ミニ四駆小説『疾風の貴公子』(2007年3月執筆)

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 某年某日。
 ここは、ヨーロッパ一の自動車大国『ドイツ』。
 この国のとある場所に設立されているミニ四駆スタジアム。

 そこでは、10台ほどのマシンのモーター音と溢れんばかりの歓声に包まれていた。

『さぁ、ミニ四駆GPヨーロッパ選手権決勝戦も、いよいよ終盤に差し掛かりました!!』

 石田彰声(爆)のヨーロッパファイターが、歓声に負けじと声を張り上げている。

 コースを走っているのは、黒地に黄色いラインが引いてある左右非対称のマシンが五台。
 そして、白い『騎士』を思わせるようなデザインのマシンが五台だ。

『レースは既に終盤戦!前チャンピオンチームに挑む新規チーム『エーデルリッター』だが、その差は歴然!!苦戦を強いられているぞぉ!」

 会場に設置されている巨大モニターに、前チャンピオンチーム5人が映される。
 赤いユニホームに包まれたその5人は、チャンピオンと言う名に恥じない風格を持っている。

「よし、このまま行くよ!」
 リーダーと思われる金髪、長髪の少年が、他のメンバーを指揮し、ウィニングランとも思えるような堂々走りを見せる。
 既に勝利は確信していても、決して油断や傲慢の無い走りをする。最後までレースを怠らない。
 それが相手への礼儀だ。

「くっそー!」
「これじゃ、勝てねぇよ…!」
 だが、こう差が開いていては弱気になってしまう。
 メンバーの士気は下がる一方だ。
「諦めるな!まだレースは終ったわけじゃない。」
 リーダーと思われる少年が、弱気になるメンバーに渇を入れる。
「だけど…。」
「見ろ!相手チームを!」
 遥か前方を走っているチャンピオンチームを指差す。
 後姿しか見えないが、それでも十分に分かる。
 彼らのレースに対する姿勢が。
 貪欲なまでにスピードを追い求め、自分たちの持てる力の全てを出し尽くす。
 それを、相手に対する最高の礼儀として走っているレーサーの姿だ。

 そして、そのレースに参加しているのは自分たちなのだ!

「まだ、彼らは俺達をライバルとして見てくれている!だったら、ライバルとして相応しい走りをするんだ!!」
 しかし、言葉だけでは納得いかないのか。
 メンバー達の顔はいまだに晴れない。
「いけー!!ヴァイスリッター!!」
 口で分からないのなら、実際に見せるしかない!
 リーダーは、マシンを加速させ、敵チームのマシンへと迫る。

『のおぉっと!!ここで、エーデルリッターのリーダー『ヴィルト・ゲゼル』君のマシン、『ヴァイスリッター』が急加速!!
トップを行く5台を猛追だぁ!!』

「うおおおおお!!!」
 加速し続けるヴァイスリッター。
 徐々に、チャンピオンチームとの差を縮めていく。

「頑張れ!お兄ちゃ~ん!!」
 観客席から、彼の弟らしき少年が精一杯応援する。

 そしてついに、ヴァイスリッターがチャンピオンチームのマシンに追いついた。

「へぇ、やるね、君!」
 チャンピオンチームのリーダーが話しかけてくる。
 その表情からは何も読み取れない。
 未だ勝てると思っているのか
 それとも、遅いと思っていた相手の快進撃に動揺しているのか…。

 否。
 おそらく、そのどちらでもない。
 彼は楽しんでいる。
 今走っているこの瞬間を。
 全力で競いに来てくれた相手に、感謝すらしているだろう。

「ふふ…面白くなってきたなぁ!」

「(っ、こっちは限界ギリギリなのに、向こうはまだ余裕があるみたいだ…さすが、天才レーサーと謳われただけのことはある!)」
 相手の実力差は明白。
 それでも、追いつくことができた。
 それでも、相手に自分を見てもらうことが出来た。
 ならば…!
「(だが、負けない!!)いけぇ!!ヴァイスリッター!!」
 相手の期待に、応えてやるまでだ!

 ヴィルトの気合に応え、加速するヴァイスリッター。
 モーター音とタイヤの摩擦音が心地良いほど響き渡り、徐々にチャンピオンリーダーのマシンへと迫る。
「へぇ…!」
 それに対し、更に嬉しそうな笑顔を浮かべるチャンピオンリーダー。
「(いけるっ!)」
 追いついた事で少し気を緩ませるヴィルト。
「だけど!」
 だが、チャンピオンリーダーの目つきが鋭く変わる。
 と、同時にチャンピオンチームのマシンが一斉に減速する。

「え?」
 相手の唐突な後退に戸惑うヴィルト。
 しかし、そこで後退する相手チームを目で追ってしまった事は命取りだった。

『のおっと!ここでチャンピオンチームが減速!!ヴィルト・ゲゼル君がトップに躍り出たぁ!!
チャンピオンチーム、ここはコースを先読みしての安全策か?
しかし、ヴィルト君は減速しなぁい!!これは、何かの秘策があるのかぁ!?』

「??」
 実況が妙だ。
 トップに出たヴィルトより、減速したチャンピオンを称えるかのような実況。
 そして、改めて前方を見た時にはもう全てが遅かった。
「な、しまっ……!!」
 目前に迫るのは、急角度のヘアピンコーナー。とてもじゃないがトップスピードのままではクリアできない!
「くそっ!」
 咄嗟にマシンにブレーキをかける。
 急激な減速により、モーターとタイヤが悲鳴を上げる!
「間に…合え…!!」
 必死に、減速させることだけに意識を集中させる。
 とにかく、あのヘアピンをクリアする事だけを考えた。

 だが、それがアダとなった。

 ジャッ!

 短い摩擦音と同時に、路面との摩擦でタイヤから煙が出る。
 グリップを失った!!
 そう、急激にブレーキをかけたせいで、マシンは仮ドリフト状態になってしまったのだ。
 もちろん、キチンと想定した上でのグリップ力低下はマシンの旋回性を一時的に向上させるための高等技術だ。
 しかし、この状態では、単なる不安定状態でしかない。

『おおっと!ヴィルト君のヴァイスリッターがここでスピン!!バランスを完全に失ってしまったぁ!!』

「ぐっ!」
 キュルキュルとスリップしながら、ヘアピンのアウトフェンスに激突する。
 そして、そのままマシンはコースの外へと放り出されてしまった。

『ここで、ヴィルト君のヴァイスリッターが善戦むなしくコースアウト!!…一方、チャンピオンチームはスムーズにヘアピンをクリア!
さすが、王者の貫禄といったところかぁ!!』

「大丈夫かい!?」
 抜き去りざま、声をかけるチャンピオンチームリーダー。

「そ…んな…。」
 だが、コース外で転倒し、タイヤを空回りさせている愛機を見つめながら呆然としているヴィルトの耳には
 そんな言葉どころか、やかましい歓声やファイターのうるさい実況すらも届かなかった。

 そして、レースは終った。
 結果は聞くまでもなく、チャンピオンチームの圧勝。
 ヴィルトもなんとかレース復帰し、追い上げようとしたのだが、圧倒的差を埋める事は出来ず、大差を付けられたまま敗北してしまった。

「すまない、皆。あそこでコースアウトしなければ…。」
 閉会式も終わり、控え室へ戻るなり、ヴィルトはチームメイトに頭を下げた。
「そんな、リーダー頭を上げてください。」
「そうです、追いつけなかったのは、自分達にも責任はあります…。」

「だが、リーダーはオレだ。チームの責任は、オレの責任だ…。」
「リーダー……。」

 そして、数週間後。
 彼らは、空港にいた。
 ヴィルトは両手にバックを抱えている。それは1日2日の旅行のための生活用品…にしては少々多すぎる量だ。
 そして、それ以外のメンバーは特に荷物を持っていない。全員見送りのようだ。

「本当に行っちゃうの?お兄ちゃん…。」
 メンバーに混じって、まだ幼い少年。
 この間のレースでヴィルトを応援していた少年が、上目遣いで寂しげにつぶやく。
「あぁ。極東の地、日本にあるというミニ四駆の養成所『BRS』。そこへ行って腕を磨こうと思っている。」
「……。」
 その答えに、少年は悲しそうに目を伏せる。
 そんな少年に、ヴィルトは笑顔を向けてしゃがみ込み、頭をクシャクシャと撫でた。
「そんな寂しそうな顔をするな、ファーレン。お前には、みんながいるじゃないか。」
 言って、他のメンバー達に目を向けさせる。
「だけど…。」
「大丈夫だ。兄ちゃんは必ず帰ってくる。今よりももっと強くなって、必ずな。」
 再び少年、ファーレンの目をしっかりと見つめ、力強く言う。
「本当…?」
「あぁ、約束だ!だからお前も、オレが留守の間、皆と一緒に『エーデルリッター』の騎士道を守ってくれ。」
 ヴィルトの言葉に、ファーレンは少し戸惑ったが、すぐに
「うん!」
 と、強くうなづいた。
「それじゃぁ、そろそろ行ってくる。…皆、しばらくの間ファーレンを頼む。
こいつを、立派なミニ四レーサーとして。そして、エーデルリッターを指揮するものとして相応しい男に育ててくれ。」

「はい!」
「我々も、今以上に精進します!」
「それでは、お気をつけて!」

「あぁ、皆もな!」
 片手を上げて歩き出すヴィルト。
 その背中に、ファーレンは大きな声で叫んだ。
「おにいちゃーん!絶対だよ!絶対帰ってきてね!!それまでに、僕も立派なミニ四レーサーになってるから!!」

「おぅ、楽しみにしてるぞ!」

 既に小さくなってしまった兄の背中に向かって、ファーレンはいつまでも手を振り続けた。

 ……
 …

「あれから、もう何年経つんだっけ?」
 旅客機の窓から雲を見下ろしながら、一人の少年がつぶやいた。
「兄さん……。」

 数年前のあの日の約束。
 それだけを胸に、ファーレンは仲間とともに厳しい特訓を重ねてきた。
 あの日勝てなかったチャンピオンチームにも、リベンジし…負けてしまったが、それでも互角の勝負が出来るほどに成長していた。

