に呼びかけると、ぞろぞろと反応するものが現れた。
「あ、俺ちょっとやってるぜ」
「懐かしいなぁフリックス、久々にやろうかな」
「俺も俺も!」
数人の男子達が寄ってくる中、1人だけ女子がいた。
黒髪三つ編みでメガネをかけた地味そうな子だ。
「あ、あの、私も……良い……ですか?」
男子が多いので遠慮がちに聞いてくる女子に翔也は快く返事をした。
「おう、大歓迎だぜ!」
「あ、ありがとう天崎君……私、八代ナギ、です」
「よろしく」
ナギは自己紹介しながらチラッとうすとの方へ視線を向けた。
「うひっ」
うすとはその視線に何故か一瞬震えた。
「いやぁ〜、なんか小学校の頃より盛り上がりそうだなぁ!あ、そうだ!せっかくだから俺達で部活作らねぇ!?学園ものって言ったら部活っしょ!」
テンションの上がったシチベエがそんな提案をする。
「部活?」
「そうそう!どうせお前ら帰宅部志望だろ?」
「まぁ、な」
「うん。学校終わったらすぐフリックスやりたいし」
翔也と達斗が同時に頷く。
「だったら、いっその事学校に申請して俺達でフリックス部を作ろうぜ!そうすりゃ部室ももらえて、放課後フリックスやりまくれるぞ!」
グッドアイディアとばかりに声を上げるシチベエだが、周りの反応は薄い。
「あー、俺そこまではいいや」
「もう入る部活決めたしなぁ」
「そう簡単に申請通るかねぇ」
「フリックスは学校対抗の大会とか無いし、無理じゃないかな?」
「な、なんだよなんだよ!良いアイディアじゃん!アニメとかだってオリジナルの部活作るのはお約束の展開だろ!?」
「いや、そんなベタなシナリオ今時ないでしょ……」
「フリックスは個人で活動出来るしね」
「なんか、部活にすると好きなものが学校に縛られるみたいでやだなぁ」
「フッ、部費なんかに頼らずとも、面白そうな事なら僕がいくらでも出資するよ、ベイベー」
口々に反対されてしまう。
「むむむ、翔也に神田〜!お前らだってトップフリッカー目指してるなら部活の一つや二つあってもいいと思うだろ〜?」
シチベエは翔也と達斗に同意を求めた。
「え、うぅーん、どうだろ……」
「まぁ、悪くはないと思うが……俺らは別にラボに行きゃ十分設備もあるしなぁ」
「うん、部活なくても、もう組織に所属してるようなものっていうか……」
「あっ、お前らそうやってまた差を見せつけやがって!ズルいぞ!!」
「あはは、悪い悪い。ラボは一般公開する日もあるから、そん時は皆にラボを案内するって」
機嫌を損ねるシチベエを宥めるように翔也は言った。
「いいや!なんかもうムシャクシャして今すぐバトルしてぇ!この後暇な奴らは公園でフリックスやろうぜ!!」
「でもこの時期って花見客多そうだから、公園使えるかなぁ」
「なにぃ!?」
季節は春真っ只中。当然桜シーズンなので公園はどこもごった返しているだろう。
そんな中フィールド広げてフリックスをやるのはさすがに憚られる。
「んだよ、どっか良い場所ないかなぁ」
「あ、あの、……もし良かったら私のウチに来ませんか?」
ナギが遠慮がちに提案してきた。
「八代んち?」
「は、はい、私の家、神社で、裏に大きな広場があるんです……ちょっとした穴場なので花見客も少ないかなと」
「おっしゃ決まり!じゃあ早速そこ行こうぜ!」
場所も決まったので善は急げとばかりに支度を始めるシチベエだが。
「うひひ、悪いけど今日はちょっと予定が出来ちゃったみたい」
うすとはそう言ってスッと離れていった。
「ん、そうなのか……」
「あ、そうだ!俺とタツもちょっと遅れてくから先行っててくれ。ナギ、神社の名前教えてもらえるか?」
「あ、はい、『八代神社』です」
「そっか、じゃあスマホで検索していくわ。タツ、行こうぜ」
「え、どこへ?」
「2年の教室だよ。せっかく正式な後輩になったんだし、挨拶してくのも面白そうだろ?」
「あぁ……!」
翔也の言う事を察して達斗は頷いた。
