弾突バトル!フリックス・アレイ 超X サイドエピソードVol.1「姉弟」

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サイドエピソードVol.1「姉弟」

 

 幼い頃の記憶は朧げだ。
 それでも、お父さんがいて、お母さんがいて、お兄ちゃんがいて……幸せの中にいたのだけはなんとなく覚えている。

 お仕事を頑張る頼もしいお父さん。
 お父さんに憧れて勉強を頑張るカッコいいお兄ちゃん。
 美味しいミルフィーユオムライスを作ってくれる優しくて大好きなお母さん。

 みんなに愛されて、私は暖かな光に包まれていた。
 本当に、ミルフィーユオムライスのような甘い日々だった。

 

 でも、いつからだろうか光の中に翳りが見えたのは……。

 

 ある日、お父さんが私達をタノシイトコロへ連れて行ってくれた。

 聞こえるのは耳を劈くような激しい音。
 たくさんの人達の、怒声にも思える叫び。
 なのに、皆笑っていて……。

 

 怖かった。

 

 皆、楽しそうなのに、私はそれが怖かった。
 あまりにも小さくて弱い私は、あっさりとその音に存在ごと掻き消されるのではないかと思って震えた。

 だのに、大好きなお父さんも、大好きなお母さんも、大好きなお兄ちゃんも、楽しそうで……。
 私は、同じようにこの怖さを大好きにならなきゃいけないのかなって思って、無理に笑った。

 でも、それは間違いだったのかもしれない。

 

 暫くして、家族の笑顔が消えた。

 お父さんは、知らない怖い人達に怒られるようになった。
 毎日毎日毎日。
 うんざりするほど、毎日、お父さんは怒られていた。

 お母さんがよく泣くようになった。
 毎日毎日毎日。
 こっちまで悲しくなるほど、毎日……そして、お母さんは入院した。

 お兄ちゃんは部屋に篭るようになった。
 毎日毎日毎日。
 もう顔も思い出せないくらい、会ってない。

 

 また、暫くして。
 いつの間にか、お母さんのお見舞いに行けなくなった。
 毎日行っていた病院の代わりに、お線香の匂いのする静かで怖い場所に行って、それっきり誰もお母さんの話をしなくなった。

 

 また、暫くして。
 お父さんもいなくなって……お兄ちゃんもいなくなった。

 

 私は、暗闇の中でひとりぼっちになってしまった。

 

 やっぱり、間違いだった。
 あの時、私が無理に笑ったから。
 怖いものを受け入れてしまったから。
 怖いものが、私の中に入ってきて、私の光を根刮ぎ奪っていった。

 

 なのに、闇は私自身を奪う事をしなかった。
 目まぐるしく変わる光景、人、建物、部屋、覚えきれないスピードで何もかもが変わり続けていく。
 薄暗く歪で不気味なネオンを中途半端に見せては消していく……。

 いっその事、暗闇のまま、私の存在も闇と一緒に塗り潰してくれればよかったのに。
 一人ぼっちになった私は、そんな事ばかり考えていた。

 

 また月日が経って、私の前に微かながら暖かな光を照らしてくれる人達が現れた。

 恰幅が良くて穏やかながらも頼もしさを感じる笑顔を見せる男の人と、お母さんに負けないくらい美人で優しそうな女の人。
 そして、その2人に隠れるようにして私を興味深げ見てくる2歳ほど年下の男の子……。

「はじめまして美寧ちゃん。僕は神田士郎、美寧ちゃんのお父さんとは友達だったんだ。こっちは妻の紗代に息子の達斗」
「こんにちは、美寧ちゃん」
「……はじめ、まして。よろしく、お願いします」
 私はおずおずと小さく挨拶する。これまでもううんざりするほど何度となく口にした言葉だ。
「ほら、たっくんも美寧お姉ちゃんに挨拶なさい」
 紗代さんの脚にしがみついて隠れようとするたっくんと呼ばれた男の子を促すが、たっくんはますます脚にしがみついて顔を埋めていた。
「あ、はは、ごめんなさいね。この子照れ屋だから」
「……」
 別に構わない。どうせすぐ消えるのだから、どうでもいい。

 私の冷めた心を知ってか知らずか、士郎さんは私に目線を合わせて優しくこう告げた。
「今日から僕らが新しい家族だよ、ここを本当の家だと思っていいからね」
「今まで寂しかったよね。もう大丈夫だから、安心して」

