オリジナルビーダマン物語 第101話

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爆砕ショット!ビースピリッツ!!


第101話「シュウVSヒンメル!待ち望んでいた戦い!!」





 ビーダマンワールドチャンピオンシップ優勝決定戦を後日に控えたある日の昼下がり。
 仲良しファイトクラブ練習場では、シュウを中心にメンバーが会議を開いてた。
 
 休憩室でシュウ、タケル、ヒロト、琴音、彩音の5人がコタツを囲って話し合っている。
「いよいよ、決勝か……」
 シュウが感慨深げに呟く。
「決勝の舞台は北極の特設会場で行われることが決定したよ。南極と同じ極寒のフィールドだから、シュウ君にはちょっと不利ね」
 彩音が資料を見ながら説明する。
「でも俺はヒンメルと違って、南極での戦いを経験しているんだ。条件は五分五分だよ」
「北極か。ある意味世界一を決める大会の最後の舞台には相応しいかもな」
 ヒロトが妙な事に感心した。
「まさか、ここまで縺れるとはな。リーグ戦で順位が決まらなかったのはある意味ラッキーだが、最終戦の相手がアレじゃな……」
 暴走ヒンメルを思い浮かべ、タケルは苦い顔をした。
「ヒンメルが暴走したのは、良かったのか悪かったのか分からないわね……」
 琴音が沈んだ顔で呟く。
「そんなの分かんねぇよ。けど、俺はただ優勝をかけてあいつとぶつかるだけだ!」
 気合いを入れるために拳を握りしめる。しかし心なしかシュウの身体は少し震えていた。
「シュウ、お前震えてるぞ」
「む、武者震い……と言いたいけど、正直ちょっとビビってる」
 シュウは素直に恐怖心を認めた。
「無理もないな。あのヒンメルと戦えって言われたら、どんなに心が強いビーダーでも臆するだろう」
「ベルセルクが、更に強くなって立ちはだかったようなものだもんね……」
 琴音は、ヒンメルの暴走をベルセルクに例えるとヒロトがそれを否定した。
「いや、ヒンメルの暴走はベルセルクの狂気とは質が違う」
「え?」
「ベルセルクは狂っていながらも明確な目標の下、ゆうじを標的にバトルをしてきた。だが、今のヒンメルには目標がない。勝ち負けすらも関係ない。
ただ本能の赴くままにビー玉を発射し、辺りを破壊しつくすだけ。あれでは竜巻や地震と言った災害と何も変わらない」
 ヒロトの言う事は的確だった。
 狂っていても、その方向性が明確で人間らしさが残っていたベルセルクに対して、ヒンメルの行動は方向が定まっていないから対処のしようがない。
「災害、か……」
 シュウが呟く。
 人間一人と災害が、同じ舞台の下で対峙する。これがどれほどの事か……。
「勝つどころか、『勝負をする事』に持っていくだけでも、至難だぞ。まずはあいつにバトルをさせないと話にならない」
 ヒロトは深刻な表情で忠告した。
「分かってる。まずはあいつをビーダーに戻してやらないとな……」
「ただでさえ強いのに、もう一段階踏まないといけないなんて。今までとは次元が違いすぎるわよ……」
 琴音が気落ちして呟く。
「それでもさ。俺、怖いって思いながらも、やっぱ楽しみなんだよな……」
「シュウ君?」
 全員が首を傾げる。
「ずっと、ヒンメルとの戦いを望んでたんだ。やっと、この時が来たんだって思ったら、怖くて体がブルブル震えてんのに、心の奥がめちゃくちゃ熱いんだ!
あいつと、戦いたくてたまらねぇ!!どんなに強くても、立ち向かいたい!って」
 恐怖に震えながらも笑みを浮かべるシュウに対して、タケル達は和やかに笑った。
「ったくお前は……超がつくほどのビーダマンバカだな」
「でも、そんなシュウ君だからこそ今この場にいるのかもね」
「で、何か策はあるのか?」
 ヒロトが聞くと、シュウは顎に手を当てて天を仰いだ。
「無いわけじゃねぇけど……正直、自信は無いな!」
 シュウは胸を張って答えた。
「自信が無い事を自信満々に答えるなよ……」
「自信は無いけど、思いつく事が一つしかねぇんだから、しょうがないだろ!そう言うタケル達は何か良い作戦でもあるのかよ?」
 逆にシュウが訊くと、タケル達は言葉に窮してしまった。
「有効打は正直無いな」
 タケルは両手を上げて肩を竦めた。
「今のヒンメル君に対して出来るのは、なるべく怪我をしないように試合を終わらせる事、だけだと思う。それ以上の最善策なんて……」
 彩音も顔を伏せながら答えた。
(出来れば、棄権した方が良いんだけど……)
 そう思ってはいるが、シュウの気持ちを汲んで口には出さない。
「だろ?だったら、俺を信じて任せてくれ!今出来んのは試合に向けて万全な状態を整える事だけだぜ!」
「まぁ、自信が無いと弱気になるより、自信が無くても強気でいた方がいく分マシか」
 ヒロトが軽く笑いながら言った。
「そうそう!気合いだ気合い!!」
「そうと決まったらシュウ!今から特訓だ!焼け石に水だろうが、少しでも強くなって戦うんだ!!」
「おう!!それが終わったらあやねぇ、ブレイグの調整頼むぜ!!」
「うん、最高のコンディションで戦えるようにするよ!!」
 彩音は笑顔で答えた。
 
