第17話「No.13 バスターファブニル」
千葉県都心某所、フリックス公式競技委員会本部会議室ではバトルフリッカーコウを中心に次のイベントに向けての打ち合わせが行われていた。
ホワイトボードには、前に立っているバトルフリッカーコウの身体で一部隠れているが『……壁杯ユース大会』とイベント名が書かれていた。
「……当日まではそのような段取りで。解禁日まで各メディアの情報統制は徹底させるようお願いします。何か質問はありますか?……では、以上です。お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
会議は滞りなく終わり、バトルフリッカーコウは会議室を出て廊下の端にある休憩スペースへ向かった。
「はぁ」
窓にもたれながら物憂げに外を眺めてため息を吐くと、微かなモーター音と共に良く知った老人の声が投げかけられた。
「なんじゃ、ええ若いもんが辛気臭いため息なんぞつきおって」
声の方へ顔を向けると、二人のSPに挟まれながら電動車椅子でゆっくりとこちらへ向かっている老人の姿があった。
「遠山会長」
この老人こそ、かつての遠山フリッカーズスクール校長、そして公式競技委員会の会長遠山段治郎だ。
齢90に近くなりさすがに足を悪くしているようだが、その声音は歳を感じさせずまだまだ生気に満ちている。段治郎がSPに目配せをすると、SPは隅に設置しているエスプレッソマシンからコーヒーを購入してバトルフリッカーコウへ手渡した。
「どうぞ」
「すみません、いただきます」
コーヒーをひと口啜り一息ついてからバトルフリッカーコウは先ほど段治郎からかけられた言葉への返事をした。
「若くはありませんよ。こう見えて、あと数年で初老に片足を突っ込みますからね」
「何を言う、わしにとってはまだまだ子供みたいなもんじゃ。確か、お前さんはゆうじと同じ高校の同級生じゃったろう?」
「大学の後輩ですよ」
「そうじゃったか?まぁそんな事はどうでも良い」
記憶違いの指摘を段治郎は軽く流した。本題はそこではない。それを察したバトルフリッカーコウは話の方向性を段治郎が望んでるであろうものに変えた。
「……あなたほどの人なら、僕のため息の正体は察しが付くんじゃありませんか?」
力ない笑みを浮かべながら、まるで挑発するような口調に段治郎は苦笑した。
「お前さんも、わしやゆうじと同様にフリックス誕生からこの業界を見守って来たものの一人じゃ。最近の治安に思う所があるのも無理はない」
「各地を騒がせているガントレットフリッカー……これまでもそういった事案がなかったわけではありませんが、どれも私欲や私怨によるものが動機だった。しかし、今回はバックに何か強い思想のようなものが見えます……なにより」
バトルフリッカーコウは窓の淵に掛ける手をギュッと握りしめた。
「オブザーバーとは、辛いもんじゃな」
「大切な役割という事は重々承知です。当事者になる事が全てではない、しかし……」
バトルフリッカーコウの仕事は、言うなれば役者と同じだ。与えられた原稿とキャラクター、それに準拠したアドリブしか表に出す事が許されない。どんな事態に何を思おうと、それを発する事は出来ないのだ。
「お前さんには随分長い間この仕事を任せてしまったからな。本来ならもっと上のポストに就いても良いのじゃが、なかなか後継がな……」
公式大会の実況を真島アナウンサーなどの若手に任せようとした時期もあったが、若手はすぐ別の仕事に引っ張り凧になってスケジュールの都合が付かなくなるし、そもそも古くからついたイメージを覆す事は難しく結局バトルフリッカーコウに落ち着いてしまう。
「いえ、僕が望んだ事です。この喉を潰してでも、やり切りますよ」
バトルフリッカーコウの少しオーバーな宣言に段治郎は愉快そうに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ!頼もしい限りじゃ!……じゃが、引き際も見極めんとな。このわしも」
「え?」
最後の言葉は小さく聞き取りづらかったが、聞き返す前に段治郎は車椅子を方向転換させた。
「案ずる事はない。お前さんの見守ってきたこの世界は、わしらの想像を遥かに超える強さを持っておる」
「……はい」
