第5話「謎の組織 遠山フリッカーズスクール」
夕暮れに照らされた河川敷。
リサを襲っていた謎の黒服の男を撃破したバンは、リサと二人っきりになる。
「さて、っと」
少しの間気まずい空気が流れていたが、バンがやや強引に口を開く。
「邪魔者もいなくなった事だし。リサ、勝負しようぜ!」
ドライブヴィクターを突き出して、バトルを申し込む。
「今度は負けねぇからな!」
しかし、リサは反応が無い。呆然と虚空を見つめたまま、直立している。
「……」
せっかく、強引に気合いを入れたのに、出鼻を挫かれてしまい、バンは更に居心地の悪さを感じる。
「き、聞いてんのかよ、おい……」
と、肩に手を置こうとした瞬間。
「うっ、うぅ……」
リサの肩が震え、瞳から大粒の涙が零れ始めた。
「うぇ!?」
思わぬ反応に、バンは仰け反ってしまった。
「うぅ、ひっく……ひっく……」
声を押し殺しながら、リサは泣き続ける。
「あ、えっと……」
バンは、どうしていいのか分からず後頭部を掻いた。
……。
………。
そして、夜。
街灯に照らされた住宅街の路地を、中年の男、バンの父が歩いていた。
父は、『段田』と書かれた表札の門をくぐり、扉を開ける。
「うぉ~い、バン今帰ったぞ~!」
玄関から、息子の名を叫ぶ。
しかし、反応が遅い。
「う、うん、おかえり」
しばらくすると、台所からひょっこりとバンが顔を出し、ぎこちない足取りでやってきた。
「どうしたんだ、お前?なんか様子が変だが」
「いや、なんでもない、んだけどさ」
「?」
バンの口調がどうもおかしい。何か言いづらい事があるようで、父は首をかしげた。
「あのさ、父ちゃん。ちょっと相談があるんだけど」
ほらきた。やはり何か言いにくい相談事があったらしい。
まぁ、父として器の広いところを見せてやら無いとな、と父は寛大に覚悟した。
「なんだ、捨て猫でも拾ったのか?まぁ、ちゃんと世話が出来るってんなら……」
「いや、猫じゃないんだけどさ……」
「じゃあ、捨て犬か?それとも捨て河童か?捨てネッシーか?捨てモケーレ・ムベンベか?」
「さ、最後のはちょっとよく分からないけど、そういうのじゃないんだ」
UMA捨てる奴なんかいねぇだろ。
「??」
「いいから、ちょっと来て」
言葉じゃ要領を得ないので、バンは父を台所まで連れて行った。
台所では、リサがチョコンとテーブルについていた。
チラッと上目遣いで父を一瞥し、小さく頭を下げた。
「……」
対する父は、顎が外れんばかりに口を開けたまま、呆然としていた。
「この、子なんだけどさ」
「す……」
頭の中で状況が整理できたのか、父の口が動く。
「捨て女の子は想定外過ぎるだろおおおおおおお!!!!」
「っ!」
父の怒声に、リサがビクつく。
「父ちゃん、声でかい!」
バンに非難されて、父は我に返った。
「あぁ、わりぃわりぃ。んで、その子は?」
「昨日話した、俺と大会の決勝で戦った子だよ」
バンが言うと、リサはおずおずと口を開いた。
「遠山、リサです……」
小さくそう言うと、ペコリとお辞儀をした。
「あぁこりゃご丁寧に。私はバンの父です。いつも息子がお世話になってます」
父もそれにつられて丁寧に挨拶した。
「んで、そのリサちゃんが何でこんな時間にウチにいるんだ?」
「……」
核心を聞いた途端に口を閉じて俯くリサの代わりにバンが言う。
「それがさ……かくかくしかじか」
バンは先ほどの河川敷でのバトルの事を話した。
「ふむふむ、なるほど。んで、お前はその変質者をバトルで追っ払ってリサちゃんを助けたと」
「うん。それで、家まで送っていこうと思ったんだけど、家に帰りたくないって言われてさ……」
バンは困ったようにリサに視線を移す。
リサは、申し訳ないような気まずいような、そんな顔で口を閉じている。
「もしかして、家出か何かか?だけど、家の人心配するだろ?」
父が、なるべく威圧しないように優しくリサに離しかける。
「……誰も心配してないと思う。もう、あそこには戻りたくない」
「とは言ってもなぁ……」
クゥ~~。
父が困り果てていると、リサのお腹が小さくなった。
「あ」
リサが恥ずかしげに俯くと父は苦笑した。
