段田バン視点第4話「伊江羅ザキを求める男」
段田ラボ、研究室。
バン、リサ、伊江羅博士の三人は壁に備え付けている巨大モニターを眺めていた。
『いけぇ!ヴァーテックス!!』
『そこだ!エイペックス!!』
そこには、達斗と翔也から提供されたヴァーテックスとエイペックスのバトル動画が流れていた。
「おっしゃ、いいぞ翔也!……おお、やるなぁ達斗!!」
バンはその映像を観ながら心底興奮しており手に汗握っている。
「バン、普通に観戦してない?」
「い、いや!ちゃんと分析もしてるって!」
そう、そもそもこの動画はヴァーテックスとエイペックスの量産化を目指したデータ分析のために提供してもらったものなのだが、バンの態度はどう見てもただスポーツ観戦して楽しんでいるだけのおっさんでしかなかった。
「なかなか良い感じだな。二人ともこの短期間でよくここまで仕上げたものだ」
そんな中、真面目に分析している伊江羅博士が感心するように呟いた。
「だよなぁ!翔也のスピンテクニックに、達斗のストレートコントロール、大したもんだぜ。機体特性をバッチリ引き出してる」
「あぁ。だが、これをそのまま量産というわけにはいかない。あくまでこのバトルは機体とフリッカーの相性が良いだけでしかないからな」
「ここからどう汎用性を出していくか、だもんね……」
「生産効率のためのコストカットも考えねばならない」
「削ぎ落としって奴か。それが一番難しいんだよなぁ〜!」
バンがボヤくのと同時に動画の再生も終わった。
モニターを消すと、バンは大きく伸びをした。
ポフッ♪
その時、バンのケータイから電子音が鳴った。
画面を見ると、そこにはイツキからメールが来ていた。
「どうしたの?」
「イツキの奴からメールだ。なになに……」
バンはメール画面を開いて本文を読んだ。
「……へぇ、面白そうじゃねぇか」
読み終わると、バンはほくそ笑んだ。
「奴も順調に動いてるようだな?」
バンの反応から、ある程度の内容を察した伊江羅が言う。
「あぁ、ちょっと出掛けてくる。開発の成果を俺に見せたいんだと。へっ、大した自信だぜ。どんなもんか、しかと拝ませてもらうか」
「フッ、お前の自信を挫くための牽制かもしれんぞ」
「それはそれで上等だ!こっちはヴァーテックスとエイペックスのバトルデータで逆にビビらせてやる!」
バンは動画データの入ったメモリを手にし出掛ける準備を始めた。
……。
…。
遠山フリッカーズスクール、特別研究室。
ここはスクールの校長であり技術者である豊臣イツキがフリックスの研究開発を行う部屋である。
イツキは開発装置を操作しており、その機械の中では一つのフリックスがどんどん形を形成していた。
プシュー!
研究室のドアが開き、バンがやってきた。
「よぉイツキ!来てやったぜ!」
「思ったよりもお早い到着ですね、チャンピオン。ですが、丁度良かった」
イツキがそう言い終わると同時に、機械の動作が一瞬止まり、そして白煙と共に蓋がゆっくりと開いた。
その中では形成された一つのフリックスが置かれてあった。
「たった今完成したところですよ、私をフリップゴッドへ導く機体が」
「へぇ、そいつがお前の研究成果か」
イツキは白煙の中から機体を取り出した。
黒く鈍い光を放つ機体は重厚感があり、そして左右非対称……と言うよりも点対称な形状が特徴的だ。
「変わった形してんな。スピンタイプか?」
「えぇ、ザキ様のシェイドスピナーを参考にスピン時の破壊力に特化させました。ボディ内部に渦巻き状の板バネを仕込み、負荷を受けるとボディ全体が回転してスピン攻撃力を高めるのです。ただ、汎用性も考えながらあの破壊力を再現するのは難しいので、左回転しか出来ませんが……」
「両回転対応の形状であの火力出せんのはザキだからこそだもんな」
バンがしみじみ呟くと、イツキは複雑そうに頷いた。
