【小説】膝枕

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『膝枕って膝枕って言うより太もも枕じゃね?でも太もも枕って言いづらいからやっぱり膝枕で良いやっていうお話』
 
 
 とある6月の夕方。
 麗らかな初夏の夕日を浴びながら、二人の男女が並んで歩いていた。
 その男の方……つまり俺の名前は、極村原河トモヤ。
 今俺は、先週付き合い始めた同級生のマナミちゃんと一緒に下校しているのだ。
 マナミちゃんはとてもかわいらしい女の子だ。
 どのように可愛らしいかは、描写するのも面倒なくらい可愛いのだ。
 ほら、頭の中に可愛い女の子を思い描いてごらん?
 描いたね?つまり、それがマナミちゃんと言う事だ。
 告白したのは俺のほうだが、実はマナミちゃんも前々から俺のことが好きだったと言うミラクル。
 まさに、世界中からアイラブユーって言われてるような出来事だったね、あれは。
 ただ、マナミちゃんは可愛いのだが、少々甘えん坊な所があるというか、所構わずべたべたしてくる所が玉に瑕と言うか恥ずかしかったりする。
 まぁ、そこも可愛いんだけどね。ぐへへへへ。
 
「ねぇ、トモちゃ~ん。公園よってこうよ~」
 早速、マナミが猫なで声で甘えてきた。
 まぁ、それも仕方ないだろう。
 俺達の家は学校から近い。普通に下校してはすぐに二人の時間が終わってしまう。
 少しでも長く二人の時間を過ごしたいのならば寄り道するしかない。
 え、家に帰ってから二人でどこかに出かければいいだと?
 バカヤロウ!デートは二十歳になってから!!まだ中学二年生の俺達には早すぎる!!
 
「そうだな」
 俺はマナミの提案に苦笑しながら答えた。
 
 二人で公園のベンチに座る。
 公園は、子連れ親子で賑わっていたが、それほど人はいなかった。
 
「6月も半ばだけど、まだまだ涼しいね~」
 大きく伸びをするマナミを横目に、俺は欠伸まじりに生返事した。
「あぁ。丁度いい気温だ」
 時折吹くそよ風が心地良い。
 俺とマナミは何を話すでもなく、まったりとする。なんとも落ち着く。家でダラダラするのもいいが、外でダラダラするのも悪くは無い。大事なのはどこにいるかではなく『ダラダラしているかどうか』なのではないかと、最近になって気付き始めていた。
「ふぁ~あ」
 あくびまじりで喋ってたせいか、本当に大きなあくびが出てしまった。
 まぁ、隣にいるのはマナミなので、別に気にする事はないだろう。もし、隣にいるのがパジョラムだった日には……あぁ、想像するのも恐ろしい!
「トモちゃん、寝不足?」
 マナミが小首をかしげながら覗き込んできた。
「んや、そういうわけじゃないが。こう、絶妙に心地よい気温の中でダラダラしていると、無性に睡魔が襲ってくるのさ」
 マナミの声は癒し系だ。聞いていると、いい感じにトロンとしてきた。このままスムーズに眠りにつくのも悪くは無いかもしれないな。
 あっ!ここで俺は重大な事を思い出した。
(枕が無い!)
 そう、察しの通り、俺は枕がなければ夜の闇を貪る事すら出来ない男なのだ。
「くそぅ……」
 悔しい。たったこれだけの事で、スムーズに高まった睡魔を再び心の奥底にしまいこまなければならないなんて。
 勿体無い!!
「と、トモちゃん……」
 俺が一世一代の悔しさを味わっていると、マナミがなんか遠慮がちに声をかけてきたのが聞こえてきた。
「何?」
 俺は、極力無表情を装いながら、マナミの方を向いた。本当は枕がなくて凄く悔しいのだが、それを顔に出さない俺は凄く大人だと思った。
「トモちゃん。膝枕、しようか?」
 ぬおっ!
 俺は、思わず吹き出してしまった。何を吹き出したかについてはこの際言及しないで貰いたい。
「い、今なんと……!」
 あぁ、始まったよマナミの悪い癖が!!
 今日は比較的自重してるみたいだったからすっかり油断してたぜ。
「ほ、ほら!今日はもう少しゆっくりしててもいいし、枕が無しだとトモちゃん、寝られないでしょ?だから……」
 むぅ、確かにマナミの言う事には一理ある。
 枕が無いと眠れないのは道理だ。恥ずかしいのだが……まぁ、膝くらいならいいか。
「ふむ、じゃぁお言葉に甘えようかな」
 勝手知ったる彼女の膝。ここは遠慮せずに枕として利用させてもらおう。ヘルモンじゃないし。
 俺は、後頭部をマナミの膝目掛けて振り下ろした。
 ゴツンッ!!
「ひゃぅ!」
「あいたっ!!」
 俺の後頭部は、マナミの膝に直撃し、軽い打撃系のダメージを受けてしまった。
 後頭部は硬い。硬いと言うことは、それだけ衝撃をモロに受けてしまうと言うことだ。
「はぅぅ……」
「うぅ……」
 それぞれ、ダメージを受けた箇所を摩る。
「もう、何するのよトモちゃ~ん……」
 涙目で非難してくるマナミだが、文句言いたいのは俺の方だ。
「だって、膝枕してくれるって言ったジャマイカ!!」
「頭置く場所が違うでしょ~!もっと上の方!」
 言って、マナミは膝から自分の体よりの箇所をポンポンと手で叩いた。
 ミニスカートからスラリと伸びた白いお肉が目に付く。
 ごくりと生唾を飲んでしまった。あぁお腹すいた。
「って、そこ太ももじゃん!膝枕じゃないよ!!」
「さっきトモちゃんが頭ぶつけた場所だって、膝枕じゃなくて膝頭枕になっちゃうよ?」
「っ!?」
 確かに、そうだ。俺がしようとしたこともまた、膝枕ではない。膝頭枕だ。間違っていたのは、俺の方だったのだ。
「確かに、俺が間違っていたかもしれない。でも、膝頭ならともかく太ももに頭を乗せるというのは……」
 端的に言えば恥ずかしい。膝頭なら恥ずかしくなかったんだけどな。
「ほらぁ、遠慮しないの~♪」
 早くも膝に受けたダメージから回復したマナミはニコニコしながら俺の頭をグイグイと強引に自分の太ももへと引き寄せていく。
 後頭部のダメージが完全に癒えてない俺は、抗う術を失い、そのまま吸い寄せられるようにその発育の良い太ももへ頭を乗せてしまった。
「うぅ」
 俺は涙目になりながらもマナミの太ももの感触を楽しんだ。
 あぁ、なんて柔らかいんだ。スカート越しに、マナミの体温を感じる。
 例えて言うなら、ウォーターベッド。いや、俺ウォーターベッドで寝た事無いけど。多分、こんな感じなんだろうな。ふわふわっとしてぽよぽよっとして。
 あぁ、ウォーターベッド欲しいなぁ。高いんだろうなぁ。俺のお小遣いじゃ買えないだろうなぁ。
 今度ウォーターベッド強盗でもしようかな?
 でも、そんな事をしたらマナミが悲しむかもしれない。そんな事は絶対に出来ない。ウルトラの誓いにかけて!
「ふふふ♪」
 なんか、上から妙に楽しげに息が漏れてるのが聞こえるのですが。
 ゴソゴソ。
 俺は、少し頭の位置を変えてみた。
「あぁぁぁんぅぅぅ……」
 今度は、なんだか扇情的な息が漏れてきたぞ?!くすぐったいのか!?
「……」
 なんとなく、動けなくなってしまった。
 せっかくの睡魔も、変に緊張してしまったせいでどこかへ吹き飛んでしまった。
 もう眠くないよ。だから枕いらないよ。
 でも、今更辞めてとは言えない。
 
