第8話「見た事の無い自分だけの光を求めて」
フリッカーアイドル保科メイのソロライブに来た達斗と翔也。
その特別バトルイベントで達斗はメイに勝利するも、会場を沸かせたのはメイの方だった。
納得のできない勝利にモヤモヤする達斗に代わり、今度は翔也がメイに挑む!
「宣言する。俺は、メイたんに勝つ。勝負だ!」
その宣言はただのバトルに対する勝利宣言ではない。メイの土俵、やり方においても翔也が勝ると言ったのだ。
それを察したメイは嬉しそうに笑い、ウインクした。
『あはっ⭐︎それいいね!すっごく良いよ!!
メイたんのバトルで、あなたもメロメロにしてあ・げ・る❤️』
「メロメロにならとっくになってるよ。だから俺はおもしれぇバトルができるんだ!」
『そっかぁ、面白いバトル……ふふ、良い事思いついちゃった!』
メイはほくそ笑んだ後、会場に向けて呼びかけた。
『みんなー!今からこの子とバトルするんだけど、そのバトルでメイたんの方が可愛いって思ったらペンライトを黄色、この子のバトルが魅力的だって思ったら赤色で振ってねー!』
「「「はーーーい」」」
メイの言葉に反対する者などいるはずもなく、会場にいる全員が返事をした。
『どう?これで勝敗分かりやすいでしょ?』
「さっすがメイたん!グッドアイディア!」
メイのアイディアに肯定的な態度の翔也だが、達斗は内心不安になる。
(いや、それって翔也には不利なんじゃ……)
芸術点勝負は審査側の好みや感情が基準となる。即ち、絶対的ホームであり観客全員がメイのファンであるこの会場において翔也がメイに勝てるわけがないのだ。
「しょ……!」
「タツ」
バトルを止めようと口を開く達斗へ、翔也は振り向いて目線で制止する。
「まぁ、見てろって」
小声でそう笑いかけて再びメイへ身体を向けた。
(翔也、一体どんなバトルをする気なんだろう……?)
達斗は、心配しながらもステージの端に寄ってバトルを見守る事にした。
そして、翔也とメイはフィールドに着いてバトル開始の構えを取る。
3.2.1.アクティブシュート!
『煌めけ!トゥインクルコメット⭐︎』
「翔ぶぞ!エイペックス!!」
モニターに表示される合図と同時に機体を放つ。
トゥインクルコメットはフィールドのフェンスを利用して反射する軌道で進み、エイペックスはスピンしながら大ジャンプしてフィールドの角へ飛ぶ。
「おおーーー!!!」
「どっちもすげえええ!!」
2人の軽業師のようなシュートテクニックに会場が沸き立つ。
カッ!
エイペックスはフィールドの角ギリギリで着地。対するコメットは勢い余って場外していく。
「まずは自滅だな!」
『甘いよぉ!』
ヒュンヒュンヒュン!カッーーーン!!
コメットはステージの端にあるギターやドラムなどにぶつかって反射し、音楽をかき鳴らしながらフィールドに戻っていく。
「っ!」
そして、その時の振動でフィールドの角ギリギリで止まっていたエイペックスが若干の動き、そのせいで重心が変わってしまいフィールドから落下し機体の一部がフィールド外に接地してしまった。
『まずは、自滅だねっ』
意趣返しのようにメイは言った。
翔也自滅で残りHP13。
「おおおおお!!!!」
「いいぞ、メイたーーーん!!!」
メイのミラクルプレイに、会場のボルテージがますます上がる。
ペンライトの色が黄色で埋め尽くされていく。
「さすがメイたん……楽器の振動を使うなんて」
『えへへ、凄いでしょ〜』
メイは両人差し指を頬に当ててぶりっ子する。
「でも、おかげで大体のチューニングは分かった……!」
翔也はニッと笑いながらエイペックスを拾ってスタート位置にセットした。
『へぇ……!』
メイも不敵に笑いながらセットする。
3.2.1.アクティブシュート!
再びモニターの合図と同時に2人がシュートする。
『いっくよぉーー!イオンテールファシネーション⭐︎』
「魅せてやろうぜ!エイペックス!!」
カッ!!