「ではな。次のイベント、楽しみにしておるぞ。お前さんの実況は健康の秘訣じゃからな」
段治郎は再び笑いながら車椅子を進めて去っていった。
「会長、ありがとうございました」
去っていく段治郎とSPの背中へ、バトルフリッカーコウは礼をした。
……。
…。
場面は変わって前回からの続き。
セレスティアを名乗る組織から招待を受けた達斗と翔也は奴らのアジトへ赴いた。
そこでセレスティアの開発したガントレット[イクヲリティー]の機能を説明され、セレスティア所属フリッカー達のデモンストレーションバトルロイヤルを見学する事になった。
セレスティアフリッカー達は互いに向き合いながら機体を構える。
このアジトはAR装置が完備されており、アクチュアルバトルに対応しているようだ。フリッカー達の前に機体をスケールアップさせるための魔法陣が浮かび上がった。
「はじめなさい!!」
「「「3.2.1.アクティブシュート!!」」」
その掛け声で、セレスティアフリッカーの機体が魔法陣を潜り、一斉にスケールアップする。
「さぁ、全てのフリッカーが平等なパラダイスの始まりだ!!!」
仮面をつけた男、プロフェッサーFが芝居がかった仕草で両手を広げるのと同時に5体のフリックスが同時にぶつかり、凄まじい衝撃と共に弾かれる。
「す、凄い衝撃波だ……!」
「ご、5体のフリックスが同じ力で同時にぶつかるなんて」
驚愕する達斗と翔也に、プロフェッサーFはフッと得意げに鼻を鳴らした。
「イクヲリティーの性能に魅了されるのはまだまだこれからだ」
プロフェッサーFの言う通り、まだバトルは開始したばかりだ。
頭上には大きな映像モニターが出現し、それぞれのHPやウェイトタイムが表示されている。アクチュアルバトルのHPは30だ。
ウェイトタイムが1番早く経過してアクティブフェイズに突入したのは後藤エンキのトラバースゴートだ。
「では、僭越ながら小生のトラバースゴートからいきますぞw」
エンキは近くにいるサジタルバズーカへ向けてシュートした。
ガッ、シュン!!
トラバースゴートはフロントにローラーを装備した走破性重視の機動型機体のようだ。
サジタルバズーカの上を乗り上げ飛び越え、ランブルブル、トリックアクラブ、クローズカルキノスの順に触れていった。
全員にビートヒットだ。
アクチュアルバトルのHPは30に対してビートヒットは上級アクティブバトルと同様1ダメージだけなのでそこまで旨味のある攻撃ではないが、それでも全員に攻撃成功したとなれば総合で4ダメージも与えた事になる。
「す、凄い!あの位置から四体を飛び越えてビートヒットした!!」
「あの飛び跳ねる感じ、まさに山羊だな……!」
山の羊と書いてヤギ。その名の通り荒地を飛び跳ねながら移動する山羊を参考にしたフリックスなのだろう。
「やりますわねぇ。でも跳ねてばかりでは足元がお留守ですわよ!挟みなさいクローズカルキノス!!」
今度は粟倉クレアのクローズカルキノスの行動だ。巨大なハサミがトラバースゴートを挟み、その圧力で上方向へ圧出し、ひっくり返してしまった。
「んんwクレア嬢からのスタンは効きますなぁww」
エンキはスタンを喰らったと言うのに何故か嬉しそうだ。
「高貴たるもの、ファンサービスは怠らなくてよ」
クレアが金髪の縦ロールを軽く掻き上げる。
すると、牛見トウキと的場テルが不満げな声を上げた。
「あ、後藤ばかりずるいどー!」
「本命でもねぇくせにな。これだから自称箱推しは」
「な、何を言う!か、彼女達に貴賎はありませんぞ!!」
「うふふ、喧嘩しないの。良いものあげるから」
次は尾針サリアのアクティブフェイズだ。先ほどのトラバースゴートの攻撃によって、トリックアクラブとランブルブルが接触状態で停止しているのでサリアはアクラブの尻尾についているクリップパーツを外してランブルブルのフロントに取り付けた。
「似合ってるわよ、牛さん❤️」
毒針と言うやつだ。これによってトウキはシュート準備時に取り付けられたパーツの位置を変えないように向き変え変形をしなければならないのだが……。
「ア、アイドルからのプレゼント!!!嬉しいどーーーー!!!!」
興奮したトウキは激しく鼻息を鳴らしながらシュート準備をする。
ブルルルルン!!!ブルルルルン!!!!
