段田バン視点第2話「エイペックス完成!プリベイルを目指せ!!」
SGFC終了後。準優勝し、帰路に着こうとする天崎翔也の前に段田バンが現れスカウトして来た。
「それ、ダントツに面白そうっすね」
そのスカウトに対して、翔也は二つ返事で了承するのだった。
そしてバンは車を手配して翔也を段田ラボへ連れて行った。
「着いたぜ、ここが俺のラボだ!」
「おぉー、いいっすねぇ!本格的だ!」
海沿いに建てられたいかにもな建物を前にして翔也は感嘆の声を上げた。
「あったりまえだろ!なんたって俺のラボなんだから!」
「ここでバンさんはフリックスバトルの研究開発をしてるんっすね」
「ぇ、あ、いやぁ、まぁ、そんなとこだな!優秀なスタッフと一緒にな!はっはっは!」
翔也の羨望の眼差しに対して、バンはバツが悪そうに目を逸らした。
「研究開発の実務はほぼ私の役回りだがな」
と、後ろから声が聞こえたので振り返ってみるとそこに伊江羅博士が怪訝な表情で立っていた。
「あ、伊江羅博士。データの提出はもう終わったのか」
「あぁ、こっちは問題ない。それよりもその子供はなんだ?養子にでもするつもりか?ならせめて籍を入れてからに……」
「んなわけあるか!まぁとりあえず、中で話すわ」
とりあえず、バン達は翔也を促して研究所に入った。
応接室に入り、三人がソファに腰掛けるとリサがホットMAXコーヒーの入ったマグカップを出してくれた。そして、お盆を片付けるとリサもソファに座り、4人がテーブルを囲っている。
「では改めまして、段田ラボへようこそ天崎翔也!俺は所長の段田バン、それから所員の伊江羅博士と遠山リサだ」
「は、はじめまして、天崎翔也です。……すげぇ、遠山リサに伊江羅博士……本物だ……!」
「よろしくね、翔也くん」
「は、はい。あ、そうだ、良かったら後でサインを……30枚ほどいただければ」
「多いだろ。何に使うんだよ」
「いやぁ、クラスメイトに配ったら盛り上がるかなぁと」
「別に良いけど、俺のサインは高ぇぞ?もちろん転売禁止な」
「金取るんすか!?」
「ったり前だ!俺らを誰だと思ってんだ!!」
「そのくらいファンサービスしてくださいよ!」
「ファンサービスするために連れてきたわけじゃねぇんだよ!」
話が彼方へ逸れそうになったので、伊江羅が軌道修正する。
「……それよりも、何をよろしくするのか説明してもらおうか、バン」
「うん、エキシビジョンマッチが終わってから1人でどっかに行っちゃったと思ったら、まさか大会に出てたフリッカーを連れてくるなんて……」
伊江羅やリサの様子から、どうやら自分はバンの独断で連れてこられた事を翔也は察してさすがに呆れた。
「……スタッフに何も言ってないんっすか」
「ははは、いても立ってもいられなくってさ」
「まぁ毎度の事だ。それにお前ならロクな考えというわけでもないだろう」
いい加減ながらも信頼はされているようで、伊江羅もリサもこれ以上バンを責める事はなかった。
「んじゃまぁ、順を追って説明するわ。まず翔也、神位継承戦って知ってるか?」
「あ、はい。ニュースでチラッと聞いたくらいすけど。確か、レジェンドフリッカー達が次期フリップゴッドを目指してるとかなんとか……」
「そ。んで、その条件が『フリックス界をより発展させる事』なわけだが……そのためのパートナーとしてお前をスカウトしたんだ」
「発展て言われても、なんかピンとこないすけど……」
「なるほど。と言う事は、相当腕が立つのか?」
伊江羅博士が試すような視線で翔也を見ると、バンが自信満々に答えた。
「あぁ!なんたってこいつ、さっきのSGFCで準優勝したくらいだからな!」
「ほぅ……」
「そうだ。もうさっきの決勝の動画上がってるかも」
リサはハッと思いついてノートパソコンを持ってきて動画サイトでSGFC決勝の様子が映された動画を開き、みんなで視聴した。