コメットとエイペックスはお互いにスルーしながら壁反射し、いきなり場外に出る。
ジャンッ、ジャラララン♪
場外に設置している楽器にぶつかり、音楽を奏でながら反射しお互いフィールドへ戻っていく。
「いい音色だ!エイペックス!!」
『へぇ、やるじゃない!』
フィールドの上空で二機が掠め、軌道を変えながら反動で加速し、再び場外の楽器へ当たり反射する。
まるで、二つのフリックスが音楽を奏でながらダンスしているかのようだった。
「うおおおお!!!!」
「すげぇーぞ!2人とも!!!!」
数多のペンライトが激しく揺れる。赤と黄色の数はほぼ半々だ。
それを見ている達斗も感嘆する。
(あの動き、もしかして昨日改造したバネシャーシの力で……!?)
一見おふざけだったように思えた改造もちゃんと使いこなせばここまで凄い事が出来るのかと達斗は感動した。
(どんなものでも試してみて強さに変える……やっぱり翔也は凄い)
『でも、アピール力でメイに勝てると思わないでよね!』
メイは、空中で踊るコメットとエイペックスの動きに合わせて自身の身体を動かす。
「そ、即興でそこまで踊れるのか……!さすがメイたん……!」
フリックスの動きは制御できても、ダンスに関してはドシロウトの翔也には不可能なアピールだ。
ペンライトの色も徐々に黄色が増えていく。
『どう?このままメイたんの勝ちかなぁ?』
「いや、そのアピール力利用させてもらう!」
『えっ?』
翔也は不敵に笑い、エイペックスへ向かって叫んだ。
「今だ、エイペックス!レインボーオービット!!!」
翔也の叫びに応えるように、エイペックスはギターの弦の反動とバネシャーシの力を利用して回転しながら加速。その軌道は虹色の光を放つ。
そして、空中にいるコメットをスピンで叩きつけるように弾き飛ばした。
カキンッ!!
そのままエイペックスは着地。そしてコメットは真っ直ぐにメイの方へ向かっていた。
『っ!』
ダンスに夢中で咄嗟に反応出来なかったメイは避けるこ事も出来ず、向かってくるコメットをその身体に受けてしまった。
ムニュ、ポヨンッ!
上級アクティブバトルの際、フリッカーは特殊なバリアに守られているので、機体がぶつかってもその衝撃によって怪我はしないのだが。
慎ましいながらも柔らかな胸に沈んだコメットは弾力で跳ね上がり、衣装の胸リボンの上で着地した。
それはまるで星型のアクセサリーのようだった。
「ダイレクトヒット!似合ってるぜ、そのアクセサリー!」
翔也は逆手人差し指でメイの胸元を指差しながら勝利宣言した。
「ぬおおおおお!!!!すっげええええ!!!」
「やるなぁ少年!!」
「メイたんも可愛いけど、少年もすげえええ!!」
ペンライトの色が黄色から赤に変わっていき、パッと見7割くらいが翔也の色に染まった。
そして、それを見ている達斗は高揚した表情でバトルに釘付けになっていた。
(す、凄い、翔也……!相手の魅力を引き出す事で自分のスキルをアピールしてバトルに勝った……これが、翔也のバトル……!)
