フリックス・アレイ  コンプレックス 第2話「幼馴染との暮らし方」

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第二話「幼馴染との暮らし方」

 

幼いころの記憶。
伊櫛家のリビングでおやつを食べていると対面に座った小学生のヒナノが嬉しそうに話しかけてくる。

「あのね!あたしね!今度陸上の大会に出ることになったんだ~!!」

前のめり気味に言うとこの頃はまだない胸を反らして偉そうにする。

「へぇ~すごーい!その大会いつやるの?」
「えーっとね、確か来月くらいってコーチが言ってた!」
「そうなんだ~」

ワタルも幼馴染の晴れ舞台となると興味がないわけではない。

「えっと、それでね…」

ヒナノが言い出しづらそうにもじもじする。

「その、今度の大会…応援に…来てもいいよ?」

少し言いづらそうにヒナノは言った。ツンデレはこの頃からである。

「もちろん!絶対に応援に行くよ!」

ヒナノの表情がぱっと明るくなる。

「この間ね、コーチが言ってたの!今のあたしのタイムなら優勝間違いなしだって!」
「ほんとう!?それなら絶対応援に行かなくちゃだね!」

ワタルは自分の幼馴染が高い実力を持っていることが誇らしく、うれしかった。

「うん!だから絶対来てね!約束だよ!」

ヒナノが右手の小指を立てて出してくる。

「わかった!約束だね!」

ワタルもそれに応じヒナノの小指に自分の小指を絡めた。

「「ゆーびきりげんまん、ウソついたらはりせんぼんのーます…ゆびきった!」」

お互いに笑いあう。

「えへへ、絶対に優勝するんだから!万が一約束破ったら一生恨んでやるからね!覚悟しなさい!」

幼いヒナノの満面の笑みがそこにはあった。

……。

「おーい、ワタル。起きろよ」

前の席の竹農(たけのう)ノボルに揺らされてワタルは目を覚ました。

「んー、あれ…?」

寝ぼけた頭でついさっきまで見ていたものが夢であったと認識する。
悪夢になる前に起こしてくれた友人にワタルは心の中で感謝していた。

「まーたお前ぐったりしてんのな。というかどうしたんだ、その右手?」

ノボルは湿布と包帯に巻かれたワタルの右手を見て言った。

「あぁこれか?まぁ休み中にいろいろあったんだよ」
「ふーん、そっか。でもなんだ、その手じゃさすがにフリックスどころじゃないよな…」

ノボルが少し気の毒そうにこちらを見てくる。

「例の大会のことか?それなら心配ない。ヒナノが代わりに俺の機体で出るからな」
「!!?もしかして大会で伊櫛が使ってた機体、あれがお前が作ったやつか!?」

どうやらヒナノが大会に出ていたことは知っているらしい。

「なんだ知ってたのか。というか会場で見かけなかったけどそっちはどうだったんだ?」

ワタルは当日ノボルと会場で会わなかったことを疑問に感じていた。

「俺は人混み嫌いだからやるだけやってさっさと会場出てたのさ。
 んで、後からネットで見たら伊櫛が映ってるんだもんな~。
 さすがにびっくりしたぜ」
「それで、そちらの結果は?」

一番気になっていたことを直に聞く。

「ぎりぎりっぽかったけどなんとか予選通過!本戦ではお手柔らかに頼むぜ?」
「そいつはヒナノに言ってくれ。戦うのは俺じゃない」
「そうだったそうだった。嫁さんによろしく!」

こいつはいつもだいたいこんな感じだ。

「よろしくじゃないぜ…こっちは散々な目にあってるっていうのに」
「なんだ?何か進展があったのか?」

興味津々に聞いてくる。

「生活補助だかなんだか知らないけど、右手がこれだからいろいろ厄介になってるよ」

包帯が巻かれた右手をひらひらして見せる。

「嫁さんに介抱してもらう…なんか普通だな」
「普通ってなんだよ…こっちの生活はもうめちゃくちゃだって…」

ワタルは頭を抱える。

「食費は全部管理されるし、朝はいきなり3キロも走らされるし…」
「なるほどな。それでお前今日もぐったりしてるのか」
「さらには部屋の薄い本と枕全部処分された…
 俺の嫁が…なんで…」

