第1話「ダントツ一番!段田バン!!」
4月も半ばを過ぎた土曜の昼下がり。
関東にある都心からやや離れたベッドタウン。千葉県千葉市の住宅地の一軒家で、父と息子が昼食をとっていた。
「どおだ?うめぇか、バン!」
ガツガツと、丼飯をかきこむ息子に父親はにこやかな笑顔を向けている。
「おう!やっぱ父ちゃんの作る味噌汁ぶっかけ丼は最高だぜ!!」
ご飯粒をホッペにいっぱいつけながら、息子……バンが元気良く答える。
「はっはっは!そうだろうそうだろう!なんたって、その味噌汁はご飯にぶっかけるために特別な味の調整をしてたからなぁ、そんじょそこらの味噌汁ぶっかけ丼とは訳が違うぜ!」
「こんなご馳走が食えるなんて、オレ父ちゃんの息子でよかった~!!」
たかだか味噌汁ぶっかけ丼に歓喜しながら、バンはあっという間に平らげてしまった。
「ふぅ、ご馳走様~!」
箸を置いて、食器を流しに持っていくと、バンはすぐさま出かける準備をし始めた。
「なんだ騒々しいな、どっか行くのか?」
「うん!これから中央公園に行って、皆とフリックスバトルしてくるんだ!」
フリックスバトルに必要なものが入ってるであろう鞄を担ぐ。
「よし、準備オッケー!いってき……!」
「あ~、待て待て!出掛ける前に、母さんに挨拶してけ!」
「おおっと、そうだった!」
体制を整え、神棚に飾られている20代後半くらいの女性の写真の前に座り、手を合わせる。
「母ちゃん、行ってくるよ……」
しばらく想いを馳せるように目を閉じたのち、立ち上がる。
「じゃ、いってきます!」
「おう!」
片手を上げて、元気良く家から飛び出して行った。
父親は、その後ろ姿が見えなくなるまで眺めたあと、妻の写真の前に座る。
「繭子、お前が逝っちまってもう6年になるけど……あいつは、バンは元気に育っているよ。安心して見守っていてくれ」
その言葉を聞いて、写真の中の繭子の顔が柔らかくなった……ような気がした。
中央公園。
住宅地の外れにあるそこそこ広い公園で、子供たちの遊び場になっている。
今日も、子供たちがフィールドを囲ってフリックスバトルに興じていた。
「いっけー!」
「負けるなー!!」
ワイワイと盛り上がっている。
園内には、いくつかフィールドが用意してあり、何グループかの子供達に分かれて遊んでいるようだ。
「バンの奴遅いなぁ。今日こそケリつけてやろうと思ったのに」
そんなグループの中の一つで、帽子をかぶった気の強そうな少年が公園の入口を見ながらイライラしているようにつぶやく。
「ははは、そういやオサムはまだ此間の決着ついてなかったもんな」
一緒にいるメガネをかけた少年がオサムに話しかける。メガネ少年の隣には低学年っぽい背の低い少年もいる。
「ああ。18戦して、9勝9敗。10勝目はオレが先にいただくつもりだったんだけど。あいつ、オレに恐れをなして逃げたか?」
オサムがそうつぶやいた直後。公園の入り口から見知った声が届いた。
「誰が逃げるかよ!」
と、バンが息を切らしながら駆けてきた。
「ふぅ……」
皆の前に来ると、大きく深呼吸する。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ」
オサムが腰に手を当てて、文句言いたげな顔をする。
「わりぃわりぃ!ちょっとのんびりしすぎちまった」
片手で後頭部掻きながら軽く謝ったのち、真剣な表情で向き直り。
「さぁ、早速始めようぜ!」
と、自分のフリックスを突き出した。
「おう、望むところだ!」
オサムも、フリックスを取り出す。
「じゃあ、マナブ。レフェリー頼むぜ」
バンが、メガネ少年のマナブに声をかける。
「オッケー。両者、位置について!」
二人が、フィールドの両端に立つ。
今回のフィールドは、全長2メートル程度の正方形の舞台だ。
「今日こそ目に物見せてやるからなぁ!マインセット!」
「へんっ、無理無理!えっと、俺はここにセットだ!」
二人は、四角いケースのようなものをフィールドにセットする。
オサムはやや中央に、バンは端に置いた。
そしてそれぞれ機体をフィールドの角に置いてシュートの構えを取った。
「それじゃ、いくよ!3・2・1……アクティブシュート!!」
マナブの合図とともに二人が同時に中央に向かって機体をシュートする。
バーーーーーン!!!!!