「なるほど、攻撃をギミックに頼らずに純粋なシュートでここまでの戦いを……そして、シュートで補えない部分を機能で補う、か……バンが気にかけるわけだ」
その試合内容を見て、伊江羅博士は頷いた。
「あぁ!ただ強いだけじゃねぇ、こいつの機体や戦い方を見て、翔也と組んだらもっと面白れぇ事が出来ると思ったんだ!」
バンが力説すると、翔也は後頭部に手を添えながら某5歳児のようにニヤケ顔で頬を赤らめた。
「いやぁ、照れますなぁ〜」
「ふっ、なるほど理屈は分かった。確かに神位継承戦のコンセプトを考えればその方針は理に適っているな」
「だろ?」
「とりあえず、まずはその機体の修復とスペックのチェックからだ」
「そうだな。翔也、アペックス貸してもらって良いか?」
「あ、どぞどぞ」
翔也は快く亀裂の入っているアペックスを差し出すと、それを伊江羅が受け取った。
そして一同は研究室へ移動し、アペックスのデータ解析をする事にした。
伊江羅の所持するデスクで、ルーペなどを使いマジマジと機体を観察する。
「なるほど、ストレート性能を犠牲にしてスピンやジャンプに特化したシュートポイント、スピン時に引っかかりやすいボディ形状。そして、サイドウィングに隠されたギミックは……!」
「あぁそれ!スピンしてる時は遠心力で浮くけど、止まると接地するグリップパーツつけてるんです!良いアイディアでしょ!」
どうやら自慢のギミックだったようで、翔也は得意気に声を上げた。
「……大したものだ。これならスピンの機動力と防御力を両立出来る」
「まぁ、回転の持続力は少し落ちるんすけどね」
「スペルでも使わない限り、普通に戦う分には長くスピンする意味無いからな」
次に、伊江羅はアペックスに入っている無数の亀裂に注目した。
「随分と消耗が激しいな。やはり最後のフリップアウトはそれが原因か」
「まぁ、あれだけ派手にシュートすりゃあしょうがないだろ」
「フリッカーと機体のスペックに、製造技術が追い付いてないと言う事か」
「多分な。だから俺らでサポートしようってわけ」
「確かに、あれだけのバトルを実現するためには素人の設備では限界がある」
「うーん、これでも一生懸命作ったんすけどね」
バンと伊江羅の会話を聞き、翔也は苦笑いする。
「悪い悪い、別に貶してるわけじゃねぇんだ。それより、これってどうやって作ったんだ?」
「どうって、普通に模型屋でプラ板買って、パーツを切り出して、接着剤で……」
「んん?模型屋って事は、これスチロール樹脂か!?」
「いや、それはちょっと分からないすけど……」
「まさかABSですらなかったとは」
「ま、まぁ、ABS板は一般に買える場所少ないしね……」
「何を今更驚いている。亀裂の入り方で分かるだろう」
「分かるかよ……」
「え、っと……スチロールじゅし?だと何かマズイんすか?」
翔也がおずおずと尋ねる。
「マズイってほどじゃねぇけど、翔也みたいな戦い方するにはちょっと強度が足んねぇな。……補強改造すれば良いと思ったけど、こりゃ素材から作り直すしかねぇな」
「作り直し……一からですか!?」
「となると、素材強度も加味した上で設計から見直す必要があるな」
「やっぱそうだよな……って事は思ったより手間かかりそうだなぁ」
バンと伊江羅が顎に手を当てて思案すると、翔也が不安気に聞いてきた。
「あの、それってどのくらいかかりそうですかね?」
「そうだな……設計からってなると……」
「早くて2〜3週間くらいだな」
「2〜3週間……そう、ですか」
伊江羅が答えると、翔也の声がやや気落ちした。それを察したバンが翔也の肩に手を置く。
「まぁ、それはそれとして今日のとこはアペックスの修復しとこうぜ。2〜3週間も一フリックス無しってのは落ち着かねぇだろ」
「あ、はい。ありがとうございます!良かったぁ、明日友達とフリックスやる約束してたんで……」
「ははは、まぁそうだよな!よし、んじゃあ来られる時はいつでも連絡してくれ!一緒にすげぇ機体作ろうぜ!」
