弾突バトル!フリックス・アレイ ゼノ 第9話「守りたいと願う呪縛」

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第9話「守りたいと願う呪縛」

 

 モンスヴィレッジ。
 夜もすっかりと更け、村人達も眠りにつく時間になった。
 ライムはポチを抱いて眠っている。それを確認したダグラスとストラはソッと部屋の扉を閉めて廊下で待機している弾介とシエルと合流。

「ライム眠ったし、そろそろ行くか」
「時間にはまだ少し早いですが、早めに行って待機していたほうがいいでしょう」
「そうだね。何があるか分からないし、後手に回るより早めに行動しよう」
「回復アイテムもバッチリ準備OKです!」
「よし、行こう!」

 準備万端。弾介達は夜の森へと出発した。

「うぅ、やっぱり暗いですね……何か出てきそうです……」

 夜の森はやはり不気味だ。シエルは辺りを警戒しながらビクビクとしている。

「まぁ、その出てくる何かを調査するために来てるんだけどね」
「今日は月明かりが弱いですからね、周りには気をつけてください」
「なんか灯りになるものもってくりゃ良かったな」
「いえ、下手に辺りを照らしていつもと環境を変えてしまったら調査になりません。なるべくいつもと変わりない状況のまま調査をしなければ」
「確かに……でもこれじゃあいざと言う時動きづらいなぁ」
「ちょっと待ってください。……ナイトボヤンス」

 シエルが手をかざして呪文を唱えると、辺りがほのかに光り、視界が良好になった。

「あ、明るくなった!」
「いえ、明るくしたのではなく、皆さんの視力を暗視出来るように強化したのです。これなら環境条件を変える事なく視界を確保できます」
「へぇ、凄いなぁ!」
「さすが祭祀だな、こんな魔法まで使えるのか」
「サポート系の魔法は一通り覚えてるんです。ただ、長続きはしませんし、アクチュアルモードを発動させると魔法の効果は消えてしまうので気をつけてください」
「アクチュアルモードの時って魔法の効果受けないんだ?」
「えぇ、身体が別次元に転移されるので、魔法も物理攻撃も含めて外部からのあらゆる影響を受けなくなるんです。
ただ、アクチュアルモードになる前に受けたダメージや体調異常なんかはそのままですが……あくまで、魔法の継続効果が切れるだけなので」
「どゆこと?」
「えぇっと、つまり……攻撃魔法は物質や現象を具現化させる魔法なので、それによって受けた負傷や体調変化は魔法が切れても継続します。
それに対して、強化魔法や弱体魔法は効果そのものが魔力の継続によるものなので、アクチュアルモードで解除出来るんですよ」
「逆に言えば、魔法でフリッカーとしての能力は強化できないって事か。まぁそっちの方がいいけど、魔法でフリックス強くなるなんてズルしてるみたいだし」

 いくらファンタジー世界とは言え、フリックスバトルは純粋なフリッカーの力で戦いたい。実に弾介らしい考え方だ。

「しかし、アクチュアル起動する前に襲撃されたらフリックス関係なく負傷して不利になっちまう可能性もあるんだよな……今回みたいに身体強化する必要なかったらずっとフリックス出してた方がいいのか?」

 ダグラスの疑問にストラが答えた。

「いえ、フリックスは行動する度に待機時間が発生すると言う大きなデメリットがあります。真正面からの戦闘以外では行動の制限が大きいので、起動するメリットはほぼないですね。起動や解除にも若干のタイムラグがあるので、何かある度に即切り替えると言うのも非効率ですし」
「こういう探索ミッションには不向きなんだよね、フリックスは。純粋な戦闘用って言うか……」
「しっ!」

 弾介のセリフをストラが遮り、静かにするよう素早くジェスチャーを送った。

「な、なに?」

 小声で聞くまでもなく、弾介にもすぐ理解できた。
 数メートル先で、巨大な生物がズズズ……と鈍重に動いているのが見えた。

「あ、あれが噂の……!」
「ほんとに出ましたね」
「しかし、こっからだとどう言う奴なのか見えねぇな」
「気付かれないように近付くしかないですね」
「シエル、何か姿を消したりする魔法とかないの?」
「あるはありますが、強化魔法の重ねがけは非常に魔力を使う上に、かけた人間にも大きな負担になるので難しいですね」

