コンプレックス改定案

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第1話「右手の使用を禁止します!」

 

 これは、フリッカー誕生までの物語である。

 フリックス・アレイ。それは現在子供たちの間で爆発的なヒットを記録している競技玩具である。

 その人気はすさまじくフリックス専門のスクール、いわゆる塾が作られ運営されるほど。

 そして当然それほど人気を誇るホビーならばメインターゲッットの子供たちだけではなく、少し上の世代でも人気を博するのが世の常である。

 ここは埼玉県さいたま市。都心から少し離れたベッドタウン。

 この閑静な住宅街に建つ学園にもフリックスの魅力に心惹かれた学生がいた。

 彼の名前は吉永ワタル。
 ワタルは授業中だろうが休み時間だろうが構わずフリックス作りに勤しんでいる
 もちろん目に余る彼の奇行を無視するものはおらず。
 先生に怒られたり、クラスメイトに突っ込まれたり、ガールフレンドに呆れられたりなんてのはしょっちゅうだが、気にする様子はない。
 彼が作業を止めるのは昼休みくらいなものだろう。空腹は休息のサインだ。

 そして午後4時すぎ、終業を告げるチャイムが学園に鳴り響くがそれでもワタルの手は止まらない。
 そんなワタルへクラスメイトのノボルが話しかける。

「ワタル。もうHR終わったぞ」
「え、あ、マジか!」
 声を掛けられてハッと我に帰る。
 彼の机の上は工具や接着剤にプラの欠片が散乱しており、中央にはそれらによって形作られたであろうマシンが鎮座していた。
 勤勉に励むべき学生の机とは思えない有様だ。
「今日も1日中ずっとフリックス作ってたな」
 ノボルは呆れたように笑う。
「ははは、まぁな。今回の機体は大作なんだ」
「ほんっと毎日毎日飽きないな。先生ももう怒るの諦めてたぞ」
「仕方ないだろ、勉強なんかよりフリックス製作の方が大事なんだから」
 ワタルはさも当然のようにいけしゃあしゃあとしている。
「学生にあるまじき発言だな……その分だと明日の英語は補習確定だな」
「俺がそんなヘマするように見えるか?ちゃんと補習しないギリギリの成績は維持してるつもりだ!」
 何も誇れる事ではないが、ワタルは何故か得意げだ。
「……どうだかな。と言うか、学校に来てまで製作するなら模型部とか入れば良いじゃん。アイツら最近フリックスにお熱だし、定期的に校内大会も開催してるしな」

 この学園は文系の部活動もかなり活発であり特に模型部なるものも存在している。それなりの規模で、機材もかなりの充実度を誇っている。
 しかし、ワタルの反応は渋い。

「んー、あそこの部長とはソリが合わないからなぁ。それに俺一人暮らしだから家に帰っていろいろやる事あるし」
「一人暮らしぃ?嫁さんはどうした嫁さんは、もう離婚か?」
 ノボルはワザとらしく怪訝な顔で聞き返したが、ワタルはシレッと答える。
「抱き枕に家事させるわけないだろ」
 オタクなワタルにとっての嫁は美少女イラストが描かれた抱き枕なのである。が、そんな答えはノボルにとって的外れだったらしい。
「二次元じゃねぇ!……そんな事言ってたらまた伊櫛(いくし)にぶっ飛ばされるぞ?」

 ノボルが視線を投げた先には同じ陸上部の女子生徒たちと部活動へ向かう1人の女子生徒の姿があった。
 黒髪にツインテール。目元はキッとした感じの少し気の強そうなの少女である。そしてデカイ。
 彼女の名前は伊櫛ヒナノ。
 ワタルの幼馴染で、学校でフリックスばかりいじっているワタルへ文句を言いながらも何かというとお節介を焼こうとするツンデレさんだ。

