オリジナルビーダマン物語 第17話

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爆砕ショット!ビースピリッツ!!


第17話「関東予選!シュウの決断」



 とある日の放課後の仲良しファイトクラブ。
「いくぞ、ブレイグ!!」
 いつものようにシュウは練習台の前に立って、ビーダマンを撃っている。
 ズゴオオオオオオ!!!!
 かなりのパワーショットだ。
「どう、あやねぇ?」
 撃ち終わるやいなや、傍のテーブル席でパソコンを弄っている彩音に問いかけるシュウ。
「う~ん……ダメね。あの時みたいな風は起きてないよ」
「また、ダメか……」
 ガックシと項垂れる。
 あのバッドビーダーズ事件からずっと練習しているのだが、あの時みたいなフェイタルストームはなかなか撃てない。
「なんとか、10回に1回くらいの確率で発動するようにはなってるんだけどなぁ」
 前とは違い、全く撃てないというわけではないらしい。
 が、安定して発動しないようだ。
「でも、最初と比べたら凄い進歩だよ!」
「ダメダメ!肝心な時に使えなきゃ意味無いって。とにかく、練習を続けるしかないか」
 再びシュウはブレイグを構える。
 その時、クラブの扉が開き、カバンを肩にかけたタケルがやってきた。
「お~、シュウ今日もやってるなぁ!」
「タケル。今日は遅かったんだな」
「いやぁ、ちょっとクラブの代表者同士の会合があってさ」
 タケルは肩にかけているカバンを地に下ろした。
「あ、今日会合があったんだ。ご苦労様」
 彩音が労う。
「サンキュ。んで、いろいろ面白い手土産があるんだぜ!」
「えっ、なになに?お菓子!?」
 シュウがブレイグを置いてタケルに駆け寄る。
「んなわけあるかっ!あ、彩音さん。悪いけど琴音をこっちに呼び出してくれ」
「あ、うん」
 彩音はケータイを取り出して琴音に連絡した。
 しばらくすると琴音がやってきた。
「もう、友達と遊んでる所を呼び出さなくてもいいじゃない」
 友達との遊びを邪魔されてご立腹な様子だ。
「ご、ごめんね、琴音ちゃん……」
「まぁまぁ。いい話持って来たから、機嫌直せ」
 タケルは軽く宥めるが、琴音の機嫌は直りそうに無い。
「タケル~!早く手土産って奴をくれよ~!!」
 そんな琴音の事なんか気にしないで、シュウは痺れを切らしたようにタケルを急かす。
「分かった分かった……まずは、そうだな。こいつから見せるか」
 そう言って、タケルからカバンからなにやらいろいろと取り出す。
「うわぁ、なにこれ!?」
 タケルの取り出したさまざまなアイテムを見て、シュウの目が輝く。
「オフィシャルが開発した新アイテムだ。ビーダー達にとって、今後の主流になる奴ばっかりだぞ」
 タケルはまず、巾着袋のようなものを手にとってみせる。
「まずは、こいつだ。その名も『ビーホルダー』」
「キーホルダーみたいな名前ね」
「ってか、ただの袋じゃん」
 タケルが自慢げに見せたそれは、何の変哲も無い巾着袋だ。
「中に、ビー玉が入ってるの?」
 袋の状態や動かした時の音から、彩音はそれを見抜いた。
「そう、でもただビー玉が入ってるわけじゃない。まぁ、見てな」
 言うと、タケルは袋を逆さまにして、ジャラジャラとビー玉を落とし始めた。
「うわわ!?」
「ちょ、何やってんのよ!」
 地面に、いくつものビー玉が転がる。
 しかも、見た感じの袋の許容量を遥かに超えた数のビー玉だ。
「こんなもんかな」
 タケルは、袋の口を上に向ける。当然もうビー玉は零れない。
「おいおい、どうすんだよこんなに散らかして……」
「リングの下にも入っちゃって、あとで拾うの大変よ」