いやなことを思い出したせいかワタルの元気がさらになくなった。

「それは…なんというか、災難だったな…」

たぶんそれは「二次元より私を見て!」ってことじゃないか?とノボルは思ったがあえて伝えなかった。

「なぁ、何回も言ってるけど伊櫛は絶対お前に惚れてるって。
 さっきの話聞いても、いくら幼馴染だからって普通そこまでせんぞ?」

以前にも言われたことがある。まぁちょっと普通じゃないことはわかっている。けど

「ヒナノは真面目だからな。うちの親父の頼みごとを忠実に守っているに過ぎない。
 それに…それに俺はあいつに恨まれてるはずだから。好意を抱かれることはありえない」

先ほどの夢で見た幼いヒナノの笑顔が思い出される。
あの笑顔を裏切ったのだ。ヒナノが自分を好いてくれるはずがない。

そんな話をしているといきなり教室のドアが開きメガネをかけた初老の女性が入ってくる。

「やっべ、それじゃワタル続きは後でな」

急いでノボルが前へと向き直る。
この女性はワタルたちの担任の古井沢(ふるいざわ)。
その顔その声その話し方、そして苗字からついたあだ名はフリーザである。
担当教科は英語。自分の担任のクラスから学年ビリを出したくないのか、このクラスだけ異様に小テストと補講が多い。

「皆さん、ホームルームをはじめますよ?よろしいですか?」

お約束の一言で毎朝のミーティングが始まる。

「どなたか体調がすぐれない方、大きなケガを負った方はいらっしゃいますか?」

休み中に聞き手を負傷したワタルは手を挙げる。
「吉永君は聞き手をケガされましたか。それは困りましたねぇ。
 …わかりました。
 早川さん、伊櫛さんと席を交換してあげてください」

フリーザがワタル隣の席の生徒にヒナノと場所を交換するように促す。

「あの、先生?別にそんなことする必要は…」

いきなりのことに理解が追い付かずワタルが質問する。

「わたくしのほうでは吉永君と伊櫛さんがとても親しい間柄と存じています。
 お互い親しいほうが何かあった際の対処もしやすいですし、気心知れている相手なら貸し借りなどもやりやすいでしょう?」
「いや、ですが…」

そう言っている間にもワタルの隣の席の生徒が立ち上がりヒナノと席を交換する。
ヒナノは隣にやってくると

「いい?ワタル。もし寝てたらあたしがしっかりたたき起こしてあげるからね」
宣戦布告を受けた。
(家だけでなく授業中も監視されるのか…)

ワタルに逃げ場所なんてなかった。

 

昼休み。
ワタルは購買に片手でも食べられるパンを買いに行くべく席を立ちあがったところ

「ちょっと待った。どこに行く気?」

ヒナノに捕まった。
学園の屋上。
この学園の屋上は一応解放されている。
しかしベンチはなく、入り口付近は荷物が山積み。
加えて屋上解放のアナウンスは一切されていないのでわざわざここに来る人間はほとんどいない。
噂だとボケの始まりつつある用務員のおじさんが適当に管理して開けっ放しにしているだけとも聞いている。
なぜかワタルはヒナノに連れられてここに来ていた。
今日の天気は快晴で風も心地よかったが、今のワタルにはそれを感じている余裕はなかった。

(やっべぇよ…こんな人のいないところに連れてこられて。
 俺何かやらかしたかな…?)

結局授業中は寝まくってたし教科書の落書きも見られた。
筆箱のバトエンとかレース鉛筆、弾ケシがバレたか?
それともキャラグッズのシャープペンがまずかったのか?
いやもしかしたらジョーセン、ブングサーガはやっぱりアウトだったかなぁ…
ポケットザウルス、ブンボーガーはセーフだったと思いたいんだけどどうだろう。
今日の自分の行いや筆箱(おもちゃ箱)を思い返してみるが正直思い当たる節しかない。