 巨大生物は淡く緑色に発光しながらゆったりとした動きで離れていく。

「とにかくこっそりついていくぞ、見つかったらその時はその時だ」
「そうだね!」

 弾介達はコソッと巨大生物の様子をしばらく観察する。
 巨大生物は何か特別な事をするでもなく身体を鈍重に動かしながらモゾモゾと地面に生えている草を食べている。

「……ほんとに、ただ草食べてるだけなんだな」
「確かに、これなら害はなさそうですね」
「って事は、討伐の必要なしか……?」
「弾介さん、あからさまにガッカリした声出さないでください」
「(ギクッ)い、いや、そんなつもりは……!」
「だが、直接害が無かったとしても住民をビビらせてる事に変わりはないからなぁ。討伐するにしてもしないにしても、どうにかしないと」
「恐怖は無知から来ると言いますし、無害であるならその証拠となるデータを提示。万が一人に対して有害であった場合はすみやかに討伐して、死骸の提示が妥当ですね」
「と、なると無害か有害かハッキリさせる必要があるな」
「なるほど。でも、どうやって?」
「そんなの決まってるだろ。あの怪獣の前に行って襲われるかどうか確かめるんだ」
「危険ですが、囮作戦しかありませんね」
「そ、そっか。じゃあ僕が……!」

 当然のように立候補しようとする弾介だが、それをシエルが遮った。

「いえ、ここは私が行きます」
「えぇ!?」
「い、いいのか?これはかなり危険な役目だぞ」
「そうだよ。何かあったときのためにも戦闘力ある人がやった方が……(何かあったら戦えるし)」
「危険度は誰が囮になっても変わりません。それに、私達の目的は怪獣の調査だけじゃなく伝説のフリックスの探索もあります。もし怪獣が伝説のフリックスに関係あるとしたら、私が近付かない事には調べられませんから」
「確かに、そもそも囮は戦力の低い人間が前線に出て、戦力ある人間が後方で護衛すると言うのが基本ですし。理には適ってますね」

 ストラが冷静に分析する。

「シエル……いざと言う時は」
「はい、守ってくださ」
「すぐに僕に場所譲ってね!(戦いたいから)」
「は、はは、はい……」

 と行くわけで、シエル囮作戦が決行される。
 サササッと怪獣の真後ろまで近づき、弾介達はアクチュアルモードを起動し、いつでもシュートできるように待機。
 シエルは素早く単身で怪獣の前まで回り込んだ。

「ご、ごくり……!」

 怪獣は最初はシエルを無視して草をモシャモシャ食っているだけだった。

「……襲いませんね」
「やっぱり、無害なのかな?」
「いや、見てみろ!」

 しかし、シエルの姿を視認すると、怪獣は顔をニュゥ〜っとシエルの方へ伸ばしてきた。

「っ!」

 シエルの体が恐怖で強張る。

「シエルっ!」
「いや、待てっ!」

 咄嗟にシュートしようとする弾介をダグラスが制する。

「……!」

 食われる事も覚悟して目を瞑ったシエルだが、一向に襲われる気配はない。
 それどころか……。

「クゥーン、クゥーン…!」

 頭上からは、小動物が甘えるかのような鳴き声。そして、身体にはねっとりとした柔らかい感触が。

「あら?」

 目を開けてみると、自分の身体に粘性の優しい感触で包まれている事がわかった。
 それには攻撃の意思がない。

「まさか……」
「シエルー!」

 シエルが目の前の怪獣の姿を認識すると同時にアクチュアルモードを解除した弾介達も駆け寄ってきた。
 近くに寄ると、怪獣の姿もはっきりと分かる。
 それは、緑色に淡く発光する粘性体……。

「なんだ、こいつ?でっかいスライム?」
「まさか、この子、この感触……ポチ?」

 目の前で無邪気にシエルに懐くその姿は、ポチそのものではあった。その大きさを除いて。

「ポチィ?そんなバカな!?」
「スライムって、夜になると巨大化する習性でもあるの?」
「いえ、そんな事はありませんが……しかし、この反応はポチそのものですね……」
「まさか、あの隕石がやっぱり伝説のフリックスで、その力でポチが巨大化したとか!?」
「伝説のフリックスにそんな力があるかは分かりませんが、ポチには伝説の力測定器の反応がありません。関係ないみたいですね」
「そっか……」

