第1話「洗濯バサミなんてダッセェよなぁ!!」
ここは千葉県北部にある田舎町。
最寄りの駅から徒歩10分ほど先にある寂れた商店街の一角に二階建ての小さな商店がありました。
その商店の名前は『センバ屋』。
江戸時代から代々続く洗濯バサミの専門店なのです。
一階は売り場、二階は経営家族の居住空間になっています。
その子供部屋のベッドで、一人の12歳くらいの少年が寝息を立てています。
時刻は7時29分。
乱れた布団から片足が出ている事から、寝相はあまりよくありません。
時刻が7時30分になった所で、枕元に置いてあった時計からけたたましい音が鳴り響きます。
ピピピピピ!!!
「っ!!!!」
その音に、ビクッと身体を震わせながら、少年はベッドを足で跳ね飛ばして起き上がり、急いで時計のスイッチをオフにしました。
「ふ~」
よほどビックリしたのでしょう、額の汗をぬぐいつつため息をついています。
「目覚ましの音、もう少し小さくしとけばよかった……パパ達、まだ寝てるよな?」
少年はジッと耳を澄ましますが、自分の息遣い以外の音は聞こえません。
まだ起きるには早い時間。この家の住民は少年以外寝静まっているようです。
「よし、誰も起きてないみたいだ」
部屋の隅にも目をやります。
そこには、小さなケージの中に入った白いモフモフした生き物……ニホンウサギが静かに丸まっていました。
「こころも寝てるな。こいつ起きるとうるさいからなぁ」
ウサギの名前は『こころ』。少年の飼っているペット(2歳メス避妊済み)のようです。
「さて、と」
少年はなるべく音をたてないように、身支度を始めます。
タンスからそっと服を取り出して素早く着替え、ベッドの横に置いてあるバックを手に取ります。
「よし、あとはこいつを忘れずにっと」
あっという間に出かけられる格好になりました。
そして、机の上にある手のひらサイズよりもやや小さなマシンのような物体……フリックス・アレイを手に取りました。
「今日のためにバッチリ調整してきたんだ」
手に取ったフリックスへ語り掛けると、それをバックへしまい、少年はそっと扉を開いて外へ出ました。
早朝の商店街は閑散としたものです。
店はほとんど閉まっているし、当然お客もいません。
通りかかるのは、朝の散歩を楽しむ年寄りくらいなもので、すれ違っても軽く会釈するだけの関係です。
少年は商店街を抜けて更に駆け出します。
「よーし、脱出成功!なんとか大会には参加できそうだなぁ」
少年の名前は『仙葉タクミ』。
センバ屋の19代目の跡取り息子……なのですが、彼が向かっている先はセンバ屋とは全く縁もゆかりもない場所のようです。
タクミがたどり着いた場所は、どうやら公民館のようです。
門に『フリックス・アレイ町内大会』と言う看板が立てかけており、既に同い年くらいの少年達が大勢集まっています。
「や、おはよっ皆!」
見知った仲なのでしょう、既にたむろしている少年達へタクミは片手を上げて親し気にあいさつしました。
「おぉ、センバ!おはよ~」
「おはー」
少年達が口々に挨拶を返してくれます。
「よぉ、今日は店番大丈夫なのか?」
その中の一人の少年の疑問に、タクミはバツの悪そうな顔をした。
「大丈夫なわけないじゃん。でも、今日は外せないからね。だからこっそり抜け出してきちゃった」
「おいおい。跡取り息子がそんなんでいいのかよ」
「僕は跡を継ぐよりも、最強のフリッカーになる方が大事なんだよ。今日の優勝は貰ったよ」
「へん、俺達だって負けないぜ!!」
互いに宣戦布告し合っている中で、ひと際嫌味な笑い声が届いた。
「あっはっは!お前らじゃ無理無理!」
