第18話「プロジェクト・スーパーX」
千葉県流山市、セレスティアの本拠地に招待された達斗と翔也はプロフェッサーFのバスターファフニールとバトルする事になった。
しかし、その強大な力の前に大敗。戦闘不能になった二人へトドメを刺そうとするプロフェッサーFだが、そこへ段田バンが駆け付けた。
「プリベイルヴィクター!!!」
ヴァーテックスとエイペックスへ突っ込むバスターファニールの前にプリベイルヴィクターが割って入り正面衝突!
バキィィィ!!!
スペリオルシステム同士の衝撃でお互いに吹っ飛んだ。
「む……!」
「よくもやってくれたな……!お前がプロフェッサーFか!」
「段田、バン……来たか」
バンの姿を認識すると、プロフェッサーFの口元がニヤリと笑った。
「うぅ、ヴァーテックス……!」
「バン、さん……!」
ヴァーテックスを破壊されたショックで泣きじゃくる達斗の横で、翔也は呆然としながらもバンに気付いて弱々しく呟いた。
翔也と目が合ったバンは小さく頷くとプロフェッサーFへ向き直った。
「すっかりしてやられちまったぜ。あのディスク送り付けたのはお前だな?随分と手の込んだ事しやがって」
「これも我が理想郷創世のため」
「ざっけんな!子供泣かしといて何が理想郷だ!!」
淡々と喋るプロフェッサーFへ、バンは腕を振って怒鳴った。
「……殿堂入りチャンピオンと言ってもその程度の思想か。やはり異端者は粛清すべきだな」
バンの怒鳴りに全く動じず、プロフェッサーFは周りにいるセレスティアフリッカー達へ目配せした。
すると、セレスティアフリッカー達は一斉にバン達へ向けて機体を構えた。
「……バン、ここは一旦」
リサがバンへ耳打ちする。
「そうだな、頼む」
バンは小さく頷いて返事をした。それを聞いたリサは懐から機体を取り出して素早くシュートする。
「いけっ!フレアウェイバー!!!」
リサの手から放たれたフレアウェイバーが魔法陣を潜ってスケールアップし、室内に設置している機械にぶつかりながら反射していき、天井にあるスプリンクラーへ激突する。
バチバチバチ!ボッ!!!
フレアウェイバーの激突によって機械がショートして火を吹き、それに反応したスプリンクラーから水が噴出する。
ジャアアアアア!!!
ゲリラ豪雨の如きシャワーが部屋全体に降り注ぐ。
「きゃっ!なんですの!?」
「冷たいんだど!!」
「んんww高層ビル特有の消防設備ですぞww」
「ちょっと、水圧強すぎない……!?」
「くそっ、なんも見えねぇ……!」
セレスティアフリッカー達は突然のシャワーにパニックになった。
「今だ!達斗、翔也、逃げるぞ!!」
バンが二人へ向かって叫ぶと、翔也が機体を拾ってヨロヨロと立ち上がった。
「タツ、行くぞ、立てるか……?」
隣で水に濡れるのも気にせず項垂れ続けている達斗の手を掴んで無理やり立たせ、二人は一緒にバン達の後を追って駆け出した。
「……」
そんな様子を、プロフェッサーFは動揺するでも深追いするでもなく平然と眺めていた。
(一先ず、第一段階はこれで完了だ)
ゆっくりと瞬きをすると凜とした声でセレスティアフリッカー達へ指示を出した。
「落ち着きなさい!テルはスプリンクラーの停止、エンキは破損した機械の復旧を!他のメンバーは速やかに清掃し、原状回復に努めなさい!」
「「「はい!!!」」」
プロフェッサーFの指示を聞くと、先程までパニックになっていたセレスティアフリッカー達はまるでロボットのようにキビキビと動き始めた。
……。
…。
セレスティア本拠地を脱出したバン達は、伊江羅博士の運転するワゴン車に乗り込んだ。
4人は濡れた頭をタオルで拭きながら、破壊されたヴァーテックスとエイペックスを見る。
アクチュアルバトルでのダメージが残ってるため膜に包まれており直接は触れないが、それでも相当破損している事が分かる。
「酷くやられちまったな……」
「すみません、相談もなく勝手な行動をして……迂闊でした」
翔也は俯きながら小声で謝った。
「いや、謝るのは俺の方だ。……もっと気を付けていれば」
「まずはHPを回復させろ、じゃないと詳しい状態は分からないだろう」
伊江羅が運転しながら指示する。
「あ、あぁ、そうだな」