 せっかくのアテが外れてしまい気落ちしかけた時だった。

「あーーー君達何やってんのーー??」

 ちょっと離れた場所の茂みから、幼い少年の声が聞こえてきた。
 ポチが発光してくれてるおかげで幾分か周りもよく見えるようになったので、茂みからガサゴソと白衣を着た背の低い少年が現れたのを確認できた。

「全くもう、僕の実験の邪魔しないでよぉ!」

 少年はプンスカ腹を立てながら近づいてくる。

「じ、実験?」
「そう!スライムを使った面白い実験!」

 無邪気そうに言う少年の姿を見て、弾介はハッとした。

「あ、あれ?どこかで見た事あるような……あーーー!もしかして、大木スリマ!?科学系フリッチューバーの!!!」
「知り合いですか?」
「いや、知り合いじゃないんだけど。元の世界での有名人と言うか、いろんな実験をしてそれを元にフリックスを作るって言う動画を発信してた人なんだ」
「あ、なんだ視聴者だったんだぁ!……って事はもしかして、君が噂の龍剣弾介だね」
「う、うん、まぁ……でも、どうしてフリッチューバーがこの異世界に?」
「僕も召喚されたんだ、僕の力を利用したいって言う人達にね!」
「そうだったんだ……僕も似たようなもんなんだ。同じ世界出身同士、良かったら協力しない?実はここら辺で探してるものがあってさ……」
「あー、それは無理。だってさ」

 大木スリマはフリックスを弾介へ向けて構えた。

「僕、魔王軍のフリッカーだから」
「殺気……!弾介!油断するな!!」
「っ!!」

 弾介も咄嗟にドラグカリバー を構えた。

「「アクティブシュート!!」

 弾介とスリマが同時にスケールアップするためのシュートをし、二つのフリックスが激突する。

「ドラグカリバー!」
「プロトオーク!」

 バキィ!!
 二つのフリックスが弾かれて、それぞれのフリッカーの足元で着地する。
 プロトオークは珍しく木工で作られたフリックスのようだ。

「へぇ、さすが伝説のフリックス!凄いパワーだ!」
「っ!何考えてるんだ!魔王はこの世界を滅ぼそうとしてるのに、魔王軍に協力するなんて……!」
「別に、僕は実験して面白いフリックス作れればそれで良いし、魔王軍はちょうど良いスポンサーなんだよね」

 スリマは屈託のない笑顔で言う。

「なに……!」
「魔王軍は凄いよ!設備も資金もたっぷり揃ってて、やりたい事がなんでも出来るんだ!!」
「……」

 本当に楽しそうに語るスリマを見て、弾介は思案する。

(もし、僕が魔王軍側に召喚されてたとしたら……)
「だから、せっかくの実験のためにも、君達は倒させてもらうよ!!」

 バシュッ!!
 スリマがプロトオークをシュートする。

「何やってんだ弾介!ボーッとすんな!!」

 咄嗟にダグラスがヴァルキルをシュートしてプロトオークからドラグカリバーを守った。

「あっ!」
「ともかく、この件の原因があなたなら倒すまでです!!」

 今度はストラがストライクヴァルキリーをシュートしてプロトオークをぶっ飛ばしダメージを与えた。

「ご、ごめん!」
「いきなりどうした?集中しろ!」
「うん、分かってる!」

「とりあえず行くぜ、フィールドジェネレートだ!」

 再びアクティブフェイズになったダグラスがフィールドジェネレートで自分に有利な空間を作り出す。うかうかして相手に先にフィールドジェネレートされたら厄介だ。

「ず、ズルイぞ!!よーし、こうなったら……えい!!」

 スリマは懐から薬品のような液体の入った容器を取り出して、それをポチへ投げて注入した。

「まだちょっと早いかなって思ったけど、結構成長したし大丈夫でしょ!」
「な、何をしたんだ!?」
「見てのお楽しみだよっ!」

 薬を取り込んだポチの身体はボコボコと蠢き、変異が起こる。
 そして、抱きついていたシエルを弾き飛ばした。

「きゃっ!」
「シエル!」
「大丈夫です!それよりもポチを!」
「っ!」

 ポチは更に巨大化し、瞳も鋭く赤く光っている。見るからに凶暴そうになった。

「グオオオオオ!!!!」

 ポチが咆哮する。

「そ、そんな、なんだこれ……!」
「あはははは!成功した!!何日も掛けた甲斐があったよ!」
「てめぇ!ポチに何しやがった!!」
「見てわかんないの?頭悪いなぁ……特殊な薬品で強制的に成長を促して、ミューテーションを引き起こしたんだよ。スライムの遺伝子は不安定だから、実験にはもってこいなんだ」
「ふざけた真似しやがって!!!」

