【やや18禁小説】お魚さんの中で

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ホビー物しか書けないわけじゃないんだぜ!って事で、なんとなく昔mixiで掲載していた小説をアップしてみたりw

描写が拙いのは勘弁してくださいww

あと、登場人物の名前がどこかで聞いた事があるって人は僕とお友達になりましょう!!!



注)やや性的な描写が含まれます。18歳未満の閲覧をご遠慮ください





















 「お魚さんの中で」
 
 
 俺は、可愛い彼女と付き合っている。
 そう、俺には勿体無いほどの……。
 
 11月中旬。
 辺りの木々は赤く染まり、そろそろ冬の寒さが顔を出してくるこの時期。
 俺は、本日の講義を終えて、校舎を出た。冷たい外気に触れて、思わず肩をすくめる。
「寒いな……」
 トレーナーにパーカーを羽織っただけの自分の姿を見ながら、もう少し厚着してくれば良かったと後悔する。
 自分の息で両手を暖めながら、俺は校門へと歩いた。
 
 俺の視線は校門のすぐ横にある大きな時計台の下に向かう。
 そこには、舞い落ちる落ち葉と共に、厚手のコートにマフラーをつけた20歳前後の女の子が、白い息を吐きながら立っていた。
「あ、健ちゃ~ん!」
 女の子は、俺の姿を確認すると嬉しそうに手を振ってきた。
「おう」
 俺は、ニヤつきそうになる顔を無理矢理引き締めて、片手を上げて軽く返事をした。
 男は、簡単にはしゃいじゃいけない。クールであるべき。それが、俺の信条だ。
 
「悪かったな、ほたる。遅くなって。寒かっただろ?」
 女の子……ほたるは、気遣ってくれた事に対して顔を綻ばせながら首を振る。
「ううん。ほたるは全然平気だよ!健ちゃんに会えたから」
 なかなか嬉しい事を言ってくれる。
「そうか、そりゃよかった」
 でも、それは顔に出さない。
「それより、健ちゃんの方が寒そうだよ~」
「……」
 う~む、見抜かれていたか。
 なるべく表に出さないようにしてたんだが。
「あぁ、予報ではあったかくなるって言ってたんだが、薄着にして失敗だったな」
 俺は、困ったように笑うとほたるは甘えるような声を出して。
「でもぉ~」
 そして、ピトッと俺の右手に自分の体を絡みつかせ、密着する。
「こうすれば、あったかいよ♪」
「……」
 顔に出さない!顔に出さないぞぉぉ!!
 ほんとは、すっごく嬉しくて小躍りしたい気分なんだが、でもクールに行くぜ!
「ったく、いいから行くぞ」
「うん♪」
 
 俺の名前は、稲川健。
 ごく普通の大学2年生だ。
 彼女、白石ほたるとは、3ヶ月前から恋人として付き合っている。
 
 合コンでほたると知り合い、その場で告白され、今にいたっている。
 正直、容姿も勉強も運動も稀なこの俺のどこに惹かれたのかさっぱり分からないが。
 彼女曰く
 『健ちゃんはぁ、健ちゃんだから好きになったの♪』
 と、余計にわけが分からない。
 まぁ、可愛いからなんでもいいのだ。
 
 俺とほたるは、腕を組みながら落ち葉の舞う並木道を歩く。
 ここまで密着すれば、普通は周りから変な視線を受けう事になるのだが、そこは大学近くの道。
 俺たちと同じようなカップルは何組といるので、全く問題にならない。
「で、これからどこ行く?また、ショッピングか?」
「ん~、それもいいんだけどぉ」
 ほたるが、考える素振りをする。
 少し意外だった。
 大学が終わってからの二人のデートコースは、大体商店街のショッピングモールを冷やかすものと決まっていたからだ。
 さすがに3ヶ月間同じ事を繰り返していたから、飽きたのかな?
 