「な、なんでそこでヒナノが出て来るんだよ……!」
 ヒナノの名を出されて、ワタルはあからさまに狼狽えた。
「なんでって。毎朝一緒に登校したり、身嗜み整えてもらったり、ノート取ってもらったり、めっちゃ尽くされてんじゃん。もはや嫁だろ嫁」
「あれは、そういうんじゃねぇって……」
「じゃあどういうんだよ?まさか、『ただの幼馴染』なんてお決まりなセリフ吐かないよな?」
「……さぁーって。とっとと帰って続きやるかなーっと」
 ワタルはわざとらしく伸びをしてノボルの発言をスルーし、帰り支度を始めた。
「誤魔化すな!……ったく、そんなに機体製作に精を出してとこで、どうせ今回も大会には出ないんだろ?」
「GFCに出られるわけないだろ、年齢的に」
 この時代、フリックスはまだ子供向けであり、アマチュアはまだ中学生限定の大会しかない。
 世界大会レベルになれば年齢制限も上がるのだが、そこまでの実力者はほんの一握りだ。
「公式大会じゃねぇよ。さっきも言った、模型部が主催する校内大会の話だ。明日の放課後、一次予選だってさ」
「あー、それねー」
「露骨に無関心だな……」
「俺、バトルとか興味ないからさ。ただ理想のフリックスを作りたいだけだし」
「バトルしなきゃ何が理想かなんて分からないないだろ」
「バトルなんかしたら大事な作品が壊れるだろ」
「相変わらず神経質だな……。でもお前の作る機体、結構丈夫だと思うけどな」
 ノボルは外周に輪ゴムが巻かれた機体を取り出す。そんなノボルへワタルは少し意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「失敗作出来たら、また恵んでやるよ」
「失敗作押し付けんなよ!ってまぁ、このフレラバには世話になってるから文句言えねえけどさ。前回も割といいとこまで行けたし」
「まっ、俺も機体製作頑張るから、ノボルもせいぜい大会頑張れよ。んじゃな」
「へいへい。またな」

 ……。
 …。
 その日の夜。

「ついに、ついに完成したぞーっ!!」
 歓喜の声がワタルの自室にこだまする。
 机の上には道具や端材が散乱しており、その真ん中に赤と白のヒロイックな機体が置かれていた。
「デキターデキター!」
 机の端には白と水色の小型ドラゴン系フリックスが機械音声でインコのように快哉を叫ぶ。
「へへっ、イグニス〜!お前も喜んでくれるか〜!」
「ヨロコブ!ヨロコブ!!」
 ワタルは上機嫌でイグニスのヘッドを撫でる。
「そうだよなぁ!これは俺の最高傑作になりそうだ!!」
 完成したフリックスを愛おしそうにじっくりと眺める。
 ワタルが至福の時間に浸っているとコンコンッと何かが窓を叩く音がした。
 机の右隣にある窓を開けると。
「ワタルっうるさいわよ!今何時だと思ってるの!?」

 隣の家に住むヒナノがいきなり抗議してきた。
 この2つの家、ワタルの住む吉永家とヒナノの伊櫛家はとなりあっていた。
 ワタルとヒナノの自室は2階。両家の隙間はわずか数センチほどで両部屋の窓の位置は全く同じところに作られている。
 風通し等を考えるとほぼ無駄な窓であるように感じるが、これは両家の両親の仲が良くかつてシェアハウスで同居していた間柄からきているらしい。
 ただそんものは親の都合であり子供には関係ない。
 昔はお互いの部屋の行き来に利用していたが、今ではお隣さんからの苦情窓口である。
「いいだろ少しくらい。それより見ろよ。やっと完成したんだ!」
 ワタルが目をキラキラさせながらヒナノにフリックスを見せる。
「どうだカッコいいだろ!名付けて、Fセイバーだ!!」
「エフセイバー!エフセイバー!」
 ワタルのすごい嬉しそうな表情を見てヒナノの怒りはだいぶ収まったらしい。
「完成おめでとう。本当にうれしくてしょうがないみたいね」

「そりゃそうさ!こいつ作るのに何週間もかかったからなぁ!苦労した甲斐があった!」

「はいはい。で、それって完成したらどうするの?」
「……どうするって、なにが?」
 ワタルはキョトンと聞き返した。
「だから、せっかく完成したんだから何かに使うんでしょ?」
「……いや?」
 『ナニイッテンダコイツ』と言った感じで首を傾げた。
「だって、このふりっくすっての、戦ったりする奴なんでしょ?」
「戦ったら大事な作品が傷つくだろ」
「???じゃあコンテストか何かに応募するの???」
「コンテストかぁ、あればいいのにぁ」
「……え、なに、じゃあ見てるだけって事?」
「あぁ。暫く愛でて、またなんか思いついたら新しいの作る」
「なにそれ……」
「まぁ、脳筋のお前にはこの美学は分からないだろうな」
「誰が脳筋よ!」
 ポカっと軽く殴られる。
「いてっ」
「まったく、それじゃお人形遊びしてるのと変わらないじゃない」
 ヒナノの言葉は地雷だったのか、ワタルはムッとしてオタク特有の早口で声を荒げてた。
「ば、バカにするなよ!よく見ろ!この鋭く掬い上げるフロント!先端が細いから確実に相手の懐に潜り込んでアッパー出来るんだ!それにジェット機をモチーフにして空気抵抗も低いからシュート時の速度は圧倒的だし、重心バランスも徹底的に整えて直進性も抜群!それにシャーシだってリア側にタイヤを付けてるから……!」
「あーもうわかったわかった!もう少し声のボリューム落としなさいよ、夜中なんだから」
 ヒナノは鬱陶しそうに手を振ってワタルを諌めた。