「ま、何にせよ腹ごしらえが先か」
言って、台所に向かった。
「飯の準備するから。リサちゃんは、風呂にでも入りな。汚れたまんまじゃ気持ち悪いだろ」
父の言うとおり、リサの体は薄汚れている。ずっとあの黒服たちから逃げてきたのだから、当然だ。
「着替えは、バン。お前が前に着てたパジャマを貸してやれ」
「うん、分かった。じゃあ、ついでに俺も一緒に入るか」
「っ!?」
と、バンまでリサと一緒に風呂場に行こうとする。
「ちょっと待て」
父がそれを止める。
「何?」
バンがキョトンとした顔で振り向く。
「何?じゃねぇよ。お前は一緒に入るな」
「なんで?前にタッツンが泊まりに来た時は、お湯勿体無いから一緒に入れって……」
「アホッ!それはタッツンが男の子だからだ!」
「従妹の里佳子ちゃんが来た時も一緒に入れって言ったじゃん!」
ちなみに、従妹の里佳子ちゃんは1歳児の赤ん坊だ。
「……」
バンの天然っぷりに父は額に手を当てた。
(俺、情操教育間違えたか……)
自分の教育方針に自信を失いつつも、バンに言う。
「じゃなくて、お前には別に用があるんだよ。だから、風呂は後回し」
とりあえず別の理由をつけて混浴を阻止する事にした。実際、用があるというのは嘘ではない。
「……?分かった」
と、言うわけで、リサは先にお風呂に入っていった。
「で、用って何?」
用があるからと風呂に入らされなかったバンは、その用件を尋ねた。
「ちょっと待ってな」
そう言って父は二階の書斎に上がり、そこからノートパソコンを取ってきた。
「パソコン?それで、何するの?」
「あの子について調べるんだ」
ノートパソコンを開き、キーボードを叩く。
「それで分かるの?」
「もし、家出だとしたら捜索願が出てる可能性があるだろ。インターネットのどっかの掲示板に書かれてるかもしれない」
カタカタと、文字を入力する。
「あの子の名前は、とおやまりさ、で良いんだよな……」
「うん」
「と・お・や・ま、っと。あれ?りさは、ひらがなか?」
モニターには『遠山りさ』と打ってある。
「いや、確かカタカナだったかな?」
試合会場で対戦相手の名前が書かれたモニターを思い出しながら言う。
「なるほど」
『りさ』の部分を『リサ』に打ち直す。
「おし、ポチッとな」
検索ボタンを押す。
1444325件の検索結果が出た。
「いっぱいいるなぁ」
「まぁ、人物名入れただけじゃこんなもんだよなぁ……。んじゃぁ、何か絞り込めそうなワードねぇかな?」
「絞込み?」
「だから、リサちゃんに関係がある言葉だよ。通ってる学校とか」
「それなら、フリックスバトルしかねぇぜ!」
「あ、確かに」
今度は『遠山リサ フリックス』と入力した。
すると、大分絞り込まれたようだ。10件ヒットした。
「おっ、上手く言ったな」
しかし、そのヒットしたサイトのタイトルは……。
「ん、なんだこれ?『遠山フリッカーズスクール公式サイト』?」
とりあえず、クリックする事にした。
トップ画面には、校訓や教育方針が載っている。
『遠山フリッカーズスクールは、より高みを目指すフリッカー達が集まり切磋琢磨して己の技術を向上させる事を目的として設立された学校です』
と、こんな風な事が書かれてある。
「フリックスの学校?」
「へぇ、あんなオハジキに学校なんてあるんだ。すげぇなぁ」
「俺も初めて聞いた……いや、そういえば」
と、バンはついこの間の事を思い出した。
“これくらいの判断もできねぇで、何がダントツだ。やっぱスクールに通ってない奴はどいつもこいつもザコばっかだな”
負けた奴のフリックスを破壊してた悪い奴、ゲンタもスクールがどうこう言っていた。
(まさか、あいつが言ってたのって……)
もし、そうだとしたら、スクールにはあまり良い印象は持てない。
「『遠山段冶郎』こいつが、校長か」
クリックすると、よく肥えた老人の画像が現れる。
「遠山って、リサと同じ苗字だよな。まさか……」
「おい、これ見てみろよ」
父は、『最優等生 遠山リサ』と書かれたリンクを見つけた。
「リサ……!」
クリックすると、リサの画像と紹介文が現れた。