「なんだかよく分からねぇけど、お前らも早く来いよ」
「分かってる分かってる」
翔也と達斗は2年生の教室のある階へ向かった。
「すみません、不動先輩ってこのクラスにいますかね?」
しかし、全クラスを虱潰しても不動ガイはいなかった。
あれだけの有名人だ。すぐに見つかると思ったのだが、誰もガイのクラスを知らなかった。
「っかしいなぁ。あいつも進級してるなら2年の教室にいるはずなのに」
「留年したとか?もしくは飛び級」
「日本の中学に留年も飛び級もないだろ」
「だよねぇ」
そんな風に話していると、男性教師に話しかけられた。
「ん、お前ら新入生だろ?2年の教室に何の用だ?」
「あ、2年の知り合いを探してるんです。不動先輩って何組かご存知ですかね?」
翔也が尋ねると、教師は少し考えた後にで言った。
「不動……あぁ、三学期に転入してきたあいつか。確か終業式のあとにまた転校したんじゃなかったか?」
「えぇ、転校!?」
「転入したばかりなのに!?」
「何だよ、知り合いのくせに知らないのか。まぁ、俺も事情は分からないけど。あいつなら受験しなくてもスポーツ推薦で選び放題だし、中学くらい自由に出来るんだろうな」
そんな風に勝手に納得しながら教師は歩き出した。
「お前らも早く帰れよ」
「は、はい、どうも」
「さようなら」
2人が軽く挨拶をすると教師は歩みを進めて去っていった。
「なんだ、あいつ転校したのか」
「何か事情があるのかな?」
「さぁ、親が転勤族とかそんなんかな。にしても、ちょっと残念だな。せっかく同じ学校に入学したのに」
「そうだね。でも大会に出ればまた戦えるよ」
「それもそうだな」
フリッカーの繋がりはフリックスによってもたらされる。
例え住んでる場所や所属する組織が違っていてもフリックスバトルをしている限りいずれまた会えるのだ。
……。
…。
一方その頃、シチベエ達は八代ナギの住んでいる神社の裏手にある広場でフィールドを広げてフリーバトル会に興じていた。
「いけぇ!グランドパンツァー!!」
「ベイベー、たまには僕もバトルするよ!フリックスBIG!!」
八代神社裏の広場は思いの外広く、フィールドを多面設置して複数のフリッカー達が同時にバトルに興じる事が出来る。
「いやぁ、それにしても八代んちの神社すげぇいいとこだな!新しい拠点ができたぜ!」
「よ、喜んでもらえて良かった……」
「うすとも来りゃ良かったのに、あいつ変なとこで付き合い悪くなるからな」
「……影野くんとは、小学生の頃からの友達なんですか?」
「あぁ、真冬なのにかき氷食べたり、たまに存在感が消えるようなちょっと変わってる奴だけど……まぁ良い奴だぜ」
「へぇ……」
シチベエがうすとの話をするとナギは目を細くし何か考え込むような仕草を見せた。
「それより八代はフリックスやらねぇの?」
「あ、はい、私は見てるだけでいいので……」
「ふーん」
観戦が好きなタイプのフリッカーもいるのだろうとシチベエは大して気にせずバトルしてる中に入ろうとした。
「おーい、次俺に変わってくれよー!」
その時だった。
帽子を深く被った二人組の少年が広場に現れた。一人はクチャクチャとガムを噛み、もう一人は大柄な体格をしている。
「ほぉ、こんな所でもフリックスやってるんだな」
「ボグらも混ぜておくれよ〜」
いきなりの新参者に一瞬面食らうシチベエだが、すぐに快く返事した。
「お、おう!じゃあ一緒にやろうぜ」
シチベエの返事を聞いて、二人はニヤリと笑った。
……。
…。
暫くして、達斗と翔也が八代神社の石段を登っていた。
「思ったより遅くなっちまったな」
「ちょっと迷ったからね」
「ここら辺電波悪いと思わなかったからなぁ」
そんな事を話しながら広場に入ると、衝撃の光景が広がっていた。
「なっ……!」
辺りには壊れたフリックスが散らばっており、そしてフィールドでは帽子を深く被った少年と怒りの表情を浮かべるシチベエが対峙していた。