 ビー玉が散らばった床の惨状に、シュウと琴音は呆れた声を上げた。
「あれ?あれだけビー玉を出したのに、袋の中にまだビー玉が入ってるの?」
 シュウが床に散らばったビー玉に気を取られている中、彩音は袋の異変に気付いた。
「さすが彩音さん、目のつけどころが違うな。こいつは、無尽蔵に大量のビー玉をストックできる特殊な入れ物なんだ。とりあえず今は五千個くらい入れてある」
「「ご、五千個!?」」
 その数字に驚くシュウと琴音に対して、彩音は何やら頭の中で分析している。
「無尽蔵に……って、まさか、クラインの壺理論を応用してるの?」
 タケルの発言から、彩音がその巾着袋の機能や仕組みを推測する。
「あ~、詳しい事は分からないが、確かそんな事言ってたような」
 自慢げだったタケルの口調が鈍くなる。さすがに仕組みまでは理解しきっていないようだ。
「くらいんのつぼって?」
「簡単に言うと、メビウスの輪の立体版かな。裏表がない二次元体のメビウスに対して、クラインの壷は外と内の境界線が無い三次元物体なの」
 全然簡単に言ってない。
「もっと噛み砕いて説明すると、ユークリッド空間に埋め込まれた二次元曲面の一種で……」
「お姉ちゃん、それ全然噛み砕いてないから」
 琴音は、更に専門的な用語で話そうとする彩音にブレーキをかけた。
「あぁ、ごめんなさい!えっと、つまり……異次元世界に繋がっている入り口みたいなものかな?異次元だったらどんなものでも収納できるでしょ」
「そうか……なるほど!」
 理解は出来ないが、納得は出来た。
「つまり、こいつがあればバトル中に玉切れになる心配は無いって事だ」
「すげぇ便利だなぁ!」
 シュウはタケルから渡されたビーホルダーを興味深げに眺める。
「って、それよりこの散らばったビー玉片付けないと」
 いくらビー玉を無尽蔵に補充できるホルダーとはいえ、出してしまったビー玉は片付けなければならない。
「それも心配無用だ。ちょっとしばらく放置してな」
「?」
 タケルに言われたとおり、しばらく床に落ちているビー玉を放置してみた。
 すると、ビー玉からシュゥゥゥと湯気のようなものが湧き出たかと思ったら、まるで泡のように跡形も無く消えてしまった。
「えぇ?!ビー玉が消えた!!」
 目を丸くする三人を見て、タケルはまたも得意気な顔をする。
「これぞ第二のアイテム『エコビー玉』だ!このビー玉は、ビーダマンやビーホルダーから外に出して1分間放置すると、酸素と窒素に分解するような素材で出来てるんだ」
「つまり、野外でバトルした時とかわざわざ回収しなくても良いって事か」
「そう、自然に優しいビー玉!だからエコビー玉なんだ!まぁ、ばら撒き戦術にはあまり向いてないが、1分間フィールドに残れば十分だろう」
 これで、どこでバトルしても問題は無い。野外バトルでのネックだった環境破壊の問題はほぼクリアしたようなものだ。
「なるほど、ガラスの素材で造ったドライアイスみたいなものね」
 彩音の分析は的確だ。
「でも、使い捨てになるって事はコストは大丈夫なの?」
 琴音が金銭的な心配をする。確かに、使ったビー玉が消えてなくなるとなれば、買い揃えないといけない数も今まで以上に増えるだろう。
「それも心配無用だ。エコビー玉は1円で10個買えるくらいのコストパフォーマンスらしい。
なんでも、空気成分とガラス成分を融合させる技術を発明したとかで、材料費はほぼ掛かってないらしいんだ」
「すごいねぇ……」
「その技術をもっと別の事に活かせばいいのに」
 ごもっとも。
「ははは。あと、それから……コレだ!」
 次に取り出したのは、ペンダントのようなものだった。
「何それ、アクセサリー?」
「まぁ、見てな」