 あぁ、でもなんか視線感じるよ!視線感じるよ!!!
 太ももの感触楽しんでる余裕なんかないよ!なんか俺変態みたいだよ!!
「ママ~、あそこのお兄ちゃん大きいのに甘えん坊さんだよ~」
 噴水の方で、6歳くらいの男の子が俺の方を指差しながら母親に話しかけている。
「シッ!見ちゃいけません!!」
 母親の方は、男の子の目を両手で隠し、俺の方を一睨みしてからそそくさとその場を去っていった。
 その目は『うちの子になんてもんを見せるのよ!!このバカップルどもが!!』と言う非難が込められていた。
 やっぱこれまずいよ!早急にやめさせるべきだよ!!
 俺は、勇気を出して頭を浮かした。もうこんな事はやめるべきだ。
 しかし、上方向から正体不明の圧力がかかり、俺の頭は再び太ももにフィットしてしまう。
 え、嘘……?
 マナミが、浮かしてきた俺の頭を、手で押さえつけていたのだ。
 その手は、未だ離れない。心なしか、徐々に力が篭ってる。
 確かに大した力ではないが、そこから伝わるマナミの想いが俺の力を根こそぎ奪ってしまう。
 なんだかんだで、俺はマナミに弱いのだ。
「ね~んね~ん、ころぉりぃ~よぉ~、おこ~ろぉ~りぃよぉ~♪」
 静かにマナミの子守唄が聞こえてきた。
「トモちゃんはぁ、良い子だぁ~、ねんね~しぃなぁ~♪」
 抵抗するばかりでいつまで経っても寝ない俺を大人しくするためのものだろうか。その歌声は澄み切っており、下手したらそのまま眠ってしまいそうになる。
 とは言え、ずっとこのままでいるわけにも行かない。
 俺は再度頭を浮かそうと試みる。が、マナミに押さえつけられてそれが出来ない。
 グッ……俺は、いつまでこうしていればいいのだ?
 