翔也はニッと笑いながらメイへ話しかける。
「おもしれぇバトルだったぜ!これもメイたんが可愛かったおかげだ!」
『……ふふ、やられちゃった。まさかメイたんの可愛さを逆に利用されちゃうなんて。しかも、一応バトルでは負けたのに全然嫌な気分にならないとかズルいよ』
メイはしおらしく翔也の勝利を認めた。
「相手のおもしれぇを全部引き出して、一緒に楽しみ尽くして勝つ!これが俺のダントツさ!」
『ふーん、ダントツかぁ……でもね』
メイは何故かほくそ笑み、翔也は怪訝な顔をした。
(そう言えば、さっき変な言い回ししてたような)
疑問の答えを導き出す暇もなく、メイは観客の方へ身体を向けて胸を抑えながら身体を捩らせた。
『やぁん、メイたんのおっぱい狙うなんて、お・ま・せさん❤️』
「っ!しまっ……!」
メイの狙いに気づいた翔也はハッとするがもう遅い。
「ぬおおおおおおお!!!!メイたーーーーん!!!!!」
「メイたんのメイっぱいフォーーーーーー!!!」
あっという間にペンライトの色が黄色で埋め尽くされてしまった。
「あ、が、っ……!」
翔也はあっという間の逆転劇に口をあんぐりと開けた。
『うふふ、ここじゃダントツよりも可愛いの方が強いんだよ⭐︎』
男の性欲を露骨に突いたアピールの前では翔也のパフォーマンスなど取るに足らない。翔也はメイの客層のその本質までは考慮しきれていなかったのだ。
「可愛いっていうかそれ、ちょっと違うんじゃ!」
さすがに抗議しようとするも、メイはシレッと言い放つ。
『これが社会に揉まれたレディの武器だよぉ❤️』
「くっ……さすがにここじゃメイたんの方が一枚上手かぁ、俺の完敗だ」
翔也は観念して負けを認めた。
『ふふん、素直でよろしいっ!』
メイはドヤ顔で胸を張り、マイクを取ってMCを始めた。
『はい!それではメイたんのバトル会はこれにてしゅーりょー!良いバトルをしてくれた2人にも大きな拍手〜!』
メイは、ステージの端にいる達斗へ手招きして中央へ呼び寄せ、翔也と達斗が目立つようにステージの前に並ばせた。
『今日は本当にありがとうね!えぇっと、達斗君と……あれ、そう言えばあなたのお名前は』
メイはまだ翔也の名前を聞いてなかった事に気づいた。
「あ、そうだった!俺天崎翔也って言います!」
翔也も、さっきは宣戦布告する事に夢中でまだ名乗ってなかった事を思い出して慌てて名乗った。
『天崎……翔也……?』
メイがその名前を噛み締めるように呟くと表情がパァっと華やぎ、アイドルから普通の少女のような笑顔になる。
「?」
メイは素早く口元のマイクのスイッチを切りササッと翔也のそばへ近寄ってこそっと話した。
「も、もしかしてあなた、去年のSGFCで準優勝した天崎翔也様……!?」
「え、あ、あぁ、まぁ……って、様?」
「うわぁ、感動〜!あたし、あの大会見てからあなたを推してたの!そっかぁ、去年とは使ってる機体違うし背もちょっと大きくなってもっとカッコよくなってたから気付かなかったよぉ〜!成長期だもんねぇ!ほんとはウインター大会も応援に行きたかったんだけどライブが重なっててぇ〜」
まるでイケメンアイドル『台風』を目の前にした女子のようにはしゃぐメイ。
一応ステージの上なので小声で小振りではあるものの興奮を隠しきれていない。
「い、いやぁ、どうも……推しに推されるってのはちょっと解釈違いだなぁ……」
翔也は照れながらも困惑する。
「あ、そうだ、良いこと思いついちゃった!」
メイは小悪魔的に笑いながらマイクのスイッチを入れた。
『皆聞いて〜!実はさっきメイたんとバトルした子はなんと去年のSGFC準優勝の天崎翔也君だったの!メイたん、アマチュアトップフリッカーとバトルしたんだよ!?凄いでしょ!!』
「いぃ!?」
いきなりの爆弾発言に会場が湧く。
「天崎翔也って、天崎翔也か!?」
「マジかよ!?」
「なんでこんなとこにいんだ?」
「あいつドルオタだったのかよ……!」
『って事だからぁ、せっかく来てくれたんだし、今から一緒にデュエットフリックスしたいと思いまーす♪』
「ちょ、メイたん!?」
『いいからいいから、翔也さ……翔也君だったら大丈夫!あ、達斗君も翔也君のお友達なんだよね?よかったら一緒にどう?三人の方がもっと面白いパフォーマンスが出来るかも!?』
蚊帳の外かと思われたのに、急に話を振られて達斗はビクッとする。
「あ、いや、僕は……」
まごまごする達斗をフォローするように翔也が答える。
「あー、こいつちょっとそういうの苦手なんすよね」
『そうなんだ……いきなりだし、しょうがないか!じゃあ2人でやろ!きっと最高のステージになるよ!』
「うぅー、まぁ、断れる雰囲気じゃないなこれ……」
素人に即興でパフォーマンスやれってのもなかなか無茶振りではあるが、翔也ならなんのかんの言いながらこなせてしまうだろう。
そんな謎の信頼を感じながら、達斗はステージを降りようとする。
「タツ……」
それに気付いて達斗の名前を呟いた翔也へ、達斗は何やら精悍な顔で振り返った。
「翔也、良いバトルだった。ほんと……だから、僕、上手く言えないんだけど……先、帰るね」
要領を得ない言葉だったが、そこからポジティブな意味合いを感じた翔也は頷いた。
「そっか、分かった」
……。
…。
帰り道。達斗は電車の中で先程のバトルを思い出しながら帰路についていた。
(翔也とメイたんのバトル……凄かったな……!)
