弾突バトル!フリックス・アレイ 超X 第1話「神田達斗、ダントツとの邂逅」

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第1話「神田達斗、ダントツとの邂逅」

 

 木枯らしの吹く12月中旬の金曜日。
 千葉県市原市姉ヶ崎駅から北側へ徒歩10分ほど行った先にあるイタリアン風ファミリーレストラン『ザイセリヤ』。
 その裏にある戸建の住居【神田家】にこの物語の主人公は住んでいた。
 2階の子供部屋。扉には『達斗』とネームプレートが貼ってあり、その部屋では12〜3歳くらいの男の子がベッドの中で眠っている。
 時刻は午前6時半。普通の子ならまだまだ微睡の中にいる時間帯だが……。

 この少年、神田達斗の朝は早い。
 セットした目覚ましが鳴る3分前に目を覚まし、的確な指捌きで目覚ましをオフにする。
 そして、そっと布団から抜けて抱き枕を代わりに仕込んで布団を被せる。
「……」
 息を潜めて音を立てないように、扉へ向かった。

 コンコン。
「っ!!」
 控えめなノック音が聞こえ、達斗はビクッと身体を硬らせた。
 そっと方向転換して部屋の隅に身体を寄せて息を顰める。

 扉の外から甘く可愛らしい声が聞こえてきた。
「たっく〜ん、朝だよ〜……お姉ちゃんが起こしにきたよ〜……」
 起こしにきたという割には囁き声なのだが……。
 キィィ……。
 声の主によって扉が静かに開かれて、中学校の制服を着た少女が忍足で入ってくる。
 大きな瞳に栗色でサラッとしたロングヘア。後頭部には大きなリボンを付けていて、一見幼い容姿をしていながらもどこか大人びた雰囲気も感じさせる……。
 いや大人びた雰囲気を感じさせるのは低身長の割に恵まれたスタイルのせいだろう。出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる。
 誰の目から見ても正統派な美少女だ。
 そんな少女は、壁際で息を潜める達斗に気付かず、ベッドの膨らみを見て微笑んだ。

「くふふ、よかったぁ。今日はまだ寝てるね……たっく〜ん!朝だよ〜〜〜!!!」

 ドッ!!
 少女はミニスカートが捲れるのも構わずベッドへ向かってル○ンの如くダイブした。

「たっくんたっくん〜!!スリスリスリスリ〜〜!!!」

 ベッドの膨らみへがっしりと抱き着き、超高速で頬擦り。おおよそ、起こしにきた人間のする行動と思えない。
 まるで動物をウザ可愛がりするムツゴ□ウのようだった。

「……」

 その様子を、達斗はドン引きしながら眺めていた。
 もしも抱き枕デコイを用意していなかったらアレをモロに喰らっていたのだ……。
 だからこそ、神田達斗の朝は早い。

 とは言え、デコイの効果は長持ちしない。
 少女は自分が抱き付いている対象の違和感に気付き、ゆっくりと後ろを振り向き達斗と目があった。

「お、おはよう、美寧姉ぇ……」
 達斗がぎこちなくあいさつすると、美寧と呼ばれた少女は不満げに声を荒げた。
「あーーー!たっくんまた起きてる!!ダメでしょ、寝坊してなきゃ!!!」
「起こしにきた人間のセリフじゃないだろ!!」
 本来は起こそうとした人間が既に起きていたら、手間が省けて良いものだが、美寧の目的は達斗を起こす事ではなく眠っている達斗そのものなのだ。
 とは言え、そんな邪な思惑が通用するはずもなく、達斗のツッコミこそが正論であり反論の余地はない。
「むぅ……!」
 何も言い返す事が出来ず、美寧は可愛らしく頬を膨らませるしかなかった。
 そんな美寧に対して、達斗は顔を赤らめ、少し視線を逸らしながら辿々しい口調で言う。
「そ、そんな事より制服、シワになるぞ……それと……スカートも……見えてる……」
「え」
 達斗に言われて美寧は視線を自分の下半身へ落とす。
 ヒラリと捲られたスカートからは艶かしく肉の付いた太腿が伸びており、更にその奥の白い布も露わに……。
「はっ!」
 美寧は顔を赤くして慌ててスカートを直した。
 良かった、どうやら一般的な恥じらいは持っているらしい。
「……」
「……」
 お互いに視線を逸らし、少し気まずい空気が流れるが、すぐに美寧は気を取り直して揶揄うようなジト目で達斗を見る。