笑い声をした方向を観ると、高そうだけど趣味の悪い服で着飾った、シイタケのような髪型をした少年が立っていました。
「げっ、琴井……」
一人の少年が露骨に嫌な顔をしますが、琴井と呼ばれた少年は気にせずにしゃべります。
「優勝はフリックスの貴公子、この琴井トオル様さ!お前らみたいな安物のフリックス使ってる奴じゃ、勝てやしないさ!」
その言葉を聞いて、タクミはむっとしました。
「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ!」
「はぁ、これだから素人は。あのなぁ、僕のフリックスと君たちのフリックスじゃかけた金額が全然違うんだよ。なんたって僕のシールドセイバーは、パパの知り合いの有名設計士が作った高級品だからね!量販店で安売りされてるフリックス使ってる君達じゃ、一生分のお小遣い前借したって手が届かないぜ」
「金かけりゃいいってもんじゃないだろ!大事なのはフリッカーの腕さ!」
「おいおい、そういうセリフは僕に一度でも勝ってから言ってくれよ。大体、今のフリックスの技術レベルがどこまで進歩してるのか知ってんのか?フリックスは体の一部だ。高性能な機体を自分のものにしてこそトップフリッカーになれるんだぜ」
金をかけてでも高性能な機体を手に入れる。それも立派な能力です。
「うるさいなぁ。見てろよ、今日の大会は絶対にお前に勝って、金が全てじゃないって事を証明してやるさ」
「まっ、せいぜいがんばりな!無理だと思うけどな~!」
散々憎まれ口をたたいたのち、トオルは歩いていきました。
「くっそ~、嫌味なやつぅ~!」
そんなやり取りをしている間に、大会開始時間になります。
選手は講堂に集まり、それぞれトーナメント表に沿ってフィールドに着きます。
参加人数は16人なので、全部で4回戦です。
タクミと対戦相手がフィールドで対峙します。
フィールドは60×50の長方形。路面は木製で、長い方の淵には若干段差が付けられています。
「よし、いくぞ!」
「「3.2.1……アクティブシュート!!」」
「いけっ!ヴェシック!!」
タクミが扱う機体、ヴェシックがリアを左右に振りながらまっすぐ進みます。
「負けるな!クワトロホーン!」
相手が使っているのは、5つの角が特徴的な軽量機、クワトロホーンです。
ガッ!
二つの機体が真正面からぶつかり、ヴェシックが押し込みました。
「よし、先手取った!」
先手を取ったタクミが狙いを定めて、スピンシュートします。
バキィ!!
鋭いスピンシュートにたまらず、クワトロホーンがスッ飛び、マインに当たりました。
「マインヒット!1ダメージだ」
「ま、負けるか!」
クワトロホーンも、反撃でヴェシックへマインヒット。
しかし、この攻撃でクワトロホーンはフィールドの淵へ移動してしまいました。
「しまった!」
「喰らえ!!」
バキィ!!
ヴェシックのトドメの一撃でクワトロホーンを場外へ弾き出しました。
「うわぁ、負けたぁ~!!」
「やったぁ!僕の勝ちだ!」
「くぅ……やっぱり強いなぁタクミは」
「へへへ、こんな所で負けてられないさ」
得意げになるタクミ。
しかし、そこへ別の方向からどよめきが聞こえてきました。
見ると、それはトオルの試合でした。
「ちぇ、またあいつか……」
タクミは悪態を尽きつつも、その試合を凝視します。
既に対戦相手は1ダメージ受けており、シールドセイバーは無傷。
対戦相手のターンですが、その攻撃を受けてもシールドセイバーはびくともしません。
「はっはっは!シールドセイバーの盾に、そんな攻撃効くわけないだろぉ!」
「う、うそぉ……こんなに防御力あるなんて!」
「やれぇ、シールドセイバー!!」
バキィ!!