「僕、あのときよりもずっと、強くなったよ。兄さん。」

 だが、どんなに成長しても
 何年経っても
 兄が帰ってくることは無かった。
 連絡も途絶えてしまい、完全に音信不通となってしまった。

 日本で何かあったのではないか?
 そう心配になったファーレンは一人、日本へと旅立つ事を決意した。

 “必ず帰ってくる”

 今まで兄は自分に嘘をついた事はない。
 だから、いつの日かかならず帰ってくる事に間違いは無いのかもしれない。
 きっと、この行為は兄への信頼の裏切りになるだろう。
 だけど…それでも、兄を心配する想い、兄に成長した自分を見てもらいたいと言う想いの方が勝っていた。

 兄は行き先を告げなかった
 『仲間』と言う甘えを捨てるため、敢えて仲間達が自分の元へと来ないようにするためだろう。

 手がかりは、出発前に言っていた『BRS』と言うミニ四駆の養成所の事だけ。
 それがどこにあるのか、どんな活動をしているのか。
 そんな事は分からない。

 だが、ファーレンは不思議と確信していた。
 日本に着けば。きっと兄に会えると。

「ん……。」
 ファーレンは少し伸びをして、ゆっくり目を閉じた。
 まだ到着まで数時間かかる。
 前に戦った天才レーサーが昔日本に向かった時は、時差ボケでロクに眠れなかったと聞いた事があるし。
 眠れるうちに眠っておいたほうがいいだろう。

 東京国際空港。
 長い長い空の旅は、特にトラブルが起こることもなく無事終った。
「んー!座ってるだけとはいえ、さすがに何時間も何もしないでいるのは少しキツいなぁ…!」
 ファーレンは、長時間座ってなまってしまった体を大きく伸ばしながら、空港を出た。

 空港を出てすぐにタクシーを捕まえた。
 目的地であるBRSは、TokyoのKawa…なんとかと言う地名にあるという情報を得ている。
 正確な地名を知る事は出来なかったが、とにかく『Kawa』が付く事だけは間違いない。
 ミニ四駆の養成所がある場所を虱潰しに探して行くしかない。

「坊ちゃん、見たところ小学生か中学生だけど、一人で来たのかい?」
 タクシーの窓から外を眺めながら物思いに耽っていると、タクシーの運転手が声をかけてきた。
 日本のタクシー運転手は、どうも気さくな人が多いらしい。
「えぇ、まぁ。」
 特にうまい言い回しが思いつかなかったので、適当に相槌を打つ。
「そっか、偉いなぁ~!」
「いえ、そんな…。」
 と、流れ行く景色の中に、ちょっと興味深い光景を見つけた。

「あ、すみません!ちょっと止めて下さい!」
 一旦見つけると、いてもたってもいられなくなったのか、少年は運転手に停止を呼びかけた。
「え、あぁ。」
 何事かとも想ったが、とりあえず適当に車を路肩に寄せてブレーキをかける。
「すみません、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「あぁ、トイレか?」
「まぁ、そんなところです。」
 運転手は、慣れているのか、それ以上何も問う事なく『行っておいで』と目で合図するだけだった。
 ファーレンは、頭を軽く下げてから扉を開いた。

 そして、向かった先は、住宅街の中にある公園だ。
 そこには、ミニ四駆のコースが広げられており、子供達がミニ四駆に興じていた。
「あ、やっぱりやってる!」
 車から見た事だったので、見間違いかとも思ったが、想ったとおりの光景が広がっておりファーレンは顔をほころばせる。

 が、少し様子が違っていた。

「??」
 子供達の表情は曇っており、とてもミニ四駆をやっているときの表情とは思えない。
 近寄ってみる。
 すると、すぐにその原因が分かった。

「これは…!」
 子供達の持っているマシンは、全て破損していた。
 コース上には、その欠片と思われるパーツが散らばっている。

「ひどい…!」
 一つの欠片を拾い、つぶやくファーレン。
「おらー!どけどけ!!」
 そんなファーレンに、乱暴な声が届いた。
「っ!」
 咄嗟にコースから離れるファーレン。

 シャアアアアア!!
 コース上では、まだ二台のマシンが走っていた。
 二台のマシンは、並走し、激しくぶつかり合っている。

「ひゃーっはっはっは!やっぱいいねぇ、マシンハンティングってのは!」
「く、くそぅ!」
 一台は、ローラーに刃物のようなものが取り付けられており
 もう一台は、普通の市販マシンが走っている。
 誰がどう見ても、どっちが悪者かは明白だ。

「…ミニ四駆発祥の地でも、いるところにはいるんだな。あぁいうレーサーは。」
 ファーレンは、静かに懐からマシンを取り出し、スイッチを入れる。
「いくぞ、ヴァイスリッター!」
 純白のマシンを手にコースへとかけていったファーレンは、勢いよくマシンをコースへと放つ。

 コースに放たれたヴァイスリッターはすぐに二台のマシンの後ろについた。

「ん、なんだお前は?」
 バトルマシンを扱っている少年が、煙たそうな目でファーレンを見る。
「悪いね。誇り高きミニ四レーサーとして、君のような行為は放っておけないんだ。」
「けっ、ウザってぇ!部外者は引っ込んでろ!」
 ファーレンの正義面が癪に障ったのか、バトル少年君は標的をファーレンに変更する。

 バトルマシンが、ヴァイスリッターの横に並ぶ。
 そしてフロントのノコギリを押し付けるようにスライドしてきた。
「喰らえ!」
「ヴァイスリッター!」
 ノコギリローラーが当たる寸前、ヴァイスリッターは急ブレーキをかけてそれをかわす。
「こ、のぉ!!」
 バトルマシンは勢いあまって、フェンスにぶつかる。
 そして、そのままS字コーナーに突入。

 ヴァイスリッターはスムーズにこれをクリアするが、バトルマシンはバランスを崩してしまいアウトフェンスにぶつかりながらクリアする。
「くっそぉ!」
 差は広がってしまったが、ストレートで加速し、なんとかヴァイスリッターに追いつくバトルマシン。

「ちょこまかしやがって!今度こそ潰す!」
「無駄だ!」

 再び攻撃を仕掛けようとヴァイスリッターへ体当たりするバトルマシン。
 しかし、またもかわされ、フェンスに激突。
 しかも、今度はノコギリがフェンスに突き刺さってしまった。

「しまった!」
 もう遅い。
 勢いのついているバトルマシンは慣性の法則で、フロントがフェンスに突き刺さったままリアが前方に流れ、それによりバンパーが折れてしまった。

 そして、そのままバランスを崩し、激しくスピンしながらコースアウトしてしまった。

「くっそぅ、なんで、なんで、あんなバトル装備もしてないマシンに…!」
 コースアウトしたマシンを拾い、悔しそうに悪態をつくバトル少年。
 そんなバトル少年に、ファーレンははっきりという。
「当然さ。ミニ四駆はそんな事をするためのものじゃない。相手を傷つけようとすれば、その代償が自分に返ってくる。だから自滅したんだ。」
「ぐっ…!お、覚えてろよ!」

 バトル少年は、そんなお決まりの台詞を吐きながら去っていった。

「ふぅ…お疲れ、ヴァイスリッター。」
 戦い終わった愛機をしまう。
 と、ファーレンに子供達が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん!ありがとう!」
「あいつをやっつけて、なんかスカッとしたよ!」

「(あはは、そういえば。昔、似たような事があったなぁ…。)」
 口々にお礼を言う子供達を見ながら、ファーレンは昔を思い出していた。


それは、数年前の事だった。
バトルレースはアメリカが本場だったとはいえ、ドイツにもそういう嗜好のレーサーはいた。
特に、ミニ四駆を覚えたてで、実力が無かったファーレンは格好の標的だった。

「うわぁ!やめてよぉ!!」
 幼き日のファーレンは、ミニ四駆の練習をしようと近くの広場でマシンを走らせていた。
 そこを狙い、バトル嗜好のある悪ガキがバトルを仕掛けてきたのだ。
「はっはっは!お前みたいな遅い奴見てると、ぶっ壊したくなるんだよなぁ!」
 なんと典型的なチンピラ君だろうか。
 どこからどう見ても小物な彼だが、幼いファーレンにとっては十分な脅威となっている。

「弟に何をしている!!!」
 と、そこにどこからか怒声が聞こえた。
「お、お兄ちゃん!」
 ファーレンの兄、ヴィルトだ。

 ヴィルトは、普段の穏かな姿勢とは想像のつかないような、怒りを露にした表情で悪がきを睨む。
「ひっ!…けっ、え、獲物が増えたぜ!二台まとめてぶっつぶしてやる!」
「出来るかな…!ゆけっ!!」
 ヴィルトが、マシンを放つ。
 そして、マシンは一瞬で悪ガキのマシンへと迫る。
「なっ、早っ!だが、追いついてくれたら好都合…!」
 悪ガキのマシンが、ヴィルトのマシンへと攻撃を仕掛けようと…!
「無駄だ。」

 バキィ!!