「本来は左右対称の方が機体としての汎用性は高いのですが……機体の汎用性を意識すればフリッカーの能力に頼る事になり、フリッカーのユーザビリティを意識したまま一点特化の火力を追求しようとすれば、機体の汎用性がなくなる……悩ましい所です」
「だよなぁ。こっちもそれで結構悩んだぜ」
「ゴッドもなかなか面白い課題を出してきたものですよ」
皮肉混じりにフッと笑うイツキへ、バンはそんな事より……と言った感じで話を切り出した。
「俺をここに呼んだのは、ただ新機体見せつけるためってわけじゃないんだろ?」
言いながら、バンは機体を取り出した。
「もちろんです。テストバトル、付き合っていただけますか?」
「あったりまえだぜ!……ってか、テストの相手だったらユウタとかゲンゴとか、他にもスクール生とかいるんじゃねぇの?」
「生憎と、この時期はスクールの長期合宿と被ってしまいましてね。現在スクールにいるのは私だけなのです」
ユウタとゲンゴはスクールの講師をしているので、当然合宿の引率をしているようだ。
「合宿かぁ、そんなのもやるんだな」
「まぁ、殆ど生徒達の息抜き目的ですけどね。と言うわけなので練習場もほぼ貸切ですよ。思い切りやりましょう」
「おっ、いいねぇ!そういや、イツキとあんまバトルした事なかったし楽しみだぜ!」
と言うわけでバンとイツキは意気揚々とスクールの練習場へ赴いた。
フィールドをセッティングし、対峙する。
「とりあえず、まずはこいつで行くか」
バンはドライブヴィクターの量産型をフィールドにセットした。
「では、行きますよ」
「あぁ!」
イツキがリモコンのスイッチを押す。
するとフィールドの横に設置してあるシグナルが点灯し電子音声が響く。
『3.2.1.アクティブシュート!』
「いけぇ!ドライブヴィクター!!」
「ブラッドスピナー!!」
バシュッ、バーーーン!!!
二機のフリックスが接触し、衝撃波が巻き起こる。
ドライブヴィクターがブラッドスピナーを押し込んで先手を取った。
「やるな……!でも先手は貰ったぜ!」
「さすがはドライブヴィクター、旧式とは言えアクティブシュートでは不利ですね」
「いけぇ!!」
バキィ!!
バンの渾身のシュートでブラッドスピナーは難なくフリップアウトしてしまう。
ブラッドスピナーのHP9。
「どうだ!」
「やりますね」
場外したので、仕切り直しアクティブだ。
『3.2.1.アクティブシュート!』
「このまま決めるぜ!!」
「させませんよ!」
カッ!!
今度はブラッドスピナーをスピンさせて、正面から向かってくるドライブヴィクターの横を掠めるようにぶつけた。
バランスを崩しあるドライブヴィクターはそのまま場外へ飛び出る。
「ぐっ!」
アクティブアウト。残りHP11だ。
「油断しましたね」
「ちぇ、やるじゃねぇか!」
再び仕切り直し。
『3.2.1.アクティブシュート!』
バシュッ、ガッ!
今度は場外発生せずドライブヴィクターが先手を取った。
「もっかいぶっ飛ばしてやるぜ!!」
バキィ!!
再びフリップアウトを決めようとぶっ飛ばすバンだが……!
「甘いですよ!これがシェイドスピナーを参考に作られたことをお忘れですか?」
「っ!」
飛ばされたブラッドスピナーはクルクルと回転しながら空中で旋回し、場内に戻った。
ビートヒット扱いなので残りHP8。
「アンデッドリバース!」
「ぐっ、懐かしいなその技……!」
「まぁ、成功率は低いんですが、今のはたまたま当たりどころが良かったようですね」
そして、イツキのシュート。
バシュッ!ガッ!
スピンで反射しながらマインヒット。
ドライブヴィクター残りHP8。
「追い付きましたよ」
「へっ!でもたかがマインヒットじゃねぇか!それでもシェイドスピナーを参考にした機体かよ!」
「スピンでのフリップアウトはむやみやたらに狙うものではないのですよ」
「そうかよ!」
バンの攻撃。
バキィ!!