フィールド中央で二つの機体が激しく激突する。
その衝撃波で、両端にいるバンとオサム、それを観ているマナブと他少年達が顔を顰めた。
「おっしゃぁ!俺が先手だぜ!!」
フィールド上で静止している二つの機体だが、バンの撃った機体がより奥へと押し込んでいた。
「へんっ!まだバトルは始まったばかりだぜ!!」
「す、すごい……!これがフリックスアレイかぁ!」
二人の戦いっぷりを見て、背の低い少年が感嘆する。
「あれ?ミチルってフリックスアレイのバトル見るの初めてだっけ?」
「うん…!」
フリックスバトル初観戦と言うミチルに、マナブは解説をする。
「フィールド上で、フリックスアレイと呼ばれるおはじき型の機体を指で弾いてぶつけ合う!それが、フリックスバトルさ!」
「へぇぇ!!同時に撃ってるから凄い迫力だぁ!でもオハジキって普通は順番に撃つものじゃないの?」
「最初に同時に撃ったのは、順番を決めるためのシュートなんだ。お互いにフィールドの端から同時に撃って、より遠くへ進んだ方が先手としてターンを進行する。
今のは、バンの機体が遠くへ進んだから、バンの先攻だね」
「へぇ!ジャンケンやコイントスで順番を決めるんじゃないんだ」
「先手が有利なゲームだからね、それを勝ち取るところから勝負は始まってるのさ!」
「そんじゃ、一気に決めてやるぜ!」
バンは自分のフリックスの向きを変えてオサムのフリックスへ照準を合わせている。
「あれ?弾かないで動かして良いの?」
その様子に、ミチルが首をかしげる。
「フリックスは、機体の後ろにある『シュートポイント』と言う部分しか指で弾けないんだ。だから、自分のターンの最初に向きを変える事が出来るんだ
向きを変えるだけじゃなく、機体によっては変形させたりする事も出来るんだよ」
「へぇ、だからオハジキなのに、あんな車とか飛行機みたいな形になってるんだ」
「よし、いけっ!」
向きを変え終わったバンが、オサムのフリックス目掛けてシュート。
「堪えろぉ!!」
ガガガガガ!!!
フィールド端まで押し込むのだが、もう少しで場外と言ったところでオサムのフリックスは止まってしまった。
「え、えっ!?なんで止まったの!?」
どう見ても場外確実な勢いだったのになぜか端で止まった事に戸惑うミチルにマナブが説明する。
「フリップバリケード。防御側はフィールドの端に小さな壁を張る事で自機の場外を防げるんだ」
「ふぃ~、あっぶねぇ……けど、なんて重いシュートだ。手がジンジン痺れるぜ」
「くっそー!!あともうちょいだったのにぃ!!!」
悔しがるバンに対して、場外を防いでほっとするオサムだが、手の痺れから改めてバンのシュートの重さを脅威に感じている。
「んじゃ、次は俺のターンな」
痺れる手でどうにか機体の向きを変えてシュートする。
「っしゃこい!!」
意気揚々とバリケードを構えるバンだが、場外まではかなり遠い距離に位置しているので構えるまでもないのだが、ただ観てるだけだと手持無沙汰になってしまうため一応構えている。
「とりあえず、先制ダメージは貰いだ。喰らえっ!」
ガッ、カカン、バーン!!