「シ、シチベエ君、もうやめようよ……!」
ムォ〜ちゃんの制止を振り切ってシチベエは機体を出す。
「やられたまんま黙ってられるか!俺はまだ戦える!」
「まだやんの?雑魚のくせに」
「なんだと!」
「また壊してやるど〜!」
「くそぉ、いくぞDRスティンガーシャーク!ワンクリエイトジャンカーや強襲用機動特攻車の仇を取ってやる……!」
「ちょ、ちょちょ!ちょいちょいちょい待った!!!」
ただならぬ雰囲気のシチベエと謎の少年達の間に翔也が割って入った。
「しょ、翔也……!」
「シチベエ、これどうなってんだ?何があった??」
「広場にこいつらが現れて、仲間に入れてくれって言うから一緒にバトルしたら……!」
「僕らの機体を壊していったんだ!!」
モブ太が悲痛に叫びながらボロボロになったグランドパンツァーを見せる。
「人聞き悪りぃな。単にお前らの機体がぶっ壊れるくらい弱かったってだけだろ?」
「今回はルール守ってるど〜!」
二人のうち一人は怠そうに答えもう一人はなぜか自信満々に答えた。
「例えルール守ってても、対戦相手の機体が壊れてんのにその言い草はちょっと態度悪くないか?ちょっとは気にしろよ」
翔也が至極当然な正論をぶっかますと、帽子少年は舌打ちした。
「ちっ、その良い子ちゃんぶりムカつくんだよ!天崎翔也ぁ!!」
そう叫びながら帽子を乱暴に取って素顔を晒した。
「お、お前は、あの時の……!」
ちょっと前に輪ゴム銃機体で襲撃してきた通り魔だった。
「あ、じゃあボグも」
大柄な方の少年も帽子を取った。こいつも見覚えがある顔だった。
「牛見、トウキ……!」
そう、かつて達斗と戦った事のある破壊魔フリッカーだ。
「そいや俺の方は名乗ってなかったな。的場テルだ」
「お前達、またこんな……しかも二人で手を組んだのかよ!」
「まっ、そう言うこった。手を組んだのは二人だけじゃないけどな」
「まだ仲間がいるのか!?」
「いずれ分かるさ。おっと、その前にお前らはここでフリックス辞めなきゃいけなくなるかもだから関係ないか?」
的場テルが安い挑発をしてくる。
「それはどうかな……!」
「これ以上、フリックスは壊させないぞ!」
達斗と翔也が機体を取り出すとトウキとテルも機体をセットした。
「シチベエ、ここは俺達に任せろ」
「……悔しいけど、その方が良さそうだな」
シチベエは翔也と達斗にその場を託してスティンガーシャークをしまった。
そして、翔也と達斗、テルとトウキがフィールドを挟んで対峙。タッグバトルの様相だ。
「タッグバトルか、初めてだな」
「大丈夫か、タツ?」
「うん、やってみる!」
そんな風に話している間に、テルとトウキは何やら小さなモニターやら機械の付いたガントレットのようなものを右腕に取り付けボタンを押していた。
「イクヲリティー、セット完了」
テルが呟くと、翔也が疑問をぶつけた。
「なんだそれは?」
「ただのファッションだよ。別にアクセサリーは自由だろ?」
テルは身の潔白を証明するかのように両手を挙げた。
「……アクセサリー、ねぇ」
翔也は訝しんだ視線を向けたが、確かにそれで直接機体を撃つ訳ではなさそうなのでこれ以上追求はできなかった。
「んじゃ、とっととやろうぜ」
「……あぁ」
三人がフリックスを構える。
「ぶるるるるる!!!」
ブゥンブゥン!!
その中で、トウキはまだ構えずに機体のリアを地面に擦っていた。
「何やってんだ?」
「準備、できたど」
暫く擦ったのち、トウキも機体を構えた。
「「「3.2.1.アクティブシュート!!!」」」
「いけっ!ヴァーテックス!!」
「飛べ!エイペックス!!」
「いくど!ランブルブル!!」
「へっ!」
四機のフリックスが一斉にシュートされる。
しかしテルの機体はチョン押しであまり動かず。
ヴァーテックスとエイペックスをランブルブルと言うフリックス一体で受ける形となった。
ガッ!!
