特別編EX.「親心」
「ただいまを持ってフリックス・アレイに関連する事業の凍結、そして今後の運営権は遠山グループ総裁遠山段治郎へ譲渡する事をここに宣言いたします」
フリックス・アレイの創始者、フリップゴッドこと遠山ゆうじは、苦渋の表情を浮かべながら役員達の前で宣言した。
それは、最愛の我が子を自らの手で殺めてしまうも同然の許されざる行為であった。
フリックス・アレイが誕生してから数年、全てが順調かのように思われた。
単純なおはじきバトルに工作要素とテクニック要素を付与する事で発展させた公式競技『アクティブバトル』は、工作が好きな層、バトルが好きな層とあらゆる層に刺さり人気を博して大会が開かれるほどにもなった。
だから、調子に乗ってしまったのだ。
もっと強く、もっと激しいバトルが出来る機体を自らの手で生み出して世に広めたい。
そうすればきっともっと盛り上がるはずだから。
それがどれほどのリスクがあるかも知らずに……。
皆、より強い力を求めていた。だから、それを提示し与える事が正解だと思ってしまった。
しかし、それは間違いだった。
強すぎる力の出現は世界に収斂を齎し、収斂は収束となり終息に繋がる。
誰もが同じ力を欲し、手に入らぬものは絶望し、手に入れたものは一時的な快楽の後に堕落する。
抗う者も現れたが、その殆どが徒労に終わった。
いや、抗わねばならない時点で既に世界は塗り替えられてしまっているのだ。健全とは言えない。
–––バンキッシュドライバー。
他を圧倒する攻撃力で、どんな機体を相手にしてもどんな状況でも確実にフリップアウト出来る機体。
フリックスバトルにおいて、それはまさにパンドラの箱だったのだ。
–––彼には申し訳ない事をしてしまった。
努力と工夫で勝ち得た栄光、それを踏み躙ったのだ。
恨まれて当然だろう。
父と兄のおかげで負債はどうにかなった。
しかし、事業の撤退と権利の譲渡はやむを得ない。
それからの三日ほどは、何も気力が湧かずただ部屋でぼんやりとしているだけの時間が過ぎた。
しかし、人間どんなショックな出来事が起きたとしても腹が減り眠くなるのと同じように、脳は思考を求めていた。
真っ先に浮かぶテーマは『どうすれば良かったのか?』
バンキッシュドライバーを作らなければ良かったのか?
発表の仕方が悪かったのか?
それとも時期が早過ぎたのか?
グルグルと思考は巡るが、その全てがif故に出口が無い。
不毛なテーマでは満足出来ない脳はすぐに思考を切り替えた。
ここからどうすれば立て直せるか?
レギュレーションで制限を付ける?いや、ルールによる下方修正はより不信感を強める。
より強い機体を作るか?ダメだ、それが新たなバンキッシュドライバーとなるだけだ。
ならもっと多方面での強さを……そんな事は既に試している。
そもそも上手く案があるとして、今更自分に何かをする資格があるのか……?