「えっと、ヒナノさん…?」
ワタルが話かけようとするとヒナノはミニトートからレジャーシートを取り出し広げ始めた。

「ほら、さっさと座りなさい」

レジャーシートへ座るように促される。ワタルはとりあえず正座をする。

「何かしこまってるのよ?胡坐でいいわよ」

そう言われ足を崩す。レジャーシート敷いているとはいえコンクリで正座は流石に痛い。

「よいっしょと」

ヒナノが対面に座り込みトートから何か小箱を取り出す。
箱を開けると中身は弁当だった。
野菜の切り方が大きめではあるものの、白飯とから揚げ煮物にサラダと一通り揃ったオーソドックスな内容だった。

「ほら、口開けなさいよ…」

目線を反らしながらもこちらに箸で煮物をつかんで突き出してくる。
よく見るとその手にはあちらこちらに絆創膏が張られていた。
右手をケガして以来、こうして食べさせてもらっていたのだがたしか昨日はなかったはずだ。
ちなみに昨日、一昨日の食事は伊櫛家にお世話になっている。おじさんおばさんにはめっちゃ冷やかされた。

「ほら…早くしないと昼休み終わっちゃうじゃない」

ヒナノの頬が赤く染まっている。
こちらも空腹なのでここはおとなしく口を開けて食べさせてもらうことにする。
箸に捕まれた煮物が徐々に近づく。
口まであと数ミリのところまで来た瞬間…

「よーしながわたるぅー!!」

大きな声と共に勢いよく屋上の扉が開け放たれた。
突然の襲来に2人とも固まる。

「話は聞かせてもらったよ。なんでもフリックスの大会に出るらしいじゃないか?」

襲来者は勝手に話続ける。

「嘆かわしい!君ほどの逸材があんな野蛮なおはじき遊びにお熱だなんて。
 君はやはり模型部に来てしかるべき人材なのだよ!」

この襲来者は乙入(おといり)カワヤ。模型部の部長である。
5:5に分けられた髪型にやたら反射する丸眼鏡。
噂では芸術家一家の出身らしい。

「またお前か。模型部には入らないっていつも言ってるだろ」

ワタルがめんどくさそうに答える。
隣でヒナノは下に俯きプルプル震えている。

「やれやれ、なんで君たちはこうも頑固なんだ。
 もっと自分の能力を生かせる場所を真剣に考えてみてはどうかな?」

やたら上から目線な話し方が癪に障る。

「我が模型部では半年後のコンテストに向けた大型のジオラマ作品を作っていてね。
 1人でも多く優秀な人材が必要なんだよ」

そこからグダグダと語りだす部長。
長い。

「あーもう。お前の気合はわかった。だがそんな演説されたって入部する気はないぞ」

いい加減聞き飽きたので止めに入る。

「まぁ聞きたまえ。そこでどうだろう。
 私と戦ってこちらが勝ったら入部してもらう。
 もちろん競技はフリックスで構わんよ」
「こっちが勝ったらどうなるんだ?」

当然生じる疑問を投げかける。

「今後模型部の機材を自由に使うことを許可するよ。
 悪い話ではないだろう?」

確かにこの条件は悪くはない。

「いいだろう。と言いたいのだが生憎今の俺は戦えないぞ」

包帯巻きの右手を見せる。

「君が腕を負傷していることは知っている。
 そこの彼女が君の代わりに戦うのだろう」

「彼女」という単語にずっと黙っていたヒナノがピクッと反応する。
今回の彼女はおそらく指示語だ。

「竹農君から事情はすべて聞いているよ。君の作品を彼女が使って参加するらしいね。
 私としてはその条件で構わない。大会同様2人でかかってきたまえ」

やけに余裕なのが気がかりである。だがそれならこちらとして文句はない。

「わかった。その話にのるよ。それでいつ行うんだ?」
「水曜日の放課後。この下の空き教室でどうだろうか?
 フィールドはこちらで用意させてもらうよ」
「俺としてはそれでけっこうだが、ヒナノは…?」

ここまで勝手に話を進めてしまったが、結局ヒナノがダメでは元も子もない。

「別にいいわよ。フリックスも大会に向けて練習しなくちゃいけないだろうし」
「よしっ。では、決まりだな!
 当日を楽しみにしているよ!あーはっはっはっ!」

高笑いと共に部長は屋上から去っていった。
うるさいのがいなくなり再び静寂が戻ってきた。

「悪いな、ヒナノ。なんか巻き込んじゃって」
「別にいいわよ。もう今更だし。水曜日なら部活もないからちょうどいいわ。
 それに…」
「それに?」
「昼食を邪魔されたお礼はたっぷりさせてもらうわ」
「………」(食に関する恨みってやっぱり怖いな…)