取り付けられた毒針の位置を変えないように後輪を擦ってフライホイールをチャージ!
「いっくどおおおお!!!」
凄まじい駆動力を得たランブルブルが突進する。
その方向は意外と正確で、真っ直ぐにサジタルバズーカへ突っ込んでいく。
「ちっ、こいつ興奮してるくせにまともに走らせてきやがる。腐ってもイクヲリティーか」
ランブルブルが向かって来る前にアクティブフェイズになったサジタルバズーカは、走ってきたランブルブルの鼻先へ向かって射撃。
バチィィン!!!
バネギミックが搭載されたプロジェクティルの激突によってランブルブルのフロントが浮き機動力が失われ、鼻先についた毒針も外れた。
「せ、せっかくのプレゼントがぁ」
「毒針外してやったんだから感謝しろよ」
側から見ると妙なやりとりをしながらもセレスティアフリッカー達のバトルは進行していく。
特徴的な機体のギミックが遺憾なく発揮されてなかなかに見応えがある。
(山羊の走破性、カニのハサミ、サソリの毒針、牛の突進、そして射撃……やっぱりこいつら)
そんなセレスティア機体の特徴を見ながら、翔也は何かに気付いた。
「な、なんかバトルロイヤルにしてはちょっと変な感じだね」
達斗もこのバトルに何か思う所があるようで、翔也に話しかけた。
「あぁ。見た目は派手だけど、真剣さが全然ないな」
「うん。組織の味方同士だし、デモンストレーションって言ってたから当然なのかもだけど」
「にしても、妙じゃないか?あれ見てみろよ」
「え?」
翔也がHPを表示しているモニターを指差す。
バトル開始してからそれなりに時間が経ち、それなりに全員のHPが減っているのだが……。
「HPの減り方が、5人全員均等すぎる」
「ほんとだ……!アクチュアルなのに!」
「アクチュアルバトルは通常のバトルよりもダメージ判定が細かいし、行動できるタイミングだって順番通りなわけじゃない。しかもバトルロイヤルってなったら、当然偏りが出るはずだろ」
「そうだよね……脚本でもあるのかな?」
「あいつらがそんな器用なプロレス、できると思うか?」
「うーん……」
あれだけ個性的な機体が同時に戦ってしばらく経つのに、全くと言って良いほど有利不利が現れない。
それだけ実力が拮抗していると言ってしまえば聞こえはいいが、何か違和感がある。
「気付いたかな?これこそが、イクヲリティーの力」
達斗と翔也の話を聞いていたプロフェッサーFが満足げに口を開いた。
「どう言う意味だ?」
「イクヲリティーの演算能力があれば、試合展開を完璧に操作する事が出来る。それによって全員がそれぞれの個性を発揮しながら拮抗したバトルを楽しめる。……その末に完成するのが我々の掲げる理想の世界」
「なに?」
「理想の、世界……」
「もうすぐ分かる。見ているが良い」
プロフェッサーFがバトル観戦を促す。
現在、全員のHPが1となりバトルは終盤に差し掛かっているようだ。
「そろそろですなw」
エンキのウェイトタイムが経過してアクティブフェイズになる。
しかし、エンキはシュート準備をするだけで行動しない。まるで他のフリッカーのウェイトタイムを待っているようだ。
「何やってんだあいつ?」
「早くシュートすれば良いのに」
そんな事を疑問に思っていると、他のフリッカー達が全員アクティブフェイズとなった。
アクティブフェイズになった5人が円陣を組んで向かい合う。最初のシュートと同じ陣形だ。
「いきますぞw」
エンキの合図で5人が一斉にシュートする。
バシュッッッッ、ゴッッッ!!!