オサムのシュートした機体は、バンの機体に接触したのちに中央にセットしてあったフリップマインと接触した。
その瞬間、バンの機体が小さく爆発するようなエフェクトが出る。
「マインヒット!1ダメージ入るから、バンのHPは残り2!」
「ぐぐっ!先にダメージ受けちまった!」
「えっ、えっ??なに、何が起きたの?なんでダメージ入るの???」
突然の事で訳が分からないようになっているミチル。
「えっとね。バトル前に四角いケースをフィールドにセットしてたでしょ?」
「うん」
「それはフリップマインって言う爆弾なんだ。シュートした機体を、相手の機体とマイン両方に接触させるか、相手機体をマインに接触させるとマインヒットとして1ダメージ与えるんだ」
「えっと、要はマインと相手機体が両方当たれば良いって事?」
「そう。マインは自分のものも相手のものでも成立するから、置く場所は良く考えないと相手に利用されてしまう事もあるんだ」
「へぇ、奥が深いなぁ」
「3・2・1・アクティブシュート!!」
同時シュート!
フィールド中央よりもややオサム側で二つの機体が接触する。
「いっけえええええ!!」
「くっ、手の痺れが治らねぇ……」
バーーーーーン!!!!
凄まじい衝撃の接触だが、オサムの機体がその衝撃に耐えきれずにそのまま吹っ飛ばされて場外してしまった。
「場外!アクティブシュートでの場外は自滅扱いで1ダメージだけど、これでオサムのHPは0!バンの勝利だ!」
レフェリーのマナブが、判定する。
「あぁ!!」
「よっしゃ!」
悔しがるオサムに、ガッツポーズするバン。
「くっそぉ!負けたぁぁぁ!!」
「へっへー!やっぱりオレがダントツ一番だぜ!!」
ニカッと笑うバンにマナブが話しかける。
「凄いな、バン。最近メキメキ腕を上げてないか?」
「だろだろ!なんたって俺は無敵のフリッカーだからな!」
(注)フリッカー=フリックスバトルする人
「その腕だったら、大会に出ても優勝出来たりするんじゃないか?」
「へっ、大会?」
思いも寄らなかった単語に、キョトンとする。
「ああ。今度の日曜、ゴトーマガリカドーデパートの屋上でフリックスの大会があるだろ。今のバンだったら、いいとこまでいくんじゃないか?」
マナブの言葉を聞いて、バンの瞳が輝きだす。
「そっかぁ!大会かぁ~!!よーし、オレの強さを見せ付けてやるぜ!」
「お、オレだって出るぞ!そこで、バンとの決着をつけてやる……!」
「望む所だ!」
再び闘志を燃やすオサムとバン。
「おーし、そうと決まったら大会までにガシガシ練習だぁ!」
勢いにのってバンが再びフリックスを構えたその時!
「あぁ!やめてよぉ!!」
「なんて事するんだ!!」
子供たちの悲鳴が耳に届いた。
「なんだ?」
「向こうのグループ、騒がしいな……」
バン達がその方向に目を向ける。
そこには、目付きの悪い少年が子供たちのフリックスを踏みつぶし、粉々にしている光景があった。
「ひゃーっはっは!弱い、弱すぎるぜ!!そんなんでこのゲンタ様に立ち向かおうなんて、100年はぇぇんだよ!」
ゲンタと名乗った少年が高笑いする。
やられた子供たちは、悔し気な表情を向けるが、力の差を思い知ったのか何も言えないようだ。
その様子を見たバン達は即座に状況を把握する。
「あいつ、あの子達のフリックスを……!」
マナブが把握した状況を口にするのとほぼ同時に、バンが駆け出した。
「あ、バン!!」
そして、粉々になったフリックスを抱えて泣きじゃくっている子供達に声をかける。
「大丈夫か、みんな?!」
子供達は皆目に涙を浮かべて、バンを見上げる。
「僕の、僕のフリックスが……!」
バンは、子供達の持つフリックスの残骸を見て顔をしかめる。
「ひ、ひでぇ……どうしてこんな事に」
「あそこのお兄ちゃんが急にバトルしようって言ってきて、それで、負けたフリックスを、踏みつぶして……!」
シャックリをあげながらも、状況を説明してくれる子供たちの頭をポンと軽く叩くと、バンはゲンタに詰め寄った。
「やいやいやい!そこのお前っ!!」
「ん?」
ゲンタは高笑いをやめ、めんどくさそうに目の前に現れたバンを見る。
「酷いじゃないか!この子達のフリックスを壊すなんて!!」
