第46話「誇り高きフリッカー魂!」
剛志とレイジの試合はまさに名勝負だった。
その興奮は未だに冷めやらない。
「剛志とレイジ、あいつらめっちゃ強くなってたな!」
「うん、なんだかまた戦いたくなっちゃったね」
「そうだな!今あいつらとタッグ戦したらどうなるのか、やってみたいぜ!!」
「それこそがフリックスバトルの真髄だからな」
バンとリサが興奮気味に話しているところへ、一人の青年が割って入った。
「伊江羅、博士……いつのまに」
「バン、今の気持ちをよく覚えておくんだ。フリッカーにとって、ダントツ一番を目指す者にとって、最も大切なものがそこにある」
「ダントツ一番にとって……?」
バンが聞き返す間も無く、伊江羅は静かに去っていった。
「あっ!……ったく、あいつMr.アレイじゃなくなってもキャラ変わらねぇのな」
「あはは……だけど、伊江羅博士の言う通り、今のバトルは学ぶべきものが多いのかも……」
「へんっ、そんなの言われるまでもないぜ!リサ!俺たちも決勝まで勝ち上がって、あいつらに負けないバトルをしようぜ!!」
「……」
急にリサは意味深に沈黙した。何か考え込んでいるようだ。
「リサ?」
「う、ううん、なんでもない」
【関係性とは必ずしも相互とは限らないという事です】
リサの脳裏にはイツキに言われた言葉が引っかかっていた。
(私にとって、バンは……何……?)
かつて、バンにライバル視されなくなる事に焦って自分を見失った時の事を思い出す。
バンにとって、ライバルでありたい……その気持ちは今も変わらない。
しかしそれは、あくまでバンにとってであり、そこに自分からのベクトルがない。
そんな曖昧な気持ちで、バンを迎え撃っても良いのか……。
リサが思い悩んでいる時、別の場所で己のフリッカーとしての在り方に悩んでいる男がいた。
イツキだ。イツキはザキと別れた後、一人会場の休憩スペースで機体のメンテをしつつ思慮に耽っていた。
「最強である事を……か」
伊江羅に言われた事の意味を反芻する。
「私も、スクールに入ったのは最強を夢見たからだったな……」
目を瞑り、過去を夢想する。
あれは、ほんの数ヶ月前か。遠山カップでのザキの活躍を見て最強の称号に憧れ、ザキと同じスクールに通うために入学試験を受けた。
成績はかなり優秀だったらしく、校長である段治郎から直々に面談を受ける事になった。
回想シーン。
校長室で段治郎は高そうな椅子に座り、その前にイツキが立っている。
「豊臣イツキくん…だったな。なかなか良いセンスを持っている」
「あ、ありがとうございます!」
イツキは、やや緊張した面持ちで頭を下げた。
「ふぉっふぉっ!まぁそう硬くならんでいい。で、試験の結果じゃったな。文句無しに主席で合格じゃ」
「っ!」
喜びに顔が緩みそうになったが、段治郎は神妙な面持ちで言葉を続けた。
「しかし、それはあくまで試験結果としての能力の話じゃ、初期値は高いようじゃがどうにも伸び代を感じん。このまま入学しても、成績の低かった生徒に追い抜かれて悔しい思いをするのは確実じゃろうな」
「え」
「はっきり言おう。お前さんにはフリッカーとしての才能は無い」
「……」
地に堕とされた気分だった。
何のために、今まで努力して試験に挑んだのか?
最強を夢見たあの日々は一体なんだったのか?
自分の今までの人生を全て否定されたような気分だった。
「だが、メカニックとしての才能はある」
「え?」
「お前さんの持ってきた、タイダルボアにフロードダズラーじゃったか?素晴らしい出来じゃ。とても素人の技術とは思えん」
「……」
褒められている。なのに、素直には喜べなかった。
「どうじゃ?お前さんの才能を、自分ではなく他者を最強にするために使う気は無いか?」
「自分じゃなく、他者を……」
すぐには頷けなかった。
フリッカーたるもの、誰しもが最強を目指す、他のフリッカーは倒すべきライバルだ。
イツキも例外なくそのフリッカーの一人だ。自分の力を自分のためじゃなく他人のために使うなんて……。
「お前さんの力があれば、あのザキをもさらなる高みへと導く事が出来るじゃろう」
「ザキ……」
その名は、イツキの中の常識を覆すには十分すぎるカリスマ性を持っていた。
自分が一番になれないのは悔しい。でも、自分の力があのザキの力として使われるのなら……。
遠山カップで見せてくれたあの衝撃よりももっと凄い力へ自分が関与出来るのなら……!