同時にぶつかった5体のフリックスが大きく弾かれ、シュートした位置よりも140cm以上遠くへ後退した。
全員にビートディスタンスの1ダメージが与えられた。
「5人同時撃沈!見事なドローだ!!」
プロフェッサーFが賞賛の声を上げた。
「「「ありがとうございます!!」」」
褒めてくれたプロフェッサーFへ5人が頭を下げた。
「如何だったかな?イクヲリティーの性能は」
プロフェッサーFは達斗と翔也の方へ向き、感想を求める。
「如何って言われても……」
「確かに5人同時ドローは示し合わせても簡単には出来ないだろうから凄いとは思うけど……」
凄いは凄いのだが、だからと言ってその行為に価値があるとは思えず、二人はなんと言えば良いか困惑した。
「今のバトル、素晴らしいと思わないかね?イクヲリティーを付ければ君達も同じ事が可能だ」
プロフェッサーFは本気で今のバトルとそれを実現したイクヲリティーが2人にとっても良いものだと感じてくれると信じ切っているようで、少し興奮気味にアピールをする。
しかし、実際の二人の反応は冷め切っている。
「い、いやぁ、ショーとしては凄いけどバトルとしては別に……なぁ?」
「う、うん」
翔也と達斗は遠慮がちに否定した。すると、プロフェッサーFは不満気に言葉を紡いだ。
「何故だね?このバトルでは誰も負ける事がなかった。激しく楽しいバトルをしながらも、誰一人として傷付くものがいない。これこそ理想の世界ではないか?」
「真剣にバトルしてドローになるのは良いけど。わざとドローになるようにバトルするのは、違う気がする」
「だな。悪いけどオニイサン、俺達はそのイクヲリティーって奴はいらないぜ。そんなの無しで、ここにいる奴らと普通に戦った方が面白そうだ!」
「勝っても負けても、真剣にやらなきゃ意味ないしね」
達斗と翔也の宣言を聞き、プロフェッサーFは大袈裟な仕草で右手で額を抑えて首を振った。
「嘆かわしい。まだアセンションに至るためには意識の次元が低いようだ。ならば望み通り敗北を与えるとしよう、イクヲリティーによってね」
プロフェッサーFの含みを効かせた言葉に、達斗と翔也は闘志を燃やしながら反応する。
「そうはいくか!」
「僕達が勝ったら、もう好き勝手はさせない!」
達斗と翔也は機体を取り出して臨戦態勢を取った。
「それで、大会の形式は?トーナメントかリーグ戦か、それともさっきみたくバトルロイヤルか!?」
「……予定は変更だ。対戦カードは1組のみ、君達2人に対して私が直々に相手をしよう」
プロフェッサーFは右腕にイクヲリティーを取り付けて、2人に見せつけた。
「いきなり大ボスとの優勝決定戦って事か……!」
「おもしれぇ、上等だ!」
「エンキ」
プロフェッサーFは振り向きもせずにエンキの名を呼んだ。
「承知致しましたぞ」
それだけでエンキはプロフェッサーFの指示を察していそいそと部屋の奥へ移動し、小さなケースを持ってきてプロフェッサーFへ丁重に渡した。
「これを」
「ご苦労」
プロフェッサーFがそのケースを開ける。すると眩い光と共に、禍々しいほどのオーラを放つフリックスが出現した。
「そ、それがプロフェッサーFのフリックス……!」
「いかにも大ボスらしい見た目してるな……!」
達斗と翔也はそのオーラに気圧されないように口元に笑みを浮かべて強がった見せた。
「達斗氏と翔也氏は運が良いですなwあのバスターファフニールから直接の掲示を受けることが出来るとはww正直言って、羨ましいですぞwww」
エンキが何故かドヤ顔で言う。よほどプロフェッサーFの事を心酔しているのだろう。
「バスター、ファフニール……」
「ん、今度は何座だ……?」
翔也が思わず呟く。
「何座って?」
「セレスティアの機体は全部12星座をモチーフにしてる、メイたんが言ってたサインスターズのコンセプトと同じだ。多分こいつらその関係者だろ」
翔也はこれまでの情報から得た推理を口にする。自然な発想だ。
「んんww名探偵バカヤロウもビックリな見事な推理力ww翔也氏の言う通り、我々はサインスターズの元メンバーとそのファンクラブメンバーで構成されているのですぞwwwプロフェッサーFこそ、グループが解散して路頭に迷っていた我々を救ってくれた神にも等しいお方」