「はぁ?あいつらは俺との勝負に負けたんだ。弱いフリックスを壊して何が悪い」
怒りを表すバンを見下すように、ゲンタは鼻で笑った。
「悪い!ダントツで悪い!お前、フリックスを何だと思ってんだ!!」
「200円で買えるおもちゃだろ?」
子供達が使っている機体は『インフェリアシリーズ』と呼ばれる初心者向きの機体だ。
公式競技委員会から200円で手に入れる事が出来る。
が、そんな事はどうでもいい。
「な、なんだと……!」
大事なのはお金ではない。大事な機体を粗末に扱うという事が問題なのだ。
「むしろ感謝してほしいぜ。今まで弱いフリックスを持ってたって事に気付かせてやったんだからな!ママンに泣きつけば、また新しいの買ってもらえるかもしれないぜ!ひゃーっはっはっは!!」
あまりにも冷酷非情で厚顔無恥な言動だ。
「う、うぅ……!」
子供達もうつむいて更に顔を歪ませる。
「ぐぐ……!許さねぇ……フリックスバトルで叩きのめす!!」
バンは、ゲンタを指差して啖呵を切った。
「おもしれぇ!お前のフリックスも粉々だ!」
ゲンタが口元を吊り上げなたらバンを睨みつける。
「お、お兄ちゃんダメだよ!」
「あの人、すっごく強いんだ!お兄ちゃんのフリックスまで壊されちゃうよ!!」
勢いづいたバンに、子供たちが慌てて止めに入る。
「へっ、大丈夫!なんたって俺は、今ノリに乗ってるダントツに強い無敵のフリッカーだからな!!あんな奴ちゃちゃっとやっつけて、皆の仇をとってやる!!」
フリックスを掲げて勝利宣言するバンに、ゲンタは舌打ちする。
「ダントツか……その減らず口をへし折ってやるよ」
「バンの奴……」
「調子に乗っちゃって、大丈夫かな」
心配そうに見つめるオサムとマナブだが、こうなった以上止める事は出来ない。
そして、両者フィールドについてバトルスタンバイ。ゲンタのフリックスは曲線的で重量感のあるボディ形状をしている。
レフェリーは再びマナブが引き受けた。
「321…アクティブシュート!!」
同時シュートし、両者激突する。
先攻はバンが取った。
「おっ、良い位置!」
「けっ、どうやらパワーだけはあるみたいだな!」
「いっけぇ!!」
フリックスをゲンタの方へ向けて、思いっきり弾く。
バシュッ!!
スピンしながら、ゲンタのフリックスに突進。その攻撃は、ゲンタのフリックスの中心からやや外れた所にヒットした。
フリップアウトにはならなかったが、ゲンタのフリックスがフィールドの端まで飛ばされる。
しかし、その途中にゲンタのセットしたフリップマインに接触したのでこれでマインヒットだ。
「おっし~!でもマインヒットで先制ダメージゲット!」
「その程度でいい気になるなよ!」
ゲンタもすぐに反撃する。
「へんっ!その程度!今度こそフリップアウトだ!」
しかしまたもフリップアウトは失敗。
だが、マインヒットは成功したのでゲンタのHPは残り1まで追いつめた。
「どうだっ!」
「バンの奴、絶好調だなぁ。この分なら楽勝か?」
オサムもバンも、バンの勝利を確信する。
「うん、とりあえずダメージレースでは優位に立ってるけど、でも……」
なんとなくマナブは嫌な予感がしていた。
「なるほど、威力はあるみたいだな……でもそのわりには弱ぇな」
「なにぃ!負け惜しみかよ!!」
「けっ、気付けねぇところが弱ぇって事だよ!」
ゲンタのターン。
機体をシュートしてマインに当たったのちにバンのフリックスにヒット。
そしてその勢いのままフィールドの角の方でぴたっと止まった。
「どうだ?」
「はぁ?偉そうな事言いながら崖っぷちじゃねぇか!ブッ飛ばしてやるぜ!!」
「おう、好きにかかってこいよ」
ゲンタは意味深に笑みを浮かべながら、人差し指でチョイチョイと手招きする。
バリケードは構えないようだ。
「なにっ、バリケード構えないのか?!なめやがって!」
「あいつはどういうつもりなんだ?ダメージ与えたとはいえ、自分から不利な位置に行くなんて……ミスか?」
「でも、それにしてもバリケードも構えないなんて……」
バンもオサムも相手の行動が理解出来ない。そんな中、マナブは相手の表情に気付いた。
(普通に考えたらありえない行動だけど、でも、なんなんだ、あの余裕は……!)