当然ながら二機分のシュートを一機で受け切れるはずもなくランブルブルは撃ち負けてしまう。
「よし、僕らの先手だ!」
「いや……なんだ!?」
ブルルルルルル!!!
停止したにも関わらず、ランブルブルの動きは止まらず、ヴァーテックスとエイペックスを押しながらゆっくりと前に進んでいった。
「な、なんで止まらないんだ!?」
「あのリアタイヤの動力か……!」
ゆっくりながらも時間差でランブルブルが距離を稼いだので先手はトウキとテルだ。
「トウキ、分かってるな」
「もちろんだど」
テルがガントレットのモニターを見ながらトウキへ合図を出すと、トウキは頷いた。
ブゥン!ブゥン!!
「いくど!」
フライホイールを回転させてランブルブルを動かす。
既に二機と接触状態だったので、そのままマインと接触してマインヒット成立だ。
「くっ!」
「マインヒットかぁ」
翔也と達斗共にHP12だ。
「んじゃ、次は俺の番だな」
テルは懐からパーツを取り出して機体にセットする。
「やっぱりあいつの機体はガンナー機か」
「って事は火力はあんまりないし、もうマインヒット受けてるからこれ以上ダメージは受けないかな……?」
チーム戦においてターンはチームごとに行い、ダメージの処理は1ターン中に受けた最も大きなダメージ要素で上書きされて重複はしない。
つまり、先にマインヒットを受けた場合、他のフリッカーから3ダメージ以下の攻撃を受けてもそのダメージは重複せずに無効となるのだ。
ガンナー機は一般的に重量の問題で火力が低いのでフリップアウトを狙うのは難しい。となると、既にマインヒットを受けた機体へ攻撃を仕掛ける意味はあまりなさそうだが……。
「甘ぇんだよ!撃てぇ、サジタルバズーカ!!!」
ドンッ!!!
サジタルバズーカからすごい勢いでプロジェクティル(射出物)が射出される。
ガッ!
それがヴァーテックスに接触。重量差があるのでヴァーテックスはビクともしない……かと思いきや。
バーーーーーン!!!!
プロジェクティルに備えられていたバネ蓄勢ギミックによってガンナーとは思えない破壊力でヴァーテックスを場外へぶっ飛ばした。
「そんなっ!」
ガッ、ガッ!
「へへっ、狙い通りだぜ」
ワザと砂利が多い場所めがけて飛ばしたのか、ヴァーテックスは傷だらけになる。
「射出物にバネギミック……!ガンナー機体なのに、なんて火力なんだ……!」
これで達斗がさっき受けたマインヒット3ダメージは無効となり、フリップアウトの6ダメージが有効となって達斗のHPは残り9だ。
「翔也、反撃しよう!」
「あぁ、そうだな!」
フィールドに複数人残っている時に場外が発生した場合、仕切り直しにはならずに復帰エリアに機体を戻してターンを進行する。
ちなみに、場外が決まるタイミングは場外と定めた場所に機体が触れてから3秒以上経過した瞬間だ。
達斗がヴァーテックスをスタート位置に戻し、達斗翔也のターンになる。
「サジタルバズーカは遠い……ここはランブルブルを狙うか」
バシュッ!
翔也はスピンシュートでランブルブルを狙い、反射でマインヒットしようとした。しかし……。
ガッ!
エイペックスは受け止められてしまう。
「っ!なんてぇグリップ力だ……!」
「翔也!!」
バシュッ!!
ランブルブルに受け止められたエイペックスを、ヴァーテックスが弾き飛ばしてエイペックスはマインに接触した。
エイペックスはまだ停止した直後でシュート中扱いなのでこれでマインヒット成立だ。
トウキHP12。
「ナイスリカバリー、タツ!」
「うん!」
「なかなかやるじゃねぇか。だが、そんなんじゃ俺達には勝てないぜ!」
ドンッ!
サジタルバズーカのショットが再びヴァーテックスに襲い掛かる。
「タネが分かればそんな攻撃っ!」
ガッ!!
達斗は飛ばされたヴァーテックスをバリケードで受け止めた。ガンナーにしては強いと言うだけであって、火力自体は大した事はない。
「よしっ!」
「だから甘ぇっつってんだよ!トウキ!!」
「分かってるど!」
ブゥン!ブゥン!!