 タケルは、そのペンダントを首にかけて、備え付けてあったスイッチを押す。
 すると、ビィィンなんて効果音を出しながら、光の板がタケルの鳩尾辺りに出現する。まるで画板だ。
 その光の板は、横100cm、縦50cmくらいの長方形で、横から見てタケルの胴体に垂直に伸びており、タケルの動きに合わせてその台も動いている。
「……レーザー照射の立体映像?」
 彩音はそう解釈して光の板に手を置いてみた。手は空を切るようにすり抜けた。
「そんな映像なんか出してなんの役に立つんだ?」
 板の立体映像なんか出しても意味なんか無いだろうとシュウは言う。
「この光は自分のビーダマン以外とは干渉しないんだ。だけど……」
 そう言って、タケルはレックスをその板に置く。するとレックスは本当に板に乗っているかのように空中で浮いてしまった。
「えっ!?」
「光の上にビーダマンを置いた……!」
 予想外の事態に彩音とシュウは驚いた。
「この光は擬似物質で出来ててな、登録した自分のビーダマンやそこから発射したビー玉のみ干渉するようになっているんだ。その名も『オプチカルボード』」
「つまり、ステージ系のバトル以外でも、ビーダマンを路面に設置した状態で撃つ事が出来るのね」
「ああ。出現する板の高さとか角度とかは細かく調整可能だ。
基本は、自分の胴体面から垂直になるように出現して、その後も胴体の動きに合わせて台も動くようになっている」
 スイッチのオンオフで出現させるか否かを切り替えることが出来るようだ。
 これで、オープン系の競技でもフットパーツの性能が活かせるのだ。
 接地時の安定性を高めるタイプのフットなら、ボードを出現させればそれだけで安定性が上がるし。
 機動力を高めるタイプのフットなら、ボードの上でビーダマンを固定させつつ、素早い移動も両立させる事が出来る。
「へぇぇ!あ、それならタケルのグランドプレッシャーも撃ちやすくなるんじゃないか?!」
「そういう事だ。こいつは俺にとって嬉しいアイテムって事だな」
「グルムのシールドフットモードも、これを使えば」
「おう、いつでも出来るな!」
 ニッと笑ったタケルは、続いて別のアイテムを取り出した。
 それは、小型のシャドウボムのようだった。
「これは、シャドウボムじゃん。あれ、でも裏側の構造がちょっと違うね」
 そのシャドウボムの裏側は真っ平らになっていた。普通のシャドウボムだったら、走行するためのタイヤが付いているはずだが。
「こいつは進化したシャドウボム『アドバンスシャドウボム』だ。まず、走行メカが従来のものと全く違う!」
「どう違うんだ?」
「従来のシャドウボムは、センサーで登録したビーダーの位置を把握して、モーターとタイヤを駆動させて移動していた。だけど、こいつはその上をいっている!」
 言って、タケルはアドバンスシャドウボムのスイッチを入れて地面に置いた。
「よく見てみな」
 シュウと彩音がしゃがんでシャドウボムを見てみる。
「あ、ホバークラフトみたいに浮いてる!」
「そう!電磁力を利用して、常に地面から数mm浮いてるんだ。これで路面の影響を受けずに動く事が出来る。
さらに、取り付けたセンサーに対して電磁力の引力で常に一定の間隔を保ちながら引き付けられるんだ」
「つまり、ビーダーがどんな場所でどんな動きをしても、しっかり付いてきてくれるって事か!」
 しかも移動速度も完全にビーダーに依存しているので、移動のラグがほぼなくなるのだ。
「それだけじゃないぜ。こいつには、新たに『ライフポイントモード』ってのが追加されたんだ」
「ライフポイント?」
「あぁ。今までは、どんなに強いショットを当てても、どんなに弱いショットでも、1ダメージは1ダメージで変わらなかっただろ?