「健ちゃんのお部屋、行ってみたいな♪」
「え?」
 不意をつかれたように、俺は間抜けな声を出してしまった。
「何気に今まで健ちゃんのお部屋に行った事なかったもんねえ。彼女さんとして、彼氏さんのお部屋には興味があるよ!うん!!」
「……」
 俺の、部屋……か。
 ほたるが、どんな意図でそれを口にしたのかは分からない。
 いや、深い意図なんて無いのかもしれない。単なる気まぐれで。
 でも、男として、なんとなく期待してしまう。
 3ヶ月と言う期間恋人として付き合っていながら、まだキスから先にはハッテンしていない。
 そろそろ、良いんじゃないだろうか……なんて、淡い期待が
「健ちゃん?」
「おわっ!」
 ピンクな妄想のせいで、ほたるが覗き込んでいる事に気付かなかった。
「もしかして、都合が悪いの?……あ、そっか。健ちゃんも男の子だもんね、いきなり女の子に押しかけられたらまずいよね。いろいろ、片付けなきゃいけないだろうし」
 うお、なんか勝手に変な勘違いしてるぞ!?
「いや、んな事はない!いつもと違う事言い出したから少しビックリしただけだ。俺の方は全然問題ない」
 しどろもどろになりながらも、なんとかクールにこたえる事ができた。
「じゃあ、いいの?」
 ほたるの目が、期待に輝く。
 あぁ、この目には逆らえない。
「ん、いいぜ」
 俺は、照れ隠しのために目線を外しながら答えた。
 
 大学に通うようになってから、俺は実家を離れて古びた木造アパートで一人暮らしをしている
 別に実家からでも通える距離なのだが、なんとなく親元から離れたくて、安いアパートを借りて生活費と家賃くらいはバイト代で稼いで自分の力だけで生きようと思ったのだ。
「ここが健ちゃんの住んでるアパートかぁ」
「オンボロアパートだろ。まっ、周りが静かなのだけが取り柄だな」
「ううん、凄くいい所だと思うよ。私は、好きだな」
 本心なのか、気を使ってなのか、ほたるはこのオンボロアパートを見ても否定的な事を言わない。
 思えば、ほたるは俺の事を否定した事は一度も無かった。
 何をしても全て肯定してくれる。
 俺の全てを、受け入れてくれる……。
 こういうのを、理想の彼女って言うのだろうか?
 
 俺の部屋は203号室だ。
 少し急な階段を上がって、部屋に入る。
 木造の独特の匂いが、鼻に付く。
「健ちゃんの匂いだね」
 ほたるが言った。
「んにゃ、これは楠の匂い」
「楠?」
「あぁ、アパートの隣に生えてる木だよ。このアパートの木材も、楠が使われてるらしい」
「へぇ~」
 ほたるは、改めてスンスンと匂いをかぐ。
「それじゃ、健ちゃんの匂いは楠の匂いだね」
「え?」
「だって、この匂い、健ちゃんの匂いと同じだもん」
「……」
 まぁ、そりゃそうか。ここにずっと住んでいればその住処の匂いが体に染み付く。
 しかし、ほたるの奴、俺の匂いなんか気にしてたのか……まぁ、悪い意味じゃなくてよかったけど。
 
 それから、しばらくはまったりと過ごした。
 冷蔵庫から取り出したお茶を飲みながら、取りとめの無い話を続ける。
 
 互いのキャンパスライフの事。
 友人関係の事。
 将来の事。
 
 話題は尽きる事無く、談笑は続いた。
 俺は、この何気ない時間が好きだった。
 
「ねぇ、健ちゃん」
 何時間たっただろうか?
 そろそろ日が傾き始めた頃、ほたるが少し鼻のかかった甘い声を出して、床に下ろしている僕の右手に左手を重ねてきた。
「ほたる?」
 その行動の真意が咄嗟に理解出来ず、僕はドギマギしてしまう。
「……」
 しかし、それ以上ほたるは何も言わないし、何もして来ない。
 ただ少しだけ、頬が赤く染まっているような気がする。
 これは、夕日のせいか?それとも……。
 