 ドンッ!!バシャ!!
 ダグラスが怒りに任せてシュートするがポチに遮られる。

「無駄無駄〜!スライムに打撃は通用しないもんね!」
「ちぃ!!」
「でしたらこれです!超自律兵器起動!!」

 ストラがストライクヴァルキリーを変形させる。
 ただし、今度は人型ではなく、上半身は戦闘機のままのガウォーク形態だ。

「え、なんでそんな中途半端な?」
「この形態の方が踏ん張りが効くんです!」

 ドーーーン!!!
 ストライクヴァルキリーガウォーク形態がポチの巨体を受け止める。
 まるで怪獣大決戦のような絵面だ。

「え、な、なにそれ!?フリックスがロボットみたいになった!!そんなフリックスもあるんだ……!」

 スリマは初めて見る超自律兵器に感動していた。

「気持ちは分かるけど、見惚れてる場合じゃないぞ!!」

 ドンッ!!
 ドラグカリバーがプロトオークをぶっ飛ばす。

「うわっ!!このっ!!」
「躱せ!!」

 スリマも負けじと反撃するが弾介へステップでかわされ、その先にいるヴァルキルへ突っ込むが、ここはダグラスのフィールドなので強化バリケードであっさり耐えて逆にプロトオークの方が弾かれた。

「けっ、効かねぇな!」
「うぅ、こんな事なら先にフィールドジェネレートしとくんだった!」
「んじゃ、こっちもやるぜ!超自律兵器起動!!」

 G-ヴァルキルも人型に変形した。

「うわ!そっちもロボットになった!すっごいなぁ……でも、僕だって負けないぞ!!」

「グオオオオオ!!!!」

 ドーーーーン!!!
 咆哮を上げたポチがストライクヴァルキリーを押し倒す。

「くっ!」
「さぁ、そのままやっちゃえ!!」

 その時だった。
 カサ……!

「え、なんで、ポチ!?」

 茂みから覚束ない足取りでライムが出てきた。

「ライム、お前……!なんで来たんだ!!」
「だ、だって、トイレに起きたら、ポチがいなくて、外にポチの足跡があって、それで辿っていったら……それより、なんでポチがあんな怪獣に……そんな、うそ、嘘だよ……!」

 呆然とした表情でライムが膝をつく。
 ポチはそれを見ると口を大きく開けた。

「あ、危ない!!!」

 口元にエネルギーが溜まり、ドロドロした粘性のビームがライムに向かって発射された。

「きゃあああああ!!!!!」

 間一髪、ライムにビームが当たる寸前にシエルが庇い、ビームによって吹き飛びされた。

「シエル!!!」
「し、シエルさん!!」

 吹っ飛ばされたシエルは苦しげに身体を起こす。どうやら致命傷は避けられたようだ。

「だ、大丈夫です。予め身体に魔法でプロテクトをかけておいたので、このくらいなら回復魔法でどうにかなります……」

 シエルは自分に回復魔法をかけて傷を治した。

「あはははははは!!!やった!やったぞ!!実験は完璧に成功だ!!あっはっはっはっは!!!」

 パシャ!パシャ!!
 と、スリマはスマホを片手に写真を撮りまくり、ポチの吐き出した物質を容器に採取していた。

「よーし、これで完成するぞ!あはははは!」
「何笑ってやがんだ!!!!」

 G-ヴァルキルのウェイトタイムが経過する。

「ダグラス!!」

 バキィ!!
 スリマが素材採取に夢中になってる隙に弾介はドラグカリバーでプロトオークを弾き飛ばし、G-ヴァルキルの近くまで運んだ。

「うおおおおお!!!俺の拳が怒りに燃える!!!!食いやがれええええ!!!!!」

 ダグラスはG-ヴァルキルの膝を曲げて拳をプロトオークに叩きつけた。
 超自律兵器の格闘攻撃成功でプロトオークに大ダメージが入り、撃沈した。

「うわぁぁ!!……くっ、やっぱり未完成なオークじゃ勝てないか。まぁいいや、本来の目的は素材の採取だったし、それに良いものも見られたし。今日はこのくらいにしとこう」