だけど、ライフポイントモードにすると、当てられたショットの威力に応じてダメージが変化するんだ。
数値はデフォルトが100で、ダメージを受けると数値が減少していって、それが0になると爆破する」
「なんか、俺に有利だな!」
 パワータイプのブレイグなら一気に数値を減らせることが出来るだろう。
「そうだな。それともう一つ。こいつには登録したビーダマンの『衝撃耐性』を測定してそれを防御力として設定する事が出来るんだ。
つまり、ビーダマン自体の防御力もバトルに大きく影響してくるってわけだ」
「途中でパーツの組み換えした場合はどうなるの?」
「その都度、組み替えたパーツに合わせて防御力は変化する。ただ、原則としてヘッドの交換は禁止だ」
 ヘッド自体がビーダマンと言う『個体の核』になっているからであろう。それを変えると言う事は『個体を変える』に等しい行為になってしまうのだ。
「新しいアイテムはこれで全部だ。これらのアイテムでバトルはより一層激しくなっていくだろうな」
「玉切れの心配が無いビー玉入れに、いつでも接地した状態でビーダマンを撃てる『オプチカルボード』
ビーダマンの防御力もバトルに影響する『アドバンスシャドウボム』か……」
「なんか、面白くなりそうだぜ!!」
 これからのバトルを想像し、シュウは闘志を燃やすのだった。
「それから、あと一つ」
 アイテムは全部出し尽くしたのに、まだ何かあるようだ。
「今度は何だよ?」
「ビッグニュースだ!いよいよ開催されるぞ!ビーダマンの全国大会、『ジャパンビーダマンカップ』が!」
「「「全国大会!?」」」
 三人の声が重なった。
「って、日本一のビーダーを決める大会って事か!?」
 シュウの目が更にワクワクと輝く。
「そうだ。その地方予選関東大会が次の土日に開催されるんだ!」
「結構急だな……」
 次の土日。今月曜日だから、あと一週間も無い。
(それまでに、フェイタルストームを物にしないといけないのか……)
 まだ、実戦でフェイタルストームを出せる保障はどこにもない。この状態のままもしチーム戦になったらみんなに迷惑をかけてしまう。
「土日って事は、二日間かけて進行するの?随分と大規模ね」
「違う違う。地方予選は、全国八地区。北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州で同時開催。
個人戦と団体戦の二つの部門があって、土曜日に個人戦。日曜日に団体戦が開催されるんだ」
「団体戦はヒンメルカップと同じで三人一組なの?」
「ああ。それで、個人戦の優勝者と団体戦の優勝チーム。合わせて4人が決勝トーナメントにコマを進められるんだ」
 つまり、(3+1)×8で32人が決勝トーナメントに進める事になる。
「そっか。じゃああたし達は団体戦に出場すればいいわね」
 タケルがうなずく。
「そうだな。ヒンメルカップで三人のフォーメーションバトルはかなり慣れてきたし、個人戦よりはこっちの方が有利だろう」
 そこで、シュウがおずおずと口を開ける。
「あのさぁ。その団体戦と個人戦って、どっちかじゃないと参加できないの?」
「え?いやぁ、別にそんな制約は無いが……」
 それを聞いて、シュウは遠慮がちに、それでいて決意を秘めた目で言った。
「俺、どっちも参加するよ!」
「「「えええ!?」」」
 シュウの発言に三人が驚愕する。
「ちょっと待てシュウ!本気か?!」
「ああ、本気だ!」
「あのなぁ、一回ヒンメルカップに参加して分かってるだろ?大会ってのは、ビーダーにも機体にもかなりの負担をかけるんだ。
それを二日連続ってなると、二日目の団体戦に多少なりと影響が出てくる。チームワークの乱れに繋がるかもしれないんだぞ」
「だからこそだよ」
 シュウの声は冷静そのものだった。ただの酔狂ではない事が分かると、タケルは口を閉じてシュウの言葉を待った。
「俺、実戦でフェイタルストームが使えるか、試したいんだ。だけどチーム戦なんかでそれをしたら、タケルや琴音の足を引っ張っちまう。だから……」
「言いたい事は分かるがなぁ……」
 タケルはどうも肯定しづらいようだ。
「頼む、タケル!絶対にフェイタルストームを使いこなせるようになって、団体戦の戦力にするから!!」
 シュウはタケルに頭を下げた。
「……」
 タケルは困ったように頭を掻く。
 すると、彩音もタケルに顔を向けた。
「タケル君、私からもお願い」
「彩音さん……」
「シュウ君がどれだけ頑張ってきたか、私はよく知ってる。その頑張りを成就させるためにも、シュウ君のお願いを聞いてあげて。
団体戦には影響が出ないよう、私が責任を持って管理するから」