バンのターン。
「バーン!相手はビビッてるだけだ!ガンガン攻めろ~!」
バンの勝利を疑わないオサムは、ゲンタへの野次の意味も込めてバンにエールを送る。
「おう、そのつもりだぜ!!」
オサムの声援に片手を上げて応えて、フリックスを相手の方に向ける。
「相手の残りHPは1。マインヒットでも勝てるけど、近くにマインが無いな。
でも、相手は角にいる上にバリケードも構えてない。少しでも攻撃を当てられればすぐに落とせる……この勝負勝ったぜ!」
思い切り指に力を込めて、スピンシュートを放つ。
「いっけぇぇぇ!!!」
フリックスが風を切りながらゲンタのフリックスに向かっていく。
「(にやり)掛かったな」
「なにっ!?」
バンのフリックスの軌道がやや逸れている。
ガギィ!!
ゲンタのフリックスに攻撃はヒットし、場外させられた。
しかし、勢いが止まらなかったバンのフリックスもそのまま場外してしまう。
「なにっ?!」
「バン自滅!自滅した場合は、フリップアウトやマインヒットは無効になるから、バンだけ1ダメージ!これで、バンのHPは0……バンの負けだ」
マナブが悔し気に、バンの負けを宣言した。
「そ、そんな……!」
呆然とするバンに、ゲンタが額を抑えながら笑う。
「くっくっく……あーっはっはっは!!大口叩いてた割には自滅かよ!!だっせぇぇ」
「オレが……あんなミスするなんて……」
バンは、口をパクパクさせながらつぶやく。
「まだ分からないのかよ。オレはお前の自滅を誘ったんだよ」
「え……?」
ゲンタの言葉が理解できず、バンは面食らった。
「角ってのはなぁ、確かに防御側にとって一番危険な所でもある。が、それは攻撃側にとっても同じだ。
正確に相手の中心を狙わねぇとリコイルでどこに飛ぶか分かったもんじゃねぇ。左右どっちに攻撃がズレても場外しちまうんだよ」
そう、端に居る相手ならともかく角に居る相手を狙う場合は威力、軌道、全て正確に狙わないといけない。しかし、バンはそういった正確性のあるシュートは元々苦手だったのだ。
「それは……!」
「最初のお前の攻撃を見て、コントロールに難があるようだったからな。加えて、俺のフリックスは曲線的なボディで防御力を重視している。
上手く攻撃を当てられなきゃ、自滅でお前の負けって事さ」
「全部、計算してたって言うのか……!」
「これくらいの判断もできねぇで、何がダントツだ。やっぱスクールに通ってない奴はどいつもこいつもザコばっかだな」
「ぐぐ……!」
バンは拳を握り締めて唇を噛んだ。過去の自信が負けた現実によって屈辱に変わっていったのだ。
「さて、そんじゃお約束だ」
ゲンタは、ゆっくりと地面に落ちたバンのフリックスの所へ歩み寄り、そして……!
「あ、や、やめろ!!」
バンが気付いた時にはもう遅かった。
ゲンタが足を上げ、バンのフリックス目掛けて振り下ろした。
ベキィィ!!!