「バン、これ」
リサは手際良くバッグから宝石状のアイテムを取り出した。
アクチュアルバトルで減ったHPや撃沈した機体はバトル終了しても回復せず、この専用回復アイテムを消費しないといけないのだ。
リサからアイテムを受け取ったバンは、それぞれの手にあるヴァーテックスとエイペックスへ使用する。
まずは、撃沈した機体のHPを1に戻すリザレクトジュエル、その次にHPを回復させるヒーリングジュエルを使いHPを全快させた。
すると、ヴァーテックスとエイペックスを覆っていた膜が消えて普通に触れるようになった。
「ヴァーテックス……!」
突然膜が消えたので車の振動で破損した欠片が落ちそうになり、達斗は必死に機体を抱き寄せた。
「タツ……」
「……直るかな、ヴァーテックス」
「……」
達斗の呟きに対して、翔也は無言になった。
直接触れるようになったからこそ、破損の酷さと修復の難しさをより強く感じたのだ。
「……ともかく、ラボに帰ってからだな」
今この場では何の作業もできない。一先ず車が段田ラボに到着するのを待った。
段田ラボに到着し、早速研究室で壊れたヴァーテックスとエイペックスをスキャナーにかけて検査をする。達斗と翔也はその作業を固唾を呑んで見守っている。
伊江羅博士がキーボードを叩くと、モニターにアルファベットや記号、数字の羅列が現れる。それを見るバンの表情は険しい。
「バンさん、伊江羅博士、どうですか……?」
翔也が恐る恐る尋ねると、バンは苦々しく答えた。
「見た目以上にひでぇな……修復可能な限度を超えてる」
「そんな……」
「じゃ、じゃあヴァーテックスはもう直らないんですか!?」
翔也からは落胆の、達斗からは悲痛な声が上がった。
「残念だが、ここから元通り修復するのは難しいな」
伊江羅博士が無情に告げると、翔也は奥歯を噛み締めて俯き、達斗の表情が歪む。
しかし、すぐにバンが明るい口調で言った。
「何、心配すんな!エイペックスもヴァーテックスも蘇る!」
その言葉はまさに暗闇の中で天から差し込む光だった。それに縋るように達斗と翔也は顔を上げた。
「え?」
「ほんとに……?」
「あぁ、幸いSVチップは無傷だったからな」
「SVチップ?」
「こいつだ」
バンはスキャナーを開いてエイペックスとヴァーテックスから正方形の小型チップをピンセットで取り出して見せた。
そして、伊江羅博士がザックリと説明する。
「Specification Verification Chip……略してSVチップ。要は、機体仕様識別用のデータ中枢だ。埋め込み式か取り外し式かの違いはあるが全てのフリックスに内蔵してある。この中に、機体形状、重量、スペルによる追加パーツ、使用フリッカーの能力……ありとあらゆるデータがリアルタイムで自動記録されている。改造や破損による性能変化も逐一な」
「アクチュアルバトルとかもこのSVチップのデータがあるから出来るんだ」
「それがあれば俺達の機体は元に戻るんですか?」
「あぁ。このチップに自動保存されてるデータの中から機体がまだ無傷な状態のなるべく新しいデータを元にして一から復元すれば、元通りになったのと同じだ」
「なるべく新しい……」
「一から復元……」
バンの言葉に、安心感よりもどこか違和感を覚えた。
「早速取り掛かる。バン、チップを貸せ」
「ああ」
バンからチップを受け取った伊江羅博士はそれを機械に取り込む。
モニター上にヴァーテックスとエイペックスの設計図が映し出される。
「……この時点のデータが一番元のスペックに近いな」
「だな」
「これをベースにして復元用のプログラムを作成する」
伊江羅博士が忙しなくキーボードを叩き、あっという間にプログラムを作り上げる。
「あとはプログラムを転送した製造機に、二人の生体認証を加えれば完了だ」
伊江羅博士は隣にある大仰な箱型の機械へ視線を移す。この中で機体が出来上がるようだ。
「二人とも、この機械の前にあるパネルに手のひらを置いてくれ」
「「……」」
バンに促され、二人は一瞬顔を見合わせながらもおずおずとパネルに手を置いた。
「よし、これでフリックスとフリッカーのデータが同調すれば、機械が作動する」
しかし……。
ビー!ビー!!