 スリマは、負けたことなど何とも思ってないという感じでプロトオークを回収した。

「ま、待て!負けたくせにただで帰れると思うな!ポチを元に戻せ!!」
「そんな方法知らないよ。多分もう手遅れなんじゃない?」

 無責任な事だけ言い残してエスケープジュエルを使ってその場を離脱した。

「ま、待ちやがれ!!」
「くっ!撃退はしたものの、これじゃ解決は難しいですね……!」

 ポチは未だに凶暴化したまま、状況はかなり悪い。

「ポ、ポチ……!」
「な、なにか方法は無いんでしょうか?」
「ああもう!元の世界に戻ったらチャンネル登録解除して動画に低評価付けまくってやる!!!」
「ちぃ!G-ヴァルキル……ロックオン!」

 まだ超自律兵器の効果は残っている。
 ダグラスはG-ヴァルキルの腕に装備されたビームガンをポチへ向けた。
 それを見てシエルが慌てて制止する。

「ま、待ってください!何をする気ですか!!」
「このまま放っておいたら、村に被害が及ぶかも知れねぇ……!」
「しかし兄さん、いくら打撃を無効化するスライムでもビーム攻撃には耐えられないかもしれませんよ!?」
「だからやるんだよ!!」
「このスペルは威力の細かい調整は出来ません!下手をすれば……!」
「お兄ちゃん……!」
「俺だってこんなことしたくねぇよ!でも、でも、誰かがやるしかねぇだろ!!」

 G-ヴァルキルの腕にエネルギーが溜まり、ビームの発射準備が完了する。

「っ!アクティブシュート!!」

 その時、シエルがアクチュアルモードを起動してG-ヴァルキルの足元を攻撃して転ばせた。

「何すんだ!!」
「落ち着いてください!何か手はあるはずです!取り返しのつかない手段を選ぶのはまだ早いです!」

 しばらくシエルとダグラスが睨み合っていたが。

「……すー、はー……!」

 ダグラスは深呼吸したのちに。

「うおおおおおおお!!!!!」

 と咆哮して、近くの木の幹を思いっきり殴りつけた。

「ふぅ、わりぃ。怒りで我を忘れてた。ポチを救うよりも怒りを発散する事を優先しちまったみたいだ。すまねぇな、ライム。ポチは大事な家族なのに」
「お兄ちゃん……ううん。お兄ちゃんだって辛いのはわかってるから。ポチを絶対助けてね!」
「分かった!約束する」

 ダグラスは強く頷いた。しかし、凶暴化したポチを前にそんな和やかムードは待ってくれない。

「グオオオオオ!!!」

 再び咆哮し、エネルギー粘液ビームを発射する。

「うわぁぁ!!!」

 今度は間一髪、全員かわした。

「ちっ、見境ねぇな!」
「さっきのダグラスとそっくりだ……」
「なんだと…?」
「あ、いや!悪口じゃなくてさ!怒りを発散してるって言うか、ダグラスもさっき叫んで、木を殴って怒りを落ち着かせてた……もしかしたら、発散させるだけ発散させたら落ち着くんじゃ無いかなって」
「んな単純な」
「いえ、可能性はあるかもしれませんね」

 そう言ったストラはポチの発散した粘液を指ですくって観察していた。

「この粘性物質は、スライムのものと似ていますが全く異質なものです。もしかしたらポチは異物を無理矢理投入されて、それを吐き出したくて凶暴化してるのでは」
「そうか!二日酔いした時も、ゲロって胃の中のもん全部吐き出しちまった方がスッキリ治るもんな」
「……例えが汚いですが、そういう事です。スライムは細胞が不安定な分、異物を分離して排泄する事にも長けているはず。ポチが暴れているのは、自然治癒のようなものなんでしょう」
「とは言え、あんな見境なく暴れられたら、いずれ被害が出るぞ……!」
「狙いを何処か一点に集中させられれば良いんですが……」