結局袋小路に陥り悶々とした日々を過ごした。
そんなある日。
「ゆうじ、居るか?」
部屋に兄、えいじが訪ねて来た。
「兄さん……」
えいじは、段治郎の経営する遠山グループの傘下にあるオカルトホラー系作品制作会社の社長を務めている。
それもフェイクではなく本物を追い求めており、科学をはじめ様々な学問の専門チームをいくつも所有している。
フリックス・アレイを立ち上げるに当たって彼の出資や科学チームの協力は大きかった。
「毎日篭ってても退屈だろう。今度千葉県市原市の地層を調査するから気分転換に付き合え」
ここ数日の思考実験によって活性化していた脳は驚くほど精神の回復を齎していた。
与えられた行動のきっかけを断る理由もなく、ゆうじは二つ返事で承諾した。
千葉県市原市田淵某所。
房総半島の山の中にあるその地層にえいじ率いる調査チームは乗り込んだ。
地球には約77万年ほど前に地磁気が逆転し2万年もの間地磁気が不安定だった時期があるそうだが、この地層はその時代の痕跡が表れているらしい。
更にオカルト界隈ではその時期の鉱物には不思議な力が宿ると言われ、その力で繁栄した超古代文明が存在したとも言われている。
実際この近辺ではオーパーツと呼ばれる不思議なアイテムが多数発掘されている。
まぁ、よくよく調べるとその殆どが近代の人間によって作られた偽物と言うオチなのだが……。
ゆうじは調査のための装備を整え、見様見真似で作業に取り掛かる。
しかし、そう簡単に面白い物が見つかるはずもなく何時間も単純な作業が続いた。
「うぅ〜ん!」
何日も引きこもっていた身には、この作業は久しぶりの運動にしては少々荷が重い。
ゆうじは大きく伸びをして身体をほぐした。
その時だった。
「っ!」
一瞬、何かが身体を貫くような不思議な感覚があった。
ギックリ腰にでもなったのかなと思ったが、そうじゃない。
眉間の辺りがジワジワと熱を帯びて、くすぐったいような痺れるような、なんとも言えない違和感がある。
目の前にモヤが現れる。目眩だろうか?
キーンとした耳鳴りが聞こえ、それに導かれるように自然と歩みを進めていた。
調査チームから離れてフラフラとたどり着いた場所には、洞穴があった。
「こんな所に……」
オカルト調査として、これは良いネタになるものが見つかるかもしれない。
ゆうじはライトを照らしながら薄暗い洞穴の中へ入った。
穴は思ったよりも深くなかったようで、すぐに端に辿りついた。
何かの祭壇だろうか?人工的な岩の台があり、その上に黒く光る石がいくつかおいてあった。
「これは一体……?」
ツルツルとしたその手触りはガラス玉を思わせるが、金属のようにズシリとした重量感もある。
ゆうじはえいじに報告すると、早速詳しく調査してみる事になった。
えいじの会社が所有している研究所で、その石を分析してみた。
しかし、特殊なラミネート加工が施されており、破壊してみない限りはどんな物質なのかはハッキリとは分からないようだった。
とは言え、この加工自体が近代の技術なので、そこまで貴重なものではないだろうとの結論になった。
しかし、ゆうじは納得がいかず腑に落ちないという表情だ。
そんなゆうじを見て、そこまで気になるならとえいじはゆうじを事務所の物置に連れて来た。
埃っぽいその部屋には、様々なオカルトグッズ、呪物、書物で溢れかえっていた。
「相変わらず凄いね、兄さん」
非日常的な雰囲気に、ゆうじは苦笑いする。
「そう言うなよ。俺にとっては大事な商売道具……いや、子供みたいなもんだからさ」
子供みたいなもの……その言葉に、ゆうじは痛く共感した。
「うん、分かるよ」
何かを作るものにとっては、作品やその元になるものは子供も同然の宝物だ。
「とりあえず、この部屋にあるのは特にいじっても問題ないから気の済むまで調べて良いぞ」
「ありがとう」
許可を得たので、ゆうじは拾った石を片手に持ちながら部屋の中のグッズや書物を一心不乱に漁った。
「でもなんでこんなもんをそんなに気にするんだ?お前実はオカルトマニアだったのか?」
「そりゃ兄さんの影響で多少は好きだけど、そういうんじゃなくて……よく分からないけどなにか、変な感覚がするというか」