プラスチックが折れる嫌な音が響く。
「へへ」
ゲンタが足を退けると、そこには無残な姿のフリックスがあった。
「あ、あぁ……」
バンはガックリと膝をつく。
「俺の……フリックスが……!」
「バ、バン……!」
オサム達が、心配そうにバンに駆け寄る。
「おい、お前ら!」
そんなオサム達をゲンタが指差す。
「っ!」
「次のターゲットはお前らだ。明日、覚悟しとけよ」
ゲンタは、また明日もこの公園に来るつもりなようだ。
「ぐぐ……!」
「じゃ、アバヨ」
ゲンタはバンを一瞥すると、踵を返して歩いていった。
「くそ…くそっ……くっそおおおおお!!!!」
フリックスを破壊された悲しみに我を忘れたバンは、立ち上がりゲンタの背中に向かって拳を振り上げ駆け出した。
「あ、バン!」
「いけないっ!」
慌てて止めに入ろうとするオサムとマナブだが、間に合わない。
「てめえええええ!!!!」
「よせっ!!」
が、バンの拳は突如後ろから現れた謎の男によって止められた。
「ぐっ、離せ!!」
謎の男が、暴れるバンの事を羽交い絞めにする。
「お前もフリッカーなら、フリックスバトルの借りはフリックスバトルで返せ!」
「でも、でもっ!!俺のフリックスは、壊されちまったんだよ!!大事な、相棒が!だから、だからぁ……!」
バンの表情が憎しみで歪む。
「だから、あいつのも壊してやろうと?」
謎の男が、淡々と言う。
「っ!」
その言葉にハッとして、バンの動きが止まる。
それを確認した男はバンを離す。
「そ、そういうわけじゃ……」
冷静になったバンは、男の姿を見てみる。
身長からして、10代後半か20代前半くらいの年齢だろうか。
中肉中背で、体格に特徴は無い。
が、問題は格好にあった。
一昔前に流行った月○仮面のような覆面に、白いマフラーをなびかせている。
コスプレイベント会場でなければ間違いなく変態扱いされるような格好だった。
「あ、あんたは……?」
「俺の名は、Mr.アレイ」
「みすたーあれい……」
名乗るだけ名乗ると、Mr.アレイはバッとジャンプし、近くにあった木の枝に乗る。
「あ、待てよ!」
慌てて追いかけるバンに向かって、Mr.アレイは何かを投げつける。
「うぉ!」
咄嗟にそれをよける。そして、地面に落ちた何かを見る。
「これは、フリックス……?」
それは、今まで見た事無い形をしたフリックスだった。
「こ、こいつは一体……!」
「ドライブヴィクター」
Mr.アレイが言う。それがこのフリックスの名前なのだろうか。
「ドライブ、ヴィクター……?」
聞いた事のない名前だった。
「バンと言ったか。……フリッカーとしての誇りを忘れるな!」
それだけ言うと、Mr.アレイはまるで忍者のように一瞬でその場から去ってしまった。
「フリッカーとしての、誇り……」
バンは、Mr.アレイの言葉を復唱しながら、ドライブヴィクターと呼ばれたフリックスを手に取った。
そしてその夜。
皆と別れて帰宅したバンは、夕食も食べずにずっと部屋に篭っていた。
「ドライブヴィクター……か」
机の上に置いたドライブヴィクターを眺める。
「見た事無い型だ。新型なのかな?」
市販には無い、重厚感と鋭さのあるボディから凄い力を感じる。
「よし!」
バンはドライブヴィクターを練習用のフィールドにセットする。
「とにかく、こいつがどれほどのものか、試し撃ちだ!」
20センチほど先にターゲットになるものを設置し、それ目掛けてドライブヴィクターを軽くシュートしてみた。
ドンッ!!!