「たっくんのエッチ」
「なっ!?」

 その理不尽過ぎる一言に、達斗の目は見開き顔が更に赤くなった。
「な、な、なぁぁ〜〜……っっっ!!!」
 金魚みたく口をパクパクさせながら息を吐くも上手く音にならない。

「っっキウィ!!!!」

 目を硬く瞑って、絶叫。目尻からは涙が溢れていた。
「あ、あわわ!ご、ごめんねたっくん!!」
 美寧は慌てて立ち上がって駆け寄り、達斗を宥める。
「……僕悪くないのに……」
「そ、そうだよね!お姉ちゃんが悪かったね!」
「……エッチじゃないし……」
「うんうん!たっくんは紳士なハードボイルドだもんね!うん、うん!」
「……うん」
「ほら、朝ごはんできてるよ!早く食べよ?」
「……食べる」
 食欲は何も勝るのか、達斗の機嫌も治ってきた。
「それじゃ、お姉ちゃん下で待ってるからね」
 美寧はそそくさと部屋を出ていった。

 着替えを終えて達斗は一階の台所へ向かう。
 テーブルには、ほかほかの白ご飯にわかめの味噌汁。そしてベーコンエッグという日本人らしい和洋折衷な朝食が並べられていた。

「どう?今日の朝ごはんも美味しそうでしょ?」
 制服の上にエプロンという趣深い格好で配膳しながら美寧は自信ありげに達斗の反応を見る。
「うん、いつも通り美味しそう……って、あれ?」
 しかし、どこか違和感がある。
 料理自体には問題ないのだが、足りないピースがある。
 食事のために必要なものと言えば、料理、それを盛るための食器、それを乗せるためのテーブル、そして……。
 そう、この素晴らしく豊かな香りを漂わせている料理を食すための道具、箸が無いのだ。

「箸がない」
 達斗が思わずそう呟いた瞬間、美寧がニコニコしながら白々しく謝った。
「あ、ごめんね!出し忘れちゃって!このままじゃ食べられないね!しょうがないからお姉ちゃんが食べさせ…」
「箸くらい自分で取る」
 達斗は美寧を無視して棚へ箸を取りに行く。
 それに対して美寧は抗議した。
「たっくん、それは精神的なDVだよ!!」
「なんでだよ」
「たっくんにご飯食べさせる口実を作るためにわざわざ箸を出さなかったお姉ちゃんの気遣いを無下にして……!」
「いや、ちょっと何言ってんだか分からない」
「この、ドメスティックブラザー!」
「どこから突っ込めば」

 ちなみにDVとはドライブヴィクターの略ではない。
 そしてドメスティックに暴力的な意味はない。

「そもそも正確には僕、美寧姉の弟じゃないし。血筋的にも戸籍的にも」
「うっ、痛い所を……!」

 美寧は制服の名札がついている胸元付近を抑えながら言う。そこには『上総』と書かれていた。達斗とは違う苗字だ。
 そう、『美寧姉』とか言っているが、実際の所達斗と美寧に血の繋がりはなく、そして戸籍上も姉弟ではないのだ。

「痛い所って、美寧姉が希望したんじゃんか。養子じゃなくて里子の方がいいって」
「そ、それは……で、でも、戸籍も血の繋がりもないただの歳上の可愛い女の子と一つ屋根の下でイチャイチャ出来るなんて男の子の憧れでしょ!?」
「自分で言うか……」
「え、お姉ちゃん可愛くない!?」
「いや、そう言うわけじゃ……」

 そう言うわけではない。
 達斗にとっても美寧は非常に魅力的だ。ベタベタされて嬉しくないわけがない。
 しかし、それでもそれを享受出来ない深い事情があるのだ。

 それは……。

 

 

 カッコ悪いから!