「なるほど……まぁ、根拠がない方がオカルトらしいっちゃオカルトらしいか」
それだけ言うと、えいじは邪魔にならないように口を閉じた。
そして、ゆうじは取り憑かれたように部屋の中の書物を読み漁った。
心霊、パラレルワールド、タイムリープ、異世界おじさん、ピグマリオン効果、シュレディンガーの猫、ラプラスの悪魔……様々なオカルトや都市伝説、SF関連の本を読むがどうもピンとこない。
「これは」
そして、部屋の隅に一冊の古びた本を見つけた。他の本とは明らかに質感が違う年代物だ。
「フリニッチ手稿か。そう言えばこの部屋に保管してたっけ」
「フリニッチ手稿?」
「俺があの地層を調べ始めた時期に、田淵の古本屋で見つけた古文書だ。羊皮で作られてていかにもって感じの本だから良いネタになると思ったんだけどさ」
えいじの説明を聞きながらゆうじはページを開いた。
「……なんだこれ」
ゆうじが本の内容に対して怪訝な顔をすると、えいじは苦笑した。
「意味不明だろ?見たことのない動植物の図解と現実に存在しない言語の文字ばかりで、全く解読が出来ないんだよな。一回ウチの番組でネタにしたけど、取っ掛かりがないからそれっきりだ」
「……これ、借りても良いかな?」
「あぁ、構わないぞ」
ゆうじはフリニッチ手稿を借りて部屋に戻って読み耽った。
しかし、何度読んでも意味が分からない
「……なんなんだ、この動物は。作り話にしては、精巧すぎる……なのに全然意味が分からない」
描かれている動植物は現実には存在しなが、それにしては図解が具体的で本物の図鑑のようだった。
……。
…。
その夜、不思議な夢を見た。
ゆうじはとある荒野に立っていた。
現実感のない……まるでよくあるRPGの異世界みたいな光景だ。
そこには書物に描かれている動植物が蔓延っていた。
雷を纏った大型の猫科動物、炎の翼で飛ぶ猛禽類、巨大な甲虫、豚の顔をした亜人、不思議な霧を発生させる貝、意志を持った岩人形、急速に伸び続ける竹……。
その動植物に対して、どこからか大きなフリックスが飛んできて……目が覚めた。
変な夢を見たなと思いつつも、ベッドから起きて顔を洗い朝食を済ませたのちに再び本の解読を試みる事にした。
「本の影響であんな夢見るなんて……にしても、なんでフリックスまで出たんだ……」
夢で見た妙な動植物よりもむしろ人間と同じくらいのサイズまで大きくなったフリックスの存在の方が心に残っていた。
(あんな機体で戦えたら、面白いだろうな)
夢で見たフリックスが戦っている姿を想像して、少し心が躍った。
するその時、机の隅に置いていたあの鉱物と本がシンクロするように淡く輝いた。
ドクンッ!
胸が高鳴り、頭の中に何かの言語が浮かぶ。
「スペルクリーチャー……?」
思わず、そんな言葉が口から出て来た。
それは、今開いているページに書かれている意味不明な文字を読んでいるかのような感覚だった。
「まさか……」
試しに本のページにその鉱物をかざしてみる。
「うぐっ!!」
思わず顔を顰めた。
目の前にある意味不明だったはずの文字が、読める……?
「チバ、ミネラル……時空を内包……感情を具現化……多世界解釈……可能性の世界を視認……?」
一気に溢れ出てきた大量の情報に混乱してしまい本を閉じた。
(なんで、急に……!)
ゆうじは、未だ淡く輝く鉱物を見た。
もしかしたらこの本は、この鉱物の持つ力の内容が記されているのか?
”破壊してみない限りはどんな物質なのかはハッキリとは分からない”
研究所で言われた言葉を思い出す。
「破壊すれば中身が分かるかもしれない」
逆に言えばそういう事だ。
もちろん、どんな物質か分からないものを下手に傷付けるのはリスクがあるのだが、今はそれよりも好奇心が勝る。
ゆうじは部屋を移動して近くにあるフリックスの練習場に向かった。
練習場に着き、早速フィールドの上に鉱物を置いて、バンキッシュドライバーをセットした。
(……そう言えば、フリックスのシュートするのは久しぶりだな)
感慨深く思いながら、ゆうじは鉱物に向かってバンキッシュドライバーをシュートした。
バキィ!!
