爆砕ショット!ビースピリッツ!!
第54話「彩音の嫉妬 兄の面影」
新マネージャー、早乙女リカが入部したその日の夜。
彩音は一人台所の流しで夕飯の支度をしながら呆けていた。
「……」
虚ろな瞳で、まな板の上のニンジンを切っている。
トントン。トントン。と、静かな部屋に包丁の音だけが響いている。
“俺汗っかきだから塩分補給出来るんならありがたいし。これだって食えないほどじゃないぜ”
ふいに、シュウがリカのクッキーを頬張っていた姿が浮かんできた。
「……私のだって、味だけじゃなくて栄養も考えて作ったんだけどな」
寂しそうにポソッと呟いた。
呟いた言葉の意味を理解してハッとした。
「って、何言ってるんだろ私」
ザックッ!
「っつ!」
ニンジンを抑えていた左手に痛みが走った。
気を散らした状態で包丁を扱ったもんだから指を切ってしまったらしい。
「……」
血が滴る指を舐め、彩音はため息をついた。
「ただいまー!」
その時、玄関から琴音の声が聞こえてきた。
ドタドタと足音が近づいてくる。
「お姉ちゃん、お醤油買ってきたよ~!」
スーパーの袋を下げた琴音が台所に入ってきた。
「あ、ありがとう、琴音ちゃん」
「って、お姉ちゃん、指大丈夫!?」
彩音が怪我した指をなめているのに気付いた琴音が駆け寄った。
「う、うん、ちょっと切っちゃって」
「ちょっと待って救急箱取ってくるから!」
琴音は部屋の隅にある棚から救急箱を取り出し、消毒液とバンドエイドを持ってきた。
「ありがとう」
彩音の指にバンドエイドを巻いた。
「珍しいね、お姉ちゃんがこんな失敗するなんて」
「う、うん……」
彩音は曖昧に頷いた。
「何かあった?」
「大丈夫、別に、何もないから」
ぎこちなく言った彩音は再び支度に戻った。
「……」
琴音は、腑に落ちないながらも、深追いはしなかった。
そして、翌日。
今日も仲良しファイトクラブは盛況だった。
シュウ達は各々で特訓をし、部屋の隅のテーブルでは彩音がパソコンを広げてデータの分析をしている。
「いっけぇ、ブレイグ!!!」
ズドドドドドドド!!!
台の上に並べた重量級ターゲットをブレイグのパワーショットで次々と撃破していく。
「これで、最後だ!!!」
ドーーーーーン!!!!
パワーショットで、一際大きいターゲットを吹き飛ばし、シュウは一旦構えを解いて一息ついた。
「ふぃ~。ザッとこんなもんかな」
額から流れる汗を左腕で一拭きする。
「お疲れ様です、シュウ先輩!」
そんなシュウへ、リカが子犬のようにトテトテと近づいてきた。
「おう」
「はい、濡れタオルです!これで体を冷やしてください!」
「サンキュ!」
うけとったシュウはタオルで顔を吹く。
「ひゃ~、冷たくて気持ちいい~!気が利くなぁ、リカは」
「えへへ~!」
シュウに褒められて、リカは嬉しそうに微笑んだ。
「っ」
それと同時に、隅にいた彩音の身体がピクッと反応したのだが、誰も気付かなかった。
「さって、次のトレーニングするかなぁっと」
「あ、私ターゲット並べますね!」
リカは率先してシュウのトレーニングの手伝いをする。
台の上に、縦一列にターゲットピンを並べた。
全部で30本はある。そして全てのターゲットの中には金属の玉が三つ入ってる。
「おっ、分かってんじゃん。俺がやりたかった練習!」
「シュウ先輩の練習、ずっと見てましたから!」
「なるほど、感心感心!」
シュウは笑いながらリカの頭を撫でた。
「……」
彩音が、今度は密かにジト目でシュウとリカのやりとりを見ていた。
「よっしゃぁ、行くぜ!一発で全部撃破だ!!」
シュウはブレイグのホールドパーツを思いっきりシメつけてパワーショットを放った。
バーーーーン!!!