 衝撃音が響き渡った。

「なっ!」
 しかし、吹っ飛んだのは悪ガキのマシンだ。
「そんなっ!仕掛けたのはオレのほうなのに…!」
「スピードの差がありすぎたからな。そんなトロい攻撃じゃ、どんな武器を使ったって、カメにすら勝てないぞ?」

「く、くっそー!!!」
 悪がきは、悔しそうに叫びながら逃げていった。

「お兄ちゃん!」
 ファーレンは、突然現れた救世主である兄に抱きついた。
「ファーレン、大丈夫だったか。」
 ヴィルトは、そんな弟を優しく受け入れ。頭を撫でる。
「うん、お兄ちゃんのおかげだよ!ありがとう、お兄ちゃん!」
「気にするな。兄ちゃんは、いつでもお前を守る。」
「うん!」

「だけどな、ファーレン。いつまでも守ってやれるわけじゃない。いつか、お前もオレみたいに強くならなくちゃいけない時が来る。それは、分かるよな?」
「……。」
 諭すような兄の言葉に、ファーレンは言葉を失う。
「ファーレン?」
「…僕、自信ないよ。まだまだ全然弱いし。兄ちゃんみたいには、なれない…。」
 弱々しくそうつぶやくファーレンに、ヴィルトはしゃがみ、目線を合わせてから話す。
「じきに分かる時が来るさ。だが、出来ないと決め付けるのはよくない。たとえ今がどうであれ、未来を信じる事だけは出来るだろう?」
「兄ちゃん…。」

「それに、お前はオレの弟だ。強くなれないはずがない。騎士として、相応しいレーサーになるんだ。ファーレン。」
「……うん、僕頑張るよ!」

 ……。
 …。

 

「(兄さん…。あの時の言葉の意味、少しだけ分かった気がするよ……。)」

 しばらく物思いに耽っていたファーレンだが、大事な事を思い出す。
「あ、そうだ!タクシー待たせてたんだ!…みんな、ごめん。そろそろいかなくちゃいけないから!」
 子供達にそう言って、ファーレンはタクシーが止まってる場所へとかけていった。

 やはり、ピンポイントで詳しい場所を調べなかったのは失敗だった。
 Tokyoの『kawaなんとか』と言うだけではとてもじゃないが、調べようが無い。
 しかし、少し視点を変えて考えてみた
 『ミニ四駆の養成所』なんて、滅多にあるものじゃない…と、思う。日本じゃどうか知らないけど。
 とにかく、養成所らしきところが無いか人に聞いてみて、そこへ行ってみる事にしてみた。
 数人に聞いてみたが、とりあえず今のところは一つしかないらしい。

 そして、ファーレンは数人の人が口を揃えて言った養成所の前へと足を運んだ。

「う~ん…。」
 養成所らしきビルの前にいるファーレン。
 看板に養成所の名前が書いてあるのだが、日本語で書いてあるので読めない(爆)
 が、日本語で書いてある下の方にローマ字で同じ名前が書かれてあるので、かろうじて読めた。

 しかし、頭文字が『H』だった。
 兄が向かった養成所は『BRS』
 つまり、ここは違うという事になる。

「でも、名前が変わったって事も考えられるし…。」
 しかも、今日は休講日らしくビルはしまっている。
 中に入って確認する事も出来ない。
 これ以上どうする事も出来ず、立ち往生しているファーレンに何者かが声をかけた。

「何かお困りですか?」
「え?」
 ファーレンが振り向くと、そこには長身の愛想の良さそうな少年が立っていた。
「あ、えっと…探してる場所があるんです。」
 少し迷ったが、正直に告げてみた。
 何か手がかりがあるかもしれない。
「探し物、ですか?」
「はい。」

 ファーレンは、この少年に『BRS』について聞いてみた。

「ん~BRS…聞いた事無いですね…。」
 しばらく考える素振りをしたが、少年はすまなそうに言う。
「そうですか。」
 少年の答えに肩を落とすファーレン。
 が、少年はすぐに口を開いた。
「あ、もしかしたら…アレの事かな?」
「何か、心当たりがあるんですか?!」
 何か思いついた風の口調に、ファーレンは食いついた。
「えぇ、確証は無いんですが……。」
 ハッキリはしなかったが、ファーレンにとっては渡りに船だ。
 ここで逃したら、もう手がかりは掴めないかもしれない。
「か、構いません!教えてください!」

 ……。
 …。

 そして、少年に教えられるがままにファーレンは、とある町にやってきた。
 都心から少し離れた、下町を思わせる町並みを歩きながら、先ほどの少年に描いてもらった地図を見る。
「えぇっと、地図によれば…この辺だよなぁ……。」

 そして、ファーレンはとある建物の前に立った。
「…ここ?だよね。」
 何度も地図と、今立っている場所を見比べる。
 間違いなくここが目的地だ。
 そして、今目の前にある建物こそ、あの『BRS』という事になるのだが…。

「どう見ても、ただのビルにしか見えないんだけど(汗)」
 そう、この建物はおおよそミニ四駆とは関係のない建物にしか見えない。
 中に入って受付にも聞いてみたが、どうやら何かの製薬会社のビルらしい。

 ファーレンは外に出て、再びビルを見上げて改めて首を傾げた。
「でも、場所はここで間違いないし…。移動したのかな?」
 しばらく建物の周りをウロウロと歩いたのだが、何の成果も得られず、諦めてその場を離れた。

「はぁ…ここまで来て、何の成果も得られずに帰るのか……。」
 ため息をついて踵を返す。
 まだ完全に諦めたわけではないが、出鼻を挫かれてモチベーションが下がってしまう。

 この状態じゃ何をしてもうまく行かないと判断し、ファーレンはとりあえず予約していたホテルへと足を進めた。

 郊外にある、少し休めのホテルについたファーレンは、チェックインを済ませ、部屋に入る。
 一人部屋なので、少し窮屈だが、清潔感のある部屋に柔らかなベッドの上に倒れこみ、ファーレンは一日の疲れを癒した。

「う~ん…!!」
 ベッドの上で大きく伸びをする。
「はぁ、今日は疲れた……。でも、せっかくはるばる日本まで来たのに、兄さんの情報全然得られなかったのは残念だな…。
まぁ、まだ滞在期間はあるし。また明日、一から探そう!」
 忙しない一日だった。
 ファーレンは仰向けになり、夕食の時間まで仮眠を取る事にした。
 明日からはまた当ての無い捜索を始めなければならない。
 それまでに無駄な体力は使わない方が良い。

「ん?」
 と、瞼を閉じる瞬間、テーブルの上に何かチラシのようなものが置いてあるのに気づいた。

 立ち上がり、それを手にする。
「GJC開催?」
 チラシに書かれている見出しを読んでみる。
 どうやら、ミニ四駆大会の告知のようだ。
「参加資格は…当日参加OKみたいだな。日時は…明日か。出てみようかな?」
 そこまで思ったところで、本格的に眠気が襲ってきた。
「ふぁ…とりあえず、今は明日に備えて寝よう…。」
 チラシを元の場所に戻し、ファーレンはフラフラとベッドへと戻っていった。

 ……。
 ………。

「いっけー!ヴァイスリッター!!」

 そして翌日。
 ファーレンはとあるレース会場でマシンを走らせていた。
 後方には、大勢のミニ四レーサー達が犇めき合っている。

『のおっと!!スタートから飛び出したのは、ドイツから特別参加したファーレン・ゲゼル君だぁ!!
だが、レースはまだまだ始まったばかり!後ろでは、トップを奪おうと多くのレーサー達が虎視眈々と狙っているぅ!!』

「うおお!!負けるかぁ!!」
 有象無象の中の一人、少しガタイが良い少年が、一際大きな声を出す。
 その声に反応し、青く塗装されたセイバーが加速し、ヴァイスリッターの後ろにつく。
「っ!」
「このままスリップストリームで引っ張ってもらうぜ!」
 加速を止める少年。
 負担が軽くなるセイバーだが、スピードは落ちない。スリップストリームの効果だ。
「面白い。いいよ!」
 自分のマシンの速度を利用されてるにも関わらず、ファーレンは不敵に笑う。
 そして、一気にマシンを加速させる。
「ついてこれるならね!!!」

 シャアアアアアア!!!

 激しいモーター音を轟かせながらなおも加速を続けるヴァイスリッター

「ついていってやるさ!どこまでもな!!」
 スリップストリームとはいえ、ヴァイスリッターのスピードにぴったりとくっついてくるセイバー。
「やるね!よくチューンされてる…!」
「まだまだここからだよ!」

『ヴァイスリッターとソードセイバーが、ともに急加速!!後続をグングン引き離すぞぉ!!しかし、そろそろホームストレートも終わりが近づいている!
第一コーナーが接近しているぞ!このままのスピードで大丈夫か!?』

 目前に迫る第1コーナー。
 約90度の低速右コーナーだ。とてもじゃないが、普通に走ってトップスピードでクリアできるものじゃない。

「おい、減速しねぇのか?」
 一向にスピードを落とさないヴァイスリッターにくっついている少年は、少し不安げに聞く。
「怖いのかい?」
 が、ファーレンはいたずらっ子のような目で試すように問い返す。
「だ、誰が!」
 ここで不安を認めるのはプライドが許さないのか、虚勢を張る少年。
 しかし、不思議と後悔はしなかった。
 自信のあるファーレンの目がそうさせてくれるのか。
 少年は、何故か不思議な安心感に包まれていた。

 そして、二台のマシンがコーナーへと近づく。

「いけっ!」
 ここで、更にヴァイスリッターが加速。完全にオーバースピードだ。
「なにぃ?!くそぉ、なるようになれだ!」
 セイバーを扱う少年も、覚悟を決め、スリップストリームに身を任せる。

 コーナーに突入するヴァイスリッター。
 が、曲がる事無くまっすぐアウトフェンスへと突っ込む。

 ガンッ!
 ヴァイスリッターの左ローラーがアウトフェンスに激突する。
「げ!」
「よしっ!」
 その反動でフロントが内側へ向き、そのまま横滑りする。

『なんとぉ!ヴァイスリッターはスピードを利用してそのままドリフトだぁ!キレイにコーナーをクリアするぞぉ!』
 しかし、ソードセイバーは横滑りするヴァイスリッターにはついていけず、スリップから外れてしまう。

「くそっ!」

『せいじ君のソードセイバーは、ヴァイスリッターのスリップから外れ、大きく膨れ上がる!!』
 しかし、そのままアウト・アウト・アウトのグリップ走行でコーナーをクリアする。
 この状態で、もっとも減速が少ない走法だ。

「(せいじ…君っていうか。なかなかキャリアのあるレーサーみたいだ。)」

「いけぇ!」
 立ち上がり加速も見事なもので、次のコーナーに差し掛かるまでのストレートでソードセイバーがヴァイスリッターに追いつく。
 しかし、すぐに突入したS字コーナーで、またも差を付けられてしまう。