「……わかりました。私の技術を是非役立ててください」
この瞬間、イツキはフリッカーとしての自分に別れを告げた。
己の真の願望を殺し、メカニックとして他者を最強にするために人生を注ぐ決意をし……。
……。
………。
回想シーン終わり。
「……昔のことを思い出してしまいました。らしくないですね、もう過去は捨てたと言うのに」
そう、捨てたのだ。もう最強なんて叶わない夢を見る自分はいない。
「私の目的は、ザキ様を最強へと導くこと。いや、ザキ様だけじゃない。他の才能あるスクールのフリッカーたちをより高みへと導く……」
ならば、自分が大会を勝ち抜く意味など無い。
いや、意味が有ろうと無かろうと不可能だ。ザキがいる限り、自分が勝つ事は出来ないのだから……。
「せめて、ザキ様の障害となるフリッカーの排除を……」
否、それこそ無意味だろう。今のザキにとって障害となりうるようなフリッカーなど存在しない。
「では……」
自分の、選手としての、存在価値は……?
そして、試合時間となった。
ステージの上にリサとイツキがフィールドを挟んで立っている。
『さぁ!第一回戦最後のバトルは、リサくんvsイツキくんだ!!
元遠山フリッカーズスクールのトップであるリサくんと、三武将のリーダー格であるイツキくん!果たしてどんなハイレベルなバトルが見られるのか!?』
有名な二人だけあって観客からの声援も激しい!!
「リサー!絶対負けんなよーーー!!!」
「頼んだよイツキ!もう三武将の中ではイツキしかいないんだ!!」
「三武将の力、見せてやるんだな!!」
その中でもバンとユウタとゲンゴの声援が激しい。
しかし、当の二人はこれだけの声援を受けてもまるで無反応。まったく生気を感じない態度だった。
(私が、バンを迎え撃つ意味…理由……)
(ザキ様が優勝するのは予定調和…シェイドディバウアが完成した以上、私の役目は終わったも同然)
『今回のフィールドはフェンスだけでなく中央付近に二本のポールが障害物として立っている!これがバトルにどう影響するのか!?
さぁ、二人とも機体を構えてくれ!いくぜ!!
3.2.1.アクティブシュート!!』
チョロリン……。
二人から非常に弱々しいシュートが放たれた。
『な、なんだぁ!?いきなりのアクティブでチョン押しとは珍しい…ともかく、先攻はイツキくんだ!』
「……」
イツキのやる気のないシュート。意味のない場所でフロードダズラーがカーブする。
『んん??まったく見当違いの方向へシュート???何かの作戦か????』
「……」
ポスッ!
リサも弱々しいシュートで敵機に届きもしない。
『機動力が自慢のはずのブレイズウェイバーが全く進まない!!なんなんだこれは!?』
それからも、同じような展開がずっと続く。
やる気のない二人のシュートは全く意味のない軌道を描き、試合時間だけが経過する。
試合を見ているザキは不機嫌そうな顔だ。
「けっ、イツキの奴遊びやがって。時間の無駄だな」
ザキは悪態をつきながら立ち上がり、去って行った。
「なんだあの二人?」
「やる気ないんじゃないか?」
「いや、それダメだろ!俺たちを蹴落としておいてさ!!」
「そうだそうだ!!真面目に戦え!!」
あまりに酷い展開に、観客から野次が飛び交う。
「ふふふ、皮肉なものですね。どうやら私とあなたは似た者同士なようだ」
「え?」
「この大会は己が最強になる事を疑わずに、本気で目指すものたちが集まるべき場所。そうでないものには相応しくない。しかし、我々は……」
「ち、違う!私は…私はいつでも本気で……!」
「では、戦えるのですか?本気で、彼と……」
「わ、たしは……」
「私も同じです。もう私の選手としての存在に意味がない。ここに立つ資格など、とうにないのです」
「ち、ちが…でも、私はバンと戦わなくちゃ……!」
「それは、本当にあなたの望みといえるのですか?」
「それは、それは…!」
リサは頭を抱え、首を振る。何も分からない。自分がなぜこの場にいるのか?なぜバンと戦わなきゃいけないのか?
自分の本当の意思はどこにあるのか?