軽く撃ったはずなのに、ドライブヴィクターは光のような加速でターゲットに向かい、大砲のような威力でターゲットを場外まで弾き飛ばしてしまった。
「な……なんて、パワーだ!」
バンが驚愕したのは、それだけではなかった。
ヴィクターを撃った人差し指が、小刻みに震えている。
「ぐっ、たった一発撃っただけで、指が痺れる……!」
それだけ、反動が凄まじかったのだ。
「オレに、扱えるのか……でも」
バンの表情は、知らず知らずのうちに笑っていた。
「なんでだろう?こいつを見てると、心が熱くなる。何の根拠も無いのに、自信が湧いてくる」
ドライブヴィクターを手に取り、ジッと見つめる。
「ドライブヴィクター……フリックスを壊すような奴は絶対に許せない。だから、なんとしてでもあいつに勝ちたいんだ」
だけど…と続ける。
「今はそんな事よりも……お前と一緒に最高のバトルがしたい。お前をシュートして心からそう思った」
再びヴィクターをセットして、構える。
「頼む、俺に力を貸してくれ!ドライブヴィクター……!」
渾身の想いを込めて、ドライブヴィクターをシュートした!
そして、翌日。
中央公園では、昨日の宣言どおりオサムとゲンタがバトルしていた。
「いっけぇ!!」
オサムのフリックスがゲンタのフリックスを攻撃する。
が、あまり弾けない。
「くっ!なんて硬い防御なんだ……!」
「けっ、その程度かよ!」
「ぐぐ……!」
劣勢を強いられているオサム。
「オサム、やっぱりアイツの挑戦なんか受けない方がよかったんじゃ」
マナブがおろおろしながら言う。
「何言ってるんだよマナブ。このままバンの仇も取らずに逃げられるかよ……!」
「だけど、このままじゃ……!」
「さぁて。俺のターン行くぜ……!おらぁぁぁ!!!」
ゲンタが渾身の力を込めてシュートする。
バーーーン!!
その一撃に、オサムのフリックスがたまらず吹っ飛ぶ。
「うわああああ!!!!」
オサムのフリックスは、力なく場外してしまった。
「けっ、歯ごたえが無いぜ」
ゲンタが、場外したフリックスへと歩み寄る。
「や、やめてくれぇ!」
「負けたくせに、往生際が悪いぜ!」
そして、足を振り上げ……その時だった!
バシュッ!!
一つのフリックスがどこからか飛んで来て、オサムのフリックスを弾いた。
「だ、誰だ!!」
何も無い地面を踏みしめる事になったゲンタは、フリックスが飛んできた方向へ振り返る。
そこには……!
「バ、バンッ!?」
ドライブヴィクターを手にしたバンが、堂々と立っていた。
「オサム、ありがとう。あとはオレに任せろ!」
バンがフィールドへと駆け寄る。
「けっ、負けた奴が何しに来た?」
「ゲンタ……もうお前に好き勝手はさせない!!」
ドライブヴィクターを突き出し、啖呵を切る。
「新しいフリックスか。おもしれぇ、まずはそいつを粉々にしてやる」
ゲンタがニタリと笑った。
ゲンタとバンがフィールドにつく。バトル開始だ!
「アクティブシュート!!」
「いけぇドライブヴィクター!」
バキィ!!
「あっ」
「え?」
アクティブシュートが終わった瞬間、周囲が静まり返った。
あの、防御重視のゲンタのフリックスが、一撃の接触であっさりと吹き飛ばされて場外してしまったのだ。
「な、に……」
「これが、ドライブヴィクター……?」
「……けっ、なに驚いてやがる!たかだか1ダメージだ!それに、アクティブシュート時は防御力が下がる!大したことはねぇ!」
「……」
震える声で強がるゲンタに対し、バンはドライブヴィクターの性能にただただ茫然としていた。
そして仕切り直しアクティブ。
「アクティブシュート!!」
ゲンタは、今度はさすがに軌道をズラしてぶつからないようにシュートした。
お互いにすれ違い、フィールドの奥で停止する。
ギリギリでバンの先攻だ。
ゲンタの機体はフィールドの角の方に位置し、バンのフリックスもその対角線にいる。
「先手は取られたが、結構な距離があるぜ?どうする?」
「……!」
「さて、どうした?前みたいに自滅するかぁ?」
この間と似たような状況。
しかし、ゲンタは挑発しつつも前と違いバリケードを構えた。
(何か知らねぇが、パワーアップしてるみたいだからな。念のため防御力を上げておくか)
しかし、バンにはゲンタの挑発は全く聞こえていないし、ゲンタの行動も気にしていないようだった。
ただ、ドライブヴィクターをセットし、集中している。
「ドライブヴィクター……いくぜっ!!」
そして、魂を込めてシュートした。
バシュッ!ズギャアアアアアアアア!!!
