洗濯バサミ!フリックス・アレイ第2話

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第2話「こころがピョンピョン?洗濯バサミが弾け飛ぶ!」
 
 
 公民館で開かれたフリックス・アレイ町内大会。
 洗濯バサミ専門店『センバ屋』の跡取り息子、仙葉タクミは決勝戦まで勝ち上がったのだが。
 その途中で父に連れ出されてしまい、不戦敗となってしまいました。
 
 センバ屋の店先で、父がタクミへ説教をしています。
「タクミ!今日は店番する約束だっただろ!勝手に家を抜け出して、遊びに行くんじゃない!!」
「あ、遊びじゃないよ、大事な大会だよ……」
 タクミは小さくなりながらも弁解します。
「何が大会だ!どうせまたそのおもちゃの遊びだろ!!」
「フリックスはおもちゃじゃないよ!立派なスポーツさ!!」
「スポーツでもおもちゃでもどっちでもいい!お前はこの伝統ある洗濯バサミ専門店『センバ屋』の跡取り息子なんだぞ!来年はもう中学生なんだから、少しは自覚を持ちなさい!!」
 この説教は何度も聞いたものなのか、タクミは露骨にうんざりした表情になります。
「またそれか……そんな事よりも僕はフリックスでトップになりたいんだよ」
「そんな事とはなんだ!江戸時代から代々続くセンバ屋の伝統を、なんだと思ってるんだ!!」
「なんとも思ってないよ。大体店番って言っても全然お客さん来ないじゃない」
 そう言って、タクミは店の周りを見渡します。
 既に開店時間は過ぎているにもかかわらず、お客は一人も来ていません。
「こんなすぐ潰れるような店を守るよりさ、いっそ改築して新しい事業を始めようよ」
「なっ!」
「あ、そうだ!フリックス用のトレーニング施設なんてどう?ウチ、立地環境だけは良いんだから、結構いけると思うんだけどなぁ」
 勝手に夢みたいな話を進めるタクミに対して、父の顔はみるみる赤くなっていきます。
「バッカモーーーーン!!!」
 ついに怒り爆発。商店街全体に響き渡るような怒声が飛びました。
「っ!!!」
 さすがのタクミもびくついてしまいます。
「何よ大声出して……」
 店の奥から、女の人……タクミの母が顔を出してきました。
「ママか。いや、タクミの奴がまた店の仕事サボって、フリックスのトップに立つだのなんだのくだらん事を言うもんだからな」
「そんな頭ごなしに怒鳴ったら、タクミだって反発するに決まってるでしょ」
 父と比べ、母は多少話の分かる人間のようです。
「それは、そうだが……しかし、店の伝統が」
 冷静に言われてしまうと返す言葉もなくなるのか、父の声は小さくなります。
「タクミも。フリックスが大事なのは分かるけど、店の手伝いをするのは約束なんでしょ?約束を守る事だって大事な事よ」
 そんな風に諭されてしまうと反発も出来ない。タクミは素直に頭を下げました。
「は、はい。ごめんなさい」
「なんでママの言う事だったら素直に聞くんだ!!」
 なんとなく面白くない父が文句を言うが、母は話題を変えます。
「ほらほら、パパも。今日は大事なお得意様へ商品を届けなきゃいけないんでしょ。今日はそのためにタクミに店番を頼んだんだから」
「おおっとそうだった。こうしちゃおれん!」
 母に言われ、父は慌てて店の奥へと駆け出していきました。
 
 そして支度を終え、荷物を抱えた父が出てきます。
「それじゃ、父さんと母さんは出かけてくるから、しっかり店番するんだぞ」
「行ってくるわね、タクミ」
「はーい」
 レジに立っているタクミはしぶしぶと返事をしました。
 