「あ、もうしわけない」
「まったく、もう子供じゃないんだから」
「……でもお前だって時々夜中にうるさいぞ?」

「へ?私もそんなに大きな声出してることある?」
 思い当たる節がないらしくヒナノは頭に疑問符を浮かべている。
「わりとしょっちゅうあるぞ。一昨日あたりもあったし」
「そうだったの?ごめん…」
 少し申し訳なさそうにするヒナノ。
「まったく夜な夜な人の名前大声で連呼してるからな。一体どんな夢みてるんだよ?」
「………っ!?」
 するとヒナノの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「なんか少し息切れして迫真迫ってるっぽかったし、夜中にあんなに名前叫ばれたらさすがにびっくりするぞ。
最近は慣れてきたけど」

「………っ」

「行くとかなんとか言ってるみたいだけど、俺と出かける夢か?」

「…なっ」
 ヒナノは下を向き体を小刻みにプルプル震えさせている。
「?」

「何聞いてんのよバカーーッ!!」
 ワタルはヒナノのナニを聞いていたのだろう。
「バカーバカー!」
 イグニスも便乗する。
 そして、耳の端まで真っ赤になったヒナノが思いっきり座布団を投げつけてくる。
「ふぼふっ!?」
 ゼロ距離で座布団を顔面に受けたワタルはそのまま椅子ごと後ろに倒れてしまった。
 グキッ!と右手から嫌な音が聞こえたような気がしたが、今はそれに構っていられなかった。
「このヘンタイ!!」
「ヘンタイ!ヘンタイ!」
「な、なんだよ、何急に怒ってんだよ……」 

「知らないッ!ほんっとデリカシーないんだから!一人でこんなのばっかり作ってるからよ!!」
 ヒナノは勢いに任せてFセイバーを乱暴に手に取った。
「ら、乱暴に扱うなよ!?重心バランスが崩れてシュートに影響が……!」
「そんなにシュートシュート言うならシュートしなさいよ!こうやって!!」
 ヒナノはFセイバーを床に置いて勢いに任せて思いっきりシュートした。
 バシュウウウウウ、パコォーーーン!!
 Fセイバーは床に放置されている空きペットボトルを気持ちよくすっ飛ばして停止した。

「ほら!フリックスってこう言うもんなんでしょ!」
「……」
 ご尤もな事を言うヒナノに対して、ワタルは呆然とFセイバーの見つめていた。
「なによ、何か文句あるの?」
「ヒナノ……俺のフリックスって、こんなにカッコよかったんだ……?」
「はぁぁぁぁ???」
 思いもよらない感想にヒナノは素っ頓狂な声を上げた。
「俺、今まで自分のフリックスがシュートで動いてるところ間近で見た事なかったから……こんなにカッコよくて、強そうだったのか……!」
「それ絶対感動するところおかしいでしょ……」
 呆れるヒナノに構わず、ワタルはヒナノをまじまじと眺めながら今のシュートを分析していた。
「やっぱり陸上部だからパワーがあるのか?いや、でも陸上部が使うのって手じゃなくて脚だよな……」
 しっかりと肉付きの良い太ももにしているが、ヒナノの腕は一般女子よりもやや筋肉がついている程度だ。
「目つきがいやらしいんだけど」
「なぁヒナノ!あの指使いはどこで覚えたんだ!?陸上部のお前が、どうやってあの力強く繊細な指使いを……!」
「指、使い……」
 そう言われて、なんとなく心当たりがあった。それはすなわち、一昨日の夜にもしてしまった、あの……!
「分かるわけないでしょっ!」
 そんなこと言えるわけが無い。
 ヒナノは顔を真っ赤にして立ち上がり、窓際へ向かった。
「あ、ヒナノ……!」
「もう寝るから!ワタルも早く寝なさいよね、おやすみ」
 振り返りもせずにそう言い捨てて、ヒナノは自室へ戻っていった。

「なんだあいつ……」
 急に真っ赤になって怒り出したヒナノに首を傾げながらも気を取り直してワタルはFセイバーを手に取る。
「……機体が傷つくのは嫌だけど、俺もちょっとだけシュートしてみようかな」
 Fセイバーを置いてシュートポイントに指を添えて恐る恐る力を入れる。

