第1話「テイクオフ!」
ここは、日本本州最西端に位置する地方の、とある山に囲まれた小さな町、『空口町』。
人口1万人ほどの小さな町で、最近都市開発が進んでいるものの、まだまだ自然の多い田舎町である。
そのとある河川敷で、一人の少年がハングライダーを抱えて坂の上で立っていた。
「風向き良し、風力良し、うん!テイクオフには絶好のタイミングだ!」
少年はそうつぶやくと、ダッ!と坂を駆け下りだした。
「いっけええええ!イカロス号!!」
加速が最大限に達すると同時に、少年の足は地面を蹴って飛び上がる。
ぶわああああ!!!
イカロス号と呼ばれたハングライダーの翼は向かい風を掴みとり、高く飛び上がった。
「やった!やったぁ、成功だ!!飛べたぞぉ!!」
自分の体がどんどん地面から離れていくのを実感すると、少年は歓喜の声を上げた。
風を読み、空中を自在に浮遊していく。
「これで、少しは父さんに近づけたかな……?」
少年の名は、天崎ソラ。12歳。
7年前に死んだ父親の跡を継いで、パイロットになるため。形見のハングライダー『イカロス号』で毎日飛行の練習をしているのだ。
「父さん……」
ソラは少ししんみりした様子で昔を思い浮かべる。
……。
………。
7年前のとある朝。
幼きソラは父親と一緒に朝食をとっていた。
「ねぇ、パパ」
「ん~?」
父は、新聞を読みながら生返事をする。
「パパのお仕事って、お空を飛ぶ事なの?」
「ん、あぁ、そうだな。お空を飛ぶ事だ」
父は少し考えて、ソラの発言に合わせた。
「すごーい!じゃあ、ウルティママンと同じだね!パパはウルティママンなんだぁ!!」
ウルティママンとは、怪獣と戦う巨大ヒーローを描いた特撮番組だ。当然空も飛べる。
「あははは、違う違う」
父は笑いながら、新聞を置いてソラに向き直った。
「パパはな、パイロットっていう。飛行機の運転をするお仕事なんだ。たくさんのお客さんを大空へ招待するお仕事なんだよ」
「へぇぇ~」
「危険がいっぱいのお仕事だけど、地面を離れて、普通では絶対に行くことの出来ない大空へ飛ぶ……とても夢のあるお仕事なんだよ」
「なんか、かっこいい!僕も、パパみたいなパイロットになりたい!!」
それを聞くと、父は嬉しそうにソラの頭を撫でた。
「あははは、そうか!じゃあ、頑張って勉強しなきゃな」
「うん!!」
ソラは強くうなずいた。
「空は良いぞ……地面も何もない、自由な世界だ。周りには、白い雲と青い空間しかない。上に行く事も下に行く事も出来る……いつか、お前も自分の力で見ると良い」
父の語る空の世界は、ソラにとって夢物語のような世界だった。
ソラは幼いながら強く誓った。いつか絶対、自分の力で父と同じ世界を見るんだと。
しかし、この会話が、ソラにとって父と交わした最後の会話だった。
数時間後、父の運転していた飛行機が、事故で東北の山奥へと墜落したとのニュースが走った。
搭乗員は全て焼け死に、死体も回収できない有り様だったという……。
……。
………。
回想シーン終わり。
「あっ!」
機体バランスが多少崩れかけたことで、ソラは自分が夢想していた事に気づいた。
「やべっ!」
慌ててバランスを整える。
「ふぅ……危ない危ない。フライト中は集中しなきゃな」
自分を諌めながら、ソラは飛行を続けた。
「まだ、父さんが見ていた世界には届かないけど。いつか必ず、羽ばたいて見せる!」
ソラは改めて誓いを胸に込めると、まっすぐ前を見据えた。
その時だった。
ビュンッ!!
青い、謎の小型飛行物体が目の前を通り過ぎた。
「うわっ!」
そのせいで、不意を突かれて完全にバランスを崩してしまった。
「し、しまっ!」
もう遅い。
失速してしまったハングライダーはそのまま姿勢を傾けながら落下してしまった。
ドササササ!!