フィールド端でバリケードに支えられているヴァーテックスに対してランブルブルが追撃する。
「バリケードでもう支えてるんだ!効かないぞ!」
「そんな事ないど!押せぇ、ランブルブル!!」
ガッガガガガガ!!!
バリケードで支えられているヴァーテックスを、ランブルブルは凄まじいトルクで押し込み続けた。
「うっ、くっ……!!」
思いがけぬ圧力に顔を歪ませる達斗だが、それでもフライホイールよりもバリケードの方が力は強い。このままフライホイールの慣性が尽きるのを待てば……。
いや、押し込み続けている間に力が少しずつズレていき、ヴァーテックスがバリケードから外れてきていた。
「しまっ!」
気づいた時にはもう遅く、ヴァーテックスはバリケードの横を通り抜けてコトンと落ちる。
「でも、この勢いならランブルブルだって」
まだフライホイールは回転している。このまま進めばランブルブルの自滅になるはずだが……。
ランブルブルのフロントがフィールドから迫り出した瞬間、リアタイヤが地面から浮いてその場で停止してしまった。
「そんなっ!」
「自滅対策くらいしてるに決まってんだろ」
「これで落としたど!!」
達斗残りHP3。かなり追い詰められてしまった。
「ど、どうにか挽回しなきゃ」
ヴァーテックスをスタート位置に戻して達斗翔也のターンになる。
「……妙だな」
「え?」
「あいつらの戦略、的確すぎる」
「確かにそうだけど……」
「特に牛見トウキはフリックスのルールすら知らなかった奴だ。それが短期間でこんな戦い方が出来るようになるか?的場テルも、こそこそ通り魔してまともにバトルするような奴じゃなかったのに」
「う、うん……」
翔也は再びテルとトウキが身に付けているガントレットを見据えた。
(やっぱり、あれに何かあるのか……?)
「でもとにかく、今は少しでもダメージ与えなきゃ」
「そうだな」
「一か八か……フリップスペル!デスペレーションリバース!!」
目隠しシュートで自滅が無効になるスペルだ。
「おま、この位置からそれやるのか!?」
「今の僕なら出来る!と、思う……!」
「分かった、信じるぜ」
達斗はサジタルバズーカに向けてヴァーテックスの向きを変えた。
二機ともスタート位置から動いていない。
つまり、フィールド上最も遠い位置にいると言う事だ。それを目隠しで狙うのは容易ではない。
(フィールドの角はステップで横に逃げられない……なら、あとはヴァーテックスの直進性があれば!)
達斗の目の前に闇の瘴気が立ち込めて視界を奪う。
この状態で感覚だけを頼りにシュートした。
「いっ、けええええ!!!!」
自滅を気にしなくてもいい全力のシュート。当たればフリップアウトは確実だが……。
バキィ!!!
見事にヴァーテックスの攻撃はヒット。サジタルバズーカとヴァーテックスは同時に場外。スペルの効果で自滅は無効なのでサジタルバズーカにフリップアウトダメージが入った。
テル残りHP9。
「ちっ、あんなとこから狙えるなんて聞いてねぇぞ……このポンコツが」
テルは何故かガントレットに悪態をついた。
「よし、次は俺だ!」
バシュッ!
翔也はスピンシュートで近くのマインを弾き飛ばしてランブルブルへぶつけた。
「どんなにグリップ力があっても、これは防げないだろ!」
トウキ残りHP9。
「ど、どうする、テル?」
「慌てんな、まだ俺達の方が有利だ。……とりあえずあのヴァーテックスって奴を先に潰すか。連携でマインヒット決めるぞ」
「分かったど!」
指示を受けたトウキはマインを再セットしてヴァーテックスの目の前においた。
「ボグの行動はこれで終わり!テル、マインヒットを決めるど!」
「おうよ!」
「いやいやいや!マイン再セットしたらターン終わるから!」
翔也が慌ててツッコミを入れた。フリックスの基本ルールだ。
「あ、マジか!?てめっ、つまんねぇ事すんなよ!!」
「ご、ごめんだど!」
トウキのポカによってターン終了。
(……こんなミスするなんて。やっぱり、あいつら自身が何か変わったわけじゃないのか?)