ヒナノは顔だけで笑っていた。
結局弁当は一口も食べることができなかった。
2人っきりになった屋上に昼休み終了をつげるチャイムが鳴り響いた。

放課後、ワタルはフリーザから呼び出しを受けて職員室に来ていた。

「何故呼ばれたか、おわかりですね?」
「………」

問いかけられワタルは口を紡ぐ。

「昼休みに一度放送にて呼び出しさせてもらいました。
 しかしあなたは来られなかったので、今こうして来ていただきました」

昼休みはゴタゴタしてて放送なんか全然耳に入ってなかった。

「お分かりかとは思いますが、今日の小テストであなたは赤点をとっています」

淡々とフリーザは続ける。

「なので近日、追試をさせていただきます。
 期日や出題範囲はこちらのプリントに書いてありますのでしっかりと目を通しておいてください。
 本日お話しすることは以上です。当日に向けて頑張ってください」

要件だけ伝えられるとワタルは職員室を後にした。

「さってと。追試も大事だが今は明後日の対戦をなんとかしなきゃだな」
ワタルはプリントに一切目を通さず、適当にカバンに放り込んだ。 

 

水曜日、放課後。

「よくぞ来てくれた!さぁ始めようじゃないか!」

空き教室にはすでに部長が来ていてフィールドが組まれていた。
今回のフィールドは教室にあったホワイトボードを倒して使用するらしい。
確かにこれなら滑りの良さは問題ないだろう。フェンスの類は一切ない。

「ちょっとワタル。結局私詳しいルールきいてないんだけど。
 本当に大丈夫なの?」

ヒナノが小声で話しかけてくる。
いろいろ考えたがヒナノは体育会系だ。
口でいろいろ言うよりも習うより慣れろで直接やりながら教えたほうが覚えがいいだろうという結論に至った。
なので詳しいルールはまだ教えていない。念のため言っておくが、決して説明が面倒だったわけではない。

「ではいくぞ!ジャンクモデラー!」

部長の使用するフリックスは模型部らしくプラモデルのジャンクから作られていた。
MSの盾のようなパーツを中心にバーニアっぽいものがついている。

「そんじゃ頼んだぞ。一応今回は俺が審判やるから」
Fセイバーをヒナノに手渡す。
「フリックスはまずHPが3ずつ与えられている。相手のHPを0にすればこちらの勝利だ。
 そしてバトルの最初にまずやるのがマインセット。フィールドに障害物を設置する。
 今回は初めてだし相手の出方もわからないから、まぁ適当に邪魔にならないとこにでも置いておけ」
そういってヒナノにマインを渡した。

「次にアクティブシュートだ。 合図に合わせて同時に機体を弾く。
 それで最初にいた地点からより長い距離進んだほうが先行になるんだ」
ヒナノと部長がフィールドを挟んで対角線に向き合う。

「それじゃ準備はいいな?マインセット!」

ヒナノはマインを機体の左側に、部長もちょうど同じように自機の左側に設置した。

「3、2、1アクティブsy」

その時だった。校内放送が鳴り響く。

『吉永ワタル君、吉永ワタル君。まだ校内にいましたら至急教室までお越しください。
 さもなくば私はあなたの評価を最低まで落とさざるを得なくなるでしょう。
 いいですか?至急教室までお越しください』

鼻のかかった特徴的な声。フリーザだ。

「やっべえぇぇーー!追試忘れてたぁーー!
 っていうか追試今日だったのかーー!」

ワタルの表情が一瞬で真っ青になる。

「すまんヒナノ!あとは任せた!」

そう言うとワタルはカバンを拾い上げて空き教室を飛び出していった。

「ちょっ!?ワタル!」

ヒナノは追いかけようとしたが、全速力で自分の教室に走り去っていったワタルの姿はすでになかった。
教室には部長とヒナノのみになってしまう。

「審判なしか。まぁ仕方ない。改めて始めようじゃないか」
「っ!!」

ヒナノは観念し再びアクティブシュートの姿勢をとった。

 