 練習場。
 先ほどまで練習しいたクラブ生達は、シュウ達を見て騒然としていた。
「あれ、シュウ先輩たち何やってんだろ……?」
「いくらなんでも、あの練習は無茶なんじゃ……!」
「決勝前から気合い入ってるのかな?」
 それもそのはずだ。バトルホッケーのフィールドでタケル、ヒロト、琴音の3人が並び、それにシュウ一人が対峙していた。
「シュウ!お前ほんとこんな練習するのか?」
「ちょっと無茶でしょ、これ……」
「無茶でもなんでもやるんだよ!俺が戦うヒンメルは、こんな無茶なんか目じゃないくらいもっと滅茶苦茶な奴なんだ!これくらい出来なきゃまともに戦えないぜ!」
 3vs1の練習を提案したのはシュウらしい。さすがにこのハンデでバトルホッケーをするのは、不利すぎるが……。
「このくらいしないとダメだろうな。これはあくまで練習だ。勝とうが負けようが、極限状態でやらなければ意味がない」
 ヒロトはシュウの提案に賛成のようだ。
「そうそう、そう言う事!」
「で、でもあんまり無理して身体壊したら元も子もないわよ」
「大丈夫ですよ、琴音先輩っ!」
 シュウの身体を心配する琴音に対して、いつの間にか傍にいたリカが口を開いた。
「練習で疲れた体は、この敏腕マネージャーのリカがバッチリ癒して差し上げますから!シュウ先輩達は何も気にせずに練習に励んでください!!」
 リカが指をわきわきさせながら言った。
「お、おう……頼むぜ……」
 シュウは若干慄きながらも、リカを頼りにする事にした。
 