ちなみに、[名探偵バカヤロウ]とは毎週月曜に放送されている子供向け長寿推理アニメだ。
「やっぱりな。って事はその機体は12星座よりもっと特別な……」
「13番目、へびつかい座ですぞwww」
「なるほど、確かに妥当だ」
合点がいったとばかりに翔也は頷いた。ファフニールはヘビに変身出来るドワーフと言う説があり、ある意味ではへびつかい座にピッタリの幻獣だ。
「お喋りは十分か、エンキ」
「おっと、これはしたりw失礼致しましたぞww」
プロフェッサーFに嗜められ、エンキはハッと口を閉じて下がった。
「では、そろそろはじめる。アクチュアルバトルの設定をしたまえ」
プロフェッサーFは目の前に立体映像のモニターを出現させて操作をする。バスターファフニールをアクチュアルバトルで運用するためのデータ登録や所持スペルの選択などをしているのだろう。
達斗と翔也もそれに倣った。
「でも、向こうの提案とはいえ2vs1って少しズルイかな?」
「ズルくはないけど、ハンディ与えられるのは癪に触るな。よし、チームメイト設定するか」
「チームメイト設定?」
「あぁ、俺とタツでチームとしてアクチュアルバトルするんだ。ウェイトタイムはチームメンバーの平均値になって、アクティブフェイズはチーム単位で進行する」
「アクティブバトルのチーム戦をアクチュアルでやる感じ?」
「そう言う事。ただ、受けるダメージがチームメイト1人増えるごとに1ダメージ追加になるんだ。つまり、物理的には有利だけど数値的には少し不利になる」
ここで増えるダメージ量は自分以外のチームメイトの数によるものなので、2人チームの場合は攻撃を受けるたびにダメージが1追加となる。
「そっか、それである程度公平になるんだ」
「まぁ、それでも連携出来る分俺達の方が有利だけどな。せっかくだからスペルもチーム戦でしか使えない奴を入れてみようぜ」
「うん」
こうしてアクチュアルの設定が終わり、プロフェッサーFと達斗&翔也は少し離れた位置で対峙した。
「いくぞ!」
「「「3.2.1.アクティブシュート!!」」」
3体のフリックスが魔法陣を潜ってスケールアップし、正面から向かっていく。
「タツ、先制ジャブだ!俺達の力見せ付けてやろうぜ!」
「うん!」
ヴァーテックスとエイペックスは2機並走してバスターファフニールへと突っ込む。同時にぶつかればその衝撃は倍以上だ。如何にセレスティアのボスといえど耐え切れないだろう。
カッ!!
3体の激突により一瞬閃光が走る。その直後に激しい激突音。
ただし、それを発したのはヴァーテックスとエイペックスの2体だった。
達斗と翔也のすぐ後ろの壁に2体は激突し、力なく落ちて転倒した。壁には凹みができ、パラパラと破片が落ちる。
アクティブと違い、アクチュアルはシュート中に敵機の攻撃で転倒してもスタンとなってしまう。
「な、なんだ、このパワーは……!」
「見ろ、タツ!」
翔也は自分達を弾き飛ばし悠々と鎮座しているバスターファフニールを指差す。
「フ、フロントアームの下にラック……!」
「まさか、バンさんのプリベイルヴィクターと同じ……!?」
バスターファフニールのベースとなっているシステムは、バンの使用している最新機体のものと非常に酷似していた。
その言葉を聞き、プロフェッサーFは意外そうに感心した。
「スペリオルシステムを知っていたか」
「なんで、お前が……!」
「……」
翔也の疑問には答えず、プロフェッサーFは不敵に沈黙する。
そしてバスターファフニールのアクティブフェイズとなった。
本来ならヴァーテックス&エイペックスの方がウェイトタイムが短いのだが、スタンしてしまった分行動順が逆転してしまった。
「来るぞ、タツ……!」
「うん……!」
警戒する2人だが、プロフェッサーFはいつまで経っても行動しない。
「なんだ?」
「なんで攻撃しないんだろう?」
疑問に思いながらも2人のウェイトタイムが経過してアクティブフェイズになる。
「今度こそ行くぜ!」
「うん!」
バシュッ!!