胸の鼓動が収まらない。
身体中から火照りを感じる。
(僕にも、あんなバトルが出来たら……)
あんな、楽しくて魅力的なバトル、憧れるなと言う方が無理だ。
(いや、違う。僕にはあんなバトルは出来ないし、したいわけじゃない……)
憧れはあくまで憧れ。それが自分の目指す道の先にあるとは限らない。
(ストイックに強さを求める不動ガイ。バトルの中で自分の魅力をアピールする保科メイ。そして、自分の力も相手の力も全部楽しみ尽くす翔也……!)
これまで出会ってきたフリッカー達の戦い、スタイルが頭の中に次々と浮かんでくる。
(僕は、僕だけのダントツはなんなんだろう……?分からない、分からない、けど……!!)
身体中から湧き立つ興奮を抑える事が出来ない。
出所も行先もハッキリしない正体不明のワクワクに身を委ねながら、達斗は心地良い浮遊感のまま帰宅した。
……。
…。
翌日早朝。ザイセリヤの厨房。
達斗の父の士郎と母の紗代がいつものように職場へやってきた。
「飲食経営者の朝は早い!ママ、今日もお店頑張ろう!」
「ふふ、そうね……って、たっくん?」
紗代は士郎の言葉に軽く返事しながら厨房を見て驚いた。
「あ、おはよう!お父さん、お母さん!」
厨房がピカピカに掃除されており、その中心にはモップを持って掃除に精を出している達斗が爽やかな笑顔で挨拶していた。
「お、おはよう……」
「達斗、お前どうしたんだ……?」
「たまには、手伝うのも良いかなって!それじゃ、家に戻ってご飯食べてくる!」
「お、おう……」
颯爽と厨房から出ていく達斗を、両親は呆然と見送った。
「でも、美寧ちゃんまだ寝てるんじゃ……?」
…。
……。
神田家の食卓。
「ふぁ〜あ……た、たっくん!?」
パジャマ姿で欠伸しながら起きてきた美寧は目の前の光景に驚く。
「あ、美寧姉ぇおはよう。朝ごはん作っといたよ」
食卓の上に湯気の立つ目玉焼き丼が二つ置かれており、その一つを達斗が食べていた。
「おはよう……これ、たっくんが作ったの?」
「うん、僕こういうのしか作れないけど……美寧姉ぇも食べて」
「あ、ありがとう」
丼ものなら多少調理が出来れば作れない事もない。美寧は椅子に座って一口食べた。
「うん、たっくん補正で美味しい」
「補正なしだと?」
「ん〜、普通かな?」
「ははは……まぁ、不味くなければいいや」
「冗談だよ冗談。でも、たっくんがご飯作るなんて珍しいね。どうしたの?」
「なんだろう、なんか身体が動いちゃって」
「……」
達斗の珍しい行動にキョトンとする美寧をよそに、達斗はさっさとご飯を食べ終えて通学支度をした。
「それじゃ、先に出るね!」
「う、うん……」
……。
…。
「いけっ!ヴァーテックス!!」
早々に登校した達斗は、誰もいない教室で机をくっつけてフィールドにして1人でシュート練習していた。
バシュッ、バキィ!
ターゲットにした消しゴムをヴァーテックスが弾き飛ばす。
「よし……!でも、もう少し芯を捉えられないかな」
ブツブツと呟き試行錯誤しながら練習を続ける。
ガララ!