「そんじゃ、とっとと始めるぜ!」
 
「「「レディ、ビー・ファイトォ!!」」」
 
「いっけぇブレイグ!!!!」
 ドンッ!!!!
 いきなりのパワーショットがパックに命中。
 凄い勢いでブッ飛んでいく。
「受け止めろ!ボールドレックス!!!」
 ドンッ!!
 それに対抗したのはタケルのレックスだ。
 しかし、パワーではブレイグの方が上、減速させる事は出来ても、止める事は出来ない。
「ブレイグのパワーは止められないぜ!!」
「くっ!」
「でも、この勢いならグルムでも!!」
 タケルが押し負けた所へ、琴音のサンダーグルムが一点集中の連射をしてパックを止め、徐々に押し返して行った。
「なにぃ!?」
「サンダーグルムの縦列連射なら、一発一発の威力が低くても押し返せる!!」
「へっ!だったらまたブッ飛ばすだけだぜ!!!」
「甘いっ!!」
 今度はヒロトのヴェルディルが乱射を放った。
 カンッ!カンッ!!!
 ヒロトのショットはパックを左右に振りながら押し込んでいく。
 押し込むスピードは琴音よりも劣っているが、ランダムに動きながら進むパックに、シュウは狙いを定められない。
「うっ、くそっ!!」
 ドンッ!ドンッ!!
 必死で押し返そうとするが、パックに命中しない。
「どうした?まともにショットも当てられないのか?」
「くっそぉ、せこい事しやがって……!」
 だが、押し込めば押し込むほどパックは遠くなっていく、それによってヒロトのショットの威力も落ちる。
(ここまでか……!)
 威力が落ちた事で左右の振れ幅が小さくなった。
 そして逆にシュウは押し込まれた事によってパックが近くなり、狙いやすくなっている。
「ピンチはチャンス!!うおおおおおおお!!!!」
 ドーーーーーーーーン!!!!!!
 至近距離からのパワーショットをぶつけてパックを押し返す。
 が、さすがに真ん中よりも奥まで行くとパックの勢いが衰える。
「至近距離からのショットとは言え、一撃でここまで押し込むとはな……!だが、止めろ!ボールドレックス!!」
 ボールドレックスのパワーショットによってそれを食い止める。
 パックは真ん中まで押しほどされた。
「あぁもう、もう一発!!」
 トドメにともう一発撃とうとするが、トリガーを押してもビー玉が出ない。
「やべっ!玉切れ……!」
 本体に玉が空っぽな事に気付き、慌てて腰のビーホルダーからビー玉を取り出してブレイグの中に詰め込んでいく。
「残り玉数くらい把握しておけ!!」
「いくよ、サンダーグルム!!!」
 再び琴音とヒロトによる連射でパックを翻弄されてしまう。
「うおおおおおお!!!」
 パックが近づいてきたところで、シュウは再びパワーショットで押し返す。
 
 これの繰り返しで、なかなか決め手にならず、勝負は膠着状態が続いていた。
 
 そして、数十分後……。
「はぁ、はぁ……!!」
 全員疲労困憊で息を乱している。
 そしてパックは中央に位置していた。
「もう、全員体力の限界みたいだな……」
「あぁ……バトルホッケーは決着付けづらくて長引くからな……」
「も、もうそろそろ休憩したいかも……」
「次のショットで勝負が決まるな」
「おっしゃ、だったら最大技で行くぜ!!」
 全員の必殺技のぶつかりあいで勝負が決まる!
「いっけぇ、ブレイグ!!!」
 ドンッ!!
 ブレイグの最大シメ撃ちが放たれる。
「うおおおおお!!!グランドプレッシャー!!!」
 それに対抗するのはグランドプレッシャーだ。
 両者のショットが相殺される。
「喰らえ!俺の最大奥義!!」
 ドンッ!!!
 タケルが、弾かれた自分の玉に向かって再びグランドプレッシャーを放った。
「ダイノクラッシャー!!」
 バゴォォォ!!!!
 グランドプレッシャーの二つの振動の反発によって凄まじい勢い玉が飛んでいく。
「あたしだって!雷光一閃!!!」
「続け!ジャンブルワルツ!!!
 それに続くように、琴音とヒロトの連射必殺が飛んでいく。
 ガッ!!!
 三人分の必殺技を受けて、パックがブッ飛んでいく。
「まだまだぁ!!」
 ガクガクガク!!
 そのショットによってブレイグのエアリアルバイザーが振動を始めた。
「フェイタルストーム!!!」
 ドンッ!!!!
 空気の膜を纏ったショットが放たれ、パックに激突。
 
 バゴオオオオオオオオオオ!!!!!
 凄まじい衝撃波を放ちながら、パックは砕け散ってしまった。
 
「いぃぃ!?」
「なにっ!?」
「うそぉ……!」
「パックが、砕けた……?」
 パックが砕けては、もう勝負は付けられない。このバトルはドローだ。
 この結果には、バトルを見ていた他のクラブ生達も騒然としている。
 
「さすがに、4人分の必殺技の挟み撃ちには耐えられないか」
 ヒロトは冷静に分析しながら膝をついて、呼吸を整えた。
「あぁ、疲れた……もうしばらくビーダマン撃たなくていいや……」
 琴音はだらしなく地面にぺたりと座り込んだ。
「しかし、俺達3人を相手にドローとは。気合い入ってんな、シュウ!」
 タケルが息を乱しながらも嬉しそうにシュウへサムズアップした。
「お、おう……!でも、さすがキツかったぁ……!」
 ドサッ!
 そう言って、シュウは仰向けに倒れた。
 
