第5話「陽気なパイロット」
金曜の夜。夕食を終えたソラはリビングでテレビを見ていた。
映し出されているのは、一週間前に隣町で開催されたC.F.O.大会のハイライトだった。
『決まったぁ!C.F.O.大会滞空部門の優勝者は、鷲宮俊平君だぁ!』
鷲宮俊平と呼ばれた少年がアップで映し出された。
『滞空部門は、C.F.O.をより長い時間飛ばすという忍耐力が必要とされる過酷な競技だが、彼はまさにブッちぎりの強さで優勝をもぎ取ったぞ!』
「ふ~ん、滞空競技……そういうのもあるのか」
テレビを眺めながら、ソラは呟いた。
「僕もちょっと練習してみようかな」
そして翌日。学校が休みなので、ソラは朝から近くの河原でC.F.O.の飛行練習をしていた。
「飛べ!ランサーファルコン!!」
シューターから解き放たれたランサーファルコンは、風に乗ってカッ飛んでいく。
が、ある程度飛んだところですぐに着陸してしまう。
「うーん、ランサーファルコンは飛行速度があるから、勢いで距離を稼げるけど、スピードが落ちるとすぐに失速するなぁ……」
ソラは頭を悩ませながらも主翼の調整をする。
「もう少し角度を緩めて、っと。このくらいかな……?」
セッティングを完了させて、シューターにランサーファルコンをセットした。
「テイクオフ!ランサーファルコン!!」
再び、ランサーファルコンは宙を舞った。
今度は先ほどよりも遠くへ飛んだ。
「よし」
ソラはランサーファルコンが着陸した場所へと歩む。
「角度調整はこれが限界かなぁ、これ以上弄るとバランス崩しそうだし」
ランサーファルコンを拾ったソラは一息つくようにその場に腰を降ろした。路面は芝生なので、汚れを気にする事はない。
「ふぅ、風気持ち良いな」
仰向けに倒れて、吹き抜ける風を感じる。
流れた汗が風に冷やされて心地良い。
目の前には快晴の空。このまま、眠ってしまおうか。
「……」
心地良さに身を委ね微睡んでいると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ハッと身体を起こした。
「おーい、ソラ君~!」
ソラは立ち上がり、声が聞こえる方へ向いた。そこには、鳥羽が少し息を切らしながらこちらに向かって走ってきているのが見えた。
「よかった、やっぱりここにいたんだね」
ソラの近くまでくると、鳥羽は息を整えてから言った。
「博士、どうしてここに?」
「いやぁ、ウチに電話したんだけど、留守だったからさ。ここなんじゃないかと思ってね」
この河原は初めて鳥羽とソラが出会った場所だ。ソラが家にいないとなると、鳥羽にとって心当たりはここくらいしかない。
「僕に、何か用事でも?」
「ああ、今から研究所に来られるかい?会わせたい子がいるんだ」
「会わせたいって……?」
「それは、来てのお楽しみさ。で、どうかな?」
「あぁ、はい。特に予定もないんで、大丈夫ですよ」
「よかった。じゃあ、向こうに車止めてあるから、それで行こう」
「はい」
博士の車に乗って、ソラは研究所へ向かった。
研究所に着くと、博士は早速研究所備え付けの飛行場へソラを案内した。
そこには、既に鋭一が待っていた。
「ちっ、お前も来たのかよ」
ソラを見るなり、鋭一はあからさまに舌打ちをした。
「鋭一……」
「で、博士!一体何の用なんだよ?急に呼び出して来て……」
「もう少し待ってくれ。そろそろ指定した時間だから」
博士がそういうので、ソラ達はしばらく待っていた。
そして数分後。
「こんにちはー!いやぁ、ここが研究所かぁ、凄いところですねぇ」
練習場の扉がガラリと開かれ、元気の良さそうな少年が入ってきた。
「あれ、どこかで……」
ソラは、この少年に見覚えがあったのだが、どこで見たのか思い出せない。
ソラが思い出そうとしていると、博士が少年の肩に手を置いて、口を開いた。
「紹介しよう、彼は鷲宮俊平君。新しく開発したC.F.O.、BR-3ストリームイーグルを託す事にした少年だ」
「なんだと……」
鋭一が小さく反応する。それは好意的なものではなかった。
「俊平君、この子達も君と同じように私の開発したC.F.O.を託した少年達だ。こっちが、天崎ソラ君。こっちが、鷹山鋭一君」
「鷲宮俊平だ。同じBRパイロット同士、よろしくぅ!」
「あ、うん。こちらこそ」
「けっ!」
俊平は明るい性格のようだ。
「まぁ、仲良くやってくれ。君達の活躍が今後のC.F.O.界に大きく貢献することになるかもしれないからね」
「わかってますよ、博士!どーんと俺らに任せてくださいって、なっはっは!」
俊平はあっけらかんと笑った。
(やっぱり、どこかで見たことがあるんだよなぁ……)
ソラはまだ思い出せないでいた。
「けっ、ヘラヘラしやがって。大体、なんでこんな奴にBRシリーズを渡したんだよ?」
早速鋭一が食って掛かった。
「鋭一君、それは……」
博士の言葉を遮るようにソラが叫んだ。
「あ、思い出した!鷲宮俊平っていったら、確かこの間のC.F.O.滞空部門の優勝者の……!」
「そう、あの大会のあと声をかけたんだ」
「へぇ、俺の事知ってたんだ」
「うん、昨日たまたまテレビで見たのを思い出したんだ」
「いやぁ、なんか照れるな~!俺もとうとう有名人って事かぁ!」