 彩音もシュウと同じように頭を下げる。
「……」
「お姉ちゃん……」
 そんな二人の姿を見て、タケルは観念したように息を吐いた。
「あ~、分かったから頭上げてくれ。仕方ないな……でも、バテバテのまま団体戦に出る事になったら承知しないからな」
「タケル……!」
 シュウと彩音はパァと顔を綻ばせて頭を上げた。
「ふぅ、となると、シュウには今から体調管理をしっかり整えてもらわないとな」
「それなら大丈夫!ガンガン食って、ガンガン寝て、ガンガンバトルする!いつもやってるぜ!!」
 元気なら自信がある!とガッツポーズする。
「そーゆー事じゃねぇ。シュウ、大会まで彩音さんの弁当と給食以外食べない事。間食は一切禁止だ」
「え、何それ?」
 いきなり言われた命令に、シュウは目を丸くする。
「体の内側から完璧に体調を整えるって事だ。彩音さんは大丈夫?」
「うん、言われると思った。じゃあ、今から仕込みしてきた方がいいかな」
「ああ。よろしく頼む」
 なんか、彩音とタケルのやり取りの手際がいい。彩音はとっとと外に出て行ってしまった。
「ちょ、待てよ!説明しろって!」
 当人であるはずなのに置いてけぼりのシュウは慌ててタケルに問いただす。
「だから、彩音さんに食事管理してもらおうって言ってんだよ。まぁ、給食は仕方ないが、朝晩の食事メニューは全て彩音さんの指示に従ってもらう」
「ええ~!!おやつも食べちゃダメなの!?」
「当たり前だ!スナック菓子なんて、体にとって害しかないからな!この一週間でお前の体を完全な健康体にしてもらう!!」
「うへぇ……」
 シュウはゲンナリした。
「あいっかわらず徹底するのね……」
 琴音は、恐怖とも感心ともつかない表情をする。
「勝つためには当然だ。ワガママ聞いてやるんだからそのくらい我慢しろ」
「うぅ、分かったよぉ……」
 ゲンナリしつつも、シュウはうなずくしかなかった。
「安心しなさいよ、シュウ。お姉ちゃんの料理凄いんだから」
 ゲンナリシュウを慰めるように琴音は言う。
「凄い?上手いとか、美味しいとかじゃなく?」
「うん、凄いの」
 悪い意味ではないのだろうが、ちょっと意味が分からなかった。
 その後、シュウは彩音から今晩と翌朝分の弁当を受け取って帰宅した。
 そして、夕飯時。
「修司~!今日は奮発してステーキだぞぉ!」
 父が台所からジュージューとジューシーな音を立てる鉄板を持ってくる。
「って、おい、なんだよその弁当は?」
 リビングのテーブルでは既にシュウが弁当箱を置いて座っていた。
「父ちゃん、俺しばらくご飯いらないから」
 シュウが父の持って来たステーキを物欲しそうに見ながらも、しょんぼりした顔で言う。
「は?」
「じつは、かくかくしかじか」
 首を傾げる父にシュウは事情を説明した。
「なるほどねぇ。しかし、食事制限までするとは、結構本格的な事するんだなぁビーダマンって」
「まぁ、俺がワガママ言っちまったからなぁ……」
 ため息交じりのシュウを見ながらも、父は感心するようにうなずいた。
「なんだか分からんが、感心感心。しかしまぁ、こいつが食えないってのはまた可哀相だなぁ」
 と意地悪そうに笑いながら、父はステーキにフォークとナイフを入れて、一切れ口に運ぶ。
「モグモグ……ん~、肉汁がジューシーだ。焼き加減も丁度いい。更に、甘辛いソースとやわらかな肉の旨味がかみ締めるほどに……」
 まるでグルメ漫画のような感想だ。
「くぅ~、俺もステーキ食いたかった……!」
 まるで親の仇でも見るかのような目で親を睨みつけながら、涙目で弁当箱を開けた。
「な、なんじゃこりゃ!?」
 中身は、白飯に湯葉と椎茸の炊き合わせ、胡麻豆腐、コンニャク、栗、ゴボウの盛り合わせ、シメジと青彩のおひたし……等、まるで精進料理のような献立だった。
「ぷっ!ぎゃっはっは!!なんだ修司それは~!お前お寺で出家でもすんのかよ~!!」
 シュウの気持ちも知らずに、父は大人気なく大爆笑する。
「う、うるへー!見た目じゃねぇんだよ!……多分」
 とは言え、シュウもさすがにこの地味~な弁当には手を付けかねている。
「くっそー!男だったら完食あるのみ!!」
 覚悟を決めて、文字通り腹を括ってさっそく胡麻豆腐を口に運んでみた。
「っ!?」
 口にした瞬間、シュウの目の色が変わる。
「す、凄い味だ……!口の中に入れた瞬間に豆腐がまるで溶けるように舌に絡みつき、鼻をくすぐるような胡麻の風味が豆腐の爽やかな味を引き立てている……!」
 次に、椎茸に口をつけた。
「こ、これも凄い!醤油と味醂でじっくりと煮込まれた味は素晴らしく、更に椎茸独特の臭みも消えている……これは、ミョウガか!