「健ちゃん……」
 再び、ほたるは呟いた。
 あぁ、今度こそ俺はほたるの気持ちを理解した。
 いや、本当にそうなのかは分からない。
 自分の願望を、都合よく解釈しているだけなのかもしれない。
 でも、もう、止まらなかった。
 例え間違いだとしても、もう、引き返すことは出来ない。
 
 ほたるの赤らめた頬は、きっと火種だ。
 その火種が、俺の心を燃やす。
 燃え出した心は、簡単には消えてくれない。
 
「ほたる……!」
 俺は、右手に重なっているほたるの左手を硬く握り締め、左手でほたるの肩を抱いた。
 ほたるは、抵抗しない。
 そして、ゆっくりと目を閉じた。
 俺は、吸い込まれるように、そのみずみずしい唇に、唇を重ねた。
 唇が触れる瞬間、吐息が漏れた。
 くすぐったかった。
 暖かかった。
 
 貪るように、何度も唇を合わせた。
 舌を絡ませた。
 混ざる、混ざり合う。
 互いが、互いを咀嚼しあう。
 互いが、互いを貪り食う。
 互いが、互いを……。
 
 気が付くと、俺の右手は何か柔らかいものに触れていた。
 いや、触れていた、なんて生易しいものじゃない。
 掴み、揉みしだいていた。
 強弱をつけて、ゆっくりと、舐めるように。
 その度に、ほたるの口から息が漏れる。
 
 邪魔だった。
 柔らかいそれと、自分の手を阻んでいるものが邪魔だった。
 だから、それを剥ぐ。
 白い肌が露になる。
 ほたるは、少し恥ずかしそうに身をよじった。
 だが、止まらない。
 俺は、ほたるの動きに構わず、その邪魔なものを全て剥ぎ取った。
 
 まるで、マシュマロのような白い肌。
 形のいい二つのふくらみの頂点には、ピンク色の突起。
 それが、あまりにもキレイだったから。
 高ぶった心の炎が、少しだけ小さくなっていった。
 
 俺は、何やってるんだ?
 このまま、勢いに任せてもいいのか?
 
 しかし、僅かに残った理性は、ほたるの一言によって崩壊した。
 
 
「……いいよ」
 
 
 頭の中がスパークした。
 何も考えられない。
 何も見えない。
 ただ、求めるままに求めた。
 ただ、重ねるままに重ねた。
 ただ、触れるままに触れた。
 ただ、ただ、欲望の塊を、ぶちまけた。 
 
 
 しばらくして、呆然としていた頭に意識が戻る。
 俺とほたるは、生まれたままの姿で、畳の上に抱き合ったまま横になっていた。
 
 激しい行為によって、俺の分身はとっくに萎えている。
 しかし、にもかかわらず何かを求めようと、それはほたるの割れ目にくっついたままだった。
 
「ほたる……」
 俺は、横にいるほたるの頭を撫でた。
 愛おしい。
 ほたるが、愛おしい。
 俺は、彼女に全てを捧げたい。
 
 それは、彼女も同じ思いだったようだ。
 恍惚とした顔で、ほたるは俺と目を合わせ、そして……。
 
「もっと……」
 と言った。
「え?」
 てっきり、俺と同じように性欲は萎えてるものと思っていたが、ほたるはまだ俺を求めていた。
「もっと、欲しい」
「……」
 ほたるが、キツく俺を抱きしめる。
 そして、自分の女性器を俺の男性器に押し付ける。
 もう、とっくに力を失っていると言うのに、こすり付けてくる。
「ちょっ、もう無理だよ……!」
「もっと、もっと……!」
 しつこく、しつこく、擦り付ける。
 そんな事をしても、もう何にもならないのに。
 
 彼女は、求めてくる、求めてくる。永遠に、永遠に。
 
「ほ、ほたる……!」
「健ちゃんは、私のもの、ずっと私のもの。健ちゃんは私の一部になるの……!」
「ほた……!」
 言葉が出なかった。
 唇を、唇で塞がれた。
 下でつながれないなら、上で繋がろうと言うのか。
 ほたるの舌が俺の口の中に侵入し、激しく動き回る。
 その動きは、まるで破壊の限りを尽くす伝説の龍のようだ。
 