『校長の孫娘であり、最も優秀な成績を収めた生徒』と書かれてある。
「へぇ、校長の孫とは。こりゃとんでもねぇお嬢様じゃねぇか」
「リサの強さの秘密はこれだったのか……」
その時、ガタッと後ろで物音がした。
「っ!」
それに反応して、二人が振り返ると、そこには男児用のパジャマを着たリサが悲しそうな顔で立っていた。
「リサ……」
「それ……」
二人は観念して、正直に話す事にした。
「すまない。別にコソコソするつもりは無かったんだが。どうしても心配でな。調べさせてもらった」
「……ううん、悪いのは私だから」
「なぁ、リサ!詳しく話してくれよ。このスクールってなんなんだよ!?リサが家出してるのとか、黒服の奴らに追われてるのとかと関係あるのか!?」
バンの問いに、リサはしばらく間をおいてから口を開いた。
「私は、スクールを逃げ出したの」
「逃げ出したぁ!?」
「もう、あそこにはいたくない……」
リサは、ゆっくりと語りだした。
遠山フリッカーズスクールは、表向きは全寮制の善良な専門学校のようだが、その実態は実力主義の厳しい組織だった。
力の無いものは容赦なく蹴落とされ、勝ったものだけが生き残るサバイバルのような場所だ。
しかし、校長の孫娘と言う事で優遇されていたという事もあるのだが、リサは圧倒的な実力でスクールのトップに立っていた。
ある日のスクールでのバトル。
リサと目つきの悪い少年がステージで対面していた。
「おらぁ!このバトルに勝って上のクラスに上がるんだ!やれぇ、ブリザードフリーズスパークサンダー!!」
目つきの悪い少年が氷なのか雷なのかよく分からない名前のフリックスでリサのフレイムウェイバーに向かってシュートする。
しかし、フレイムウェイバーの流線ボディに受け流されて、そのまま自滅してしまった。
「ああああ!!!」
「やったっ!」
リサは小さくガッツポーズする。
「バトル終了!勝者、遠山リサ!!これにて、実力判定試験を終了する!!」
強面の教師と思われる男がジャッジをする。
「ぐっ、くっそおおおお!!」
リサに負けた子は、顔を歪ませながら悔しがる。
「……」
先ほどは喜んでいたリサだが、その様子を見るとなんともいえない複雑な表情になる。
リサは、バトルをする事は好きだったし、勝利するのは嬉しかった。
しかし、異常なまでに勝ちに執着する彼らや、負けた時の悔しがり方には、どうしても馴染めずにいた。
それでも、大好きなフリックスが出来るのなら、とリサはスクールでのバトルをこなしていった。
だが、ある日リサは知ってしまう。負けてしまったフリッカーの末路を。
それは、たまたま忘れ物を取りに行った時だった。
普段は使われていない教室の前で悲鳴が響く。
気になって扉の隙間から覗いてみると、そこには……。
先ほどバトルで負かした少年と講師がいた。
「や、やめてください講師!」
少年が講師に泣き縋っている。
「君は落伍者だ。大人しく反省しなさい」
見ると、講師の手には少年の使っていたフリックスが握られていた。
「よく見なさい。これが敗北者の運命です」
言って、フリックスを机の上に置かれたプレス機へセットする。
「あ、あぁ……!」
ガッ!バキィ!!!
プレス機が作動し、フリックスの断末魔が聞こえる。
「う、うぅぅ……」
目を背け泣きじゃくる少年。
「これもあなたが弱いからです。可哀相に、あなたが負けなければ、このフリックスも破壊されずに済んだのに」
破壊したのは自分の癖に、まるでその責任は全て少年にあるかのような言葉を投げかける。
「う、うわあああああああああ!!!!!」
それを聞いて、少年の感情の箍が外れ、号泣してしまった。
「泣いている暇があったら精進なさい。さぁ、練習に戻りますよ」
そんな少年に対しても、講師は冷酷な態度を崩さない。
それは、あまりにも残酷な光景だった。
そう、負けたフリッカーは自分のフリックスを破壊されるのだ。
ずっと勝ち続け、負け知らずだったリサはこの時までその事を知らなかった。
と言う事は、今まで負かしてきたフリッカーは、皆フリックスを失ってきたのか?
自分のせいで、数多くのフリックスが破壊されたのか?