煮込んだときに一緒にミョウガを入れているんだ!ミョウガは刺激が強すぎるけど、醤油や味醂がその刺激を抑えているんだ」
「……」
 見た目と裏腹なシュウの感想を聞いて、父は少し興味を抱く。
 が、馬鹿にしてしまった手前、素直にその興味を出せない。
「この白飯も、炊き具合が完璧だ!ふっくらしたご飯におひたしがよく合う~!それに、見た目は地味だけど一つ一つがボリュームが合ってお腹もいっぱいになれそうだ」
 食事終了後。シュウは自分の部屋に戻り、父は片付けと皿洗いをしている。
「……」
 皿洗いをしながら、父はシュウが食べかけた弁当の容器に手を伸ばした。
「修司が、俺様の料理以外をあんなに美味そうに食うとはな……どれほどのものか」
 容器にこびりついたソースを指ですくって舐めてみた。
「っ!!!こ、この味は……!!!」
 その瞬間、父の体に電撃が走った。
 そして翌朝。彩音の家から爆球中学校までの道のりには、爆球小学校を通るのでシュウと彩音は小学校の校門前で待ち合わせをしていた。
「サンキューあやねぇ!弁当すっげぇ素晴らしかった!」
 美味かった、というよりも『素晴らしかった』と言う表現の方が合っていた。
「そっか、口に合ってよかった」
「ほい、これ弁当の容器洗っといたから。だけどなぁ、味は凄く素晴らしいんだけど。やっぱり献立が地味だったのがなぁ……」
「献立が、地味……」
「うん、ちょっと最初は食べるのにためらった……って、あやねぇ?」
 彩音が、何やら真剣に思案している。
「分かった!頑張るよ!!」
「え?」
 何を思い立ったのか、彩音はいきなり走り出していった。
「な、なんだぁ……?!」
 そして、学校が終わっての佐倉家。
「ただいま~」
 琴音が学校から帰ってきて、リビングにカバンを置いた。
 と、台所の方で物凄いオーラが発生している事に気付いた。
「な、なに……!?」
 見てみると、彩音がブツクサと呟きながら台所に立っていたのだ。
「お、姉ちゃん……?」
「見た目が地味な精進料理でも材料をそのままにすれば栄養は変わらないから献立そのものを変えてしまえばいい材料を変えずに献立をより見栄えのよいものにするには……」
 その表情は真剣そのもので、琴音には口を挟む余地がなかった。
「お姉ちゃん……なんか、楽しそう」
 琴音はなんとなくそんな事を呟いた。
 そして、晩飯時。
「修司~!今日は更に豪勢にお刺身だぜ~!どうだぁ、羨ましいだろう~!!」
 父はシュウが自分の料理が食えないと言う事を知っていて、大人気なくも豪華な晩飯を用意してきやがった。
「おう、父ちゃんのご飯も美味そうだな」
 しかし、シュウはあまり動じない。
「くっ!」
 父はちょっと悔しい。
 そして、二人はいただきますをして食事をおっぱじめた。
「あむっ!あ~、美味いなぁ。この寒ブリ脂がよく乗っててなぁ~!ワサビ醤油と良く合うぜ~!!しかもしゃきしゃきした新鮮な大根の千切りが口直しにピッタリ……」
 自分の料理を自画自賛しながら、ちらっとシュウの反応を見る。
「ぬ~ん」
 シュウは全く意に介していないようだった。
「さて、俺も食べよう」
 シュウが弁当箱を開く。そこには……!