「いたっ!」
 あまりにも激しく動かれたせいか。
 俺の下唇が、ほたるの歯に当たり、切れてしまった。
 赤い血が流れる。
「あ、ごめん!健ちゃん!」
 ほたるは我に返り、焦ったように謝る。
「い、いや」
「すぐに、消毒しなきゃ……!」
 言って、ほたるは血の流れる僕の唇を舐める。
 舐める。舐める。舐める。舐める。
 次第に、その行為はエスカレートしていき。
 傷口に唇を当て、血を吸い始めた。
 
「っ!」
 これは、なんだ?
 違うだろ、消毒の為に舐めてるんじゃないだろ?
 まるで、俺の血を飲みたいだけみたいな……。
 
 いや、そうなのか?
 ほたるは、俺の血が……俺の一部を体の中に取り込みたい?
 そうする事で、俺と一つになりたいと……。
 
「健ちゃん……健ちゃん……!」
「……!」
 ほたると目が合う
 
 戦慄した。
 さっきまで感じていた彼女に対する愛しさが、全て恐怖へと変換されるほどに。
 
 俺は、彼女を求めた。
 彼女も、俺を求めた。
 
 だけど、俺の彼女を求める力と
 彼女の、俺を求める力は、あまりにも違いすぎる。
 
 俺は、ただ、恋人として、ほたるを求めていただけだった。
 だけど、ほたるは、違う……。それ以上のものを求めている。
 人間としての当たり前の関係以上の繋がりを求めている。
 
 ほたるの目は、まるで獲物を狙う野獣そのものだった。
 ほたるは、真の意味で俺と一体になりたがっているのだ。
 
 俺は、俺はそこまでほたるを求める事は、出来ない……!
 
「ヤメロ!!」
 俺は、力いっぱいほたるを突き放した。
「え」
 畳を転がり、壁にぶつかったほたるは、呆然と俺を眺める。
「健、ちゃん……?」
 訳が分からないと言う顔。
 ほたるは、本気で、自分が求めているものと同じものを、俺が求めていると思っているのだ。
 
 俺は服を羽織ってこれ以上行為をするつもりは無いと意志表示して
 ほたるに服を渡して着る事を促すと、冷たく言い放った。
「悪いけど、今日のところは帰ってくれ」
「健ちゃん?」
 ほたるは、ショックを受けながらも、服を着て立ち上がり、俺にすがってきた。
「どうしたの、健ちゃん?ほたる、何か悪い事した?」
「……」
 答えてやることは出来ない。
 ほたるは、悪気があったわけじゃない。
 だから、多分何を言っても無駄だ。
 
 そう、誰が悪いわけでもない。
 これは、単なる価値観の相違。
 だけど、ほたるの持ってる価値観は、常人のものじゃない。
 
「ねえ、何か言ってよ!何が悪かったの?キス?胸?抱きしめ方?舌の使い方?それとも、ほたるの体じゃ満足できなかった?」
「そうじゃない!!」
 あまりにもしつこく言い寄ってくるほたるに、俺は怒鳴ってしまった。
「っ!」
 ほたるは、ビクッと体を震わせて、それ以上何も言わなくなった。
「ごめん、ね……」
 泣きそうな声でそれだけ言うと、静かに部屋を出て行った。
 
 
 しばらくは、ほたるに会わないようにしよう。
  
 
 そう、心に決めたのだった。
 とは言え、何も言わずに無視するのはフェアじゃない。
 だから、メールを送った。
 
 『しばらく、距離を置こう』
 
 返事は簡素なものだった。
 
 『いや』
 
 俺は、返信しなかった。
 
 それから、俺は意図的にほたるを無視した。
 校門で待っている姿を見かけたらすぐに方向転換して裏口に向かったり。
 部屋の前で待っているようだったら、数日間友人の家に上がりこんで様子を見た。
 部屋にいるときに訪れてこようもんなら、居留守を使った。
 電話は、全て無視した。
 