「くぉらぁぁぁ!!!リサのバカヤロオオオ!!!」
その時、他の野次とは比べ物にならないくらいの怒声がバンから発せられた。
「バ、バン……」
「なんだその腑抜けたバトルは!そんなんじゃ、イツキに失礼だろうがあああ!!!!」
「……は?」
耳を疑った。
バンに怒られる事はなんとなく想像してたし、何を言われるかも検討はついていた。
しかし、今言われた内容は全くの想定外だった。
「そんなんだからイツキも本気で戦ってくれねぇんだよ!!本気でやりあわなきゃ、どっちが勝ってもつまんねぇだろうが!!!」
「バン……」
てっきり『決勝で俺と戦うんだろ!?』とか『それでも俺のライバルか!』とか『いつものリサはどうした?』とか、そんな説教が飛んでくるのかと思っていた。
しかし、実際は違った……いや、これこそがバンなのだ。
(そうだ…バンはいつだってそうだった。私を倒す事が目標だなんて言いながらも、目の前のバトルを決して蔑ろにはしない)
鷺沢操も、武山剛志も、伊江羅ザキも……目の前に強敵が現れるたびに、リサの事なんて忘れたかのように燃え上がる。
でも、決して最終目標を見失ったりしない。
いつかを叶えるために、今を全力で挑んでいるのだ。
「やれやれ、見当違いもいいところですね」
イツキの反応は冷たいが、対象的にリサの瞳に光が戻ってきた。
(私は、いつかの目標も、自分の気持ちさえも分からないけど……でも、せめて今は!先の事よりも、今を!!)
リサは深呼吸してからブレイズウェイバーを構えた。
「いけっ!ブレイズウェイバー!!!」
バシュッ!!!
鋭いシュート!ブレイズウェイバーはマインを弾き飛ばしながらフェンスに激突し、鋭角に反射しながらフロードダズラーへぶつかった。
『マインヒット!リサくんのシュートの冴えがいつものものに戻ったぞ!!やはりさっきまでのは作戦だったのか!?
素晴らしいバウンドショットで見事な軌道を描いた!!』
「イツキ……私は、全力であなたを倒す!」
キッとイツキを睨みつけながら、リサは宣言した。
「……バンくんと戦うために、ですか?」
「違うよ、今はあなたを倒したいだけ!!今の最強になるために!!」
「最強…?寝ぼけた事を、どちらにしてもザキ様には敵わない」
「私は、今の話をしてるの!例え大会で最強になれなくても、今のこの瞬間、この場での最強にはなれる!あなたを倒す事で!!」
「私を倒して得られるような、ちっぽけな最強を目指してなんになるんです?」
「最強に大きいも小さいもないんだよ。あなたは言った、自分が最強を目指す事がこの場にいる意味だと。きっと、皆が目指してる最強は今の一瞬一瞬の最強だったんだよ!だから皆楽しんでバトルしてるの!だから、私もずっと楽しかったんだ……!きっとそれが、フリッカー魂なんだと思う!」
リサの訴えかけに、イツキの目が泳ぐ。
「フリッカー魂……そんなものがあるとすれば、私はもうザキ様に、スクールに捧げている」
「このフィールドにはザキもスクールもないじゃない!!」
「っ!」
「ここには私とあなたしかいないの!だから私はあなたしか倒さない!だからイツキ、あなたも私を倒そうとして!!」
「……ふふ、はは……はっはっはっ!!!」
突如、イツキは笑い出した。
「ふぅ……確かに、言われてみればあなたの言う事も一理あります。スクールでの役目やザキ様に敵わないことは、今のこの場では何の影響もない事でした。
だったら、今だけは、もう一度最強を望むフリッカーに戻るのもアリかもしれませんね」
「……」
イツキは精悍な表情を取り戻し、フロードダズラーを構えた。
「いきますよ!」
バシュッ!!
フロードダズラーはボディに付けられたローラーによってブレイズウェイバーを掠め、大きく旋回しながらポールの裏にあるマインへヒットした。
『おおっと!イツキくんもスーパーシュートが炸裂だ!!
ボディのローラーとステアリングシャーシを使っての大旋回!通常のフリックスでは不可能な軌道でマインヒットを決めたァ!!』
「ザキ様のためでもスクールのためでもないシュート、久しぶりですがいいものですね」
「うん!私も、今この瞬間のためにシュートをする!!」
それからの試合は、二人とも持てる力の全てを使っての攻防戦だった。
特殊な軌道でマインヒットを狙うだけでなく、ステップで華麗にかわしたり、機体特性を利用して攻撃失敗させたり。
攻撃が通じても、攻撃が通じないターンでもお互いの技巧の魅せ合いとなり、観客は大盛り上がりだ。
『これはまさに華麗なるイリュージョンバトルだ!!