 

 

 

 達斗もいい歳の男の子だ。可愛い歳上の女の子への憧れもある。
 しかしそれと同時に、いい歳の男子特有の『女に興味のない硬派な男』への強い憧れを持っているのだ!!

 それ即ち

 

 中二病!

 

 人は誰しも、『他者に見せたい理想の自分』と言うイメージがあり。
 成長の過程で現実的な能力や社会的立場と擦り合わせて『外面』と言う形で落とし所を見つけていく。
 が、まだ社会経験の少ない子供はその擦り合わせが未熟であり、自分への理想は止まる事を知らず中途半端な知識と共に無限に肥大化していく!それこそが中二病!!

 達斗はまさにこの中二病真っ只中な思春期男子であり、それ故に美寧の行動を表面上受け入れてデレデレする事など到底不可能なのである!!!

「って!もう時間ないじゃん!!」
 ふと時計を見た達斗は慌てて箸を取って席に着いてご飯を掻っ込んだ。
「よ、よく噛んでね……!」
 フードファイターばりの勢いで食べる達斗をハラハラしながらも、美寧は火傷したり喉に詰まらせないよう冷たいお茶を用意した。
 ちなみに佐倉産の佐倉茶だ。千葉はかつて静岡に次ぐお茶の名産地だったと言う事は周知の事実だろう。

「んぐんぐ!ごちそうさま!」
 お茶を飲み干し、食器を流しまで運び、達斗は家を出た。
「い、いってらっしゃい」
 慌ただしく駆け出す達斗を見送り、美寧は片付けのためにキッチンへ向かった。
 その時、付けっ放しのテレビからバトルフリッカーコウの溌剌とした声が聞こえて来た。

『さぁ皆!フリックスニュースの時間だぞぉ!先日行われたFICS決勝戦、優勝はインド代表のヴィハーン選手だ!ヴィハーン選手は、第1回FICSから参戦しているベテランだが、今回が念願の初優勝!早速、彼の苦難と栄光の歴史を振り返ってみよう!!』
 画面に、ヴィハーンの試合のハイライト映像が映し出される。

 プチンッ!
 その瞬間、テレビの画面が消えた。
「……」
 リモコンを持つ美寧の表情は、先ほどまで達斗へ見せていた笑顔はなく、冷たく無機質だった。

 家を出た達斗が真っ先に向かったのは学校への通学路ではなく、隣にあるファミリーレストラン『ザイセリヤ』だ。
 まだ開店前のこの店の従業員専用口に入る達斗。

 中では、従業員達が忙しなく開店準備をしていた。
「おはようお父さん。すぐ掃除するよ」
 達斗は慣れた手付きで掃除用具を取り出して店内の掃除を始める。
 この店は達斗の両親が経営しており、毎朝掃除などの手伝いをしてから学校に向かうのが達斗の日課だった。
「おぉ、ありがと。助かるよ〜」
 厨房で仕込みをしている小太りな中年男性が軽く返事をした。
 達斗は手際良く掃除をしていき、みるみるうちに店内が綺麗になっていく。
「おはようたっくん」
 そんな達斗へ、30代半ばくらいの綺麗な女性が話しかけてきた。
「おはようお母さん」
 母親だったようだ。
「いつも偉いわねぇ。よしよし」
 母はニコニコしながら達斗の頭を撫でる。
「やめてよ。いつもの事なんだから」
「そう言えば、美寧ちゃんに朝ごはん食べさせてもらった?」
「は?」
「わざと箸を出し忘れたら、食事中にイチャイチャ出来る口実になるってアドバイスしたんだけど……」

「お母さんの入れ知恵か!!!」

 美寧の達斗への態度はこの母親の影響がデカいのである。

 ……。
 …。
 店の手伝いを終え、達斗は通学路を一人歩いていた。
 周りには同じ学校を目指しているであろう子供たちがワイワイはしゃぎながら歩いているのだが、達斗はその中には加わらず、賑やかな喧騒がより一層達斗の孤独を際立たせていた。