バンキッシュドライバーの攻撃を受けて鉱物はパカッと綺麗に割れた。
その断面を確認する暇もなく、ゆうじの周りに異変が起きた
「……っ!!」
目の前の光景がぐにゃりと歪み、浮遊感に包まれる。
そして、少しずつ歪みが収まると、そこに広がる景色は先程まで自分がいた練習場のものとは違っていた。
それはまるでスクリーンセーバーのようや抽象的な空間。
幼い頃の自分の記憶、学生時代、就職活動……。
そして、大人になった今の自分と手を繋いでいる小さな女の子……。
(誰だ、この子は……?)
現れたのは自分が経験した記憶だけではないようだった。
昔観たドラマやアニメ、そこから妄想した空想の世界、溢れる感情を抽象的に表現した世界……多種多様だった。
まるで夢の続きでも観ているかのように次々と映像が切り替わる。
(これが、チバミネラルとフリニッチ手稿の力……!)
溢れ出る情報と感情の渦から必死に意識を保ちながら耐えていると、今度こそ景色が安定しはじめた。
今立っているのは夢の中で見た荒野……異世界の風景だった。
「これは、夢で見た世界」
ようやく、脳がその世界を認識する。非現実な光景にも関わらず、身体はしっかりと現実感があった。
「グルルル……!!」
「っ!」
状況を把握する暇もなく、ゆうじの目の前に電気を纏ったチーターのようなモンスターが現れた。それは、夢で見たものであり、フリニッチ手稿で描かれていたものだ。
ただし、夢で見た時と違い明らかにこちらに敵意を持っている。
「スペルクリーチャー……ライトニングラッシュチーター……?」
頭に浮かんだそのモンスターの名前を呟いた。
タオセ、タオセ……!
と声が響く。
「倒せってどうやって……!」
いかにフリップゴッドとは言え、モンスターと戦う術など持ってはいない。
あるものといえばフリックスだけ……いや、もしかして……。
夢が終わる直前、巨大なフリックスがモンスターを撃破した光景を思い出した。
もしかしたら、とバンキッシュドライバーを手に持つ。
「バンキッシュドライバー……!」
この機体を使って戦う……そう考えた瞬間、ゆうじは躊躇した。
フリックス界を混沌に落としいれて終焉させてしまった忌むべき存在……。
(いや)
バンキッシュドライバーは何も悪くない。
ただ戦うために生まれただけの……大事な子供だ。
(そうか、お前も戦いたいんだな)
バンキッシュドライバーはゆうじのシュートを待っているかのように煌めいた。
覚悟を決めて機体を翳すと目の前に魔法陣が現れる。
「3.2.1.アクティブシュート!」
なんとなく、どうすれば良いかは理解できた。
ゆうじは、魔法陣を潜らせるようにシュートするとバンキッシュドライバーが10倍の大きさに変化して着地した。
「こ、これなら戦える……!」
いや、まだだ、まだ操作出来ない。
ゆうじは何故かそう感じた。
「ニァオオオオン!!」
ライトニングラッシュチーターがバチバチと電撃を発しながらバンキッシュドライバーへ突進する。
「くっ!」
バゴォォ!!!
ゆうじが咄嗟に手を翳しすと、バンキッシュドライバーの後ろに光の壁[フリップバリケード]が出現して支える。
「今だ!」
そう感じた瞬間、目の前に等身大のバンキッシュドライバーのホログラムが現れた
「時間経過でターンが来るのか……!」
ゆうじがホログラムに触れて操作すると、巨大化したバンキッシュドライバーも連動して動いた。
「これがこの世界でのシュート準備……分かるぞ……戦い方が……」
現実世界のようにホログラムのバンキッシュドライバーを手動で変形させる。
バネを縮めて狙いを定めるために向きを変える……そして、シュートした。
「インパクトドライバー!!」
バシュッ!!!