突如けたたましい警報が鳴り響き、画面に【ERROR】の文字がデカデカと浮かび上がった。
「なに!?」
「エラー?どうなってんだ伊江羅博士!」
「バカな、プログラムにミスはないはず……生体認証も問題はなかった」
「まさか、またウィルスか!?」
「いや、それも違う……完全に原因不明だ」
原因を突き止めようとコンピュータを操作する伊江羅博士だが、何も成果は得られないようだ。
「どうなってんだ……?」
狼狽えるバンと伊江羅だが、その様子を不安げに見ている達斗と翔也に気付き、バンは気を取り直した。
「……悪い、ちょっとトラブった。直すにはまだ時間がかかりそうだ」
「そう、ですか……」
「……」
二人の表情が沈み、小さくため息をつく。しかし、そのため息には何か別の感情が込められているようにも思えた。
「これは、一旦システムを再復旧するしかなさそうだな」
伊江羅博士は匙を投げるように言った。
「そっか……。達斗、翔也、期待させて悪かった。今日のとこは無理だが、ヴァーテックスとエイペックスは俺達が責任を持って必ず直す!だから、もうちょっと待っててくれ」
「はい……」
「お願い、します……」
二人は気落ちしたまま頭を下げて、壊れた愛機を手に取ってトボトボと歩きラボから出て行った。
……。
…。
それから数日。伊江羅博士や他のスタッフ達を全て退勤させた後も、バンはずっと連勤して作業を続けていた。
「……くそっ、やっぱり上手くいかねぇ。どうなってんだ……!」
机の周りにはエナジードリンクの空き瓶が散乱しており、休憩もせずにぶっ続けて作業している事が分かる。
「バン、少し休んだら?」
そんなバンの様子に、リサが心配そうに声をかける。
「そんな暇ねぇよ。あいつらが待ってんだ……!絶対にヴァーテックスもエイペックスもあいつらの手に戻さないと」
「バン……」
バンは悔しげに拳を握る。
「あいつらの顔を見た時、ドライブヴィクターが壊れた時の事を思い出した。あんな思い誰にもさせたくなかったのに、俺の不注意のせいで……こんなんじゃ、フリップゴッド目指す資格なんかねぇよ……!」
「バン……気持ちは分かるけど。無理し過ぎると機体を直す前にバンが壊れちゃうよ」
「……そうだな、リサの言う通りだ。もう少ししたら仮眠取る。リサもそろそろ上がって良いぞ」
「うん」
……。
…。
一方の翔也達も、愛機を失ったまま空虚な日々を過ごしており……。
姉ヶ崎中学校ではいつものように朝のHRが行われていた。
「斉藤ー……佐竹ー……志村ー……」
先生が淡々と出席を取り、名前を呼ばれた生徒が淡々と返事をする。
「神田ー……」
達斗の番になったが、返事がない。
「神田……は、今日も休みだったか」
先生が思い出したように言うとクラスメイトがざわつき始めた。
「神田の奴、これでもう一週間だぜ」
「この時期に風邪か?」
「なんか、噂だとフリックス壊されたとか聞いたけど」
「そんな事で学校休むか、フツー?」
達斗とあまり親しく無いクラスメイト達が口々に勝手な事を言っているのを、翔也は空虚な表情で空いている達斗の先を眺めながら聞き流していた。
「タツ……」
……。
…。
昼休み。弁当を食べ終えて呆けている翔也へシチベエが絡んできた。
「よぉ翔也、これ見てくれよ!」
シチベエは独自に改造したエイペックス600を自慢げに翔也の机に置いた。
「エイロク……」
「へへへ、この間のテストで赤点回避したから小遣い貰って買えたんだ!チューンナップもバッチリだぜ」
「そうだな、良い調整してる」
翔也は机に置かれたエイペックス600を手に取って軽くチェックしてシチベエに返した。
「って、それだけかよ!一応お前の機体がベースになってる量産機だぜ!もっとこう、アドバイスとか無いのかよ!」
しつこく絡むシチベエに、翔也は苦笑いして謝る。
「悪い、今そんな気分じゃないんだ。ちょっと喉渇いたから飲み物買ってくる」
そう言って翔也は立ち上がって教室を出ていく。
「あ、おい!」
そんな翔也を呼び止めようとするシチベエをガクシャが止めた。
「シチベエくん、そのくらいにしよう」
「……」
振り返ると、いつものフリッカー仲間達が集まっている。
「シチベエ、やりたい事は分かるけどもうちょっとペース考えなよ」