「おおお!!!」
 黄金に輝く、うな重があった。
「すっげぇ、こんなに美味そうなウナギ初めて見た!!」
 それを見て、父は唖然とする。
(ま、負けた……)
 シュウは一口食べる。
「あむっ!ん~!!外側はプリプリとした歯ごたえなのに、中はフワフワした食感!たまんねぇ~!!甘辛いウナダレもウナギの食感を引き立てる…っ!」
 と、シュウの舌に刺激が走る。
「こ、これは!甘辛いタレの味をピリッと引き立てるアクセントは……そうか、これはカラシだ!
粉状のからしを中に練りこむことで単調な味にアクセントをつけているんだ!」
 うな重と言えば濃厚な甘辛い味にウナギのボリュームを楽しむ料理だ。だが、そこにからしを加えると言う素晴らしい工夫がこのうな重を最高のうな重にしているのだ。
 しかし、父は感心すると同時に一つの疑問が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと待て修司!体に優しい精進料理縛りじゃなかったのか!?ウナギとか反則だろ!!」
「あ、確かに……」
「俺にも食わせろ!」
 言って、父は乱暴に一口食う。
「あ、ずるいぞ!!」
 モグモグと咀嚼した父の表情が変わる。
「こ、こいつは、ウナギのようで、ウナギじゃねぇ……!」
「なにっ!?」
「これは、魚じゃねぇ……まさか、幻の精進料理、ウナギもどきか!?」
「ウナギもどき!?」
「あぁ、江戸時代から伝わる伝説の料理だ。ウナギ以外の材料をすり潰して、つなぎを入れて、ウナギのように形成して、蒲焼にするんだ。
ウナギと同等の味とそれ以上の食感、そして魚以外の材料を使う事で魚臭さをなくしている究極の料理の一つ。まさか、実現する奴がいたなんて……!」
「へぇ、凄いんだなぁ……」
 素直に感心するシュウとは対照的に、父の中には沸々と対抗心が湧き上がっていた。
(これを作った奴、あやねぇとか言ったな……。元板前の俺様に対抗しようとはいい度胸だ。
見ていろ、修司の舌を満足させるのは俺様しかいないという事をいつか証明してみせる)
 と、何故か彩音に対して密かにライバル心を燃やすのだった。
 なんだかんだでこの親子は似たもの同士だ。
 翌朝。また彩音とシュウは待ち合わせをしていた。
「あやねぇ!今回の料理も凄かった!!まさか、あんなうな重が入ってるなんて思わなかったぜ!」
「ふふふ、ビックリしたでしょう?実はあれ、お豆腐で作ってあるんだよ」
 彩音は得意気に胸を張った。
「あぁ、父ちゃんが言ってた!ウナギもどきって言うんだっけ?」
「そう!お豆腐をすり潰して、つなぎを入れて、小麦粉を混ぜてパテを作る。それをウナギの形にして蒲焼にしたの。
ちゃんとウナギの味がするようにタレも自家製にしたんだよ!」
「うわぁ、手が込んでるなぁ!さっすがあやねぇだぜ!!あれだったら、弱点だった見た目の地味さも克服できるし最高だぜ!」
「うん。献立が地味だって言ったから、材料を変えずに見栄えのいい献立にする工夫を考えたんだ」
「すっごいよなぁ、あやねぇは将来きっと良い『ミス味っ子』になれるぜ!」
 将来なのに『子』のまんまなんだ……と心の中で突っ込みつつも、彩音は素直にお礼を言った。
「ありがとう、シュウ君。今晩も期待しててね!」
「うん!おーし!大会まで毎日こんな美味いもん食えるんだったら負ける気しないぜ!絶対にフェイタルストームを極めてやる!!」
 シュウは闘志を燃やし、拳を突き出してジャンプした。
 と、そんなシュウ達を影で見つめているものがいた。
「ゆう……じ……!」
 そいつはニタリと笑い、そんな事を呟いた。
「見つ、けた……!」

    つづく

 次回予告

「さぁ、いよいよ個人戦のスタートだ!絶対にフェイタルストームを実戦で身につけてやるぜ!!
意気込む俺の第一回戦の相手は、なんとあの……アイツだった!!
まさか、アイツがこの大会に参加していたなんて!
 次回!『個人戦開催!アイツとの再戦!!』
熱き魂で、ビー・ファイトォ!!」

 

 



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