あっという間にシールドセイバーは相手機をフリップアウト。
無傷で勝利しました。
「まっ、ザッとこんなもんかな」
そしてトオルは、自分の試合を見ているタクミの存在に気付きました。
「どうだ、見たかタクミ!このシールドセイバーは豪華に、盾、剣、斧の三つの能力を兼ね備えてるんだ!攻撃も防御もスピンも、最高性能なんだぜ!」
トオルは自慢げにシールドセイバーを見せつけてきた。
「ふん、なんだいそのくらい。どうって事ないや」
タクミはプイッとそっぽを向いて行動の端まで歩いていき、機体のメンテに集中する事にしました。
そして、大会は進み、いよいよ決勝戦。
決勝まで進んだのは、タクミとトオルです。
「決勝の相手はお前か。随分組み合わせの運が良かったんだな!」
トオルは決勝でぶつかっても憎まれ口を絶やしません。
「ふん、実力だよ。お前こそ、勝ち上がれたのは偶然だろ」
「そう言ってられるのも今のうちさ」
「それでは、両者構え!」
決勝と言う事で、ちゃんとスタッフのお兄さんがレフェリーを務めてくれます。
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
バーーーン!!!
アクティブシュートでの真正面の激突。
お互いほぼ真ん中に位置していますが……。
「先手、シールドセイバー!」
レフェリーの判断では、シールドセイバーの方が遠くへ進んでいたようです。
「この勝負、貰ったな」
「先手取ったくらいでいい気になるなよ」
「見せてやるよ!これが、琴井コンツェルンの経済力さ!!」
バシュッ!
シールドセイバーの剣先がヴェシックのフロント部を捉え、一気に弾き飛ばします。
フィールド上のマインに激突し、それでもなお勢いは止まらずにフィールドの淵へ……。
「くっ!!」
間一髪、タクミがフリップバリケードでガードしました。
「ちぇ、フリップアウトは防がれたか」
「ふぅ、危ない……」
とは言え、これでマインヒットで1ダメージだ。
「トオルの奴、言うだけあって凄いパワーだな……これが機体性能の差か」
実際に攻撃を受けて、性能差を思い知ったタクミは怖気づきそうになってしまいますが、それでも気持ちを奮い立たせます。
「フリックスは性能だけじゃ決まらない。この状況で勝つには……!」
シールドセイバーの位置はほぼ中央、フリップアウトするまでの距離は遠いです。
それに盾の能力も宿しているその防御力はなかなかのものなので、フリップアウトを狙うのは難しいでしょう。
しかし、さきほどの攻撃、トオルはフリップアウトを狙っていたのであって、マインヒットは偶然の産物。
なので、反撃を阻止するような行動はとっていません。
ヴェシックとシールドセイバーの線上にはマインがあります。
「ダメージレースに持ち込むのは不利だけど、ここは狙うしかない!」
バシュッ!!
意を決してのシュート。
ヴェシックはシールドセイバーへマインヒットを決めました。
「ちぇ、喰らっちゃったか。少しはやるじゃないか」
「どうだ!」
「でも、最初から勝負はついてるんだよ。アクティブシュートの時点でな!」
バシュッ!!
シールドセイバーは周りのマインを薙ぎ飛ばしながらヴェシックへ突撃。
反撃を受けない形でマインヒットしてしまった。
「しまった!」
「無理にフリップアウトするまでもないからな。これで次のターンで僕の勝ちだな」
そういいながら、トオルはヴェシックの後ろへ場外した自分のマインをセットしました。
「まだまだ勝負は分からないさ!」
諦めずにシュートの構えを取るタクミでしたが……
その時、バーン!と大きな音を立てて、講堂の扉が開かれました。
みな一様に扉の方を向きます。
そこには、口ひげを生やした中年男性が立っていました。
「こら、タクミ!やっぱりこんな所で遊んでたか!」
「げっ、パパ……!」
タクミの父は、怒りをあらわにしながらズンズンとタクミの元へ近づいて、耳を引っ張りました。
「いででで……!」
「今日は店番するって約束しただろ!こんな所で遊んでないで、とっとと帰るぞ!」
父はタクミの耳をつかんだままズルズルと引きずっていきます。
「そんなぁ!あとちょっとなんだから待ってよぉ……!」
「待たん!」
怒り心頭の父に、タクミはなすすべなく引っ張られていくのでした。
「タクミ君、試合放棄のため優勝は琴井トオル君!!」
遠ざかっていく講堂の中で、そんな言葉がかすかに聞こえるのでした。
つづく
次回!「こころがピョンピョン?洗濯バサミが弾け飛ぶ!」