 S字コーナーのあとは、アップダウンが繰り返すストレートだ。
 ストレートとはいえ、細かくジャンプを繰り返す事になるこのセクションでは、マシンのスピードは上がらない。

「頑張れ!ヴァイスリッター!!」
 着地とジャンプの繰り返しで、バランスが崩れてしまうヴァイスリッター。

『さすがのヴァイスリッターも、このセクションはキツイのか!?タイヤのパワーが路面に中々伝わらず、苦戦しているぞぉ!!』

「うおおおお!!!!」
 少し遅れて、せいじもこのアップダウンストレートに差し掛かる。
「飛べぇ!!!」
 ありったけの気合を込めて、マシンを加速させる。

 風を裂きながら勢いをつけたソードセイバーが、最初の坂を利用して大ジャンプする。

『おおっと!ソードセイバー大飛翔!!風切る隼のごとく、宙を舞ったぁ!!』

「なに!?」
 そのままソードセイバーは、アップダウンセクションを一飛びしてしまう。

 大幅ショートカットし、ヴァイスリッターの前方で着地するソードセイバー。
「よっしゃ!」

『ソードセイバー、奇跡の大ジャンプで大逆転!これは面白くなってきたぁ!!』

「す、すごいなぁ…さすが、ミニ四駆発祥の地!面白いレーサーがいる!!」
 ヴァイスリッターもアップダウンセクションをクリアし、ソードセイバーに追いつく。
 しかし、ここで一つ違和感を感じた。

「…後ろが、静かだ。」
 そう、ずっと二人でトップ争いしていたから気づかなかったが
 さきほどまで後方から聞こえてきたモーター音が、いつの間にか全く聞こえなくなっている。

『トップ二台の戦いは凄まじい!!…ここで、後方の動きも見てみよう!第3位を行くのは……!』
 ファイターも、トップにばかり気を取られていた事に気づいたのか、実況を後ろの方に向ける。

 モニターに、第3位のマシンが映し出される。
 真っ黒な、ジェット機を思わせる形状をしたマシンだった。
『第3位はシュバルツフェレータ!周りに誰もいない、3位独走状態だぁ!!』

「(あのマシンは……。)」
 ファーレンは、あのシュバルツフェレータから発せられる得体の知れない気を感じていた。

『そして、シュバルツフェレータに続くのはぁ……んん??』
 続かない。
 シュバルツフェレータから後ろのマシンが、まったく来ないのだ。

『なんだぁ?後ろが妙に静かだぞぉ…モニター!すぐに後方の映像を映してくれ!』

 モニターに、すぐ後ろの映像が映される。

「っ!」
 その瞬間、さっきまであれだけ騒がしかった会場が静まり返った。

『こ、れは…どういう、事だ…。』
 ファイターも実況をやめ、今現在目に映った光景を整理するので精一杯のようだ。

 モニターには…幾台ものマシンの残骸が…それを拾い、涙するレーサー達の姿が映っていた。
「な、にが…あったんだ…?」

 シャアアアアア!

 いつの間にか、シュバルツフェレータがヴァイスリッターのすぐ後ろについていた。シュバルツフェレータを使役する少年も
 だが、ファーレンは状況を把握するのに精一杯で、そこまで気にかけることができない。

「(なんだ、何が起きたんだ!?僕とせいじ君がトップ争いしてる間に…全員コースアウトしてクラッシュ!?
バカな!不可能じゃないけど、確率的にありえない!
…可能性があるとしたら、一人だけのうのうと3位を走っているこの少年……まさか、彼が…!
いや、それこそありえる事なのか!?たった一人で、あれだけいた人数を一気に再起不能にするなんて、そんな事が…!!)」

「……。」
「っ!」
 いきなり、耳元で息遣いが聞こえてきた。
 反射的に振り向くと、いつの間にそこにいたのか、シュバルツフェレータを使役する少年がすぐ隣まできていた。
「あ…!」
「……。」
 その、少年の瞳を見た瞬間、ファーレンの体は硬直するような錯覚を覚えた。

 なんて…暗い瞳。
 そこには光がなかった。
 光を全て吸い込む、漆黒の闇。
 そう、まるでブラックホールが瞳の中に渦巻いていて、ファーレンの視線を全て吸い込んでいるかのように。

「くっ!」
 これ以上見続けていたらまずい!
 本能的にそう感じ、咄嗟に目を逸らす。

「(だけど、いつの間にこんなに近くに…?確かに、集中力が欠けていたのは事実だ。だけど、全く気配を感じなかった……。)」
 そして、シュバルツフェレータがヴァイスリッターを追い越す。
「なっ…!(このマシン……!)」
 その時、ファーレンはこのマシンに感じていた違和感を悟った。

「音が…無い…!全く、無音で走ってる…!?」

 耳を澄ます。

 シャアアアアアア!!
 聞こえてくるのは澄んだモーター音。これはヴァイスリッターのモーター音だ。
 そして、それに混じってもう一つ、少し雑だが豪快な音も聞こえてくる。これはきっとソードセイバーの音だ。

「……!」
 だが、音はそれだけだ。
 会場が静まっている分、よく聞こえるはずだ。
 なのに、モーター音は二つしか聞こえない!!!

「っ!」
「お、おい!何やってんだ、抜かれてるぜ!」
 少し前を走っているせいじが振り向いて声をかけた。
 それでハッとする。
 そうだ…今はそんな瑣末な事を気にしている場合じゃない。
 このマシンが無音で走っていようが、そんな事は問題じゃないんだ。

「お前…なのか?」
 ファーレンの問いかけに、少年は感情の無い顔をこちらに向けた。
「お前…が…皆を……!」
「……。」
 だが、少年は答えず。表情を一切変える事無く前を向いた。
「お、おい!!」
 シカトされた事が頭に来たのか、ファーレンはヴァイスリッターを加速させ、シュバルツフェレータを抜き返す。
「答えろよ!」
「………。」
 だが、少年は何も言わない。感情の無い瞳を向けるだけだ。
「おい!!」
「…質問もろくにせず、答えだけ欲するとはな。」
「なっ…!」
 そうだ。
 動揺していて気づかなかったが、自分は明確な質問は出していない。
 察して欲しいなんてのは単なる甘えだ。
 この場合は、非を認めたほうがいいだろう。

「…お前が、みんなのマシンを…破壊、したのか…!」
 言った瞬間、ファーレンは即座に口を閉じ、唇をかみ締めた。

 できれば、口に出したくなかった。
 レーサーが
 誇り高きミニ四レーサーが、共に走るべきほかのレーサーの妨害をしたなんて
 それも、こんな大舞台で

 証拠も何も無いのに、自分の口からこんな事言いたくなんて無かった!!
 たとえ、本当でも、たとえ相手がどんな奴でも、同じミニ四レーサーを疑うなんて、本当はしたくない!!

「…だったらどうする?」
「っ!」
 なのに。それなのに
 こんな思いまでして発した質問への答えは、酷く曖昧なものだった。
 曖昧で、それでいて、強い確信と、自分へのあからさまな挑発が込められている。 

「落ち着けファーレン!相手にするな!今はレースの事だけ考えるんだ!」
 第3者として、冷静でいられるせいじが、ファーレンの意識を戻す。
「あ、あぁ…!」
 言われて、少しだけ落ち着きを取り戻す。

「へっ!どんなマシンが現れようが関係ない!全部オレがぶっちぎって優勝してやればいいだけだ!」
「そうだ…!とにかく、勝てばいいんだ!」

 ヴァイスリッターとソードセイバーが並び、加速する。

『さ、さぁ!レースは3台だけとなってしまったが、ますますヒートアップだ!トップをいくせいじ君とファーレン君が猛ダッシュ!!』

 どんどんシュバルツフェレータを引き離す。
 しかし、少年は焦る事も悔しがることもしない。
 ただ、淡々とレースの展開を見つめている。

「シュバルツフェレータ。そろそろだ。」
 そうつぶやく。
 同時にシュバルツフェレータのタイヤの回転数が急激に上がる。
 …無音であるにも関わらず、その威圧感は全てのものを飲み込もうとしている!

『なんとぉ!ここでシュバルツフェレータがスパートをかけた!凄まじいスピード!!』

「なにっ!?」

 ジェット機をモチーフとしているだけあり。直線走行時の空気抵抗が低く、高速走行時に発生する空気の壁を突き破りやすいのだろう。

 あっという間に、シュバルツフェレータはソードセイバーとヴァイスリッターに並び…そして、抜いた!

「なっ!」
「くっ!」

『抜いたー!!ここで、シュバルツフェレータを駆るヴィルト・ゲゼル君が、二台を抜いてトップに躍り出たぁ!!』

「え……!!」
 当たり前のようなファイターの実況。
 それを聴いた瞬間、ファーレンは耳を疑った。
「ヴィルト…ゲゼル……。」
 それは、まさしく。

 自分が常に憧れ。
 尊敬し。
 そして今まさに捜し求めていた、兄の名!

 そして、その名前の矛先は、間違いなく。今抜き去った少年に…!

「嘘だ……!」
 だが、それを否定する前に、異変が起きた!

「な、なんだよ、これ!!」
 まず、せいじが声を上げる。
 それに反応し、ファーレンも気づく。
「あ!」

 マシンが…コントロールを失っている。
 そして、徐々に引き付けられている…シュバルツフェレータの通った軌跡に…まるで、重力に吸い寄せられるように!!

「う、渦だ…!あのマシン、通った後に風の渦を巻き起こして…マシンはその渦に吸い寄せられるんだ!」

 それは、まるで。ブラックホールの強力な重力に吸い付けられる宇宙船のように、無力だった。

「あ、あぁ!!」

 ベキッ!バキィ!!

 ソードセイバーが、重力の負荷に耐え切れず、砕けていく。
『な、なんだぁ!?ソードセイバーが、空中分解!!一体、何が起こったんだぁ!?ほ、他のマシンも、同じように砕けてしまったのか!?』

 一見何も無い場所で、空中分解していくソードセイバー。
 これでは、反則の取りようが無い!