とりあえず、今日の所はアペックスの修理をして活動を終えた。
そして、後日から翔也とバン達との共同開発が始まった。
ラボの製図室でまずは設計からだ。
「うーん、素材強度が上がるなら、もう少しこの部位は薄くして空気抵抗減らすか?」
アペックスを参考に設計をブラッシュアップしていく。
「ここは逆に厚くした方がいいな」
伊江羅がコンピュータでどんどん設計を形にしていく。
「すげ、こんな風になるんだ……!」
「翔也、重量と重心はどうする?」
「あ、それはなるべくアペックスと同じで!」
「だよな」
「となると、ここは削るか……」
数日かけて設計を完了して次はクレイモデルの作成だ。
設計図に基づいて粘土で立体物を作り、不備がないかのチェックをするのだ。
機械に設計データを入力し、粘土を自動切削機で削って大まかな形を作り、そしてあとは手作業で形を整える。
「うーん、大体こんなもんかな……」
コンピュータ作業は伊江羅が行い、仕上げの手作業は翔也が自分で行う。
「いい感じだな」
「俺的にはもうちょっとここを滑らかにしたいすね」
「とりあえず、設計に忠実にした方がいい。あとは実験をしながら調整する」
「了解っす」
数日経過し、クレイモデル第一号が完成。
このクレイモデルを今度は風洞実験にかける。
「これは?」
「空力のチェックだ。空気抵抗は意外と馬鹿にならないからな」
伊江羅がスイッチを入れると装置内に強風が吹き上がる。
測定しているコンピュータでは、風の流れが表示されている。
「おぉー!」
「これがストレート時の風の流れだ」
機体の尖った部分に風が当たると、流れが複数に分散して乱れていくのがハッキリ分かる。
「結構乱れてんな」
「次にスピンだ」
伊江羅がボタンを押すと、中のクレイモデルを乗せている台座が高速回転し始めた。
「シュート直後の最高速度はこんなものか」
スピンする事で風を弾いていくのが分かる。
「もう少し流れをなめらかに出来そうだな」
改良点も分かったので、再びクレイモデルを切削。
先ほどよりもなめらかになる事を意識して造形し、再び風洞実験をする。
「おっ、いい感じじゃん!」
「ストレート時の抵抗はまだやや高いが、スピン時は及第だな」
「こいつはスピン機だし、俺はこれでいいと思います!」
使い手である翔也が満足しているので、クレイモデルによる風洞実験はこれで完了。
後日。いよいよ本番の製作に取り掛かる。
「機体製作にはさまざまな方法があるが、生産性を気にしないのなら材料の切り出しや削り出しでパーツを作り、それを手作業で微調整して、溶接やネジ止め等で接合していくのがセオリーだ」
「今流行りの3Dプリンターは使わないんすね?」
「機体や製造目的によっては有効だが、3Dでの積層製法はある程度の厚みが無ければ強度や精度を出せない。今回のような複雑な機構の少ない機体のワンオフならフルスクラッチ製法が最も有効だ」
「なるほど」
そして、伊江羅博士の言う製法でパーツを一つ一つ切り出し、それらをまた一つ一つ丁寧に微調整していく。
全てのパーツの微調整が終わったら、次はいよいよ接合だ。
「パーツの溶接は、この特殊パウダーと溶剤を組み合わせて使う。接続部そのものの表面を溶かし、樹脂粉を充填して接合する最も強度の高い方法だ」
翔也はやり方を教わりながら丁寧にパーツをくっ付けていった。
「ギミック部分は自由落下させるから、このリベットを圧入する」
ギミック関節部分の穴にリベットを差し込み、グリップパーツが自由落下するようにした。
「全体が組み上がったらもう一度重量バランスをチェックしながらの再調整だ」
「はい」
翔也はどんどん組み上がっていく愛機の姿にワクワクしながら、伊江羅の指示に従って夢中で製作に取り込んでいる。
そんな翔也の姿を微笑ましく眺めながら、伊江羅はバンへ軽口を叩いた。
「フッ。お前よりも筋が良いな」
「るせぇ、俺はバトル専門なんだよ」
そして……!