 メールがたくさん来た。
 最初のうちは
 
 『どうして避けるの?酷いよ』とか
 『健ちゃん、私の事嫌いになっちゃった?』とか
 
 俺の行動を非難するものばかりだった。
 むしろ、その方が当たり前で。
 俺としては、それがほたるから理性を汲み取れる唯一の要素であった。
 
 しかし、徐々にメールの内容が変化する。
 
 『健ちゃん、昨日のデート楽しかったね♪健ちゃんに買ってもらったブレスレット、一生大事にするよ!』
 『今日、大学の講義大変だったけど、健ちゃんとお話してたら疲れも吹っ飛んじゃったよ』
 『健ちゃん、今日のお弁当どうだった?おいしかった?』
 
 もちろん、そんな事をした覚えは無い。
 俺は、変わらずにほたるを無視している。
 だというのに、ほたるのメールは、まるで無視する前の俺とほたるとの関係ならばありえたであろう出来事を綴っている。
 
 やはり、正解だった。
 突き放して、正解だった。
 あのまま付き合っていたら、きっと、俺は……!
 
 でも、きっとこのままじゃまだ危ない。
 だって、あいつと俺はまだ恋人同士だから。
 あいつはまだ、俺に愛されてると思っているから。
 全てを終わらせなければ。
 
 恐らく、口で言っても分からないし、もっと暴走を招くだけだ。
 だから、方法は一つしかない。
 
 俺は、意を決して、ほたるにこれが最後になるであろうメールを送った。
 
 
 日曜日。
 俺とほたるは、とある岬に立っていた。
「健ちゃんとデート♪健ちゃんとデート♪嬉しいな♪」
 強い風に長い髪をなびかせながら、ほたるは本当に嬉しそうに小躍りしている。
 
 俺が、誘ったのだ。この岬に。
 いつかほたるが行きたいと言っていた岬に。
 全ての、決着をつけるために
 
「健ちゃんとは毎日デートしてるけど、なんでかな?なんだか凄く久しぶりに健ちゃんと会うような気がするよ」
 
 気がするんじゃなくて、本当に久しぶりなんだよ。この妄想癖が。
 今の俺にとって、ほたるは悪態をつく対象にしかならなかった。
 全ての振る舞いが、本当に疎ましい。
 
「うわぁ、いい景色だねぇ~!」
 ほたるは、なびく髪を押さえながら、崖の先に立つ。
「波が凄いよ~!ほらぁ、健ちゃんもおいでよ~!!」
 身を乗り出して、海を眺めながら俺を呼ぶ。
「あ、あぁ」
 ごくりと、生唾を飲んだ。
 千載一遇の、チャンス。
 やるなら、今しかない。
 
 だが、本当に良いのか?
 こんな事で、俺は……。
 僅かに残った良心が囁きかける。
 
「……あの波とあの岩って、私と健ちゃんみたいだよね」
 ふいに、ほたるの呟きが風に乗って聞こえてきた。
「波は、私。岩は、健ちゃん。私は、あの波のように健ちゃんに抱かれるの。何度も何度もぶつかって、受け止めてもらうの。私と健ちゃんは、ずっと一緒。離れても、またすぐにくっ付くの。これは、運命なんだよね」
「……!」
 その言葉を聞いて、俺の理性の箍が外れた。
 
 この期に及んで何を言っているんだこの女は。
 今から俺とお前は、永遠に別れるのだ。
 二度と会う事は無い。
 二度と触れ合うことは無い。
 
 あの波と岩のように、何度も何度もぶつかり合う事は、決してないのだ。
 
 俺は、地面を蹴って走り出した。
 そのスピードは、駆け寄るためのものではない。
 俺の異様な雰囲気を察したのか、ほたるが振り返る。
 その表情は、驚愕に満ちていた。
 だが、もう遅い。
 俺は、勢いに任せてほたるの胸を思い切り突き飛ばした。
 
 ほたるの体が傾く。
 海を背に向け、そのまま仰向けに倒れていく。
 
 これで、終わる。
 全てが、終わる。
 さよならだ……!
 