ソラは、せめて落下時のダメージは軽減しようと最低限の受け身はとった。
「い、てててて……」
しかし、身体は無事でも、イカロス号の方は……。
「あぁ!イカロス号~!!」
無残な有り様だった。骨組みは折れ、羽はボロボロ。これでは修理しないともう飛ぶ事は出来ない。
「そんなぁ……もう今月のお小遣いないのに……」
修理しようにもそのお金もないようだ。
ソラは涙目になった。
「おーーーい!!」
その時、遠くから中年男性の声が近づいてきた。
見ると、白衣を着た細身の男がこちらに駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁ……す、すまない!大丈夫か、君!?」
白衣の男は息を切らしながら謝ってくる。
「ぼ、僕は大丈夫ですけど……イカロス号、ハングライダーが……」
ソラは恨めし気にその男とボロボロになったイカロス号を交互に見る。
「あぁ、ごめんよぉ!新型機のテスト飛行をしてたんだが、まさか君が飛んでるなんて思っても見なくて!」
白衣の男は両手を合わせて平謝りしてきた。
「本当にごめん!もちろん、弁償はするから!!」
「あ、はい、まぁ、弁償してくれるなら、いいんですけど……」
そこまで謝られたら、それ以上責めることはできない。
「それじゃぁ、これ連絡先」
白衣の男は、名刺をソラに渡した。
「鳥羽……さん?」
名刺には、『鳥羽』と書いてあった。
「ああ、皆からは鳥羽博士と言われている」
「博士……」
博士って事は何かを研究したりする人の事を言うはずだ。そういえば、さっき新型機のテストがどうのこうの言っていたが……。
「それから、君の名前と連絡先も教えてもらいたいんだけど」
「あ、はい。僕は、天崎ソラです」
そして、電話番号を教えた。
「ソラ君か。本当にすまない。そのハングライダーは責任もって弁償するから」
「はい、お願いします」
しかし、いくら弁償してもらったとしても、ハングライダーが直るまで時間がかかる事には代わりないだろう。
その間は、もう飛ぶ事が出来ない。
そんな、気落ちが顔に現れていたのか、鳥羽博士はさらに提案してきた。
「それと、お詫びと言ってはなんなんだけど……」
言って、先ほど飛ばしていた小型飛行物体を取り出す。
「これを、君あげるよ」
「え、これは……?」
「C.F.O.の新型機だよ。名前は『BR-2 ランサーファルコン』」
「しーふぉー?」
ランサーファルコンとか言われても、C.F.O.そのものがなんなのか分からないのでピンと来ない。
「C.F.O.知らないのかい?」
ソラの反応に、鳥羽博士は意外そうな顔をした。
「ええ」
「あぁ、そうか。C.F.O.っていうのは、シューターで飛ばす小型の飛行物体の事なんだ。ちょっと見てて」
そう言って、鳥羽博士はシューターらしきものともう一つ別の小型飛行物体を取り出した。
「グリップ、装着!」
鳥羽博士がシューターにグリップを装着する。
「カタパルトチャージ!」
シューターのカタパルト部分を引く。
「C.F.O.セット!」
シューターにC.F.O.を乗せた。
「テイク・オフ!ウィングバード!!」
そう言って、シューターのボタンを押すと、カタパルトが勢いよくウィングバードと呼ばれたC.F.O.を射出した。
シュパァァァァ!!!
射出されたウィングバードは、風に乗って空高く舞い上がった。
「す、すごい……!」
ソラは思わず感嘆を漏らした。
「な、すごいだろう?」
鳥羽博士は、得意げな顔をする。
「小型だけど、ちゃんと航空力学に則った翼の形状、そして重量バランスをしている。それがあの飛行性能を生み出しているのか……」
ソラは、見事にC.F.O.の飛行性能を分析して見せた。
(へぇ、たった一回見ただけでそこまで見抜くとは)
鳥羽博士はそんなソラに興味を抱く。
「……」
ソラは、真剣な目でランサーファルコンを見つめた。
「飛ばしてみるかい?」
「は、はい」
鳥羽博士は、ソラにシューターを渡した。
ソラは博士の見よう見まねで、ランサーファルコンをシューターにセットした。
そして、構える。
「……」
しかし、構えたまま打ち出そうとしない。
「飛ばさないのかい?」
博士の問いかけには答えず、ソラは黙って空を見ている。
(まだだ、この風じゃ飛べない……!)
数秒して、風向きが変化する。
ヒュウウウウウ……!
(今だ!)
一縷の風がソラの頬を撫でた瞬間、ソラはシューターのスイッチを押した。
「テイク・オフ!飛べ、ランサーファルコン!!」
シュパァァァァァァァ!!
シューターから放たれたランサーファルコンは、風に乗って空高く飛び上がった。
(まさか、風を読んだのか!?)
ランサーファルコンは凄い勢いで飛んでいく。
「す、すごい!まるで、風を切って飛んでるみたいだ……!相当空力を考えて設計されてるんだな……」
ソラは、その飛行能力に驚愕する。
(いや、凄いのはソラ君だ……。たった一回の飛行でここまでランサーファルコンを使いこなすとは……これは、もしかしたら、凄い掘り出し物を見つけたのかもしれない)
「よし、飛べ!もっと飛べ!ランサーファルコン!!」
飛び上がるランサーファルコンに感動したソラは、更に声援を送る。
その時だった。
ビュウウウウ!!
ランサーファルコンの方から風が吹いてきた。
その風の中で、ソラは懐かしい声の響きを聴いた。
“大空を目指せ、ソラ!そこで、父さんも待ってるぞ”
ランサーファルコンが風を巻き起こし、父の声を運んでくれた……そんな気がした。
つづく
次回予告