 ピキィィ!!!
 その瞬間、指から前腕にかけて骨に響くような痛みが走った。
「ぐぁぁぁっっ!!!」
 咄嗟に左手で右手を抑えて痛みを和らげる。
「な、んで……!」
 左手を話して右手を見ると薄らと赤く腫れていた。
「まいったな、こりゃ」

 翌朝。
 応急処置はしたものの結局痛みであまり寝付けず、いつもよりも早く目覚めてベッドの上であぐらを掻いていた。

「ワタルー、いつまで寝てるの!早く……ってもう起きてる!?」
「よっ、おはよう」
「お、おはよ……珍しい事もあるのね、ワタルが早起きしてるなんて」
「いや、実は」
 ワタルは不器用に包帯を巻いている右手を見せた。
「そ、それ……!まさか昨夜の」
 ヒナノは昨日ワタルに座布団ぶつけてぶっ倒してしまった事を思い出した。
「違う違う、俺がドジっただけだから。そんで、朝から病院行くから先生には遅刻するって伝えといてくれ」
「う、うん……私付き添おうか?」
「大丈夫大丈夫、このくらい一人で行けるよ」

 ……。
 …。
 そして、昼休み。右手が包帯で固定されたワタルが教室に入ってきた。
 早速ノボルやヒナノが寄ってくる。
「話聞いたぜ、大丈夫かワタル?」
「あー、ちょっとした捻挫で全治一週間だってさ。暫く不便だけど、このFセイバーが完成した後ってのが怪我の功名かな。完成前だったら気が狂ってるとこだった」
「そう言う問題かよ……」
 左手にFセイバーを持ってあっけらかんと笑うワタルに対し、ヒナノは申し訳なさそうに言う。
「あの、ワタル……その怪我、やっぱり私の」
「だから違うって」
 即答するワタルへ、更にカウンターとしてヒナノも即答した。
「ウソ!ワタル、こう言う時いつも咄嗟にウソつくから!あの時だって……」
「……」
 涙を浮かべながら訴えるヒナノに、ワタルは気まずそうに目を逸らした。
「何か困った事あったら私が手伝うから、だから何でも言いなさいよね」
 その言葉を聞いて、ワタルはハッとしてヒナノを見る。
「ヒナノ」
「私はおばさまとおじさまからワタルを見張ってるよう仰せつかってるんだから、こんな事になっちゃ、面目立たないでしょ」
 顔を赤くしながらツンデレな台詞を吐くヒナノに、クラスの周りの連中はニヤニヤと傍観している。
 さっきまで話に加わっていたはずのノボルも傍観者側に回っていた。

「ヒナノ、お前……今なんでもって言ったよな?」
「え、う、うん」
「なんでもって事は、所謂なんでもって事だよな?」
「そ、そうよ!わ、私だって、覚悟出来てるんだから!」
 ズイッと迫るワタルに、ヒナノは頬を染めて目を閉じた。
 クラスからは歓声が上がる。女子は黄色い声を発し、男子は興奮と嫉妬の怒声。
 その中でワタルはヒナノへコソッと告げた。
「一つ、頼みを聞いてくれ」
「へ?」
 その言葉は他のクラスメイトには聞こえなかったが、ヒナノの間の抜けた反応からどうせしょうもない事だろうと言う事が察せられ、皆冷めてそれぞれの席に戻って行った。

 ……。
 …。
 放課後、模型部の部室の前は生徒達でごった返していた。

「はーい、模型部主催フリックス大会予選の受付こっちでーす!」
 部室入り口に設置された受付席に人が並んでいく。

「よし、受付完了。今回はどこまで行けるかなぁ」
 受付で渡された紙とフレラバを手にして会場である部室へ入ったノボルは思わぬ人物と遭遇した。
「よっ、ノボル」
 そこには、ワタルとヒナノが並んで立っていた。
「え、ワタルに伊櫛?どうしたんだ?もしかして俺の応援とか……」
「まさか。出るんだよ、俺のFセイバーも大会に」
 思いもよらない奴から思いもよらない言葉を聞きノボルは怪訝な顔をした。
「は?お前バトルに興味ないって言ってたじゃん!そもそもその怪我でどうやって……」
「あぁ、それなら問題ない」
 ワタルは意味深にニヤッと笑いながらヒナノの方へ視線を移した。すると、ヒナノは『仕方ない』と言った感じでため息をついて手に持ったFセイバーを胸の前まで持ち上げて見せた。
「なっ、それ、まさか……!」
「そう言う事」

「はぁ、約束は約束だしね……ワタルの代わりに私が勝ち上がってみせるわよ!」
 ヤケクソ気味な宣言だったが、どこかまんざらでも無いヒナノだった。

 

     つづく

 

 

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