2人がバスターファフニール目掛けてシュートする。
「……」
すると、先ほどまで動かなかったプロフェッサーFもそれに合わせるようにシュートした。
「「なに!?」」
バゴォーーーン!!!
激しく正面衝突し、ヴァーテックスとエイペックスは再び壁に激突してしまう。
「ヴァーテックス!!!」
「っ、こいつ、わざと俺達のシュートにタイミングを合わせて……!」
「シュート同士の衝突で、フィールドも生成してないからHPは減らないけど……!」
ビートヒットにもマインヒットにもならず、ビートディダンスの距離まで飛ばされる前に壁に激突しているのでHP的なダメージは受けていない。しかし……!
「何をボーッとしている?」
「っ!」
再びアクティブフェイズになる。今度はスタンを受けなかったので、バスターファフニールが動く前にシュート出来そうだ。
「タツ、あいつがシュートする前にフリップアウトさせるぞ……!」
「うん!インスタントフィールド!!」
ヴァーテックスを中心に半径数メートルの範囲が即席のフィールドになる。
ここから出たら場外扱いだ。
「翔也、僕が自滅特攻でバスターファフニールを場外させるよ!」
「あぁ、頼むぞ!」
バシュッ!
まずは翔也がエイペックスをシュートしてバスターファフニールに接触する。
これで、このフェイズ中は『エイペックスがバスターファフニールに接触した』と言う判定が発生した。
「いっけぇぇ!ヴァーテックス!!」
そこへ、達斗がヴァーテックスを思いっきりシュートする。
この勢いではバスターファフニールを場外させられても自滅してしまいダメージ無効となる。
しかしそれはあくまでソロプレイでの判定だ。
先ほどの『エイペックスがバスターファフニールにシュートして接触した』と言う判定が残っているため、ヴァーテックスが自滅したとしてもエイペックスが自滅していなければ『エイペックスの接触でバスターファフニールが場外した』と言う判定でフリップアウトは有効になる。
2人はこのチームプレイにおける特殊な判定を利用して攻撃しようとしているのだ。
しかし……。
「甘い」
プロフェッサーFはステップでバスターファフニールの正面を向って来るヴァーテックスへ向けた。
バチィィィン!!!!
バスターファフニールとヴァーテックスの正面がぶつかり、シュートしたはずのヴァーテックスが逆に吹っ飛ばされてしまった。
「なっ!」
ゴッ!!!
飛ばされたヴァーテックスはエイペックスに激突してしまう。
「そんな……!」
「こ、攻撃したはずのヴァーテックスを逆に弾き返して、エイペックスにぶつけた……!」
一応バスターファフニールにビートヒットダメージが入り、ヴァーテックスとエイペックスにはダメージは入らないのだが……物理的にはかなりの損害を受けている。
更に、そのままバスターファフニールのアクティブフェイズとなる。
「……」
プロフェッサーFは特に気合を込めるでもなく淡々とシュートする。
「来る!」
「くそっ!」
達斗と翔也はバリケードを構えてそれを耐えようとするが……。
バキィィィ!!!ドゴォォォ!!!!