「すいませんっ!遅れましたっ!」

勢いよく教室のドアを開けるとそこにはフリーザが待ち構えていた。

「吉永君、お待ちしていましたよ。
 …まさかと思いますが今日の追試をお忘れだったわけではないですよね?」

丁寧な口調がかえって恐ろしい。

「いえ、えっとその…ちょっと腹痛でトイレに…」
「まぁ、そうでしたか。それは仕方ありません。
 では席についてください」
「はぁ…すいません」

とりあえず適当な言い訳をし教壇目前にある補習の席に着く。
教室にはワタルとフリーザ、そしてもう一人女子生徒がいた。
彼女は早川キャリスタ。名前から察せられるように純粋な日本人ではなく欧州系とのハーフだ。
外観は腰まで伸びる長い金髪が特徴でそこに黒いカチューシャをつけ左右は小さい白いシニヨンにまとめてある。
顔もスタイルも良く人気があるのだが、その性格は誰に対してもそっけない。
いわゆる塩対応というやつである。
その性格と外観が相まったことでクラス内でも浮いた存在であり、友達もいないらしい。
そしてこの彼女その外見に反して唯一、ワタルを下回る英語の成績の持ち主である。
毎回補習を受けるたびに基本的に二人セットで呼び出され、ワタルとしては妙な仲間意識が沸きつつある。
ちなみについ今朝まで教室におけるワタルの隣の席の住人だったのも彼女である。

「さって…どうしたものかな」

追試に向けた勉強など一切していなかったためワタルは非常に動揺していた。
カバンを机の脇に立てかけようとしたものの、焦りからかカバンを倒してしまう。
中身の教科書やノートが教室の床にぶちまけられる。

「うわっ…こんなときにっ!」

急いで中身を回収するがその時隣のキャリスタから強い視線を感じた。

(あぁ、早くしろってことかな…?)

しかしその視線はワタル自身ではなくカバンの中身に向けられていた。
視線を追うとその先には今朝コンビニで買ってきたフリックスの専門誌があるようだ。

(『電撃!フリックスマガジン』を見てる?まさかな…?)
「ほら、吉永君?追試を始めますよ」

フリーザに促され中身を急いでカバンに戻す。
とりあえずワタルは目の前の追試に意識を集中することにした。
配られたテスト用紙に目を通す。
ざっと見たところ授業中に受けたテストと違い今回はすべて選択問題となっていた。
どうやら聞き手が不自由なワタルに配慮してくれたらしい。

(全部が選択式か…ならっ!)

ワタルは一縷の望みにかけた。

 

一方ワタルが走り去っていった空き教室ではヒナノと部長のバトルが始まっていた。

「「3、2、1、アクティブシュート!!」」

両者が一斉にフリックスを弾き飛ばす。
前回も経験からかなり加減して撃ったFセイバーはフィールドの中央をこえたくらいのラインまで直進した。
対してジャンクモデラーはほとんど動いていない。ヒナノが先攻だ。
「さて、こちらが先攻ね。いくわよ!」
相手フリックス目掛けて思いっきりFセイバーを弾く。しかし…
狙い通りにジャンクモデラーへヒットするも相手は全く微動だにせず逆に弾かれてしまう。
「!?何よこれ!」
「フハハハ!驚いたかい?これが我がジャンクモデラーの能力さ!」

部長のターン。自分のフリックスを弾くもアクティブシュート同様ほとんど動かない。

「ちょっとその機体!なんか小細工してるんじゃないでしょうね!?」

さすがに何かがおかしいとヒナノは気づいた。

「小細工?そんなことはしてないさ。ただ改造して内部に磁石が入っているがね!」

今回のフィールドはホワイトボードだ。当然磁石はホワイトボードに吸い付くだろう。

「そんなの卑怯じゃない!正々堂々と勝負しなさいよ!」
「卑怯?公式サイトの機体規定には引っかかっていないはずだが?
 詳しいルールは知らんが、フリックスなんぞ所詮はお弾き遊びにすぎない。
 弾かれることのないこの機体なら絶対に負けることはない!」