「よっ、タツ!」
 そんな達斗の背後から一人の背の高い少年が肩を組んできた。
「うわ!……ビックリした。なんだ翔也か、おはよ」
 達斗とは逆に孤独とは無縁そうな如何にも陽キャと言った感じの少年はニカッと気持ちのいい笑顔で達斗へ話しかける。
 この少年は天崎翔也。小学低学年の頃からのクラスメイトで幼馴染みたいなものだ。
 誰とでも仲良く出来るコミュニケーション強者で、人見知りしがちな達斗ともよく絡んでくれる。
「おう!なぁなぁタツ!今朝のフリックスニュース観てくれたか!?」
「……前も言ったけど、朝は忙しいからテレビ観れないんだって」
「そうだっけ?せっかく俺テレビに出たのになぁ」
「え、テレビに!?……って、そうか、そう言えばなんかの大会の予選突破したんだっけ」
「スーパーグレートフリックスカップな!いよいよ明日決勝だからさぁ、もう今から腕が鳴って仕方ないぜ!なっ、アペックス!」
 翔也は懐から『アペックス』と呼んだ機体を取り出す。楽しみが全身から溢れ出しているようだ。
「そっか、頑張れよ」
「サンキュ!タツも明日観戦に来ないか?チケットならあるぜ!」
 翔也が長方形の紙を出してヒラヒラさせる。が、達斗の返事は渋い。
「んー、土日は店が忙しいから」
「あー、まぁそうか。いつも大変だな」
 ある程度事情知ってる翔也はすんなり納得した。
「別に、手伝い自体は楽しいから」
「働き者だねぇ、感心感心」
 何か偉そうに頷く翔也。そこへ一人の女子が話しかけて来た。

「あっ、翔也じゃん!おはー!今朝のテレビ観たよ!明日絶対応援行くからね!!」
(今野さんか……)
 今野ミハル、如何にも流行に敏感なミーハーと言った感じの軽そうなイマドキ(死語)風の少女だ。翔也も彼女と同じくらい軽快な返事をした。
「よっす!サンキューミハル!絶対優勝してくるぜ」
「それでさ。相談なんだけど、あたしの知り合いで翔也の試合見たいって子結構いるんだよね〜、チケット余ってない?」
 ミハルが手を合わせてウインクをすると翔也は気前良く数枚のチケットを取り出してミハルに渡した。
「ったくしょうがないなぁ。その代わりバッチシ応援頼むぜ」
「もち!甲子園の応援団よりデカい声出しちゃうからね!」
「ははは!そいつぁ頼もしいや!」
 達斗を放っておいて盛り上がる二人。
 そこへ更に三人組の少年達が翔也へ声を掛け来た。
 そろそろ学校が近いのでその分知り合いのエンカウント率が上がるのだろう。

「よぉよぉ翔也!明日いよいよ決勝だな!頑張れよ!!」
「翔也君ならきっと優勝出来るよ!」
「二人とも、あまりプレッシャーかけない方が良いよ。翔也君、何よりリラックスするのが大事だからね」
「あぁ、サンキュー!シチベエ、ムォ〜ちゃん、ガクシャ!」

 色黒のチビが七谷陽平(通称シチベエ)、小太りな少年が奥本四吉(通常ムォ〜ちゃん)、らっきょにメガネをかけたようなヒョロガリが山下学太郎(通常ガクシャ)だ。
 この三人はそれぞれ図画工作が得意な仲良し三人組なので、『ズコウケイ三人組』と呼ばれている。
 もちろんその工作力はフリックスにも遺憾なく発揮されているらしい。