ミハルが呆れながら言う。
「うるせぇな。見てられないんだよあいつのあんな姿は……!神田の奴もずっと休んでるしさぁ!」
シチベエが歯痒そうに地団駄を踏む。
「でも、無理も無いよ。大切な機体が壊されたんだから」
「僕がいくら投資をしてもこればっかりは難しい問題だね、ベイベー」
「翔也君があの調子じゃ、僕らもなんかやる気なくなっちゃうよね……」
モブ太がボヤく。元々このフリッカー仲間の繋がりは翔也がいてこそまとまっていたようなものだ。
『翔也以外は友達の友達』と言うほどではないが、それでもグループのリーダー的存在の不調は影響が大きい。
普通ならこのまま少しずつグループは疎遠になってしまうだろう。
「なんなんだよ、くそぉ」
シチベエはまだ悔しげに歯噛みしていた。
そして、放課後。
「天崎、ちょっと良いか?」
帰りのHRが終わると、先生が翔也を呼んだ。
「なんですか?」
「悪いんだけど、神田にプリントを届けてくれないか?確か小学校の頃から仲良かったんだよな?」
「あぁ、なるほど。良いですよ」
翔也は二つ返事で軽く了承して先生から受け取ったプリントをカバンに入れてそそくさと帰り支度をする。
「それじゃ、また明日な」
翔也は軽く手を上げてクラスメイトに挨拶して教室を出て行った。
その素早い行動に誰も呼び止める隙はなかった。
ズコウケイ三人組も翔也のそそくさとした様子について話している。
「翔也の奴、とっとと帰りやがった」
「仕方ないよ。先生におつかい頼まれてたみたいだし」
「今日もこのままお開きかな……」
ムォ〜ちゃんが残念そうにため息をついた。
その様子を少し離れた場所で眺めていたうすとが独り言を呟く。
「うひひ、ここ一週間放課後の集まりもやらなくなったし、このままじゃますます僕の影が薄くなるかも……」
いつもの怪しげな笑いにもどこか元気がない。
「そんな事ありませんよ、影野君」
「ひぃっ!」
うすとの真後ろから八代ナギがボソッと語り掛けたので、うすとは身体をこわばらせた。
「人の縁は魂の結びつき。意外と強固なものですよ」
「う、うひひ……その脅かし方は僕の専売特許なんだけどな」
いつもは人を脅かす側のうすとが逆に脅かされてしまい、ちょっと不服そうだった。
そして、先生からお使いを頼まれた翔也は一旦家に帰ってから神田家へ向かった。
チャイムを鳴らすと玄関から美寧が現れた。
「どうも、こんにちは」
「あ、翔也君いらっしゃい。すぐたっくん呼んでくるね……来るか分からないけど」
美寧は苦笑いしながら達斗の部屋に向かって呼びかける。
「たっくーん!翔也君来てくれたよーー!!」
「あ、いえ、いいです。今日はプリントを届けに来ただけだから」
そう言ってプリントを美寧に手渡す。
「そう?わざわざありがとう……ごめんね、たっくん全然部屋から出て来てくれなくて……」
「あいつの気持ちは、俺が一番よく分かってますから……今はそっとしといてやってください。立ち直れるかは、分かりませんけど……」
翔也も無理して最低限の日常生活を送ろうとしているのが態度に表れている。
美寧はそれを察してこれ以上の言及はしないでおいた。
「うん。翔也君も、あまり気負い過ぎないでね」
「……ありがとうございます。それじゃ」
翔也は軽く礼をしてから踵を返した。
このまま家に帰る気にもなれず、ブラブラと街を散歩する。
(皆には悪い事してるよな……でも、今の俺にはこれでも精一杯なんだ……こんなに気力が湧かなくなるなんて、初めてだ……)
自分ではどうしようもできないメンタルの不調。まるで自分が自分でなくなってしまうかのような恐怖心さえ覚えた。
それでも心の奥底にある本能は残っているのか、その足はいつもの公園の方へ向かっていた。
(俺のせいで皆のテンション下げてるだろうし、誰も来てないだろうな……)
毎日のように盛り上がっていたはずの場所が自分のせいで衰退してしまう……それを直接目撃してしまえばもっとショックを受ける事は分かりきっていたが、翔也の足は止まらなかった。
せめて現実は受け止めるべきだ。
しかし、公園が近づくにつれて翔也の予想とは正反対の活気が耳に届いた。
「頑張れ!グランドパンツァー!!」
「うちの店のパーツで改造したエイロクの力を見せてやるぜ!