ホログラム機体をシュートすると、巨大バンキッシュドライバーも連動して吹っ飛ぶ。
サイズが10倍なので、速度も10倍だ。そして重量は1000倍になるので、そのエネルギーは凄まじい。
バキィィィィ!!!
バンキッシュドライバーの必殺技はチーターを一撃で遥か彼方へとぶっ飛ばしてしまった。
「はは、やっぱ凄いな、バンキッシュドライバーは」
確かな手応えと満足感に自然と頬が緩む。やっぱりフリックスをシュートして敵を弾き飛ばすのは楽しい。
すると、彼方へと飛ばして倒したチーターがプレートへと変化してゆうじの手元に来た。
「このプレートは……?」
キャッチしたプレートをまじまじと見つめると、なぜか大きな力を感じた。
しかし、のんびりしている暇はない。
すぐに次のモンスターが現れた。
今度は炎の鬣を纏ったライオンだ。
「フレイムヒットレオン……!」
今度のスペルクリーチャーはさっきよりも大きい。
一撃では倒せそうにないが……。
「フリップスペル……ライトニングラッシュ!」
ゆうじはプレートを掲げて宣言する。
すると、バンキッシュドライバーから電気が発せられる。
バチバチバチ!!!
まるで先程のライトニングラッシュチーターの力が宿ったかのようだ。
「そうか、この力なら!電撃のように数秒間連続シュートができるはず!」
直感的に理解したゆうじはバンキッシュドライバーを連続シュートする。
バシュッ!バシュッ!!
重そうなライオンも、連撃を受けてたまらずに撃破!
そして、ライオンもプレートになる。
「こうやってスペルクリーチャーを倒していくと、フリックスに特殊効果を付与するプレートになるのか……」
そして、次に現れたのは風纏う鷲だ
「ストームグライドイーグル……!」
空飛ぶ相手に攻撃を当てるのは至難だが……。
「フリップスペル、フレイムヒット!」
スペルの効果でマインをセットしてからシュートが出来る。
バンキッシュの目の前にマインセットして狙いを定めた。
シュンッ!バーーーン!!!
イーグルが前を通過した瞬間にシュートしてマインを飛ばし、見事ヒットさせた。
「よし、マインヒットだ!」
そして、イーグルも同じようにプレートになる。
「このスペルはどんな効果だろうな」
早く使ってみたいとワクワクしていると、場面が変化した。
目の前には海が広がり、ゆうじは崖の上に立っていた。
そして、現れたのは……巨大なクジラだ。
「オオオオーーーーン!!」
ブシャアアアアア!!!
クジラが海面からジャンプして着水した衝撃で大津波を発生させて攻撃する。
「ぐっ、ウェーブフラッドホエール……!ここからでも狙ってシュートは出来るけど、その後機体が海に沈む……いや、このスペルなら」
スペルの効果を信じて、ゆうじはシュートした。
バシュッ!!
海面のクジラへ攻撃がヒット!さすがバンキッシュドライバー、水上にも関わらず凄まじいパワーだ!
ドボンッ!
しかしバンキッシュは着水し、少しずつ沈み始める。
浮力が足りない、完全に沈み切ったら場外扱いだ。そうなると自滅扱いで折角の攻撃が無効になる!
「間に合え……ストームグライド!」
スペルの効果かバンキッシュの周りに発生した旋風がバンキッシュを崖の上まで運んだ。
再び場面が変化。
今度は人がいない市街地のような場所だ。
現れたのは全身が筋肉ムキムキな鬼や太った豚の亜人のようなモンスターだ。
「ライジングチャージオーガにダイエットサプリオーク……!」
まだまだ戦いは終わらなそうだ。ゆうじの口元は完全に笑っていた。
……。
…。
こんな具合で様々なモンスターと戦い、倒すたびにフリックスに特殊な能力を与えるプレートを手に入れることが出来た。
何体ものモンスターと戦った後にふと目が覚めて現実の練習場に戻った。
「また、夢を見てたのか……?」
頭を整理するように一息ついた。
その時、自分の手にいくつかのプレートが握りしめられていた事に気付いた。
「フリップスペル、プレート……!」
やっぱりあれは現実なのか?手稿に書かれていたように、チバミネラルの力で深層心理が具現化した空間か?
