flicker’s anthem shoot1「序章」

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shoot1「序章」

 

 都内某所、盾宮中学高等学校に今日四度目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
 生徒たちが片付けをし教室を出て行く中、机に突っ伏して寝ている少女と、目を輝かせながら話しかける少女だけが残った。
「ねえドロシー!屋上行こう!」
「んんっ……よく寝た……」
 ドロシーと呼ばれた少女はゆっくりと体を起こし呼びかけた少女を見た。
 腰まで届くほど長い金髪がふわりと揺れた。本名は近藤 椎奈。アメリカ人とのクォーターである。
「ご飯食べた後フリックスやろうよ!今度は私が勝つんだから!」
 全身で楽しみだと表現している彼女の名前は流川 千春。
 短い茶髪と激しい感情表現から犬を想起させる活発な性格である。
「また私が勝つんじゃないの?」
「今度は負けないからね!私のスーパーストロングビーストは市販のやつと違うんだから!」
 千春が見せつけるようにポケットからフリックスを取り出す。
 レギュレーションに合うように自作したもので、所々作りが荒いところもある。
「……先生来るわよ」
 焦った顔をして急いでポケットにフリックスをしまう千春。
 先生など来ないのだが時々椎奈はからかうのだ。
「と、とにかく屋上ね!行くよ行くよ!」
「はいはい」

ーーーーー

 屋上に簡易フィールドを接地し、二人は地べたに座ってバトルに興じている。
「いっけー!!」
 千春のシュートが椎奈の機体へ向かうが、あっさりと耐えられてしまう。
「えぇー!今の耐えちゃうの!?」
「はいっ、これでおしまい」
 椎奈の反撃であっさりマインヒットが決まり、千春は撃沈してしまった。
「あー!また負けた!」
「ふふん、まだまだ甘いね」
「悔しい〜!でもドロシーはさすが、親がフリックス開発者なだけあるよね……」
「それ何年前の話よ……。パパは物理学者でママは新薬開発の研究者、フリックス開発は依頼されたから下請けとして協力した事があるだけだって前にも言ったでしょ」
「そうだったっけ?」
「まぁ、私も詳しくは知らないんだけどね」
そっかぁ。今度おじさんかおばさんにフリックス製作のコツとか教えてもらおうと思ったのになぁ」

 アテが外れてしまい、千春はガックシと項垂れる。
 そんな千春へ、椎奈は少し思案したのちに口を開いた。
「コツねぇ……もしかしてなんだけど、千春にフリップアウト狙いは合わないんじゃないの?」
「うっ、そ、そうかな……?」

「さっきの攻撃だって、全然効かなかったし。もっとマインヒットとか狙った方がいいんじゃないの?」
「マ、マインヒット……なんだかややこしくて苦手なんだよねぇ……」
「あそ、じゃあ一生かかっても私に勝つのは無理ね」
「ぐっ!そ、そんな事ないよ!!よーし、こうなったら絶対にマインヒットで勝てる新しい機体作ってやるんだから!!」
挑発的な椎奈の言葉に、単純な千春はあっさりと乗せられやる気を燃やした。
「待ってるわよ」
そんな千春へ椎奈は微笑ましく返事をすると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。
「やばっ、遅刻!」
「急ぐわよ!」
二人は教室へ駆け出していった……。

ーーーーー

「とりあえず作ってみたけど何か物足りない……」
 放課後、自宅の近くの百円均一に行って素材を購入してきた千春はどんな機体にしようか悩んでいた。
 パテを盛ってのっぺりとした形状のベース機体は作ったものの、そこからどうするべきか思いつかない。
「うーーーん、マインヒットする機体って言っても難しいよぉ……とりあえずシャーシは摩擦を減らして機動力を上げて、でもボディは……!」
 時間は深夜1時。そろそろ翌日の学校に響く時間である。
「んー……あー!もう思いつかない!!」
そう叫び、ベッドへとダイブ。そしてそのまま吸い込まれるように眠りに落ちていった。

 ……。
 …。

 真っ黒。何もない空間にただ一人ぼっち。歩けど歩けど何もない。
 そんな夢を千春は見ていた。ひたすらに、歩く。何もない、黒い空間にふと白いものが見えた。近付く。
 人だ。床につくほど長い白髪。病的なまでに白い肌。足首まである白いワンピース。ただ、彼女の眼だけは透き通るような蒼だった。
「あ、あなたは……?」
千春の問いかけには答えず、彼女は手をかざす。すると白い立方体が現れた。その上にはフリップマインが2つと、黒い翼を持った白いフリックスのようなものが。