部長に全く悪びれる様子はない。

「そんな卑怯な機体になんか、絶対に負けないんだから!」

ヒナノが思いっきりFセイバーを打ち込むがやはり全く動かない。

「無駄だよ!どれだけ頑張ってもこの機体を弾き飛ばすことは不可能さ」

Fセイバーは高機動かつ軽量級の機体。
初速や飛距離は高いものの衝突時のトルクやパワーは平均以下だろう。
磁石でフィールドに張り付いている相手では全く歯が立たずリコイルで弾かれまくっている。
10ターン以上同じやり取りが繰り返され、やがてヒナノの体力だけがじわじわと削られていく。

「くっ…こんな相手に!」
「だから諦めたまえ。君とその機体では勝てないのだよ」
「でも、あんただってそんな張り付いてる機体でどうやって勝つつもりなのよ?」
「別に私が弾く分にはわずかだがこの機体は動く。
 君の体力がなくなったあとでゆっくりとじわじわ攻めさせてもらうさ」

とことんいやなやり方である。
ヒナノが攻めあぐねていると

「ヒナノ、待たせたな!無事かっ!!」

いきなり教室のドアが開きワタルが帰ってきた。

「ワタル!?もう終わったの?」
「おぅ!追試のほうはきっちり片付けてきた!」

ワタルがこの教室を飛び出して10分ちょい。
思っていた以上に早く戻ってきたので驚きを隠せない。

「それで、状況は?」
「一応お互いにノーダメージ。だけど…」
「やぁ早かったじゃないか、吉永君。
 戻ってきて早々で残念だが、君の模型部入りがほぼ確定したところだよ。
 まぁ戦う前から決まっていたことだがね!あーはっはっは!」

部長が嬉しそうに話す。

「あいつの機体。中に磁石が入っててこっちの攻撃がぜんぜん通らないのよ」
「ふーん。なるほどな」

ワタルが一回フィールドを見渡す。

「なぁ、部長。念のため確認なんだがフリックスのルールわかってる?」
「フリックスのルール?所詮お弾きだろう。
 相手をはじき出したほうが勝ち。それだけだ」

先日部長が自身満々に勝負を挑んできた理由を察する。

「やっぱりな。よし、ヒナノFセイバーを相手機の右端辺りを狙って撃つんだ」
「そんな端っこ狙ってどうするのよ。かえって反射されるだけよ?」
「いいから。とりあえずやってみてくれ」
「もう、知らないからね!」

ヒナノが言われたとおりにFセイバーを敵機に打ち込む。
軽量なFセイバーは案の定リコイルで弾かれたが、今回はその先にあったマインにヒットした。
ジャンクモデラーの上で小さな爆発のエフェクトが発生しHPが1マイナスされる。

「なに!我がジャンクモデラーのHPが!?」
「マインヒット。一回のシュートで敵機とマインの両方に接触した場合、相手のHPはマイナス1される。
 フリックスの基本ルールだ」
「なんだと!?そんなものお弾きにはないはずだ!」

部長が驚きの声をあげる。

「当たり前だ!これはお弾きじゃない!フリックス・アレイだ!
 ルールが違って当然だ!」
「くっ!これでは私はいい的じゃないか。
 ならこっちも反撃に…!」

部長が反撃しようと思いっきりジャンクモデラーを弾く。
しかし機体がフィールドに張り付いているジャンクモデラーはほとんど動かない。

「なぜだ!ジャンクモデラー!なぜ動かん!」
「そんなせこい手を使ってるからよ!ここまでの借り、しっかり返させてもらうわ!」
この後はヒナノが動けない相手にマインヒットを繰り返して圧勝だった。
「こんな…ことが…」

部長はよほどショックだったのか茫然としている。

「えーっと部長。とりあえず約束の件だが」
「あぁわかっている。今後は自由に我が部の機材を使いたまえ。
 私も男だ。約束は守る」
「よっしゃー!これで今後はだいぶ制作が楽になるぜ!
 ヒナノ、ありがとな!」