俊平は、へらへら笑いながら後頭部に右手をあてた。
「ふざけんなっ、たかだか滞空部門で優勝した程度で認められるか!」
鋭一が吠えた。
「鋭一君……」
「俺と勝負しろ!俺が勝ったら、BRシリーズを渡してもらう!」
鋭一は、ハンターホークを突きつけながら俊平に勝負を挑んだ。
「ま、またそんな事言って……!」
「へぇ、それが鋭一のC.F.O.かぁ!面白い、受けて立つぜ!」
俊平は軽く受けて立った。
「え、良いの?だって、負けたらせっかく貰ったC.F.O.が……」
心配するソラに対し、俊平は屈託のない笑顔を向けた。
「パイロットとして、C.F.O.バトルからは逃げられないさ!それに君達のC.F.O.とは戦いたいって思ってたしね!」
「けっ、後悔すんなよ!」
「ワクワクならしてるよ!楽しみだなぁ!」
「ちっ、調子狂う奴だな……」
「それで、ルールはどうする?」
「お前お得意の滞空競技でいいぜ。せっかく挑戦を受けてくれたんだしな」
やはりこういうとこは律儀である。
「オッケー!じゃあ、同時にC.F.O.を飛ばして、より長く飛んでいた方の勝ちだ!」
「は、博士、いいんでしょうか?僕だけじゃなく、俊平にまであんな事を……」
「うーむ、こうなったらもうパイロット同士の問題だからな……」
あくまでオブザーバーである鳥羽は口出しが出来ない。
「さぁ、始めようぜ!」
そうこうしているうちに、二人とも準備完了していた。
「あぁ、準備OKだ!」
俊平は、ストリームイーグルをシューターにセットして構えた。
(けっ、何が滞空勝負だ。そんなもの、ストーキングチェイサーでブッ飛ばせば良いだけの話。楽勝だぜ!)
鋭一もハンターホークを構えた。
「じゃあ、行くぜ!テイクオフ!!」
「風に乗れ!ストリームイーグル!!」
「ブチのめせ!ハンターホーク!!」
二台のC.F.O.が宙を舞う。
「初っ端から決めるぜ!ストーキング……なにぃ!?」
ハンターホークは、技の体制に入るためにストリームイーグルのスリップに入ろうとした。が、あっさりと追い抜いてしまった。
「お、遅すぎて、スリップにつけねぇ!」
「滞空競技は、ただ飛べばいいわけじゃない。相手とぶつからないようにする事もテクニックさ!」
「でも、どうやって、あんな遅い速度でテイクオフ出来たんだろう?」
ソラの疑問に鳥羽が答えた。
「テイクオフの瞬間、腕を引いたんだ。それで、初速を抑える事が出来たんだ」
「なるほど……」
「ちっ、こざかしい真似を……!だがなぁ、C.F.O.の揚力は速度に比例する!そんなスピードじゃ、あっという間に墜落だぜ!」
「へへっ、ストリームイーグルはそんなやわなC.F.O.じゃないぜ!」
「な、なんだとぉ……!」
俊平の言うとおり、ストリームイーグルは低速なのに全然高度が落ちない。
「ストリームイーグルの主翼は楕円翼!だから、低速時の安定性が高くて、滞空力がある!そう簡単には失速しないぜ!」
「くっ!」
対するハンターホークは前進翼。速度が落ちればすぐに失速する。
「ま、まだだ!速度がある分こっちの有利は変わらない!奴の速度が尽きるまで飛び続けろ!!」
鋭一は必死にハンターホークに気合いを込める。
「ははは!やっぱり楽しいなぁ、C.F.O.は!!ひゃっほーい!!」
死に物狂いな鋭一に対して、俊平は心底このバトルを楽しんでいるようだ。
「負けるな……!負けるんじゃねぇ!ハンターホーク!!」
「さぁ、そろそろいっくぞ!」
ストリームイーグルの軌道が僅かに変化する。
(な、なんだ?)
ソラはそれに気付いたようだ。
「踊れ!エアリアルダンス!!」
ストリームイーグルは、トンビのように大きく旋回しながら徐々に上昇していった。
「な、なんだとぉ!?」
「ぐるぐる旋回する事で、更に滞空時間を稼いでいるのか!」
「そのとーり!さぁ、もっと舞え!ストリームイーグル!!」
俊平の掛け声に応えるように、ストリームイーグルの飛行は更に安定度を増していく。
「ぐぐ、ハンターホーク!!」
一方のハンターホークは、まっすぐ飛び続けたせいで、そのまま壁に激突して、墜落してしまった。
「ば、かな……」
鋭一は、呆然とへたり込んだ。
「へへっ、俺の勝ちだな!」
そんな鋭一へ、ハンターホークを拾って来た俊平は、ハンターホークを手渡す。
呆然としながらも受け取った鋭一だが、覇気がない。
「いいバトルだったな!またやろうぜ!」
俊平はさわやかに言うと握手を求めるように手を差し出した。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおお!!!!」
しかし、鋭一はその手を無視し、叫びながら去っていった。
「鋭一……」
ソラは、そんな鋭一の背中を見ながら複雑な気持ちになった。
一方の俊平は、不思議そうに後頭部を掻きながら。
「あれぇ、俺なんかマズイ事言っちゃったかな?」
と、呟いた。
「……」
その言葉に、ソラは閉口する。
(し、俊平ってもしかして、ものすごい鈍感……?)
鋭一の勝負を受けたのも、提示された条件を理解してなかったからなのかもしれない。
そう思ったら、なんだか少し頭が痛くなったソラだった。
つづく
次回予告