シュウのパワーショットは、並べられたターゲットピンを全て弾き飛ばした。
「おっしゃ!!」
「すごいです、シュウ先輩!!」
「へっへ~ん、楽勝楽勝!!」
シュウは胸を張って高笑いした。
「あれだけ並べたターゲットを一発で全部吹き飛ばしちゃうなんて、シュウ先輩じゃないと出来ないですよぉ!」
「パワーなら誰にも負けねぇぜ、なっはっはっはっは!」
「むぅ……」
彩音は、仲良く話しているシュウとリカの姿を見て、今度は頬を膨らませた。
もちろん、誰にも気づかれないように。
ガチャッ。
と、いきなり練習場の扉が開いた。
「すみませーん、宅配でーす!」
青い、宅配屋の制服を着た兄ちゃんが大きな箱を抱えて入ってきた。
「あ、はい!」
彩音が行こうとするのだが、荷物が大きいのでタケルが制した。
「あぁ、俺が行くよ」
タケルは兄ちゃんから荷物を受け取り、サインをした。
「ありがとっしたー!」
兄ちゃんは一礼して出て行った。
荷物を抱えたタケルが練習場へ戻ってくる。
「タケル、その荷物なんなんだ?」
「ん、あぁ。この間発売したばかりの新競技セットだ。頼んでおいたのがやっと届いた」
「新競技?」
「おう」
タケルは荷物を開き、その場で新競技セットを組み立てた。
「よし、出来た!」
「おぉぉ!!」
それは、90度で相手と向き合うバトルホッケーのような競技だった。
「これが、新競技『メテオボンバー』だ!」
「メテオボンバー?」
メテオボンバーの周りに皆が集まってきた。
「なんか、バトルホッケーみたいなパックがあるね」
「そうだ。これは90度の角度で相手と対戦するバトルホッケーだ。パックを自分の陣地の延長線上にあるゴールに入れれば一点。先に2点入れれば勝利って競技だ」
「向かい合わなくてもホッケーが出来るんだ……」
「ああ。これが上手い角度で出来ていて、パックをゴールさせようとビー玉を当てれば当てるほど、相手もゴールを狙いやすい位置にパックが移動するようになっているんだ。
つまり、バトルホッケー以上にパックをコントロールする技術が必要になる。力押しだけじゃ勝てない上級者向けの競技だな」
「へぇ!面白そう!タケル、早速やってみようぜ!!」
シュウは競技台をポンポン叩きながら言った。
「ああ、そうだな。まずはやってみないとな」
シュウとタケルが競技台に着いた。
「おっしゃ、行くぜ!」
「「レディ、ビー・ファイトォ!!」
「先手必勝!!」
ドンッ!
まずがシュウがパックに向かって撃った。
パコンッ!!
軽く撃ったにも関わらず、パックは勢いよくスッ飛んで行った。
「うわ、かるっ!これじゃすぐに決着つくだろ……!」
「甘いぞ、シュウ!」
カンッ!!
パックはゴールから外れて、壁に弾かれた。
「あれ?」
「ゴールするためには、ただ飛ばせばいいってわけじゃない。あのスリットに入れないとな!」
スリットの大きさはパックの大きさギリギリだ。上手くコントロールしないと入らないだろう。
「くそっ!バトルホッケーだったら今ので決まってたはずなのに……!」
「力押しだけじゃダメだって言っただろ!」
そして、丁度今のパックの位置はタケルにとってゴールを狙いやすい位置になった。
「いけっ!」
ドンッ!!
タケルは上手くパックにビー玉を当て、パックはゴールへと向かっていく。
「させるか!!」
ゴールへ入る前に、シュウは横からパックにショットを当ててそれを阻止した。
パックは壁に反射してタケル側に進んで止まった。
「あっぶねぇ。……って、けどそこからじゃ俺ゴール狙えねぇ!」
タケルのゴールは阻止したものの、パックの位置はシュウのゴールよりもタケル側にある。
その位置のパックにいくらビー玉を当てても、余計にタケル側に移動するだけでゴールは狙えない。
「こうなったら、シュウは俺のショットでパックが前に移動するのを待つしか無いぜ」
パックが自分のゴールよりも相手と反対側に行かない限りゴールは狙えない。
そして、相手がゴールを狙ってパックを押し込めば押し込むほど、自分もゴールを狙うチャンスが生まれる。
絶妙な競技バランスだ。
「下手にパックを前に出してシュウにチャンスを与えると厄介だ。ここは一発で……!」
ドンッ!!