ブレイズウェイバーはボディサイドのバネを利用したバウンドで鋭角な軌道を描き、フロードダズラーはステアリングシャーシとボディのローラーで曲線的な動きをみせる!
コーナーの軽業師とコーナーの貴公子の激突だぁ!!!
現在、リサくんのHP1に対してイツキくんはHP2!しかし、まだまだ状況はわからない!!』
「HPでは優っているとはいえ、確実に仕留める手段が無ければ安心は出来ませんね…。
ここは、フリップスペル回収!」
イツキはこれまでフリップスペルを使っていないのに回収を選択した。
『イツキくんは回収を選択してターンエンド!しかし、これまでスペルを使ってなかったはずだが……?』
続いてリサのターン。
「ブレイズウェイバー!フロードダズラーのサイドを狙って!!」
「甘いですよ!」
ブレイズウェイバーの攻撃をステップで躱す。
「まだまだ!」
躱されたブレイズウェイバーはまっすぐ突き進み、マインを弾き飛ばす。
弾かれたマインはフェンスにあたり、その反射でフロードダズラーにヒットした。
そして、ブレイズウェイバーはフェンスに密着するように停止する。
「よし!」
『ブレイズウェイバーは見事なマインヒットを決めた!
しかし、今の状況はお互いにHP1の状態でイツキくんのターン!リサくんは圧倒的に不利だぞ!!』
「確かに私が有利な状況ですが、ステップが使える以上いくらでも回避出来てしまう。ならば、それを封じます!」
「まさかっ!?」
「フリップスペル発動!フリーズディファー!!」
フリーズディファー……自ターンの最初に発動。敵フリッカーはバリケード、ステップ、スペルなどの行動が一切出来なくなる。
ただし、このスペルは試合開始時にダストゾーンに置き、回収しないと使えない。
『なんとなんと!先程回収していたスペルはフリーズディファーだった!これによって、リサくんは何も防御行動が出来ない!なす術なくやられるのを指を咥えて見ているしかないのか!?』
「あなたに出来るのは、私がミスするのを祈るのみ。では、行きます!」
バシュッ!
イツキがミスするはずもなく、カーブを描きながらマインに接触したフロードダズラーはそのまま壁際のブレイズウェイバーに迫る。
「さぁ、これで終わりです!」
ガッ!!
フロードダズラーがブレイズウェイバーの横っ腹を突く!
「お願い!ブレイズウェイバー!!」
グググ……!!
その時だった。フロードダズラーの攻撃で壁に押し付けられたブレイズウェイバーはサイドのスプリングが圧縮されて力が溜まった。
そして、その力が限界に達した時に放出され、フロードダズラーを弾き飛ばす。
「な、なに!?」
そのままフロードダズラーは穴の上で停止してしまった。
『のおおおっとこれは!!!まさかのカウンター攻撃か!?ブレイズウェイバーは攻撃された力を利用して逆にフロードダズラーを弾き飛ばして穴に落としてしまった!!
これによって、マインヒットは無効になり、フロードダズラーは自滅ダメージで撃沈!!
勝者はリサくん!ブレイズウェイバーだ!!!』
「よ、よかった……ありがとう、ブレイズウェイバー」
「ま、まさか、今のは狙って……?」
「うん。フリップスペルを回収された時に、フリーズディファーを使われると思ったから……無謀な賭けだったけど、ブレイズウェイバーを信じてよかった」
慈しむように愛機を見るリサに、イツキはハッと何かに気づいた。
「……フッ、これがメカニックとフリッカーの差ですか」
「え」
「かつて言われた事があるんですよ。私にはフリッカーとしての才能がないと……その理由が今ようやく分かりました。
私が信頼していたのは機体ではなく、それを作り上げた自分の技術だった」
「イツキ……」
「ですが、私はそれを悪い事とは思いません。ただ畑が違ったというだけのこと。
ありがとうございます。このバトルで、私は本当の意味でかつての夢を吹っ切る事が出来そうです」
憑き物が取れたような表情でフロードダズラーを拾い、イツキは踵を返した。
「私も、必ず自分の想いを見つけるよ……!」
去っていくイツキの背中に向かって、リサは呟いた。
つづく
次回予告
「いよいよ大会も終盤戦!ついに、ザキと戦う時がやってきた!
俺は、絶対に負けない!!
次回!『バンVSザキ!運命の戦い!!』
次回も俺がダントツ一番!!」
CM