 それは、何よりも暖かな申し出だった。
 私を闇から救い出してくれる、嘘偽りのない愛に溢れた光の言葉。

 でも、私はそれを素直に受け入れられるほど大人ではなかった。

「や、やだ、やだぁぁぁ!!!お家に帰りたい!ママとパパとお兄ちゃんに会いたいよぉぉぉ!!!うわあぁぁぁん!!!!」

 なんて罰当たりなんだろう。
 無償の愛を差し出してくれた人達へそれを振り払うような真似をするなんて。

 でも、しょうがないじゃない。
 この光を受け入れてしまったら、私は本当に家族を失ってしまう事になるから。

 別の愛を、別の光を受け入れてしまうくらいなら、闇のままでいい、鈍い偽りのネオンで構わない。
 その方が、本来の光が輝きを増して支えてくれるように感じられるから。

「美寧ちゃん!」
 ガバッと、太い腕に抱き締められた。
「分かった。美寧ちゃんの気持ちは、よく分かったよ……!僕らの事を家族だなんて思わなくていい。大丈夫、美寧ちゃんの家族はきっといつか帰ってくるから。だから、それまでおじさん達と一緒にお留守番していよう、ね?」
 強く穏やかなこの言葉は、私の心にスッと入ってきた。

 こうして、私は神田家に里子として迎え入れられたのだ。
 本当は、養子手続きをした方がいろいろと都合もいいのだろうが、士郎さん達は家族を諦めきれない私の意志を尊重してくれた。

 

 神田家はとても暖かくて、それでいて私の事をあくまで知り合いの子供として扱ってくれる。
 それが何よりもありがたく、そして恥ずかしい事に私はそれに甘えてしまい、心を開く事をしなかった。

 施しを甘んじて享受しておきながら、その相手へ心を閉ざし続けると言う行為がどれほど愚かしく悪しき事か、それを理解するのはもう少し後の話だ。

 

 神田家で暮らすようになってから一年ほど経ったある日の昼下がり。
 私はリビングでぼぅっとテレビを眺めていた。
 映っているのはバラエティ番組『ひみつの台風ちゃん』だ。
 人気男性アイドルグループ台風が様々な芸能人をゲストに迎えてトークをすると言う番組だ。
 特別好きと言うわけではないが、ただトークをするだけ言う番組は何かを競ったり戦ったりすることが無いので安心して観られる。

「……」
「お、おねぇちゃん……」
 心安らかな時間を過ごしている所で耳障りな声が聞こえてきた。

 またか。と私はうんざりした。
 家に来てから、士郎さんと紗代さんの息子であるたっくんは事あるごとに私に声を掛けてくる。両親が共働きでなかなか構ってくれないから寂しいのだろうか?
 しかし、そんなのは私の知った事ではない。寂しいのは私の方なのだ。そんなカワイソウな私が他人の子に施しを与えてやる義理なんかない。

「……」
 私は、いつものようにわざと聞こえないフリをしてテレビを見続けた。
「あの、おねぇちゃん、寝てるの……?」
 たっくんが不安そうな顔で再び呼びかけてくる。
 今にも泣きそうなその表情を横目で見て、さすがに罪悪感が生まれたので私は渋々返事をした。
「なに」
 短く一言。振り向きもせずに言葉を発した。
「そ、その……えっと……」
 たっくんはもじもじと口籠る。イライラした私はわざと不機嫌さが伝わるようにため息をついた。
「おねぇちゃん、何か欲しいものとかある……?」
 たっくんは意を決したように顔を上げて言った。
「は?」
「だから、ほしい、もの……」
「……別に」
 私が欲しいものなんて、そんなのずっと決まってる。
 でも、そんなのをこんな小さな子に言った所でどうしようもない。
「……」
 私の冷たい反応に、たっくんは再び俯いて唇を噛んで涙を堪えている。
 せっかく勇気を出して話しかけてくれたろうに、こんな態度をされては泣きたくもなるだろう。
 私はため息をついてぼそっと答えた。
「……オムライス」
 お母さんが作ってくれたミルフィーユオムライス。
 戻ってきてくれないなら、せめてもう一度食べたい……でも、それだって叶えられるわけがない。
「……」
 私は『もう用は済んだ』とばかりにそっぽを向いてテレビに集中した。
 ゆっくりと遠ざかっていく足音が聞こえる。
「……オムライス、お父さんがよく作ってる……」
 そんな独り言が聞こえたような気がしたが、私はもうたっくんの存在は意識から消えていた。

 それから数十分経ち、番組も終わりかけた時だった。

 ガシャンッ!ドゴォォォ!!!