「あぁ、シュウ君!」
「シュウ先輩!!」
 それを見た彩音とリカがシュウへ駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと疲れただけ……」
「シュウ先輩、はい!スポーツドリンクです!」
「サンキュ……」
 リカからスポーツドリンクを受け取り、一気に飲み干す。
「プハァァ!生き返るぜ……!」
 水分を補給して幸せそうな顔をするシュウへ、タケルは声をかけた。
「シュウ、今日の練習はこれで終わりだ。あとはゆっくり休め」
「あぁ、そーする……。練習でも3vs1は疲れるなぁ……。あやねぇ、ブレイグをお願い」
 ヨロヨロと立ち上がりながら彩音へブレイグを渡す。
「うん。バッチリメンテナンスしておくからね!」
 彩音は笑顔でブレイグを受け取った。
「頼りにしてるぜ、あやねぇ」
「それじゃあ、私はシュウ先輩の休息の準備をしますね!その間にシュウ先輩はシャワーを浴びててください!!」
「おう。頼む」
 リカが忙しなく駆け出していく……と、途中で振り返って妖しく笑いながら言った。
「あ、よければ添い寝なんかもしますけど、どうです?」
「いらん。はよいけ」
「ちぇ、はーーい」
 リカはむくれながら休憩室へ入って行った。
 
 その時、練習場の扉が控えめに開かれた。
「こんにちは~!」
 入ってきたのは二人の少年、田村と吉川だった。
「あ、お前ら!」
 田村と吉川はシュウの姿を見つけると笑顔で駆け寄ってきた。
「どうしたんだよ、急に」
 思いもよらない来訪者に、シュウは目を丸くした。
「いやさ、お前。明日決勝だって言うだろ。だから、一言激励しようと思ってさ」
「だけど最近なかなか学校でも話が出来ないし。こっちから来たんだ」
 大会が忙しくて、シュウは学校を休みがちだったのだ。言っても遅刻だったり早退だったりしているので学校の友達と話す機会が減っている。
「そっか。わざわざサンキュ!」
「楽しみにしてるぜ、シュウ!お前とヒンメルとのバトル!」
「ずっと、願い続けてたもんね。シュウならきっと夢を叶えられるよ!」
「おう!しっかり見ててくれよな、俺の最高のバトルを!!」
 三人はガシッ!と拳をぶつけ合わせた。
 
 その頃。ドイツ、フリューゲル城。
 ヒンメルの部屋では、栄養補給、排泄物処理のための機械と管で繋がれたヒンメルが、ベッドで横になっていた。
「……」
 まるで死んだように静かに眠るヒンメルの横で、ルドルフが椅子に腰掛けて静かに見守っている。
「ヒンメル様……」
 呟いたその表情は憂いに満ちていた。
「私は、私の今までやってきた事は、正しかったのでしょうか……?」
 ヒンメルに問いかけるように、ルドルフは自問自答していた。
「私はただ、あなたにビーダーとして幸せになってほしかった。血の繋がりはなくとも、本当の息子のように思って……ですが、私に出来たのは傷付けない方法のみ。
その事によってあなたが更に傷付いていくのに気付かないフリをして、あなたを壊さないようにする事で精一杯でした……」
 俯き、両手を組みながら、まるで懺悔をするような姿勢で独り言を続ける。
「望みがあるとすれば……」
 
 “ヒンメルはもう十分に傷ついてんだよ!!だからっ、二度と傷つけさせない!!”
 “あいつのバトルで何が起きたって、俺が真っ向から受け止める!俺以外の誰も傷つけさせない!!”
 ルドルフの脳裏で、シュウのセリフが反復される。
「あの少年に、全てを委ねるしかないのか……私は、こんなにも無力なのか……!」
 ルドルフの瞳に涙があふれ、頬を伝う。
 〝やったぁ、ぼくの勝ちだぁ……!”
 再び、ルドルフの脳裏に幼い少年の声が響く。それは、シュウのものではなかった。
 