バリケードは四本ともあっさりと破壊され、ヴァーテックスとエイペックスの二機は再び奥の壁に激突させられてしまった。
今度は二機とも、ビートヒットの1ダメージ+チームメイト設定による追加で1ダメージ1を受けてしまう。
HPの減り方だけを見ればほぼ互角の戦いだ。しかし、機体の損傷やフリッカーの消耗具合でどちらが優勢かは明らかだ。
「はぁ、はぁ……!」
「つ、強すぎる……!」
バリケードが壊された衝撃で倒れた達斗と翔也は、息を乱しながらプロフェッサーFの強さに歯を食いしばる。
「んんww勝負になりませんなww」
「まぁ、当然ですわよ」
「うふふ、一生懸命で可愛いわね」
「くだらねぇバトルだ」
「腹減ってきたど」
セレスティアのフリッカー達もこの流れは予定調和と言った感じで、達斗と翔也を見下しながら見学している。
「どうだね?これが敗北へ向かう圧倒的な力の差だ」
「まだ、まだ……!」
「僕達は、負けない……!」
「そうか。だが、機体はどうかな?」
「っ!」
プロフェッサーFに言われて改めて自機の姿を見る。
何度も壁にぶつけられてボディはボロボロ、ところどころにヒビが入っている。
「君達が諦めずとも、機体は限界だ」
「それ、でも……!!」
「僕達は、負けるわけにはいかない!!」
2人はフラフラと立ち上がり、アクティブフェイズになりシュートを構える。
「「いけえええ!!!!」」
2人のシュートと同時にプロフェッサーFもシュートする。
「っ!」
バリケードの無くなった2人と違い、プロフェッサーFはバリケードを機体周辺で周回する事でウェイトタイムを減らせる[ヘイスン]と言う行動を取って、アクティブフェイズまでの時間を早める事で同じタイミングでシュート出来たのだ。
バーーーーン!!!!
再び正面衝突で打ち負け、ヴァーテックスとエイペックスが飛ばされる。
「「うわああああああ!!!!」」
またも壁に激突。これ以上は機体が持たない。
「ぐ、くそぉ……」
「ヴァーテックス……!」
「嫌だろう?負けるのは。苦しいだろう、勝ち目がないと言うのは。だが、それがバトルの本質だ」
「本質、だと……?」
「君達は今まで何度勝ってきた?それと同じ回数、この想いを相手に押し付けてきたのだ。その残酷な世界を変えるために、イクヲリティーがあるのだ!」
「ち、がう……!」
達斗は目に涙を浮かべながらプロフェッサーFを睨みつけた。
「僕だって、今まで何度も負けた!悔しかった!勝ちたかった!けど、嫌なんかじゃない!!!負けたくなんかないけど、だから勝てた時に嬉しいんだ!!!」
「あぁ!俺たちにそんなものはいらない!!ダントツにおもしれぇバトルが出来るなら、勝っても負けても自分の力でバトルするだけだ!!!!」
「そうか。可哀想に」
2人の熱い言葉に一切心動かされず、プロフェッサーFは再び淡々とシュートをする。
バキィィィ!!!!
またも二体がなすすべなく吹っ飛ばされる。このまま壁に激突したら今度こそ粉々だ。
「「うおおお!!!!」」
しかし、達斗と翔也は飛ばされるヴァーテックスとエイペックスを受け止めて壁への激突を阻止した。
飛ばされた機体を受け止めると言う行為は、その時点でフリップアウト判定になってしまうが飛ばされる距離を抑えて追加ダメージを減らす事ができる。しかし、その分フリッカー自身に大きな衝撃を喰らうことになる。
「「ぐああああ!!!」」
この行為によって身体にかかる負荷は大きい。達斗と翔也はぐったりと蹲り、アクティブフェイズになってもなかなか行動が取れない。
「身を挺して機体を守り、敗北する事を選ぶか」
再びバスターファフニールの攻撃が襲いかかる。
「く、くそ……!」
「ヴァーテックスは絶対に守る……!」
バーーーーーーン!!!
