仮面ライダーディケイドの正体はなんだったのか?
2009年に放送された平成ライダーシリーズ第10弾
その名の通り、10周年記念という事でこれまでのライダーとクロスオーバーするというお祭り的な作品でした
その中で、主人公門矢士の正体の謎も当時話題となりましたね
結局、夏の映画では妹が登場したり、大ショッカーの首領ということが明らかになったり
冬の映画では、「ディケイドには物語がない、だからこれから紡いでいく」って結論になったり
と一応の答えは提示されましたが、なんとなくしっくり来ませんでした
そんなディケイドももうすぐ10周年
平成ライダー第2期版のディケイドとも言える作品が今年スタートします(ディケイド第2期と言うわけではないらしい)
そこで、ディケイド放送当時、ユージンが想像してた門矢士の正体考察を公開します
門矢士とはどんな人物か
尊大でいい加減
大抵のことはソツなくこなすが他人の忠告を「だいたいわかった」で済ませるので、時々詰めが甘い事になる
また、ライフワークである写真撮影だけは唯一下手(本人曰く、世界が撮られたがってない)
記憶喪失で、物語以前の記憶はないのだが
ディケイドに変身したときになぜか戦い方を知っていた……
なんとも意味深な設定です
この設定を見たときにユージンが真っ先に思い浮かべたのが
Ever17の主人公の1人「少年」です
ゲーム開始時点の記憶がないが、何故かゲームの説明書に書かれてる事柄の記憶はあり
また、何故か舞台の年代やヒロインの名前を勘違いして無意識に記憶していた
と、士と共通するものところがあります
ネタバレ
少年の正体はプレイヤーの意識そのもの
だから物語開始以前の記憶がない代わりに説明書に記載されてる事柄や
ゲームを何周もしたことで得られる記憶は蓄積されている
士も、記憶がないのは自分の出生などの物語以前のもので
戦い方、特にディケイドは歴代平成ライダーの力を使って戦うので
実質歴代平成ライダーの記憶は無意識に持っている事になります
このことを考えると、士の正体は平成ライダーファンの視聴者の意識の具現体だったのでは!?と
視聴者であるならば士が記憶喪失なのは当然
そもそも視聴者は士として人生を歩んだ経験がないので、記憶があるわけがない
そしてファンならば平成ライダーの戦い方を知ってるのも当然
ディケイドに物語がないのも視聴者なら当たり前だし
映される側ではなく観る側である視聴者の姿が写された写真がないのも当然
撮影した写真がぼやけるのは、テレビ画面にカメラを向けると画像がぼやけるのと同じ
画面外にいる視聴者が、画面内の世界を写せないのは道理
鳴滝とはなんなのか
ディケイドを世界の破壊者として触れ回り
過去のライダーを召喚して戦いを挑み
いく先々で妨害を繰り広げて来た男
しかし彼もまた仮面ライダーが大好きだったと言うことが後に明らかになります
そんな彼の正体とは……
ディケイドの企画が発表されたとき、ワクワクしたファンは多かったと思いますが
同時に否定派の存在もいたはずです
世界観の繋がっていない平成ライダーでクロスオーバーさせるのは設定崩壊だ
当時の役者を使わずに、リ・イマジネーションした設定で昔の作品を掘り起こすのは望んでない!
既に完結した名作に対する冒涜ではないのか!
などと
そんなディケイド反対の原理主義保守派ファンの具現体が鳴滝ではないかなと
だから鳴滝の召喚するライダーは本人設定を感じさせるものだった
仮面ライダーディケイドとは、クロスオーバーのお祭りをどんな形であれ素直に楽しめるファンと
あくまで原典を大切にするファンとの対立を描く物語なのではないか
と、ディケイド放送当時そんな風に妄想してた事もありました……
CM