遠距離からのストレート攻撃。そこそこの威力だったが、バリケードで防がれてしまう。
残りHP7。
「くそっ!」
「防いでしまえばどれだけ威力が高くてもダメージは小さい。ですが、これは防げませんよ!フリップスペル、ブラックホールディメンション!!」
「げぇ、アレかよ……!」
シェイドスピナーの必殺技から生まれたスペルだ。
スピンシュートして、他機体やマインと接触しなければ成功し、時間計測してからターン終了。失敗した場合はそのシュートは無効となってターン終了。
回転を維持したまま10秒経過すれば相手に3ダメージ与え、以降30秒経過する毎に3ダメージずつダメージが増加する。
イツキは難なくスピンシュートを成功させてブラックホールディメンションの計測をスタートした。
「くそぉ!止めてやる!!」
バンは狙いを定めて回転中のブラッドスピナーを目掛けてシュートする。
ガッ!
ヴィクターは弾かれてしまったが、近くにあったマインに接触。マインヒットでブラッドスピナー残りHP4。
「マインダメージは与えたけど、回転は止めきれなかったか……!」
回転力はかなり減らしたものの、まだ継続している。
シュルシュルと勢いを減らしながらもどうにか回転を続ける。
「……残り5秒」
固唾を飲んで見守る。
3…2…1…とカウントが経過した直後に回転が停止。ギリギリ成功だ。
「ブラックホールディメンション成立ですね」
「くぁぁ!間に合っちまったか!」
これで3ダメージ。ドライブヴィクター残りHP5。
更にイツキのターンだ。
「ふふふ、ここはブラッドスピナーの距離ですね」
「ちっ!」
ブラックホールディメンションを止めるために攻撃したせいでドライブヴィクターとブラッドスピナーの距離は近い。
スピンでの高い攻撃力をぶつけるにはちょうど良い立ち位置だ。
「いきますよ……ダークホールディメンション!」
イツキはフリップアウトを狙うための超火力スピンシュートを放った。
「そんなザキの真似技に負けるか!!」
バキィ!!
ぶっ飛ばされるヴィクターだが、威力はとてもザキには及ばないバリケードで十分防げる威力だが……。
スピンでの攻撃は飛ばされる方向が読みづらく、バンはバリケードを構える位置を読み違え、ヴィクターはフロントをフィールドの端から迫り出し、重力に負けてコトンとフロントをフィールド外に接してしまった。
「あっ!」
「一部場外。5ダメージで私の勝ちですね」
「くぅぅぅ負けたあああ!!!けど、なかなかいい機体じゃねぇか、ブラッドスピナー!」
「えぇ、良いデータが取れました。ありがとうございます」
「ちぇ、でも負けっぱなしは気分悪いぜ。次はディフィートヴィクターで勝負だ!!ドライブヴィクターの仇を取ってやる!」
バンは機体のグレードを一段上げて再戦を望んだ。
「えぇ、望む所です」
イツキもそれを受けて立つ構えを取ったが……その時。
「たのもおおおお!!!!!」
練習場の入口から野太い少年の声が響いた。
「な、なんだぁ!?」
びっくりした二人が入口の方へ向くと、そこには胴着を着たガタイの良い少年が鋭い目つきでバン達を睨め付けていた。
少年は険しい顔をしたままバンとイツキの近くまで歩み寄る。
「あなたは、一体」
「突然の訪問、失礼。俺の名前は不動ガイ。ここに伊江羅ザキと言うフリッカーはおられるか?」
年上相手に威圧感を与えるようなその表情に二人は思わず息を呑んだ。
「ザキ、様に……?」
「なんだお前、ザキの知り合いか何かか?」
「いや。先日、動画で伊江羅ザキの試合を一度観ただけだ。確か、第3回FICSとか言う大会の決勝戦だったか……?」
(それって、俺がザキに負けた奴か……?)