 今のポチは完全に我を失っている。明確に狙いをつけさせる事は難しいだろう。

「……私がやります」
「シエル?」
「ポチは興奮した時に、その、私の、きょ、胸部、を好んで向かってくるようでした……私ならポチの狙いになるかもしれません」
「だ、だけどシエル、それはいくらなんでも危険すぎるよ!」
「えぇ!今のポチの攻撃力は規格外です!いくらフリックスを使ったとしても……!」
「そうだよ!シエルさん、無理しないで……!」
「大丈夫です。やらせてください!」

 シエルは周りの制止も聞かずに囮になろうとする。

「待て。お前さっき、俺に『取り返しのつかない手段を取るのは早い』って言ったが、その手段は取り返しがつくのか?」
「……ごめんなさい、分かりません」

 ダグラスの問いに、シエルは自虐気味に笑いながら呟いた。

「ちょ、おい!」
「でも、私は別につかなくていいんです」

 哀しげにそう呟くとフリックスをシュートしてポチの前に出る。

「シエル待って……!」
「シエルさん……!」

 飛び出したシエルを止めようとするも、暴れまくるポチに遮られて分断されてしまう。

「……ポチ!ほ、ほら、あなたの好きなものですよ!」

 シエルは、ケープを脱ぎ襟元を指でグッと下げて胸の谷間を露出させ、もう片方の手で持ち上げて柔らかさを強調した。

「グオオオオオ!!!」

 それを見たポチは粘性ビームをシエルに向ける。

「っ!!」

 ドゴオオオオオオ!!!!
 バリケードを構えてそのビームをフリックスで受け止める。
 しかし凄い衝撃だ。とても耐えられそうに無い。

「う、あ、きゃあああああ!!!」

 パリーーーン!!
 バリケードは砕け、フリックスも遥か遠くへ吹っ飛んで撃沈してしまう。
 これによってアクチュアルモードは解除、シエルは丸腰になってしまった。

「シエル!もういい逃げるんだ!!!」
「い、いえ!ここで逃げるわけにはいかないんです……ライムさんを、村の人々を魔王軍のせいで不幸にするわけにはいかない……わたしは、魔王軍から人々を救いたいんです!!!」

 シエルはヨロヨロと立ち上がって両手を広げた。

「私はどうなったっていいんです!!救えるのなら、守れるなら!!!ただ、それだけでいいんです!!」
「シエル……!」

 揺るぎないシエルの信念。しかし、それはどこか歪なようにも感じた。

「もう、もうやめてポチ……!もういい、もういいよぉ……わたし、ポチのせいでシエルさんが死んじゃうのもやだよぉ……!!」

 膝をついて泣き崩れるライム。それを見たシエルの目に動揺が浮かんだ。

(ライムさん、悲しまないでください…!私は、あなた方を悲しませないためだけにこうしているんです……でも、そのせいで悲しませてしまうとしたら、わたしはどうすれば……!守りたい!救いたい!そのために必要なら、私自身も、助かりたい……!)

 強く願いながら目を瞑る。
 無情にもポチは粘性ビームを再びシエルへ向けて発射した。
 その時だった。

 どこからか、強い光を放つ物体がシエルの方へ飛んでいき、シエルの前に突如魔法陣が現れて勝手にそれを通過してアクチュアルモードを起動した。

「な、なんだあれ!?」
「こ、これは……!」

 それは、黒い装甲を持つフリックスだった。

「まさか、これがこの森に落ちてきた伝説のフリックス……!究極の盾、シェルガーディアン!」

 自然とそのフリックスの名前が口をついて出て来た。
 間も無く、ポチからビームが発射される。

「っ!!」

 バリケードを構えるまでもなく、シェルガーディアンはそのビームを耐え、そしてボディを回転させる事で受け流している。

「す、凄い!なんだあのフリックス!!」
「なんて防御力だ!?」
「グリップ力のあるシャーシ、それにボディの外装がフリー回転する事で凄まじい受け流し能力を発揮してるようですね」

 ゴオオオオオオオ!!!
 ポチのビームはまだまだ勢いを増しているが、シェルガーディアンは無傷でそれを受けきっており、まるで逆にポチから異物を吸引しているかのようにも見えた。