「願わくば……もう一度、あの笑顔を見せてくれ……ウラノス……!」
 消え入るような静かな声でそう呟いた後、ルドルフはしばらく嗚咽を漏らした。
 
 
 その夜、竜崎家。
 明日の出発に備え、シュウは自室のベッドに入っていた。
「……」
 目はつむっているのだが、身体はゴソゴソ動いている。眠ってはいない。
「~~~」
 目と口を閉じたまま、喉の奥で何か唸っている。
「~~~だああああああ!!!」
 我慢できなくなり、シュウはバッと目を開いて上半身を起こした。
「緊張して、眠れねぇぇぇぇ!!!!」
 シュウの叫び声が轟いた直後、部屋の扉がバンッ!と乱暴に開かれた。
「くぉら!うるせぇぞ修司!!居間何時だと思ってんだ!!」
 入ってきたのは、鬼の形相の父だった。
「うぅぅ、だってさぁ……眠れねぇんだよぉ……」
 シュウが涙目になって訴えると、父の形相も多少穏やかになり、困ったような顔になった。
「ったく、しょうがねぇやつだな……まぁ、大事な試合前だから気持ちは分かるけどよ」
 父はボリボリと頭を掻いたのち、ちょっと照れくさそうにポケットから紐で口を結ばれた小袋を取り出してぶっきらぼうにシュウに渡した。
「ほれ」
 投げ渡され、シュウはそれを両手でキャッチする。
「うおっと!……なにこれ?」
 ジャラジャラと何やら固い小物が複数入っている音のする袋を眺めながら、シュウはキョトンとした。
「まぁ、ちょっとな」
「?」
 直接聞いてもなかなか答えてくれそうになかったので、シュウは袋を開けて中を確認した。
「あ、これって……!」
 中に入っていたのは数個のビー玉とベーゴマだった。
「俺がガキの頃に遊んでた奴だ。お前が言う所の相棒みたいなもんか?」
「父ちゃんの、相棒……」
「まっ、気休めにしかならんが、ちょっとしたお守りって奴だ。もってけ」
「父ちゃん……ありがと」
 素直に礼を言うと、父は照れくさかったのか。小さく『おう』とだけ答えた。
「んじゃ、早く寝ろよ」
 照れ隠しにそう素っ気なく言ってから父は部屋を出て行った。
「……」
 シュウはパタンと閉じられた扉をしばらく眺めたのち、お守りをギュッと握りしめて眠りについた。
 
 そして、翌日。
 北極に設立された特設ビーダマン会場。
 一般の観客は誰もいないが、中継用のヘリやカメラマンに囲まれて、ビーダマスタージンがマイクを握っている。
 
『世界各国から選りすぐられた強豪ビーダー達の頂点を賭けた戦い、ビーダマンワールドチャンピオンシップ!
ビーダマンの数だけバトルがあり、ビーダーの数だけ、さまざまなドラマがあった!!
笑い、涙、喜び、希望……それら全てを乗り越えて、ビーダー達は戦いの中で我々に感動を与えてくれた!
勝ち上がった者、惜しくも敗れた者、その全ての集大成が今ここで始まる!!
ビーダマンワールドチャンピオンシップ優勝決定戦の開催を宣言するぞ!!!』
 
 ビーダマスタージンがカメラに向かって指をさした。
 この中継は、世界中で生放送されている。
 
 日本、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ……。
 シュウ達と戦った全てのビーダー達も、テレビの前で固唾を呑んで見守っていた。
 
『決戦の舞台はここ、地球の最北端!北極だ!!極寒の吹雪に負けないビー魂を期待しているぜ!!
さすがに、この地に一般の観客は呼べないが、試合の様子は全世界でリアルタイム放送しているぞ!テレビの前で応援よろしく!
君たちの声援は、ビンビン届いているぞ!!!』
 