そう、自問自答したリサは……。
「私は、ただフリックスが好きなだけなのに。もう、あんな想いはしたくない……私のせいで、大好きなフリックスが壊されるなんて、もう……耐えられない……!」
リサは、陰惨な過去に耐えるように悲痛に顔を歪ませる。
「ひ、ひでぇ、大事なフリックスをそんな風に扱うなんて……!」
バンもその話を聞いて、心の底で怒りの感情が沸き上がってくる。
「それで、スクールを飛び出したのかい?」
父の問いにリサはうなずいた。
スクールは全寮制だし。校長の孫娘と言う事は実家にいたらまたスクールに戻される。だからリサは行く場所がなかったのだ。
「じゃあ、あの黒服の奴らは?」
「私を連れ戻すために、お爺様が雇った人達……。きっと今も私を連れ戻すために、動いてる」
そういったリサの体は震えていた。
「……」
それを見たバンは、決心したように口を開く。
「よし、だったらリサ!しばらくうちで匿ってやる!」
「え?」
「お、おいバン!何勝手に……」
一番焦るのは家主である父だ。
「父ちゃんだって聞いただろ!こんなにフリックスが大好きなリサをあんな地獄みたいな所に帰すわけにはいかねぇ!」
「でもなぁ……」
しかし、法的に見るとこっちが誘拐犯として訴えられても文句は言えない状況だ。
「行く場所無いのに、ほっぽり出すわけにはいかねぇって!」
バンの必死の訴え、そしてリサの不安そうな表情を見て、父はついに折れた。
「あ~、仕方ねぇな!分かった。ほとぼり冷めるまでうちにいな」
「え、あ、でも……」
「父ちゃん!さすがだぜ!よかったな、リサ!!」
「う、うん……その……ありがとう、ございます」
リサは精一杯の力を込めて頭を下げた。
「へへへ!リサには借りがあるからな、リベンジするためにもリサを連れ戻そうとする奴らから守ってやらねぇと。んで、邪魔者が完全にいなくなって、万全に戦えるようになったら勝負しようぜ!!」
結局それが最大の目的だったらしい。
「うん!」
が、リサにとってもそれは嬉しいことだったらしく、強くうなずいた。
「ったく。まぁいい、話もまとまった所で飯にするか」
「おお!腹減ったぜ!」
三人は食卓に着いた。
「リサ、父ちゃんの料理無茶苦茶美味いからな、期待しろよ!」
「え、うん」
そして、父がどんぶり飯をテーブルに並べた。
「ほら、父ちゃん特製の『味噌汁ぶっかけ丼』だ!今回は特別に納豆も入れてあるぜ!!」
グチャグチャに味噌汁をかけたご飯の上に、ネチョネチョの納豆を乗せる。
「おぉぉ!美味そう~!!父ちゃんの味噌汁ぶっかけ丼は世界一だぜぇ!!」
バンは目をキラキラさせながら飯に飛びついた。
「……」
リサは、微妙そうな顔をして、なかなか箸を手に取らない。
「どうした、遠慮せずに食えよ?」
「もしかして、食欲ないのかい?」
なかなか食べないリサを不思議そうに見る二人。
別にリサは遠慮してるわけでも、食欲が無いわけでもない。
この味噌汁ぶっかけ丼が、あまりにも美味しそうに見えないので躊躇しているだけだ。
「う、ううん、い、いただきます……」
世話になっておいてわがままもいえないので、リサは恐る恐る一口食べてみた。
「……おいしい」
意外な美味しさだった。
その言葉を聞いた二人はホッと顔を綻ばせた。
……。
………。
その頃。
郊外にある、巨大なビル。その中に、先ほどの話題にも出た『遠山フリッカーズスクール』が存在する。
その一室では、肥えた老人、段冶郎が椅子に座り、目の前に直立している黒服の男に怒声を上げていた。
「ええい!リサはまだ連れ戻せんのか!!」
「申し訳ございません。八方手を尽くしたのですが……」
「探せ!探すんじゃ!!休んでる暇など無いぞ!!」
「ハッ!」
段冶郎の命で、黒服は踵を返して部屋を出る。
と、すれ違うように入ってきたのは、白衣の男だ。
「荒れていますね、校長」
「伊江羅(いえら)か……なんの用じゃ?」
「例の研究のレポートをお持ちしました」
「ほぅ……」
白衣の男、伊江羅が段冶郎にA4サイズの紙を渡す。
「ふむ……」
それに目を通した段冶郎は、先ほどの怒声とは打って変わり、落ち着いた表情になる。
「なるほど、順調のようじゃな。引き続き、実験を続けるのじゃ」
「はい。では、失礼します」
伊江羅は一礼すると踵を返して部屋を出て行った。
一人残された段冶郎はほくそ笑む。
「リサの件は、痛手ではあったが……それも痛手でなくなる時が来る。見ておれ、我がスクールこそフリックス界のナンバーワンに君臨するのじゃ、ふぉっふぉっふぉっふぉ!!」
つづく
次回予告
炎のアタッカーユージンの競技玩具道場! フリックスの特別編
うっすユージンだ!
なんとなんとバンの最大のライバルであるリサを遠山フリッカーズスクールの魔の手から匿うために、バンとリサは一緒に住む事になった!これはもう、ドッキドキの展開だね!
若い(過ぎる)男女が同じ屋根の下に住んでいたら、あっーんなハプニングやこ~んなシチュエーションが期待できるぞ!!
とは言え、バンがリサを守ると言ったのはあくまで『万全な状態のリサと戦いたいから、リサの調子を狂わせる邪魔な奴らを排除するため』って理由なんだよね
ほんとに、バンって、バンだよね!!
ここで、本日の格言!
『フリックスの為にフリックスをする!理由はそれだけでいい』
この言葉を胸に、皆もキープオンファイティンッ!また次回!!