「で、で、出来たーーー!!!」
材料や塗料で汚れた顔で翔也は快哉を叫んだ。
「おぉ、ついにやったなぁ!!」
翔也の目の前には白地に赤のカラーリングが美しい機体が光を反射していた。
「これが俺の愛機、エイペックスだ!!」
翔也はエイペックスを手に取り、愛おしそうに眺めた。
「あ、そうだ」
と、翔也は何かを思い付き、アペックスを取り出してそのシャーシを外した。
「このシャーシ、取り付けられるかな」
「同じフォーマットだし、問題ないぜ」
「よし!」
翔也はエイペックスへアペックスに元々付いていたスピンシャーシを取り付けた。
「これで本当に完成だ……これからよろしく頼むぜ、エイペックス……!」
真の愛機が完成しても、昔使っていた愛機を蔑ろにせずにそのパーツを受け継がせる。
その姿に、伊江羅博士は昔のバンを思い出した。
「お前が天崎翔也に惹かれた本当の理由は、こう言う所なのかもな」
「へ?」
バンが首を傾げた時、リサがマグカップを乗せたお盆を持って部屋に入ってきた。
「お疲れ様、少し休憩したら?」
リサに言われ、バンは大きく伸びをした。
「あぁ、そうだな……最後の追い込みは結構キツかったぜ」
「……俺は少し仮眠を取る」
伊江羅は小さくあくびをした後、ヨタヨタと部屋を出ていった。
「翔也、俺らも休憩しようぜ。テストはその後だ」
バンは翔也へマグカップを渡す。
「あ、はい、ありがとうございます」
翔也は促されるまま受け取ったマグカップを啜り、ホッと一息つく。
「ふぅ……疲れたぁ……いやぁでも感激だなぁ、アペックスの時も思ったけど、新マシン完成の瞬間ってやっぱいいっすね!」
「だよなぁ!俺もヴィクターが新しくパワーアップするたびに心臓がドキドキしてたぜ」
「バンさんでもそんな風に思うんすね」
「あったり前だろ。だからフリックスはやめられねぇんだ」
「ですね!楽しみだな、早くこいつでいろんなフリッカー達と戦いたい」
そんな感じで談笑していると、来客を知らせるブザーが鳴る。
モニターで確認すると、そこには剛志とレイジが立っていた。
『よぉ、バン!』
「剛志、レイジ、どうしたんだよ?」
『ついにわしらの商材が完成したんじゃ!神位継承戦で戦うためのな!』
『それで、テストがてらお披露目しようと思って来たんだ!』
「へぇ、そっか!丁度良いや!こっちもフリップゴッドを目指すための新兵器が今完成したんだ!バトルしようぜ!!」
そう言ってバンは遠隔で扉を開けると、モニターを切って翔也に向き直った。
「翔也、早速エイペックスのテストバトルだ!良い相手が見つかったぜ!!」
「マジすか!それはおもしろそうっすね!!」
バンの言葉に翔也は顔を綻ばせてエイペックスを手に取った。
「おっしゃぁ!バトルルームに行くぜ!!」
「……その前に2人とも顔洗ってきた方がいいよ、一応来客なんだし。それまでの応対は私がやっとくから」
リサはバンと翔也の顔を見ながら言った。2人とも作業のせいで汚れており、とても人前に出られる格好ではない。
「あ、それもそうだな。わり、頼むわ」
バンと翔也は洗面所で顔を洗い、サッパリしてからバトルルームへ向かった。
バトルルームでは既にフィールドがセットしてあり、リサ、剛志、レイジが揃っていた。
「おっ、やっと来たかバン!」
「へへ、待たせたな」
「あれ、その子は?もしかして新しいお弟子さん?」
レイジが翔也へ視線を向ける。
「いや、こいつは俺のパートナーだ!神位継承戦で勝つためのな」
「どうも、天崎翔也です!今後ともどうぞよろしく」
「天崎翔也……って、この間のSGFCの準優勝者!?」
「なるほど、良い人材に目をつけたのぅ」
「へへへ、スカウトは早い者勝ちだからな。……っと、紹介が遅れた。こいつらは武山剛志に藤堂レイジ、俺の昔のライバルだ」
「あぁ!あのレジェンドフリッカーの!!知ってます知ってます!」