 シュウの控え室。
「いよいよ、かぁ……!」
 シュウが忙しなく準備体操をしている。
「くぅぅ!やるぜ!やるぜやるぜやるぜ!!」
「シュウ。準備運動始めてからもう30分経ってるぞ」
「準備運動ってレベルじゃないわね……」
 タケルと琴音が呆れている。
「これが最後なんだ!準備はたくさんしておいて損は無いだろ!!」
「やり過ぎだ……」
「んじゃ、これでラストにするか」
 シュウは、最後にアキレス腱を伸ばしてから準備体操を終えた。
「うし!体はバッチリ!いくらでも動くぜ!!」
 シュウは腕をぶんぶん振り回す。
「ふふ。シュウ君は準備万端ね。ブレイグの方も、完璧に仕上がったよ」
 彩音が苦笑しながらシュウにブレイグを渡す。
「おぉ!ブレイグゥ!!!」
 最後の練習が終わってからずっと彩音に預けっぱなしだったのか、シュウはブレイグに飛びついた。
「破損個所は完全に修復して、メンテも完璧にしておいたからね。
それから、サスペンショントリガーの負担を減らすためにトリガーパットにショック吸収剤を追加しておいたから、今まで以上のバトルが出来るはずよ!」
 メンテどころかパワーアップまでしてくれていたとは……。
「あやねぇ……!」
 シュウは感動で瞳がうるんだ。
 
『さぁ、そろそろ試合時間だ!選手の二人は会場に来てくれ!!』
 ビーダマスターのアナウンスが聞こえてきた。
「おっと、そろそろ行かねぇと!」
 それを聞いて、シュウが入場の準備をする。
「しっかりやんなさいよ、シュウ!」
「気を付けてね、シュウ君」
「シュウ先輩なら絶対に勝てます!」
「無様な戦いはするなよ」
「シュウ、頑張れよ」
 皆が口々に声援を送ってくれた。
「おう!皆の応援は無駄にしないぜ!!」
 それに力強く答えて、シュウは部屋を出た。
 
 試合会場。
『さぁ、選手入場だ!!優勝を争うのは、この二人!!
青コーナー!これまでの試合を、持ち前のガッツとパワー!そして土壇場の閃きで切り抜けてきた、竜崎修司君!通称シュウ君!!』
 シュウの前に、ルドルフに支えられて眠りについたままのヒンメルが現れた。
「ヒ、ヒンメル……!」
 
『赤コーナー!世界チャンピオンとして、全ての試合を圧倒!最強の矛と最強の盾を併せ持つ神のビーダー!ヒンメル・フリューゲル君!!
今回は特別に、セコンドのルドルフさんと一緒の入場だ!』
 
 ヒンメル、ルドルフとシュウが対峙する。
「ヒンメルは、まだ……!」
 シュウが口を開こうとする前に、ルドルフが話し掛けてきた。
「この気付け薬を使えば、ヒンメル様はお目覚めになります」
 ルドルフは、薬品が染み込んでいるいるであろう布をチラつかせた。
「その瞬間、ヒンメル様はこの前と同様に暴走を始めます」
「っ!」
「覚悟は、よろしいですか……?」
 ルドルフが無表情のまま聞いてくる。
 シュウは、以前の記憶が蘇って心が恐怖に浸食されそうになるのをグッと堪えて頷いた。
「ああ……!」
 
『それでは、そろそろバトルを始めるぞ!両者ともにスタート位置についてくれ!!』
 ビーダマスターに言われた通り、シュウとルドルフはスタート位置に着いた。
 
「ヒンメル様、バトルが始まります」
 スタート位置にヒンメルを置いて、気付け薬を嗅がせてからルドルフは退場した。
 
「ヒンメル……!」
 
『レディ……ビー・ファイトォ!!!』
 
 ビーダマスターの合図とともに、ヒンメルの目がパッと開く。
「ふふ……ははは……!」
 その途端、ヒンメルが立ち上がり、口元を吊り上らせた。
「あーーーっはっはっはっは!!!」
 
 ドギュッ!ドギュッ!ドギュッ!!!
 そして、でたらめにビー玉を乱射し始める。
 そのショットは、北極の氷を砕くほどの威力だった。
 
『のおっと!スタート直後からヒンメル君の猛連射!!しかし、どこを狙っているんだ!?でたらめに周りの氷を撃っているだけだ!!シュウ君はまだ射程圏内にいないぞ!』
 
「はーっはっはっはっは!!!」
 
 控え室では、タケル達がその様子を苦々しく見ていた。
「いきなりか……!」
「今のヒンメルはシュウが見えていない。ただビーダマンを撃ちたいだけだ」
「これじゃ、バトルならないよ……!」
「ヒンメルに勝ちたいどころか、ヒンメルと戦いたいって願いすらも、叶うかどうか……!」
「せっかくヒンメル君と戦える舞台なのに、ヒンメル君と戦えないもしないなんて……」
 皮肉な展開に、彩音はスカートの裾を握った。
 