「なに、あんた達も明日試合見に行くの?」
 ミハルに問われると、シチベエは何故か自慢げに返事した。
「当然だろ、友達なんだから!……それでさぁ翔也〜、ちぃっとばかし相談があるんだけどさぁ〜」
 シチベエは手で胡麻を擦りながら翔也へ近づく。
「な、なんだよ?」
「俺達も翔也のせっかくの晴れ舞台の応援に行きたいんだけどよぉ、でもチケットって高いだろ?どうにか都合付かないかなぁ?」
「シチベエ君、やっぱり図々しいよ。お小遣い前借りして当日券買おうよ」
「これから戦わなきゃいけないアスリートにタカるってのは品性を疑うね」
 仲良しだからって何やるにしても同意見になるわけではないのか、シチベエの言動はムォ〜ちゃんとガクシャに嗜められた。
「なんだよなんだよ、お前らだって最初反対してなかったじゃないかぁ!」
「それは単に、シチベエ君が本気で言ってると思わなかったからだよ」
「ちぇ〜、俺だけ悪者みたいに」
 むくれるシチベエを翔也は宥めた。
「ははは。まぁまぁ、チケットはあるからさ……あ」
 カバンを弄る翔也はハッとした。
「悪い、切らしちゃったみたいだ」
「なんだよ〜ぬか喜びさせやがってもう〜」
「だから当日券買おうよ……」
「あ、もしかして、あたし貰いすぎちゃった……?」
 ミハルがバツが悪そうに呟くと、地獄耳のシチベエはそれを聞き逃さなかった。
「あ!今野まさかお前、明日決勝を戦うアスリートにチケットタカったのか!?ズルいぞ!!」
「シチベエに言われたくない〜。それにこういうのは早い者勝ちだよ」
 ミハルは数枚のチケットをワザとシチベエに見せびらかしながら逃げ回る。
「くっそー!一足遅かったぁ!!」
 悔しがるシチベエへまた別の少年が話しかける。横にトサカが伸びたような髪型が特徴的なその少年は髪をかき上げながらナルシストに言った。
「ふっ、ベイベー。朝からそんな小さな事で騒ぐなんてナンセンスだよ」
(琴井スナ夫……!)
 彼は、かの琴井コンツェルンの社長琴井トオルの親戚らしく、相当なお金持ちなのだ。
「友達の晴れ舞台だ。当然君達分のチケットくらいは用意してるさっ」
 スナ夫はズコウケイ三人組にチケットを渡した。
「うおおお!さっすがスナ夫!太っ腹!」
「ありがとう」
「でも、いいのかい?」
「このくらい、僕にとってははした金さ、ベイベー!」
「いつも悪いな、スナ夫」
 翔也が礼を言うと、スナ夫はキザったらしく髪をかき上げた。
「ふっ、気にしないでくれ。これは投資みたいなもの。クラスメイトからの応援を受けた君がどれほどの力を発揮するか見てみたいしね」
 スナ夫は根っからの投資家で、友達にいろいろとサービスするのはあくまで『それによって何が得られるか』に興味があるかららしい。

「あ、スナ夫!僕にもちょうだーい!」
 と、今度は何の変哲もない無個性な少年がやってきてスナ夫に手を出した。
「藻部モブ太君か。生憎だがこのチケットは……」
 スナ夫がわざとらしく言葉に詰まる。
「え!?まさか僕の分だけないの!?」
「……十分数が揃ってる!遠慮なく持っていきたまえ、ベイベー!」
「やったー!」
 モブ太が仲間はずれにされる事はない。優しい世界だ。

「じゃあ……僕にも貰えるかな……」
 音もなくスナ夫の背後から囁く声が。
「ひぇっ!!……か、影野うすと君……し、心臓に悪いからいきなり背後から囁くのはやめてくれたまえ、ベイベー……」
 猫背で顔色の悪い少年、影野うすとは薄気味悪く笑った。
「うひひ、ごめんごめん」
「相変わらず影薄いなぁ、うすとは」
「それが僕の取り柄だから、うひひ……」
 うすとは、存在感の薄さを誇りに思っているらしい。

 そんなこんなでワチャワチャしている中、完全に空気となった達斗はひっそりと集団から離れて歩いていた。
(なんか翔也、最終回の前日に仲間達からエールを送られる主人公みたいだなぁ)
 そんな事をぼんやりと考えた。

 ……。
 …。
 そして翌日の昼時。
 達斗は両親の経営するザイセリヤの手伝いに励んでいた。

「達斗!カルボナーラ風ドリアにハンバーグペペロンチーノ、それからステーキナポリタンピッツァ特大サイズ!13番テーブルに頼む!!」
「うん!」
 厨房から料理を受け取る。
 お盆いっぱいに料理を載せて、達斗は難なくそれを運んでいく。