「そ、そんな…!」
「くっ!」
 ガクッと膝を突くせいじ。
 ファーレンは、その二の舞になるまいと急いでマシンに手を伸ばす。

 ピシッ!!
「バイスリッター!!!」

 間一髪!
 ボディに亀裂が入ったところで、マシンを拾い上げた!

「は……あ…!」

『なんと!ヴァイスリッターも、ここでリタイヤだ!そして、シュバルツフェレータが一位のまま…ゴーーール!!優勝は、ヴィルト・ゲゼル君!おめでとう!!』

「な…兄さ…そんな……!」
 傷ついたマシンを抱え、信じられないと言う表情で、表彰台に立っているヴィルト・ゲゼルを見る。

 ヴィルト・ゲゼル…兄と同じ名を呼ばれた少年は、表彰台の上でもやはり無表情のままだった。

 そして、レースが終了し、会場が収容される。

「に、兄さん!」
 会場から出て行く大勢の人ごみにもまれながら、ファーレンはヴィルトの後を追う。

 会場から出て、ヴィルトはすぐに黒いリムジンの中に入っていくのが見えた。
「っ!」
 ファーレンは、急いで近くに止めてあったタクシーに乗り込む。
「すみません!あの黒い車を追ってください!!」
 鬼気迫る様子のファーレンを見たドライバーは、不敵に笑う。
「ふっ、兄ちゃん。それはこのオレが元F-1プロレーサーだと知っての注文かい?お目が高いねぇ。
へっ!あんな値段だけの車なんか、ぶっちぎりだぜ!!」
 ブオオオオオ!!
 とエンジンがすごい勢いでうねる。
「へっ!?いや、抜くんじゃなくて…!」

 ドンッ!!
 言い終わる前に、体がシートに押し付けられた!
 タクシーのスピードの圧力で、体が自由に動かない!!!

 こ、この市街地で、どれだけのスピードを出してるんだ!?

 不自由な体で、なんとか首だけを動かし、スピードメーターを見てみる

 ……120キロは軽く超えていた。

「………。」
 もう、何も考えまい。
 うん、なんとかなる。なんとか…
 ファーレンはそれだけ思うと、意識を閉ざした

 ……。
 ………。

「…い!…ちゃん!お…なって!!」
 耳元から聞こえる声と、ユサユサと揺さぶられる感覚でゆっくりと目を開けた。
 目の前には、タクシードライバーのおじさんの顔があった。
 どうやら、自分に覆いかぶさっているようだ。
「んあ…?」
 状況が理解できず、間抜けな声を出してしまう。
「んあ?じゃねぇって。ついたぜ、兄ちゃん。あの黒いリムジン、あの建物の前で止まっちまった。」
 親指で、その方向を指す。
 ファーレンは体を起こし、それを目で追う。

 確かに、ドライバーの言ったとおり。黒いリムジンは止めてあった。
 大きさは、二階建ての一軒やと同等くらいだろうか?
 少し古びた、灰色の建物だった。

「乗ってた奴も、あの中に入ってったぜ。」
「中に…。」
 自分も、中に入るべきだろうか?
 でも、勝手に入ったら不法侵入に…
 いや、今はそんな事言ってる場合じゃない!
 仮に、アレが兄さんじゃなくて。自分が法的に問いただされたとしても、年齢的になんとか誤魔化せる…多分。

「行くのかい?兄ちゃん。」
「…えぇ。失うものは、無いはずだから…。」
 決意を固める。
 前を見据え、扉を開く。
 そして、駆け出…

「あぁ、待った!」
 っとと!
 前のめりになってブレーキをかけるファーレン。
「ふぇ?」
 そのまま首だけ振り向く。
「お金。」
 ドライバーは満面の笑みで、右手を出した。

「この中に、兄さんが…?」
 ドライバーに料金を払い終え、ファーレンは中に入った。

 中は、殺伐としており。
 何か、小さな工房のような感じだ。
 床も壁もコンクリートで、プラスチックの残骸や工具、資料などで散らばっていた。
 足の踏み場はわずかしかない。ここを裸足で歩けるようになれば、多分火の道だって走れるようになるだろう。

 ファーレンは、所々に見える僅かな踏み場を慎重に踏みしめて歩いていく。
「う~ん…人の気配なんて、無いんだけど…。ほんとに、誰かいるのかな?」

 いろいろ歩き回ったが、ここには誰もいない。
 しかし、ファーレンは地下へと続く階段を見つけた。
「…いるとしたら、ここしかないか。」
 地下への階段を見つけたことで、誰かがいる可能性が一気に増えた

「……。」
 だが、その一歩を踏み出せないでいる。
 ココに来て、怖気づいてしまった。

 確かに、兄への手がかりに一番近い場所がここだ。
 しかし…!
 その、兄は、あれが兄だとすれば…

「くっ!」

 認めたくない。
 兄が、あんな事をするなんて。
 この中に入ることで、それを本当に認めなければならなくなってしまうかもしれない。
 だが、これ以外に兄への手がかりは無いのだ。

 真実であって欲しいという想いと、真実でなければいいという想い。
 そして、真実が分からない曖昧なまま、逃げてしまいたいと言う想い…

「くそっ!」
 あぁ、なんて愚かなんだろう。
 ここまできておいて。今更何を考えている!
 怖がるな!真実から逃げるな!
 たとえどんな結果が待っていようと、全て受け入れるんだ!

 そして、受け入れた上で、そこから何をすればいいか考えればいいだけだ!
 それが、騎士道って奴だろう!?

「行くぞ…!」
 覚悟を決め、階段への一歩を踏み出した!

 地下は、もっと荒れていた。
 瓦礫が散らばっており、所々に山が出来ている。

 だが、よく見たら獣道のように、瓦礫が少なくなっている『線』が見える。
 それも、まるでミニ四駆のコースのように複雑にうねって…

 カンッ!
「っ!」
 音が、聞こえた。
 何かが、瓦礫を弾く音だ。

 カンッ!カンッ!!
 何度も、聞こえてくる。
 音がするたびに、どんどん近づいてくる。
「なんだ…!」
 ファーレンは、見えない敵に身構えた。

 バッ!!
 そのとき、瓦礫の山の中から一台の黒いマシンがいきなり飛び出してきた。
「ぐっ!」
 ゴッ!!
 そのマシンは、ファーレンの腹部に激突し、ファーレンはそのまますっ飛ぶ。

 ガッシャーンッ!!

 瓦礫の山に背中からぶつかり、倒れるファーレン。
「ぐぐ…!あ、れは…シュバルツフェレータ…やっぱり、音がしない…!」

「フォッフォッフォ…いつの間にか、小ネズミが紛れ込んできたようだわい…。」
 どこからか、老人のようなしゃがれた声が部屋の中に響いた。
「な…。」
 立ち上がるファーレン。
 目の前には、車椅子に乗り眼帯をしている老人がいた。
 表情はよく分からないが、口元が緩んでいる。笑っているのだろうか。
 しかし、それは楽しんでいるからと言うより、嘲笑に近い。
 老人は、侵入者である自分が現れたことを…それほど脅威と感じていないようだ。
 それどころか、ゴキブリを正義の名の下に殺すように。
 自分を、侵入者と言う名目で、嬲り殺そうとしているようにも感じられた。

 そして、その老人の横にシュバルツフェレータを持った少年、ヴィルト・ゲゼルが歩み寄った。

「に、兄さ…!」
 言おうとして、慌てて口を閉じた。
 老人は少し怪訝な顔をするが、すぐに元に戻る。

 もう一度、少年の顔をよく見てみる。
 何年も経っているから顔つきは変わって当然だが、やはり、昔の面影は残っている。
「(やっぱり、兄さんなのか…!)」

「ん…ほぅ…フォッフォッフォ……ハーッハッハッハ!!」
 ファーレンの顔をじっくりと見た老人は、いきなり笑い出した。
「???」

「そうか、お前が…あの……。」
 言って、隣にいる少年のポケットに手をいれ、そこから何かを取り出した。
「それは!」
 それは、写真だった。
 そこには、幼い頃のファーレンが映っている。
「…面影は残っているな。なるほど、お前がヴィルトがいつも言っていた弟と言うわけか。」

「っ!じゃぁ、その人は…やっぱり……。」
 兄さんなのか!
 そう言おうとするが、老人の言葉が遮る。
「じゃが、お前さんの知っているヴィルトは、もういない。」
 老人の残酷な言葉に顔を歪ませるが、怯まずに叫ぶファーレン。
「どういう意味だ!」
「こいつはもはや、ワシの傀儡。…我がスクール再建のための、道具に過ぎん!ハーハッハッハ!!」
 何がおかしいのか、再び高笑いする老人。
 ファーレンは、老人の言った言葉からある仮説を浮かべた。
「スクール?…って事は、兄さんが言ってた『BRS』って言うミニ四駆の養成所って…。」

「ワシの経営するスクールの事じゃよ。…だが、それもあるトラブルによって潰れてしまった…。
しかし、ワシは諦めん!必ず、スクールを再建させる!…そのために、ヴィルト・ゲゼル。
彼のミニ四レーサーとしての力、技術者としての才能を利用させてもらっているのだ。」

「なんだって?!」

「ヴィルト・ゲゼルは素晴らしい人材だ。今まで何度もスクール再建のためにさまざまなレーサーを使役したが、どれも役立たずだった。
だが、今度こそ、ワシの夢が復活する!必ずや!ハッハッハ!!」
 高笑いする老人に、ファーレンは憤りをぶつけるように叫ぶ。
「ふざけるな!!兄さんを、兄さんを返せ!!!」
 が、老人はまったく臆する事なく見下すような視線を向ける。
「ふむ…それは出来ない相談だが……。そうだな。」
 ニタニタと、いやらしい笑みを口元に浮かべる。キモイ。
「……?」
 何を考えているのか。
 不審に思いながらも、視線を逸らさず、老人を睨むファーレン。
「ここはミニ四レーサーらしく。決着はレースでつけると言うのはどうかな?」
「レースで……。」

 願っても無い事だった。
 さすがに、力ずくでどうこう出来る問題でもないし。裁判沙汰にするのも面倒だ。
 自分の一番の得意分野で決着が付けられるのであれば、一番楽だ!