 しかし、その刹那。
 ほたるの体が完全に崖に吸い込まれていくその直前。
 ほたると目が合った。
 
「っ!」
 その時の表情が、俺の脳に焼き付けられる。
 恐怖、怒り、驚愕、恨み、憎しみ……そんなものは一切なかった。
 ただ、穏かに、そして嬉しそうに、微笑んだのだ。
 そして、ゆっくりと口が動いた。何も聞こえなかったが、確かにほたるは何かを言っていた。
 
 だが、今となってはその真意は分からない。
 ほたるの体は、断崖絶壁の荒波の中に飲み込まれてしまったから。
 
 
「終わった……」
 俺は全身の力が抜け、膝を突いた。
 
 いや、まだ終わりじゃない。
 後始末が必要だ。
 
 俺は、体にムチをうち、ケータイを取り出した。
 そして、警察とレスキュー隊に電話をした。
 
 『恋人が、足を滑らせて崖から落ちてしまった。助けて欲しい。場所は……』
 
 震える声でそれだけ伝えた。
 
 
 その後も、俺は事故で恋人を失った悲劇の主人公を演じ続けた。
 いや、演技ではない。
 ほたるの独占欲に対する精神的恐怖の後遺症、そして人を殺めてしまった罪悪感は俺の精神を蝕み、結果的に『恋人を失った悲劇の主人公』として周りに映ったに過ぎない。
 だが、それはそれで都合が良かった。
 誰も、俺に殺人の容疑をかけるものはいなかった。
 
 
 心の傷は、時間がゆっくりと癒してくれた。
 
 
 数年後、俺は無事就職し、職場恋愛の末結婚した。
 
「ただいま~」
 結婚と同時に購入した新居の玄関に上がる。
 と、同時にエプロン姿の俺の妻が出迎えてくれる。
「あ、おかえり。早かったねぇ」
「ああ、なんとか定時にあがれた」
「全く、家買ったばかりで余裕ないんだから、少しは残業してくれた方が家計的に助かるんだけどな~」
「おいおい、折角早く仕事終わらせた夫にその言い草はないだろ~!」
「ふふ、冗談よ、冗談。さ、早く上がって夕飯出来てるよ」
 
 妻は、ほたるとは違ったタイプの女性だった。
 よく冗談を言うし、自分の時間を大事にして、俺を突き放す事も多い。
 でも、俺にとってはそれが新鮮で、ありがたかった。
 
「おっ、今日は刺身かぁ。豪華だな!」
 テーブルの上に置かれている色とりどりの魚の切り身が、なんとも食欲をそそる。
「でもお前いつも家計家計ってうるさいのに、随分奮発したじゃないか」
「ふふふ、なんでか知らないけど。一パックだけ物凄い安いのがあってね、運よく手に入れられたんだ」
「っておい、それなんか危ないんじゃないか?(汗)」
「大丈夫よ。消費期限も普通だし、見た目も悪くないし。単なる店員の気まぐれでしょ」
「……まぁ、いいけど」
 怪訝に想いながらも、俺は赤身に口を付ける。
 
 うん、美味い。
 変に勘ぐるよりは、素直に夕飯を楽しもう。
 そう想いなおして、俺はもう一口食べる。
 
「ん?」
 変な味がした。
「どうしたん?」
「いや……」
 
 ゆっくりかみ締める。
 魚の生臭さの中に、別の味がある。
 調味料かなにかか?
「お前、これ、何か手を加えたか?」
「ん?別に何もしてないけど」
「じゃ、醤油かな……」
 試しに、醤油をつけずにもう一口食べてみた。
 
 ……やはり、味がおかしい。
 メインの味は刺身そのものなんだが、隠し味とでも言うのか。
 かみ締めるたびに、仄かにしょっぱいと言うか、甘いと言うか、何か違う味がする……。
 
「っ!」
 ふいに、ほたるの顔が脳裏に浮かんだ。
 何故……。
 脳裏に浮かんだ映像は、とめどなく流れる。
 
 互いに貪るように交わした、激しい口付けの様子が。
 
「……」
 これは、この味は……ほたるの……味……?
 