「おっ、知っとるか。勉強しとるようで感心じゃな!」
「まぁ、このくらいは常識すよ!でも、あの剛志さんとレイジさんに会えるなんてテンション上がりますねぇ!!良かったら後でサインを……」
「落ち着け翔也……」
「がっはっはっ!わしらはバンと比べれば格は落ちるがの!まぁそれもこれまでの話じゃが」
剛志が不敵な表情をする。確かに剛志とレイジは大会成績ではバンに劣るが、神位継承戦を制すればフリッカーとしての格はバンを超える事になる。
「随分と自信ありげじゃねぇか」
「当然じゃ!レイジ、例のやつを」
「うん!」
剛志に促されて、レイジは一つの機体を取り出した。
「こいつがワシと藤堂財閥の総力を結集して作り上げた、フリックス界を発展させる機体!グランドパンツァーじゃ!!!」
真っ白でシンプルなボディ形状の機体は、ワンオフと言うよりも量産機のように見える。
「なんだこりゃ、ただの量産モデルじゃねぇか」
「ギミックも何もない造形機みたい……」
バンもリサもお出しされたものに拍子抜けなようだ。
「ふっふっふっ!このグランドパンツァーの秘密はギミックやスペックじゃないのさ!」
「バン、悪いがお前さんとこのラボでバトルが得意じゃないスタッフを誰か1人呼んできてもらえるか?」
「は?何言ってんだよ、そんなの連れてきてどうすんだ……?」
「いいからいいから」
剛志とレイジに促されるまま、バンは事務スタッフの一人をここへ呼び出した。
「あ、どうも、山田です」
やってきたのはメガネをかけた地味そうな中年男性だ。
「え、えと、私、フリックスバトルの経験無いのですが……」
「なるほど、良い感じじゃな!」
山田のうだつの上がらなそうな感じを見て、剛志は何故か満足気だ。
「ど、どういう事ですか?」
山田は不安そうにバンを見るが、バンは困ったように後頭部を掻いた。
「いや、俺もよく分かんねぇんだけど……剛志、どういうつもりだよ?」
「バトルすれば分かる。山田さん、こいつを使ってバトルをしてくれ」
剛志はグランドパンツァーを山田へ手渡すと、山田は戸惑いながら機体をセットした。
「よく分からねぇけど、翔也!しっかりやれよ!」
「もちろん!いくぞ、エイペックス!!」
翔也と山田がフィールドに着いて対峙する。
「行くぞ!3.2.1.アクティブシュート!!」
「いけっ!エイペックス!!」
「う、うわぁ!」
バシュッ!
山田は完全に日酔ったシュートなのに対し、翔也は堂々としたスピンシュートだ。
猛回転でフェンスに当たり、その反動で奥へ進む。
「す、すげぇ……!アペックスよりもずっとパワー伝わる!」
「先攻は翔也だな」
「よし!」
翔也は難なくスピンシュートでグランドパンツァーを攻撃。その反動でマインにぶつかってマインを弾き飛ばした。
マインヒット3ダメージ。山田残りHP12。
しかも周りにマインもホールも何も無い状態で山田のターンだ。
「うぅ……ええいままよ!!」
ドンッ!!
山田は思い切ってグランドパンツァーをシュートする。
そのシュートは素人にしてはそこそこ強かった。
「っ!」
咄嗟にバリケードを構える翔也。フリップアウトは免れたのでビートヒット1ダメージだ。翔也残りHP14。
「……エイペックス!!」
翔也の攻撃。再び先程と同様の動きでマインヒットを決めた。
山田HP9。
観戦しているバンも楽勝ムードだ。
「さすがに勝負にならないだろ……」
「これからじゃよ、バトルは」
そんなバンへ剛志は不敵に笑う。
「こんなの勝てるわけないですよぉ……」
序盤から一方的な展開に、山田は早くも意気消沈。しかし、剛志もレイジもその表情は余裕だった。
「山田さん、大丈夫じゃ!わしらの機体を信じて思いっきり撃ってくれ!」
「は、はいぃ……!」
山田は言われるままにグランドパンツァーをシュートとする。
ドンッ!!