 両親が出かけてから一時間。
 タクミはレジの横に備えられたパイプ椅子に座って、ヴェシックのメンテをしています。
 店内は相変わらずガランとしており、店番を初めてから、客は一人も入っていません。
「結局客なんて来ないじゃないか。いっそ店閉めちゃった方がいいんじゃないのか?」
 そんな風にぶつぶつ言っていると、店の扉がゆっくりと開かれました。
 タクミは驚愕します。こんな時間に両親が帰ってくるわけがありません。友達も、自分が店番で動けない事は知っているでしょうし。
 となれば、来るのはお客くらいなものです。
「い、いらっしゃいませぇ」
 タクミは、精一杯の営業スマイルでにへらっと笑いました。
 が、すぐに来訪者の顔を見て笑顔を崩します。
「よぉ、相変わらずボロッチィ店だな!」
「トオル!!」
 入ってきたのはトオルでした。
「大体、今時洗濯バサミなんてダッセェよな」
「なんだよ、冷やかしなら帰れよ!」
 悪態をつくだけで買い物をする雰囲気じゃないトオルを追い出そうとタクミは立ち上がります。
「おおっと、待った!」
 そんなタクミへ、トオルは右手を突き出して制しました。
「確かに僕は客じゃないけど、別に冷やかしにきたってわけじゃない。ちゃんとしたビジネスとしてここに来たんだ」
「び、ビジネス?」
「そうだ。実はさ、パパが新しい事業を始めるんだけど。そのためにここの土地を売ってくれないかと思ってね。ほら、ここって立地条件だけなら最高だろ?駅から近いし、商店街だからいろんな店が併設してあるし」
「い、いきなり僕にそんな事言われても……!」
「悪い話じゃないぜ。こいつ見てみな」
 そう言って、トオルは小切手を見せてきました。
「450億までなら出せるぜ」
「450億……!」
「ああ。それに新しい事業って言うのも、フリックスに関係するものなんだ」
「な、なんだって?」
 フリックスに関する事業と来いて、少し興味が沸いてしまいます。
「トレーニング施設さ。なんか遠山フリッカーズスクールって言うフリックスの専門学校が結構流行ってるらしいしさ。トレーニングジムでも作れば結構小遣い稼ぎにはなるんじゃないかと思ってさ。まっ、小遣いって言っても、君ら貧乏人が何年も遊んで暮らせるくらいの儲けは考えてるけどね!」
 嫌味な言い草ではあったが、その計画自体には食いついてしまう。
「フリックスのトレーニングジム……確かに、この場所だったらいい線行きそう……」
「そうだ。なんならお前ら家族を雇ってやっても良いぜ。トイレ掃除くらいは出来るだろ。給料は今の売り上げの5倍はやるよ。僕たちにとっちゃ、はした金だけどな」
「ぐっ!」
 ムカつく……けど悔しいけれど、破格の条件のようにも感じてしまうのです。
「で、でも、そういう話はパパが帰ってからじゃないと……」
「いや、実はさ、その話は既にパパから君のおじさんにしてるんだ。だけど、断られちゃってさ。それで、お前から説き伏せてくれないかと思ってね
「え、パパが……」
「さすがに跡取り息子に言われたら、考えも改めてくれるだろ?」

 こんなにも破格な条件を蹴ってしまうなんて、そこまでこのセンバ屋に誇りを持っているのか……
 タクミは少し父を尊敬してしまいました。
「(パパは、450億よりもこのセンバ屋を大切に思ってるのか……)」
 450億ももらえれば、この先喰うには困らない。なんなら、別の場所で洗濯バサミ屋を経営しても良いはずです。
 それでも、この場所でセンバ屋を続けることに強いこだわりを持っている。
 その強い思いは、自分のフリックスに賭ける想いを遥かに凌駕しているのではないか。そんな風にも感じました。
 
「全く、今時石頭だよなぁ。大体こんなボロッチィ手作り洗濯バサミなんて売れるわけないのに」
「ぱ、パパの作った洗濯バサミをバカにするなぁ!!」
 気付いたら怒鳴っていました。
 トオルは、レジから身を乗り出すタクミに多少たじろぎながらも、話を続けます。
「お、おいおい。客商売でそんな怒鳴り散らしていいのかよ?ったく、そんなだからお前もフリックスが弱いんだよ」
「なんだとぉ!」
「だってそうだろぉ、こんな売れない店の手伝いばっかやってたんじゃ、ロクなフリックス手に入らないだろうし。現にお前は今日僕に負けたわけだし」
「今日のは、不戦敗だ!本当の決着じゃない!!」
「でも、それは店番しなきゃいけないせいじゃないか。もっと繁盛して、バイトでも雇えてたらそんな必要なかっただろ?」
「そ、それは……!」
「こんな店潰して、トレーニングジムにでも通わなきゃトップフリッカーになるなんて夢のまた夢さ」
「そ、そんな事あるかぁ!!」
 先ほどよりも一層大きい声でタクミは叫んだ。
「いいかっ!パパの洗濯バサミは世界一の洗濯バサミなんだ!それに、僕だってトップフリッカーになる!センバ屋の跡取り息子だからこそトップフリッカーになれるんだってことを証明してやる!」
「センバ屋の良さとトップフリッカー、どうやって両方同時に証明するんだよ?」
「うるさい!いいから勝負だ!!」
「はぁ、わかったよ。それじゃあ明日の夕方、3丁目の空き地で勝負しようぜ。その代わり、僕が勝ったらこの店を売るように説き伏せてくれよ」
「え?!」
「勝負を挑んできたのはお前なんだから当然だろ。お前が勝ったら、センバ屋からは手を引いて、『ここの洗濯バサミは最高です』って宣伝もしてやるよ!」
「あ、あぁ!約束だぞ!!」
 