「お待たせしました」
 運んだ席には気の良さそうなおじさんが座っている。
「おお、たっちゃん!相変わらず手伝い頑張ってて感心だねぇ!」
 どうやら常連らしく、気さくに話しかけてくる。
「ど、どうも」
「それにしてもこれだけの料理を運ぶなんてすごい力持ちだなぁ!さすが男の子!」
「あ、いや、別にそんなに力は使ってないです。軽く持てる場所があるって言うか……」
「ほう……?」
 達斗も力が無い方ではないのだが、それ以上に物の運び方にはコツがある。
 それを駆使する事で自分の筋力以上の物を運ぶことが出来るのだが……。
「おーい、達斗ー!次のオーダー頼む!!」
「あ、はーい!」

 とは言え、このクソ忙しいのに一人の客の相手ばかりもしてられない。
 達斗は慌ただしく店内を動き回った。

 そして、お昼のラッシュが落ち着いて達斗は一息ついた。
「ふぅ……」
「ようやくひと段落ね」
 客の数はまばらだ。これなら本来従業員だけで回せるだろう。
 いつもならもう少し手伝うのだが……。
 達斗はおずおずと言った。

「あのさ、この後なんだけど……もう上がっても大丈夫かな?」
 遠慮がちな、ささやかなお願いに両親は目を見開いた。
「そ、それは構わないが……ラッシュも過ぎたし」
「でもどうしたの?もしかして、友達と約束?」
「あ、うーん、まぁ、そんなとこ、かも。約束したわけじゃないけど」
「そ、そうか!そう言う事なら早く帰りなさい!」
「そうよ、そう!お友達は大事にしなくちゃ!!」
 それを聞くと、両親はまるで一大事かなように大袈裟なリアクションで許可をして、達斗に帰るよう促した。
「そうだ!これ、お駄賃な!いつもより多めにしといたから、友達と美味しい物でも食べなさい!」
 父が千円札を何枚か達斗へ渡す。
「あ、ありがとう…!」
 その勢いに押されながらも達斗はお金を受け取って、従業員達へ挨拶して店を出て行った。

「は〜、あの無趣味だった達斗がなぁ」
 達斗の出て行った扉を眺めながら、父は感慨深げに呟いた。
「いい事じゃない。子供は友達と遊ばなきゃ」
「そうだな〜……」

 ……。
 …。
 幕張メッセ、スーパーグレートフリックスカップ会場。
 既に大会は始まっており、会場内は選手と観客の熱気に包まれむせ返っている。
 達斗は戸惑いながら当日券を購入して途中入場、自由席の狭い席へ腰を下ろした。
 当日券な上に途中入場なので良い位置とは言えず見辛いが、向かい側に設置してある巨大モニターのおかげでどの位置からでも観戦出来るようになっている。

『さぁ、スーパーグレートフリックスカップ決勝戦!闘将ナオト君VS天崎翔也君の激突もいよいよ中盤戦か!?
残りHPはナオト君の方が優勢だ!
さすがは前回のチャンピオンであり、来期のプロ入りが確定しているフリッカーだ!
しかし、対する翔也君は今大会初出場ながら見事に食らいついている!!これは、新たな才能を持った超新星誕生の瞬間となるのか!?』

(翔也、決勝戦まで勝ち上がったんだ)

 自分の知り合いがこんな大舞台で歓声を浴びながら強そうな相手と戦っている。
 そんな光景にどこか心地良い非現実感を覚えた。

「ブチかませ!ディバインスパルナ!!」
 闘将ナオトと呼ばれた少年の赤いフリックス『ディバインスパルナ』が翔也のフリックスへ突っ込んでくる。
「躱せ!アペックス!!」

 翔也はステップでアペックスを回転させて身を翻して回避する。
「早い!?いや、俺の動きを予測してスピンで躱した……!的確な動きだ」

『のおっと!翔也君、見事なステップでディバインスパルナの攻撃を躱した!ここから挽回は出来るのか!?』

 現在、ナオトはHP11、翔也はHP6。
 かなり苦しいがまだ挽回は可能だ。

 翔也のターン。
 ディバインスパルナ、フリップホール、二つのマイン、そしてアペックスの位置はバラバラに離れている。
 それに、今更小ダメージを与えている余裕はない。
 やはり一か八かフリップアウトで大ダメージを狙うべきだが……。

「よーし面白くなってきたぁ!フリップスペル発動!ブレイズバレット!!