再び、素人とは思えない強いシュート。いや、先程よりも威力が上がっている。
「耐えろ、エイペックス!!」
ガッ!
今回も耐え切る。しかし、翔也の手はさっきよりも力が入っていた。
「……なかなか面白いっすね」
翔也はニヤリと笑いながらシュート。またもマインヒットで3ダメージ与える。
山田残りHP6。
「山田さん!シュート力はどんどん上がっとる!次で決めるんじゃ!!」
「えぇー……いや、そんな……」
「リラックスですよ!深呼吸してください!」
剛志とレイジの声援を受けて、山田は深呼吸して肩の力を抜く。
「よしっ!やってやる!!」
ドンッ!!
山田は渾身の力でシュート。しかし、グランドパンツァーの向きがやや変わり狙いも若干外れつつ、横っ腹でエイペックスへ直撃。
重心を外しているので威力はかなり減衰したがそれが功を奏して予測不可能な方向へ飛ばされてしまい、バリケードをスルー。
全フリップアウトにより、6ダメージ。
翔也残りHP7。
「エイペックス!」
「やったのぅ!追い付いたぞ!」
「う、うそだろ……!」
「山田さんのシュート力が上がってる……?」
予想もつかなかった大攻撃に、バン達は唖然とした。
「ふふん、これがグランドパンツァーの力さっ!」
レイジが得意気に胸を張る。
「どういう事だ?」
「どんな初心者でも、どんなシュートの癖があっても受け止められる柔らかくて広いシュートポイント。そして、どんな角度、どんな体勢でヒットしても威力を相手へ伝えられる面形状のボディ……このグランドパンツァーは、誰が使っても強いシュート攻撃ができる超汎用型フリックスなんじゃ!!」
「ちょ、超汎用型……!?」
「そう、フリックス界を発展させるなら、初心者救済が1番!」
「って事は、市販化するのか?」
「もちろんそれも考えているけど、それよりも……」
「よりも?」
「各イベントや店舗で無料配布キャンペーンをするのさ!そして、3Dデータもネット上で公開!」
レイジの言う計画にバンはおったまげた。
「タダで!?あの機体を、タダで配るのか!?採算どうすんだよ……!」
「そんなもの、藤堂財閥にとっては端金だからね!それで神位継承戦に勝てるなら安いもの!」
「損して得取れって奴じゃい!ガッハッハッハ!」
「くぅぅぅ、資金でゴリ押しかよ、このブルジョワめ……!」
そして更にレイジは悪い顔をしてバンへ追い討ちをかける。
「あ、言い忘れてたけど、今回のバトルはバッチリ動画に残してるからね!」
「あの段田バンのスカウトしたフリッカーがわしらの開発した量産機に負けた動画がネットに上がったら話題になるぞ!」
「なにぃ!?きったねぇ!!」
「これが戦いじゃ!言っておくが、今のわしらは敵同士じゃからな!!」
「くぅぅぅ、翔也!絶対負けんなよ!!」
翔也はニッと笑い頷いた。
「当たり前ですよ!こんな面白いバトル、負けるなんて勿体無い!!」
そんな2人のやりとりを聞いてリサは思う。
(山田さんに『負けろ』って言わないあたりがバンらしいなぁ)
山田さんはどっちかと言うとバン側の人間なので、そちらへ指示を出す事もできるはずなのだが。
バトルはあくまで真剣勝負。勝ちは指示できても、負けを指示する事はできないのだろう。
「フリップアウト……この私が……!」
いや、初めてのフリックスバトルでフリップアウトができた快感に酔いしれている山田へはどんな指示も通らないだろう。
そんなこんなで仕切り直しアクティブだ。
「3.2.1.アクティブシュート」
「いくぜ、エイペックス!!」
「いっけぇえええ!!」
すっかり自信のついた山田は気合を込めてシュートする。
しかし、それを読んでいた翔也はエイペックスをスピンさせて受け流しグランドパンツァーは場外してしまった。
アクティブアウト4ダメージだ。残りHP2。
「えぇー!?」
「力み過ぎですよ、山田さん!アクティブシュートは相手の動きを見なきゃぁ!」
「くぅ、だったら次は抑えめで……!」