「うわぁぁぁん!!!」

 台所の方からけたたましい音とたっくんの泣き喚く声が響いてきた。
 それを聞き、私の身体は反射的に動いた。

「どうしたの!?」
 台所を見てみると、酷い有様だった。

 食器や調理器具、グシャグシャになった卵が散乱し、その中でたっくんが泣きべそをかいている。
 そして何より、ガスコンロで火にかけられているフライパンが黒煙を濛々と上げていた。

「か、火事!?」
 私は素早く火を消して、濡れた布巾をフライパンにかぶせた。
 別に油料理で火が出たわけじゃないからそんな事をする必要はないのだが、今の私にそんな冷静な判断は出来なかった。

「なんてこんな事したの!?危ないでしょ!!!」
 こんな大きな声を誰かに向けたのなんて生まれて初めてかもしれない。
 でも、言わずにはおれなかった。自分の中で冷え切っていたはずの感情が沸々と目を覚ましていく。

「ご、ごめん、なさい……ごめんなさい……!」
 泣きじゃくるたっくんの姿に、少しずつ頭の血が下がっていく。
「……火遊びなんかしちゃダメでしょ」
 自然と、諭すような口調になった。
「遊んでたんじゃ、なくて……おねぇちゃんに、誕生日プレゼント……オムライス……」
 吃逆をあげながらたっくんは辿々しく弁明する。
(誕生日……)
 そうだ。今日は私の誕生日だったんだ。
 自分ですら忘れてた事を、この子は真剣に考えてくれていたんだ。
「おねぇちゃん、ずっと寂しそうだったから……好きなものあげたら、元気出るかなって思って、それで……!」
 よく見ると、散らかっているものは全てオムライスの材料だ。
 この子は、こんな小さな体で、私のために料理をしようと頑張って……。

「……!」

 私は、ようやく自分の愚かな我儘に気付いた。
 私がずっと欲しくて、なのにずっと拒絶していたものを、それでもこの子はめげずに純粋に与え続けようとしたのだ。
 私なんかのために……。
 でも、私に暖かな光と愛を与えてくれる存在を、私はまた危うく失う所だった……!

「たっくん!!」
 私の中に、感謝と謝罪と、そして恐怖が入り混じった感情がぐちゃぐちゃに溢れ出し……気が付いたらたっくんを抱き締めていた。

「おねぇ、ちゃ……?」
「ごめ、ごめんね……私……私……!」
 たっくんの温もりが伝わる。
 暖かくてとても安心する。でもそれと同時にいつ失ってもおかしくない危うさと儚さも内包しているように感じた。
 私は、それがとても愛おしくて、それがとても怖かった。
 だから、もう絶対に、手放したくない……!

「たっくん、オムライス一緒に作ろっか」
 私は涙を拭って精一杯の笑顔をたっくんに向けた。
「うん!」
 たっくんは、涙でグシャグシャになった顔でクシャクシャに笑って頷いた。

(とりあえず、まずは片付けからかなぁ……)

 ふと現実を見るとうんざりするような光景が広がっているのだが……。
 たっくんは、私と何かをする事がとても嬉しいらしく、面倒な片付けや掃除もとても楽しそうにやっていた。
 そんなたっくんの姿を見ていたら、私もなんだか楽しくて。無理に作った笑顔が、自然と綻んでいくのを感じた。

 2人で作ったオムライスは不恰好だったけど、それでもお母さんのミルフィーユオムライスに負けないくらい美味しかった。

 

 ……。
 …。
 それから数年が流れた。

 早朝、私は忍足で息を潜めながらたっくんの部屋の扉を開ける。
 部屋のベッドでは、たっくんが寝息を立てて眠っている。
「たっく〜ん、朝だよ〜。起きないとお姉ちゃんが一緒に眠っちゃうよ〜」
 我ながらおかしな事を言っていると思うが、これは朝のお決まりのルーティーンだ。
「すー……すー……」
 たっくんからの反応がない事を確認すると、私はもぞもぞと布団の中に侵入した。

「は〜」
 あったかくて良い気持ち……。
「むにゃむにゃ」
 たっくんがゴソゴソと寝返りを打ち、私を抱き枕のように抱きついてきた。
「〜〜」
 言葉に出来ない。
「おね……ちゃ……しゅ……き……」
 至福とはまさにこの事だろう。
 眠っている時のたっくんは昔のように甘え方が素直だ。

 でも、そんな時間は長くは続かない。
 どんなに気持ちのいい添い寝でも、いつかは起きて学校に行かなきゃいけない。

 この幸せだって、なくなってしまう時が来るのかもしれない。

 でも、だからこそ……。

「もう、消させない……」

 私は幸せを包むオムライスのように、たっくんを抱きしめた。

 

   Vol.1終

 

 

 

 

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