 ブレイズバレット……3秒以内にシュートし、マイン二つ以上と干渉しながらマインヒットすればマインヒットダメージが2倍になる。

『のおっと!?翔也君はここでブレイズバレットを発動!しかし、マインも敵機もバラバラに離れている!この状態でどう成功させるつもりなんだぁ!?』

「血迷ったか……?」
「せっかくの大舞台なんだ。のぼせ上がった方がおもしれぇ!」

 翔也は敵機ではなく、マインに向かってアペックスをスピンシュートした。

「ブライテンオービット!!」

 ガッ!
 マインにぶつかり、反射で軌道を変えてフェンスに激突、そのバウンドで更に加速してディバインスパルナへ激突し、停止。
 更に、アペックスに弾き飛ばされたマインはもう一つのマインへぶつかった。
 これで二つ以上のマインが干渉した事になる。

「なに!?」
 仰天するナオト。
(す、凄い……これが、翔也のフリックス……!)
 達斗も観戦席で一人感動している。

『お見事!!翔也君、奇跡的な軽業で不可能と思われた状況からブレイズバレットを成功させた!!
これでナオト君は6ダメージ受けて残りHP5!ダメージレースまさかの逆転だ!まだまだ予断を許さないぞ!!』

 翔也自身もこの成功は予想外だったようで、唖然としながらアペックスを見る。
「アペックス……やっぱりお前凄いな、成功すると思わなかった……っ!」
 しかし、そのアペックスのボディに亀裂が走っている事に気付いた。
「アペックス……!」
 が、バトルは進行していく。
「見事だ、天崎翔也!だが、この位置は俺の距離だ!」
「っ!」
 アペックスはディバインスパルナと接触したまま停止している。
「こいつで決める」
 ナオトはディバインスパルナを変形させてウイングを広げた。

 広げたウイングの側面をアペックスへ接して、両手を使ってスピンする。
「ハリケーンブレイカー!!」
 両手を使ったアックススラッシュだ。
 アペックスをあらぬ方向へと投げ飛ばす!

『ナオト君!トドメの決め技炸裂!!どこに飛ぶか分からないスピン投げ飛ばし技に翔也君はなすすべ無しか!?』

 絶体絶命!このままでは、翔也が負ける……!
 そう思った瞬間、達斗の口は無意識に動いていた。

「負けるなっ、翔也ぁぁぁ!!!」

 普段の達斗からは考えられないくらいの大声。他の観客の声も大きいので目立ちはしないが、達斗は自分がこんな声が出せるのかと驚いていた。
 それに気付いたのか気付いていないのか、翔也は達斗の声援と同じタイミングで瞬発的に身体を動かしてバリケードを構えた。

「っ!踏ん張れ!アペックス!!」
 ガッ、ギャギャギャ!!
 アペックスはスピン機とは思えないグリップ力を発揮してブレーキをかける。
 勢いは止まらないが、減速した隙にバリケードを構えて受け止めた。

 ガッ、スポンッ!!

 勢いも収まり、どうにか耐え切った。
「よし……!」
「なんだと……!」

『なんとなんと!ナオト君渾身の決め技を翔也君は耐え切った!!何と言う対応力!!』

「これでビートヒットだから、残りHPは5。しかも……」
 ディバインスパルナはフリップホールの付近で停止しており、少し小突けばホールに落とせる。
 必殺技直後ならステップで逃げることも出来ないだろう。

(甘い!まだ俺にはカウンターブローが使える。これで終わったと思うなよ……!)
(例えカウンターブローを使われても、ヒットアンドアウェイで距離をとりながらマインヒットすれば、まだ俺の方が有利だ……!)