「分かった…!受けてたつ!」
 ファーレンの返事に、老人は満足そうに頷き、ヴィルトを促す。
「ヴィルト。レースだ、準備をしろ。」
「了解です。プロフェッサー。」
 静かに頷き、シュバルツフェレータを取り出す。
「…そのマシンも、兄さんが?」

「そう。彼の素晴らしい技術力とワシの財力の賜物だよ。フォッフォッフォ!」

「(兄さんが開発し、そして兄さんが扱うマシン…。僕に、勝てるのか?)」
 拳を握り締めるファーレン。
「(弱気になるな!兄さんを助けるんだ!絶対に、負けられない!!!)」
 気合を入れなおし、ヴィルトと対峙する。
「それで…コースは?まさかこんなところを走るってわけじゃないですよね?」
 ファーレンの言葉に、老人…ヴィルトの言うところのプロフェッサーが意外そうに答える。
「何を言う。コースならあるではないか。」
 言って、瓦礫の中の、獣道のような線を指す。
「ここを、走るのか…!」

「ゴールは、ここから先にあるメインコンピューターじゃ。」
 プロフェッサーが指差す先に、馬鹿でかい円柱状の機械が見える。
 だが、そこまでの道のりはかなり険しい。
「先にあそこに辿り着けたものの勝ち。そこまでの道のりは特に問わん。自由に走るがいい。」
 ファーレンは、しばらく路面の厳しさに思案していたが。
 覚悟を決めて頷く。
「分かった。始めよう。」
 言って、まだ傷の癒えていないヴァイスリッターを取り出した。

 そして、二人はマシンを構える。
「行くぞ…レディ、ゴー!!」
 他二人はどうもスターターが出来るような性格ではないので、ファーレンがスターターを務めた。

 自分のタイミングでスタートしたおかげか、スタートはヴァイスリッターが先行した。

「くっ!予想以上に路面の影響がっ!」
 ストレートだと言うのに、ヴァイスリッターの車体は小刻みにブレている。
 路面に落ちているビスやら破片やらのせいだ。
 念のためにトルク重視のセッティングにしていたが、それでもこの路面に対応しきれない。

 と、いつの間にかシュバルツフェレータが隣に来た。
「っ!そうだ…音が出ないんだよな。そのマシン…。」
 モーター音を出さず、静かに走るシュバルツフェレータ。
 ヴァイスリッターと違い、安定した走りを見せている。
「(この路面で、この走り…一体、どうして?)」
 不思議に思い、シュバルツフェレータの足元をよく見てみる。
「っ!」

 破片が…マシンに触れる前に弾かれている!
 マシンが発生する空力が、障害物を弾き飛ばし、路面を平坦にしているのだ。

「そんな、事が!?」
「人のマシンばかり見ている余裕があるのか?」
「なにっ!」

 ガッ!
 突如、シュバルツフェレータがスライドし、ヴァイスリッターに体当たりする。
「うっ!」
 ふらついてしまい、大きく後退するヴァイスリッター。
 更に、追い討ちをかけようとシュバルツフェレータも減速する。
「や、やっぱり、そういう方針か…!」

「行儀のいいレースなどに用はない。そのマシンを潰してしまえ!ヴィルト!!」

「了解です。プロフェッサー。」

 プロフェッサーの命令を受け、ヴィルトはシュバルツフェレータを使役して何度も何度もヴァイスリッターにアタックさせる。

「くそっ!この路面状態じゃ、避ける事も反撃する事も出来ない!」
 必死にヴァイスリッターを使役するファーレンだが、上手くいかない。
「安心しろ。すぐには壊さない。…十分にお別れを言う時間は与えてやる。」
「っ!」

 知らず、ファーレンの瞳には雫が溜まっていた。
 絶対不利だからじゃない。
 マシンが攻撃されてるからじゃない。
 マシンが壊されるかもしれないからじゃない。
 どんな事情があるにせよ。
 兄の口から、そんな悲しい事を、そんな残酷な事を、聞かなければならないからだっ!

「う、あああああ!!!!」
 我慢できなくなり、感情を爆発させた。
 そのおかげか、マシンに通常以上のパワーが入り。障害物を蹴散らしながら加速し、シュバルツフェレータを一時的に引き離せた。
「フッ、無駄な足掻きだ。」

「もういい、ヴィルト。始末してしまえ。」
 そろそろ飽きてきたのか。プロフェッサーがレース終了を指示する。
「了解です。プロフェッサー。」
 そして、シュバルツフェレータを見据えるヴィルト。

 すると、シュバルツフェレータから薄黒いオーラのようなものが湧き上がる。
 と、同時にシュバルツフェレータのスピードが上がり、徐々にヴァイスリッターに迫ってくる。
「シュバルツ……ゲシュペンスト!!!」
 叫ぶ技名。
 薄黒いオーラを放ちながら走るシュバルツの軌跡には、周りにあった瓦礫が吸い寄せられ、軌跡の中央で、圧縮され押し潰されていく。

「あ。ああ…!」
 どんどん迫ってくるシュバルツフェレータ。
 ヴァイスリッターの爆発的な加速はもう止まっている。
 このままでは、このままでは…!!

「終わりだ。」
 シュバルツフェレータが、ついにヴァイスリッターを追い越した。
 ヴァイスリッターのすぐ横に、どす黒い空気の渦が出来上がる。
 それに、ヴァイスリッターが吸い寄せられる。
「うっ!」

 ピシッ…!ピシッ!!
 押し潰され、ボディに亀裂が入る。
「ヴァ、ヴァイスリッター!!」
 ファーレンは必死に手を伸ばす。

 ガッ!
 勢いよく伸ばした手がマシンに当たり、なんとかその空気の渦から脱出させた。
 しかし、勢いあまって、マシンはあらぬ方向へと飛んでいく。
「くそっ!」
 マシンを掴もうと、両手を突き出してその方向へと跳ぶ。

 バッ!
 なんとかマシンをキャッチし、受身を取る。
 そのままゴロゴロと転がり…その先には…穴があった。
「何っ!?」
 見た感じ古い建物だ。
 床がボロくなり、抜けてしまったのだろう。
「うわあああああ!!!!」
 ファーレンはそのまま地下2階へと転がり落ちてしまった。

 パシッ!!
 ファーレンの脱落を確信し、ヴィルトはマシンを止める。
「フォッフォッフォ。よくやったぞ、ヴィルト。やはりお前は最強だ。」
 嬉しそうにヴィルトの元へやってくるプロフェッサー。
「えぇ。ですが、第1研究室へと落ちていったようですね。」
「構わん。どうせ、あそこは古い資料しか残っておらん。それに、どの道奴のマシンは破壊した。今更どうする事も出来んよ。」

 勝利を確信し、老人は再び高らかに笑うのだった。よく笑うなこいつ。

「ぐ…ぐぐ…。」
 穴から落ちたファーレンは、とある部屋に辿り着いたようだ。
 打ち付けた部分を手で押さえながらも、なんとか立ち上がる。
 受身を取ったおかげか、それほど大事にはいたらなかったようだ。

「ここは…。」
 周りを見てみる。
 散らばった資料に、埃の被った機材…どうやら、古い研究室のような所らしい。
「…研究室、か…。」

 ここで、手元にある我が愛機を見てみる。
 ところどころに亀裂が入り、シャーシもシャフトもひん曲がっている。
 予備パーツならいくらでもあるが、それでも肝心のボディとシャーシが逝かれていてはレースは出来ない。

「クソッ!…待てよ、ここが研究室なら、修理するための機材があるかもしれない!」
 前向きに考え、部屋の中を探索する事にした。

 見た感じ、工具は揃っている。
 製造機らしき機械も、大分古いが、なんとか動きそうだ。
 コンセントは電気が通っていたし、電源も入る。

「…これなら。でも、製造機はデータがないと、形状を形成できない…。」
 さすがに、今のヴァイスのボディを直すには手作業じゃ難しい。
 しかし、機械を使おうにもマシンのデータが…。

 と、ここでファーレンは床に落ちている資料に目がいった。

「これは…!」
 一枚のA4くらいの紙を手にとって見る。
「設計図…だ。」
 設計図には、さきほど戦った『シュバルツフェレータ』が描かれていた。
「ここで、兄さんが…ん?」
 ファーレンは、もう一つ、その紙の中に別のマシンが描かれている事に気づいた。

「このマシンは、まさか…!!」
 設計図に描かれたマシン。
 その形状を見たファーレンは、目を見開く。

 そして、機械に向かい、設計図に描かれているデータを入力した。
「…よし、正常に作動してくれた。後は…。」
 更にデータを入力する。
 慣れた手つきでキーボードを叩く。

 画面には、プログラムを意味する半角の英数字が次々と流れていく。
 入力は順調のようだ。

「…こんなもんかな。」
 ポチッとエンターキーを押す。

 ウィー!
 製造機が動く。
 型を作り上げ、その中に樹脂を流し込む。

 ピーピー!!
 しかし、すぐに警告音が鳴り響いた。

「えっ!?」
 ビックリして画面を見る。

 『形成するための樹脂が足りません。補充した上でもう一度再入力してください。』
 画面には、そのような事が書かれていた。

「そんな…材料不足だなんて…!」
 考えてみれば当然だ。
 しばらく使っていない研究室に、道具があっても、材料がそんなにあるわけがない。
「樹脂が、足りないんだよな…だったら!」
 ファーレンはハッチをあける。
 そして、出来上がった型に、ヴァイスリッターのボディを入れた。

「よし、入った!思ったとおりだ!」
 傷ついて、肉が落ちていたおかげでもあるのだが、ヴァイスリッターのボディは型にピッタリはまった。
 全く違うマシンのはずなのに。
 つまり、それは…。
「兄さんは、このために……。」
 ファーレンはハッチを閉める。
 そして、データを再入力する。

「今度こそ…!」
 エンターキーを押す。
 機械が作動する。今度は止まらずに順調に動き出す。

「よし…!これで、お前は生まれ変わる!!」

 場面転化。
「フォッフォッフォ!シュバルツフェレータは完璧に仕上がっている。あとはこれを量産し、莫大な資金を稼ぐ。そうすれば、我がスクールも…。
ヴィルト、そうなったらお前には最高の地位を与えてやる。」

「…はい、プロフェッサー。」
 既に心を失っているヴィルトにとって、出世の喜びは感じないようだ。
 傀儡の反応に、少し不満気な顔をするが、そうしてしまったのは自分なので納得する。
「まぁいい。では、小汚いネズミを排除し、次の準備に取り掛かるか。」

 プロフェッサーの言葉は、直後に起きた爆音によって遮られた。
「なんじゃ!?」
「むっ!」
 突如、瓦礫の山が爆発した!?
 そして、巻き起こる砂埃の中に一人のシルエットが見える。

「ま、まさか…!」
「ほう…。」
 徐々に、埃がおさまって行く。
 そして見えてくる人物。
 それは……!