「ど、どうしたのよ震えちゃって、大丈夫?!」
「い、いや、なんでもない」
 言って、俺は箸を置いた。
「悪い、少し疲れてるみたいだ。もう寝るよ」
「……」
 ゆっくり立ち去る俺を、妻はただ黙って見送った。
 
 
 重なる。
 重なる。
 俺の体に、ほたるの体が覆いかぶさり、重なる。
 
 そして、重なった体は、徐々に、融合していく。
 手も、足も、胴体も、頭も……。
 少しずつ、少しずつ、一つになっていく。
 
 俺は、動けない。
 何も出来ない。
 ただ、恐怖に耐えながら、その様子を見ている事しか出来ない。
 
 完全に、ほたるが俺の体の中に入っていった。
 そして、聞こえる、ほたるの甘い声。
 
「健ちゃん……」
 これは、どこから聞こえてくる?
「健ちゃん……」
 体の中から響いてくる。
 でも、脳に直接語りかけるようなものではない。
 体のどこかから鳴り響き、それが耳に入っている。
「健ちゃん……」
 俺は、ゆっくりと自分の体を見下ろした。
「あぁ、ああああ!!」
 震えている。
「健ちゃん」
 あいつが声を発するたびに、俺の腹が、胃が、震えている。
 
「お前は、そこにいるのか……!」
 
 
 目を開けた時、天井が視界に映った。
 俺は、ベッドの上に横たわり、汗だくになっていた。
「夢……」
 だがなんだ、あのリアルな感触は。
 俺は、自分の腹に手を当てる。
「うっ!」
 
 確信した!
 今こそ俺は、確信した。
 こいつは、俺の腹の中にいる。
 
 あの魚!
 あの魚からしたほたるの味!!
 
 まさか、あの時、突き落とされたほたるは、魚のエサになって。
 その魚が、ほたるの意志を孕んだまま市場に売られ、今俺の中に……。
 
「うっ!うううううう!!!」
 俺は、口元を押さえて洗面所へと駆け込んだ。
 そして、胃の中にあるものを全てぶちまけた。
 
「うぇぇぇぇぇぇ!!!」
 濁った黄緑色のような、独特の色をした液体が口からあふれ出る。
 あっという間に、洗面所は、胃の中のものでいっぱいになる。
 水道を全開に捻っても、流れない。
 だが、足りない。まだ出し足りない。
「げぇぇぇぇぇぇ!!!」
 まだ、残ってる。ほたるの細胞は、俺の腹の中に残ってる。
 全部出さなきゃ!全部!全部!全部!!
「うぇぇ、ゲホッ!ゴホッ!!」
 出すものがないのにまだ出そうとするから、胃が痙攣する。
 もう出せないのか!?何も出せないのか!?
 でも、でも、ほたるはまだ俺の中にいる!!
 まだいるのになんで出せない?!
 
「ゲホッ!はぁ……はぁ……」
 
 あぁ、もう遅いのか。
 俺の食べた魚は、ほたるは、既に俺の体に吸収されて、俺の細胞と結合してしまったのか……。
 
 顔をあげる。
 鏡に映ったのは、げっそりとした俺の顔。
 それが、ほたるが最後に見せたあの不気味な微笑みと重なる。
 
「っ!」
 
 そして、そのほたるの口がゆっくりと動き……。
 
 あぁ、今こそ理解した。
 今こそ聞こえた。
 あの時、ほたるが何を言っていたか。
 
 
 
『これで、一つになれるね。健ちゃん……』
 
 
 
      完
 
 
 
 

 

 




【やや18禁小説】お魚さんの中で」への2件のフィードバック

  1. かめワイ

    SECRET: 0
    PASS:
    どーせ途中からカブトボーグ節の電波小説なんだろうななんて思ってすいません。普通に見入ってしまいました・・・!

    返信

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