その時、教室の扉が勢いよく開き、元気のいい少年の声が響く。
「おっしゃぁ!今日も俺が1番ノリ〜〜!」
シチベエだった。朝に強い彼はいつも真っ先に登校しているようだ。
「あ、七谷君、おはよう」
「おう!って、なにぃ!?神田お前今日早いな……!」
もう何度も聞いた反応に達斗は苦笑いした。
「はは、ちょっとね……それより、よかったらフリックスの練習に付き合ってくれない?」
「お、おう、そりゃ構わねぇけどよ……」
珍しく積極的な達斗に驚きながらもシチベエは頷いた。
机をフィールドにして、2人は機体を構えて対峙する。
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
バーーーン!!
……。
…。
始業時間も近くなり、クラスメイト達が続々と登校してくる。
その間も達斗とシチベエは息を切らしながら延々とバトルしていた。
「ハァ、はぁ……七谷くん、もう一回……!」
「ちょ、ちょっと休憩……!さすがにキツイわ……!」
シチベエはギブアップして自分の席に戻った。
「……なにやってんの、シチベエ君」
「神田君とバトルしてたの?」
そこへ、ガクシャとムォ〜ちゃんが話しかけてきた。
「あぁ、お前ら俺の代わりに神田の相手してやってくれよ……あいつ、俺が教室に着いてからずっとぶっ続けでバトルせがんでくるんだ……」
「えぇ!?シチベエ君っていつも2時間前には登校してるよね!?まさかずっとバトルしてたの……!」
「さすがに朝っぱらからこれはキツい……」
シチベエはグッタリと突っ伏した。
「体力お化けのシチベエ君がダウンするなんて……」
ガクシャとムォ〜ちゃんは戦々恐々と達斗の方を見た。
「いけ!ヴァーテックス!!」
「負けるな!グランドパンツァー!!」
達斗はモブ太を相手に代えてバトルしていた。
シチベエをグロッキーにさせるほどバトルしておいて、まだしたりないのか……!
「おぉ、やっぱやる気出してんなぁタツの奴」
ズコウケイ三人組へ歩み寄り、翔也は達斗の様子を眺めながら笑っていた。
「翔也君」
「何か知ってるの?」
「あぁ。おもしれぇ事になるぞ、これは」
翔也は意味深にニヤッと笑った。
「貫け!ヴァーテックス!!」
「うひひ、負けないぞ〜」
相手してくれるクラスメイトが増えたので達斗はチャイムが鳴るまで取っ替え引っ替えでずっとバトルを続けていた。
……。
…。
そして、この日は休憩時間になる度に達斗はクラスメイトのフリッカー達へ片っ端から声を掛けてバトルを挑んでいた。
達斗の変わりように困惑しながらも皆付き合ってくれるのだが、あまりのバトルジャンキーっぷりにへこたれる奴らが続出していた。
「ははは、燃えてんなぁ〜」
そんな様子を翔也は他人事のように眺めて笑っている。
「翔也は神田の相手してやんないの?」
今野ミハルが翔也へ話しかける。
「エイペックス今メンテ中でラボに預けてんだ。ちょっと昨日はしゃぎ過ぎちゃってさ」
「ふ〜ん」
「まっ、あいつの相手は放課後のお楽しみかな」
「あっそ。それにしても神田の奴どうしちゃったの?人が変わったみたいだけど」
「あれは多分、覚醒前のフリッカーズハイって奴だな」
「なにそれ……」
「男ってのは、ちょっとしたきっかけで成長するもんさ」
「さいですか」
翔也のカッコつけたセリフにミハルは冷めた口調で相槌を打った。
……。
卒業も近いシーズンなので、昼過ぎに学校は終わりあっという間に放課後となった。
「うっしタツ!ラボ行くぞラボ!」
翔也は早速達斗を誘うと、タツは嬉しそうに頷いた。
「うん!さすがにもうエイペックスのメンテ終わってるよね?」
「当たり前だろ!ラボに着いたらガシガシやるぞ!」
「もちろん!!」
達斗と翔也は意気揚々と帰路についた。
神田家。
「たっだいまー!」
達斗は勢いよく玄関を上がり、自分の部屋へと向かおうとする。
「おかえりたっくん。お昼お家で食べるよね?」