白煙を上げながらブッとんでいくドライブヴィクターに、その場にいた一同が驚愕する。
「バカなっ!なんだこの威力は!?」
相変わらず狙いは若干ずれている。しかし、それでもこの威力なら……!
「オレとお前が、ダントツ一番だあああああ!!!!」
バーーーン!!!!!
ドライブヴィクターの攻撃がヒットし、ゲンタのバリケードが破壊され、フリックスが場外にぶっ飛ぶ。
一方のドライブヴィクターはゲンタのバリケードによってブレーキがかかったので場外せずに踏みとどまった。
「う、嘘だろ……」
一同、あまりの決着に呆然とする。
「なんて、威力だ……」
「バリケードをぶち抜いて、防御重視のフリックスを場外に……!」
一同が唖然とする中、撃ち終わったバンが一息つく。
「ふぅ……勝った……勝ったぞおおお!!!」
バンの雄叫びに、唖然としていた一同が沸きあがる。
「バン!!お前~!!」
オサムが、バンに駆け寄り、ドタマをぶん殴る。
「いでっ!!」
「この野郎!マジで勝っちまった!!やっぱすげぇぜお前!!」
「へへへ、こいつのおかげさ」
誇らしげにドライブヴィクターを見る。
「こいつが俺の想いに応えてくれたから、勝てたんだ」
「ドライブヴィクター……今まで見てきたフリックスの中でも、この性能は段違いだ……。一体、この機体はなんなんだ?」
マナブは、ドライブヴィクターの性能を頼もしく思いつつも脅威にも感じているようだ。
「よく分からないけど。でも、こいつからはすげぇ力を感じるんだ!……あ」
バン達が勝利をかみ締めている中、ゲンタがソーッとその場から逃げようとする。
「おい、お前!」
しかし、バンに気付かれた。
「ギクッ!」
「オレが勝ったんだ。もう二度とフリックスを壊すような真似はするなよ!!」
「ちっ、分かったよ!ちくしょう!!」
悪態をつきながら、ゲンタは走って逃げてしまった。
「へへへ、やったぜドライブヴィクター!!」
バンは、得意気にドライブヴィクターを掲げた。
その様子を、Mr.アレイが木陰から眺めていた。
「フッ、俺の見込みどおりだな」
そう呟くMr.アレイから、意味深な笑みが零れていた。
つづく
次回予告
こちらから音楽をお借りしました
http://www.senses-circuit.com/material/rule.html
キャラクターデザイン 白娥 貴騎様
炎のアタッカーユージンの競技玩具道場!フリックス特別編!!
うっす!僕は、炎のアタッカーユージンだ!
ついに始まった新たなホビー物語!『弾突バトル!フリックスアレイ』!楽しんでもらえたかな??
謎の男、Mr.アレイから託された、これまた謎なフリックス『ドライブヴィクター』を手にしたバンが、これからどんなバトルを繰り広げていくのか、とっても気になるよな!!
気になるといえば、今回のヤラレ役の『ゲンタ君』!彼が口にしていた『スクール』とは一体何なのか?
これも、今後の話を見ていけば明かされていくかもしれないぞ!
謎が謎を呼ぶストーリー展開に、今後も要チェックだ!
さて、次回はいよいよ可憐なヒロインの登場だ!
ヒロインと言っても、フリックスの腕は抜群だから、舐めてかかっちゃ痛い目に合うぜ!
そんじゃ、今回の格言!!
『フリックスバトルは、魂と魂のぶつけ合いだ!』
この言葉を胸に、皆もキープオンファイティン!また次回!!