ガッ、ガッ、バキィ!!!
「おっしゃあ俺の勝ち〜!!」
「あぁ、そんなぁ〜!」
「へへへ!そんじゃ次はムォ〜ちゃん、バトルしようぜ!」
「う、うん……!」
公園は、いつものメンバーが集まり、いつもの活気に溢れていた。まるで、いつも通り翔也が仕切っているかのように。
「で、でも、なんか翔也君や神田君を除け者にしてるみたいで、良いのかなぁ」
ムォ〜ちゃんが気まずそうに言う。
「何言ってんだよ!俺達は翔也が今まで仕切ってくれたからこうやって皆でバトルするようになったんだぜ!なら、翔也がいなくたっていつも通りやってた方があいつらだって復帰しやすいだろ?」
「シチベエにしては良い事言うじゃん」
「確かに、シチベエ君の言う通りかもね。気を使うよりも、翔也君のやって来た事を僕達で続けよう!」
「フッ、これこそが天崎翔也君が投資し続けて来たものの成果と言う事か。興味深いねぇ、ベイベー」
そんな皆の会話を、翔也は陰で聞いてから見つからないようにそっと公園を離れた。
(皆……ありがとう……)
心の中でお礼を言いつつ、翔也は帰路に着きながら悶々と考えを巡らせた。
(俺がやって来た事は、俺がいなくなっても続いていく……皆、前に進んでる……エイペックス、お前がいなくなったら俺は……前に……)
空を仰ぐと、そろそろ夕焼けに染まりかけていた。その赤にエイペックスの姿が重なる。翔也がその姿に手を伸ばすと、思い描いているエイペックスの姿に何か変化が起きた。
(そうか、そうだったのか……!)
翔也の中で何か合点がいったのを感じた。
一方の神田家。
夕飯時になり、美寧がお盆に乗せた食事を持って達斗の部屋の前に立つ。
「たっくん、ご飯出来たよ」
返事はない。美寧はゆっくりと扉を開けて部屋に入った。
達斗はずっと机の前に齧り付いて取り憑かれたように作業をしている。
「たっくん、ご飯置いとくね」
「……うん、ありがとう」
一応風呂食事トイレなどの最低限の生活は行うがそれ以外はずっとこの調子だ。
「たっくん……」
美寧が心配そうに呟いたのと同時に、達斗の手からヴァーテックスのカケラが落ちる。
「あっ」
美寧がそれを拾って机の上に置く。
机の上にあるのは壊れたヴァーテックスの残骸とそれをどうにか修理するための工具で散らかっていた。
その作業がうまく行っていないのは達斗の様子見れば分かる。
「う、くっ、また失敗した……!」
達斗の目に涙が溢れ、それを強引に拭って作業を続けようとする。しかし、視界が悪くなったせいで作業精度はますます悪くなり……。
ガッシャーン!!
手を滑らせてヴァーテックスの残骸が散らばってしまう。
「う、うぅ……なんで……なんで上手くいかないんだよ……!なんで!!」
耐えきれなくなり、達斗は机を叩いて癇癪を起こした。
「たっくん……」
「僕のせいだ……」
涙交じりに、懺悔するように呟く。
「え?」
「僕のせいなんだ……僕のせいでヴァーテックスが壊れたんだ……!僕が勝手な事決めたせいで!僕が弱かったせいで!!僕のせいでヴァーテックスが直らないんだ!!!!」
「たっくん、それは……!」
一度溢れ出した感情はそう簡単には止まらない。
「僕がヴァーテックスのフリッカーにならなければ、ヴァーテックスは壊れなかったかもしれないのに!他の人がヴァーテックスのフリッカーになってれば……!僕が、僕がフリックスをやらなければ……!!」
「ダメ!!!」
達斗の口を塞ぐように、美寧は達斗を強く抱きしめた。
「美寧、ね……」
「それ以上は言っちゃダメ……!」
「……」
達斗の落ち着きを肌で感じた美寧は抱擁の力を緩めて穏やかに話す。
「たっくん、どんなに別れが辛くても出会った事まで否定しちゃダメだよ」
「出会った事まで……」
「私ね、たっくんがフリックスをやってよかって思ってる。最初は戦いとか苦手だったけど、でもフリックスと一緒にどんどん前に進んでいくたっくんを見て素敵だなって。たっくんは、どう?」