この一連の流れに、翔也はますます不信感を強めた。
「な、なんかラッキー……!でも、ここからどうしよう翔也?」
「まぁ、とりあえずせっかく敵から送られた塩だ。利用しない手はないな」
「だね」
バシュッ!
達斗は目の前に置かれたマインに触れながらランブルブルと接触しつつ、ヒットアンドアウェイで離れた。
トウキ残りHP6だ。
「よし、俺は……フリップスペル、フルチャージ!!」
フルチャージ……宣言して行動終了。次のターン以降、チャージ状態を維持して通常行動するか、チャージ解放するか選べる。
チャージ状態を維持したままだと与えるダメージが減るが効果持続、チャージ解放すると与えるダメージが2倍になって効果終了する。自機が場外しても効果は消える。
「フルチャージ……!」
「この状況覆すならこのくらいしないとな」
不敵に笑う翔也、それに対してテルは難しい顔をしながらガントレットを見る。
「えっと、フルチャージ使われた時は……なるほど。トウキ!エイペックス狙え!場外させちまえばこっちのもんだ!」
テルはガントレットで何か確認したのちにトウキへ指示を出した。
「分かったど!」
ゴゴゴゴゴ!!!
ランブルブルがウネリを上げながらエイペックスへ迫る。
「遅い!」
しかし、いくらパワーがあってもスピードが無いランブルブルの突進などステップで簡単に回避できる。
「あぁ、避けるなんてずるいど!」
「ちっ!」
ドンッ!
苦し紛れにテルもショットを放つが、エイペックスに掠めただけだ。
ビートヒットで翔也残りHP11。
「こっちのターンだ。翔也、チャージは解放するの?」
「あぁ。タツ、俺がシュートした直後にサジタルバズーカ目掛けて思いっきり撃て!自滅したって良い!」
「え、でも僕もうデスペは使っちゃったし」
「大丈夫。チーム戦のちょっとややこしい裁定を利用するから」
「……分かった!」
翔也の言葉を信じて達斗は頷いた。
「行くぜ!チャージ解放だ!!」
ダメージが2倍になるシュートだ。
翔也はサジタルバズーカ目掛けてスピンシュートを放つ。
「はっ、その程度!」
ガッ!
バリケードで支えてあっさりと弾き返す。
しかし、その弾かれた先にあるマインを弾き飛ばしそれをランブルブルへぶつけた。
「うわぁ!!」
「ダブルマインヒット……!くそっ、これで6ダメージか」
「ボグは撃沈だど」
「へっ、奴らはもう切り札使い果たしたんだ!俺一人でも十分だぜ!!」
「まだまだ終わらないぜ!いけ、タツ!!」
「うん!!」
バシュウウウウウ!!!
エイペックスのスピンが止まる前に、達斗は自滅を恐れない強シュートを放ち、サジタルバズーカをぶっ飛ばした。ヴァーテックスも自滅してしまうが……!
「よし、フリップアウトだ」
「何言ってやがる!自滅で無効だろ!!」
「どうかな?」
サジタルバズーカのHPが0になる。フリップアウトが成立したどころか、ダメージが2倍になっている。
「なっ……!」
「フリップアウトの裁定は、シュート後に敵機が場外にいる事。そして自滅で無効になる判定は、そのシュートで触れた機体が全て自滅している事。
サジタルバズーカはエイペックスとヴァーテックスのシュートに触れて場外。ヴァーテックスは自滅したけど、エイペックスが自滅してないからフリップアウトは成立。しかもフルチャージでダメージ2倍ってわけだ」
当然達斗は自滅の2ダメージを受けてしまうが、勝敗には影響しない。
(確かにこれはちょっとややこしいなぁ)
「なんだそりゃ!そんなん教えてくれなかったぞクソが!!」
テルは悪態をつき、踵を返して去っていく。
「ま、待ってよ〜!」
トウキもその後を追いかけた。
「やったぜ!さすが翔也に神田!」
「正義は勝つ!!」
「ザマァみろってんだ!」
口々に翔也と達斗の勝利を喜ぶ仲間達。
「な、なんとか勝てたね……」
「あぁ……」
去っていく二人の後ろ姿を眺めながら、翔也は真剣な面持ちを崩さない。
「翔也?」
「……なんか、嫌な予感がするな」
これから、何かが始まろうとしている……そんな気がしてならなかった。
つづく