第4話「ハッピー大繁盛!伝説の男の超人目星」
千葉県野田市のとある町。
醤油の街ともいえるこの地では、醤油で汚れた衣服を綺麗にするために洗濯ものが盛んでした。
その洗濯物をキチンと干すために必要な武具、洗濯バサミを専門としている老舗。
それが、江戸時代より続いている由緒正しく洗濯バサミ専門店【センバ屋】
その跡取り息子の仙葉タクミ君は店のレジに座って真剣な表情で読書に勤しんでいました。
「ふむふむ……5年前に開催されたフリックスのプレ大会……へぇ、フリックスってそんなに昔からあったのかぁ」
タクミがフリックスを知ったのは数々月前で、琴井コンツェルンがフリックス産業に参入し、その事をトオルがクラスメイト達に自慢したのがきっかけでした。
「公園の一角を借りての開催。参加人数は20人強と言う、スポーツ大会としては小規模なものであったが、試合のレベルは高く今後に繋がる大成功を収めたが、それ以降数年間フリックスの公式大会が開かれたと言う記録はなく、これが記録に残っている唯一にして幻のフリックス公式大会と言われている。
しかし、ここ近年のフリッカー人口の急激な増加から、近いうちに公式大会が復活する可能性が高いとみている専門家もいる……か、へぇ……」
タクミは、本の内容にふんふんと頷きながらページを捲ります。
次のページには顔写真が大きく載っていました。
「『寺宝カケタ』……この人が第0回大会の優勝者かぁ」
当時小学6年生と言うこの少年、今は高校生くらいでしょうか?
「一度、会ってみたいなぁ……どんなフリックスを使うんだろう?」
いつか実現するかも分からないような邂逅を夢見ながら、タクミはため息をつきました。
その時、タクミの耳元でけたたましい怒声が響きました。
「くぉらぁタクミ!!お客さんほったらかして何遊んどるか!!」
「うわあああ!!」
タクミはビックリして椅子から転げ落ちました。
「いててて……パパ、いきなり大声出さないでよ。ビックリするじゃないか」
床に強打したお尻をさすりながら、タクミは非難の目を父に向けました。
「あ、す、すまん……」
「まったく、しょうがないなぁ、パパは」
「いやぁ、面目ない、ははは……」
頬を膨らませながら椅子へ座るタクミに対して、パパはバツが悪そうに後頭部を掻きました。
そこへ後ろからママがジト目でパパを嗜めます。
「パパ、そうじゃないでしょ」
「あ、そうだ」
ママに言われ、パパはハッと我に返りました。
「こらタクミッ!仕事サボッてる奴が何を言うかっ!」
「仕事って、お客さんなんていないんだから……って、ええぇぇ!?」
しぶしぶと言った感じでレジの先を観た瞬間、タクミは目を丸くしました。
レジの前ではお客さんの大行列。商品を持って不満そうな顔をして待っていました。
「へへへ、すみませんね。今レジ再開しますので~!」
父は不器用に笑いながらタクミをせっつきます。
「あわわ、ごめんなさーい!!」
タクミも慌ててレジ操作を始めるのでした。
そう、先日のトオルとのバトルによってセンバ屋の評判はうなぎのぼり。
町内だけじゃなく、千葉県内のあらゆる所から洗濯バサミを求めてセンバ屋へやってくるようになったのです。
中には、わざわざ館山から来ていると言うお客さんも。
「ちょっとぉ、早くしてよ。洗濯機が終わるまでに家に戻りたいんだから」
「はいはーい!(館山から野田までの往復じゃとっくに洗濯機回り終わってるよ)」
悪態を表情に出さず、タクミは笑顔で接客していきます。
ここはさすが、センバ屋を代々継いでいる血が流れていますね。
そんなタクミの様子を両親は陰ながら見守り、嬉しそうにしています。
「まったく、タクミはほっとくとすぐにサボる……」
「ふふふ」
「何がおかしい?」
「いいえ。さっ、私たちもタクミに負けないように仕事しましょ」
「おっ、そうだな」
数時間後。
日も傾き、そろそろセンバ屋も閉店の時間です。
客足も遠のき、タクミはレジでぐったりとしています。
「うぅ~、やっと落ち着いた~~」
「タクミ、そろそろ店仕舞いだ。看板を下げなさい」
「はぁ~い」
パパに促され、タクミは店から出て看板をしまうために手を掛けました。
その背中でよく見知った声が届きます。
「よぉ、タクミ!相変わらずショボくれた背中してるな!」
「トオル……」
トオルの声を聴いて、タクミは嫌々とした風に振り向きました。
トオルは、ガンッと、看板に片足をかけます。
「なんだよ、もう店仕舞いだよ。帰ってくれ」
「だぁれがこんな店に客として来るかよ!」
「じゃあなんだよ。疲れてるんだから、用があるなら手短にしてくれよ」
「ふん、良いご身分だな、マグレで勝ったくらいでいい気になってさ!」
「な、なんだとぉ!」
「そうじゃなきゃこの僕が負けるわけないだろ。まっ、お前があまりにも哀れだから、勝利の女神さまがお情けで勝たせてくれたんじゃないのかぁ?」
「こ、このぉ、言わせておけば!だったらもう一度勝負だ!店仕舞いが終わったら近所の広場に行こう!」
「日が暮れるまで時間がないんだ、早くしてくれよ」
そうして、タクミは迅速に店仕舞いを終えてトオルと一緒に近くの広場へ行きました。
日は大きく傾き、真っ赤な夕日が広場を照らします。
広場の中央に設置されたフィールドを挟んで、タクミとトオルが対峙しました。
「時間がないんだ、前置きはなしにしてとっとと始めようぜ」
「おお!いっくぞぉ!!」
「「3・2・1・アクティブシュート!!」」
バシュッ!バーーーン!!