「え?」
「フリックスをはじめて……ヴァーテックスと出会えて、良かった?」
美寧は達斗を離して、散らばったヴァーテックスの残骸を拾い集めて達斗へ渡す。
達斗はそれを抱き抱えて涙ながらに頷いた。
「うん……!良かった……!フリックスはじめて、ヴァーテックスと出会えて良かった……!!」
「そっか。たっくんも私と同じ気持ちなんだね」
「うん、うん……!」
「きっと、ヴァーテックスも同じ気持ちだよ」
「そう、かな……?」
「うん。だってそうじゃなきゃたっくんと一緒にあんなに凄いバトルできないでしょ?」
「……」
達斗の脳裏にヴァーテックスと戦った数々のバトルが思い出される。
「だから私、ヴァーテックスには感謝してるんだ。たっくんをあんなに凄い世界に連れ出してくれたから」
「僕も……ヴァーテックスには感謝してる。ヴァーテックスのおかげでいろんなものを見られて、いろんな人と友達になれて、自信がついたんだ!僕だって強くなれるんだって、誰かに勝ったり、負けて悔しくなったりできるんだって!ずっと、足踏みしてたみたいな毎日から抜け出して、景色が変わっていくのが楽しくて……!ヴァーテックスに出会ってから、どんどん、どんどん、何かが溢れてくるんだ!!だから、だから……!」
達斗からポジティブな言葉が堰を切ったように出てくる。
それはまとまりのない支離滅裂で稚拙な言葉の羅列だったが、達斗の表情は生き生きとしていた。
美寧はそんな達斗を優しい眼差しで見つめて穏やかに相槌を打つ。
「だから、そうなんだ……目まぐるしくて、変わって、進むから……そう、そうだ!だからか!!」
何かを閃いたように達斗は快哉を叫んだ。
「た、たっくん?」
「美寧姉ぇ、僕、ヴァーテックスの形が思い出せないんだ!」
「え、それってどういう……?」
「だからなんだ……僕の中で、ヴァーテックスがどんどん前に進んでるから、だから元に戻そうと思っても上手くいかなかったんだ……僕の中のヴァーテックスと元のヴァーテックスは違うから……!」
バッ!
達斗は居ても立っても居られないとばかりにノートを取り出して忙しなく何かを描き始めた。
「美寧姉ぇ、晩ごはん後でちゃんと食べるから……」
「うん、分かった」
美寧は小さく頷いて静かに部屋を出ていった。
……。
…。
そして週末。
達斗は何冊もノートを抱えながら段田ラボの前までやって来た。
「よぉ、タツ」
そこへ翔也が声をかけて来た。翔也の手にもノートが抱えられている。
「翔也……」
「考える事は一緒みたいだな」
達斗が頷くと翔也はニカッと笑い、二人は一緒に段田ラボの中へ入った。
研究室へ行き、バンと顔を合わせる。
「あぁ、えっとな、言いにくいんだが……」
二人を見るなり、バンはバツの悪そうな顔をする。その顔は焦燥し切っており、この一週間の疲労を感じさせる。
「バンさん!僕、ヴァーテックスを元通りにしたくないのかもしれないです!」
申し訳なさそうにするバンへ達斗はハッキリと申し出た。
「な、何言ってんだよ!諦める気か!?」
ハッキリとしてる割に言葉足らずな達斗の申し出にバンが焦ると、フォローを入れるように翔也が口を挟んだ。
「エイペックスを元に戻そうとしても上手くいかなかったのは、そもそも俺達がそれを拒んでたからなんです!」
「なに?」
「僕達は元に戻したいんじゃなくて」
「「前に進みたいんです!!」」
二人は声を揃えてそう言って、バンの前に持って来たノートを広げて見せた。
そこには新型機体のアイディアが所狭しと書き溜められていた。
「お前ら……!」
そのノートの内容を見たバンの口角が上がる。
「へ、へへへ、最高だぜ……!そう言う事なら任せとけ!!」
バンは部屋の隅にあるホワイトボードを運び出し、デカデカとプロジェクト名を書いて掌でボードを叩いた。
「今から『プロジェクト・スーパーX』を立ち上げる!頂点を超えようぜ!!」
「プロジェクト……」
「スーパーX……!」
つづく