「これなら、いけます!シェルガーディアン、シェルターディフェンス!!」

 シエルはバリケードでシェルガーディアンのボディ上部を弾き、より外装を高速回転させた。
 そしてしばらく経ち、全ての遺物を吐き出したのか、ポチは大人しくなりその身体は縮小し倒れた。

「ポチ!!」

 ライムが慌てて駆け寄って抱き抱える。

「良かった、眠ってるだけみたい……」
「……良かったです。なんとか、助けられました」
「シエルさん!」

 シェルガーディアンを回収し、ヨロヨロと歩み寄ったシエルへ、感極まったライムが抱き着く。

「良かった!無事で良かった……!ポチもだけど、シエルさんも無事じゃなかったら、わたし、わたし…!」

 泣きじゃくるライムの頭をシエルは優しく撫でる。

「ライムさんのおかげですよ。ライムさんがそう願わなかったら、きっと私は……」
「おーい!シエルー!」

 ライムより遅れて弾介たちも駆け寄ってきた。

(ようやく、夢が叶ってたのかな……)

 シエルは、一瞬感情のない瞳で誰にも聞こえないようにそう呟いた。

「大丈夫、シエル!でも良かったぁー!ポチも戻って、シエルも無事で!!」
「えぇ、冷や冷やしましたが、これで任務は完了ですね。シエルさん、本当にありがとうございます!」
「いえ、そんな、私は私のやりたい事をやっただけですから」
「ったく、無茶するぜ……でも、ありがとうな」
「はい、すみません。皆さんの制止も聞かずに勝手な事をして」
「いいって!結果良ければそれで!……それよりシエル、さっきのフリックスってなんなの?」
「私にも分かりません、いきなり現れて……私も、ただ必死で……」

 シエルは伝説の力測定器を取り出してシェルガーディアンに近づけた。
 測定器は激しく反応を示す。

「やはりこの子は伝説のフリックスのようですね」
「必死なシエルに反応して、守ってくれたって事なのかな?」
「ハッキリとした理由は分かりませんが、そうなんでしょうかね……」

「まぁ、なんでもいいぜ。とにかく、一旦家に戻って休もうぜ。いろいろ考えるのはそのあとだ」
「だね……ふぁ〜あ」

 真夜中にこれだけの激闘をすれば疲れるのも当然だ。
 一同は一旦家に戻り、入浴したあとゆっくり就寝した。

 そして、翌日。

「では、お世話になりました」

 玄関の前で弾介とシエルは、ダグラス達兄妹に見送りされていた。

「もう出発するのか?ちょっとはゆっくり休んでいけばいいのに」
「いえ、目的である伝説のフリックスの一つを手に入れたので、王国に戻って報告をしなければなりませんので。気になる点もまだまだありますし」
「ダグラスとストラはしばらく実家にいるんだっけ?」
「はい、まだポチの症状も完治したとは言えませんし。軍の方に連絡してこの村で護衛任務をする事になったんです」
「暫くは自宅勤務って事だ。家にいながら給料もらえるなんてラッキーだぜ」
「もう、ダグ兄ったら……」

 呆れるライムだが、その表情はどこか嬉しそうだ。

「良かったですね、ライムさん」
「うん!シエルさんに弾介さんも、また絶対遊びにきてね!」
「はい!必ず」
「うん!ダグラス、ストラ!またバトルしよう!!」
「おう!」
「えぇ、もちろん!」

 再会の約束と別れを告げ、弾介とシエルは王国へ向けて足を進めた。

 ……
 ………

 それから、数時間後。
 レイズがモンスヴィレッジに到着し、村役場を訪れていた。

「この村に龍剣弾介と言う男が来なかったか?」

 村長へ尊大な態度で尋ねる。

「龍剣……そういえば、そんな名前じゃったかのう」
「来たのか!?今どこにいる!」
「残念じゃったな、ほんの数時間前までこの村にいたんじゃが、もうフリップ王国へ向けて出発していきおった」
「ちっ、一足遅かったか……いや、目的地がハッキリしてるならそれでもいい。邪魔したな」

 ぶっきらぼうにそう言うと、レイズは足早に村を出て行った。

 

   つづく

 

 

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CM

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