サミンはジャンプシュートでシールドセイバーを躱すのですが、シールドセイバーは威力を調整していたのかフィールドの端で停止します。
これによって、先攻はシールドセイバーが取りました。
「先手を取られた!?」
「何度も何度も同じ手に引っかかるかよ!シュートの構えをみればどうくるか分かるんだからな」
もうサミンのジャンプシュートフェイントはトオルには通じないようです
「くっそぉ」
そんな二人の様子を、広場を通りがかったスーツの青年が足を止め、眺めています
「あれは……フリックスアレイかぁ。懐かしいなぁ、まだやってる子いたんだ」
感慨深げに呟いています。
フリックス経験者のようですが、もう現役は退いているかのような発言です。
一方、タクミとトオルの試合は……
「まずは先制ダメージいただくぜ!」
ガキンッ!
シールドセイバーは危なげなくマインヒットを決めました。
しかも、接触したマインを遠くへ弾き飛ばしたので反撃マインヒットを喰らう心配も少なそうです。
はたから見ている青年
「おっ、上手いなぁ。ただマインヒットするだけじゃなく反撃を回避してきた。でも位置的に次はフリップアウト狙われちゃうかな?」
この青年、かなりフリックスに詳しいようです
「どうだタクミ!これでこないだの勝ちはマグレだって認める気になっただろ!」
「まだ決着がついたわけじゃない!」
サミンとシールドセイバーの立ち位置は、かなりフリップアウトを狙いやすい位置になっています。
サミンとシールドセイバーの距離は近く、シールドセイバーからフィールド端までの距離もそこまで遠くはない。
トオルはバリケードを構えていますが、サミンの攻撃力なら突破できるかもしれません。
「よーし!」
タクミはサミンのスマッシュギミックをセットします。
「くっ、来るか……!今度こそ防いでやる!」
トオルは生唾をゴクリを呑み込み、バリケードを強く構えます。
「いっけぇぇぇ!!!」
バシュッ!
トオルの手から放たれる力強いシュート。
しかし……。
ポスッ……。
その迫力に反して、あたりは非常に優しい物でした。
「あ、あれぇ?なんで……?」
「あっはっは!なんだそれは!まるで房州団扇で仰がれたみたいな攻撃じゃないか!」
房州団扇とは、千葉の伝統工芸品である。
「く、くっそぉ!」
「それじゃ、そろそろ決めるぜ!!」
バキィ!!
シールドセイバーがあっけなくサミンをフリップアウトさせました。
バトル終了。
トオルの完全勝利です。
「そ、そんなぁ……」
「あっけない決着だったな。もう少しいい勝負が出来ると思ったのに」
「うぅ……」
「これで分かっただろ!お前なんかより僕の方がずっと強いって事がさ!あー、愉快愉快っと」
気分が良くなったのか、トオルはご機嫌な調子で広場を出ていきました。
タクミは、へたり込んで落ち込んでいます。
「まさか完敗するなんて……この間は勝てたのに、なんで……」
そんなタクミの頭上から見知らぬ男性の声が降ってきました。
「なかなか面白いバトルだったね」
「え?」
見上げると、先ほどからバトルを眺めていた青年の顔がありました。
「これは、君が作ったのかい?」
青年は、フィールドにあるサミンを見て言った。
「あ、はい。僕の手作りです」
「なるほど……単純だが面白い仕組みをしている。洗濯バサミのピンチリングを利用しているんだね」
「お兄さん、フリックスに詳しいんですか?」
「え、あぁ、まぁね。今は引退しているけど、昔ちょっとやってたんだ」
「へぇ……」
「ここへは大学見学の帰りにたまたま寄っただけなんだけど、久しぶりにフリックスバトルを観たら熱くなっちゃってね、思わず話しかけてしまったんだ」
「あ、それは、どうも……でも、かっこ悪い所見せちゃって恥ずかしいなぁ」
「ははは!バトルは時の運さ。勝ちもすれば負けもする、その結果に恥ずかしい事なんて何もないよ。君は良いバトルをしたと思う」
「あ、はい、ありがとうございます」
お世辞か慰めだろうが、それでもその言葉はタクミにとっては救いになったようです。
「だけど、君とそのフリックスじゃ次も勝つのは難しいかな」
「え?!」
優しい言葉から一転し、突き落とすような一言を言われ、タクミは面食らいました。
つづく
次回!『新たなる力!洗濯バサミの可能性』
CM