達斗と同じように学校が早く終わった美寧が台所で昼食の支度をしている。
「ごめん、今からラボに行きたいんだ!」
「でもお昼まだでしょ……?」
「なんか適当に買ってく!」
それだけ言って、達斗は忙しなく自室へ戻った。もう居ても立っても居られないと言った感じだ。
「むぅ……」
そんな達斗の様子に美寧は少し頬を膨らませた。
「たっくん……やっぱり、このところ変だよ……よしっ!」
美寧は何やら決意を固めたように頷き、いそいそと準備を始めた。
…。
……。
段田ラボ。
門の前で翔也が待っていた。
「翔也!」
「おぉ、待ってたぜタツ!早く中に……んん??」
達斗と顔を合わせて翔也は右手を軽く上げて挨拶した。が、その直後、達斗の後ろへ視線を移したと思ったら怪訝な顔をした。
「どしたの?」
「……何やってんですか、美寧さん」
「え!?」
翔也に言葉に驚いて振り向く達斗。見ると、電柱の影に手提げ袋を抱えた美寧が隠れていた。
「み、美寧姉ぇ、なんで……」
美寧は観念したようにひょっこりと姿を表して達斗と翔也のところへトコトコと歩み寄った。
「も、もう、たっくん、お弁当忘れてるよ。うっかりさんだね!」
誤魔化すように辿々しい口調で言いながら達斗へ手提げ袋を渡す。ずっしりとした重みを感じる。
「いや、昼は買ってくって言ったのに」
「でも買ってなかったじゃない。ずっと見てたんだからね」
「うっ、だって早く行きたかったし……別に昼くらい抜いたって……」
「ダメ!たっくんは成長期なんだから、ちゃんと食べなさい!」
(ってか、美寧さんタツのあとずっと付けてきたのか……!)
「とにかく、今から忙しいんだから美寧姉ぇは帰ってよ……」
「いやです」
「えー……」
「ま、まぁ、せっかく弁当持って来てもらったのに追い返すのは悪いだろ。ラボで昼飯食ってからやろうぜ」
「う〜……分かったよ……」
達斗は渋々頷き、美寧も連れてラボに入る事にした。
研究所に入り、バン達と顔を合わせる。
「おっ、来たなぁ翔也に達斗……と、そこのお姉さんは?」
バンは初めて見る美寧に首を傾げた。
美寧はバン達へ深々と頭を下げた。
「どうも初めまして。いつも弟がお世話になっております。私、達斗の義理の姉で上総美寧と申します」
「あ、あぁ、こりゃご丁寧にどうも。所長の段田バンです。んで、こっちが助手の」
「遠山リサです、はじめまして」
美寧に釣られてバン達も畏まる。
「上総……」
伊江羅博士が意味深に呟く。
「どした?」
「いや、なんでもない。伊江羅だ」
伊江羅は軽く首を振って自己紹介を簡単に済ませた。
「……ん?そいや姉弟なのに達斗と苗字違うんだな」
伊江羅の呟きから一つの疑問点に気付いたのか、バンは何ともなしにそれを口にした。
「それは、ちょっと色々ありまして……」
「バン」
言いづらそうにする美寧から複雑な事情を察したリサがバンへ諌めるような視線を送る。
「あぁ悪い、詮索する気はないんだ。それより、なんで達斗のお姉さんがここへ?」
「それはもう……たっくんは私の大切な1人弟なので、普段何をしているのか姉として把握する義務があると思いまして。危ない事や怪しい事をしてないか心配ですし」
ニコニコとしているが、目が笑っていない。
「なにその[1人息子]みたいな言い方……別に変な事してるわけじゃないのに」
「はっはっは!弟想いの良いお姉さんじゃねぇか!」
ともすれば失礼なことを言っている美寧に対してバンは寛容に笑って答えた。その態度に毒気が抜けたのか、美寧の表情も柔らかくなる。
「……それと、たっくんお弁当を忘れちゃったみたいなので届けに来たんですよ」
「弁当?……あぁ、そういや昼時だもんな。なんだ、お前らここで食う気だったのか」
「別に、そういうわけじゃ……」
「俺も腹減ってきたし。せっかくだから食堂行って皆でメシ食おうぜ」
バンの提案で一同はラボの食堂へ向かった。
食堂の机いっぱいに美寧の作った弁当が広がる。
まるで運動会だ。