ワタルがガッツポーズを作る。

「べ、べつに大したことじゃないわよ。
 というかアンタ!ちゃんと最初っからルール教えなさいよ!」
「いやーまさか追試と被ってるとは思わなかったからなー。
 ほんと盲点だったわー」
「何やってんのよ。というか妙に戻ってくるの早かったけど本当に合格してきたの?」

普段の場合ワタルの追試は早くて1時間、酷いと3時間以上にも及ぶことがある。

「当たり前だろ!というか他になんか手段ある?」
「あんたの場合、腹痛とか訴えて抜け出すとかやりかねないでしょ?」

図星をつかれて一瞬ギクッとする。一番最初はそれも考えてなかったわけではない。
ただ追試の問題がすべて選択式だとわかった時、ワタルの手にはレース鉛筆が握られていた。
まさか本当にうまく行くとは思わなかったし、こんな方法で突破したなんて誰にも言えるはずがなかった。

「まぁ、なんだ。とにかく試合には勝てたし追試も終わった。
 終わりよければすべてよし!だろ?」
「ちゃんとやってきたなら問題ないんだけどね。というか普段からちゃんと勉強しなさいよ!
 あんた結局昼間の授業も寝てたじゃない!」
「いや、ほら朝走って疲れてたしさ。しょうがないじゃん?」
「ひとがせっかく起こしてやっても全然起きないし…そんなんだから赤点とるんでしょうが!
 帰ったらまだ時間あるし、あんたの勉強しっかり見てあげるから覚悟なさい!」
「うっ、それはちょっと勘弁を…」
「問答無用!ほらっ帰るわよ!」
ヒナノがフィールドからFセイバーを拾いワタルに返す。
「いや、俺はちょっとまだ部長と大事な話が…」

ワタルは口実として使おうと部長を探したが、すでに教室内に部長はいなかった。

 

教室ではワタルとヒナノがギャーギャーやってるのをしり目に、こっそりと部長は先にその場を後にしていた。
その手には先ほどの試合で敗れたジャンクモデラーが握られている。

「なるほど。これがフリックス・アレイか」

ジャンクモデラーは実質サンドバック状態だったせいか各部がひび割れ始めていた。
「せっかく完成させた美しい作品をぶつけ合うだけの野蛮な競技だと思っていたが…
 こうして壊れかけた姿もなかなか美しいじゃないか」

部長はどこか優しい目でその愛機を見つめていた。

 

この日、彼らは気づかなかった。この試合には彼らの知らぬギャラリーがいたことを。
そのギャラリーが熱い視線でFセイバーを見つめていたことを…

「あの機体…大会で話題になっていた機体で間違いないと思うけど、うちの学校の先輩だったなんて…
 機体を手渡していたところを見ると作者とフリッカーが別々なのかな?」

ギャラリーは何かを決意したのか、ギュッと握りこぶしを作った。

 

次の日、朝の登校時間。
いつものようにぐったりした様子のワタルがヒナノに連れられて登校してくる。

「ほらワタル!もうすぐ学園なんだからシャキッとしなさい!」
「無茶いうなよ…まだこっちは朝ランに慣れてないんだから」

ワタルはまだ眠いらしく足取りもおぼつかない。

「ふわぁ~、教室入ったらひと眠りするか…」
そんなやり取りをしていると学園前までたどり着いた。
いつものように何気なく校門を通過しようとすると、
「あ、あのっ!」

2人は後ろから誰かに呼び止められた。
振り向くとそこには後輩と思しき少し小柄な女子生徒が立っていた。
肩ぐらいまでで切られた銀髪。そこに黒いカチューシャをつけ左右は小さい黒いシニヨンにまとめてある。
その生徒は緊張しているのか少しもじもじと言いづらそうにしていたが

「えっと、その、私と…
 お友達になってくれませんか!?」

緊張からか、周囲の人間にも聞こえるくらいの大きな声ではっきりと彼女は言った。

 

次回予告

突如2人の前に現れた謎の少女。
友達になってほしい。その言葉の真意とは。
まだ寝ぼけているワタルを置き去りに、話は勝手に進んでいく。

次回フリックス・アレイ コンプレックス
第三話『ツギハギメイクピース』

友達が増えるよ!やったね!

 

 

CM

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