(バトル……!?)
 千春もポケットからスーパーストロングビーストを取り出す。お互いにバトルの準備をする。
 3、2、1、アクティブシュート、と頭の中に響いてくる。
 白いフリックスの剣先に弾かれスーパーストロングビーストはフィールド端に追いやられた。強い、もしかしたら椎奈より強い。そう千春は直感した。
移動距離で勝っていたスーパーストロングビーストを相手のフリックスの側面にシュート。

 いつものようにフリップアウトを仕掛けたが相手はビクともしない。
 白い少女がフリックスの剣先を千春のフリックスに向ける。シュート。か弱そうな見た目からは信じられないほどのパワー。
 スーパーストロングビーストは一撃でフリップアウトさせられてしまった。
 悔しい、もっと強くなりたい。そう強く千春は思った。
 あまりに強く思いすぎて……次のアクティブシュートで自滅場外してしまった。これでライフは0。千春の負けだ。
フィールドと白いフリックスが消えていく。少女も足から徐々に消えていく。

 呆然とする千春に少女は何かを手渡した。三日月。三日月型のパーツのようなもの。千春がそれを確認すると、少女は微笑み、消えた。


「私を、止めて」


 最後にそう言ったような気がした。

ーーーーー

 朝7時30分。めざまし時計が鳴り始めて15分は経っている。


「んん……」
 千春は気怠そうにめざまし時計を止めて上半身を起こした。
「夢……私、寝ちゃってたんだ……」
 ぼんやりとした頭で先程見ていた夢の内容を思い出す。
 真っ暗な空間での儚げな少女とのバトル……。
(そう言えばあの子、どこかで見た事あるような……)
 朧げながら少女の顔を思い出そうとしたところで、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「おい姉ちゃん!いつまで寝てんだよ!遅刻するぞ!!」
 

 ドアを開き弟の夏樹が入ってきた。
「あっ!勝手に部屋に入るなって言ってるでしょ!」
「いつまでも起きないからだろ!早く支度して朝飯食えよ!片付かないって母さん怒ってるぞ!」

「もー、分かった、分かったから!」
千春は大きく伸びをして右手を伸ばす。その時、枕元に何か光るものを見つけた。
「……ん?これは……」
手に取ってみる。金属のようなひんやりとした感触。それは間違いなく夢の中で白い少女 に渡された三日月。千春は少し考え、ベッドから飛び起きた。
「これだ!これだよ夏樹!」
「何がだよ」

 夏樹を無視して千春は机に散乱している工具に手を伸ばして作業を始める。
「お、おい……!」
「これをここにくっ付けて……出来た!新しいフリックスだよ!」
千春の手には黒を基調に金と青で模様が入れられたフリックスが握られていた。そしてその左サイドには三日月型のパーツ。スーパーストロングビーストに次ぐ機体になるだろう。

「ふふん、いいでしょ!」
「……へぇ、姉ちゃんにしては悪くないじゃん」
 その出来には、夏樹も遅刻しそうだと言う事を忘れて見入ってしまった。
「よし!名前を付けないと!」
「待て姉ちゃん。姉ちゃんのネーミングセンスはダメダメだから俺が付ける」
「だめ!この子の名前はミカヅキ……」
そう千春が言いかけたが夏樹が遮った。
「ルナ=ルチリア」
「……まあいっか、カッコいいしね」
自分が名付けられなかったのは不満らしいが名前自体は気に入ったようだ。ただ……
「業魔使いたるもの名付けくらい上手くないと」
夏樹は厨二病だった。
「……よし、ルナ=ルチリア。これからよろしく!まずは打倒ドロシー!」
力強くルナ=ルチリアを握りしめる。ひんやりとしてとても気持ちが良かった。

「って!姉ちゃん、そろそろ行かないと遅刻」
「あ!朝ご飯!」
「もう食ってる時間無いだろ……」
「そんなぁ〜」
「時間無いのに工作する方が悪い!」

 千春と夏樹はバタバタと慌ただしく学校へ向かうのだった。

 

   つづく

 

 

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