「たくさん作ったので良かったら皆さんも召し上がってください」
「いやぁ、なんか悪いねぇ。では遠慮なく」
バンは無遠慮におにぎりを掴んでかぶりつく。
「おっ、うんま!」
「バン、行儀悪いよ……」
「いやでもマジで美味いぜ!リサも食ってみろよ」
「まったくもう……じゃあ、いただきますね」
リサも遠慮がちに卵焼きを食べてみる。
「美味しい……口の中でふわっと甘味が広がって、それを仄かな塩加減が引き締めてくれる……」
リサは口を抑えながらその見事な味に感動した。
「ふむ、出汁の取り方に澱みが無いようだ。素材の旨みをよく引き出しているな」
伊江羅も絶賛している。
「お料理、上手なんだね」
「あ、ありがとうございます。お父さんとお母さんが飲食店を経営してるので、それでいろいろ教わりまして」
「へぇ〜、若いのに大したもんだ。そうだ、ウチの食堂で働いてみる気ないか?」
「バン」
「いや、冗談だって、ははは」
「さすが美寧さん!久々に食べたけどやっぱ美味いなぁ!こりゃ、この後の練習にも身が入るな、タツ!」
美寧の弁当にした舌鼓を打ちながら翔也は達斗へ話かける。
「……早くバトルしたかったのになぁ。別にわざわざお弁当持ってこなくたって……」
達斗はあからさまに不貞腐れながら料理を口に運んでいる。
「文句言ってる割にめちゃくちゃ食ってんじゃねぇか」
バンに突っ込まれて、達斗は頬を赤くしながら照れ隠しにブスッと答える。
「だって、美寧姉ぇのご飯美味しいから、つい食べ過ぎてバトルする時間が無くなるかもしれないし……」
「なんじゃそりゃ」
達斗の言い訳にもならない言い訳に一同和やかに笑った。
……。
…。
そして、昼食を終えてトレーニングするために練習場へ移動した。
当然美寧も見学するようだ。
「全力でやるぞ、タツ!」
「もちろん!!」
フィールドを挟んで対峙する達斗と翔也の姿を美寧はハラハラと心配そうに見守る。
(これがフリックスバトル……たっくん、本当に大丈夫なのかな……!)
「緊張、してるの?」
美寧の様子に気づいたリサが優しく声をかける。
「あ、はい。私フリックスバトル?を見るの初めてなので……」
「ふふ、そんなに怖いものじゃないから安心して」
「はい……」
安心させるように微笑むリサへ、美寧は頷いた。
そうこうしてるうちにバトルが始まる。
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
バキィィィ!!!
同時シュートの正面衝突で激しい衝撃波が巻き起こり、二機のフリックスが同時に場外する。
「くっ!」
「ぐぅぅ……同時自滅か……!」
「やるなタツ!どんどんシュートパワーが上がってる!」
「まだまだ!」
「「3.2.1.アクティブシュート!」」
バキィィィ!!
「「アクティブシュート!!」」
バゴォォ!!
「「シュート!!」」
バァァーーーン!!
2人ともシュートが乗ってるのか、アクティブシュートによる同時場外が連続で続く。
「っ!はぅっ!つうぅ……!」
そして、機体同士が激突するたびに、美寧はまるで自分が痛めつけてるかのように顔を顰めていた。
「だ、大丈夫?」
「うぅ、私戦いとか痛いのとか苦手なんです……」
「痛いって言ってもぶつかってるの機体なんだが……」
「わ、わかってますけど……」
「無理しないで良いからね。気分が悪くなったらすぐに言って」
リサはパイプ椅子を用意して美寧を座らせた。
「すみません……」
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
何度目かのアクティブシュート。
翔也は猛スピンでフィールド中央へ向かってシュート。
達斗はそれを避けるように奥へ向かってシュートした。
「避けたか」
「さすがに、ね」
達斗の先手。
未だにスピンを続けているエイペックスへ狙いを定める。
「エイペックスのスピンはまだ暫く止まらないぜ!」
「それでも狙ってやる……!」
グッ……!