弾き飛ばされる2機を、達斗と翔也は再び身を挺して守った。
これで2回目のフリップアウト扱いとなる。これ以上ダメージを受けたら撃沈だ。
「いい加減諦めなさい。機体を守るために負けるだけのバトルに何の意味がある」
「はぁ、はぁ……!誰が負けるだけのためにバトルを続けるか……!」
「僕達は、勝つためにバトルしてるんだ……!」
「そうか」
疲労困憊ながらも勝利を諦めない2人の姿を見て、プロフェッサーFは何とも思わずにただウェイトタイムの経過を待った。
達斗と翔也はアクティブフェイズなので、痛む身体に鞭を打ちながら行動開始する。
「でも、あの攻撃力をどうすれば……!」
「タツ、スペリオルシステムはバネギミックと基本は同じだ。なら、バネを縮めさせなきゃ発動しない」
「で、でもどうやって……」
「俺がエイペックスでファフニールのフロントを抑える。あとは任せたぞ、タツ」
「翔也……!」
「いけっ、エイペックス!!」
バシュッ!!!
翔也はエイペックスをスピンシュートしてバスターファフニールへ向かわせる。
ガッ!!
上手い事反射してバスターファフニールの伸び切ったフロントアームの隙間にエイペックスのボディを捩じ込ませる事が出来た。
「む」
「これでチャージ出来ないぜ!」
「ヴァーテックス!突き抜けろ、ダントツの頂点へ!!!」
エイペックスのおかげで身動きが取れなくなったバスターファフニールへヴァーテックスが突っ込む。
しかし、その直後にプロフェッサーFのアクティブフェイズになってしまう。
「バスターファフニール、アックススラッシュ」
ヴァーテックスがバスターファフニールへ接触する直前。
プロフェッサーFはバスターファフニールのサイドウィングを広げてヴァーテックスを受け止め、そのままシュートポイントを掴んで投げ飛ばすようにスピンをする。
フロントアームで絡め取っていたエイペックスも一緒に明後日の方向へと吹き飛ばしてしまった。
「っ!ヴァーテックス!!!」
「エイペックス!!!」
慌てて自機を守ろうと追いかける2人。
このまま壁に激突させられたら今度こそ粉々だ。
バッ!!!
2人は飛び上がり、腕伸ばして自機を受け止めようとするが……。
チッ……!
指先がほんの僅かに触れただけで機体の勢いを止めることは出来ず、そのまま壁に激突。
バゴオォォォォォォ!!!!!!
胸がすくような衝撃とパーツが割れる機体の断末魔が響き、視界を奪うほどに濃い埃が舞う。
「エイペックス……!」
「ヴァ、ヴァーテックスーーーーー!!!!!」
翔也は目を見開いて息を呑み、達斗は涙を溢れさせながら悲痛に叫んだ。
埃が晴れると、そこには無惨にも粉々になっている二体のフリックスがあった。
今の攻撃でHPが0になったので、アクチュアルモードは解除され、機体は膜に包まれている。HPが全快にならないとこの膜は解けず、機体に触れることは出来ない。
「っ!」
「ヴァーテックス、ヴァーテックス!!!」
翔也と達斗は急いで駆け寄り、撃沈した2機を拾う。
「エイペックス……!」
「そんな、そんな……!!」
膜に包まれているが、再起不能レベルに破壊されているのは明らかだった。
だと言うのにアクチュアルバトルをしたものだから直接触れることさえ許されない。
「……」
そんな2人へ、プロフェッサーFは容赦なく照準を合わせる。
「異端者は、粛清する」
アクチュアルバトルで撃沈して膜に包まれた状態のままで強い衝撃を受けたら機体は粉砕してしまう。プロフェッサーFは本気でトドメを刺そうとしているのだ。
バシュッ!!
壊れた機体に気を取られてそんなことにも気付かない2人へ、何の躊躇もなくバスターファフニールをシュートする。
「プリベイルヴィクター!!!」
そこへどこからともなくプリベイルヴィクターが割って入り、バスターファフニールと正面衝突!
バキィィィ!!!
スペリオルシステム同士の衝撃でお互いに吹っ飛んだ。
「む……!」
「よくもやってくれたな……!お前がプロフェッサーFか!」
そこには、駆け付けたバンとリサが立っていた。
「段田、バン……来たか」
つづく