「まだ、ゴールはしてないみたいだな!」
 新マシンを手にし、闘志を燃え上がらせたファーレンだった!
「バカな!直したと、言うのか…あんな古い研究室で!?」
 プロフェッサーはうろたえ、額に大量の汗を滲ませた。
 まだ、こちらの有利は揺らいでいないと言うのに。
 それでも、今のファーレンの気迫は相手の心を崩すほどのものなのか…。

 ヴィルトも、マシンを構える。
 心なしか、その表情はさっきよりも引き締まっているように見える。
「レースはまだ終ってない!勝負だぁ!!」
 マシンのスイッチを入れ、走らせる。
「ゆけっ!」
 ヴィルトも、マシンを走らせる。

「いっけぇ!!!」
 ファーレンが渾身の気合を込めて叫ぶ。
 すると、ファーレンのマシンが、先ほどとは比べ物にならないほどの加速を見せる。

「なんじゃ、あのスピードは!?あんな、直したばかりの病み上がりのマシンが、なぜあんな走りが…!」

「直したんじゃない!生まれ変わったんだ!これが、僕の新たなるマシン!」
 その場にいる全員が、ファーレンのマシンに注目した。

 美しく輝くパールホワイトのボディ。
 鋭い稲妻のライン。
 極限まで洗礼されたフルカウルのライン。
 空力を意識したウィング
 シャーシも、完全に一新されている。

 それは、今までのヴァイスリッターとは違う!

「白き稲妻の貴公子!ヴァイスユンカー!!!」
 その名を叫ぶ。
 そう、ヴァイスは、騎士から貴公子へと生まれ変わったのだ!

「な、なんだそれは…!何故だ、何故、あんなスピードが…!!」
 あまりの出来事に、プロフェッサーは思わず立ち上がり、ヨロヨロと歩いて膝を突く。
「この路面で、何故、あのような走りがぁ!!」

 ヴァイスユンカーの走りは、ブレている。ヴァイスリッターと同様に
 だが、それでもスピードはシュバルツフェレータとほとんど変わらない。

「ダウンフォースか。」
 落ち着きをなくしているプロフェッサーとは逆に、ヴィルトは冷静に分析する。
「あのボディ形状が強力なダウンフォースを生み出している。ブレてはいるが、常に路面と密着している。小さな欠片すらも!」

 普通のマシンは、小さな砂利や欠片を踏んだら、小刻みにジャンプする。それによってグリップ力を失い、スピードが落ちる。
 しかし、ヴァイスユンカーは、砂利や欠片を踏んでもジャンプせず、そのままタイヤと地面が密着したまま走っているのだ。
 タイヤが地面から離れないからこそ、ブレてもスピードが落ちないのだ。

「ぐ、ぐぅ。そんなもの、所詮付け焼刃!ヴィルト!力の差を思い知らせてやれ!!」
「了解です。プロフェッサー。」

 シュバルツフェレータが黒いオーラを纏う。
「シュバルツ・ゲシュペンスト!!」
 発動する悪夢の技!
 全てを吸い尽くし、押し潰す風を発しながら、シュバルツフェレータは加速する。

「無駄だ。その技は、通用しない!」
 シュバルツフェレータが、ヴァイスユンカーのリアを捉える。
「むっ!?」
 そして、並んだ!
 ヴァイスユンカーが、シュバルツフェレータの風に捕まった!!

 だが、その瞬間、シュバルツフェレータが何かに弾かれるかのように吹っ飛んだ。

「なんだと!?」
 予想しなかった事態に、プロフェッサーはうろたえる。

「ゲシュペンストが…通用しない!?」
 ここで、ヴィルトが初めて動揺を見せた。
「シュバルツフェレータが旋風でブラックホールを作るなら。ヴァイスユンカーは、全てを吐き出すホワイトホールを生み出す!」
 シュバルツフェレータが体勢を立て直し、再びヴァイスユンカーに並ぶ。
 そして、今度は体当たり攻撃を仕掛けてくる。
「そんな攻撃もきかない!ヴィルベル・ヴィント!!」
 技名を叫ぶ。
 ヴァイスユンカーから、全てを吐き出す風が巻き起こる。
「なっ!」
 シュバルツフェレータは、なすすべ無くその風に吹き飛ばされる。

「シュバルツフェレータが…負ける…?」
 信じられないと言う表情になるヴィルト。
 そんなヴィルトに、ファーレンは告げる。
「そんな不思議な事じゃないよね?だって、そのマシンは兄さんが設計したんだから!」
「っ!?」

「な、なんだと!?」
 ファーレンの言葉に、プロフェッサーは驚愕する。
 どうやら、ヴァイスユンカーの設計図はもらしていなかったようだ。

「嘘だ…。」
「嘘じゃないよ!このマシンは、本当は兄さんのものなんだ!」
「オレはぁ…お前の兄などでは、無い…!お前の兄は、もういない…!!」
 無感情だった瞳に色が映る。
 それは、怒りだった。混乱から来る、行き場の無い怒りの炎が灯っていた。
「そんな事は絶対無い!!例え操られても、兄さんは兄さんだ!!
だって、シュバルツフェレータを作るのと同じ時期に、このマシンを、白く輝く誇り高きマシンを設計できた人が、兄さんじゃないわけがない!!」

「………。」
「僕は、絶対に兄さんを取り戻す!このマシンで!」
 ファーレンは、ヴァイスユンカーを見据え、叫ぶ。
「いっけぇ!!ヴァイスユンカー!!!」

 再び加速するヴァイスユンカー。
 シュバルツフェレータをグングン引き離す。

「オレは…あいつの…オレは……。」
 一方ヴィルトは、完全に覇気を失ってしまった。
 シュバルツフェレータも、それにシンクロするようにスピードを失う。

「ぐっ、うろたえるな!ヴィルト!これは、奴の戦術だ!惑わされるな!耳を貸すな!!」
 自分が一番うろたえてる癖に、ヴィルトに必死に命令するプロフェッサー。

「了解です。プロフェッサー。プランを変更し、奴を追い詰めます。」
 どんなに動揺しても、プロフェッサーの命令が第一のヴィルトは、半ば無理矢理精神状態を平常に戻し、シュバルツフェレータに命令する。
「ゆけっ。」

 バッ!!
 シュバルツフェレータは、コースを外し、瓦礫の山へと突っ込む。

「?諦めたのか…。」
 振り返り、その様子を見ていたファーレンは首を傾げる。
「まぁ、いいや。このまま決めるぞ!ヴァイスユンカー!!」
 お前、『兄を取り戻す』とかは良いのか?(汗)

 そのまま、しばらく走っていたファーレンは、ちょっとした違和感を覚える。
「妙に、静かだ…。」

 と、そこで、ファーレンはある事を思い出した!
 時にはもう遅い!
 瓦礫の山と山の隙間から、一台の黒いマシンが飛び出し、ヴァイスユンカーに体当たりを仕掛けてきた。
「あっ!」
 咄嗟のことで反応できず、そのまま飛ばされるヴァイスユンカー。
 何度かバウンドしたが、クラッシュにはいたらなかった。

 シュバルツフェレータは、そのままいずこへと消えてしまう。
 恐らく、物陰で虎視眈々と攻撃のチャンスをうかがうつもりなのだろう。

「しまった…!そうだ、シュバルツフェレータの武器はゲシュペンストだけじゃない!
無音の走行。そして、障害物をものともしないパワーだ!シュバルツフェレータは、障害物を押し退けながらショートカットして、奇襲を仕掛けてくる!」

 バッ!
 再び、どこからかシュバルツフェレータが飛び出す。
「うっ!」
 なすすべ無くそれを受ける。
 ヴィルベルヴィントを発動する暇も無い。

「くっそぉ…!」
 目を皿のようにし、必死でシュバルツからの奇襲に備えるが、どこから飛び出してくるか分からないので通用しない。

 バキィ!!
 またもシュバルツフェレータからの攻撃を受ける。
 武器も何も無い、単なるスピード任せの打撃攻撃なので、それ自体にダメージは少ない。
 だが、吹っ飛ばされた拍子に辺りの廃材かなんかにぶつかる事で、マシンが傷ついていく。

「でも、なんであのマシンは音がしないんだろう…?」
 設計図も見てみたが、音がしない理由は書いてなかった。

 何故だ…。
 例えば、駆動系に全く無駄が無いとか。
 いや、確かに駆動系の抵抗を完璧に抜くことが出来れば、ギアやシャフトの擦れる音は聞こえなくなる。
 だけど、モーターのコイルが回転する音だけはどうにもならない。
 だったら、モーター自体が特別なものとか?
 いや、だったら、さっきの大会は車検で落とされる。モーターは、市販の指定されたもの以外使用してはならなかったはずだ。
 だったら…。

「待てよ、あのマシンはブラックホールのような空力を生み出してた。空気の渦…渦の中は、真空…。」
 音は、空気が震える事によって発生する。
 では、真空状態は?
 震える空気の無い真空では、音は発生しない!!