いや、そんな事はどうでもいい。
あの不思議な現象に遭遇した事よりも、ゆうじの意識は全く別の方向に向いていた。
チバミネラルの、時空を内包する力によって実現出来た時間経過で進行するターンシステム……それで可能となるリアルタイムのフリックスバトル……そして、特殊な力を付与できるフリップスペル……。
これらを応用すれば、バンキッシュパンデミックへの解決策になるかもしれない
かすかに見えた希望の兆し……しかし、ゆうじは首を振る。
今更、自分にそれを実現させる資格などあるのか?
「バンキッシュドライバー……」
ゆうじは、物言わぬバンキッシュドライバーを見つめた。
「……そうだな。お前達は子供で、僕は親なんだ……親は子供を育てる義務がある」
例え世間から見放されようと、世界が敵に回ろうとも、親は子供を育てなければならない。
「僕一人でも、フリックスを育て続ける」
ゆうじはそう決意して自室に戻り、パソコンを立ち上げて作業に取り掛かった。
そして、数週間後。
ゆうじは大荷物を持ってえいじの事務所に訪れていた。
「……本当に行くのか?」
寂しそうにえいじが問うと、ゆうじは頷いた。
「兄さんにはいろいろ迷惑をかけたよね、ごめん」
「気にするな、俺はお兄ちゃんだからな」
えいじは力無く笑った。
「どこまで出来るか分からないけど、自分なりに納得出来るまでやってみるよ」
「なにも家を出て、当てのない旅までする事はない思うけどな」
「……ここだと、父さんや兄さんに甘えてしまうから。フリックスは、他の誰でもない僕の子供なんだ」
「分かった。……そうだ、これを」
えいじは懐から一枚の名刺を取り出してゆうじに渡した。
「サンペドロ教会……?」
「道に迷ったらそこを頼ると良い」
さすがオカルト系制作会社の社長。神事系の人脈が広いようだ。
「ありがとう。それじゃあ元気で」
「あぁ、お前もな。たまには連絡よこせよ、親父が心配する」
「……うん」
こうして、ゆうじは遠山家を出てたった一人フリックスの技術発展と懺悔の旅に出た。
既に世間はフリックスを忘れかけている。いくら一人で発展させた所で何の意味もないだろう。
それでも、一人の親として、子供を育て続けなければならない。
それが自分の禊だと信じて……。
……。
…。
それから数週間、えいじは弟と離れた寂しさを感じながらも市原市の地層の調査を続けていた。
「ふぅ……」
長時間の作業に一息付く。すると、どこからか高い声が微かに耳に届いた。
最初は猫か何かかと思ったが違う、これは子供の声だ。
こんな所に子供が来るわけがない。もしかしたら迷子か何か事件に巻き込まれているかもしれないと、えいじは声が聞こえる場所へ向かった。
そこは、この間ゆうじの見つけた洞穴だ。
その石壇の上に、5歳くらいの女の子が泣きながら座り込んでいた。
何故こんな所に子供が?迷子?誘拐?
様々な可能性が浮かんで肝を冷やすが、そんな事よりも真っ先に一つの言葉が口をついて出た。
「リサ……」
何故か、その女の子の名前が自然と浮かんだのだ。
えいじは泣き続ける女の子を保護して警察に届けた。
しかし、女の子には身寄りがなく、いくら調べてもどこから来たのかが分からなかった。
女の子は一度施設に預けられたが、なぜかゆうじの面影を感じたえいじはその子を他人とは思えず、何度かの面会ののち養子として引き取る事にした。
世界は、無数の可能性と共に分岐し続けている。
おわり