タケルは良く狙ってパックへショットを放った。
シュンッ!
見事なコントロールパワーショットによって、パックは一瞬でゴールに入った。
「くそっ、反応できなかった!」
「パックは軽いからな!移動速度も半端じゃないぞ!」
コロン……!
タケル側のゴールからパックが転がってきた。
「ゴールすると、自動的に次のパックがセットされるのか。よーし!」
そのパック目掛けてシュウはショットを放つ。
カンッ!
しかし、ゴールから外れた。
「狙いがズレてるぞ!」
「まだまだ!!」
自分が撃った軌道を基準にシュウはブレイグの位置をズラして再びパックを狙った。
ガッ!
パックが中途半端にゴールに入る。
「むっ!」
そこへタケルのショットがパックに当たる。
それによって、パックは完全にゴールに入った。
「やったぜ!」
「しまった!迂闊に攻撃すれば自滅する事もあるのか……!」
コロン……!
シュウ側のゴールからパックが出てきた。
「確か、2点先取だったよな!」
「ああ。これがラストだ!」
「おっしゃぁ、行くぜ!」
「タイラントレックス!!」
ドンッ!!!
二人は同時にパックに向かって撃った。
ガッ!!
90度の二方向から同時にショットが命中、力が拮抗していたからか、パックは動かずにビー玉だけ弾け飛んだ。
「うおおおおおお!!!」
「はぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
ドンッ!カンッ!!!
再び、パックは動かずにビー玉だけ弾け飛ぶ。
「負けるか!!!」
「いけぇぇぇ!!!」
ズドドドド!!!
互いにパワーショットを連射しまくる。
しかし、パックは動かずに拮抗する。
「シュウ先輩!頑張ってください!!」
リカは必死にシュウを応援する。
「す、すごいバトルだなぁ……」
「シュウ先輩に守野先輩のバトル。間近に見られるなんてある意味お得かも」
部員の少年達は二人のバトルの迫力に圧倒されている。
「いっけぇぇぇ!!」
徐々にシュウがパックを押し込んで行っている。
「くっ……!ガチンコじゃシュウに分があるか……だが、ステージバトルなら俺の方が有利だ!!」
バーーーーン!!!
タケルはレックスを路面に叩き付けながらショットを放った。
「グランドプレッシャー!!!」
「うっ!光のテーブル出す手間が無い分、必殺技が出しやすいか……!」
ドーーーーーーン!!!!
今度はタケルの方が押していく。
一方のシュウは、このバトルでは必殺技を出すには手間がかかりすぎて逆に不利になる。
「必殺技が出せなくっても!シメ撃ちで十分だぜ!!!」
ドンッ!!ドンッ!!!
ブレイグのシメ撃ちを何度も何度も撃ってグランドプレッシャーに対抗する。
「うおおおおおおおおお!!!!」
「はあああああああああ!!!!」
再び拮抗するパック。
二方向からの強力な圧力がかかる。
「このバトル、一体どうなるんだよ?」
「なんでただの練習なのに、こんなに激しいんだ!?」
少年達も、このバトルの行方に固唾をのんでいる。
「「いっけぇえぇぇぇぇぇえ!!!!!」」
カタカタ……!
パックの様子がおかしい。
力の逃げ場がない状態で、二方向から圧力がかかっているものだから、力が溢れそうになっているのだ。
「「えっ!?」」
バッ!!