 『永遠』
 
 この二文字が、俺の頭に浮かんで、消えた。
 永遠って言葉は時間の意味じゃなくて、何かを証明するための心の強さの事って、何かの歌で言っていた気がする。オンドゥル
 そうか、だから俺は、動かない星を探して自分の印に立ち、変わらないため変わる事をこれでも受け入れなければならない! オンドゥル
 俺は、なんとかこの状況を打破するため、ソッと目を閉じて思案する事にした。 オンドゥル
 目を閉じると、たくさん叶えたい夢があふれ出してきた。
 ……あぁ、俺ウルトラマンになりたいなぁ。
 っと、今はそんな事を考えている時じゃない!
 目の前に広がるたくさんの夢の中から、俺は今叶えるべき夢を見つけ出す。
 『さっさとこの状況を打破したい』
 これこそが、今叶えたい夢だ。よかった、ちゃんと夢として存在していて。
 そうか、夢……!夢って事はつまり、願いって事。
 願いならば流れ星に願えば叶うんだ!
 あ、でも夜まで待たなきゃいけないじゃん。それに、いつ流れ星が流れるかも分からないし……
 このアイディアは、デッドエンドだ。
 くッ!
 人知れず唇をかみ締める俺を、一縷の風が吹き抜けた。
「風が出てきたね~。トモちゃん、寒くない?」
 その言葉を聞いて、俺はついに良いアイディアを思いついた!
「……もう眠っちゃったかな?」
 目を瞑り、何も応えないでいる俺をそう解釈したマナミは、微笑みながら俺の頬をソッと撫でた。別にダジャレではない。
 そして、俺が思いついた良いアイディアとは
 
『北風と太陽大作戦!!』
 
 北風と太陽とは、古い童話だ。内容を要約すると、風属性の攻撃より、灼熱属性の攻撃の方が威力が高いよねってお話です。
 つまり、今までは強引に力付くでマナミの太ももから逃れようとしてきた。
 しかし、それじゃ押さえつけられるだけだ。押さえつけられたら俺は抗えない。
 だったら、マナミが自ら俺を離してくれるように仕向ければいいのだ。
「ん……」
 俺は、ゆっくりと目を開いた。
「マナミィ……」
 そして。精一杯甘ったるい声を出してみる。うげぇ、気持ちわりぃ
「あ、トモちゃん、起きちゃった?」
「ん……マナミの膝枕、気持ち良いな……」
「え、えへへ~♪もう、突然何言い出すの~?」
 マナミはニタニタ笑いながら、俺の頭を撫でてくる。こうかはばつぐんだったようだ。
 よし、続けていくぜ!
「マナミって。柔らかくてあったかい……」
 サワサワと、マナミの太ももを摩ったりしてみる。
「ひゃぅ……!もう、トモちゃんのエッチ」
 よし、今だ!!
 俺は、マナミの太もものお肉をつまんだ。
「ぁぅっ!」
 だから、そんな声出すなって!
 いや、怯んでる場合じゃない!
「や、やっぱり……大分お肉がついてきたからかなぁ……?」
 俺は、恐る恐るその禁断のセリフを吐いてみた。
 ピシィ……!
 その瞬間、辺りの気温が一気に10℃くらい下がったような気がした。
「……」
 俺は、肌寒さを感じつつ、そっと頭を浮かしてみる。
 すると、さっきまで困難だったそれが嘘のように簡単に起き上がることが出来た。
 やった!ついにやったのだ!!
 俺はこの『膝枕は恥ずかしい地獄』から抜け出す事が出来たのだ!!
 地獄から抜け出した俺は、心の中で快哉を叫んだ。
「トモちゃん」
 心の中で小躍りをしていた俺は、マナミの無機質な声を聞き、固まる。
「は、はい」
 何故か、背筋をピンと伸ばしてしまう。
 マナミを見ると、先ほどと同じように笑顔を見せていた。しかし、その背景にはドス黒いオーラのようなものが沸き立っている。
「……」
 どうやら、本当の地獄はこれから始まろうとしているようだ。
 だが、俺はそれでも後悔さえ隠して歩けるよ。
 だって、某有名なアニソンだって言ってるじゃないか。
 
 『避けて通れない苦しみや痛み乗り越え、僕ら行くんだ!』
 
 って、だから俺は、戦ってイケる!君(パジョラム)となら!
 
 そんなわけで俺はマナミの次の言葉を待った。
「ふぁ~あ、私も眠くなってきちゃったな~」
 わざとらしく欠伸をするマナミ。本当に嘘が下手な人だ。しかし、今はそれどころではない。
「さて、お返しにトモちゃんに膝枕。してもらっちゃおうかなぁ~?」
「うげっ!?」
 な、なんですと!?
「いいよね、トモちゃん♪」
 笑顔の裏に影を潜めているマナミの言葉を拒否る事など、今の俺には出来るはずも無く……。
 そういえば、聞いた事がある。
 膝枕は、される側よりする側の方がずっと恥ずかしいんだと言う事を。
 
 
 ……俺は、目の前が真っ暗になった。
 
 
     END
 
 
  

 

 




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