 勢いで決まってしまった決闘の約束。
 しかし、当然タクミには何の案もありません。
 
 夕方。店番を終えたタクミは自室でゴロゴロと横になっています。
「う~、勢いであんなこと言っちゃったけど、どうすればいいんだよぉぉ!!!」
 今更、おのれのうかつさを嘆いても仕方ありません。頭を抱えて唸ってもそう簡単にアイディアが浮かぶわけがないのです。
「フリックスとセンバ屋、全然関係ないじゃん!センバ屋の良さと僕のフリックスの腕、どっちも両方証明するなんて無理だよぉぉ……!」
 オハジキ競技、フリックス・アレイと洗濯バサミ専門店、センバ屋。共通点があるとはとても思えません。
「でもなぁ、せめてフリックスバトルには勝たなきゃな。……だけど悔しいけど、トオルの使うシールドセイバーは強敵だ」
 剣、斧、盾と三つの性能を備えた攻防一体型のフリックス。金にものを言わせて手に入れただけあって、簡単に倒せる相手ではありません。
「ヴェシックも、大分旧型だしな……でも新しいフリックスを買おうにも僕のお小遣いじゃなぁ」
 ガサガサ、ガサガサ。
「いやいや!性能に頼っちゃダメだ!自分のフリックスを信じて、腕を磨かなきゃ!」
 ガサガサ、ガサガサ。
「でも特訓しようにも時間がないぞぉ……!明日までにあいつを倒すには……!」
 ガサガサ、ガサガサ。
「ああもううるさいな、こころ!ケージを叩くなよ!!」
 先ほどから聞こえていた音は、こころと言うペットのウサギ(メス)がケージを叩いている音でした。
「遊びたいんだな。わかったよ」
 ケージを開いてやると、こころが勢いよく飛び出してきました。
「うわっぷ!」
 タクミの顔を蹴り、こころはぴょんぴょんと飛び回ります。
「やったなぁ!!」
 ただでさえイラついているところで、うさぎキックを食らってしまったタクミはこころにたいして臨戦態勢をとりました。
「このぉ!!」
 捕まえようと飛びかかりますが、こころはジャンプして躱します。
「うわぁ!!」
 顔から壁にぶつかり、タクミは鼻の頭を押さえながら涙目になりました。
「うぅ……」
「ぶひ、ぶひぶひ!」
 そんなタクミの姿を見て、こころは笑うように鳴きました。(ウサギの鳴き声は『ぶひぶひ』です)
「くっそぉ!!」
 それから、ドタバタとこころとタクミの追いかけっこが始まります。
 しかし、身軽なこころに、タクミは翻弄されっぱなしです。
「ぴょんぴょんするなよ……!あっ!」
 そこで、タクミはある事に気付きました。
「ぴょんぴょん……どんなに力の差があっても、ピョンピョンすれば……!」
 そんな風に考えていると、下から母の声が届きました。
「タクミー!何騒いでるの!そろそろ夕飯よ、降りてらっしゃい!」
「あ、はーい!」
 
 食卓、タクミは夕食もそこそこにテーブルを立ちます。
「ごちそうさま」
「あら、もういいの?おかわりは?」
 いつもはご飯3杯は食べるタクミが、珍しく一杯しか食べなかったので母は心配そうに声をかけます。
「ちょっと考え事があってね」
「そう……」
「そういえば、パパは?」
 いつもは一緒に食卓についている父の姿が見えない事に、タクミは食事が終わってから気付きました。
「それがね、帰ってからすぐ工房に籠ってるのよ」
「工房に?」
 