バンは嫌な記憶を思い出して苦い顔をする。
「たったそれだけで、ザキ様に」
「あの動画を見て、俺はこのフリックスの世界に足を踏み入れる決意をした。伊江羅ザキこそ、俺の求めるべき男!」
そう言いながら、ガイは一つの黒い機体を取り出して見せ付けた。
「このシェイドダッシャーと共に、伊江羅ザキへ辿り着く!」
豪語するガイの言葉の意味を少しずつ理解していくにつれて、バンは驚きを見せた。
「ちょ、ちょっと待てよ!まさかお前、そのバトル動画見てからフリックス始めたって事か!?つまり、ド素人じゃねぇか!?」
先日ザキの動画を見て感化されてフリックスを始めたばかり……なんてミーハーもいい所だ。
「何か問題でも?」
「い、いや、問題あるわけじゃねぇけど、順序っていうか、いきなりザキに会いに来るのは……」
バンの言う事は最もだ。ザキは初心者が目指すには早すぎるフリッカーだ。身の程知らずにも程がある。
しかし、イツキがバンの言葉を制した。
「……あなたのその機体、それはどこで手に入れましたか?」
「伊江羅ザキの試合を見て、頭の中に浮かんだものを俺の手で形にしただけだ」
「っ!」
その言葉を聞き、そしてガイの澱みのない瞳を見て、イツキは身体中に衝撃が走った。
(こ、この男は、ザキ様と同じオーラを纏っている……?)
イツキは呼吸を落ち着けて平静を保ちながら言葉を続けた。
「残念ですが、ここにザキ様はおられません。いえ、現在ザキ様は世界中で修行しており、音信不通なのです。我々も何年もお姿を見ていません」
「まっ、どっかしらで所々噂を聞くから元気でやってんだろうけどな」
「……そうか」
少し落胆しながらガイは踵を返そうとした。
「待ちなさい、あなたはこれからどうする気です?」
「求め続けるだけだ。あの男を」
「なるほど……ならば、私と勝負しなさい」
「なに?」
「これを見れば、断る理由はないはず」
イツキはブラッドスピナーをガイへ見せつけた。
「っ!」
それを見てガイは目を見開く。そしてシェイドダッシャーも呼応するように光を放った。
「現状で可能な、最もザキ様に近付けるバトルを約束しましょう」
「……面白い」
ガイはニヤリと笑った。
そして、イツキとガイがフィールドを挟んで対峙する。
「ルールは大丈夫ですか?」
「これが初バトルだが、問題ない」
(マジで初心者かよ……大丈夫か?)
「では、行きますよ」
イツキはスターターを起動した。
『3.2.1.アクティブシュート!』
「ブラッドスピナー!!」
「やれぇ!シェイドダッシャー!!」
バゴォォォォォォ!!ズガァァァァ!!!!
ブラックホールでも巻き起こるんじゃないかってほどの凄まじい衝撃にブラッドスピナーとシェイドダッシャーが同時に弾け飛ぶ。
バシュ、ドォォォォン!!!!
弾け飛んだ二機のフリックスは練習場の壁にめり込んだ。
その距離はフィールドから8m以上は軽く離れているため、オーバーアウト扱いとなる。
自滅の2ダメージ×8でお互いに16ダメージ受ける形となってお互いに撃沈。
たった一回のアクティブシュートで同時撃沈でドローとなってしまった。
「ま、マジかよ……なんだこりゃ……!」
さすがのバンもこんな試合展開はあまりに例が少ないので驚愕した。
(これは、ザキ様の力を模したもの同士の激突によって発生したもの……間違いない、彼の中には確かにザキ様の力が宿っている……それも、たった一度バトル動画を観ただけで、ザキ様に感応したと言うのか……!)
イツキは武者震いしながらガイを見据えた。
「……これが、フリックスのシュートと言う奴か。悪くない、悪くない手応えだ。今までに味わった事のない重みがある……!」
ガイは初のフリックスシュートの反動に確かな手応えと心地よさを感じていた。
「不動ガイ」
イツキは余韻に浸っているガイへ声を掛けた。
「あなた、私と手を組みなさい」
「なに?」
「それが、伊江羅ザキ様へ近付く最も確実な手段です」
「……」
ガイは訝しげな視線を向けながらも、先ほどの衝撃で亀裂の入ったフィールドとイツキを交互に見ながら不敵に笑った。
「どうやら、間違いはなさそうだ」
交渉成立。
「……」
バンはそんな二人の姿に恐ろしいやらワクワクするやら、さまざまな感情を抱えながらその場を去った。
帰り道、バンは頭を掻きながらボヤく。
「……参ったな。神位継承戦、楽な戦いにはならなそうだ。翔也、達斗、お前らに厄介なライバルが出来そうだぜ……楽しみにしてな!俺も、楽しくなって来たぜ!!」
つづく