そして、耐え切れなくなったパックは唯一の力の逃げ場である上へ弾け飛んだ。
「と、飛んだ……!」
パックは放物線を描きながら競技台を飛び越えて、地面に伏してしまった。
「堕ちちゃった……」
シュウは、力なく地面に落ちたパックを呆然と眺めた。
「パックが軽すぎたな。こうなった以上は引き分けだ」
タケルは力が抜けたのか、ドサッとその場に座り込んだ。
「疲れた~」
シュウもタケルと同じようにその場にへたりこんだ。
「ちょっと大丈夫、タケル君、シュウ君」
彩音が世話を焼こうとシュウの所へ向かうと……。
「シュウ先輩っ!」
リカがそれを強引に押しのけて、座り込んだシュウへスポーツドリンクの入ったストロー付きの水筒を突きつけた。
「凄いバトルでした!カッコよかったです!!はい、水分補給!」
「おぉ、サンキュ」
それを受取ろうとするシュウに対してリカは
「あぁ、いいです!私が飲ませてあげます!」
と言って持っていた水筒のストロー部分をシュウの口に近づけた。
「んっ!」
シュウはそのままそれに従った。
「ぶぅ……」
彩音は、目を伏せながらむくれた。
「プハーーー!んまい!!ありがとな」
一気にドリンクを飲み干したシュウはリカの頭をポンポンと軽くたたいた。
「えへへ~。お役にたててうれしいですぅ!」
「ほんと、リカって気が利くよなぁ。助かるぜ」
シュウはニッと笑ってリカの頭をクシャクシャ撫でる。
「ふふふ、なんかシュウ先輩って、お兄ちゃんみたいです」
「え?」
その言葉に、彩音は過剰ともいえる反応をした。
「っ!」
一瞬とはいえ、目を見開き、呆然とした表情でリカとシュウを見る。
「私ぃ、ずっとお兄ちゃんが欲しかったんですよぉ」
リカは媚びた瞳で言葉を続ける。
「やめて……」
知らず、彩音は呟いていた。
だが、リカはまだ続ける。
「今度からシュウ先輩の事、お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」
「え、まぁ、別に呼び方なんてなんでも……」
と、シュウが肯定の返事を出そうとした瞬間。
「ダメーーーーーーーー!!!!!」
劈くような叫びが、室内に響き渡った。
皆が一斉にその声の主、彩音に注目する。
「あ、やねぇ……?」
普段からは想像できない彩音の状態に、シュウはあっけにとられてしまった。
「ダメっ!ダメダメ!!お兄ちゃんはダメ!!お兄ちゃんは、お兄ちゃんは……私だけのお兄ちゃんなの!!」
シュウとリカの間に割って入って、彩音はまるで子供のように駄々をこねた。
「あ……」
そして我に返った。
自分が、今とんでもない事をしてしまった事を、周りの皆の視線を感じて悟った。
「そ、その、私……」
今更誤魔化そうと思ってももう遅い。
リカは冷たい瞳でリカを見ていた。
「何が、ダメなんですか?」
リカは、シュウに対しての媚びた甘い声からは想像もつかないような冷たい声音で彩音に言った。
「え、えっと……」
彩音は視線を逸らして、言葉を探す。しかし、返答が浮かばない。
「私、彩音先輩に迷惑かけてないですよね?シュウ先輩にだって、他の皆にだって今日は迷惑かけてないはずです」
「で、でも……い、いきなりお兄ちゃんって変じゃないかな?」
「どうしてですか?私、シュウ先輩より年下ですよ。変な呼び名じゃないですよね」
「ほ、ほら、兄妹ってわけじゃないし」
「呼び名に血のつながりなんて関係ないですよ。シュウ先輩だって、彩音先輩の事、彩姉って呼んでるじゃないですか」
「そ、それは……」
彩音は完全に口を噤んでしまった。
そこへ、シュウが口を開く。
「なぁ、ちょっと落ち着けよ」
「シュウ先輩は黙っててください」
「いや、黙ってられねぇよ。よく分かんねぇけど、俺が関わってるっぽいし」
シュウは基本空気読めないのでこんな時でもマイペースに言葉を続けた。
「とりあえずさ、納得できないんだったら、バトルしかないだろ。俺達はずっとそうやってきたんだし」
「いや、シュウ。ここでビーダーの常識持ち出してもなぁ……」
タケルはさすがにシュウにツッコミを入れた。
しかし、リカは意外な反応を示した。
「勝負……そうですね。それが良いかもしれないですね」
「だろ?」
「彩音先輩。私と勝負しましょう!どちらがシュウ先輩に相応しいか、マネージャー対決です!」
「えっ!?」
リカは彩音に人差し指を突きつけて勝負を挑んだ。
「って、ビーダマンバトルじゃねぇのかよ!!」
「突っ込みどころはそこじゃないだろ……」
つづく
次回予告
「ひょんな事から、彩音とリカがバトルをする事になった!
のは、良いんだけど、なんで俺を巻き込むんだよ~!!
次回!『マネージャー対決!彩音VSリカ!!』
熱き魂で、ビー・ファイトォ!!」