 店の奥には、洗濯バサミを開発、生産するための工房が備えてあります。
 母とタクミは、扉を静かに少しだけ開き、中を覗き込みました。
 そこには、父が一心不乱に作業している姿が見えます。
「パパ、ずっと作業してるの?」
「えぇ。今日行ったお得意様の所でね、まだ小さいお子さんが洗濯バサミで手悪さしてて、バネに弾かれて泣き出したのを見たのよ。お客様は『子供がイタズラしたのが悪いんだから気にしなくていい』って言ってくださったんだけど、パパったら『洗濯バサミでお客様を不幸にしてたんじゃ、ご先祖様に申し訳が立たない!直ちにお子様が使っても安全な洗濯バサミを開発します!』って」
「それで工房に籠っちゃったのか。でもそんな事してたらまた赤字になるんじゃないの?」
 売れるかどうかもわからない新商品の開発に力を注いでたら肝心の商売ができないし、開発費用だってバカにならない。
「でもパパったら、言い出したら聞かないから……」
 母は困ったような顔で父へ視線を向けます。
「……」
 そんな姿を見て、タクミは不意に昔父が言っていた言葉を思い出しました。
 
〝いいかタクミ。洗濯ものは、家族のまっさらな幸せの象徴だ。そして洗濯バサミはその幸せを掴むためのもの。つまり、洗濯バサミは人を幸せにするためにあるんだ。お前もこのセンバ屋を継ぐことになるんだから肝に銘じなさい”
 
 タクミの部屋。
「洗濯バサミは、幸せの象徴を掴むためのもの……か」
 タクミは父の言葉を思い出しながら、製品の洗濯バサミを手に仰向けになります。
「それにしても、洗濯バサミのバネって強力なんだな。ちょっと手悪さするだけで子供が泣き出すくらい弾かれるんだ……」
 タクミはギュっギュッと洗濯バサミを押しては緩め、押しては緩め、を繰り返しました。
 すると、手が滑り、バチッ!と言う音と一緒に洗濯バサミが弾け、タクミの顔に命中しました。
「いってぇ……もう、こころだけじゃなく洗濯バサミにまで……!」
 そこまでつぶやいて、タクミはハッとしました。
「こころが飛び跳ねる力も、洗濯バサミがはじける力も、元を正せば同じなんだ。だったら、こころの動きをフリックスに取り入れるなら……!」
 タクミは立ち上がり、洗濯バサミとヴェシックを机の上に置きます。
 そして引き出しから下敷きとハサミ、紙粘土を取り出しました。
「へへっ、図工の授業の時に余ったのをまだ取っといてよかった。見てろよ、トオル……!金持ちがなんだ、有名デザイナーがなんだ……!僕には、センバ屋の洗濯バサミがあるんだ!」
 タクミは、ヴェシックのパーツを削り取り、そこに紙粘土をペタペタと貼り付けていきます。
「パパ、僕も掴んでみせるよ。自分の力で……!」
 タクミは自分の作業を父の姿とダブらせながら、一心不乱に作業を続けました。
 
 その姿を、後ろからそっと見つめる二つの視線があります。
「あの子ったら……」
「ふん、夜遅くまで何をやってるかと思えば、また下らんおはじきか」
 父と母がこっそりと覗いていました。
「でもあの姿、あなたそっくりよ。それに見てくださいよ、あなたの作った洗濯バサミを使ってるのよ」
「……まぁ、少しはセンバ屋の伝統に気付いたと言う事に免じて、今日の所は見逃してやるか」
「ふふふ」
「さぁ、一休みしたらワシも作業の続きだ。お茶を頼む」
「はいはい」
 タクミの頑張っている姿を見届け、父と母はそっとその場を離れました。
 
 そして翌朝。
 結局徹夜をして、目下を腫らしながらも、タクミは快哉を叫びました。
「やったぁ!ついに完成したぞぉ~!!」
 手や頬に紙粘土がこびりついていることも気にせず、タクミは目の前の愛機を愛おしそうに眺めます。
「これが、僕の作った愛機!名前は、どうしようかな……」
 タクミは云々唸りながら部屋をうろつきます。
 早朝は肌寒く、窓は水滴で曇っています。
 その窓へ、タクミは「せんたくばさみ」とひらがなでかきました。
「せんたくばさみ……せんたくばさみ……そういえば、僕の名前も洗濯バサミっぽいもんなぁ……だったら……たくみ……ばくみ……ばくた…ん……せ?そうだ、サミンだ!!」
 文字を組み替えながらようやくしっくりくる互換が見つかりました。
 
「僕の相棒は、バクタンセ・サミンだ!!」
 
 ついに、洗濯バサミを搭載したフリックス、『バクタンセ・サミン』が誕生したのです!
 
 
     つづく
 
 次回「不思議シュートポイント!アッと驚く大跳躍!!」
 




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