 バトルフィールドでは、シュウが暴走するヒンメルに向かって走っていた。
「うおおおおおお、ヒンメルーーーー!!!」
 早くいかなければ、ヒンメルにこれ以上暴走を続けさせるわけにはいかない。
 その想いだけでシュウは足を進めていた。
 そしてついに、シュウがヒンメルの射程圏内に入る。
「うっ!」
 その姿を見て、シュウの足は竦んだ。
「ははははははははははは!!!!!!」
 狂気に歪んだ笑顔。
 そして、ただビー玉を撃つだけの、心無い人間が、そこにいた。
「ヒンメル……!」
 これが、あのヒンメルなのか?
 ずっと、戦いたかった、ライバルの姿なのか……?
「いや、違う!!」
 シュウはグッ!と奥歯を噛みしめてヒンメルの前に立ちはだかった。
「ヒンメル!俺はここだ!!」
 ヒンメルの目の前に来たと言うのに、ヒンメルはシュウを無視して周りを滅茶苦茶に破壊している。
 
『のおっと!シュウ君とヒンメル君の距離が接近!だと言うのに、ヒンメル君は対戦相手であるシュウ君を無視して撃ちまくっている!バトルをする気があるのか!?』
 
「うおおおおおお!!!!」
 ドンッ!!!
 シュウがヒンメルのシャドウボムを狙い撃った。
「あははははは!!!」
 スッ!
 ヒンメルはそのショットをサッと交わした。
「……」
 ヒンメルの動きが止まり、シュウを見る。
 その目は冷たく、見られていると背筋が凍りそうだった。
「っ!」
 臆することなくシュウは睨み付ける。
「……」
 ヒンメルの表情は、『邪魔するな』とシュウを非難しているようだった。
 しばらく睨み合っていると、ヒンメルは飽きたのかシュウから目を逸らして再び笑いながらビー玉を撃ち始めた。
「あははははははははは!!!!!」
『ヒンメル君!シュウ君のショットを躱したかと思ったら、再びシュウ君を無視して暴走!!対戦相手は眼中にないというのか?!このままでは決着がつかないぞ!!』
 
 バーンッ!バーーーンッ!!
 ヒンメルの暴走によって辺りの氷が砕ける。
「おわぁ!!」
 砕けた氷が、シュウの背中に当たりそうになった。
「くっ、このままじゃやべぇ……!」
 シュウは意を決して駆け出した。
「あはははははは!!!」
 それは、ヒンメルが撃ったショットの前だった。
「うおおおおお!!!!」
 ヒンメルがショットを撃った直後、猛スピードでその前に立つ。
「っ!」
 
『なんとぉ!シュウ君が、自らヒンメル君のでたらめなショットの前に出た!!』
「い、っけぇぇ!!!」
 ショットがシュウにぶつかる寸前、パワーショットを放って相殺した。
 バゴオオオオオオ!!!!!
 シュウの目の前でぶつかりあったパワーショットによる衝撃波が巻き起こり、シュウはフッ飛ばされて氷の壁に激突した。
 
「ぐああああああ!!!」
 
『シュウ君がパワーショットの反動で氷に激突!!大丈夫か!?』
 
 ガラッ……と砕けた氷を払いのけながら、シュウは立ち上がった。
「へ、へへ……!」
 そんなシュウの姿を、ヒンメルは再び冷たい表情で見つめる。
「君……なに?」
 非常に迷惑そうに冷たく言い放った。
「俺は、竜崎修司……!お前のライバル、シュウだ!!」
 
 
 
 
 
         つづく
 
 次回予告
 
「優勝するのはどっちだ?!ビーダマンワールドチャンピオンシップ、俺とヒンメルの戦いはクライマックスを迎えた!
ヒンメル、俺は絶対に負けない!俺の全てを賭けて、お前を倒す!!
バトルは火花を散らす大接戦!!決着は、必殺技同士の激突に持ち越された!
そして、栄冠を手にしたのは……?
 
 次回!最終話『今すぐ炎のビー玉ブチかませ!!』
 
熱き魂で、ビー・ファイトォ!!」

 



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