 ナオトも翔也も一瞬のうちに脳内で今後の展開を何手先も考えながら戦略を練っている。
 しかしその時だった。

 カシャ……と何か小さなものが翔也の足元に落ちた。
「なっ!」
 よく見てみるとそれは長方形の物体……フリックスのシャーシだった。
「ボディの亀裂でシャーシの接続が緩んだのか……!」

『ああっとこれは!耐えたと思われたアペックスだが、シャーシがすっぽ抜けて場外!全フリップアウトの判定はシャーシと接続している部位が全て場外している事。つまり、シャーシだけが落ちたこの状態は……全フリップアウト判定で6ダメージ!
翔也君撃沈で、優勝はディバインスパルナの闘将ナオト君だぁぁ!!
これでナオト君はSGFC二連覇!来期のプロ転向への弾みを付けたぞ!!!』

 湧き上がる歓声。
 その中で、翔也はアペックスを拾い慈しむように見つめた。
「お疲れ、アペックス。悪かったな、俺がもっと頑丈に作っておけば……」
 そんな翔也へナオトが近づき声をかける。
「天崎翔也、先にプロの世界で待っている。そこで本当の決着をつけるぞ」
 そう言って、ナオトは翔也へ握手を求めた。
「……それ、ダントツに面白そうっすね!」
 翔也はニカッと笑いその手を取った。

『負けたとは言え!あの闘将ナオト君をここまで追い詰めた天崎翔也君も素晴らしかったぞ!!
ナオト君は来期からプロへ行くので、実質アマチュア最強は文句なしに天崎翔也君だ!アマだけに!!』

 は?

「それ、おもしろくないっすね……」

 せっかく会場のボルテージが上がっていたのに。熱気が一瞬で冷めてしまった。

 いや、熱気を持ち続けているものが一人いた。

(凄いな、翔也……凄いな、フリックス……!)

 達斗は、熱に浮かされたまましばらく呆然としていた。

 ……。
 …。
 大会も終わり、達斗は最寄駅に到着。帰路につこうとした。

「あれ?たっくんじゃない」
 駅前で、スーパー『ゴトーマガリカドー』の買い物袋を持っている美寧と出くわした。
「美寧姉ぇ」
「どこか出掛けてたんだ」
「うん、まぁ……あ、持つよ」
「ありがと」
 達斗は反射的に美寧から買い物袋を受け取った。
 そして、二人並んで和やかに談笑しながら帰路を歩く。
「今日の晩ご飯は、たっくんの好きなおらが丼だよ。魚屋さんで、鴨川から仕入れた新鮮なお魚いっぱい買えたんだ♪」
「そっか、楽しみだな」
 楽しげに話す美寧の言葉に相槌打つ達斗。
 美寧が話して達斗が頷く。これが普段のコミュニケーションだった。

「……あ」
 達斗は、道ゆく看板に視線を奪われる。
 ちょくちょくフリックスや大会のポスターが貼られている事に気付いた。

(こんなポスター貼られてたんだ)

 それだけじゃない。広場でフリックスバトルをする子供達、すれ違う人から聞こえる大会の話題、小さな商店の店先に並んでいる商品の中に混じっているフリックス……。

 昔から何も変わっていないいつも通る道なはずなのに、昨日までと全然違う新世界に感じてしまう。
 何かを体験する事で、こんなにも見える世界が変わるのかと達斗は新鮮な気分だった。

「たっくん?」
 少し上の空だった事に気付いた美寧が達斗の顔を覗き込む。
「あ、ごめん、ボーッとしてて」
「……」
 美寧は達斗の視線から、フリックスのポスターを見つけた。
「フリックス・アレイ、か……たっくん興味あるの?」
「あ、いや……無い事はないけど、でも僕には無理だろうな、難しそうだし」
 達斗は苦笑しながら先程の翔也の試合を思い出す。
 カッコよくて、凄くて、熱くて……こんなに沸き立つ感情抱いたのは初めてだ。
 でも、それはあくまで手の届かない憧れでしかない。

「ふーん、そっか」
 そう呟く美寧の声音は、どこかホッとしたような感じだった。

 沈みゆく夕日が、並んで歩く二人を照らし、影を伸ばしていく。
 達斗の影は、美寧の影よりも長く伸びていた。

 

    つづく

 

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