「そうか…!あのマシンは、空力でマシンの周りに真空を発生させる事で無音状態を作り出していたのか!」
 しかし、それが分かったところでどうにもならない。
 ……いや!手はある!
「もし、本当に真空状態を常時発生させてるなら…!」
 真空状態を発生させるには、空気を排除させる必要がある。
 空気を排除するには、空気を吐き出さなければならない。
 空気を吐き出しているなら…風が発生しているはず。
 音が無くても、風なら感じることが出来る!

 感じろ…感じるんだ!
 ファーレンは目を閉じ、全ての感覚を研ぎ澄ました。

 風が吹けば、肌で感じる。
 奴がもし奇襲を仕掛けようとするならば、奴が起こしている風も、近づいてくるはずなんだ!

 …フッ……
 感じた。ほんの僅かだし。一瞬だけだったけど。
 でも、確かに空気の乱れを感じた。
 右後ろ!!

 ファーレンは確信を持って力強く振り向く。
 と、同時に飛び出してくるシュバルツフェレータ。

「むっ!?」
「もう喰らうもんか!ヴィルベルヴィントォ!!」
 来るタイミングが分かっていたらもう怖くない。
 即座に技を発動し、防御する。
「くっ!」
 先ほど喰らっている技をまた受けるつもりはないのか。
 ヴィルトは急ブレーキをかけ、攻撃を避けた。

「…なるほど。もう小細工は通用しないと言うことか。」
 ヴィルトは、一瞬目を瞑り、そしてカッと見開いた。
「ならばっ!」
 シュバルツフェレータに、更なるパワーが添付される。そんなエフェクトがかかる。
「…真っ向勝負って事か。こっちも行くぞ!ヴァイスユンカー!!!」
 ヴァイスユンカーの周りにも空気の渦が生まれる。

「シュバルツゲシュペンストォ!!!」
「ヴィルベルヴィントォ!!!」

 全てを飲み込む漆黒の闇
 全てを吐き出す白光の風

 二つの力が激突する!

 回りにある廃材が、その勢いに宙を舞う。
 吸い込まれ、そして吐き出されていく。

「うおおおおおおおおおお!!!!!!」
 互いに全てをかけ、咆哮する。
 精神力も体力も、全て使い切るつもりだ!

 その激突の中で、ファーレンはヴィルトの心にに訴えかける。

「兄さん!想い出してよ!!兄さんは、そんな闇にとらわれたレーサーじゃなかった!誇り高き、ミニ四レーサーだったはずだ!」

「違う!俺は、プロフェッサーの忠実なる傀儡!我が魂は、プロフェッサーのために存在する!」

「でも、どんなに否定しても。兄さんがこのマシンを、レーサーとしての誇りを象徴としたマシンを開発したのは事実だ!」

「っ!(…確かに、覚えが……。)」

「兄さんは心のどこかで、呪縛から解き放たれようとしている部分があるんだ!」

「呪縛…あ、ああああああああああ!!!!!!!」

 突如、ヴィルトは膝をつき、頭を押さえて咆哮した。
「ぐぅううう!!!」
 ヴィルトの脳髄に、さまざまな映像が怒涛のごとく雪崩れ込んでくる。

「(ヴァイスリッター…エーデル……騎士道…なんだこれはわからないこれはおれのなかにあるきおくなぜこんなにおしよせてくるんだ。
どこでどこでおれはかわってしまった。おれはつよくなるためにすくーるにはいりそしてそこでみとめられそれからのきおくがあああああああ!!!!!)」

「兄さん!」
 パシッ!
 突如豹変したヴィルトに、ファーレンはマシンを止めて駆け寄る。
「う…ぐ…。」
 うつむき、小さく呻く。
 そして、しばらくして顔を上げた。
「兄、さん?」
 その顔は、まるで憑き物が落ちたように、晴れやかだった。
 そして、その口が開いた。

「強くなったな。ファーレン。」

「っ!」
 その言葉を聞き、ファーレンの中でさまざまな感情があふれ出た。
 あふれ出た感情は、涙となって流れ出る。

「兄さん…元に、戻ったんだね…。」
 ヴィルトは、ファーレンの瞳から溢れる涙をそっと拭う。
 それが引き金となったのか、ファーレンは一気に感情を爆発させた。
「兄さ~ん!!!」
 とめどなく涙を流し、ヴィルトに抱きついた。
 そして、嗚咽を漏らし、言葉にならない再会の言葉を何度も何度も繰り返す。

「会いたかった。会いたかった!兄さんに、成長した僕の事見てもらいたかった!やっと、やっと……!!」
 そんなファーレンの背中を、ヴィルトは優しく撫でながら、今までの事を謝罪する。
「すまなかったな、ファーレン。心配をかけてしまった。」
「ううん。兄さんが、兄さんが元に戻ってくれただけで、僕は……!」

 ザッ!ザッ!!
 感動の再会に浸っている時間は、そう長くなかった。
 プロフェッサーが、おぼつかない足取りで、二人の元へやってきたのだ。
「ま、まさか、ワシの催眠術が解けたと言うのか…!」
「プロフェッサーB!」

「ぐ、ぐぐ…バカな…バカな……!!」
「お前の野望はもう終わりだ。レーサーも、マシンも無いお前なんか、ただの老いぼれだ!」
 立ち上がり、揺ぎ無い視線ではっきりと言い放つ。
 プロフェッサーは、悔しそうに顔を歪ませたが、すぐに口元を釣り上げる。
「ふ、ふふ…ははは…。」
 それは、その笑いは、どこか、ヤケになってるようで。
 ファーレンは、今日一番の恐怖をそこに感じた。

「ワシの計画は終わりだ…ならば…ならばぁ!!!」
 プロフェッサーは懐から、リモコンのようなものを取り出す。
 そして、ポチッとボタンを押した。

「な、なにを!」
 と、その瞬間。
 ゴゴゴゴ!と地響きが鳴り始めた。
「じ、地震!?」
「いや、これは…!自動崩壊装置だ!!逃げるぞ、ファーレン!!」
 危険を察知したヴィルトは、ファーレンの手を取り、走り出す。

「ふふ、はは…ハーッハッハッハッ!!」
 崩れいく中で、プロフェッサーはいつまでも笑い続けた。

「はぁはぁはぁ…!!」
「はぁはぁはぁ…!!」
 転げるように外に出る二人。
 それと同時に崩壊していく建物。

 二人は、その始終を眺めて、口を開いた。
「はぁ、はぁ…間に合った。」
「うん…。」
 息を乱しながら、二人は無事を確認し、安堵する。
 特に怪我もしていないようだ。

 もう、ここに用は無い。
 二人は立ち上がり、どこに行くでもなく歩き出す。
「兄さん、これからどうするの?」
「ん?」
 ふと、ファーレンが口を開いた。
 一瞬、その質問の意図が掴めず、ヴィルトは聞き返した。
「だから、さ。スクールはなくなっちゃったし。もう、日本にいる意味もなくなったわけで。だから…。」
 久しぶりに会って緊張してるのか、ファーレンの言う事はどうも要領をえない。
 が、ヴィルトはなんとなく何が言いたいのか理解したのか。
 苦笑しながら答える。
「確かにな。だが、まだオレはここで修行を続けたいと思ってる。何もスクールにいる事が全てってわけじゃない。」
「あ…。」
 ヴィルトの返事に、ファーレンは少し肩を落とす。
「すまないな。オレはまだ、帰るつもりは無いんだ。まだ、何か足りないような気がして。
それに、操られていたとはいえ、オレにはたくさんのマシンを殺めてしまった罪がある。その罪を償うまで、ここから逃げるわけには行かない。」
「そっか…。」
 ファーレンは落胆したようにうつむき…そして、顔を上げて言う。
「じゃぁ、僕も残るよ!」
「へっ?」
「兄さんと一緒に、日本に残って修行する!」
 爆弾発言だった。
 ヴィルトは面食らい、慌てて反論する。
「い、一緒にってお前!チームの皆はどうするんだよ!!」
「それは、兄さんが言える筋合いじゃないと思うけど…?」
 ジト目でそんな事言われたら、反論も出来ない。
 そもそも、ヴィルトは助けられた身なのだ。
 兄とはいえ、今の立場はファーレンの方が上だ。
「ぐっ……!」
「それに、大丈夫だよ。エーデルリッターは、僕たちだけのワンマンチームじゃないし。新しいメンバーだって、また入ってくるだろうし。」
 能天気なファーレンの言葉に、ヴィルトは苦笑しながらも
「ん…まぁ、オレも散々勝手な事やってきたし…仕方ないな。」
 承諾するのだった。
「やったぁ!よし、それじゃぁ兄さん!まずは最初の修行だ!」
「え、なんだよ?やぶからぼうに」
「レースだよ、レース!結局、決着つかなかったし。どっちが速いかレースしよう!!」
 ヴァイスユンカーを取り出し、無邪気に言うファーレン。
 これが、ファーレンの本来の性格なのだろうか。
 兄と再会したことで、自分の中の殻を破ったようだ。
「分かった分かった。でも、どっちが勝っても恨みっこはなしだからな?」
 ヴィルトもシュバルツフェレータを取り出した。
「分かってるよ!」

 そして、二人はマシンを構える。
「で、ゴールは?」
「あの夕日!」
「へっ?!」
 見ると、空はキレイな夕焼けに染まっていた。
 ファーレンは、空に浮かぶ夕日に向かって指を指し、高らかに叫んだ。
「レディー、ゴー!!」
 そして、ヴァイスユンカーを放つ。
 ヴィルトはその発言に面食らい、反応が遅れた
「お、おい!」
 慌ててスタートさせるヴィルト。

「いっけぇ!ヴァイスユンカー!!」

 夕日に照らされたヴァイスユンカーとファーレンの笑顔は、何よりも輝いていた。

        おわり

 




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