仕切り直しアクティブ。
「3.2.1.アクティブシュート!」
抑えめなシュートをする山田に対して、翔也は容赦無く先手を取る。
「あっ!」
「そんなシュートじゃ簡単に先手取られますよ!」
完全に翔也のペースだ。
「そうか!いくら初心者のシュートでも攻撃力出せるって言っても、アクティブシュートの駆け引きまではフォローできない……!」
「いけっ!エイペックス!!」
翔也は難なくマインヒットを決めて山田を撃沈した。
「マインヒット!勝ったのは翔也だ!!」
「やりぃ!エイペックスの初バトルで初勝利!!」
エイペックスを掲げて喜ぶ翔也へ山田が近寄ってきた。
「いやぁ、負けてしまった。けど、楽しかったよ、ありがとう翔也君」
「こちらこそ、山田さんとのバトル、面白かったっす!」
「どうだ剛志、レイジ!翔也の勝ちだぜ!!」
翔也が勝った事で、バンは剛志達へ得意気になる。
「そうじゃな、天崎翔也の勝ちじゃな。でもそれだけじゃ」
「なんだよ、引っかかる言い方しやがって。素直に負けを認めやがれ!」
「いいや、この勝負わしらの勝ちが見えたようなもんじゃ!」
剛志はバンを指差しハッキリと勝利宣言した。
「なに!?」
「確かに天崎翔也は強い、そしてエイペックスもいいフリックスじゃ。しかし、それでどうフリックス界を発展させる気なんじゃ?」
「あんなスピンやマインヒットに特化した特殊な機体、市販化したとしても扱えるフリッカーは限られてると思うけど?」
「それは、これから……」
「早い者勝ちと言ったのはお前じゃろ。手をこまねいている間にワシらがシェアを独占じゃ!」
「ぐぐ……!」
「良いデータも取れたし。そろそろ行こう、剛志」
「そうじゃな!段田バンも恐るるに足らんかったのぅ!ガッハッハッハ!!」
剛志とレイジは、バン達へ挨拶してラボを去っていった。
取り残されたバンは思い悩む。
「くっそぉ……!確かに翔也のバトルはおもしれぇし、エイペックスも強ぇんだけど、戦い方が特殊なんだよなぁ……!やっぱり剛志達みたいに汎用的なのの方が初心者には合うのか?」
ぐぬぬ……と頭を抱えるバンへ、山田が遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……差し出がましい事を言うようですが……」
「なんだ?」
「確かにグランドパンツァーは使いやすくて、初心者の私でもバトルを楽しむ事が出来ました。ですが、それは翔也君とエイペックスを相手にしたからだとも思うんです」
「翔也とエイペックスを……」
「はい、翔也君が面白く戦って勝つからこそ、それを相手に出来た私もその勝利の内容に貢献できたと言うかなんと言うか……すみません、生意気な事を」
「いや、良いんだ……もしかしたらその通りかも知れねぇ」
山田の言葉に何かを感じたのか、バンの中で思考がつながっていく。
「でも良いっすねそれ!俺がエイペックスでいろんなフリッカー達とおもしれぇバトルすれば、皆ももっとおもしれぇバトルが出来るようになる!」
「翔也……」
「そうだ!その中からもっといろんなフリッカーをスカウトしておもしれぇ機体作れば良いじゃないですか!」
「なにぃ?」
「だって、世界にはいろんなフリッカーがいるんですよ!俺の戦い方が特殊だって言うなら、他にも別のタイプのフリックス用意すればどんな初心者でも何かしら刺さりますよ!」
「剛志達がゴリ押しなら、こっちは範囲攻撃しろってか?」
「そうそう!」
「プリベイル……」
ふと、リサが呟いた。
「ん、ヴィクターがどうかしたか?」
「ううん、そうじゃなくて。プリベイルって『勝利』って意味の他にも『普及』って意味もあるから。いろんな形の勝利を、自分が勝っても相手が勝っても面白いって思える勝利を普及していけばいいんじゃないかなって」
「勝利の、普及……プリベイルか」
「良いっすねそれ!」
「だな!よっしゃ、俺達でプリベイル大作戦と行こうぜ!!」
つづく