達斗は指に力を込め、ジッとエイペックスへ目を凝らした。
ポゥ……!
エイペックスのボディに光の点が浮かぶ。しかし、スピンしているせいかそれは激しくブレ始めた。
(っ!これじゃ、ガイの時の同じ……!)
状況が違うとはいえ、光の点が安定していないという意味では同じだ。
(だからこそ、狙わなきゃ!!)
達斗はしっかりと狙いを定めてシュートを放つ。
バシュウウウウウ!!!!
しかし、何の打開策もなく放ったシュートが上手くいくはずもなく、アッサリとエイペックスの回転に弾かれて自滅してしまった。
バキィィィ!!!!
「あ、くそ……!」
上手くいかなくて思わず顔を背けた達斗。そして、その目線の先にある光景に気づいて思わず地面を蹴った。
「っ!」
一方の美寧は。
「っっっ!!!」
達斗の放ったシュートの衝撃波に耐えきれず、ショックで身体の力が抜けて椅子から滑り落ちそうになっていた。
「きゅ〜〜……!」
目を回しながら上半身が倒れていく。
「み、美寧ちゃん!?」
「おい……!」
ガシッ!
倒れそうになった美寧の上半身を達斗が支えた。
「……たっくん」
「美寧姉ぇ、大丈夫?」
「ごめんね、お姉ちゃん、たっくんの邪魔しちゃって……」
「そんなの良いよ。ちょっと休ませてもらおう」
「ベッドで横になった方が良いな。リサ、救護室まで案内してやってくれ」
「うん」
「あ、美寧姉ぇは僕が」
達斗が美寧を抱きかかえる。
「1人で大丈夫か?」
「重いもの持つのは慣れてるので」
「……お姉ちゃん重くないし」
美寧がポソっと文句を言う。
「ご、ごめん。美寧姉ぇくらいだったら全然軽いから……」
軽くフォローを入れつつ歩き出す。
「もぉ、たっくんの……いじわ……る……」
ガクッと美寧の身体から力が抜ける。
「っ!」
達斗は思わずよろけるがすぐに立て直す。
「おい、大丈夫か?」
「あ、いえ、美寧姉ぇ気絶しちゃったみたいで……すぐに戻ります」
達斗は美寧を救護室へ運びながら思った。
(美寧姉ぇが気絶した時、一瞬重みが変わった……力を入れてる時と抜いた時とじゃ、重心が変わるんだ。いつも運んでる料理と違って、人間の重心は常に変化する……もしかして、フリックスも同じなのかな?だとしたら、それを捉えるためには)
達斗が気絶した美寧を抱え続けていられたのは、美寧の様子の変化をしっかりと見て肌で感じていたからだ。
それならば、フリックスバトルにおいて相手の変化をより確実に捉える方法は……!
(そうか、そうなのか!もしかしたら、これなら……!)
まだモヤはかかってるが何か行先に光明が見えたような気がした。
「ありがとう、美寧姉ぇ」
達斗は気絶している美寧へこっそりと礼を言った。
美寧をベッドに寝かせて、達斗は練習場のフィールドに戻る。
「美寧さんは大丈夫そうか?」
「うん、リサさんがついてくれてるから。それより翔也、続きをしよう!」
「ああ!」
早速2人は機体をセットして構えた。
(まだ、ハッキリとはしないけど……!)
達斗の目線がいつもよりも下がる。
「?」
翔也は、達斗の先ほどとは違うシュートフォームに気付きながらもアクティブシュートの合図をする。
「「3.2.1.アクティブシュート!!」」
「いけ……!」
シュンッ!
シュートした瞬間、ヴァーテックスがまるで光になったかのように一瞬で加速し、いつの間にかエイペックスが場外していた。
「な……!」
「今のシュートは……達斗の奴、何やったんだ……!」
思いもよらない動きでエイペックスを撃沈したヴァーテックスに、一同騒然とした。
「タツ、今のは一体……!」
驚愕しながら問う翔也へ、達斗は精悍な表情で答えた。
「分からない。けど……」
達斗はヴァーテックスへ視線を落として言った。
「見つかるかもしれない……僕と、ヴァーテックスだけの……!」
つづく